※この作品はR-18です。

BALDR SKY Another World /世界X+Ω   作:デスイーター

48 / 95
ノインツェーンーTruth Wishー

「ノインツェーン、だと……?」

 

 甲は目の前の少女……否、ノインツェーンが放った言葉を聞き呆然となった。

 

 その名の持つ意味は、あまりにも大きい。

 

 ノインツェーンはバルドルに自らの意志を焼きつける事で神父を生み出し、灰色のクリスマスを引き起こした元凶である。

 

 その張本人がよりにもよって空の姿で現れたとなれば、当然心穏やかではいられない。

 

「お前が、あのノインツェーンなのか……?」

『少ナクトモ、ワタシ以外ノ存在ガソノ名で呼バレタトイウデータハ無イ……オ前ガ知ルノインツェーントワタシハ、同一ノ存在ダロウ』

 

 ノインツェーンは相変わらずウイルスのカメラアイのような無機質な瞳でこちらを見据えながら、エコーがかかったような声で甲に語り掛けて来る。

 

 ノインツェーンは神子の話では既に死んでいるという事だったが、それを言うならノインツェーンの肉体はとうの昔に死亡している筈だ。

 

 そして、甲はこの場所で幾人もの()()が蘇っているのを目撃している。

 

 そう考えれば、眼の前に存在するモノがノインツェーンである事を否定出来る根拠は、何処にもない。

 

「お前は、俺を知っているのか……? さっき確かに、俺の名前を呼んだよな」

『知ッテイル……ワタシハ、嘗テアノ世界デオ前ト戦イ、敗北シタノダカラ……厳密ニハアレハカドクラコウ本人トハ違ウモノダガ、ワタシニトッテソノ程度の差異ナド些細ナ事ダ。オ前ハワタシノ怨敵デアリ、ワタシヲ一度眠ラセテクレタ者デモアル』

「それは、どういう……」

 

 甲は、突然の事に戸惑っていた。

 

 いきなり全ての元凶が目の前に現れた事もそうだが、目の前のノインツェーンからは()()()()()()()()()()()のだ。

 

 それどころか、何処か好意的な感情すら伺える事に内心混乱していた。

 

『口頭デ説明スルノハ、時間ガカカル……記憶データヲ、キョウユウスル』

「……っ!?」

 

 

 ──瞬間、甲の頭の中に断片的なデータが流れ込んで来た。

 

 それは、この世界ではない……別の世界で、甲が空を取り戻す為にノインツェーンと戦った記憶だった。

 

 その世界では空ではなく甲が灰色のクリスマスで死亡し、この世界の甲の足跡を追随するかのように空が傭兵となってドレクスラー機関を追い求めていた。

 

 その果てに、アセンブラによって人類が滅亡……空達は聖良が実行した箱舟計画によって、電子体幽霊となった世界だった。

 

 その世界で甲の分身とも言える存在、甲の模倣体(シミュラクラ)が甲としての自我を持って起動し、自我融合した皆と協力しながらノインツェーンと繋がった空を助け出す為に戦ったのだ。

 

 ──空、すぐに眼を覚まさせてやるからな──

 

 ──俺は……お前を救うと誓ったんだっ!! ──

 

 その記憶を通じて、模倣体の門倉甲(自分)が空を救わんと奮闘した想いが伝わって来る。

 

 甲はそれを、不快とは感じなかった。

 

 人間であろうが模倣体であろうが、自分自身を甲と認識している以上、同じ門倉甲である事に変わりはない。

 

 ならば、空を救う為に戦ったその姿は誇りこそすれ、自分と同じ見た目のNPCだと蔑む気にはなれなかった。

 

 ──あなたを破壊しないと、私は安らかな眠りに戻れない──

 

 ──……憎イ……憎イ……憎イ……憎イ……憎イ……憎イ……憎イ……憎イ……──

 

 そして、その世界のノインツェーンが甲に向ける憎悪も、同じように伝わって来た。

 

 空の身体を乗っ取り、仮想空間を支配したノインツェーンにとって、空に呼び掛け自身の心を惑わす甲は、なんとしてでも排除しなければならない()()だった。

 

 ノインツェーンはその圧倒的な力を用いて甲を追い詰めたが、最後には特異点の助力を得た甲に倒される事になる。

 

 ──ぁあアアあぁアアァアあああぁあァああアっ……! ──

 

 ──コウ……アリガ、トウ……──

 

 ノインツェーンは、断末魔の叫びと共に崩れ落ちる。

 

 その間際に聞いた声は、果たして本当に取り込まれた空()()の感情だったのだろうか……。

 

 

「……っ!? 今の、は……」

 

 ノインツェーンの記憶の追体験が終わり、甲の意識が現実に戻る。

 

 目の前には変わらず、空の姿をしたノインツェーンが立っていた。

 

 甲の隣には真が心配そうな表情で立ち、その横ではクリスが厳しい眼でノインツェーンを睨みつけている。

 

『今ノ記憶ハ、『世界0』ト呼バレル世界ノモノ……ワタシハアノ世界デオ前ト戦イ、敗北シタ……今ノワタシハ、嘗テ存在シタ、ノインツェーンノ残滓ニ過ギナイ』

「……その残滓が、一体俺に何の用だってんだ? 違う世界で散々空を苦しめやがって、今更懺悔でもしようってのか?」

 

 甲は敵意を込めた視線で、ノインツェーンを睨みつけた。

 

 目の前の存在は灰色のクリスマスの元凶であるだけでなく、違う世界とはいえ空の身体を乗っ取り散々苦しめた。

 

 そんな相手に抱く情けなど、欠片も持ち合わせていない。

 

 ……もっとも、そんな事を言っても目の前の存在が理解を示すとは思っていなかったが……。

 

『……ザンゲ……ソウ、ナノカモシレナイ……ワタシハ、嘗テノワタシガ行ッタ事ヲ悔ヤンデイル……』

「……はぁ……?」

 

 ……だが、ノインツェーンから返って来た言葉は予想外のものだった。

 

 まさか、あのマッドサイエンティストから()()()()()()、などという言葉を聞くとは思ってもみなかったのだ。

 

『ワタシハ、コノ世界ガ醜イモノダト考エテイタ。ダカラコノ世界ヲ支配シテイル霊長ヲ滅ボシ、美シイ機械ダケガ残ル世界ニスル為ニ人類ヲ滅ボソウト考エタ……ダガ、アノ少女トオ前ノ感情ニ繰リ返シ触レタ事デ、ワタシノ本当ノ望ミヲ思イ出シタノダ』

「本当の望み……?」

『……ソウダ。ワタシハ、ワタシガ嘗テ消去シテシマッタ()()()()ヲ取リ戻シタカッタ……ソノ為ニ、ワタシハ接続者システムヲ通ジテ、人ノ感情ヲ理解シヨウトシタノダ。ワタシハソノ事ヲ、破壊サレル間際ニナッテ思イ出シタノダ』

 

 フィーア……ドイツ語で、()()()を意味する言葉。

 

 その言葉を聞いた瞬間、先ほどの記憶で見た空の言葉が蘇る。

 

 ──連結された脳の中で人間的な情感を司る部分……簡単に言えば、愛情に関連する部分は一つの──とある女の子の脳髄に集約されていた──

 

 ──最初は協調していた複合脳に、やがて対立と淘汰が発生した──

 

 ──そして淘汰の過程でノインツェーンは自らの手でその内なる女の子を潰しちゃったの──

 

 ──ノインツェーンは、自分の中の女の子に恋をしていたのにね──

 

 ──彼は昔繋がっていた少女の脳──感情を司る部位を取り戻したかったのよ──

 

 ノインツェーンの本当の目的は、自ら潰してしまった自分の一部でもあった少女を取り戻す事だった。

 

 あの世界で空を乗っ取ったのは、空をその少女の()()()にする為であったのだ。

 

 無論、その事をノインツェーン自身気付いてはいなかったのだが。

 

 本当の恋愛感情というものを理解出来なかった彼は、そうする事でしか自分の喪失感を埋める方法を知らなかった。

 

 それは、彼という存在の性質が生んだ悲劇だった。

 

 フィーア(4番目)というのは、ノインツェーン(19番目)の中に存在した少女の番号(名前)だったのだろう。

 

 だが無論、彼が成した所業は許されるものではない。

 

 同情出来る境遇だとしても、だからといって何をしてもいいというワケではない。

 

 倫理観など知ってはいても理解はしていなかった彼は、その事が分からなかったのだ。

 

『シカシ、本当ノ意味デフィーアヲ取リ戻ス事ハ出来ナカッタ……ダカラコソ、安ラカナ眠リコソガワタシノ救イダッタノダ……活動ハ、今ノワタシニトッテハ苦痛デシカナイノダカラ』

「そう、か……」

 

 矢張り、あの記憶の中で断末魔と共に聞いた声は、ノインツェーンを止めてくれた事に対する空の想いであると同時に、自分をようやく眠らせてくれた甲への()()()()()()()()()()()()()()()だったのだ。

 

 ノインツェーンはもう、生きる事に疲れていた。

 

 だからこそ、自分を破壊して(眠らせて)くれた甲に感謝の気持ちを抱いていたのだ。

 

『……ダガ、ワタシハ嘗テノワタシノ行イノ報イヲ受ケル事ニナッタ。世界0ノワタシガ死亡シタ事デ並行世界ノワタシノ自我ハ限リナク薄クナッタガ、バルドルシステムニワタシガ遺シタデータガアル以上数多ノ世界デワタシハ再ビ目覚メテシマッタ……ソシテ、()()X()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ノダ』

 

 その言葉と同時に、ノインツェーンからかつて別の世界でクリスの電子体を定められたプログラムに従い、浸蝕しようとするノインツェーンのデータに対し、それを真っ向から抗った(取り込んだ)クリスの想いが伝わって来た。

 

 ──貴方に教えてあげるわ、ノインツェーン……()()()()()()()()()よ。

 

 貴方には、他者を求める情熱が足りなかった。全て、私に任せなさい。貴方に、本当の()というものを教えてあげる──

 

 ──さあ、傅きなさいノインツェーン……っ! これが、本当の()というものよ……っ! 

 

()()()()()()()()()()()()()……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだから……! ──

 

 神子(クリス)の強烈な自我に世界0での敗北で自我薄弱状態に陥っていたノインツェーンは抵抗出来ず、遂にはクリスの良い様に扱われる傀儡と化してしまった。

 

 神子の語る強烈な()()()を否定する術を、恋愛に関して何も知り得ない彼は持たず、自分の正しさを証明出来ない為にクリスの人形という立場に甘んじる事となったのだ。

 

「チッ……あの女、本当に初心を忘れているのね。()()()()()()()()()()()だけれど、それでも超えてはいけない最低限のラインはあるというのに……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()で、他の人間を巻き込んだ時点でそれは()()()()()()()だっていうのに……」

 

 どうやら今の記憶を受け取ったのは甲だけではないらしく、クリスは舌打ちと共にそう吐き捨てていた。

 

()()()()()()()()()というのは確かにクリスの持論だが、それでもクリスは最低限()()()()()()()を自分に課し、自分の行動で生じた結果には全て自分が責任を持つ事を誓っていた。

 

 一見滅茶苦茶に見えた甲に対する逆レイプからの告白も、甲が本気で拒絶していれば甲の前から消えるか、自身の命を断つ事で責任を取る気でいたあたり、その矜持の強さが垣間見える。

 

『……ワタシハモウ、疲レタノダ……コノママアノ少女ヲ放置スレバ、ワタシハレヴィアタンノ制御ユニットノ一部トシテ、永遠ニ見タクモナイモノヲ直視シ続ケル事ニナル……ダカラコソ、オ前ニ頼ミタイ』

 

 そう語るノインツェーンからは、何処か倦怠感のようなものが感じ取れた。

 

 彼としては安らかに眠っていた所を再び叩き落され、そのまま監禁されて良い様に扱われたような感覚なのだろう。

 

 疲れ切った者が相対するには、神子の自我は苛烈に過ぎたのだ。

 

 そして、そんなノインツェーンが甲に頼みたい事があるという。

 

 ノインツェーンはしばしそのまま考え込むように黙り込み、やがて顔を上げるとじっと甲の眼を見つめ口を開いた。

 

『……ワタシト、戦ッテクレ。ワタシヲ終ラセル事ガ出来ルトスレバ、オ前以外有リ得ナイ……ワタシヲ、眠ラセテクレ』

 

 ノインツェーンはその言葉と同時に姿を変えて行き、鋼鉄の肉体へと変貌した。

 

 シュミクラムというには大き過ぎるそれはまるで人型の蠍のようで、相対するだけで凄まじいプレッシャーを与えて来る。

 

 だが、その機体から悪意は感じ取れない。

 

 その身体から漂って来るのは……戸惑うような感情と、煮え滾るような()()だった。

 

()()()()()()()()()()()という明確な闘志が、その機体からは伝わって来た。

 

 ノインツェーンは()()()()()と自らの死を望みながらも、()()()()()()()()()()()()()()()()()という無意識の闘志に目覚めていた。

 

 それは、紛れもない()()の発露……彼は既に、あの世界での戦いで自らの感情に目覚めていたのだ。

 

「そうか……」

 

 甲はすっと眼を閉じ、そのままシュミクラムへ移行する。

 

 それを見た真は加勢しようと自分も移行しようとするが、甲の心情を察したクリスがそれを止めた。

 

 この戦いは、甲一人がやらないと意味がない。

 

 甲と1対1で戦ってこそ、ノインツェーンの未練は正しく清算出来るのだから。

 

「望み通り、終わらせてやるよノインツェーン……もう二度と眠りから覚めないよう、此処で……決着を着けよう!」

『……イクゾ……カドクラ、コウ……ッ!』

 

 そして、甲とノインツェーンの機体が共に疾駆する。

 

 仮想の砂浜で、運命の再戦が幕を開けた。




 今回のシーンは、フォースの憐ルート終盤のゲンハ戦のオマージュとなります。あのシーンはフォースでも屈指の名シーンで、ゲンハが良キャラである証明でもありました。

 ノインツェーンはその出自故の悲劇を描写されながら、徹頭徹尾『倒すべき敵』として描かれました。唯一空だけはそんな彼に同情を向けていましたが、甲達からは一貫して『相容れない敵』として扱われました。

 この話はそんな彼になんらかの形で『救済』を齎そうと思い、このストーリーのプロットを思いついた段階で必ず入れると誓ったシーンの一つでもあります。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。