BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
甲達はレヴィアタンを追ってアイリス・バルブを抜け、暫く鉄の床面を降下していく。
そして不意に、床面が鉄から砂地へと変わった。
視界が開け、その先に異様な光景が浮かび上がる。
常に霧に覆われたその海岸の向こうには、果ての知れない赤い大洋────────
……結局、
レヴィアタンの発する周囲への
甲達が通っているのはレヴィアタンが
レヴィアタンは既に、神子の機体に引き連れられるようにして無意識の海岸上空に浮遊していた。
無意識の海岸の波打ち際に足を踏み入れた神子は、追い縋って来た甲達に気付くと機体を反転させて表情画面を展開した。
『うふふ、
神子は無意識の海を背に両腕を広げ、高らかにそう謳いあげる。
赤い大洋からは
このまま、彼女の思い通りにさせてはならない。それは、この場に集った全員の総意だった。
『来たよっ、甲……っ!』
『甲さん……っ!』
『……助太刀に来たぞ、甲君……っ!』
そんな最中、アイリス・バルブの向こうから
皆一様に無意識の海から発せられる異様な気配を感じつつも、その視線は赤い大洋の海岸に立つ神子の機体に注がれている。
『彼女を倒せば、少なくともレヴィアタンは一時停止する……っ! 総員、集中砲火……っ!』
『『『
長官の号令と共に、その場に集った全ての機体が
無数の砲塔を持つ遠距離支援型の
そしてその弾幕の檻が、神子を逃がすまいと徐々に包囲を狭めていく。
『──無駄よ。嘶け、レヴィアタン』
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン──
『……な……っ!?』
──瞬間、レヴィアタンの咆哮と共に全ての弾丸は過負荷で歪み、跡形もなく消え去った。
そして、過負荷の中心地にいた筈のリリスバフォメットは何の被害も受けておらず、傷一つない状態でその場に佇んでいる。
『蛇が、自分の毒で死ぬワケないでしょう? それと同じよ。私は、私だけはレヴィアタンの過負荷を無視出来るの……っ!
「……実質、レヴィアタンの無敵フィールドを持ってるのと同じって事か。ふざけやがって……っ!」
神子の言葉を聞き、甲は忌々し気にそう吐き捨てた。
実際、神子はレヴィアタンの近くにいれば今のように過負荷を発生させる事で攻撃を全て無効化してしまえる。
つまり、レヴィアタンがいる限り神子に手は出せない、という事になる。
これでは、神子を倒してレヴィアタンを停止させるという当初の作戦目標を達成する事はほぼ不可能だ。
情報解析を行っていたレインの表情も、対抗策が浮かばず苦悩で歪んでいる。
『この場所に来てから、レヴィアタンの過負荷が先程までとは比べ物にならない程増大しています……っ! 同時に、リリスバフォメットとレヴィアタンの内部同調率も上昇……っ! 一体、何が起ころうとしているのです……っ!?』
レインの悲鳴のような報告は、心を折るには充分なものだった。
それでも尚膝を突く者がいないのは、甲達が持ち得ている覚悟の強さ故だろう。
だが、事態はそんな甲達を嘲笑うかのように急速に進行していった。
『さあ、レヴィアタン……ッ! 私の身体を、あそこから引き揚げて頂戴……っ! これが本当の、この世界への凱旋よ……っ!』
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン──
レヴィアタンの
それと同時にレヴィアタンの巨体から数えきれない程の白い腕が飛び出し、何かを探し求めるように
「く……っ!」
長官は苦し紛れにその腕を狙撃するが、放たれた弾丸は実体を持たない腕を透過し、無意識の海へと消えて行った。
そんな抵抗を嘲笑うかのように、海に突き入れた腕に引き寄せられるようにレヴィアタンが無意識の大洋上空へと移動していく。
そして、数百の腕が沈んだ場所の直上まで移動すると、まるで何かを引き揚げるクレーンのようにその巨体を徐々に上空へ浮上させ始めた。
それに伴い、海中から感じる不気味な気配が徐々にその濃度を増していく。
『……このまま、好き放題させてたまるかぁぁぁぁぁ……っ!』
その光景を忘我の表情で見ていた神子の隙を突き、クリスはグリムバフォメットを疾駆させ、神子の機体目掛けてチェーンソーブレードを振り下ろす。
神子は武器を構える素振りもなく、このままクリスの刃によって両断されるかと思われた。
『──いいえ、これで終わりよ』
「……あ……っ! ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ!」
──しかし、
「クリス……っ!? ぐ……っ!?」
クリスを助け起こそうとする甲だったが、赤い大洋からは更に無数の触手が伸びて来ており、その触手は甲の機体を絡め取り動きを封じ込めた。
赤い大洋から伸びる触手は更に数を増やし、今度は千夏やレイン、長官にまで襲い掛かった。
皆触手を撃ち落とそうとするが数が膨大に過ぎ、最終的には全員が触手によって捕らえられる結果となった。
『ふふ、これで私の役目は終わりよ。後は
神子はそう告げるなり機体を浮かび上がらせ、吸い寄せられるようにしてレヴィアタンの中へと消えて行った。
そして、それを待っていたかのように無意識の海面から白い影が浮かび上がった。
……甲達を捕える触手の
だが、その球体が罅割れるようにして
──それは、正しく人外へと変貌した六条クリスの姿だった。
身体の表面を覆う薄い白布1枚のみを纏ったクリスの背からは夥しい数の触手が翼のように生えており、色素が抜け落ちた足元まで届くような長髪は極彩色に明滅している。 肌の色は病人のように青白く、赤く血走った眼には不可思議な紋様が浮かび上がっていた。
ある程度ヒトの原型こそ留めているが、それは
『嗚呼、遂に遂に遂に遂に……っ! あの海から、這い上がる事が出来た……っ! この時を、どれだけ待ち望んだ事か……っ! ようやく、ようやく貴方を直に眼にする事が出来る……っ! ようやく貴方を、
人ならざる者としての本性を露わにした神子は、頬を紅潮させながら陶酔のままにそう叫んだ。
今の彼女の声は何処か暗い水の底から聴こえて来るかのような不気味な響きが伴っており、聞いているだけで頭がおかしくなりそうだった。
それは、これまで画面越しに神子と話していた時の感覚に似ているが……不快感は、あの時の比ではない。
赤い海から浮上した神子の気配は、レヴィアタンのものとはまた違った圧迫感をこちらに与えて来る。
その場の誰もが、深層心理でこの場から一刻も早く離れなければならないと、本能が訴えかけて来る程には。
だが、現在甲達は全員人が外と化した神子の触手に絡め取られており、身動き一つ取れない有様だ。
皆一様に拘束を振り解こうと力を振り絞っているいが、機体を絡め取る触手はビクともしない。
そうこうしているうちに異形の神子は海面を滑るように移動し、その手を伸ばしながらゆっくりと甲へ近付いて来る。
『嗚呼、ようやく貴方を
甲に対する
その距離はもう間近で、あと少しで甲に手が届かんとする場所まで迫っている。誰一人として動けず、甲は絶対絶命の窮地に陥った。
『ぬぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!』
『な……っ!?』
──だがそんな中、長官の機体が自分自身に向かって無数の弾丸を放ち、自らの被弾を顧みず触手を撃ち払い、神子の拘束から脱出した……!
『甲君は、やらせはしない……っ! 私は、
自身の砲撃によって少なくないダメージを負いながらも、長官は決死の気迫で神子を睨み付けそう叫んだ。
機体はボロボロの筈なのに、その立ち姿からは雄々しいまでの威圧感を感じ取れる。
長官の鉄の意志が、漲る闘志となって彼を奮い立たせている。それはまさしく、雄姿と呼ぶ他なかった。
『邪魔をしないでというのが分からないのかしら? 貴方、そんなに死に急ぎたいの?』
『狂人の戯言など、聞く耳持たん……っ! 彼は、君のような存在が触れていい男ではないっ! 彼を、離せぇぇぇぇぇぇぇ……っ!』
長官は神子の言葉を一蹴し、彼女に砲塔を向けてそう言い放つ。そして、無数の砲塔から凄まじい数の弾丸を撃ち放った。
『──無駄だというのが、まだ分からないようね。嘶け、レヴィアタン』
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン──
しかし当然の如く、神子の声に呼応して再びレヴィアタンから咆哮が轟き、膨大な過負荷によって長官の放った弾丸は悉く爆散した。
無論神子には傷一つなく、長官の攻撃は無駄に終わったかに見えた。
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!』
『な……っ!?』
「ぐぅ……っ!?」
──だが、長官はその場所に残る過負荷の影響を受けながらも猛烈な勢いで機体ごと突進し、その勢いのまま甲の機体を突き飛ばした。
凄まじい勢いで体当たりを受けた甲の機体は触手の拘束から弾き飛ばされるようにして抜け出し、そのまま砂浜に叩きつけられた。
『ふっ、乱暴なのは我慢してくれたまえ。こうでもしないと、君を解放出来そうもなかったのでね』
長官は表情画面で不敵な笑みを浮かべつつ、甲にそう語り掛けた。
過負荷の残る場所を強引に突破したからなのか、機体の至る所は歪んでおり駆動系もボロボロだ。
最早立っているのが不思議な状態でありながら、タイラントギガースはその雄姿を皆に見せつけていた。
「長官……っ!」
甲はそんな長官に走り寄ろうとして、気付く。
甲のいた場所に手を伸ばしながら俯いていた神子が、凄まじい形相で呪いの言葉を吐き連ねている事に。
『……どいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつもどいつもこいつも……っ!』
神子は延々と怨嗟の叫びを垂れ流し、血走った目で長官を睨みつける。
『私の事を、私の道を、私の夢を、私の理想を、私の愛を……っ! 邪魔を、するなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!』
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン──
神子の怨嗟の叫びと共に、レヴィアタンのカメラアイに莫大なエネルギーが集まって行く。
その余波で皆の機体を拘束していた触手は吹き飛ばされるが、射線上にいる長官を助けるには────────誰も彼も、手を届かせるには遠過ぎた。
「長官……っ!」
『甲君……後は、頼む。君は、我らの希望なのだから』
長官は穏やかな笑みでそう告げ、甲はそんな彼に手を伸ばそうとして……。
『消えろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!!』
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン──
──無慈悲にレヴィアタンから緑色の極光が放たれ、一瞬のうちに轟音と共に長官の機体を飲み込んだ。
閃光が消えた後には粘液の残滓しか残らず、長官がその場所にいた形跡は……跡形もなく、消え去った。
『……アハ、アハ、アハハハハハハハハハハハハ……っ! 私の、私の邪魔をするからこうなるのよっ! 何で初めからこうしなかったのかしらねっ! 甲以外の
神子の哄笑を耳にしながら、甲は呆然と長官がいた場所を見つめ続ける。
そして、堰を切ったように感情が声となって溢れ出す。
「……っ!!?? あ、あぁ、あぁぁぁぁぁぁ……っ! お前、は……何処まで……何処まで犠牲を積み重ねれば気が済むんだっ! お前はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
甲の慟哭と怒りが、霧深い赤い大洋に響き渡る。
こうして、また一人の英雄が
絶望はまだ、終わってはいない……。