BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
解析ーAnalysisー
翌日、甲達は再びアークの社長室に集まっていた。
あの後、甲達はなんとかレヴィアタンから逃げ延び、離脱する事が出来たが……現実に戻った甲達が見たのは、大混乱に陥ったミッドスパイアの姿だった。
レヴィアタンはミッドスパイアの構造体を蹂躙し尽くし、仮想に出撃していた対AI対策班や都市自警軍の部隊は壊滅。
更には何故かレヴィアタンの影響を受けずに活動出来るドミニオンのシュミクラム、3機のパプティゼインが
現在のミッドスパイア構造体は、レヴィアタンの
今のミッドスパイアで仮想に接続すれば待っているのは構造体のコントロールを完全に奪ったドミニオンと、構造体のあらゆる場所に自由自在に出現するレヴィアタン……普通に考えて、没入は自殺以外の何物でもない。
こうして、偽りの理想都市はドミニオンが支配する魔窟へと変貌した。
長官は甲達が離脱するまでの間に実体を車両で運び出してくれており、甲達は車両の窓から混乱に陥った街を眺めながらミッドスパイアの外へ脱出を果たしたのだ。
長官がいち早く自分達を脱出させてくれていなければ、今こうしてアークに集う事も難しかったに違いあるまい。
……今回の一件で長官は対AI対策班の部下を多数失い、ミッドスパイアをドミニオンから守れなかった事に対して統合から責任を追及されていた。
このままでは地位剥奪も有り得るとの事だったが、そこは聖良達の暗躍によって一先ずなんとかなっている。
聖良達はこの一件にトランキライザーが関係している事を理由に、逆に統合に対し揺さぶりをかけて見せたのだ。
トランキライザーはあくまで統合が
しかし、馬鹿正直に脅迫したところで
そこで、
所詮は噂であるが、
しかも、少女の拉致を行った事自体は事実である為調べられれば埃が出て来る上に、噂を流したのが誰か分からない以上
そうなると、事情をある程度知っている長官を今の地位に据え置き、兵士達の噂を鎮めるよう命じるしかない。
もしここで長官を罷免しようものなら
こうして見事に、長官の今の地位を守る事に成功したのだ。
もっとも、拉致を行ったのは清城議員である米内であったが、統合がその動きを黙認したのは確かである為まるきりの嘘というワケでもない。
とにかく、これで長官を罷免されて別の反AI主義に凝り固まった人物がやって来る事態は防ぐ事が出来た。
長官はアークに正式な協力を表明し、今後について協議するべくアーク本社に訪れこうして社長室にやって来ている。
勿論対AI対策班の部下からは難色を示されたが、バルドルすらドミニオンの手に落ちている以上仮想で大きな力を持つアークの協力は必要不可欠である事を説明し、渋々ながら納得させた形だ。
無論対AI対策班にはアークを毛嫌いしている者が多い為、余計なトラブルを起こさないよう部下は本社には連れて来ていないのだが。
「取り敢えず、現在のミッドスパイアの状況から報告します」
会談は、レインのそんな言葉から始まった。スクリーンにミッドスパイアの街並みが映し出されるが、その光景は……先日見たものとは、まるで別物と化していた。
清浄な空気を生み出していたシステムが停止し、ミッドスパイアの内部は淀んだ空気で満ちていた。
清廉な川を思わせた水路の水は、早くも濁り始めている。
外で遊ぶ子供やベンチに寝転がる老人の姿はなく、誰も彼もが家に閉じこもって過ごしている。
街頭のモニターでは清城市外周部……即ちミッドスパイアの
そこにはもう、かつての平穏を示す様子は欠片も残されてはいなかった。
「
「今まで現実逃避をしていたツケが、遂に回って来たってワケか……自業自得とはいえ、此処まで来ると同情しちゃうよな」
レインの説明を聞き、甲はそう呟いて溜め息をついた。
あの都市に入った時は偽りだらけで嫌になったものだが、あらゆる情報を虚飾で塗り固めていた結果がこれだ。
元々あった病巣が剥き出しになっただけとも言えるが、此処までの変貌ぶりを見せつけられると幾ら何でも可哀そうに思えてしまったのだ。
「……あのままでは不健全だと、分かってはいたが……よもや、住人の現実逃避傾向が此処まで深刻だとは……最早、どう申し開きをしていいものやら……」
その光景を、長官は沈痛な表情で眺めている。
長官は清城市に着任してから都市自警軍の膿を摘出し議会の腐敗を除去したりと、精力的に動いて来た。
だが、ミッドスパイアの住民が抱える深刻な現実逃避傾向に関してはデリケートな問題である為、手を出しあぐねていたのだろう。
自分が統治していた都市を滅茶苦茶にされた事もあって、長官の声は暗かった。
当初、長官はミッドスパイアを守れなかった責任を感じ自ら職を辞そうとしていた所を甲達が止めてなんとか今の地位に留まって貰っているのだ。
元より責任感の強い人物故に、周りからどう言われようが自分が許せないのだろう。
レインもそんな父の姿には何も言えないのか、暫く押し黙っていた。
「それで、レインさん。ドミニオンは他に何かしているのかしら?」
その沈黙を、聖良の声が打ち破った。
聖良とて勲の傷心は察しているが、それでも情報を共有しない事には協議は進まない。
レインは聖良の声にハッとなり、慌てて話を再開した。
「すみませんっ、報告を続けます。ドミニオンは先ほど言った二点の他は、現実では何も事を起こしていません……ミッドスパイアの構造体はその全域が仮想の
「しかし、ミッドスパイアを占拠しといてやる事がそれだけとは、どうにもみみっちいな。
永二の呟きに、クリスが忌々し気に溜め息を吐いた。
「……多分、
レインの報告を聞いた永二の言葉に、クリスが妙な確信に満ちた声でそう告げた。
そんなクリスの発言に、皆の視線が一斉に彼女に集まっている。
「クリスさん、貴方……ドミニオンの神子と色々話していたけど、彼女の事を何処まで掴んでいるのかしら? その様子だと、何か確信があるみたいだけれど」
聖良はやんわりとした声で、クリスにそう尋ねた。
あの戦場のデータを見た者達にとって、ドミニオンの神子の仮面の下の
そして、クリスが彼女と行った会話も記録には残っている。
クリスが持っている情報について聞き出したいと思うのは、当然の事だった。
「しかし聖良さんよ……あの仮面の嬢ちゃんが言ってた事を、そっくりそのまま信じるつもりかい? 別の世界の人間だとか、普通に考えて有り得ないだろう?」
「そうね。普通であれば有り得ないわ……ですけど、
聖良がそう言ってスクリーンに映し出したのは、病院のカルテだった。
カルテから読み取れる情報には
「これ……あの時の構造体で保護した女の子達か……っ!? 何で、彼女達が昏睡状態に……っ!?」
「彼女達はあのレヴィアタンが出現した直後、皆一秒の狂いもなく一斉に倒れたそうよ。そして、その後は病院のベットで昏睡状態が続いている……彼女達のうわ言を記録した音声が、これよ」
聖良がそう告げるなり、音声ファイルが再生され……か細い少女の声が、流れ始めた。
『……寂しい……暗い……此処は何処……? 誰か、いないの……?』
「これ、は……」
──それは、彼女達があの妙な機械に囚われていた時に発していたうわ言と酷似していた。
あの機械からは解放された筈の彼女達が何故、今になって苦しみだしているのかは理解できない。
……だが、亜季はその
資料を隅から隅まで読んだ亜季は、聖良に面と向かって口を開く。
「叔母様、これはまさか……」
「ええ、亜季さんが察している通り……これは、
「……っ!?
亜季達の言葉に、甲は目を見開き驚愕した。
あの時と同じ事が、今度は彼女達に起こっているというのだろうか。
「甲さん達が潜入したあの構造体では、彼女達は装置に繋がれて
そして、と聖良は告げる。
「クゥの作者である亜季さんが協力していない以上、彼女は自力でその技術を得た事になる……これはそれこそ、彼女が言ったようにノインツェーンの知識を保有でもしていない限り有り得ない事なのよ」
だから、と聖良は厳しい面持ちで口を開く。
「経緯はどうあれ、彼女がノインツェーンの知識をある程度継承している事は
確かに、
それは即ち、彼がいなくても知識の
幾ら感情任せに動いていても、根本がクリスである以上その行動は衝動的でありながら計画的だ。
一時の感情で取り返しがつかない失敗に繋がるような真似は、まずしないに違いあるまい。
神子は
……クリスの恐ろしい所は、例え衝動的な行動だろうが実行に移す際には綿密な計画の下に動いているという事だ。
あの神子もまたクリスである以上、その性質までは変わっていない筈なのだから。
「……ええ、恐らくあの女はドミニオン教団の構造体に放置されていた機械に接続し、その結果として久利原直樹と同様にノインツェーンの残したウイルスの浸蝕を受けたんでしょう……
クリスは忌々し気に、そう呟いた。その声には、底知れない嫌悪と憐憫が垣間見える。
「そこから何があったかは断片的にしか分からないけど、結果としてあの女はノインツェーンの記憶を取り込み、その叡智の一部を得たんでしょう。その知識を無意識のうちに行使した結果、実体の死と共に
クリスの言葉に、ノイはこくりと頷いた。
「……ああ、恐らくその通りだろう。本物の
「……ええ……その技術は、私達アークも保有して
クリスの言葉にノイと聖良が同意し、甲としては益々ワケが分からなくなったと感じていた。
あのクリスが、都市伝説として囁かれていただけの電子体幽霊だとは、とてもではないが信じられなかった。
だが、あの記憶の通りであればあの神子の実体は確かに死んでいる。
だというのに電子体が健在なのであれば、それは電子体幽霊と呼称する他なかった。
「理論上、電子体幽霊は電子体が消滅しても
ノイはそう言って、やれやれと肩を竦めてみせた。
彼女としても、電子体幽霊の実在など中々に信じられるものではないのだろう。
技術があると言っても、その技術を試すという事は人一人の肉体を死亡させる事と同義だ。
倫理的に考えても、許される事ではない。
聖良はかつてその技術を持っていたと言っていたが、現在失われているのなら気にする必要もないだろう。
「私から話せるのはこのくらいかしら? 私自身、真という前例がなければ直接脳に飛ばされて来た映像の内容なんか、信じる事はなかったでしょうからね」
「あ……」
クリスの隣に立っていた真は、クリスの言葉に思い当たる節があるようで眼を見開いた。
真は仮想では自分の意志を相手の脳内に直接伝える事が出来るが、彼女の感情が昂った時などはその力が暴走して直接相手の脳内に映像を送り込む事がある。
クリスは以前、それを体験していた為にあの時レヴィアタンの咆哮と共に送り込まれた映像を証拠として信じる事が出来たのだろう。
敢えて吹聴しなかったのは、情報源が
正式な報告書であれば、一発で切り捨てられる内容である。
それでも話したのは、少なくとも聖良が彼女の話を信じる気になっていた事を察した為だろう。
そうでなくば、クリスはこの件について口を開く事はなかった筈だ。
「……分かりました。今後はレヴィアタンの解析を続け、ミッドスパイアをドミニオンの手から解放する手段を探りましょう。亜季さんは通常の業務を全て免除しますから、レヴィアタンの解析に全力を注いで下さい」
「分かった……頑張る……」
聖良は亜季の返答を確認すると、今度は永二達の方を振り向き口を開いた。
「永二さんと勲さんは、今後の動き方について協議しますから暫く時間を頂戴。甲さんも、聞いていって貰えるかしら」
「
聖良は甲の返答を確認すると、早速今後の展開についての協議を開始した。
甲はその内容を頭に叩き込みながら、今も尚不気味な咆哮をあげているレヴィアタンの姿を想起していた……。
分岐13:箱舟計画に必要な施設と資料は失われており、箱舟計画は使用出来ない。
これをどう捉えるかはお任せします。今後の展開で分かって来る事も、色々ありますので。