BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「あと、5時間か……」
甲は宛がわれた自室で一人、溜め息を吐いた。
あの後、レヴィアタンへの対抗手段を模索している聖良達以外の者達は、各々思い思いに過ごしていた。
やって来る相手を迎撃するしか方法はなく、有効な対策もない以上、ただの兵士に出来る事は何もない。
レインや真等のサポートとして優秀なメンバーは聖良達とは別のアプローチでレヴィアタンの対抗手段を模索しているが、甲の強みはあくまでシュミクラム戦での実力である。
故に専門分野になってしまうとそういった事に特化した面子には及ばない。
なのでこうして、自室で英気を養っていたワケだ。
……もっとも、ただ闇雲に時を過ごしていたワケではない。
今までの神子が関わった戦いの映像や神子の会話記録を読み漁り、なんとかレヴィアタン攻略へ繋がる筋道がないか甲なりに考えていたのだ。
しかし、現時点で有効な対策は何一つ発見出来ていない。
一番のヒントになるのは、ミッドスパイアでの戦いと神子から送り付けられた記憶になるのだろう。
しかし、前者に関しては解析出来る事は聖良達が解析しているだろうし、後者の記憶はデータには残っておらず、甲もおぼろげにしか内容は覚えていない。
故にただひたすらに、彼我の隔絶した戦力差を見せつけられる結果になっていた。
「……甲くん、よいかね?」
そんな時、不意にドア向こうから何処かぎこちない長官の声が響いた。
思考に没頭していた甲は慌てて顔を上げ、長官に返答した。
「はいっ、どうぞっ」
「……では、失礼するよ」
そう言って、長官は開いたドアから甲の部屋に入室して来た。
長官は座るつもりはないようで、甲もそれに合わせて立ち上がりかけたが長官はそんな甲を「そのままでいい」と制し、甲の姿を見据えながら何か、言葉を選んでいる様子だった。
長官は穏やかな眼で甲を見ており、甲はその視線にくすぐったさを感じつつも口を開いた。
「……何か、ご用件でしょうか? 失礼ながら、長官は忙しいのでは」
「いや、私としても今はただ待つ事しか出来ない身でね。電脳将校ではあるが、娘のように情報解析に優れているワケでもない」
長官はそう告げるとふぅ、と息を吐いた。
「最後の戦いの前に、せめて部下は逃がそうと思ったのだが……どいつもこいつも、頑固者でね……結局、離脱した者は一人もいなかったよ。全く、私には過ぎた部下達だ」
長官は溜め息を吐きながらそう話すが、その顔は何処か誇らしげに見えた。
情報処理分野で皆の力になっているレインや、絶望を前にしても逃げなかった部下に対し、申し訳ないながらもその事が内心嬉しかったのだろう。
責任感が強く真面目な、長官らしい感慨だった。
「私が此処に来たのは、もう一度君の選択を確かめる為だ。甲くん、此処から逃げる気はないかね? 辛い選択になるだろうが、清城市から離れて
そして、と長官は告げる。
「たとえ君が逃げる事を選んだとしても、誰も君を責める事はないだろう。聖良くんも、内心では君に逃げて欲しいと思っている筈だ……逃げる事は罪ではない。君には、生き延びる権利があるのだから」
長官は真っすぐ甲の瞳を見据え、力強くそい問いかけて来る。その表情からは、彼が本気で甲の身を案じているのが伝わって来た。
だが、甲の答えはもう既に決まっていた。もう覚悟は、とうの昔に済ませたのだから。
「……ありがとうございます、長官。私の身を案じて下さってくれて……ですが、私は逃げる気は毛頭ありません。此処で逃げれば、俺に後を託した親父の想いが無駄になる」
それに、と甲は続ける。
「──俺は、門倉永二と門倉八重の息子です。その俺が、この戦いから逃げるワケにはいかない……たとえ現時点で勝算がなかろうと、死に物狂いで勝算を掴み取ってみせます」
甲は長官の眼を真っ直ぐ見返し、躊躇う事なくそう言い切った。
その眼は澄み渡っており、そこに迷いは欠片も見られない。
そんな甲の様子を見て、長官は何処か誇らしげに微笑んだ。
「……そう、か。責任ある大人の立場としては、こう言ってはいけないのだろうが……私は、君がそう答えてくれて嬉しく思う。八重くんと永二の遺志は、しっかり君に受け継がれているのだな」
「親父は死んでいませんよ、長官。俺の戦いは、親父を取り戻す為のものでもあります」
さらりと告げた甲の言葉に、長官ははは、と苦笑いを浮かべた。
「……そうだったな。全く、歳を取ると弱気になっていかんな。まだまだ、若者から学ぶ事は多そうだ」
長官は苦笑しつつそう呟き、表情を改めて甲をしっかりと見据え甲の肩を力強く掴んだ。
「……だが、私も君をむざむざと死なせるつもりはない。死力を尽くして、君を守ってみせるとも。これは対AI対策班長官としてではなく、永二の戦友としての言葉だ。この言葉を違える事は、絶対にないと誓おう」
そして、長官は甲に向かって力強く胸を張る。
「──気兼ねなく戦い給え、甲くん。君は、決して一人ではないのだから」
その言葉を最後に、長官は甲に一礼して退室した。その背はとても頼もしく、甲はそんな長官から激励を受けた事を嬉しく思った。
甲は長官の言葉に暖かなものを感じながら、その背を見送った。
『──馬鹿な人。勝算なんてないのに、あんな事を言うなんてね』
──そして、不意に聞こえた冷たい声に、ぎょっとなって背後を振り返った。
そこにはいつの間にかスクリーンが展開され、仮面を外した
「……っ!? お前、何で……っ!?」
『あら、そんなに不思議かしら? 流石に警戒されたのかもう直接アーク社長室に
相変わらず、神子は敵にかける言葉としては不自然な程に弾んだ声でそう語りかけて来る。
……いや、彼女の中では甲は
自分が如何なる凶行を行っているのか顧みもせず、ただひたすらに甲を求めているのだ。
確かにクリスの言う通り、彼女は甲と結ばれなかった事を
その厚顔無恥さは、クリスでなくとも嫌悪感を覚えるレベルだった。
甲自身、クリスと同じ姿をしているからこそ、この少女に対しては言い様のない憤りを覚えていた。
だが同時に、彼女を憐れむ自分がいる事も確かなのだ。
だからこそ、決定的な所で甲はこの少女を拒絶しきる事が出来ずにいる。それが、どれだけ甘い事かが分かっているというのに。
「……それで、何の用件なんだ? 前の時と同じ、宣戦布告か?」
『嗚呼、勘違いしないで甲……っ! 他の
……そう言って神子が告げて来たのは、事実上の降伏勧告だった。
要するに彼女は、あの時聖良にしたものと同じ要求を今度は甲個人に突き付けているのだ。
だが、今更甲の答えが変わるワケもない。故にすぐ答えを返そうとすると、その
『──いいのかしら? 本当に断って……勝算はないのでしょう? むざむざ、仲間達を死地に追いやる気かしら? 果たして、それが本当に正義の行いと言えるのかしらね?』
「……っ!」
神子の言葉に、甲は思わず押し黙った。
自分が戦いに出るのは、いい……だが、その戦いの結果仲間達が死んでしまうのは……甲としても、許容出来る事ではなかった。
煩悶する甲の反応を見て手応えを感じた神子は、笑みを浮かべて話を続ける。
『私は一切容赦をしないわ。その構造体にいる者は戦闘員・非戦闘員問わず皆殺しにするし、それでも貴方が抵抗するなら貴方の近くにいる女共を拷問にかけてその映像を見せつけるわ。貴方が私を受け入れるまで、貴方の仲間の苦しみは永遠に続くのよ? それでも貴方は、私を拒み続けるのかしら?』
そう語り掛ける
彼女もまた、根幹はクリスと同じものが残っている。
……つまり、
甲がこのまま彼女を拒み続ければ、間違いなく彼女は甲が頷くまで甲の仲間を苦しめ続けるだろう。
『貴方の正義は、良心は、それに耐える事が出来るのかしら? 貴方は
「……っ! 君は、そんなに俺が憎いのか……っ!? そんなに俺を苦しめて、一体何がしたいんだ……っ!?」
甲は神子の言葉に思わず激昂し、声を張り上げた。口では
しかし、そんな甲の言葉を受けても神子は大袈裟に溜め息を吐くばかりで全く動じる様子もない。
彼女は甲に熱っぽい視線を向けたまま、堰を切ったように口を開いた。
『憎んでいるだなんて、そんな馬鹿な事があるワケがないでしょう……っ!? 私は、貴方を愛しているの……っ!! あの世界では他世界の夢の解釈を間違って、貴方にかけるべき
神子は激情のまま、その真っ直ぐに歪んだ想いを吐き出している。
その言葉には確かに、甲への一途な愛情と、過去の自分の行いへの
『……けど、それに気付いた時には私の実体は失われていた……それどころか、あの海から出る方法すらないと知った時は絶望したわ。私は寂しさを埋める為に、せめて
でも、と神子は続けた。
『送る事の出来る情報は限りがあるし、NPCや
そこまで話すと、神子は物憂げに溜め息を吐いた。
言っている事は壮大過ぎて理解の外だが、それを全て否定するにはもう一人のクリスである彼女の存在がネックとなる。
彼女が異世界のクリスでなければ、六条クリスが二人存在する事の説明がつかないからだ。
偽造できない電子体のIDがクリスと同じである以上、彼女は紛れもなく六条クリスであるのだから。
『何百、何千と世界を繰り返して、ようやく六条クリスが灰色のクリスマスを生き延びる世界を見つけられた時は、
だけど、と神子は表情に憎悪の感情を浮かばせた。
『……貴方と結ばれた
神子の叫びと共に、映像の向こうから何かが壊れる音が聞こえた。
彼女は荒い息を吐きながら、赤い液体を付着させた拳を握り締めて叫び続けた。
『あそこにいるのは、私じゃない……っ! だって、別の世界の私が貴方に抱かれても、
神子は激情を途切れさせる事なく、叫ぶ。
その声は憎悪と怨嗟に満ちていて、聞いているだけで悪寒が背筋を駆け抜けた。
彼女の愛は既に、修復不可能な程に歪み切っている。
『だから私は、この世界を
神子は激情のまま、自分の軌跡を感情交じりに告げて行く。その声には、かつて彼女が経験した悲嘆と憎悪の全てが込められていた。
『観測者の手が届かないように
……それは、歪んではいるが確かに彼女の
此処に来て、ようやく甲は彼女が本当に自分を
歪んではいても、彼女は紛れもなく六条クリスだ。
その激情のままに、あらゆる手段を許容して甲を手に入れようとしている。
その姿は確かに、
それを証明するかのように、神子は高らかに
『甲、私の下に来なさい。そうすれば、
「……っ!!!」
──それは、決定的だった。
彼女は今、決して許されない事を口にしたのだから。
事実上彼女が監禁しているに等しい親父を引き合いに出すのは、まだいい。
だが、空は既にあの灰色のクリスマスの日に死んでいる紛う事なき
つまり彼女は今、
死者が、容易に蘇る事などあってはならない。
もしそんな事が出来るとすれば、それは死者と死者を悼む者達に対する冒涜だ。
その事を、彼女は何も分かっていない。
甲は溢れ出る感情を抑えながら、狂喜しながら想いを垂れ流す神子に向かって口を開いた。
「……ふざけるな。
そして甲は、決定的な決別の言葉を告げる。
「──神子、俺はお前の手は取れない……お前は、
そして、甲の言葉を聞いた瞬間……神子の表情が絶望に歪み、狂気のままにその口から絶叫が迸った。
『……っ!!?? あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!? 止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて止めて聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくない聞きたくないうるさい黙れ認めないそんな事あるものか甲はそんな事言わない甲はそんな事しない甲はそんな眼で私を見ない私の甲が私を受け入れないなんてある筈がない……っ! こんなの、こんなのあっていい筈がない……っ! だって、
迸る絶叫と共に、神子は感情に任せて画面の向こうで手当たり次第にチェーンソーを振り回して周囲をズタズタにしていく。
甲はそんな彼女の醜態を冷たい眼で見据え、そんな甲の視線に気付いた神子はケタケタと壊れたような笑みを浮かべ焦点のない瞳で甲を見つめた。
『……あいつが、あいつ等がいるからいけないのね……っ! 待っていて、甲……貴方が
その言葉を最後に通信は切れ、甲の部屋に静寂が戻った。
甲は神子が映っていたスクリーンを睨みつけながら、決意と共に拳を握り締めた。
──
皆が各々の想いで過ごし、出来得る限りの準備を経て……遂に、その時が訪れた。
ヤンデレムーブ全開、ヤンデレを書くのは楽しいなぁ。筆が進んで仕方ないというか、台詞が次から次へと浮かんでくる。このストーリーは気付けばキャラが勝手に動いてるので書き易いんですが、