BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「……やっぱり、寮には他に誰もいなかったか……」
甲は入口から如月寮を見上げ、溜め息と共にそう呟いた。
あの後、甲達は如月寮の中を探索してみたのだが、結局誰一人として仲間達とは遭遇出来ず、徒労に終わる結果となっていた。
「まあ、亜季さんと菜ノ葉さんは取り込まれていない筈だし、当然と言えば当然ね」
クリスは苦笑しっつ、甲を慰めるようにそう語り掛ける。
確かに、如月寮の面子の中で寮にいそうな人間といえば真っ先に亜季と菜ノ葉が思い浮かぶ。
しかし、二人共戦闘には参加しておらず、菜ノ葉に至っては現実に残っている筈である為、この場所にいるワケがなかったのだ。
千夏とレインも寮生ではあるが、彼女達は寮の中でじっとしているイメージはない。
他の場所にいる可能性の方が、高いだろう。
「……でも、千夏先輩のいる場所なら……多分ですけど、分かる気がします」
「え……?」
甲は真の呟きを聴いて、ハッとなって寮から学園へ続く道の先を見据えた。
そして真と頷き合い、慌てたように走り出す。おいて行かれた形になるクリスは、溜め息を吐いた。
「……仕方ないわね……」
そんな二人をクリスは呆れながら追いかけ始め、被造子の脚力であっという間に追いついて見せた。
しかし二人を追い抜くつもりはないようで、付かず離れずの距離で甲達に付いて来ている。
やがて、二人は道端に広がるグラウンドに辿り着く。
……そこでは、グラウンドの端に立つ千夏が何人かの女の子達と談笑していた。
そして、甲と真の姿に千夏が気付く。
千夏はすぐさま周りの女の子達に謝ってから、慌てた様子で甲達の下に駆け寄って来る。
「甲、真……っ!? アンタ等もやられちゃったのかい……っ!?」
「……ああ、すまん。折角、お前が守ってくれたのに……」
「……いや、いいよ。確かに、あの化け物相手にどうにかしろってのも無茶だったしね。しかし、アンタまでやられちゃったとなると、もう
千夏は甲を労いつつも、溜め息を吐きながらそう呟いた。
あの場での最大戦力だった甲達がやられてしまった以上、レヴィアタンを止める事が出来る者などもう思い至らない筈だ。
幾ら聖良が優秀でも、実際の戦力がなければどうしようもない。
それは、皆の共通認識だった筈だ。
「──そうでもないわよ。少なくとも、今あいつは
「……アンタ……そっか、甲が来てるのにアンタが来てない筈もないか……」
──クリスの認識は、それとは違っていたのだが。
「しかし、そりゃどういう意味だい? やられる前に
「正確には、
クリスはそのまま、今までの経緯を千夏に説明して見せた。
話を聞き終えた千夏は全ての説明が理解出来たワケではないようだったが、
「そっか……ほんとにもう、アンタも真も、度胸が据わり過ぎだよまったく。真はもっと、大人しいイメージだったんだけどねぇ……」
「昔は現実だと上手く喋れなかっただけで、私の中身は大して変わってませんよ。それに……先輩を苦しめる相手に、私が容赦なんかするワケないじゃないですか」
真は千夏の言葉に対し、そう言ってくすりと笑ってみせる。
「先輩を苦しめるものはみんな、のたうち回って死ねばいいんです。その為だったら、一度死ぬくらい、なんて事はありません。今回もきっと、先輩がなんとかしてくれますからね」
真は弾んだ声でそう言いながら薄っすらと黒い笑みを浮かべ、その表情を見た千夏は顔を引き攣らせた。
クリスの言動や行動がエキセントリック過ぎる為あまり目立ってはいないが、真もかなり情深いタチの少女なのだ。
真の優先順位は甲が一番上であり、その甲に害を成す者に対しては驚く程冷酷になれる。
甲に対する無条件の信頼から来る愛情を芯とするアイデンティティはかなり強固であり、
尚、真は電脳症の症状故に他者の表層の思考をある程度読み取る事が出来る。
しかも今までずっと甲の脳内チップに常駐して来た為、
神子に送り付けたハメ撮り画像も、真が毎日のように自分の脳内チップに記録していた甲との情事の映像をそのまま送り付けたに過ぎない。
真はクリスと甲の情事もそうやって記録していた為、ついでとばかりに送り付けてやったのである。
ちなみに、クリスはその案には呆れつつも内心嬉々として賛成していた為同類である事に変わりはない。
「そ、そうかい……」
そんなやり取りを見て千夏が真に対して抱いていた
しかし、甲が視線を感じて千夏と話していた女の子達に目を向けると、グラウンドの女の子達が興味深そうにこちらを見ていた。
そして、彼女達を見た千夏がおずおずと話し出した。
「……あの子達は、学園生時代につるんでた友達だよ。灰色のクリスマスで、皆死んじゃったんだけどね……」
「死んだ……? じゃあ、どうして……」
困惑する甲を尻目に、クリスは事態を理解し舌打ちした。
「……恐らく、あの女が|無意識の海から情報を引っ張り出して電子体を再構成したのよ。レヴィアタンの能力を高める為にね」
千夏の話に疑問符を浮かべた甲に、クリスがそう切り出した。
恐らくとは言っているが、クリスは直感でこの推測が正しいと感じてい折るのだろう。
心底忌々しいと、その表情に明確に嫌悪感が滲み出ている。
「……死者という存在はどうしても、生者を
要は、とクリスは付け加える。
「此処を居心地の良い空間に見せて、貴方達を懐柔する気だったのよ。人は鞭には強いけど、無制限の飴には弱い……人心掌握術の基本よね。まあ、甲に関しては一度記憶を書き換えた上で自分の恋人として振る舞わせる気だったんでしょうけど……あのまま目覚めなければ、きっとそうなっていたでしょうからね」
「……つまり、俺はあの野郎に助けられた事になるのか……」
甲はこの
あそこでジルベルトの空気を読まない横槍がなければ、自分は今とは別の存在に書き換えられていただろう。
そう考えるとジルベルトに感謝するべきなのだろうが、今となっても感謝の気持ちが沸いて来ないあたり、ジルベルトらしいといえばらしいのだが。
ともかく、無意識の海から情報をサルベージしたのであればそれは本人とそう変わりない。
本物の幽霊のようなものだが、少なくとも以前ドミニオンが作っていたという故人の情報を模した悪質なNPCとは違うようだ。
「……そっ、か……やっぱり、あの子達は死んだあの子達本人なんだ。皆、自分が死んでる事は自覚してるみたいでね。自分達の事は棚に上げて、アタシの心配ばっかしてくるんだよ」
千夏はそう告げるとふぅ、と気怠げな息を吐いた。
「
そう語る千夏の眼元には、薄っすらと涙が浮かんでいた。
千夏も、かつての友人達に会えた事で、嬉しい気持ちと悲しい気持ちがない交ぜになった複雑な感情を持て余しているのだろう。
向こうでは、千夏の友人達がこちらをじっと見つめている。
その視線からは、神子のような怨念じみた執着は感じ取れない。
本当に純粋に、千夏の事を想っている事が伝わって来た。
「千夏は暫くあの子達と一緒にいなよ。大丈夫、必ず脱出する方法は見つけてみせるからさ」
「……ごめん。頼んだよ、甲……」
千夏はそう言うと身を翻し、少女達の下で駆け出して行った。
甲はその後ろ姿を見つめながら、真とクリスに向き直った。
「行こうか、二人共。取り敢えずこの調子で、取り込まれた仲間を探しに行こう」
「はい」
「ええ、そうね」
甲は二人を伴い、その場を後にして次の場所へ進み始めた。
後ろから千夏が少女達と談笑する声が聞こえ、その笑い声はいつまでもその場所に響き渡っていた。
「……ふむ、来てしまったのか……」
その後、レヴィアタンの内部に再現されたミッドスパイアを訪れた甲達を出迎えたのは、長官だった。
長官は例のレインの母親の別荘の前に立ち、甲達の事を複雑な面持ちで見つめている。
「長官……」
「謝罪は不要だよ、甲君。力不足で倒れたのは、私も同じだ。元より、勝機のない相手だったのだ。君が同じように倒れたのだとしても、責めるのはあまりにも酷というものだ」
長官はそう言って甲の肩に手を置き、微笑みかけて来る。
しかしその顔には未だ複雑な表情が浮かんでおり、背後の別宅を何度も気にしていた。
「……私はあの閃光に呑まれた後、気付けば此処にいてね。
長官の言葉に家の中を窓から覗き込むと、そこにはレインと談笑するレインに良く似た美女が座っていた。
恐らく、彼女がレインの母親である桐島エイダなのだろう。
母親と話すレインの顔には自然な笑みが浮かんでおり、それを見つめる長官の眼は何処か寂しそうに見えた。
「……すまないが、暫く
長官は申し訳なさそうにそう告げて来るが、甲もまた此処で否と言える程薄情ではないつもりだった。
「はい、勿論です」
「ありがとう……何かあれば、呼びたまえ。いつでも、力になろう」
長官はそう言って甲達に一礼すると、おずおずと別宅の中に入って行った。
別宅の中では二人が長官を笑顔で迎えており、それは普通の家族の団欒に見えた。
3人はその様子を一瞥した後、身を翻してミッドスパイアを後にした。
「あー……お前も来ちまったか……」
「親父……」
その後、ミッドスパイアを出た甲達は街の中から出てきた永二と出会う事となった。
永二は甲達の姿を見つけると頭をかきながら、気まずそうにこちらを見据えている。
「……ったく、親より先に死ななかったのは上出来だが、幾ら何でもおっ死ぬには早過ぎるんじゃねぇか? まあ、あんな化け物相手じゃ仕方ねぇんだろうが……」
「ごめん……俺が不甲斐ないばっかりに……」
甲は永二の言葉に彼が折角繋いでくれた命をこうして投げ出すような羽目になった事を思い返し、申し訳なくなり謝罪の言葉を口にする。
だが、そんな甲を見た永二は苦笑して肩を叩いた。
「よせよせ、別にお前を責めてるワケじゃない。それを言うなら、あそこでむざむざ負けちまった俺の方が情けねぇさ。それに、その顔を見る限り手がないってワケでもないんだろ?」
永二はそう言い、甲の眼をじっと見つめて来た。その眼には、彼の軍人としての優れた直感から来る自信が見受けられた。
甲はその眼から永二の信頼を感じ取り、思わず笑みを浮かべて見せた。
「……ああ、まだ具体的な方策は見つけてないけど、希望が全くないってワケじゃない。必ず、親父達を此処から連れ出して見せるさ」
だからこそそんな甲の言葉に、永二はにかりと笑って返した。
「そうか、精々期待して待ってるさ。っても、無理はするなよ? 何より、お前等が生還する事を第一に考えろ。二兎を追って何も得られなかったんじゃ、洒落にもならねぇからな」
永二の言葉には、甲の身を案じる配慮が感じ取れた。しかし、甲はそんな永二の言葉を首を振って否定して見せた。
「心配ないよ、親父。けど、言葉を覆すつもりはないぜ? だって、二兎をどっちも捕まえた方が恰好いいだろう?」
「……はっ、言いやがったな小僧っ子め……っ! そんだけ威勢がいいなら大丈夫だな。行って来い、甲……っ!」
「ああ……っ!」
甲と永二は笑い合ってハイタッチを交わし、その場を後にした。
三人が、その場から立ち去って行く。永二は遠ざかる甲の背中を、いつまでも眩しそうに見つめていた。
「……まさか、此処もこうして再現されてるなんてな……」
甲がそう言って見上げているのは、久利原の勤めていたドレクスラー機関の研究所だった。
甲にとっては、恩師との思い出の場所であると同時に……空が死んだ、忌まわしき場所だ。
複雑な思いを抱くこの場所に来たのは、
甲は無言のまま、研究所の扉を潜り内部へと足を踏み入れる。
かつて大勢の研究者がいた施設内部に人の姿はなく、廃墟のように空っぽだ。
逸る気持ちを抑えながら、甲は廊下を進む。靴音が人気のない研究所に響き、かつん、かつん、と反響する。
そして、どれくらい歩いただろうか。遂に、研究所の最奥に辿り着いた。
「……失礼します」
甲は思わずそう口にしながら、扉を開ける。扉が甲を手招きするかのように静かに開き、その中へと迎え入れる。
「──久しぶりだね、甲君」
「……っ!? せん、せい……っ!」
──部屋の中には、スーツの上に白衣を着た、
久利原は甲の姿を見据え、穏やかな表情でその来訪を歓迎していた。
嬉しいながらも素直に喜べない、そんな複雑な想いを、その瞳に抱きながら……。
フォースでもあった、レヴィアタン内部での再会イベントです。
さてさて、先生がまともな形で登場するのこれが初めてかなあ。