BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
ミッドスパイアーin to the Fake Utopiaー
「……っ!」
時刻は深夜、宛がわれた部屋で眠っていたクリスは突如目を覚まし、勢い良く身体を跳ね起こした。
額からは冷や汗が滴っており、顔色も悪い。クリスは焦った様子で手鏡を取り出し、自分の顔を映し出す。
そして
(一体、今の夢はなんだったのかしら……詳細は思い出せないけど、今の夢の中の私は髪の色や眼の色が明らかにおかしかった……それに、
クリスは何かを思い出しかけて、それを忌避するように慌てて頭を振った。
(……ダメね、思い出そうとすると頭が痛い……いえ、
クリスは所詮夢だと自分を納得させようとするが、以前に見た凶行に及んだ自分の夢と同じく、妙なリアリティがあり中々納得は出来そうになかった。
何より、吐き気を催す程の嫌悪感がクリスの記憶から夢を忘れさせる事を拒んでいた。
クリスは夢に出て来る自分に対し、即座に八つ裂きにしたい程の殺意を抱いていた……それだけは、確信としてクリスの心に刻まれていたのだから。
(
クリスは自分でも何処から湧いて来るのか分からない殺意を身に秘めながら、拳を握り締めた。
何故、こんな事を考えるのかは分からないが……それでも、これだけは譲れないと……クリスの女としての勘が、うるさい程に訴えていたのだから。
「ふぅ……」
クリスはその後汗で濡れた寝間着を脱ぎ捨て、部屋に備え付けられたシャワー室に入りシャワーを浴び始めた。
一糸纏わぬ姿になったクリスは熱い湯を浴びながら、いっその事このまま甲の布団に潜り込みに行ってやろうか、と夢見の悪さを誤魔化す方法を思いつく。
即座に「良い考えね」と実行に移す事を決め、クリスは早速シャワーを手早く切り上げ、最低限の身なりを整えて甲の部屋へと突貫した。
甲は既に熟睡していた為気配を消して忍び込んで来たクリスに気付かず、翌朝同じ布団で眠っていたクリスを発見し、大いに驚く事になったのだった。
「まさか、こんな所に来る事になるなんてな……」
「ええ、私もこのような状況でなければ戻って来る気はありませんでした」
人口の陽光に照らされる中、甲とレインはテラス状に積み重なった階層都市を見上げながら、溜め息と共にそう呟いた。
此処はミッドスパイア、清城市の富の殆どを独占する
こんな所に甲達がいるのは、先日の長官からの
社長室には聖良と永二、レインと千夏が既に待機しており、映像には長官の姿が映し出されている。
「よく来てくれたわね、甲さん。今日は、勲さんから話があるそうよ」
「長官から……? 伺います」
甲はいきなり長官からの用事だと言われ困惑しつつも、映像に映し出された対AI対策班長官……桐島勲と向き合った。
勲は甲とクリスの姿をしかと見据え、ゆっくりと口を開いた。
『突然の呼び出しに応えて貰って、申し訳ない。私からは報告と、お願いがあって聖良君に君達を呼んで貰ったのだ』
「報告と、お願い、ですか……?」
甲の呟きに長官はああ、と答え話を続けた。
『まず、報告だが……都市自警軍の膿の摘出が完了した。阿南よしおは密造ナノ関連の容疑で逮捕、阿南の息のかかった者達も根こそぎ排除出来た。現在は、都市自警軍の再編を行っている真っ最中だ』
(……ようやく、豚が豚箱に入ったようね。少々強引に思えるけど、これで都市自警軍も真っ当な警察になれると考えれば必要経費かしら)
わざわざ直接通話でそんな事を話して来るクリスの言葉は無視しつつ、甲は長官の話に耳を傾けた。
阿南は以前まで、ドレクスラー機関を匿っていた張本人だ。締め上げれば、有用な情報を吐いてくれる可能性も高い。
出来れば自分達の手でやりたかったが、こればかりは仕方ない。
『加えて、過去阿南と繋がりのあった米内も略式起訴した。死者に鞭打つような真似は本意ではないが、真くんの実体を取り戻す為には致し方あるまい……あまりこういう言葉は使いたくないのだが、因果応報、というやつだ』
「自業自得、と言ってもいいだろうよ。何せ、自分のエゴで拉致まで強行した大馬鹿野郎だ……死んだからって、罪が消えるワケでもねぇ。
苦々し気に呟く長官の言葉に、永二は吐き捨てるようにそう言った。
彼は傭兵だけあって、敵に対する容赦というものは微塵もない。その価値観から言って、今回の長官の行為は何の問題にもならないのだ。
死者から戦利品をかっぱらうのは、戦場では良くある事でもあるのだから。
『……永二の考えは極端過ぎる。必要悪を否定するつもりはないが、少しはオブラートに包むという事を知らないのかね?』
「オメェは逆に体裁を気にし過ぎてんだよ。此処での会話は俺達以外にゃ傍受される心配なんかねぇんだから、もっとぶっちゃけてもいいだろうに」
『それでも一組織の長かね? 全く、昔からお前は変わりがないな……組織を纏める上で、体裁や規律は必要不可欠なもので……』
だが、生真面目な性格の長官にとって永二の物言いは看過できなかったのだろう。
長官は売り言葉に買い言葉といった感じで、永二と組織の在り方について、
「……こほん」
「「……っ!」」
暫く言い合っていた二人だが、聖良の咳払いを聞き、自分達の醜態に気付いて気まずそうに口を閉じた。
「勲さん。永二さんと仲が良いのは結構だけど、呼びつけた甲さんを放置するのはいかがなものかしら」
『……すまない。永二相手に、つい熱くなってしまった……私の方こそ、組織の長としての自覚が足りなかったようだ』
長官はそう告げ、甲に向かって深々と頭を下げて来る。いきなり頭を下げられた甲は、慌てた様子で長官を制止した。
「そ、そんな……っ! 頭を上げて下さい、長官! 別段、気にする事はありません」
『……そうか、ありがとう。しかし、私が礼を欠いていたのは確かだ……今後このような事がないよう、深く反省する所存だ』
長官はそこまで言うとようやく顔を上げ、甲をしっかりと見据えた。
これ以上の謝罪は却って迷惑になると悟ったのか、申し訳なさそうにしつつも話を進める事を決めたようだ。
『では、話を戻そう……報告は以上になるが、君達にお願いしたいのは……ミッドスパイアに入り、米内の自宅を調査し真くんの実体の居場所の情報を探して貰いたいのだ』
「え……っ!?」
……だが、予想外にも程がある言葉に今度は甲が驚きに目を見開いた。
ミッドスパイアに入る、というのはそう簡単な事ではない。
そもそも市民権を得ている者でなければ基本的に入る事は出来ず、傭兵である自分が入るのは無理があると思うが……。
『君が何を懸念しているかは理解出来る。まず、ミッドスパイアの市民権に関してはレインが所持している。故に、レインの
心なしか、長官はレインの
甲は疑問符を浮かべながらも、長官の話に耳を傾けた。
『君達の立場についてだが、私が独自に招集した都市自警軍の特設部隊という事にしておく。これならば、米内の自宅を
「待って下さい。そのお気遣いはありがたいのですが、本職の都市自警軍の刑事や対AI対策班で調査しないのは何故ですか?」
立場の偽造をしてまで自分達に米内の家を調べさせるという長官に、甲はそう尋ねた。
その質問に、長官は苦々し気な顔で答える。
『……知っての通り、対AI対策班の者達は反AI主義者が大半だ。第二世代やアークに敵意を持つ者も少なくなく、彼等が接続者の事を知れば米内と同じ過ちを繰り返しかねないのだよ』
長官は沈痛な面持ちで、溜め息を吐いた。
『故にこそ、信頼出来る君達の手で情報を探り、他の者の目に触れないよう接続者についての情報を抹消して欲しいのだ。勝手な話だと思うが、どうか頼まれてはくれないだろうか……?』
長官は懇願するような目で甲を見据えており、その眼から彼の真摯な思いを感じ取った甲は深く頷いた。
確かに、対AI対策班には反AIの思想を持つ者が多く在籍しているのは事実だ。
そんな連中からしてみれば、AIに有効であるとされる接続者の情報は喉から手が出る程欲しい代物だろう。
長官の懸念も、もっともと言えた。
「……いいえ、こちらこそお願いします。真ちゃんの実体を取り戻すのは、私達の悲願でもありますので……ご協力、感謝します」
『……ありがとう。永二は君のような良い息子を持てて幸せだな……心身共に、立派な男に育ったようで何よりだよ』
長官は甲の答えを聞き、深々と頭を下げた。そして、顔を上げると神妙な面持ちで口を開いた。
『それで、だな……見返り、というワケではないのだが……もう一つ、頼まれて欲しい事がある。それは……』
「──
『……っ!? ああ、そうだ……君も、察しが良くて助かるよ』
会話に乱入して来たクリスの言葉に、長官は驚愕しつつも深く頷いた。そして、改めて甲に向かって説明を始めた。
『先日話した通り、ミッドスパイアの構造体でグレゴリー神父の目撃情報があったのだが……その侵入経路が、依然として判明していないのだ。情けないが対AI対策班の調査でも、何一つ痕跡を発見出来ていないのが実情だ』
長官は再度溜め息を吐き、続ける。
『ミッドスパイアでは
甲は長官の話を聞き、即座に真とクリスに確認を取り……そして、深く頷いて見せた。
「
『……そういえば、君は神父に身柄を狙われている、という話だったな……しかし、真くんならまだしも何故甲君を狙うのか……甲君自身は、腕が立つとはいえ普通の第二世代だというのに……』
「……それは、俺が聞きたいくらいですよ……」
甲としても、神父が何故自分に執着しているのかは全く以て分からないままだった。
その事を何より知りたいのは、彼自身であると言える。
神父は自分の事を
甲としても、現状は得体の知れないストーカーに狙われている気分だった。
『本当であれば護衛を付けたいが、私の部下では君が第二世代だと分かれば渋る者が大半だろう……代わりと言ってはなんだが、渚くんを護衛として同行させて欲しい……頼めるかね、渚くん』
「
渚は長官の言葉に即座に返答し、力強くそう答えた。その様子を見て、クリスとレインの眉が吊り上がった。
「あら、私一人いれば護衛は充分なのだけれど……どうしてもと言うなら、連れて行くのは吝かではないわよ?
「……そうですね。私も傭兵として鍛錬を積んでいますので、護衛としての能力はあるつもりです。ミッドスパイアには母の別宅があるので、そちらでゆっくり
「そうだね。お互い、
クリスの言葉を皮切りに、三人の間にバチバチと火花が散っているのが見える程の睨み合いになってしまった。
その様子を見ていた長官は、呆れるでもなく微笑を浮かべている。
『……どうやら、娘達の嫁ぎ先の心配はいらなそうだな。甲くん、君と彼女達の関係は永二から聞いているが……レインは勿論、渚くんも今では私の娘のようなものでね……彼女達が納得出来るのであれば、私から何かを言うつもりはない。何も、結婚という形に拘る必要はない……婚姻関係だけが幸せの形ではないと、今は私もそう考えているのでね』
「は、はぁ……」
甲はなんと答えていいか分からず、困惑した声をあげる。
永二ならともかく、誠実そうな長官からこんな言葉が出て来るとは思ってもみなかったからだ。
堅物そうな外見からは想像し難いが、彼もまた身内に対する情は人並み以上に持っている。
聖良と同じく誤解され易いだけで、家族を大切に思っている事に間違いはないのだから。
『ともかく、明日には準備が完了するので明日の朝に渚君に付いて来てくれたまえ。滞在中の拠点にはレインの言う通り、エイダの別宅を使うといい……それでは、よろしく頼む』
と、そういった経緯で甲達はこうして千夏の先導でミッドスパイアにやって来ていた。
対AI対策班所属の千夏は入る際に当たって問題などあるワケもなく、レインは市民権を持っている上今は外出用の私服を身に纏い、その姿は深窓の令嬢にしか見えない為、彼女が此処の住人であるか否かと疑う者はいない。
クリスも被造子である以上容姿は整っており、富裕層ばかりが集まるミッドスパイアにも問題なく溶け込んでいる。
場違いであるとすれば甲だけだが、今の甲は
この立場の偽造を聞いたクリス達からは尋常でないプレッシャーを受ける事になったのだが、そこは割愛しておく。
「しかし、どうにも此処は綺麗過ぎるな……治安も信じられないくらい良いし、外の清城市とは雲泥の差だ」
「……ですが、所詮は張りぼての理想都市です。此処では仮想への没入には許可が必要で、許可が下りても入れるのはリミッターのある場所だけで外部に繋がるリミッター・オフの空間へは行けないようになっています」
レインは以前と何も変わっていないミッドスパイアに呆れているようで、軽く溜め息を吐いている。
「内部で流される映像は、政治広報や
「……まるで
レインの説明を聞き、クリスは吐き捨てるようにそう呟いた。
甲の言う通り、この場所は
ミッドスパイアの人々は荒廃した外の世界から目を背ける事で、この塔の中で作られた平穏を享受している。
此処には目立った争いはないが、進歩や発展もない。
幾ら外観を整えていても、甲達にはミッドスパイアの白い外壁がまるで汚いものを覆い隠す為の
「ほら、無駄話をしてないでさっさと行くよ。レイン、こっからはアンタが案内した方が早いだろ」
「ええ、此処からは私がご案内します。すぐに着きますから、付いて来て下さい」
甲達はそんな千夏やレインの言葉に急かされ、荷物を持って歩を進めた。
人口の陽光を浴びながら、甲達は偽りの理想都市へと足を踏み入れたのだった。
米内の自宅は原作では出て来てないので、適当に作っておきました。次回は米内の家宅捜索+αとなるかな。