BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「……長、官……」
甲は先程まで確かに長官の機体が座していた場所を見つめ、呆然となっていた。
また、自分を守る為に頼もしい味方が一人犠牲になった。
長官は感情表現こそ不器用で誤解され易かったが、それでも甲を始めとした如月寮の仲間達に格別の配慮を以て接してくれていた。
……そんな長官が、レヴィアタンによって消し去られた。
哀しみは怒りに変わり、レヴィアタンを。 そして、それを操る神子を睨みつけ────────気付く。
「あれは……」
長官の機体があった場所に、唐突に長官の電子体らしきものが浮かんでいた。
しかし、
緑色の燐光に包まれた長官の身体は、眼を閉じたまま何かに引き寄せられるようにしてレヴィアタンの中へ消えて行った。
甲はその光景を見て、同じように永二の身体がレヴィアタンの中へ消えて行った映像を想起した。
──実は、
(そうだ、レヴィアタンに殺された人間は、まだ実体は死んでいない……っ! なら、あれさえ壊せればどうにかなるかもしれない……っ! まだ、諦めるには早い……っ!)
甲は以前聖良に聞いた話を思い出し、気を持ち直して神子とレヴィアタンに対峙した。
神子は悍ましい触手の翼を広げ宙に浮かんだまま、血走った眼で甲を見つめている。
その表情には人を殺した良心の呵責や後悔や勿論、後味の悪さすら微塵も感じている様子がない。
既に彼女にとって、人殺しという行為は既に何の感慨を抱く事のないものとなっているのだ。
そもそも人を人とも思っていない為に、幾ら人を殺しても何も感じる事がない。
良心という言葉さえ、狂気の果てに忘却したのだろう。
……今の彼女は完全に、壊れている。もう、何をしても後戻りが効かない程に。
(あいつは、元々クリスと同じ人間だった。けど、今のあいつは人間かどうかさえ定かじゃない。あれを、
今のクリスとあのクリスの姿をした怪物は、元々は同じ人間だった。
ただ、辿った道と選択を間違っただけ……しかし、今となっては
少なくとも、甲はあれが自分の知る
甲は自分の中の迷いを振り払い、改めて愛する少女と同じ顔をした彼女を倒す決意を固める。
あの触手の翼を持つ
実際、先ほど神子は不意を打ったとはいえ無数の触手を駆使して甲達全員を捕らえてみせた。
もしももう一度あの触手に捕らえられれば、今度こそ脱出の機会はないと思った方がいいだろう。
『さあ、これで邪魔するモノがまた一つ消えた……今度こそ……今度こそ
異形の翼で宙に浮かぶ神子は背部の触手を伸ばし、甲を捕らえようと無数の触手が檻のように迫り来る……!
甲はラディカルスピナーを射出し、迫り来る触手を斬り裂く。
同じようにクリスは回転刃を、レインはホーミングミサイルを射出して触手を迎撃していく。
先ほどと違い、充分に身構える時間があった為神子の触手による猛攻にもなんとか対処出来ている。
長官の稼いだ時間は、決して無駄ではなかったのだ。
『甲さんっ、どうやら彼女のあの触手はレヴィアタンの
レインはそう告げると、そのまま早口で捲し立てた。
『その為、彼女自身あれの扱いには慣れていないようです。一度に機敏に動かせる触手は10本程で、それらを集中的に攻撃すれば触手攻撃を防ぐ事は難しくはありません……っ!』
「成る程な、さっきは見た目の数でそれを誤魔化していたワケか。要は、突出して素早い触手を優先的に攻撃すればいいって事だな……っ!」
レインのアドバイスを受け、甲は特に動きの機敏な触手をガトリングビットで狙い撃つ。
ガトリングビットの斉射によって、触手が破壊された瞬間他の触手の動きが一瞬固まった。
その事を瞬時に認識した甲は、その隙を突いてラディカルスピナーで触手群を一掃する。
クリスやレインも同様の手段で触手を迎撃し、その結果神子の下へ繋がる道が出来る。
『長官の仇だ……っ! 容赦しないよ……っ!』
そこへすかさず機会を伺っていた千夏が飛び込み、神子目掛けて機体を疾駆させる。
『……鬱陶しい……バラバラになりなさい……っ!』
千夏の機体を胡乱な眼で見据えた神子は背部の無数の触手を一つに束ね、レヴィアタンのものと同じ龍の咢を形成する。
触手によって形作られた偽骸の龍が、千夏を噛み砕かんと大顎を開けて迫り来る……!
『させません……っ! お父様の稼いだ時間は、無駄にはしない……っ!』
だが、予め迎撃の準備をしていたレインがホーミングレーザーを一斉掃射し、燃え盛る炎が龍の咢を焼き払った。
その隙を見逃さず、千夏はクリムゾンロータスの速度を更に上げ、神子目掛けて蹴りかかった……!
『──無駄よ』
『な……っ!?』
──だが、神子目掛けて放たれた千夏の蹴撃は、突如砂浜から飛び出した
当然、神子には傷一つない。こういった事態に備え、伏兵をしてパプティゼインを予め用意していたのだろう。
これで絶好の好機を、甲達は失った事になる。
『忘れたのかしら? 私には、手駒なんて無限にあるって事を……さあ、そろそろ時間稼ぎも終わりよ。浮上なさい、
……そして、神子の宣告と同時に無意識の海岸から次から次へとパプティゼインが這い上がり、瞬く間に
突如出現した黒い悪魔の軍勢に、甲達は思わず息を呑む。
『元からドミニオンは、膨大な数の信者を抱えていたわ。そいつらを根こそぎバルドルに接続させれば、
神子はまあ、と至極どうでもよさそうに告げる。
『電子体を無理やり弄ったから実体は殆ど死亡したけど、実体が死んでも電子体さえ残っていれば、ウイルスが実体の脳の代わりになるから大した問題ではないのだし……此処で
神子は人道を無視した台詞を平然と言い放ち、そこに良心の呵責は欠片も見られない。
確かに、今までの戦いでドミニオンはウイルスこそ膨大に用いていたがそれに比べてシュミクラムの出撃数はあまり多いとは言えなかった。
……だがそれは、神子が人体実験に使用する為の手駒を温存していただけに過ぎなかったのだ。
神子は自分の部下である信者達すら、
だからこそ、こんな真似が平然と出来てしまうのだろう。
「……お前……人の命を、一体なんだと思ってやがる……っ!」
『私と貴方以外の存在に、等しく価値はないわ。私が貴方と結ばれなかったのだって、要するに運命が、世界が悪いのよ……っ! 私はこの、無意識の海の中で知った……
だったら、と神子は告げる。
『単に
そして、
故に、人間をゲームの駒としか扱っておらず、どんな非道な真似も平然と実行出来てしまうのだ。
普通であればこうなる前に何処かで理性がストッパーとなったのだろうが、彼女の
故に彼女は何の制止もかけられる事なく、精神を此処まで歪ませてしまったのだ。
『さあ、戯言を言う暇があるのかしら? この物量差を、果たして覆せるのかしらね?』
神子の言葉と共に、50機に及ぶパプティゼインが甲達に向け迫って来る。
「く……っ!」
甲達はパプティゼインの軍勢目掛け一斉掃射を行うが、数体を撃破出来ただけで総数は殆ど減っていない。
そうこうしている内に無数のパプティゼインが接敵し、チェーンソーを振り上げ甲達に襲い掛かった。
『チィ……ッ! ワラワラワラワラ鬱陶しいね……っ!』
『『『ふははははははははっ! 無駄な抵抗は止め給えっ! 我ら全員を倒す事など、幾ら君達でも不可能だよっ! 大人しく我らが神子の慈悲を、受け入れるがよいっ!』』』
千夏を取り囲む3体の神父は、チェーンソーを振るいながら高らかにそう叫んだ。
3人の神父の台詞は一字一句同じであり、まるでエコーがかかった演説を聞かされた気分になってくる。
千夏はそんな不快感から来る頭痛を堪えながらも迫り来るパプティゼインを蹴り砕くが、次から次へと新たなパプティゼインが現れる為に幾ら残骸を積み上げても終わりは見えない。
しかも、無意識の海岸からは
50機という数が上限でない事を思い知らされて、終わりの見えない援軍に甲達の間に絶望的な空気が蔓延していく。
「数が、多過ぎる……っ!」
甲はパプティゼインをショットガンで迎撃しながら、そう毒づいた。
この場に現れたパプティゼインは操縦者の技量どころか
何故か神子はこの場ではタラスクを生産しようとしていないが、それでも無尽蔵のパプティゼインの軍勢は甲達の精神力を刻一刻と削り取って行く。
『──
「……っ!? しま……っ!」
──オォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン──
──そして、そんな混乱の隙に付け込む形でレヴィアタンの主砲が発射された。
レヴィアタンは緑色の極光を放ちながら
甲は無数の神父の機体に取り囲まれており、即座に逃げる事は出来ない状況である。
刻一刻と、
『逃げろっ、甲……っ!』
「千夏……っ!?」
……そんな甲を見かねた千夏が損傷を無視しながら甲の元へ突撃し、甲を取り囲んでいたパプティゼインを蹴り飛ばした。
甲は囲いを脱出する事が出来たが、千夏は捨て身の特攻の代償として左足に損傷を負い、まともに走れなくなってしまっている。
甲は即座に千夏の機体の手を引き、全力で走り出す。 しかし、まともに動けない千夏の機体を連れての速度は、致死の極光を避けるには致命的に遅過ぎた。
かといって、千夏を除装させて連れて行くには一度立ち止まる必要があり、その間に極光に追いつかれてしまうだろう。
「お前も逃げろっ、千夏……っ! 動けないなら除装しろっ! 俺が連れてってやる……っ!」
それを理解しながらも、甲は千夏を見捨てられずにそう叫ぶ。だが、千夏は現状を正しく理解し甲を叱咤した。
『馬鹿言ってないで逃げな、甲……っ! アンタがあの女をぶちのめさなきゃ、長官達は帰って来ない……っ! だからアンタは死ぬなっ、甲……っ!』
「あ……」
──その言葉と共に千夏は甲の腕を振り払い、緑色の極光の中へと呑まれていった。
千夏の機体が極光に呑まれ、消える。 無情に、一瞬で。
「千夏ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ!!!」
甲の叫びも空しく、千夏は光の中に呑まれて消えた。
やがて光が晴れた後には、千夏の機体がいた痕跡は何も残っていなかった。
そして次の瞬間には、その場に浮き上がるように現れた千夏の電子体らしきものが、長官と同じようにレヴィアタンに吸い込まれていった。
その光景はまるで、地の底に落ちる亡者のようで、甲の心にどうしようもない喪失感を齎した。
「……嘘だろ、おい……」
甲は絶望のあまり、思わずその場に膝を突いた。
千夏が、死んだ。
またしても、自分を守って人が死んだ。
その事が甲の心に暗い影を落とし、彼から動く力が失われていく。
幾ら理屈ではレヴィアタンさえ倒せば蘇る可能性があると分かっていても、親しい友人であると共に青春の思い出の象徴の一つでもある千夏の喪失は、甲の身体から容易く力を奪って行った。
『そろそろ
崩れ落ちる甲を見て神子は笑みを浮かべ、それと同時にレヴィアタンから伸びた龍触腕が甲を噛み砕かんと襲い来る!
最早甲は動く気力もなく、呆然と自らの運命を受け入れるようにその光景を見上げた。
『危ないっ、甲さん……っ!』
「……っ!? レイン……っ!!??」
──だが、突如真横からやって来た
甲は眼の前に広がったアイギスガードの残骸を呆然と見つめ、またしても目の前で仲間を失った事で茫然自失となる。
やがて現れたレインの電子体も、千夏達と同じようにレヴィアタンへと吸い寄せられ消えて行った。
「……千夏も、レインも……俺の、所為で……」
甲は絶望のあまり顔を伏せ、機体を悲しみと怒りで震わせていた。
自分が不甲斐ないばかりに、掛け替えのない仲間をまた失ってしまった。
その事実が甲から気力を奪い、手足を弛緩させていく。
なんとか四肢に力を込めようとしてもその度に失敗し、甲の機体は最早立ち上がる力を失っていた。
「……あ……」
『やっと……やっと
──その隙を逃さず、神子はその鋭利な触手を甲の胸に突き立てていた。
甲は自分の胸に突き立った触手を呆然と見詰め、中央を貫かれた甲の機体から光が溢れ出し、身体を削り取るように消滅させながら光は徐々に膨れ上がる。
────
──光は完全に甲の機体を包み込み、遠くで聞こえるレヴィアタンの咆哮と共に甲の意識は完全に消え去った。
そして、門倉甲はこの世界から消失した。
今回で8節最後にしようと思ってましたが、あと1話だけ8節が続きます。バルド恒例の最終ルート死亡ラッシュですが、流石に戦場にいない菜ノ葉や雅は対象外です。