BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
再起ーDecision to Justiceー
アーク構造体、社長室……そこに集まった全員が、沈鬱な表情を浮かべていた。
今回の戦いで負った被害は、あまりにも大き過ぎたのだ。
フェンリルと対AI対策班は、半数以上の隊員が未帰還のまま……そして、フェンリルに至っては隊長である永二が未帰還となっている。
甲は勿論、彼と関係が深い聖良と長官も彼の喪失には大きなショックを受けている様子だった。
そして、甲の隣に立つクリスは唇を噛み、拳を握り締めながらその顔に深い後悔を滲ませている。
ミッドスパイア構造体への襲撃を進言したのは、彼女だ。
自分の判断が切っ掛けとなって今回の事態を招いたと思うと、後悔してもしきれないのだろう。
「……すみません、私は……」
「貴方の責任を追及する気はありませんよ、クリスさん。貴方はただ、作戦を
クリスが謝罪の言葉を告げようとすると、それを読んでいたかのように聖良がその言葉を遮りそう告げた。
顔は無表情のままだが、彼女なりにクリスの事を慮っている事が付き合いの長い甲には感じ取れた。
聖良の言葉に続き、長官も穏やかな表情で口を開いた。
「……ああ、それに、君はフェンリルや対AI対策班に所属しているワケではない。あくまで、民間の協力者というのが君の立ち位置だ……組織の長としても、そんな君に責任の是非を問う真似はせん」
「……ありがとうございます。今回の一件のについては、今後の働きで応える事とします」
組織の長である聖良達からそう言われてしまっては、クリスとしてはそう答えるしかない。
二人がこう言ってくれている以上は、謝罪を繰り返す事は却って失礼になる。そう、思い至ったのだろう。
そして、クリスは今度はフェンリルの幹部……シゼルやモホークに向き直った。
それに気付いたシゼルはクリスの視線を受け止め、重々しく口を開いた。
「……私達としても、お前の責任を追及するような真似はしない。聖良社長の言う通り、組織人として単なる協力者の情報が間違っていたからといってその協力者を弾劾する事は出来んからだ」
だが、とシゼルは告げる。
「お前の情報が切っ掛けで、大佐の喪失に繋がったのは事実だ。その事について、我々としても何も思うところがないワケではない……申し訳なく思うのならば、お前の言った通りその働きで応えてみせろ」
「
クリスは敬礼と共にそう答え、シゼルはその答えに満足したのか静かに頷いた。
モホークも無言のまま頷いており、フェンリルとしてはこれでケジメを付けたと見ていいだろう。
「……さて、正直あまり時間がありません。今回の戦闘結果を解析して判明した事実と、今後の展開について協議したいと思います。まずはこれを見て下さい」
聖良はそう告げるとスクリーンを起動させ、一つの映像を映し出した。
その映像には、レヴィアタンの砲撃によって大穴が空いたミッドスパイア構造体の隔壁が映し出されていた。
砲撃によって空いた大穴の外周部には、緑色の粘液の残骸が付着している。
付着していた粘液は不気味に蠢いており、見るからに生理的な嫌悪感を催す光景だった、
「これは……」
「レヴィアタンが二度目の砲撃を放った直後に、ウイルスのカメラで撮影したものよ。映像を拡大するわ」
聖良の言葉と共に映像がズームアップされ、隔壁の内部……生物の体内を思わせるあの悪夢の戦場の姿が映し出された。
レヴィアタンの砲撃に巻き込まれ、タラスクの数は大幅に減じていたが……それでも凄まじい数のタラスクが触腕を蠢かせ、
その挙動は穴の開いた隔壁にまるで見えない壁でもあるかのように、外に出る事を拒んでいる様子だった。
「追撃がないのは不思議に思っていたけど、もしかして
「ええ、
だからこそ、と聖良は付け加える。
「その影響であそこまで追い込まれてしまったのだけれど、構造体に
「……まさか、そんなカラクリがあったなんてね。本当に最初から、私の考えを読み切っていたのね……」
千夏の疑問を聖良が補足説明を付け加えながら肯定し、クリスはまんまと神子の掌で踊らされた事を再認識し拳を握り締めた。
甲としても追撃がなかった事は疑問だったのだが、そんな事情があったのであれば納得だ。
あそこまで追い込まれる程の事態に陥ったのは、敵の数もあるが地の利が大幅に影響していたのは確かだ。
隔壁を封じられた事や、あの沼からの奇襲がなければもう少しマシな被害で済んでいただろうと考えると口惜しい。
これは、クリスでなくとも忸怩たる思いを抱かざる負えない。
「……待って。あれを見て下さい」
甲の隣で映像を見ていた真は、何かに気付いたように映像を指さした。
そんな真の指摘に応えるかのように映像は更にズームアップされ、そこに信じ難い光景を映し出した。
「……なんだ、これは……」
──そこに映っていたのは、燐光に包まれた電子体の群れだった。
そのいずれもがフェンリルか対AI対策班の制服を纏っており、
彼等は皆一様に意識はない様子で、まるで吸い込まれるように浮かび上がるとレヴィアタンの内部へと沈んで行った。
「……これが、見せたかったものの一つよ。実は、
聖良の言葉を聞き、皆は一様に息を呑む。その発言は、それだけ信じ難い内容であったからだ。
「……そんな馬鹿な……大佐の電子体反応は、あの二度目の砲撃と共に消失したのだぞ? あれに巻き込まれて
聖良の説明を聞き、シゼルは憮然とした表情でそう呟いた。
確かに、あんな砲撃に巻き込まれたのであれば脳死しなかった、など有り得ない。
しかし、永二を始めとした戦死した筈の者達の電子体はレヴィアタンに吸い込まれ、実体にその死が及んでいない。
どうすればこんな事になるのか、完全に理解の外だった。
「一応、聖良くんの要請通り昏睡状態にある者達は全員生命維持装置付きの操作席に繋いである。これがどういう状況なのかは全く以て理解の外だが、それでも彼等が生還する可能性があるのであれば私はそれを信じたい……しかし、よくあれだけの数の生命維持装置付き操作席があったものだな」
ノイがそうぼやくと、聖良はいつもの表情のまま答える。
「備えあれば憂いなし、と言いますから……過去の記録を調べるうちに、あのレヴィアタンのモデルとなった存在……リヴァイアサンが暴れた時も、
だから、と聖良は告げる。
「もしやと思って生命維持装置付きの
どうやらこの話し方から考えるに、少なくとも聖良はレヴィアタンさえ破壊出来れば、レヴィアタンに取り込まれた者達は生還出来ると考えている様子だった。
長官は半信半疑のようだったが、それでも実体がまだ生きている以上は生命維持装置に繋ぐ事に否はないようだった。
「……ただ、まだレヴィアタンに攻撃を通す方法は見つかってない。もしも取り込まれた人達を救出する為にレヴィアタンの
けど、と亜季は表情を曇らせる。
「
……だが、亜季の言う通りレヴィアタンは致死の過負荷を周囲に発生させる事で一切の攻撃を通さない一種の防御フィールドを展開している状態にある。
近付けば致死の
しかも、グズグズしていればいつあの砲撃が飛んでくるか分かったものではないのだ。
無敵の防御力やタラスクの生産能力も厄介だが、あの砲撃は一撃で戦況を変え得る威力を持っている。
正直、攻略方法が見当たらないのが現状だった。
「……役に立つ情報かどうかは分からないが……レヴィアタンが二度放ったあの砲撃は、トランキライザーの主砲に酷似していた。もしかしたら、
長官の言葉に、聖良が補足を咥える。
「恐らく、その通りでしょう。以前に変質したトランキライザーが
だから、と聖良は続けた。
「トランキライザーが指揮者の役割を果たせるのは、なんらおかしい事ではないの。正確にはトランキライザーが、というより接続者システムが、という事になるけれど」
聖良の話を聞き、長官は明確に顔を顰めた。そして、真に視線を向けながら口を開く。
「……だが、接続者システムは接続者がいて初めて使用出来るシステムの筈だ。しかし、奴らは真くんの実体の奪還を阻止するどころか真くんを再び没入させないようにする細工まで使って来た。真くんの実体も電子体も奴らの手にはないというのに、何故接続者システムが使用出来るのだ?」
確かに、長官の言う通り接続者システムが必須であるとなれば真の奪還はなんとしてでも阻止しなければならなかった筈なのだ。
しかし、実際には真の奪還を阻止するどころか、まるで真の実体の奪還をトリガーとするかのようにレヴィアタンが起動している。
どうにも事態が理解出来ない甲だったが、聖良は既に相手の思惑に当たりを付けているのか話を続けた。
「……恐らくだけれど、あのクリスさんは神父のプログラム同様接続者システムについても
何故なら、と聖良は告げる。
「──彼女には、ノインツェーンの知識がある。元々、八重さんだけが接続者としての資格を持っていたのはDr.ノインツェーンが彼女専用にシステムを構築したからよ。ノインツェーンの知識があれば、システムをチューニングし直す事は不可能ではない筈よ」
「……じゃあ、真ちゃんの実体が切り離されるのを見過ごしたのは……」
甲の問いに、聖良はこくりと頷いた。
「真さんがトランキライザーに繋がったままだと、レヴィアタンの制御を真さんに奪われる可能性があったからだと思うわ。幾ら自分用にシステムをチューニングし直したとは言っても、元々資格者だった真さんの影響力は無視出来ないでしょうし」
何より、と聖良はつづけた。
「仮想への適応力で、真さんに勝る人はまずいないわ。だから、真さんの実体の奪還を待ってレヴィアタンを起動させたのでしょうね」
つまり、神子は真にレヴィアタンの操縦者に成り代わられる可能性を防ぐ為に真の実体を敢えて甲達に奪還させ、真を没入させないよう妨害工作まで施したのだ。
どうやらミッドスパイアから離れれば没入出来るようだが、ミッドスパイアの構造体近くでは没入していても強制的に
余程、真をバルドルに近付けたくないのだろう。そういった執念が、その妨害システムからは感じ取れた。
その妨害システムのお陰で、真は今回のミッドスパイアでの戦いに参加出来なかったのだから。
「……じゃあ、私がもう一度あの操作席で没入すればレヴィアタンの制御を乗っ取れるんですか?」
「……それは避けた方がいいでしょうね。彼女達は既に、バルドルシステムを制御下に置いている。どんな罠が仕掛けられているか、知れたものではないわ」
「……そうですか……」
真は自分の考えが採用されずにしょんぼりしているが、甲としては聖良の返答に安堵していた。
あの操作席は、この数年間真が囚われていた忌むべき代物だ。
あんなものにもう一度真を接続させるなど、甲としては認めるワケには行かなかった。
「……ただ、もう時間がない事は確かよ。恐らく、レヴィアタンがミッドスパイアに張った
そして、と聖良は告げた。
「仮に私達がミッドスパイア構造体に攻め入らなかった場合は、本当に時間通りに此処を攻めて来たのでしょうね。皮肉のようで笑えないけど」
つまり、タイミリミットまではあと数時間しか残されていない……幾ら何でも、時間がなさすぎる。
甲達と違って、神子はレヴィアタンから無尽蔵に生み出されるタラスクという尽きる事のない手駒がある。
そして、あの場では最低でも20機以上のパプティゼインの姿を確認している。
一体どれだけの数の信者をバルドルに繋いだのかは知らないが、神父の数もあれで打ち止めとは思わない方がいいだろう。
それに何より、レヴィアタンさえいればあらゆる戦力差はひっくり返す事が出来てしまうのだ。
神子が侵攻を躊躇う理由など、最早何も有りはしないのだから。
「私と亜季さんはレヴィアタンへの対抗手段がないか、時間ギリギリまで研究を続けます。逃げたいと思う者は、無理に引き留めるつもりはないわ……私は、誰であろうと戦線離脱を認めます。勲さん、よろしいわね?」
「……ああ、私は逃げるつもりは毛頭ないが……それでも、此処に残る事の意味は理解している。死の恐怖に怯える事を、臆病と罵る事はない。戦線離脱しようと、何も咎めはしない事を約束しよう。もっとも、その時私が生きているかは分からないがね」
聖良と勲の言葉から、現時点では本当に対抗手段がないという事は理解出来た。
つまり二人は皆に、
(けど、叔母さん……俺は、親父から後の事を託されたんだ……)
──生きろ、甲……っ! ──
──永二の最期の言葉は、甲の脳裏に焼き付いている。永二は、甲に
そこにどんな意味があったかは最早分からないが、甲はそれを
永二は、甲を生かす為にあそこに残り未帰還者となった。
ならば、此処でおめおめ逃げ出すようでは、最後まで己の正義を貫き通した永二の息子などとは名乗れない。
親父の意志を無駄にしない為にも、甲はなんと言われようが戦い続けるつもりだった。
(見てろよ、親父……絶対に、こんな事は終わらせてやるからな……っ!)
甲は固い決意を込め、拳を握って宙を睨んだ。
その様子を見ていたクリスと真、そして聖良は甲の意志が固い事を知り、改めて自らの決意を固めていた。
──レヴィアタン襲来まで、あと6時間……最後の時は、刻一刻と近付いていた……。
というわけで戦後処理というか、態勢を整える回です。情報整理と、今後についての話ですね。