BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「此処が、米内議員の邸宅か……」
甲は目の前に聳える立派な邸宅を見上げ、溜め息を吐いた。
拠点に荷物を置いた甲達は早速長官から得た
そして、やって来ていたのは甲達アーク側のメンバーだけではない。甲の横には、溜め息を吐くコートの男……須藤雅の姿があった。
「……全く、対AI対策班の長官から直々に捜査権限を任されるとか、一体何をどうやったらそんな事になるんだよ……対外的にはお前等都市自警軍の一部署の構成員って事になってるし、もう何がなんだか……」
「まあ、そう愚痴るな雅。流石に本職の都市自警軍刑事が一人くらいはいないと後々怪しまれるから、お前に同行を頼んだんじゃないか。それに、相手は真ちゃんの実体を攫った誘拐犯だ……真ちゃんの為にも、色々呑み込んでくれ」
そう、甲達が幾ら長官からお墨付きを貰った特設部隊として扱われていると言っても、本当の都市自警軍の刑事が一人もいない状態では米内の自宅を家宅捜索したという記録が残らない。
まさか甲達が都市自警軍として報告書を書くワケには行かない為、昔からの友人であり口が堅く話が通じる雅にご足労願ったワケだ。
状況を理解した雅は最初は驚いていたが、真の為と聞いてなんとか了承してくれたのだ。
「……まあ、米内議員が真ちゃんの実体を攫ったって話が本当なら、確かに放っておけねぇよな。分かった、俺は此処では何も見てない……それでいいだろ?」
「ああ、悪いな……不正の片棒を担がせるような真似をさせちまってよ。代わりに真ちゃんの誘拐に関連のありそうにない悪事の証拠だったら幾らでも持ってっていいから、それで勘弁してくれ」
甲としても、真面目に刑事をやっている雅にこんな真似はさせたくなかったのだが……真がもう狙われないように接続者に関する情報を消去する為には、現職の刑事である雅の協力は必要不可欠だ。
刑事の捜査の事など欠片も分かっていない甲達だけでは、どうしても粗が目立ってしまう。
故にこそ、雅のフォローは必要だった。
「そうだな。米内議員はもう死んじまったが、それでも悪事の証拠を掴むのは
「ああ、約束する。これが終われば、真ちゃんの
「そりゃいいや。その為にも頑張ってくれよ、甲」
そう言って笑い合いながら、甲は雅と共に米内の邸宅に入って行った……その後ろを、クリス達女性陣が複雑な表情で付いて行く。
「……甲さん、なんだか私達と話してる時より楽しそうな気が……」
「男友達ってのはあんなもんだよ。女のアタシ等とはそもそも距離感が違うのさ……ここら辺の感覚は、お嬢様だったアンタじゃ分からないかな」
「私もそういうのは詳しくは知らないけれど、同姓と仲良くしている程度で目くじら立てる程狭量じゃないわ。女の身体の良さはたっぷり教え込んであるし、今更男色に走る事もないでしょうしね」
何処か羨まし気に甲と雅のやり取りを見ているレインに対し、千夏は学園生時代から甲と雅の関係を知っているからかサバサバした反応をしている。
こういったフォローが出来る辺り、レインと千夏の関係は決して悪いものではない。
……もっとも、最後にクリスが付け加えた台詞が全てを台無しにしているのだが。
「……へぇ、そりゃアタシ等に対する自慢かい? なに? 自分は甲にそれだけ抱かれてるから羨ましいだろうってか?」
「あら、そう聞こえたかしら? ごめんなさいね、まだ彼に愛された事のない人には刺激が強かったかしら」
「……こうして肉体関係をアピールされるのは、なんだかムシャクシャしますね……今夜にでも、夜這いを仕掛けるべきでしょうか。幸いと言うべきか、お父様は黙認する構えのようですし」
千夏とクリスが鋭い視線を交わし合う中、レインは一人穏やかならぬ計画を立てようとしている。
当然それを聞き逃す二人ではなく、レインの事をギロリと睨みつけた。
「……あら、随分積極的なのね桐島さんは。そういう積極性は好みだけど、私を乗り越えて彼を襲えると本気で思っているのかしら?」
「レイン、幾らアンタでも抜け駆けは許さな……いや待てよ? もう先は越されてるんだし、此処はレインと一緒に甲を襲った方がいいんじゃ……」
「──聞こえてるわよ渚さん。二人がかりで
不穏な考えを巡らせ始めた千夏に対し、クリスは不敵な笑みを浮かべてそう宣告した。
事実、クリスの運動能力は被造子である上に彼女本人が身体を苛め抜くレベルで鍛え上げている為、常軌を逸したものと化している。
腕力では全身義体の千夏に分があるだろうが、瞬発力という面でクリスに追随する事は難しい。
それが分かっているからこそ、熟練の電脳将校二人相手にクリスはこうも余裕を見せているのだ。
甲と共に戦って来た数年間、現実で敵兵相手に単騎無双した実力は伊達ではない。
「おい、不穏な会話を繰り広げてるそこの三人、そろそろ仕事の時間だぞ。いい加減にしてくれ」
流石に看過出来なくなったのか、甲は3人の口論に苦言を呈し、そこでようやく三人の睨み合いは終わりを告げた。
平時であれば甲の言葉だけで止まる事は有り得ないが、今は重要な仕事を行っている最中だ。
流石にそんな状況で女の戦いを継続する程、3人は考えなしではなかったワケである。
「ふふ、ごめんなさいね。
「……うわ、この女根っからのドSだわ……とんでもなく生き生きした顔で笑ってやがる」
「癖のある方だとは思っていましたが、これは……どうやら、心してかからなければならなそうですね」
クリスのSっ気たっぷりな台詞に千夏とレインはドン引きし、甲は相変わらずのクリスの発言に苦笑いを浮かべている。
だが、いつまでもこうしてはいられないと気を引き締め直し、各員に指示を飛ばした。
「クリスと千夏は、それらしいものが書かれた資料がないか探してくれ。俺とレインは、この家のセキュリティにハッキングして情報を調べよう」
「「「
甲の号令に、運動能力に長けた千夏とクリスは家の中を素早く巡回しながらそれらしい資料を探し始めた。
甲はレインと共に家の端末に神経接続子を繋ぎデータの洗い出しを開始した。
雅はそんな甲達を尻目に、部屋の中の資料を一つ一つじっくり見て回っている。
甲達と違い、ありのままの情報を持ち帰るワケには行かない為、わざとゆっくりと探しているのだろう。
ほとほと、彼には頭の下がる思いだ。
「お、米内の家族構成が出てきたな……へぇ、子供がいたのか……名前は……ジルベルト……っ!? おいおい、あいつ米内議員の息子だったのかよ? という事はあいつ、自分の父親を殺したのか……っ!?」
「……私も昔は父と確執がありましたが、ジルベルトはあの様子から察するにそれ以上のようですね……まあ、他人の家庭の事情なんて知っても後悔するだけでしょうから深く詮索しない方が身の為ですよ」
甲は思わぬ所で因縁深い相手の名前を目にして、思わず目を見開いていた。
今思い返せば、ジルベルトは米内が死んだ時、狂気じみた歓声をあげていた。
あの時のジルベルトの眼には復讐を遂げた者が見せるような、暗い歓喜が満ちていたように思える。
何があったかは知らないが、碌な家庭環境でなかった事に間違いはあるまい。
……まあ、だからと言って同情する気持ちが欠片も出て来ないあたり、ジルベルトらしいといえばらしいのだが。
「甲、見つけたわよ」
そのまま情報を検索していると、一冊の手記を持ったクリスがそう話しかけて来た。
クリスが持っていたのは分厚い装丁の日記帳であり、今の時代では見る事すら珍しい
表紙をめくると、中には几帳面な字でびっしりと文章が書きこまれている。
「仮想嫌いが高じて、重要な記録を仮想じゃなく手記に記していたとはな……全く、いつの時代の人間だよ」
「単に仮想のセキュリティを信用していなかったんじゃないかしら? 潜脳に対してあれだけ無防備だったんだもの。仮想のセキュリティに関しては疎いか、酷い偏見でも持っていたんじゃないかしらね」
確かに、クリスの言う通りあの潜脳に対する杜撰さを見る限りその可能性は高そうだ。
流石に演説には仮想を用いていたものの、日常生活では可能な限り仮想と関わりたくなかったのだろう。
事実、手記の中には仮想やAIに対する憎悪が繰り返し書き記されていた。
──接続者の確保に成功した。これであのトランキライザーを使う事が出来る。見ていろAI主義者共め、貴様等の天下はここまでだ──
「……っ! 此処だな」
甲は手記を読み進めて行く中、遂に灰色のクリスマス当日のものと思われる記述を発見した。
余程興奮していたのか、その文章は他の几帳面な文体と違いやや歪んでいる。
目的のものを手に入れて、有頂天になっていたのだろう。
──何故だ!? 何故接続者の娘の電子体がいなくなっている……っ!? まさか、逃げたというあのクローンが何かしたのか!? くそっ、あんなトラブルが起こらなければこんな事には……! ──
(クローンが、逃げた……? おかしいな、米内の下から逃げたのはノイ先生一人の筈……クローンっていうのは、一体……)
甲は突然出てきた
暫くは計画が失敗に終わった為の怨嗟の言葉が書き連ねられていたが、最後にはこんな文章で締めくくられていた。
──接続者の実体は凍結し、バルドル直下のトランキライザーの
「これだ……っ! 真ちゃんの実体は、バルドルの傍にいる……っ!」
甲はその記述を見た時、思わず歓声をあげた。やっと、やっと真の実体の居場所が分かったのだ。
この数年間、幾ら探しても分からなかった真の実体の居場所は、これで特定出来た。
甲の脳内チップからその光景を見ていた真も、歓喜の声をあげている。
『やった……っ! これで、これでやっと私、実体に戻れるんだ……っ! 現実なんて何年ぶりだろう……私の身体、問題とかないといいけど……』
「そうと分かれば善は急げだっ! クリス、千夏、早速長官に報告してバルドルの所に行く許可を貰おう……っ!」
歓喜する真を見て、甲は迅速に指示を下す。これ以上、時間をかける必要はない。
「レインは悪いが、この家にあった接続者関連の情報の消去を頼む。この手記のような、現実の証拠も処分してくれ。雅、報告書は適当に頼むぜ」
「「「
そして甲はレインと雅に後を任せ、クリスと千夏を連れて長官に事の次第を報告するべく拠点へと引き返して行った。
『……そうか。矢張り、バルドルの付近に隠していたか……』
レインの母の家で映像越しに報告を受けた長官は、深い溜め息と共にそう告げた。
その言葉を聞き、甲は訝し気に長官に問いかけた。
「長官、
『可能性としては、最も高いと踏んでいた。米内は今まで、ミッドスパイアのバルドルシステムの管理を任されていた男だった……だからこそ、隠しておきたい機密はバルドルの傍に置いているのではないかと考えていたのだが……どうやら、案の定だったようだな』
この様子では、疑ってはいても証拠がない為今まで踏み込めなかった、といった所だろう。
バルドルシステムは、この街の中枢だ。
幾ら対AI対策班の長官だからと言って、理由なく立ち入れる場所ではないのだろう。
『……だが、今は好都合だ。米内の死と起訴に伴い、バルドルシステムの管理権限は我々が接収した……今ならば、私の権限でバルドルへの道を開く事が可能だ』
「じゃあ……っ!」
甲の期待の籠った視線を受け、長官はこくりと頷いた。
『……ああ、すぐに道を開こう。私が同行する必要があるが、こうなると思って準備は済ませてある……指定の場所に来てくれ。共に、真くんの実体を取り戻そう』
「
敬礼と共に甲は勢い込んでそう返事を行い、クリスと千夏に目配せして拠点を飛び出した。
向かう先はミッドスパイアの中枢、バルドルシステムの鎮座する場所。
神の名を冠する機械の下へ、逸る気持ちを抑えながら甲達は駆けだして行った。
さて、次は遂にバルドルの所に到着します。果たして真の実体はどうなるのか、お楽しみに。