BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「空、なのか……? 本当に……」
甲は未だ信じられない、といった様子で表情画面に映る空を見つめている。
画面に映る空はレヴィアタンの中でノインツェーンが取った姿と違い、甲の知るままの制服姿だった。
声にエコーも混じっておらず、正真正銘の水無月空のように見える。
『ええ、そうよ。私は確かに、貴方の知る水無月空よ────────もっとも、ジルベルトや久利原先生と同じ、死者の電子体だけどね』
そう告げる空の言葉に甲が応答しようとするが、その前に神子が激しい反応を見せた。
『……っ!? 馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!? 嘘だ、そんな筈はない……っ!? お前は、お前だけは電子体情報を拾い上げないようにプロテクトをかけた筈だ……っ! なのに何故、電子体を構築出来ている……っ!?』
空の言葉に、
情報通りなら、空もまた接続者の資格を持っている筈だ。
つまりそんな彼女の情報をレヴィアタンの中に引き込めば、制御を乗っ取られる恐れがあったワケだ。
だからこそ、神子は彼女の電子体情報だけは無意識の海から引き揚げないよう細心の注意をしていたのだろう。
そこには無論、かつて甲の愛を独り占めしていた空に対する妬みの感情もあるのは言うまでもない。
空はそんな神子を何処か哀しそうな表情で見詰めながら、甲に告げた。
『確かに、私一人じゃ此処には来れなかった。だけど、ノインツェーンが最期に私の情報を拾い上げてくれたの。以前、別の世界の
もっとも、と空は続ける。
『彼の知る空は私自身じゃないから、そう簡単な事じゃなかったんだけど────────それでも、
「じゃあ、お前は……」
甲の言葉に、空はこくり、と頷く。
『正真正銘、
甲は目の前の空が自分の知る、あの灰色のクリスマスの日に死んだ空本人であると聞かされ────────自然と、瞳から涙が零れ落ちた。
あの日守れなかった少女が、こうして眼の前に立っている。
その事を考えると、どうしようもなく胸が苦しくなった。
『お姉ちゃん……』
そして、当然空の妹である真も眼を潤ませて空の事を見つめている。
今でこそ甲とクリスのフォローで立ち直る事が出来たが、真は当初自分の悪戯の所為で空が死んだと思い込んでいた。
目の前に空が現れた今、その後悔が蘇ってもおかしくはない。
『まこちゃんも、久しぶり。随分辛い想いをさせたわね。あの時の事なら、恨んでなんかないわ。単に間が悪かっただけだもの。それとも私は、少しの悪戯程度で妹を嫌うような薄情な姉に見えるかしら?』
『うぅ、あぁ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん……っ! ごめん、ごめんなさいお姉ちゃん……っ! わたし、わたしぃぃ……っ!』
真は空の機体に縋りつき、大声をあげて泣き出した。
空は真を優しく受け止めながら、クリスの方に目を向ける。
『六条クリスさん、で合ってたわよね。ありがとう…………今まで、甲を支えてくれて』
クリスは空の悪意を一切含まない視線を受け、たじろいたように機体を震わせて表情画面越しに空に話しかけた。
『……私を恨まないのかしら? 貴方が死んだ後とはいえ、私は貴方の男を寝取った張本人よ? 彼の恋人になった経緯も褒められたものじゃないのは自覚してるし、てっきり恨み言を言われると思っていたのだけれど』
何処か居心地の悪そうに話すクリスに対し、空は苦笑しつつ答えた。
『そんな筈ないじゃない。貴方が一緒にいてくれたから、甲は此処まで生き抜いて来られた。私は甲が幸せなら、それでいいのよ。まこちゃんの面倒まで、しっかり見てくれたんだもの────────感謝はしても、恨み事なんて言う筈ないじゃない』
空は一切の悪意を含まず、そう言い切った。
流石にそんな返しをされるとは思っていなかったクリスは、感嘆の息を漏らす。
『……流石、器が違うわね。自分の欲を捨てきれずに狂った
クリスは空の懐のとんでもない広さに感服し、思わず舌を巻いた。
普通、自分の男を取った女相手に
正直に言えば、神子のように恨み言をぶつけるのが普通なのだ。
その心の広さは、一種異様とも言える。
献身の心が強過ぎて、自分を蔑ろにしてでも愛した者の幸福だけを一身に願っている。
生前は凄まじいコミュニケーション能力を発揮したと聞くが、これならば納得出来る。
彼女なら、どんな相手の懐にも入り込めてしまうだろう。
『さて、3人共歓談はお終いよ。そろそろ、彼女が我慢の限界みたいだからね』
空の言葉に、甲達はトランキライザーの形態を取った神子に目を向けた。
神子は先程からずっとぶつぶつと独り言を延々と呟いていたが、やがて眼を血走らせて空を睨みつけた。
『……これ以上、これ以上邪魔はさせない……っ! させて、なるものですか……っ! 死人は死人らしく、物言わぬ骸に戻りなさい……っ!』
『その言葉、そっくりそのまま返すわ。死者はね、
空は悲し気な声でそう告げるとアーチェリーのような主武装を構え、トランキライザーと対峙した。
甲達もそれに倣い、各々戦闘態勢を取る。
そして、それを待っていたかのように
『散開……っ!』
『『「
空の号令を受け、全員が四方へ散らばりミサイルの雨を回避する。
しかしトランキライザーは尚もミサイルを発射し続け、戦場を嵐の如くミサイルが飛び回る。
『まこちゃん……っ!』
『うん……っ!』
だが、
そして
『くっ、この……っ!』
『「甘い……っ!」』
神子は慌てた様子でサテライトレーザーとガトリングを斉射し、甲達を迎え撃つ。
しかし甲とクリスは危なげなくその弾幕を回避し、すれ違いざまにブレードでトランキライザーを斬り付けた。
二機のブレードの斬撃によって背部のミサイルポッドが両断され、ミサイルが誘爆する。
その爆風に直に晒されたトランキライザーの機体が、轟音と共に嘶いた。
『ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ……っ!』
しかし、分厚い装甲のお陰かトランキライザーは致命打には至らず体勢を持ち直した。
機体の装甲の下には何重にも折り重なったパプティゼインのパーツが見え隠れしており、どうやら10機のパプティゼインを圧縮する事であの装甲を形作っているらしい。
無論パプティゼインの操縦者の事など考慮しておらず、耳を澄ませば苦し気な人々の声が聞こえて来る。
あのトランキライザーはリリスバフォメットを核とし、数多の死者の情報を鎧として纏う事で成立している張りぼての兵器である。
奇襲を狙った神子が慌てて構築したものだけあって、強度には少々難があるようだ。
レヴィアタンの
故に、この敵さえ突破出来ればレヴィアタンに肉薄出来る筈だ。
『潰れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!』
神子は怒りのままにトランキライザーを跳躍させ、空を押し潰さんとその巨体で特攻して来る。
だが、空は焦らずにダッシュによってそれを回避する。
更に着地のタイミングを狙って放たれた甲のフォトンブラスターによって、トランキライザーは動きを拘束された。
『さあ──』
『──トドメを』
『「刺して
──そして、トランキライザーは真の全力のレーザー掃射、クリスのチェーンソーブレード乱舞、甲の収束波動砲と空の光の矢の一撃を浴びる。
如何に強固な装甲といえどその集中攻撃には耐え切れず、トランキライザーは爆散。無数の破片となり、砕け散った。
『ぎぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ! ウソ、デショウ……!? ナゼ、ナゼナンデコンナハズガバカナバカナバカナバカナバカナァァァァァァァァァァアァァァァァァァァァ……ッ!!』
神子はその爆発に巻き込まれ、断末魔の叫びをあげて消滅する。
まだ本体の
これで、レヴィアタンに到達する為の障害は全て消え去ったと言える。
「ありがとう、空。お前のお陰でこいつに勝てたよ」
『ううん、いいの。元々、その為に出てきたんだもん。甲の役に立てたなら、私は嬉しいよ』
「……空、俺は……」
甲は儚げに笑う空に何を言うべきか言葉に詰まるが、空はそんな甲の心情を察してか苦笑と共に言葉を紡いだ。
『……私はこの戦いが終わったら消える────────ううん、無意識の中に戻るの。こうしてまた会えた事自体、奇跡みたいなものだもの。最期に笑顔で甲と別れられるなら、私は嬉しい』
「でも、俺は……っ!」
尚も言い募ろうとする甲に対し、空は優しく語り掛ける。
『二人を選んだ事なら、気にしてないよ。まこちゃんも甲が相手なら任せられるし、クリスさんも頼りになるもの』
だから、と空は告げる。
『──甲は、甲の人生を生きて。私の人生はもう終わっちゃったけど、甲の人生はまだこれからなんだから』
空はそう告げると機体を後退させ、甲達に道を譲るように距離を取った。
その行動を見た甲と真は空の真意を悟り、思わず息を呑んだ。
『さあ、甲達には立ち止まってる暇なんてないでしょ。早くレヴィアタンを追いかけなさい』
それにね、と空は告げる。
『死者の手は
空の言葉は、多少の強がりは入っているが本心でもあった。
空は本気で、既に死んだ自分が生者とこれ以上関わるべきではないと思っている。
甲達にとっては悲しむべき事だが、それは本来自然な事だ。
死者は何があろうと、
それが好き勝手に蘇れば混乱を生み、死者が現世に跋扈するような事があれば、死者を悼む遺された者達の想いを蔑ろにする事になる。
どれだけ技術が進歩しようとも、生者と死者の領域は決して犯してはいけないのだ。
それは、神子の凶行を見れば一目瞭然だろう。
『……行くわよ。死者は本来、起こすべきじゃない。あまり空さんを困らせないで』
クリスの叱咤を受け、甲と真は涙を拭い────────空へ、背を向けた。
『……お姉ちゃん、さようなら……私、お姉ちゃんの分まで幸せになるから……っ! 絶対に、幸せになって見せるんだから……っ!』
『……ああ………………お別れだ、空。今まで、ありがとう』
『……うん。幸せになってね、みんな』
甲達はそのままシュミクラムを疾駆させ、構造体を駆け抜けて行く。
空はそんな3人の姿を見つめながら涙を流し、一瞬後には笑みを浮かべた。
『……さて、消える前に最後の仕事をして行きますか。私とこの子が揃えば、後先さえ考えなければきっとあれを引き寄せられる────────行こっか、■■』
空はそんな独り言を最後に機体を疾駆させ、構造体を走り抜けていく。
最後の戦いの刻は、もう目前まで迫っていた。
原作では猛威を振るったトランキライザーですが、これはコピーに過ぎない為AI抑圧能力もなく、4人の連携には勝てませんでした。分身