BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
再生ーParadigm Shift Ⅰー
──……て……さい……──
甲の耳に、誰かの声が聞こえる。
その声は何処か棒読み気味ながらも、何処か切迫した想いを感じさせる声だった。
甲はぼんやりとした頭でその声を聞き、既視感のようなものを覚えた。
──起きて下さい、門倉甲さん……レヴィアタンを止められるのは、貴方しかいません……──
「……っ!? レヴィアタンだって……っ!?」
甲は無視出来ない言葉を聞いた事で頭が冴え渡り、夢現の状態から一気に覚醒した。
周囲を見回せば、紅い大洋が見える。
この場所は、甲達がレヴィアタンに取り込まれた無意識の海岸に間違いない。
そして、眼の前には見覚えのある白い女性の銅像の投影画像が浮かんでいる。
その姿は紛れもなく────────星修学園で甲達が教わっていたAI、マザーだった。
マザーは灰色のクリスマスの時に壊れた筈であり、最早存在しない筈なのだが……。
「貴方は、マザー……?」
『いいえ、私はマザーではありません。コンタクトのために『マザー』の形状を借用しています。私は、イヴ管理下の交渉用半独立志向端末です』
「イヴ……? アーク社の特級AIが、何で俺なんかに……」
甲は目の前の存在がアーク社の保有する特級AI、イヴの一部だと知らされ疑問符を浮かべた。
無関心・無介入が原則であるAIが、わざわざ端末を用意してまで甲に接触して来た意味が分からなかったのだ。
『我々はあの巨体オブジェクト、固有名『レヴィアタン』を放置不可能な脅威存在……即ち『敵』であると判断し、『敵』を排除する為に最も適切な存在として貴方を支援する決定を下しました。こちらの映像を見て下さい』
イヴはそう告げると、空中にスクリーンを展開し映像を映し出す。
そして、その映像の中では表面の至る所からまるで大量出血したかのように粘液を垂れ流し、苦しみのあまりのたうち回っているかのように動くレヴィアタンが映し出されていた。
映像の中のレヴィアタンはまるで飢餓状態であるかのように貪欲に周囲の構造物を分解し、体内に取り込んでいた。
だが、流れ出る粘液の勢いは止まる様子を見せない。そして徐々に、そのサイズが縮小しているようにも見える。
『レヴィアタンは内側から打ち込まれたプログラムにより、その存在を構成する極小の構造物群の統合を維持出来ず、自壊し続けています。故にトランキライザーから取り込んだAI抑圧能力を用いて、周囲の構造物を取り込み損傷を補っている状態です』
ですが、とイヴは続ける。
『アーク構造体はレヴィアタンによって破壊し尽くされていた為、取り込む構造物が足りずに構造物を求めて現在は構造体の外へ向かっている状態です』
「……成る程、此処に侵攻する時に主砲を撃ちまくったツケが回って来たワケか……」
甲の言う通り、神子はアーク構造体を襲撃する際、繰り返しレヴィアタンの主砲を撃ち放ち構造体を破壊し尽くしていた。
当時の神子からすれば目的の無意識の海にさえ到達出来ればアーク構造体がどうなろうと関係なかったのだろうが、その判断が今になって裏目に出たのだ。
犠牲を顧みない神子の性質が、逆に自分自身を追い込む結果となったのである。
『しかし、構造体の外に逃亡された場合……周囲の構造物を大量に取り込む事で、自壊により失われた負荷発生能力を取り戻す可能性があります。そうなった場合、レヴィアタンは際限なく構造物を吸収して容量を拡大させ続け……やがては仮想空間に存在するものは全て、レヴィアタンに取り込まれる事になるでしょう』
「……つまり、構造体の外に出られる前に決着を着けろって事か……」
甲の言葉に、イヴは肯定の意を示した。
『はい。構造体内部に展開されていたウイルス、固有名『タラスク』はレヴィアタンの自壊開始と同時に全て自壊しましたが、量産された機体………………固有名『パプティゼイン』は、健在です。性能は大幅に弱体化していますが、レヴィアタンの進路を防衛する為に構造体内部に大量に展開されています』
タラスクは小型のレヴィアタンと言える存在であり、その構成データにはレヴィアタンと同じアセンブラの構造式が使われている。
そして、タラスクの制御もレヴィアタンが行っていた為、甲達が撃ち込んだプログラムがその
だが、量産された神父の機体はあくまで信者を無理やり改造したものである為、プログラムの影響を受けずに残ってしまっているのだ。
『警告。敵機接近。数は10』
「……っ!? 早速来やがったか……っ!」
機械音声に反応して前方に目を向ければ、10体ものパプティゼインカメラアイを血走らせるかのように光らせてこちらに迫って来ている。
その姿はまるで、獲物に殺到する蝗のようだった。
量産型パプティゼインは以前のパプティゼインより弱体化しているが、一人で殲滅するには時間がかかる。
しかし、四の五を言っている場合ではない。
甲は覚悟を決めてシュミクラムに移行し、戦闘態勢を取った。
『先輩の──』
『──邪魔はさせない……っ!』
──だが、甲が動くより先に事態は推移する。
後方からレーザーと回転刃が飛来し、それによって2体のパプティゼインが撃破される。
続けて追撃のレーザーとチェーンソーブレードの一閃により、更に2体のパプティゼインが破壊された。
そして、甲の隣にその攻撃を行った二機のシュミクラムが降り立った。
「クリス、真ちゃん……っ! お前等も戻って来れたんだな……っ!」
甲は隣に降り立った二つのシュミクラム、
上手く行くと信じていないワケではなかったが、どうやら二人共無事に現実世界に戻って来れたらしい。
表情画面が展開され、真とクリスが不敵な笑みを浮かべている。
『ええ、先輩が出て来れたのに私達が置いてきぼりになるなんて許すワケないじゃないですか。先輩の敵は、私達の敵です』
『既に本体に致命打は撃ち込んだんだもの。後は無様に逃げるあの女に、トドメを刺してやるだけよ』
二人共迷いない表情でそう告げ、好戦的な笑みを浮かべる。
今まで散々好き放題にやられた分、相当な鬱憤が溜まっているのだろう。
クリスは元からだが、真も普段隠している黒い部分を全開にしている。
甲はその様子を見て苦笑しながら、6体に減ったパプティゼインに向き直った。
「じゃあ、こんな雑魚はさっさと突破しないとな。行くぞ、二人共……っ!」
『『
甲の号令と共に二人が動き出し、真はレーザービットを、クリスは回転刃を射出し、六機のパプティゼインの囲むように武装を展開する。
パプティゼインは乱舞するレーザーと回転刃の嵐に身動きが取れず、一ヵ所に固まってしまっている。
『「砕け散れ……っ!」』
──そして、追い込んだパプティゼイン目掛けて甲のサテライトレーザーと真の光学兵器の集中砲火が炸裂する。
6体のパプティゼインは無数の光学兵器の照射により、跡形もなく爆散。
これで、この場に現れたパプティゼインの撃滅は完了した。
『さあ、邪魔者は消えたわ。さっさと先に進みましょう』
「ああ、早くレヴィアタンを追いかけるぞ……っ! イヴ、サポートは任せていいんだな……!?」
甲の言葉に、虚像のイヴは投影した虚像をコクリと頷かせた。
『はい、貴方達はレヴィアタンの追跡に全力を注いで下さい。我々は全面的に、貴方方をサポートします』
「そりゃ頼もしいや……! 頼んだぞ、イヴ……!」
『
イヴは甲達の掛け声を、感情のない声で真似しながらそう答えた。
冗談を言ったとも取れるイヴの言葉に思わず苦笑しつつ、甲達はイヴから送られた情報を頼りにシュミクラムを疾駆させる。
やがて地面が砂地から鋼鉄の床に切り替わり、開いたままのアイリス・バルブが見えた。
そしてそのアイリス・バルブを抜けると、そこには20体を超えるパプティゼインが待ち構えていた。
パプティゼインの軍勢は甲達に気付くと、一斉にチェーンソーを振り上げてみせる。
「チッ……! 分かっちゃいたが数が多い……っ! イヴ、何か手はないか……っ!?」
流石に20体となれば、甲達3人でも殲滅には手間がかかる。
だがイヴはそんな甲に対し、思いもよらぬ言葉をかけた。
『問題ありません。そこを動かないで下さい』
「……? それは、どういう……?」
甲はイヴの言葉に疑問を覚え、警戒しつつもこちらに迫るパプティゼインの群れを見据える。
────────すると次の瞬間、地面が爆発し数体のパプティゼインが吹き飛ばされた。
「な……っ!?」
『──何をしている門倉甲。こんな所で足踏みする自由など、貴様には一切無いと思え』
──そして、欠片も予想しなかった声をかけられ甲が振り向く。
そこには、毒々しい紫色のスリムな形状のシュミクラム、
即座に表情画面が展開され、仏頂面のジルベルトの顔が映し出される。
「ジルベルト……っ!? 何でお前が……っ!? 死んだ筈じゃ、なかったのか……っ!?」
『……フン、確かに俺様は死んだ。実体はあの女に消し去られ、電子体もレヴィアタンに取り込まれてな。だが、あの中で貴様を叩き起こした後────────気付けば、此処に立っていた』
ジルベルトはそう告げるとギリ、と歯を食い縛った。
『大方、貴様等の脱出に巻き込まれたのだろう。忌々しい、
ジルベルトは吐き捨てるようにそう言うが、少なくとも今甲達とやり合う気はないようでその敵意は甲には向いていない。
むしろ、甲達と対峙するパプティゼインの方にこそ、憎々し気な眼を向けていた。
その姿を見て、不意に甲の脳裏にノインツェーンが遺した言葉が蘇る。
──ワタシノ消滅ト同時ニ、死者達ヲ此処ニ縛リ付ケル
楔を外したと、ノインツェーンは、確かにそう言った。
恐らく言葉通り、彼が死者達をレヴィアタンに縛っていた
イヴに眼を向けると、イヴはAI嫌いのジルベルトに配慮してか直接通話を用いて応答した。
『レヴィアタンから流出した情報を元に、何名かの電子体を再構成しました。たとえ既に実体がない者であろうとも、情報媒体であるレヴィアタンが存在する間に限り活動する事が可能です。勿論、その事に
要するに、イヴはレヴィアタンから解放された死者の情報をサルベージし、電子体として復活させたのだ。
やっている事はレヴィアタンと同じだが、イヴはきちんと
つまり、蘇ってでも甲達に協力する気のある者だけがこうして復活しているという事になる。
しかし、その一人としてあのジルベルトがいるとは甲も予想すらしていなかった。
散々甲を付け狙ったジルベルトが、今更甲に協力するなど青天の霹靂にも程がある。
そんな甲の疑問を察したのか、ジルベルトは甲の前に立ち苛立たしげに口を開いた。
『貴様は確かに憎い。なんとしてでも殺してやりたい……殺してやりたいが……今となっては、貴様の優先順位は
ジルベルトは怒りでわなわなと拳を震わせ、感情の侭に叫ぶ。
『電子体が残っていても、俺様の至高の肉体が無いのであればそれは死んでいるのと同じなのだ……っ! 許さん、許さんぞ六条クリス……っ! 俺様の、俺様の最高の肉体を損なわせた罪は断じて許し難い……っ! 故に今は何に置いても、あの女を見返さなければ気が済まんのだ……っ!』
ジルベルトは有りっ丈の憎悪を言葉に乗せ、大袈裟に両手を広げてそう叫んだ。
その言葉に、憎悪に、嘘はないように思える。
もし此処で彼が『改心した』などと言ってくればまず信じられなかったが、単純に今のジルベルトは
決して改心しているワケではなく、甲への確執も消えていない。
単に、明確な攻撃目標の
『故に今は、屈辱を甘んじて貴様を援護してやる……っ! グズグズするな門倉甲……っ! こんな死霊共に構う暇など、今の貴様にはない筈だ……っ! さっさと行け門倉甲……っ! 貴様と並んで戦うなど、死んでもお断りだ……っ!』
ジルベルトはそう叫び、甲を憎々し気に睨みつけて来る。
共闘する者の態度ではないが、少なくともこの場は彼が引き受けてくれるようだ。
「行くぞ、二人共……! ジルベルト、此処は任せたぜ……っ!」
『フン、戯れ言をほざくな劣等種が……っ! 貴様の心配など、虫唾が奔るわ……っ!』
甲はそう吐き捨てるジルベルトを一瞥し、クリスと真を伴って構造体を進んで行った。
それを見届けたジルベルトは腕の鞭を唸らせながら、凶悪な笑みを浮かべた。
『……ハッ、俺も焼きが回ったな。まさかこの俺様が、あの門倉甲の為に時間稼ぎを引き受けるとは────────まったく、こんな形で、あの時の
ジルベルトの脳裏には、灰色のクリスマスの直後────────暴漢に襲われた彼が、甲に助けられた時の情景が蘇っている。
蔑んでいた甲に助けられた事でプライドを傷つけられたと思ったジルベルトは、その借りを恩ではなく仇で返す事に執着していたのだが、今になってその借りを返す機会が訪れるとは思いもしていなかった。
『だが、奴以上に許し難いのがあの女だ…………っ! 俺様の至尊の肉体を殺した大罪人めが……っ! 見るがいい六条クリス……っ! 貴様が侮った俺様が、貴様を追い詰める一助になってやったぞ……っ! ざまあみろ狂った売女め……っ! 俺様を下に見た報い、その身で思い知るがいい……っ!』
油断なく周囲に地雷を設置しつつ、ジルベルトは憎悪のままに叫ぶ。
その敵意はパプティゼインを使役する神子に向いており、迷いも驕りもなく全力で眼の前の敵を倒す為に動き出す。
『俺様はただでは死なんぞ……っ!
ジルベルトはその叫びと共に鞭を振るい、迫りくるパプティゼインを薙ぎ払って行く。
その場所では終始爆音が飛び交い、最期の意地を貫く為に、一人の男がその執念をかけて戦い続けていた。
空ルート終盤のオマージュの復活連鎖開始です。クリスと真が登場した所からあの曲がかかるイメージで書き挙げました。この展開は以前からずっと『書く』と決めていて、最初に復活させるのはクリス達以外ではジルベルトと決めていました。何故かは後で分かると思います。
さて、次は誰になるでしょうか。次回もBGMはあの曲のままです。