BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
神父を撃退した翌日、甲達は甲のプライベートスペースへと集っていた。
流石に
真は現在実体がなく、リアルで落ち合う事は出来ない。
故に、必然的に話をする場所は他の人間に聞かれる心配のないプライベートスペースとなったワケだ。
「さて、まずは俺と真ちゃんの現状から話しておくか」
甲は自分と真の事情────────アセンブラの流出によって空を失い、混乱のまま瓦礫の街を彷徨いそこでクリスに助けられた事を。
真は没入している最中にあの事件が起こり、気が付けば実体に戻れなくなっていた事等、一連の事情を話した。
流石に真が気に病んでいる
これは闇雲に人に教えていい内容ではないし、口に出せば真の心の傷を掘り返すだけなのだから。
「……へぇ、実体に戻れない、か……中々に、難儀な事になっているわね。普通なら、そんな事は有り得ない筈なのだけど……」
「ああ、だから俺は真ちゃんが実体に戻る方法はなんとしても見つけておきたい。現状だと、何も手掛かりがないのは悔しいけどな」
ともかく、と甲が告げる。
「俺と真ちゃんの境遇は今話した通りだ。だからクリス、今度はお前の話を聞かせてくれ」
一通り自分達の境遇を話し終えた甲は、取り敢えず神父と浅からぬ関係があるであろうクリスに話を振った。
今更、クリスが神父に寝返る等とは欠片も思っていない。
単純に、当面の敵であるグレゴリー神父の親類縁者であるクリスが持つ情報は、その内容次第ではあるがこれからの助けになるだろうという判断である。
そんな甲の思惑を察したのか、クリスは表情を曇らせながらもおずおずと口を開いた。
「……確かにグレゴリー神父は紛れもなく、私の祖父よ。けれど、恐らく期待に沿える程の情報は持っていないわ」
クリスは一度息を吐いて、話し始めた。
「……私は幼少期、教団の施設でいずれ教団幹部となるべく洗脳に近い教育を受けさせられていた。それは私だけではなく、同じような境遇の女の子達がたくさんいたのを覚えている。けれど、教団での日々はある日唐突に終わりを告げたわ。貴方のお父さん、門倉永二がお爺様を殺した事でね」
そのクリスの話を聞き、甲は眉根に皺を寄せて訝し気な表情を浮かべた。
「親父が、神父を殺した、か。確かに、傭兵である親父なら依頼さえ受ければドミニオンと戦ってもおかしくない。けど、あいつは実際に俺達の目の前に現れたぞ? シュミクラム戦闘までした相手が、まさか亡霊だとでも言うつもりか?」
「私も今だって信じられないわよ。でも、あれは確かにお爺様だった。電子体の偽造が不可能なのは知っているでしょう? どういう理屈か分からないけれど、お爺様は確かに生きていた────────これは、覆しようのない事実だわ」
死んでいた筈の人物が、ある日突然目の前に現れて襲って来る……まるで、B級パニックホラーの映画の世界だ。
だが、クリスが嘘をついているとは思えないし、あの神父が幻の類とも思えない。
何がなんだか、分からなくなって来た。
「……私、あの人の気配には覚えがあります。久利原先生が発作に苦しんでいた時、あの神父さんとよく似た気配が先生から漂って来たんです」
「え……?」
……だが、不意に口を挟んで来た真の言葉に甲は思わず硬直する。まさか、此処でその名前が出て来るとは思いもしなかったのだ。
久利原直樹、アセンブラの開発者で灰色のクリスマス以降はドレクスラー機関と共に行方を晦ましている人物であり────────甲達の、恩師でもあった人間だ。
正直、今でも彼があの惨劇を引き起こしたとは信じ難いと考えていたが────────その彼が、あの神父と関わりがあると真は言ったのだ。
「先生は、自分が自分でなくなる、といった恐怖に苛まれていました。先生がバルドルに接続したあの日から、先生は徐々におかしくなって行ったんです。その時先生の身体から感じるおぞましい気配が、あの神父の気配とそっくりだったんです」
「────────待ちなさい。今、久利原直樹がバルドルに接続した、と聞こえたのだけど……それは、真実かしら?」
真の言葉を聞き、クリスは険しい表情で問い質す。
正直言うか否かは迷ったが、此処まで来た以上もう、覚悟を決めて腹を割って話す以外の選択肢などない。
甲は事情を話す事を決め、ゆっくりと、口を開いた。
「……ああ、本当だ。先生はアセンブラを完成させる為、亜季姉が渡したツールを使ってバルドルシステムに接続した。確かに、先生の発作が起きていたのはその件以降みたいだが……」
クリスは甲の話を聞き、険しい顔で頷いた。
「そう。となると────────真さんの言葉も、あながち、間違ってはいないのかもしれないわ」
「ちょっと待て、本当にあの神父と久利原先生に何か関係があるって言うのか……っ!?」
クリスの言葉に、甲は思わずそう返した。
確かに先生の発作については以前から気になっていたが、だからといってカルト教団の教祖と繋がりがあるなど到底信じられる話ではない。
だが、クリスに冗談を言っている気配はなかった。少なくとも、クリス本人はある程度本気でそう言っているのだ。
「逆に聞くけど、貴方の恩師だった久利原直樹はあんな惨劇を引き起こすような人物だったのかしら?」
クリスは甲の目を見て、告げる。
「……確かに、結果としてあの惨劇は起きてしまった。けれど、貴方が見た久利原直樹という人間は、本当にあんな事を望んでいたと、心から思っているのかしら?」
「それ、は……」
そう、行方を晦ましている久利原が疑わしいのは事実だが、甲自身彼を追おうと考えている理由の中には、彼の身の潔白を証明したい、という思いも少なからずあるのは確かなのだ。
あの優しかった先生が、あんな惨劇を引き起こしたなんて信じたくはない────────その想いが、どうしても拭い切れなかった。
少なくとも、甲の知る久利原直樹という人間は、心優しい人格者だったのだから。
そんな甲の反応で答えを察したのか、クリスは話を再開した。
「もし本当に人格者だった久利原直樹があの惨劇を引き起こしたのだとしたら、その
「何者かって、一体────────久利原先生は、脅迫されてあんな事をやったって言うのか?」
甲が尋ねると、クリスは少し思案して答える。
「……脅迫、というのは少し違うと思うわ。一番近いのは、憑依────────もしくは、洗脳かしら。少なくとも一度、久利原直樹はパンドラの箱を開けている。恐らくその時に、箱の中に残されていた絶望の種は彼の中に埋め込まれたのよ」
パンドラの箱。
クリスがそう表現したのは、間違いなくバルドルシステムの事だ。
バルドルシステムは統合政府が開発した、無限のライブラリとデバイスを持つ自立成長型推論ネットワークである。
複数台再生産されたもののうちの一つが、清城市のミッド・スパイアに存在する。
久利原が接続したのは、このミッド・スパイアのバルドルだ。
「……じゃあ、バルドルに洗脳されたとでも言うのかよ? あれは、
「……それについては、心当たりがあるわ。ねぇ、貴方────────ノインツェーンの死因を、知っていて?」
────────ノインツェーン、現代でその名を知らない者はまずいないだろう。
数々の発明を行い統合に貢献して来た彼であるが、晩年には非合法な研究が発覚し、バルドルに脳を繋いで自殺したと言われている。
甲がそんな教養としての知識を話すと、クリスは頷いた。
「……私、お爺様が何を考えていたのかどうしても知りたくて、色々調べていたのよ。そうしたら、お爺様が教団の教主となる以前にノインツェーンと会った事があるらしい事が分かったのよ」
「なんだって…………? じゃあ、神父はノインツェーンの手先だとでも?」
クリスは、こくりと頷いた。
「恐らく、間違いないわ。手記には、ノインツェーンを『神』と呼んで称える文章がズラリと並んでいたもの。要するに、お爺様にとっての『神』はノインツェーンそのものだった、という事ね。
そして、とクリスは告げる。
「手記には、バルドルに
クリスの推測は想像の斜め上をかっとんでいるが、実際に
しかも、真もクリスの話を聞いてしきりに頷いており、此処で反論しても碌な結果にはならない。
経過はどうあれ二人に手を出してしまった身の上である以上、甲の発言権は一番下である事に変わりはないのだから。
「信じ難いならそれでもいいわ。お爺様を捕まえて、
「!」
戦場、という言葉に甲がハッと目を見開いた。その様子を見て、クリスははぁ、と溜め息を吐いた。
「……あのね、貴方の考えてる事なんて察しはついてるのよ。大方、あの惨劇の真実を知りたいから、ドレクスラー機関を、久利原直樹を追う、とでも考えていたんでしょう?」
そして、とクリスは続ける。
「何のコネもない私達が目的を為すには、傭兵になるしかない。だから、どうやって私達を引き離すか頭を悩ませていたんでしょうけれど……違うかしら?」
「……参ったな、全部お見通しかよ……」
甲はクリスの鋭い指摘に抵抗を諦め、白旗をあげた。
甲が自分達を置いて一人で傭兵になる決意を固めていた事を知り、真がジト目で甲を睨みつけて来る。
「……甲先輩、私とずっと一緒にいるって言葉は……嘘、だったんですか?」
「いや、けど真ちゃんやクリスを危険に晒すワケにはいかないし……真ちゃんは、アークに預けようと思っていたんだけど……」
「先輩、私が実体に戻れない事を忘れましたか? 私だって、今の状態が単なる脳内チップのバグだとかそんな楽天的な事は考えてません」
真は真剣な目で、告げる。
「……私はあの日、清城市の病院にいました。なのに私の電子体が消滅してないって事は、誰かが私の実体を病院から運び出したって事です」
けれど、と真は告げる。
「病院関係者が何処かに実体を移したなら、実体に戻れない状態になる、っていうのは考え辛いです……だから多分、私の実体は攫われたんでしょう」
真は何処か沈鬱な表情で、そう言い切った。
自分の実体が、顔も名前も知らない誰かに攫われている……それは、紛れもない恐怖だろう。
事実、真の身体は恐れで小刻みに震えていた。
だが、真はその震えを意志の力で抑え込み、続けて口を開いた。
「実体を攫ったって事は、当然電子体も確保しようとする筈です……だから、何をしたって私には危険が付き纏うんです」
だから、と真は告げる。
「そんな状態でアークが私を保護しようとすれば、叔母さん達に迷惑がかかります。だったら、先輩と一緒に戦うのが一番安全です。大丈夫です、先輩……私が強い事は、知っていますよね」
「……ああ、まさかあの白い機体の正体が真ちゃんだとは思いもしなかったよ……降参だ、真ちゃん。約束通り、何処までも一緒にいてやるからな」
「はいっ、先輩……っ!」
真は感極まって甲に抱き着き、ぎゅっと腕に力を込めた。その一部始終を見ていたクリスは鋭い目つきを甲に向け、眉を潜めた。
「……目の前でイチャつかれるのは、流石にイライラするわ。後で埋め合わせはたっぷりとして貰うから、覚悟しなさい」
「……あ、ああ……」
「言質は取ったわよ。それと、私から逃げられると思わない事ね。もし貴方が私を置いていくような事があれば、私との濡れ場を録画した画像をネットにバラまくわ。自分はともかく、私を晒しものにするのは本意じゃないでしょう?」
妖しく笑うクリスは、あろう事か自分自身を人質にした脅迫を笑顔で仕掛けて来た。
冗談では、断じてない。
クリスは、本気だ。
甲が此処で拒否をするならば、自分の人生を台無しにしかねない行為を平然と実行に移す気でいる。
常識が吹っ飛んでいるにも程があるが、こんな事をされて根が善人である甲に抵抗など出来るワケがなかった。
「全く、仕方ないな。後で文句を言っても、遅いぜ」
「文句なんて、あるワケないじゃない。それに貴方一人じゃ危なっかしいし、フォローは任せておきなさい。私は、役に立つわよ」
「ああ、頼りにしてるよ。クリス」
甲は観念し、クリスの申し出を受け入れた。真はそんな二人を見ながら、険しい表情でクリスを睨みつけている。
「クリスさん、貴方の事を許容したのは先輩の役に立つという言葉を信じたからです。正直、リアルに直接関われない私だけでは不安だったのは事実です」
そこまで言うと、真は溜め息を吐いた。
「……だから戦力になるという言葉を信じて、貴方との取引に応じたんです。けど、初めに言っておきます。
「ふふ、分かってるわ。少なくとも、勝手に籍を入れたりなんて無粋な真似はしないつもりよ。第一夫人の座を懸けた勝負は、貴方の実体を取り戻してからね」
真の敵意満載の言葉にも臆さず、クリスは挑発的な笑みを浮かべてそう答えた。
過程はどうあれ二人に手を出してしまった以上甲にこの問題での発言権はないに等しく、黙って嵐が過ぎ去るのを待つ他ない。
たとえ口を出したとしても、言い負かされるのは目に見えているのだから。
「……しかし、話を聞く限りお爺様は貴方を勧誘に来たのよね? いえ、シュミクラムを倒して電子体を捕獲しようとしていたんだから、誘拐に来た、といった方が正しいかしら」
「ああ、神に選ばれただのなんだの、ワケの分からない事を口走ってたよ。全く、俺に狂信者の知り合いなんていなかった筈なんだけどな……」
甲は全く身に覚えのない神父からの執着に、正直辟易としていた。
神父が久利原直樹と繋がりがあるかもしれないという可能性を知った今となっては神父を放置出来る筈もないが、得体のしれない連中に狙われていると思うと頭が痛くなりそうだった。
「神に選ばれた、ね。他には何か言っていなかった?」
「確か────────神子から神託を授かったとか、どうとか。クリス、ドミニオンには『神子』なんて存在がいたのか?」
クリスは甲の問いに、首を横に振って応えた。
「いいえ、私の知る限りそんなものはいない筈よ。けれど、妙ね────────今のドミニオンの教義は、元からあった教義にお爺様が独自の解釈を加えたもの。つまり、神の言葉とやらを伝えるのはお爺様の役目だった筈なのよ」
でも、とクリスは告げる。
「その言い方じゃ、お爺様に何らかの
────────ふむ、しかし私も此処で引き下がるワケにはいかないのだよ……今の私は、我らが
甲の脳裏に、あの時の神父の言葉がフラッシュバックする。
確かに、神父の言葉を思い返せば、あの台詞は
神の名前を出して来た時点で狂信者にありがちな妄言だと思ってあの場では気にもしていなかったが、神父を顎で使える存在が本当にいるのだとすれば────────今のドミニオンは、神父より上に更なる統治者がいる事になる。
その『神子』なる存在が何者かは分からないが、カルト教団に関わっている以上碌な奴でないのは間違いあるまい。
「次から次へと、頭が痛くなるな。けど、やる事は変わりない、か」
「ええ、きっとドミニオンを追う事とドレクスラー機関を追う事は恐らく同義よ。けれどまずは、傭兵にならなきゃ話にならないわ。傭兵訓練所の場所は調べたわ。すぐに申し込みを済ませてしまいましょう」
思った以上に手際の良いクリスに感謝しつつ、甲は頷いた。やるべき事が定まった以上、立ち止まってはいられないのだから。
「ああ、そうだな。これからよろしく頼む。真ちゃん、クリス」
「はい、先輩!」
「ええ、勿論よ」
甲の言葉に二人は笑顔で頷き、甲はその返事に頼もしさを感じ、思わず笑みを漏らした。
こうして、灰色のクリスマスを生き延びた3人は、茨の道へとその足を踏み入れた。その先に待つものを、知る由もなく。
~Page1~灰色のクリスマスーRe-start of Catastrophe Daysー/End
各話のタイトルの横にある英字はルビだと思って貰えば結構です。それぞれ、ある程度話の内容を暗喩するようになっていたり伏線になっていたりします。
例えば2話の『深愛ーTrue loveー』はTrue→真実→真ちゃん、つまり真の愛ともかけています。漢字も深愛→真愛→真の愛となってたりします。
タイトルを見て、色々考えてみるのも面白いかもしれません。尚、文法より見栄えを優先しているので、色々おかしなタイトルもあったりします。