BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「全く、まさかこんな事になるなんてな」
甲は自らの隣で一糸纏わぬ姿で眠る少女、クリスを見て溜め息を吐いた。
結局、あの後離脱した甲は現実で待ち構えていたクリスに押し倒され、彼女と交わってしまった。
どうやらクリスは甲と同じ部屋で
そして甲を組み敷いたクリスは、仮想の時と同様に何の愛撫もなしに甲の陰茎を自分の秘所に挿入してきたのだ。
一度繋がってしまえば身を襲う快楽で力が入らず、そのまま情けなくも彼女の中に吐精してしまった。
流石に仮想と現実で立て続けに処女を失ったのは消耗が大きかったらしく、クリスは甲の吐精を受け止めるとそのまま眠ってしまった。
…………甲は逆レイプされた形であるが、不思議とクリスを怒る気にはなれなかった。
あの時の告白は確かに若干狂気じみてはいたものの、その想い自体は確かなものだった。
絆され易い自覚はあるとはいえ、無理やり自分を襲った少女を許容するなど我ながら甘いと思わざる負えなかったが、クリスの性根はそう悪いものではないというのは理解出来たので彼女を受け入れる事自体に抵抗はない。
…………むしろ心配なのは、真の反応だった。
あの時のクリスとのやり取りで何かしら取引が成立したのは分かるが、自分の男が自分の処女を奪った後に即座に他の女を抱いたとなれば、幾ら温厚な真とて心穏やかではいられないだろう。
あの時のクリスに向けた敵意を思い返せば、それの考えは決して杞憂ではない筈だ。
「……とにかく、真ちゃんには誠心誠意謝らないとな。全く、俺は何処まで最低なんだよ…………」
恋人を失ったばかりの身でその恋人の妹と交わるなど、どう考えても最低の所業である事は間違いない。
真と愛を交わした事自体に後悔はないとはいえ、思う所がないワケでもないのだ。
だが、何を思った所で過去が変わるワケでもない
────────謝るべき相手は、もういないのだから。
ならば、自分なりのやり方で贖罪を果たしていくしかないだろうと、甲はそう考えた。
「贖罪、か……」
甲は自分の言葉を半数し、ふと天井を見上げた。一体、何を以て贖罪とするべきだろうか。
真っ先に思い浮かんだのは、今回の惨劇について何かを知っているであろう人物────────恩師でもある、久利原直樹の事だった。
今回の惨劇を引き起こしたアセンブラは、久利原が開発したナノマシンだ。
本来であれば環境浄化の為に使われる筈だったアセンブラは未完成のまま流出し、空を含めた無数の人々を溶解させ、
あの流出が事故なのか故意なのか、そして故意に行われたのであれば誰がそれを行ったのか。
考えた上で最も怪しいのは、矢張り久利原直樹なのである。
久利原はあの惨劇の後、ドレクスラー機関の者達と共に行方を晦ましている。
もしあれが事故であるならば責任者として説明を行うべき立場であるにも関わらず、である。
だが、結果として久利原は口を閉ざしたままに姿を消した。
その事を考えれば、彼が犯人であるというのが最も分かり易い解答だ。
しかし、甲はその解答には納得出来ていなかった。
何故なら甲は、久利原の事をよく知っている。
あの優しさと頼もしさに溢れた先生の姿を、知っているのだ。
あの優しい先生があんな惨劇を引き起こしたなど、甲はどうしても信じたくはなかったのだ。
「けど、先生は確実に何かを知っている筈。それを確かめるには、先生を追う他ないのか……」
一言に久利原を追うとは言っても、それは生半可な事ではない。
少なくとも、一介の学生だった甲の力だけでは不可能だ。そう、少なくとも
……だが、その
そして、真がそんな甲を放っておく筈もない。
真が実体に戻れる方法を探すのは当然の事だが、当初の甲の考えでは真はアークに預かって貰って、その上で自分一人でその方法を探すつもりだった。
しかし、あの様子を見る限り真がそんな甲を放置するとは思えない。恐らく────────いや、絶対に付いて来ようとするだろう。
甲と違って
そして、クリスもまた甲に付いて来ようとする筈だ。
手段に大いに問題があったとはいえ、クリスが甲を想う気持ちは本物であるのだから。
そんなクリスが、自ら危険に飛び込もうとしている甲をそのまま行かせるとはどうしても思えない。
口でも力でも勝てる気がしないクリス相手に、付いて来ないよう説き伏せるのは至難の業だろう。
甲は特に良い案が出ないまま頭を捻り、更なる考えを巡らせようとするが────────不意に、その思考の静寂が破られた。
『脳チップへの不正アクセスを感知。
「な、なんだ……っ!?」
────────甲の耳に、甲高い警告音と共にそんなメッセージが流れて来る。
メッセージは、脳チップの危険を知らせるものだった。
アラートが鳴り、耳障りな警報が脳内に響き渡る。
状況は理解出来ないが、放置など出来る筈もない。
脳チップに何かあれば、待っているのは
「くっ……仕方ねぇ!
その言葉と共に甲の意識は電脳世界に沈み込み、仮想へと足を踏み入れた。
黒い司祭服を纏った、スラヴ系の顔立ちの大柄な男。
男はガラス玉のような無機質な瞳で甲をじっと見つめ、その口元には笑みが浮かんでいる。
「初めまして、門倉甲君。私はドミニオン教団の教主、グレゴリー神父である」
ドミニオン、その名には聞き覚えがあった。
AIを神と信奉し、危険な教義を掲げるカルト教団だ。
かなり大規模な組織であり、更には武装化までしている為にCDFも迂闊に手が出せない危険な集団である。
この男は、そんな狂信者集団の長を名乗った。
その事で、甲の警戒レベルが一段階引き上げられる。
「カルト教団のトップが、俺に何の用だよ? 勧誘ならお断りだぜ」
「ふむ、しかし私も此処で引き下がるワケにはいかないのだよ。今の私は、我らが
神父は大仰に手を広げ、満面の笑みを浮かべた。
「単刀直入に言おう。門倉甲くん────────私と、共に来たまえ。君は、神に選ばれたのだよ」
「なんだと……?」
まさか本当に勧誘の類とは思わなかった甲は眉を潜め、訝し気な眼を神父に向ける。
宗教団体、それもカルトとなれば新しい信者を獲得しようとするのは理解出来る。
だが、何故教主自らが自分を名指しでやって来たのかが分からない。
自分は確かに
「お断りだ。何で好き好んでカルト教団になんか入信しなきゃならねぇんだよ」
「ふむ、本当であれば自発的に来て貰いたかったのだが────────残念だ」
神父はやれやれとかぶりを振り、溜め息を吐いて……その眼に、危険な光が宿った。
「────────君は既に、神に見初められたのだ。神の花婿に選ばれた以上、人間である君に拒否権など有り得ないものと知り給え……っ!」
神父はその言葉と共にシュミクラムへ
やがて、神父の移行が終わり両腕にチェーンソーのブレードを装備した黒く禍々しい機体が露わとなる。
両腕にチェーンソーを装備したそのシュミクラムはシリアルキラーを彷彿とさせる外観を持ち、チェーンソーの回転音が唸りをあげて響き渡る。
神父の変じた異形の怪物の如きシュミクラム────────パプティゼインは、その悪意を隠そうともしない。
「くっ、結局こうなるのかよ……っ!」
甲も慌てて
そして、ガトリングビットを射出しながらブレードを構え風を切って神父の機体へ疾駆した。
『ふはははははは! さあ、向かって来たまえ……っ! 門倉甲くん! 神の愛は、必ずや君を抱擁するだろう……っ!』
神父は狂喜に染まった笑い声をあげつつ、回転するブレードを放ちガトリングビットを潰しながら甲の機体を挟み込むようにして左右への移動を封じる。
そして自身もチェーンソーブレードを構え、甲を迎え撃つべく動き出した。
「くっ、なら……っ!」
このまま正面からぶつかっても、見るからにパワーに特化した神父の機体が相手では競り負けるのが関の山だ。
本来であれば直前でミサイルを放ちながら爆煙に紛れて背後を取るつもりだったが、これではその手段は使えない。
仕方なく甲は牽制の為の手榴弾を投擲しつつ、即座に後退しようと機体を動かす。
『甘い、甘いぞ甲君! その程度で憶するようでは、私に勝つ事など、出来はしないぃぃぃぃぃぃ……っ!』
「な……っ!」
神父は手榴弾を避けるどころかブレードで薙ぎ払い、当然の帰結として手榴弾の爆発に巻き込まれた。
だが神父の機体は爆発で所々傷を負いながらも疾駆を止めず、そのまま甲に迫って来る。
「くっ、ぐぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?」
────────そのまま後退しようとした甲の左腕に、激痛が奔る。
左腕に目を向ければ、地面から突き出たチェーンソーによって甲のシュミクラムの左腕が半ばまで切り裂かれていた。
回転するチェーンソーが左腕に食い込み、激痛が甲を苛む。
痛みで硬直する甲の隙を逃さず、神父がパプティゼインのチェーンソーを振り上げる。
『さあ、神の愛を受け入れるのだ! 門倉甲くん!』
最早回避は叶わず、甲は数秒後の
だが。
『甲先輩に────────』
『────────何してくれてんのよ……っ!』
『ぬ、おぉぉぉぉぉ……っ!』
────────無数のビーム砲と回転する刃がパプティゼインに殺到し、甲の命を刈り取ろうとしていた神父の機体は壁際まで吹き飛ばされた。
「一体、何が……」
突然の事に状況が理解出来ず、甲が声の方を振り向くと────────そこには、対照的な二機のシュミクラムが佇んでいた。
一つは、純白の妖精の如き機体。
結局パイロットの顔を見る事は一度もなかったが、かなりの
もう一機は、神父の機体をよりスリムにして独自な意匠を施したかのような姿のシュミクラムだった。
白い機体と違い、こちらの機体に見覚えはない。
だが、無骨で禍々しい神父の機体と違い、その機体からは妖しくも何処か優美且つ鋭い気品のようなものを感じ取れた。
神父に攻撃したその二機は、溢れんばかりの敵意を神父の機体へ向けている。
「でも、今の声は、まさか……」
だが、それ以上に気になるのは────────今の二つの声が、どちらも甲の聞き覚えのあるものだった事である。
そして、それを肯定するかのように二機のシュミクラムから
『大丈夫ですか、甲先輩』
『……まったく、いきなり潜脳を受けてるだなんて────────貴方、疫病神にでも憑かれてるんじゃない?』
「……っ! 真ちゃん、それにクリスも……っ!」
そう、表情画面に映っていたのは紛れもなく甲と関係を結んでしまった二人────────水無月真と六条クリスの姿だった。
今神父を吹き飛ばして甲を救ったのは、この二人で間違いないようだ。
『ふはははははははは! 痛い、痛いぞぉ! なんたる痛さだ! だが、神の巫女たる真くんだけではなく縁深き我が孫娘とも出会えるとは、なんたる偶然! なんたる僥倖! それを思えば、この痛みはまさしく聖痕の痛苦である……っ!』
『……っ! その、声は……っ!』
神父の機体からあがった声に、クリスの機体が硬直した。
様子が、おかしい。
表情画面に映るクリスの顔は青ざめ、信じられないようなものを見るような眼で中空に展開された表情画面に映る神父の姿を凝視している。
『お爺様……っ!? 何故、貴方が此処にいるのです!? 貴方は、死んだ筈では……っ!?』
『左様、私は死んだ……だが、神の思し召しによりこうして蘇ったのだ……っ! 私は正真正銘、ドミニオン教団の教主、グレゴリー神父である! 君が君であるように、私は正真正銘、私であるとも』
神父は大げさに腕を広げ、まるで説法でもするかのようにそう言い放った。その姿を見て、クリスは動揺に目を見開いている。
お爺様、クリスは確かに神父の事をそう呼んだ。
そして、神父もまたその言葉を否定していない。
つまり、目の前の男はドミニオン教団の神父であると同時にクリスの祖父でもあるという事だ。
しかも、クリスは今妙な事を口走っていた。
「おい、
『……いえ、でも確かにお爺様は死んだ筈なのよ……っ! だって、お爺様は……』
『そう! 私は死んだ……っ! 他ならぬ、門倉永二にこの頭を貫かれてなあ……っ! しかし、肉体の死など些細な事だっ! 我らが神が健在である限り、私は何度でも蘇る……っ! そう、単なる死如きでは神の使徒たる私を止める事など出来ないのだぁぁ……っ!』
…………混乱の所為か、頭がどうにかなりそうだった。
つまり、目の前の男は一度死んだにも関わらずこうして現れ、あろう事か神父を殺したのは甲の父親であるという。
一体どういう事かと問い質したいが、この調子では納得出来る答えなど返して来そうもない。
そんな中、神父は再び両腕を大げさに掲げ、芝居がかった口調で話し始めた。
『真くん、君は……この世界が偽物だと思った事はないかね? この世界は偽物であり、本当の世界は別にある。そう、考えた事はないかね?』
神父はファウストを誘うメフィストフェレスの如く、甘い言葉で誘いをかける。
『そう、それは事実だ……っ! 私と共に来れば、真実の世界へ辿り着く事が出来ると約束しよう……っ!』
『……っ!? 本当の、世界……』
神父の言葉に何か感じるものがあったのか、真は動揺を見せた。
真の機体はクリスと同様に硬直し、呆然としているように見える。
今度は、一体なんだというのだろう。あんなふざけた言葉を、真に受けでもしているのだろうか?
『クリスよ、君も私と共に我らが神子に謁見し、己の欲する真実と対面したまえ。知りたかったのだろう? 私が一体、何を考えていたのかを……っ! その答えを知りたいのならば、私と共に来るがいい……っ! 神は、何人であろうともその懐に受け入れるであろう……っ!』
『……っ!?』
神父の言葉は、まるで毒のようだ。
その声は脳髄を揺らし、思考をかき乱して来る。
聞いているだけで、頭が変になりそうだった。
二人は神父の言葉で混乱の只中にいるのか、硬直したまま動こうとしない。その様子を見て、神父は甲の機体へ歩み寄ろうとする。
『……ほぅ、これは何の真似かね?』
しかし、動揺し硬直していた筈の真とクリスの機体は、揃って神父に武器を向けていた。
砲塔とチェーンソーを突き付けられた神父はまるで動揺もせず、ただ訝し気な声をあげている。
『……貴方の言葉に、心が揺れたのは確かです。正直、お姉ちゃんが生きている世界があったらいいなって、あれから何度も思ってました。こんなの現実じゃない、この世界こそ夢なんだって…………ずっと、思い込もうとしてました。多分、先輩と再会するまでの私だったら頷いてたと思います』
けれど、と真は叫ぶ。
『────────貴方は、私の先輩を傷付けた……っ! 許さない許さない許さない……っ! 先輩を傷付ける人に付いて行くなんて、絶対に嫌……っ! もう二度と先輩に手出し出来ないよう、ここでボコボコにしてあげます……っ!』
真は機体の光体翼を展開し、威嚇するように輝かせた。
それに続き、クリスもチェーンソーを回転させながら自身の立場を明確にするべく意気揚々と口上を告げる。
『ええ、私も真さんと同意見よ。確かに、貴方の考えていた事を知りたくて、色々調べて回ったわ』
けれど、とクリスは告げる。
『そんな些事より、優先すべき事がある。貴方は、私の男を傷付けた……っ! そんな輩を、この私が生かしておくと思うのかしら?』
クリスは凄絶な笑みを浮かべ、宣告する。
『彼に害為す者は何人たりとも、許すつもりは微塵もないわ……っ! その四肢をバラバラにして、最後には首を落としてあげる……っ!』
クリスは有りっ丈の敵意を言葉に込め、神父の機体に切っ先を向けた。一触即発の緊張が、その場を包み込む。
誰か一人が動けば、後戻りの出来ない死闘が始まる。
そんな極限の緊張の中、二機のシュミクラムと対峙していた神父は前触れもなく不意に除装し、電子体へ戻り哄笑をあげた
『ふはははははは……っ! よかろう! 神父として、君達のその選択を祝福しこの場は退くとしよう! よくぞ、我が言葉に惑わされず自らの
神父はその言葉を最後に足元に出現した黒い穴に飛び込み、姿を消した。
それを確認した二人は、安堵の息を吐く。
『……どうやら、なんとかなったようね』
『此処で仕留めなくて、良かったんですか?』
『……確かに数の上では有利だけど、殺し合いの経験じゃどう考えてもお爺様の方が上よ。人を殺した事がない私達じゃ、最後の最後で詰めを誤る可能性が高い。もしかしたら勝てたかもしれないけれど、犠牲が出ていたでしょうね』
クリスの言う通り、甲達に人を殺した経験などない。
そして、あの神父は一度倒された程度で諦めるような生易しい存在ではない。文字通りその身が砕けるまで、矛を収める事はないだろう。
そんな相手に最後の一歩を躊躇えば、逆に殺される事など目に見えている。此処で退いてくれたのは、まさしく僥倖だった。
『とにかく、一端仕切り直しましょう。君の怪我も、軽くはないようだしね』
「……ああ、分かった」
『では、私は先輩のプライベートスペースでお待ちしていますね』
クリスの言葉に従い、甲はそのままログアウトした。真は甲のプライベートスペースに戻るべく踵を返し、そのまま姿を消した。
そんな中、クリスはログアウトが完了するまで、神父のいた場所をジッと睨みつけていた。
というわけで神父との遭遇回です。中々いい演技の人で、最初はCV;若本と勘違いしたのを覚えてます。あのねっとりとした喋り方は狂信者っぽくて神父のキャラとも合致しますし、やっぱ声優の力って凄いですね。