BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
翌日、アークの社長室に集まった甲達の間には沈鬱な空気が蔓延っていた。
米内の暗殺は阻止出来ず、フェンリルも少なくない被害を被った。
そしてなにより、あの場に出現した正体不明の緑色の津波……
あの緑色の津波が発生した時、当然の如く戦場で戦っていたシュミクラムは皆撤退を始めた。
ドミニオンはその津波の到来を予測していたからか、津波の発生源から遠い場所を戦場としており、津波の発生後は速やかに撤退し離脱して行った。
故に主な被害を被ったのは、隔壁近くで戦っていたダーインスレイヴと……彼等と交戦していた、フェンリルの部隊だった。
特にダーインスレイヴは自分達の使用した兵器による被害に巻き込まれるとは露程も考えていなかった為か、撤退が遅れ甚大な被害を被っていた。
リーダーのジルベルトだけはしっかり離脱に成功していたが、部隊の殆どは壊滅……既にジルベルトの手元には、碌な戦力は残っていない有様だった。
……ダーインスレイヴと交戦していたフェンリルの部隊は、単純に津波の発生源との距離が近過ぎた。
甲達は素早い判断と高い機動力で難を逃れていたが、フェンリルの部隊は交戦していたダーインスレイヴの判断の遅さに巻き込まれる形で戦闘を早期に中断出来ず、撤退が遅れあの津波に呑まれてしまったのだ。
あの津波の周囲では甚大な負荷によりAIのシュミレーションが正常に働いておらず、一定距離まで近付かれたが最後……負荷によって碌に逃げる事も出来ず、致死の過負荷によって爆散するかそのまま津波に飲み込まれていくかのいずれかの無残な末路を辿る事になってしまった。
その光景を見ていた者達はあまりの惨状に言葉を失い、言い知れない無力感に苛まれる結果となった。
部隊の長たる永二も多くの部下を失い、忸怩たる思いでいる事だろう。
「……あの現象の解析結果、出ました。ご報告致します」
皆が無言で佇む中、真と共同であの緑色の津波の解析を行っていたレインからそんな報告が届いた。
その場の全員が一様にレインに注目し、その口から如何なる報告が為されるかに注視している。
甲も思わず息を呑み、レインの姿を凝視していた。
「──結論から言って、あの緑色の津波……ドミニオンがタラスクと呼称するあれには、
「な……っ!?」
──そして、その言葉に甲は驚愕のあまり声をあげ目を見開いた。
「あの津波の周囲に発生した異常な過負荷の原因は、あの液体の容量が瞬間的に凄まじい速度で増殖していたが故に、AIの処理速度が追い付かなかった為に起きたものだったんです。そして、その容量の急激な増殖にはアセンブラのものと酷似した自己増殖の構築式が使われていました」
レインは重々しい口調で、そう告げた。
「そして、周囲の構造体を残らず分解し、取り込んで行ったのはアセンブラの持つ改変能力に依るものです……即ち、あれは仮想に再現されたアセンブラそのもの、とも言えるでしょう」
「……アセンブラを、仮想で再現、だと……ったく、なんて事を考え付いたんだあいつらは……」
甲はレインの説明を聞き、険しい顔で悪態を付いた。
まさか、灰色のクリスマスを引き起こした悪夢の象徴であるアセンブラを、よりにもよって仮想で再現しようとするとは……ドミニオンの連中が考える事は、常軌を逸していると言わざる負えない。
「……ただ、完全にアセンブラと同じ、というワケではないようです……まず、アセンブラに置ける
「……それで最後は、固体化して消滅したのか。しかし、あの戦場一帯を覆い尽くすような規模だぜ? 無差別破壊兵器にしても、度が過ぎていやがる……あれじゃあ、使った奴も危ないだろうに……まさに、自爆テロだな」
レインの説明を補足した真の話を聞いた永二は舌打ちしながらそう愚痴った。
確かに、増殖限界が存在するとはいえあの戦場一帯を覆い尽くす規模というのは尋常ではない。
兵器の使用者本人もジルベルト並の逃げ足がなければ巻き込まれる可能性が高く、兵器として考えるなら欠陥品も良いところだ。
自爆する覚悟でもなければ、碌に使えたものではない。
「けど、相手は
……だが、それを使用するのがドミニオンという狂信者の集団であれば話は変わる。
連中は教義の為なら自死すら厭わない、筋金入りの狂人共だ。
例え使用の際に自らの命がなくなるのだとしても、
故にクリスの言葉に異を唱える者は、その場に誰一人いなかった。
「……もしかして、ドミニオンの連中が進めているっていう『Project Leviathan』ってやつはあの兵器を量産して、仮想で自爆テロを繰り返すものなのかもしれないね」
千夏はそういえば、と言葉を選びながら告げる。
「あの時現実では直接潜脳を受けた米内だけじゃなく、ネットに接続していただけの護衛連中まで死んでたからね……もしあれが繰り返し使われるような事になれば、どれだけの被害が出るか知れたものじゃない」
『……そうだな。今の時代、仮想は生活に必要不可欠な代物だ……反AIを掲げる者でも、結局のところ仮想を完全に切り離す事は出来んのだ……あんなものが繰り返し使用されれば、冗談抜きで社会機能が停止しかねん。そうなれば、未曾有の大混乱が世界を覆い尽くすだろう』
千夏の意見に、通信で話を聞いていた長官はそう言って頷いた。
確かに、あれだけAIを嫌っていた米内であっても演説の最中度々仮想を利用していた。
例え反AI主義者でも、今の時代で仮想なしに生活を送る事は不可能に近い。
だからこそ反AI主義者の巣窟と言っていいミッドスパイアでも良質な生活を送る為に
もしもあんな兵器が多用される事になれば、仮想は危険極まりないものと化し、人類の生活レベルは数世代以上後退する事になるだろう。
今の生活に慣れた人類が、その技術後退に耐えられるワケがない。長官の言葉通り、世界は未曾有の混乱に陥る事になるだろう。
……だが、そんな二人の推論を聞いていた甲は妙な違和感を覚えていた。
神父は、あの
そして、タラスクの
もしかしたら、あの
しかし、これはあくまで甲の推論に過ぎない。証拠となるものは何もない以上、迂闊に喋る事は憚られた。
だが、此処でその推論を話さなかった事で敵の
そう考え、甲は聖良にだけはこの推論を伝える事に決めた。
早速甲は聖良に対しこの推論を説明すると、聖良は目を細めて返事を返して来た。
『確かにそれは無視出来ない可能性ね。けれど、安易に全員に伝えるのはお勧め出来ないわ……あの
だから、と聖良は続けた。
『永二さんと勲さんには私から伝えておくから、申し訳ないけれど確証を得るまでは他の皆には黙っていて頂戴』
『
甲は聖良の的確な判断に感心しつつ直接通話を終わらせ、周囲の話に耳を傾けた。
クリスだけは甲の仕草から聖良と直接通話で話していた事を察していたようだが、流石に空気は読めるようで余計な茶々は入れて来ない。
皆がそれぞれの考えを話す中、聖良が一先ず話を纏めるべく口を開いた。
「今後はドミニオンの動向に注意しつつ、一刻も早くドミニオンの拠点を捜索する事に全力を尽くします。勿論、再びタラスクが使用された場合はどのような状況であろうとも撤退を最優先する事……目的を優先して命を落とすような真似は、私が許しません。これ以上の損害は、戦力的にも許容出来ませんから」
聖良の言葉に、永二と勲は深く頷いた。人命優先は当然の事だが、これ以上被害が広がれば部隊運用にも影響が出て来る。
組織の長である永二達はその事を痛い程理解している為、聖良の言葉に異論などある筈もない。
「……それから……正直、あまり気は進まないのだけれど……亜季さんにも、タラスクの対抗手段を模索する為、協力を要請します。レインさんと真さんは、亜季さんを手伝ってあげて頂戴」
「「
レイン達の返答を聞きつつも、そう告げる聖良の表情には陰りが見えた。
ポーカーフェイスが常態となっている為誤解されがちだが、聖良は身内に対して深い愛を抱いている情深い女性だ。
特に亜季の事は掛け値なしに溺愛しており、そんな亜季を荒事に関係する仕事に巻き込む事はなるべく避けたかったのだろう。
だが、現状で
聖良としても苦渋の選択だが、この場合は致し方ないだろう。
甲としても、その頑張りに応える働きを見せる事で報いるしかない。
(しかし、ジルベルトの野郎もあの状況で逃げ延びるとはな……全く、悪運だけは何処までもツイてる奴だぜ)
一方その頃、ジルベルトはドミニオンの構造体内部で画面越しに神子と対面するべく広場に設置された巨大スクリーンの前に立っていた。
此処が安全な場所ではないという自覚があるのか
そしてジルベルトは巨大なスクリーンに神子の姿が映るや否や、鋭い目つきで神子を睨みつけた。
『まず、は……労を労いましょ、うか……貴方のお陰、で私達の計画、はまた一歩先、に進みました』
『……ほぅ、それは良かった……とでも言うと思ったのかこの狂信者共が……っ!! 貴様らの渡した兵器の所為で、俺の部隊は壊滅したのだぞっ!? この落とし前を、どう付けてくれるつもりなんだ……っ!?』
ジルベルトは鼻息荒く神子に向かって捲し立てるが、神子はそんなジルベルトに対し今までと変わりない平坦な声で答えていた。
『タラスクの特性、は事前に説明し、てあった筈で、す……逃げ遅れ、たのは貴方の部下、の落ち度で、は?』
『俺様が聞いていたのは、
激昂するジルベルトはそう叫びながら有りっ丈の殺意を視線に乗せるが、それでも尚神子の様子は変わらず……口元に薄笑いすら浮かべ、会話を締め括った。
『起きてしま、った事は今更変え、られません……それ、に……今の貴方、は我々の庇護、がなければ戦え、ないという事、を忘れない、で下さい……これから、も私の為、に働いてくれ、る事を期待し、ます』
『っ!? クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!』
神子はそう告げるなり通信を切り、一方的に会話を中断されたジルベルトは苛立ちのままに腕に装備された鞭で周囲の壁を無差別に打ち付けた。
しかし元々敵の機体を痛め付ける事を目的とした武装では特に頑強に作られているらしいこの広間の壁は壊せず、ジルベルトは苛立ち紛れに床を叩くと荒い息を吐いて脱力した。
『はぁ、はぁ……この、狂信者共めが……っ! 俺様を、俺様をコケにしやがって……っ! 許さん、許さんぞっ! この屈辱、倍にして返してやらなくば気が済まんっ! あの、クソ女めっ! いつかあの澄ました面を、痛みで徹底的に歪めてくれるわぁ……っ!』
ジルベルトは吐き捨てるようにそう叫ぶが、彼の現状から考えてそれが強がりである事は明白だった。
あの津波の至近にいたジルベルトが逃げ切れたのは、ドミニオンが予め用意していた脱出路に飛び込む事が出来たからだ。
無論脱出路の先はドミニオンのアジトに繋がっており、仲間を全て失い孤立無援となったジルベルトは単身ドミニオンの中に取り残される事になったのだ。
嘗ての雇い主だった阿南は失脚が秒読み段階だった事は既に知っている為、今更頼る事は出来ない。
今の彼は、ドミニオンに生殺与奪を握られた状態に等しいのだ。
故に今は雌伏の時だ、と自分に言い聞かせる事でジルベルトはその屈辱に甘んじているのだった。
──だが、そんなジルベルトの視界にあるものが映し出された。
それは、先程まで神子の姿が映し出されていたスクリーンの裏側……そこに、スクリーンに隠されるように奥へと続く通路が存在していたのだ。
当然ながらジルベルトはその通路に入った事はなく、何やら秘密の匂いを嗅ぎ付けたジルベルトの口元がニヤリと歪み、迷う事なくその通路の先へと入り込んだ。
「これは……」
通路を抜けると、そこは巨大な広間だった。
円形のその空間の奥には怪しげな祭壇のような機械が鎮座しており、その直上には一つの映像が映し出されていた。
スクリーンに映し出されていたのは、ミッドスパイアのバルドルシステムとその直下に存在する謎の巨大な球体の機械の映像だった。
よく見ると目の前の機械の持つ雰囲気は映像に映し出された巨大な球体のそれと酷似しており、機械の祭壇からは無造作に接続プラグが伸びている。
その光景を見たジルベルトは、教団の秘密を探り当てた事に歓喜し口元を歪めた。
『ほぅ、如何にも意味ありげな装置じゃないか……そういえば、久利原直樹はバルドルに接続する事でアセンブラ開発の知識を手に入れたんだったな……同じように、あの狂信者共もこの装置でバルドルに接続してあんな代物を作る知識を手に入れたのかもしれん……となると、
ジルベルトはそんな突拍子もない自説に何の疑いも持たず、機械の祭壇から延びる接続プラグを手に取った。
そして、そのプラグを見つめて笑みを浮かべる。
『ならば俺もこれを使い、禁断の知識を手に入れてやろう……っ! 思い知るがいい狂信者共っ! このジルベルト様が、眼にモノを見せてくれるわっ!』
根拠のない自信と共に、ジルベルトは迷う事なくプラグに自身を接続した。
──そして、次の瞬間……その無謀の報いは、速やかにジルベルトに襲い掛かった。
『あ、あああ、がっ、あああああああああああっ!』
ジルベルトは
そんなジルベルトの脳裏に、突如少女の声が響き渡った。
──あはははははははははははは! 本当、ジルベルト君は扱い易いわねっ! 思った通りの行動しかしないから、思わず笑っちゃったわっ! ──
『き、さま……その、声……その、声は……っ!?』
ジルベルトは薄れゆく意識の中でその
その視線の先に
──気付いちゃったかしら? でも、もう遅いわっ! ベースが貴方なのは不満だけど、その身体は存分に活用してあげるっ! 私の糧となれる事を光栄に思いなさい、
『きさ、まぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!』
──その
やがて、その沼は突如形を変え、新たな機体の姿を構築していく。
……そして、
『あは、はは、あはははははははははは……っ! 遂に、遂に遂に遂にっ!
狂喜に歪んだ
暗い歓喜に打ち震える
『嗚呼、嗚呼、嗚呼……っ! 待っていて、待っていてね甲……っ! 今度こそ、
──細部の武装が変化し、機体は黒く染まっていたが……それは、間違いなく……
漆黒のグリムバフォメットは頭上に展開された巨大な球体の映像を愛おし気に見つめながら、いつまでも狂気に満ちた哄笑をあげ続けていた……。
~Page5~産声/産声ーDivl CryーEnd
5節の副題の『産声』が指しているのは、実はタラスクではなくこちらの方です。
ーーところで、戯画のラスボスって、ヤンデレの場合だと特にいい味出てると思うんですよね。