BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「……一体、これはどういう事なんだ……?」
甲は驚きのあまり固まったまま、仮面が外れ素顔が晒されたドミニオンの神子の姿を見つめている。
髪や瞳の色こそ変貌しているが、その顔は紛れもなく甲もよく知る六条クリスそのものだ。
甲の視線を受けた
「嗚呼、嗚呼、嗚呼……っ! ようやく、ようやく対面する事が出来た……っ! 本当はネタばらしはもう少し後にとっておくつもりだったのだけれど、こうして直に貴方と視線を交わし合えるのも悪くはないわ……っ! 見て、甲……っ! 少し
声は枯れ、言葉を発する度にその喉には凄まじい激痛が奔っている筈だが、まるで痛みを感じていないかのように自分の想いを感情のままに吐露している。
自分の想いを否定されるとは欠片も考えておらず、彼女の視界には甲以外何も映っていない。
他のものは全て、背景のようにしか捉えていないのだ。
『フン、その有様で六条クリスかですって? 笑い話もいい所よ……
……故に、
特にクリスに対しては、他の者の何倍もの憎悪を以てその姿を睨め付けている。
「……黙れ、黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ……っ! お前の、お前の意見なんて聞いていない……っ! 私の邪魔をするな私の視界に入るな私の耳を冒すな彼の傍から離れろ彼の耳を穢すな彼の視界に入るな彼の心に残るな彼の隣から消えろこの世界から消えてしまえ……っ! 私は、甲と話しているの……っ! お前が、お前なんかが横槍を入れるなぁ……っ!」
有りっ丈の憎悪を込めて、神子はあらん限りの悪意をクリスに叩き付ける。
クリスはその怨嗟の声を真正面から受け取め、その様子を鼻で笑って見せた。
『ハッ、負け犬が何をほざくのかしら? 貴方、
「……っ!? そう、私の記憶が流れ込んだのね……っ! お前なんかに、お前なんかに記憶を覗き見られるなんて……っ! 嗚呼、量子通信というのも考えものね……っ! 私の
クリスの言葉の意味は分からないが、神子はその言葉に心当たりがあるらしく、悔し気に唇を噛んでいる。
どうやらクリスはこの神子の正体について、何らかの心当たりがあるらしかった。
しかも、この様子ではそれが正解だと確信しているらしい。
正直今の事態が全く理解出来ない甲はクリスに事情を聞こうと口を開きかけるが、それを察した
「嗚呼、待って甲……っ! 私の事が気になるのでしょう? そんな奴の口から、適当な推測を話されるのは不愉快だわ……っ! 今、私の
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!! ──
──気付けば、甲は赤い海の中に漂っていた。
四方は何処を見ても赤い海水で満ちており、陸地らしきものは一切確認出来ない。
その赤い海の彼方を見ていると、脳髄に直接何かの情景が浮かび上がって来る。
──残念だわ……門倉甲君、あなたなら協力してくれるかもしれないと思っていたのに……──
そこで見たのは、甲の知らないクリスの姿だった。
情景の中のクリスはワケの分からない妄想を口走り、レインにチェーンソーを突き付け、クゥをナイフで殺害する等、凶行の限りを尽くしていた。
最後には甲と戦いになり、戦いに敗れたクリスは構造体の崩壊に巻き込まれ、その後の一生を警察病院のベットの上で過ごす事になった。
──だが、その期間は結果的にごく僅かだった。
クリスの身体は灰色のクリスマスの日、対地射撃衛星群の照射によって跡形もなく消え去ったのだから……。
──此処は、何処かしら? 私は、一体……──
不意に、何処からかクリスの声が聞こえて来る。
その声に意識を向ければ、赤い海の中で身体を丸めたクリスがぼんやりとした眼で周囲を見つめていた。
ふと、クリスの視線が一点で停止する。
なんとなくその視線の先を見つめると、無数の情景が甲の脳髄に飛び込んで来た。
──それは、無数の異なる世界の光景だった。
ある世界ではレインを、ある世界では千夏を伴侶に選んだ甲は、少しずつ異なる道程を経てアセンブラの脅威と戦っていた。
甲には細部までは見えなかったが、どの世界でも共通するのはクリスの姿はなく、代わりにレインを相棒として戦いを続けていたらしい事だった。
──ああ、そんな……こんな、こんな
そんな中、不意に何かに気付いた様子のクリスがハッとなった様子で悲しげな声をあげている。
クリスは瞳を絶望に染め、歯をガチガチと鳴らしながら眼に涙を浮かべている。
──そんな、私は……なんて、事を……あの時、あんな馬鹿な事をしなければ……っ! 私は、■と一緒になれていたかもしれないのに……っ! ──
クリスの声には、底知れない悔恨の感情が滲み出ていた。
クリスはそのまま長い間ぶつぶつと何かを呟いていたが、不意に何かに気付いたかのように前方に手を伸ばした。
──そうだ。此処なら、こういう事も出来る筈……
手を伸ばしたまま、クリスは口元で何事かを唱え続け、再び眼を開くと前方の空間を凝視した。
甲もつられてその先を見ると、そこからは先ほどとは違った無数の世界の情景が脳髄に流れ込んで来た。
……先ほどの世界と違うのは、どの世界でも甲がクリスと並んで歩いている事だった。
それらの世界は、今の甲の学園生時代を思い起こさせた。
自分と同じく、学園生時代にクリスと知り合い、交流を深め、場合によっては恋人同士になっていく……そんな、今の甲と似た道程を歩んだ世界がそこにはあった。
──ただ一つ、どの世界でも灰色のクリスマスでクリスが死んでしまう事を除いては。
クリスは、どの世界でも灰色のクリスマスを超えられなかった。
ある時は対地射撃衛星群の照射に巻き込まれ、ある時はアセンブラに溶かされ、またある時は瓦礫の中で力尽きて……。
その光景を、赤い海に漂うクリスも見ていたのだろう。
最初は期待に綻んでいた顔は次第に悲嘆に歪み、焦ったように次の
繰り返す絶望の光景を見続けた事で髪の色素は抜け落ち、眼を充血させ赤く染まらせながらも、クリスは自分が幸せになる世界を求め、新たな世界に手を伸ばし続けた。
何百、何千と世界を繰り返し……その果てにやっと、クリスが灰色のクリスマスを超えられる世界が生み出された。
今の甲と違い、灰色のクリスマス直後に真と出会う事はなかったが……それ以外は、概ね甲が知る自分の道のりと似た世界だった。
クリスと共に傭兵として戦い、ドミニオンの巫女となっていた真を助け出し、最後には正体不明の兵器……その世界の自分達がトランキライザーと呼んでいた兵器を打ち破り、クリスと共に幸せになる……そんな、世界だった。
自分が幸せになる世界を見つけ、満足したかに思われたクリスだったが……赤い海を漂うクリスの顔に浮かんでいたのは、
その世界で甲と笑い合う自分を見てクリスはあらん限りの力で唇を噛み、拳を握り締めている。
──なんで、なんで、
──クリスは既に、最初の目的を見失っていた。
幸せになれなかった自分の代わりに別の自分が幸せになる可能性を見つけようとしていた筈が、いざその可能性を見つけた時にはクリスの
今のクリスの中では別の世界の自分は自分の別の可能性などではなく、
──許さない、許せない……嗚呼、絶対に、こんな事は認めない……こんな
──そのクリスの叫びを最後に、甲の意識は赤い海から遠ざかり、現実へと帰還した。
「……っ!? 今のは……っ!?」
現実に戻った甲は、機体の片膝を突いた状態で千夏の機体に支えられていた。
隣で同じように片膝を突いていたクリスの機体は自力で立ち上がり、甲もまた千夏の助けを借りて立ち上がる。
『……一体、二人共どうしたってんだい? いきなり二人揃って膝を突いちゃって、あいつに何かされたのかい?』
「……ああ、ありがとう千夏。もう大丈夫だから」
甲は心配する千夏にぎこちない笑みを返し、再び
神子は甲を支えていた千夏を凄まじい形相で睨みつけていたが、甲の視線が自分に向けられた事を感じ取ると一転、頬を染めて笑みを見せた。
「嗚呼、ちゃんと私の
神子は恍惚とした笑みを浮かべながら、一方的な愛の感情を吐露している。
横でそれを聞いていた千夏は何を言っているか分からずに呆然となっているが、甲の隣に立つクリスは……あらん限りの嫌悪と侮蔑の感情を、
『……もう間違えない、ですって? 馬鹿ね、一度間違えた時点で貴方に次の機会なんかないのよ……死人は死人らしく、黙って地獄に向かえばいいものを……
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れぇ……っ! お前なんかに、今の私は止められない……っ!
神子は自分を罵倒したクリスに向かって憎悪の叫びをあげながらシュミクラムに移行し、バルドルの直下……巨大な球体の下へと降りて行く。
そして、球体の前に立つと両腕を広げ、脈打つ漆黒の球体を縋るように見つめている。
『これこそ、これこそ私が求めた
クリスの言葉に呼応するかのように、漆黒の球体はその脈動を早めている。
甲はその光景に底知れない悪感を感じ、思わず神子に問いかけた。
「……おい、今トランキライザーって言ったか……? トランキライザーは、消失したって話じゃなかったのか……っ!?」
『違うわ、甲。トランキライザーは消失したんじゃない、
神子のそんな叫びと共に、
──そして、次の瞬間巨大な球体が赤く染まりあがり、その外殻が罅割れた。
『──さあ、目覚めなさいレヴィアタン。その姿を、私の前に晒しなさい』
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!! ──
──瞬間、世界が凍り付いた。
漆黒の球体からおぞましい咆哮が響き渡ると共に周囲のAIネットワークのシュミレーションに異常が発生し、構造体の風景にブレが生じ始める。
普段使用しない情報密度グラフが警告を発し、身体が鉛のように重くなっていく。
「一体、なんだ……っ!? これは、何が起ころうとしているんだ……っ!?」
甲はその光景に本能的な恐怖を感じ、少しでも球体から距離を取ろうと後退する。
しかし既に罅割れは外殻全体に達しており、一瞬の静寂の後────────外殻は粉々になり、砕け散った。
『なに……あれ……?』
──そして、遂に
外殻となっていた球体とほぼ同じ質量を持ったそれは、シルエットこそ先ほどと変わらない球体そのものだが────────細部の生々しさが増し、より生物的な印象の物体へと姿を変えていた。
赤黒く明滅する巨体を、不規則に組み上げられた漆黒の外殻が包み込んでいる。
外殻の隙間からは緑色の燐光が漏れ出ており、それだけであれば幻想的とも思えるが────────その燐光の付近には無数の白い腕のようなものが突き出ている為、この上なく不気味な光景と化していた。
そして、球体の中央には紅く輝く巨大な眼を思わせるカメラアイのようなものが付いていた。
思わずその眼を覗き込んだ甲はその奥から伸びる無数の白い腕を幻視し、恐怖のあまり背筋を悪感が駆け抜けた。
そんな甲を見て、神子は穏やかな、されど狂気に満ちた声で語りかけた。
『怯える必要はないわ、甲……これこそ、私達の為の
こうして、仮想世界に終焉を齎す最悪の存在が遂に産声をあげた。
前回のあとがきで今回が6節の終わりだと言いましたが、予想より長くなったのでもう1話だけ6節が続きます。神子の回想はこれ以上削るワケには行きませんから。
では、次回こそ6節最終話なので、お楽しみに。