BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
──彼は、ミッドスパイアにおける典型的な住人だった。
AIを嫌悪し、都市の中の現実を信仰し、日々が永遠に変わらないという幻想を持つ、ミッドスパイアではごくありふれた思想を持つ一般市民だった。
「くそ……あのイカれたAI主義者共め……」
彼は街中の各所で流される、
その映像では空は曇天に染まり、雑多な街中で絶えず争いが巻き起こっている……
例え空気清浄機が停止し、空気は汚れ水は淀み、街から明るさが消え去っていても、それは単なるシステムの不調であり……
「チッ、対AI対策班の連中は何をしているんだ? さっさとシステムを直せよ、あの無能共……大体、あいつ等が情けないから頭のおかしなAI主義者共が跋扈するんだろうが……」
彼は変わらず現状が誰の所為であるかばかりを考え、延々と毒を吐き続けていた。
彼にとっては
「しゃあねぇ、今日も
彼はそう呟きながら自宅で端末に接続し、仮想の世界へ没入した。
数秒後、彼が意識を覚醒させると彼の視界には
「最初は所詮仮想なんて、と思ったものだが……今のミッドスパイアより、こっちの方が本物らしいぜ。精々
数日前、空気清浄機の停止と情報統制の解除によって荒れ果てたミッドスパイアの住民達に、一つの情報が届けられた。
曰く、
当然、反AI派の牙城であるミッドスパイアの住人達にとって仮想とはAI派の人間達の
しかし、今の荒れ果てたミッドスパイアこそを
仮想のミッドスパイアはアーク仮想都市にも迫る完成度を誇り、かつてのミッドスパイアを渇望していた住人達はその都市の虜になった。
住人達は現実での活動を殆ど放棄し、一日の殆どを仮想のミッドスパイアに入り浸るようになった。
その姿こそ彼等が侮蔑していた
「娯楽も、食べ物も、なんでも揃ってる……それに、
彼は仮想のミッドスパイアを散策するうちに路地裏に入り、何かを探すように周囲を見回した。
そして、壁に寄り添うように立つ少女を見つけると、ニヤニヤと笑みを浮かべながら少女に近寄って行った。
「よぅ、今日も頼むぜ
彼はまだ成人していないであろう少女の肢体を嫌らしい眼で見つめながら、下卑た笑みを浮かべた。
この少女のNPCは街中の至る所に存在し、男達の求めを何でも受け入れる玩具として仮想のミッドスパイアの
少女達の年齢はバラバラで、電子体に酷似した反応を返す為、一時の欲望の充足を求める男達にとっては都合の良い道具として重宝されていた。
彼は手慣れた手つきで少女の服を脱がし、行為に没頭していく……そして、少女の背後に
遠くから聴こえるおぞましい咆哮を耳にしながら、その意識は海中に没するように徐々に薄れて行った……。
──暫くすると、路地裏からは少女の姿も彼の姿も消え、
「ミッドスパイアの住人達が、没入したまま帰って来なくなっている……?」
その日、聖良の招集を受けた甲達はその
レインはそんな甲達に、自分の得た詳細な情報を説明する。
「……はい。数日前、ミッドスパイアの住人達に
レインはそこで溜息を吐き、続けた。
「現実の都市機能はもう殆ど麻痺しており、没入したまま戻らない住人達の身体は街に残った対AI対策班の者達が生命維持装置に繋いで延命している状況です」
「ったく、今の状況で仮想に何かを作るとしたらドミニオン以外有り得ないってのに、そんな事も分からずに自分から化け物の巣穴に飛び込むとはな……つくづく理解出来ん連中だ」
永二のぼやきに、レインも苦々しい顔で同意する。
「ミッドスパイアの住人にとっては、今の現実こそが虚構に見えるんでしょうね。元より、あの町の住民は塔の内部に閉じ籠って外の情報から耳を塞いでいた現実逃避者の集まりです。引き籠る先が、街の中から仮想の中へと変わっただけでしょう。ドミニオンは、そんな彼等の心理を上手く利用したようですね」
元々ミッドスパイアに良い印象を抱いていなかったレインの言葉は辛辣だが、この上なく的確だった。
ドミニオンは空気清浄機を停止させ、情報統制を解除した
そこにまるで砂漠の中のオアシスのように見える仮想のミッドスパイアを用意し、まんまと住民達を取り込んでみせたワケだ。
人間の心理を狡猾に利用した、ドミニオンらしい手と言える。
「しかし、住民を仮想に引き込んで何をするつもりなんだ? まさか、信者を増やそうとでもしているのか……?」
「いいえ、既にドミニオンの信者は相当な数がいるわ……今更、精神的虚弱体質の者達を引き込む為に仮想空間に一つの都市を作り出すだけのリソースを費やすとは思えないわ。大方、人体実験にでも使っているか……もしくは、
クリスの仮説を聞き、甲は仮想都市そのものに姿を変え、人々が口の中に自ら飛び込んで来るのを待ち構える怪物の姿を幻視した。
普通なら有り得ないと一笑に付す所だが、
「……対AI対策班からも注意喚起はしていたのだが、今のあの都市の住人は我々の言う事など何一つ聞く耳を持っていない……結果として都市の住民を守れず、歯痒い限りだ……」
長官は沈痛な表情でそう話し、大きく溜め息を吐いた。
ドミニオンは現実のミッドスパイアにまでは侵入して来ていないが、制御中枢を落とされた以上ミッドスパイアは彼等の支配下にあるも同然だ。
対AI対策班も仮想で直接彼等を叩く事も出来ず、出来る事は非常に少ない。
現実のミッドスパイアにドミニオンが侵入していれば、その実体を確保する事も出来たのだが……それを見越してなのか、ドミニオンは現実には一切姿を現そうとしなかった。
「この状況では仕方ないと言うしかないわ。脳死している様子はないのだから、助け出せる猶予はあると信じましょう。それより、今日集まって貰ったのはもう一つ……レヴィアタンについて解析した結果、分かった事を報告する為でもあるの。まずは、これを見て頂戴」
聖良はそう告げると、スクリーンに無数の画像を映し出した。
無数の資料には様々なデータが並んでおり、中央にはレヴィアタンの全体図と見られる立体映像が浮かんでいる。
映像の中のレヴィアタンは内部の質量が数瞬ごとに激しく変動しており、外殻の内部で瞬間的な膨張と収縮を繰り返していた。
「まず、あのレヴィアタンもまた先日使用された
「……っ!?」
それはアセンブラにとってなくてはならないプログラムであり、中核とも言えるシステムだ。
指揮者はナノマシン全体を統括し、起動と増殖開始を指示する一種の疑似知性だ。
タラスクの場合は指揮者に類するプログラムが存在しない為増殖限界に達すると自己崩壊を起こしていたが、指揮者に類するものがあるという事はつまり、レヴィアタンは
あの巨体が全て致死のナノマシンに類するものだと思うと、甲は思わず寒気を覚えずにはいられなかった。
「だが聖良さん、タラスクは確か
永二の当然の疑問に、聖良が険しい顔で口を開く。
「いいえ、レヴィアタンはあの外殻の内部で凄まじい速度で容量を拡大した後、瞬時に最小規模まで縮小し、再び容量を拡大させるという
つまり、と聖良は続けた。
「これによって外殻で形を保ちながらも、常にAIの処理速度を上回る容量増殖を行い、周囲に負荷をかけ続けているのよ。増殖限界をこんな形で突破するなんて、思いもよらなかったわ」
永二の疑問に、聖良はそう答えを返した。甲としても、まさかそんな方法で周囲に負荷をかけ続けるなど予想外にも程があった。
現実で無制限に増殖するアセンブラも脅威だが、仮想で意図的な増殖を行い致死の負荷をかけ続けるレヴィアタンの脅威もそれに匹敵……いや、上回るかもしれない。
特に甲達第二世代にとって、仮想は第二の故郷も同じだ。
それが滅茶苦茶に蹂躙されるなど、決して許される事ではない。
「しかし、私が取得したデータではレヴィアタンの至近でもあの3機のシュミクラムは負荷の影響を受ける事なく活動出来ていた……そのカラクリは、分かったのかね?」
そして長官は、かねてから疑問だった
確かに、それは甲としても気になる所だ。
レヴィアタンだけでも手に負えないのに、そこに無数の神父が襲い掛かって来るとなれば文字通り手に余る。
聖良はその質問も予測していたのか、スクリーンに新たなデータを表示した。
「まず、先日甲さんが助けた少女達が共振によって倒れ、彼女達の模倣体と思われる存在がレヴィアタンの中に埋め込まれているという話を覚えているわよね。この模倣体は、彼女達の
そして、と聖良は続ける。
「……彼女達は、孤独を癒す為に常に他者を求め続けている……これが、レヴィアタンの咆哮を音声解析ユニットにかけた結果よ」
『『『……誰か、誰かいないの……? 助けて、一人は寂しいよ……』』』
「これ、は……」
……それは、無数の少女達が口々に訴える悲痛な嘆きの声だった。
彼女達は皆一様に
その嘆きは、痛々しいと言う他なかった。
意図的に作り出された孤独感によって、常に他者を求めさせられている……それは、哀れとしか言えなかった。
「レヴィアタンの咆哮は、彼女達の嘆きの声そのものなの。周囲に負荷をかけ、手当たり次第に構造体や電子体を取り込もうとするのは彼女達が孤独を癒す他者の存在を求め続けている証拠……そして、彼女達は
だから、と聖良は言う。
「自分達に辛い責め苦を与えたドミニオンの人間は
「成る程な……自分達を嫌わせる事で、影響下から逃れているワケか……」
まさかパプティゼインがレヴィアタンの影響を受けていない理由が、単に
こんな発想がよく出て来るものだと、感心までしてしまっていた。
「そして、甲さん……貴方は特に、レヴィアタンを前にする時は注意した方がいいわ。何せ、
「……勘弁して欲しいぜ、全く……」
あの少女達を助けた事に関しては後悔などある筈もないが、まさか自分の行動をそんな形で利用されるとは思いもよらなかった甲は思わず冷や汗をかいた。
元がクリスなだけあって、
しかも膨大な知識を得ている為、次にどんな手を打って来るか予想がつかない怖さがあった。
……レヴィアタンが
その二つが同時に襲い掛かって来るのだから、それがどれだけの脅威となるのか分かったものではない……甲が溜め息をついた、その時……。
『──あら、中々優秀ね。もうレヴィアタンの特性を把握しているなんてね』
「……っ!?」
──聞き覚えのあるその声に、その場の全員が凍り付いた。
次の瞬間にはスクリーンに仮面を外した神子の姿が映し出され、紅く血走った眼が甲の姿を捉えて歓喜に染まっている。
「……一体、何の用かしら? 当社は貴方の訪問を認めた覚えはないのだけれど」
『……本当は甲とお話したいのだけれど、今回は用事があるから見逃しましょう。本来は有り得ないのだけれど、用事を疎かにするワケにはいかないもの』
神子は甲が直接返答しなかった事で眼に危険な光が宿ったが、渋々といった様子で社長室に集った者達を見回し……口元を歪め、笑みを浮かべた。
『単刀直入に通告します──甲を引き渡し、
神子は一方的にそう告げると甲に微笑みかけ、通信を切った。
突然の事態に社長室は重い空気が立ち込め、迫り来る戦乱の予兆に誰もが顔を緊張に固めていた……。
取り敢えず現状のあらかたの説明はこれで終わったかな。次からはようやくドミニオンとの一大決戦が始まります。物語も佳境にさしかかって来ました。今後は怒涛の展開が続くので、お楽しみに。