BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「おいおい、なんだその……
長官の話を聞き、永二がそんな訝し気な声をあげた。
確かに、いきなり
映像の中の長官はもっともだと深く頷き、話を再開した。
『順を追って話そう。トランキライザーとは、統合軍がノインツェーンの遺産の一つ……
「接続者……?」
甲は初めて聞く単語に対し、何の事だか分からず首を傾げた。
……だが、その話を聞いていた聖良と永二は、明らかに顔色が変わっている。
永二など、映像の勲を射殺さんばかりに厳しい目つきで睨みつけている有様だ。
「……勲テメェ、まさかそいつを利用しようとしてたんじゃねぇだろうな?」
『いいや、妻の事を誤解していたままだった頃の私ならまだしも……今の私に、ノインツェーンの遺産を利用する気など無い。八重くんの死因は、私も知っている……ましてや、今生き残っている接続者は空くんの妹だ。誓って、八重くんや空くんへの不徳はしていない』
《え……? 私が、接続者……?》
まさか自分の事が話題に出るとは思っていなかった真は、甲の脳内チップの中で疑問符を浮かべている。
……今度は、甲の表情が変わる番だった。
長官は今、空の妹……即ち真の事を、接続者と呼んだ。
他でもない真が関わっている事となれば、甲とて黙っているワケにはいかない。
「……長官、真ちゃんが接続者って、どういう事ですか? 灰色のクリスマスの日、真ちゃんの実体が攫われた事と何か関連があるんですか?」
『……甲くんか、久しいな……立派になったようで何よりだ。いや、それより真くんの実体の件だったな』
映像の長官は甲の姿を眩しそうに見つめながら、重々しく口を開いた。
『あの日、灰色のクリスマスの日にアセンブラが増殖した際、それを食い止めるべく統合軍は【対地射撃衛星群】による段階的焼却でアセンブラの被害を食い止めるつもりだった。だが、突如
長官はそう告げると厳しい目つきで、再び口を開いた。
『……それをAIの暴走と決めつけた米内は独自に事態を収拾するべく接続者適性者であった真くんの実体を拉致し、トランキライザーを用いて【対地射撃衛星群】の制御を取り戻そうとしたのだ』
「……っ! じゃあ、真ちゃんの実体を攫ったのは米内議員なんですね……っ!?」
甲の問いに、映像の長官はこくりと頷いた。
『ああ、米内配下の都市自警軍の工作員が拉致を強行したようだ。だが、【対地射撃衛星群】の制御を取り戻す試みは失敗……それ以後、実体は凍結して米内が保管しているらしい。何処に保管しているかは、まだ分かっていないが……』
長官が申し訳なさそうに話す中、甲は今まで欠片も掴めていなかった真の実体の情報を前に、拳を握り締めた。
先ほども話題に出た米内議員が、まさか真の実体拉致の首謀者だったとは思いもよらなかった。
真からも驚愕の感情が伝わって来るし、その情報を聞いた聖良と永二も複雑な表情をしている。
「それで、お前はそれを知りながら止めなかったのかよ?」
『……言い訳になるが、当時私はバルドルによる【対地射撃衛星群】の制御奪取を何者かによるテロだと考え、犯人を特定するべく奔走していた……結局、犯人の特定には至らなかったがね』
長官はばつが悪そうな顔で、そう告げた。
『米内の所業を知ったのは、全てが終わった後だった。前々から米内は、我々対AI対策班に対し接続者システムの適性者の確保と実験を進言し続けていた……しかし、一向に首を縦に振らない私に業を煮やしたのだろう。独自で事に当たるべく、そんな暴挙に及んだようだ』
長官の言葉は真摯であり、嘘の気配は見えない。少なくとも、本気で実体を攫われた真の事を案じているのが分かる。
同時に、自分のエゴで真の実体を攫った米内に対する怒りの感情も垣間見えていた。
「……つまり、米内議員を締め上げれば真ちゃんの実体の居場所が分かる、という事ですね」
『ああ、現在も米内と交渉を行っているが未だ芳しい答えは引き出せていない。しかし、安心して欲しい……対AI対策班は現在、都市自警軍の膿の摘出を行っている最中だ。阿南や米内の息のかかった者達を排除し、都市自警軍の正常化を行っている』
長官は拳を握り締め、力強く告げる。
『阿南達の影響力さえなくなれば、浄化された都市自警軍が不正の証拠を掴み、阿南を失脚させる筈だ。そうなれば、過去阿南と手を組んでいた米内もただでは済まない……私はそこを狙って、真くんの実体の情報を手に入れるつもりだ』
都市自警軍は、今は阿南の影響力が強く阿南の私兵が権力に深く食い込んでいる有様だが、元々は真っ当な警察組織だ。
警察機構としての機能がまともに発揮出来る状況になれば、元から埃塗れだった阿南は瞬く間に逮捕される事になるだろう。
……問題は、その阿南が米内の暗殺計画を立てている事だ。甲は聖良達にアイコンタクトで確認を取り、その事を告げるべく口を開いた。
「長官、阿南は現在米内議員の暗殺計画を立てているようです。恐らく近日開催予定の政治集会の時に、事を仕掛けるつもりでしょう」
『……なに、本当かね……? 米内が政治集会を行う情報は掴んでいたが、まさかそんな事になっているとは』
長官は少し困った様子で、額を押さえた。
『しかし、マズイな。政治集会が行われる日程は明日の昼だ……幾ら何でも、それまでに都市自警軍の浄化を終わらせる事は困難だ。今更私が米内に何を言ったところで、聞く耳など持つ筈がない……私から暗殺計画の事を告げても、一笑に付すだけだろう』
接続者関連の事が尾を引いているのか、この言い様だと長官と米内の関係はあまりよろしくないようだ。
かと言って反AI派の筆頭である米内がAI派の象徴のようなアーク社の関係者の言葉など聞く筈がないし、説得は不可能と思った方がいいだろう。
「そういう事なら、猶更気合を入れねぇとな。当日、俺等は政治集会に現れる阿南の刺客を迎撃するつもりでいる……当初は阿南の私兵を捕まえる事が目的だったが、そういう事なら米内に恩を売って色々喋らせた方が良さそうだ」
永二は不敵な笑みを浮かべながら、甲に目配せしながらそう告げた。
恩を売る、というより刺客の手から守る事と引き換えに情報を引き出すつもりだろう。
やろうとしている事は脅迫に近いが、甲としても真の実体を攫った下手人相手に容赦などするつもりはない。
いざとなれば、尋問してでも情報を吐き出させるつもりだ。
『そうか……ならば任せるとしよう。私が兵を動かせば、阿南に察知される可能性が高い……勝手な話だが、米内の護衛については君達に一任する。私は一刻も早く、都市自警軍の浄化を終わらせるつもりだ。上手く行けば、当日に間に合うかもしれん』
長官の言う通り、それがベストだと思える。阿南さえ失脚してしまえば、彼に雇われているジルベルトは居場所を失う。
まさかジルベルトも、失脚した雇用主の為にわざわざ暗殺などするワケがないのだから、長官の手で阿南を追い詰めるのが最も有効だろう。
『さて、結果的に有意義な話が出来たがそろそろ当初の話に戻ろう。まず、私が会談を申し込んだ理由だが……
「……っ! 神父が、ミッドスパイアに……っ!?」
まさか此処で神父の名前が出て来るとは思わなかった甲は、驚愕の声をあげる。長官はそれを肯定するように頷き、話を続けた。
『ああ、しかもその目撃情報があった場所はよりにもよってバルドルの近くだった……知っての通り、神父は接続者システムに強い関心を持っていた……だからこそ何処からかトランキライザーの情報を知り、奪取を目論んでいるのではないかと考え、神父と直接の交戦経験がある永二に協力を頼みたいと思っていたのだ。神父がミッドスパイアに侵入した経路も、不明のままだったしな』
「成る程な」
長官の話に、永二が得心したように頷いた。言うまでもなく、グレゴリー神父は第一級の危険人物だ。
そんな人物がバルドルの近くで目撃されたとなれば、警戒するのは当然の事だ。
甲も、長官の立場でそんな状況であれば血眼になって神父を探し回るだろう。
『……だが、手を打つのが遅過ぎたようだ。昨夜未明、トランキライザーの反応が消え、その代わりとでも言うかのように正体不明の巨大オブジェクトが出現した……見たまえ。これがトランキライザーのあった場所の、
長官がそう告げると回線を通じて一つの映像が送られて来る。
そして、その映像を見て甲達は息を呑んだ。
「……なんだ、これは……?」
まず最初に映像に映し出されたのは、バルドルの威容だった。
円形の巨大なフロアに黒曜石のような柱……ミッドスパイアを支える機械論的AI、バルドルが地下から天まで貫いている。
一瞬、大きさが把握出来ず……作業用のハッチを見出して、ようやくその馬鹿げた大きさが認識出来た。そして……。
「……これ、は……」
──その禍々しい黒い柱の直下に、それは鎮座していた。
無数のパイプが繋がる先の空間に、まるで無理やり押し込まれたかのような形で存在しているそれは……巨大な、球状の機械だった。
その漆黒の球体のオブジェクトの壁面には生物の血管のような毒々しい赤黒い配色のパイプが張り巡らされ、その一部が周囲のパイプにまるで獲物を捕獲する蛸の触腕のように伸びている。
オブジェクトの禍々しい雰囲気は甲が例の構造体で見た謎の機械に酷似しているが、こちらはより生物的なイメージが強く……心臓というより、
『……幾ら解析しても詳細不明で、シュミクラムの兵装を使っても破壊不能……信じ難い話だが、常軌を逸した容量故にオブジェクト周辺には
「……馬鹿な……ラグだとか、いつの時代の単語だと思ってやがる。今の進化したAIが処理出来ない程の容量を、こいつは抱えているってのかよ」
永二は、あまりの想定外の事態に息を呑む。
昔ならともかく、自己進化した今のAIの処理能力が
そしてそれは、以前聞いた聖良の話を思い起こさせた。
──リヴァイアサンというのは、その正体不明の仮想兵器に軍が通称として付けた名よ。
詳細なデータは既に消されているのだけれど、その時期ネットの至る所で原因不明の大規模なラグが起きた事は確かよ。
その時点で、AIの並列処理は実現されていたにも関わらずね──
……嘗て存在したという謎の
果たして、これを偶然の一致と片付けていいものなのだろうか。
そして、このオブジェクトがトランキライザーと入れ替わるようにして出現したという時刻は昨夜未明……つまり、神父があの曰く有り気な匣を持ち去った後だ……不気味な符号に、甲の心臓が跳ね上がった。
『状況から考えても、ドミニオンが関連している可能性が非常に高いと言わざる負えない……もしもトランキライザーがドミニオンの手によって悪用されれば、何が起こるか知れたものではない……あの時のように、【対地射撃衛星群】の制御が再び奪われる可能性すらある』
長官はそう告げると、ギリ、と歯を食いしばった。
『……そんな事を、させるワケには行かない……君達に情報を漏らした事が知られれば、遠からず私は責任を取らされるだろう。だが、その前になんとしてでもドミニオンからトランキライザーを奪取……いや、破壊しなければならない。頼む、私に力を貸してくれ』
長官は懇願するようにそう告げ、深々と頭を下げた。それを見ていた永二が、思わず苦笑を浮かべる。
「なぁに水臭い事言ってんだ、勲。そういう事なら、協力するのは吝かじゃねぇ……久々に、一緒に戦場で暴れ回ろうじゃねぇか」
「そうね。接続者が関係しているなら、私とも無関係ではないもの……アークはこの件に対し、全面的な協力を約束します」
『……感謝する』
再び頭を下げる長官を見て、一部始終を傍観していたレインは苦笑を浮かべていた。
頑固だった父親が見せた意外な一面に面食らっているのかもしれないが、その視線には親愛の情が垣間見える。
学園生時代に父親と和解する事が出来てから、レインからは自信なさげな態度は消えた。
親子の関係修復は、双方にとって良い影響を齎していたようだ。
『……おや、もしや君はあの時の……』
──そんな折、頭を上げた長官の目が甲の隣に立っていたクリスの姿を捉えて見開かれた。
クリスはそんな長官に対し、一礼して答えてみせる。
「覚えておいでのようで恐縮です。以前お会いした、鳳翔の学生会長だった六条クリスです」
『おお、矢張りあの時の少女だったか……君には感謝してもしきれない。君の情報がなければ、私は妻の事を誤解したままだったのだからな』
長官の声には、確かな感謝の念が垣間見える。
クリスの情報が元で妻の真実を知り、レインとも和解出来たのだから、彼にとってクリスは多大な恩がある相手だ。
心なしか、話し声も弾んでいるように思える。
「いいえ、元はといえば私のお爺様が原因なのですから。私は祖父の蛮行の清算をしたに過ぎません」
『君の血縁者が何をしようが、君が責任を感じる事はない。君は神父の親ではなく、孫だ……犯罪者の血縁だからといって白眼視する程、私は狭量ではないつもりだよ』
「……ありがとうございます」
クリスは勲の言葉に対し、深々と頭を下げた。
口でどう言おうが、クリスとしては自分と血の繋がった祖父が幾人もの相手に多大な迷惑をかけているのだから、内心それなりに気にしていた筈だ。
そんなクリスにとって、自分を白眼視せずに尊重してくれる相手は眩しく思えるのだろう。
彼女にしては珍しく、心から感謝しているのが見て分かる程だった。
「では、こちらからも現在分かっている情報をお伝えしましょう。甲さん、いいですね」
「
そして、聖良の口から勲にこれまで甲達が知った真実が語られていく。
そんな中、甲は先程見た正体不明の巨大な球状のオブジェクトの事が頭から離れず、言い知れない不安が沸き上がって来るのを感じていた。
分岐11:灰色のクリスマス当日、
分岐12:長官は真の実体の場所を把握しておらず、トランキライザーを使おうとしていない。
原作だとAIがアセンブラを確実に処理する為に特異点の助力を得て