BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「……ノインツェーン……」
甲は地面を覆い尽くす爆発が収まった後、上空から降下して通常の電子体に戻り、ノインツェーンの残骸に目を向けた。
無数の爆発に巻き込まれた事でノインツェーンの機体は粉々に砕け散り、機体のあった場所には奇妙な機械が転がっていた。
……それは歩行する脳髄とも言うべき代物で、ガラスケースに入ったピンク色の肉塊に機械の手足とカメラアイが付随していた。
しかし、爆発の衝撃で機械脚は悉く折れ曲がり、ガラスケースは破損して脳漿が飛び散っている。
恐らく、これこそがノインツェーンの
『……ァア、
「……少なくとも、普通の姿ではないかな。醜いと言うより、奇妙って感じだ。けど俺は、全力で戦い抜いた相手を乏しめる事はしたくない……お前は、俺が全霊で当たるに相応しい強敵だったよ」
甲の返答に、ノインツェーンはしばし沈黙し、自問するように呟いた。
『……ソウ、カ……負ケテ、悔シイ筈ナノニ……オ……前ニ、ソウ言ワレルト……
ノイズ交じりの機械音声で話すノインツェーンの声は、何処か達観の混じった、不思議と安らいだもののように聞こえた。
結果はどうあれ、内心で甲との戦いを熱望していたノインツェーンは全力を以て甲に挑み、敗北した。
その事が、彼に一種の
人の感情というものを真の意味で理解していなかった彼にとって、その感覚は未知のものであり戸惑ってもいるのだ。
また、彼自身自覚してはいないが、機体を破壊された後、空の姿を模倣する事を止めたのは中身が彼とはいえ死にかけの空の姿を甲に見せたくはないという配慮だろう。
彼なりにかつての自分の所業を後悔している節がある為、無意識に行った罪滅ぼしのつもりなのかもしれなかった。
『……コレデヨウヤク、眠ル事ガ出来ル……ワタシノ意識ハ、レヴィアタンノ制御中枢ノ防衛機構ノ一部トナッテイタ。ワタシガ機能停止スレバ、防衛機構モ停止スル……ソウナルヨウニ、予メプログラムヲ書キ換エテオイタノダカラ』
「……そうか。ありがとう。必ず、
甲の言葉を聞いたノインツェーンからは、苦笑するような気配を感じた。
甲を頼もしく思ったのか、それとも予想通りの返答だった為かは分からないが。
『……頼ム。ワタシノ消滅ト同時ニ、死者達ヲ此処ニ縛リ付ケル
そう告げるノインツェーンの声は徐々に小さくなって行き、甲はその異形の機械から、安らいだように大きく息を吐いたような気配を感じ取った。
『……アァ、眠イ……ヤット、眠レルノダナ……アリガ、トウ……カドクラ、コウ……』
──そして、その言葉を最後にノインツェーンは沈黙し、真の意味でノインツェーンは死亡した。
甲はその姿にしばし黙祷を捧げ、自分のジャケットをその遺骸の上に被せた。
……その直後、何処からともなく……声が、聞こえた気がした。
──ああ、フィーア……そんな所に、いたのか。やっと、君に会えた……行こう、フィーア……何処までも、一緒に……──
──……おかえり、ノインツェーン……──
甲は赤い海の向こうに、手を繋いで歩いて行く幼い少年と少女の姿を幻視した。
瞬きした次の瞬間にはその姿は消えており、眼の錯覚だったのかとも思ったが……気付けば、ノインツェーンの遺骸は甲の被せたジャケットと共に消えていた。
ノインツェーンが死の間際、本当に求めていた少女と再会出来たのかは分からない。
だが甲の瞼の裏には、笑顔で笑い合う二人の姿が焼き付いている。
願わくば、彼が安らぎと共に逝ったのだと信じたかった。
「……行きましょう、甲。あの中に、制御中枢があるわ」
「……ああ。あいつの最期の願いだ。叶えて、やらなくちゃな」
ノインツェーンの眠りを二度と覚まさない為にも、必ずレヴィアタンは止めなければならない。
甲はもう一度ノインツェーンがいた場所を見据え、クリスと真を伴って奥の施設へと歩んで行った。
『……本当に、何もないですね……てっきり、山ほど妨害があるかと思っていたんですが……』
甲達は施設の中に移行して侵入し、奥へ向かって疾駆していたのだが……驚く程に、妨害がない。
防衛用のウイルスらしき姿はあるのだが、皆一様に機能を停止させている。
まるでそれは、ノインツェーンの眠りにウイルス達が引きずられているかのようだった。
「ノインツェーンが言ってただろ、
『今世紀最大のマッドサイエンティストでしたものね。本質が子供そのものとはいえ、その叡智は本物だもの……だからこそ、此処まで事態が拗れたんでしょうけど』
クリスの声からは、ノインツェーンに対する複雑な感情が垣間見える。
彼女にとってノインツェーンは
しかし、甲との正真正銘の一騎打ちを経た今となっては、彼を乏しめる事は、彼を正面から受け止めた甲を乏しめる事と同義だと理解したのだろう。
言動は攻撃的だが本質的には奉仕体質であるクリスにとって、甲の決意は可能な限り尊重するべきものだ。
故に、これ以上の口出しは感情で納得出来なくとも控えているのだろう。
彼女は必要とあれば倫理を無視する事も辞さないが、それでも甲を第一とする事は、クリスにとって当然の事なのだから。
ともかく、膨大な数の防衛用ウイルスの姿を見る限り防衛機構が停止している事は本当にありがたかった。
もしもノインツェーンがこれらを停止させてくれていなければ、辿り着くまでに相当の時間がかかっていた筈なのだから。
『見えました……っ! あそこが、制御中枢です……っ!』
真の言葉に目を向ければ、前方に巨大な扉が見える。
軽く調べれば扉のロックは既に解除されている様子で、罠の類も仕掛けられていない。
「よし、突入するぞ」
『『
甲の言葉に二人が即応し、3人は扉を潜り中へと入り込んだ。
……そして、目の前の光景に言葉を失う事になる。
「これが……」
『……レヴィアタンの、制御中枢……』
──それはまるで、生物の心臓そのものだった。
無数のパイプに繋がれた脈打つ緑色の巨大な肉塊の中に、戦艦のような大型の機械が埋め込まれている。
恐らく、あの肉塊に取り込まれている存在こそ……接続者システムを利用した兵器、トランキライザーなのだろう。
レヴィアタンは、トランキライザーを
その
『……どうやらこの制御中枢には自衛機能も備わっていたみたいですが、クリスさんや私がやった妨害の影響を受けて一時的に
『逆に言えば、今を置いてチャンスはないって事ね。あの女が制御を取り戻す前に、さっさとやってしまいましょう』
そう告げるとクリスは一歩下がり、真が自然と甲と寄り添うように制御中枢の前に立つ。
真の機体の腕には、鏃の形をしたプログラムが実体化されていた。
「それが、あの鍵となる言葉で手にした
『はい、先輩が伝えてくれたアドレスを検索した結果、私の脳内チップから発見出来ました。やっぱり、此処に来て正解でしたね。私と先輩が揃わなきゃ、これは手に出来なかったんですから』
「そうだね……二人の勇気には、ほとほと頭が下がる思いだよ」
真の言うように、真とクリスがわざと自殺して自らレヴィアタンに取り込まれるという暴挙をしでかさなければ、このプログラムを手に入れる事は出来なかったに違いない。
彼女達の英断が、この希望に辿り着いたのだ。
『……アァ、甲……止めて……そんなものを、私に使わないで……』
──不意に、不快なノイズ交じりの声が甲達の耳に聞こえて来た。
それと同時に肉塊の中にクリスの顔が浮かび上がり、嘆願するような声で語り掛けて来る。
肉塊が蠢き甲達に触手を伸ばそうとしているが、何かに絡め取られているかのようにその動きは抑え込まれている。
恐らくノインツェーンが残した、最後の抵抗だろう。
ノインツェーンは果てる前に、万が一制御中枢の自己防衛機能が動き出した時に備えて保険をかけていたのだ。
元々、接続者システムを創り上げたのはノインツェーンである。
その動きを一時的に止める干渉であれば、残された力でも可能だったのだろう。
今の
『私は、貴方を求めただけ……それの、何が悪いの……? 愛の前には、全てが許容されるのよ……? なんでそいつだけが貴方の愛を得られて、私はダメなのよ……っ!? なんで、どうして、どうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうしてどうして……っ!? 何で、そいつだけがぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?』
繰り返し
無意識のクリスに、
ただ甲を求める本能のまま、自分の
甲はその姿に居た堪れなくなり、対してクリスは侮蔑を込めた視線で
『どうして……? そんなもの、
『何を、何を言っている……っ!? お前なんか、お前なんかにぃ……っ! 甲に愛されて幸せでいるお前なんかに、私の何が分かると言うの……っ!? お前も私も六条クリスなのに、なんで、なんでお前だけがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ! 許さない殺してやる呪ってやる潰してやる四肢を千切って首を絞めて股を裂いて眼を抉って鼻を潰して腸をブチ撒けて……っ! 死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね、死ね……っ! お前なんか、死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……っ!』
だが、クリスはチェーンソーブレードを一閃し、襲い来る触手を一息で切り払った。
『がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!?』
『ふん、そんな自棄糞の攻撃でやられる程馬鹿じゃないわ。さっさとやりなさい、二人共……いい加減、あの女を夢から覚まさせてやりなさい』
クリスは痛みに絶叫するレヴィアタンを見据えながら、甲達にそう告げた。
今のレヴィアタンは無理に拘束を振り切って動いた為か、碌な抵抗を行えない状態にある。
今を置いて、他にチャンスはないだろう。
「……ああ。行くぞ、真ちゃん」
『……はい、先輩』
そして、甲と真は二人で鏃を持って巨大な肉塊に深々とその鏃を突き刺し……
──BALDR SKY──
『がっ……っ!? ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!? 私の、ワタシノカラダガ、崩レテイク……ッ!? ナンデ、ナンデナンデナンデェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェェ……ッ!?』
──次の瞬間、レヴィアタンの絶叫と共に
甲はテクスチャが剥がれ崩れ行く夢の世界を眼に焼き付けながら、徐々に意識が白く染まって行った。
~Page9~レヴィアタンーDream Worldー/End
ノインツェーンの最期は綺麗なものにしようと、頑張って描写しました。人工知能の最期というのは、何故か人の心を打ちます。ネウロの電人HALの最期も、綺麗なものでしたしね。
次から待ちに待った最終節の開始です。では最終節、『パラダイムシフトーThe Last Warsー』をお楽しみに。
最終節では、タイトル英題がその話でかかるBGMとなっています。
BGMをかけながら読むと、より楽しめるかもです。