BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「……これで、本当に終わったんだ……」
甲はもう一人のクリスの死を看取り、溜め息を吐いた。
実体が死んだ後も意識だけが残され、狂気の侭に仮想空間に暴威を振る撒いた彼女は、甲の言葉を受け入れ己が死を享受した。
彼女はようやく、あるべき場所に帰る事が出来たのだ。
特異点は、役目を終えたかのように消え去った。
もうこの世界で再び、特異点が開かれる事はないだろう。もう、その必要は無いのだから。
こうして、一人の少女によって齎された滅びは回避された。次に来るのは、
『AIネットワークは機能を回復。仮想空間の再構築開始』
「……わぁ……」
レヴィアタンによって破壊され、剥ぎ取られていた構造体の輪郭が、うっすらと何も無かった空間に浮かんでいる。
それは見ている間にも少しずつ、その輪郭は実在感を増していく。
レヴィアタンの吸収していたデータを解放し、残骸と化していた構造体が元の姿を取り戻していく。
『我々はバルドルを掌握し、AIネットワークの一部としました。レヴィアタンの痕跡は、これで完全に除去されました』
「そうか………………これでもう、あのクリスの眠りが妨げられる事はなくなるのか……」
「ええ……今度こそ、永遠にね……」
クリスの声に、もう棘はなかった。
あのもう一人のクリスに対し、クリスは今まで憎悪に近い感情を抱いていた筈だが────────彼女が己の罪を受け入れ、眠りに就いた事でようやく彼女を許す事が出来たのだろう。
その証拠に、クリスの顔には何処か安堵したような笑みが浮かんでいた。
「お疲れ様、甲さん。貴方のお陰で事態は解決したわ」
いつの間にやって来たのか、声の方向を振り向くとそこには聖良が立っていた。
隣には亜季も寄り添っており、潤んだ眼で甲を見つめている。
「甲……っ! 良かった、無事で……っ! 甲が死んじゃったらと思うと、私、私ぃ……っ!」
「ちょ、亜季姉ぇ……っ!?」
亜季は泣きながら甲に抱き着き、ポカポカと甲の胸を叩いている。
常に一緒にいたクリス達と違い、映像でしか甲の姿を確認出来ず、あのレヴィアタンに戦いを挑んだ所を見ているのだ。
特異点が開かなければあのままやられてしまっていたであろう事は明白であり、こうして直に生存を確認出来て緊張が切れたのだろう。
彼女は一目も憚らず、わんわんと泣いている。
真もクリスも年上女性が恥も外聞もなく泣いている所には手を出し辛いのか、苦笑いを浮かべながらその様子を見守っている。
亜季はひとしきり泣き終えると今の状況を理解したのか、ハッとなって甲から離れた。
その顔は赤く、そんな亜季を聖良は微笑まし気に見つめていた。
「あぅぅ……私、お姉さんなのに……皆の前で、泣いちゃった……」
「そのくらいで幻滅なんかしないよ、亜季姉ぇ。今も昔も、亜季姉ぇは頼りになる俺の
「亜季先輩の良い所も悪い所も皆もう知ってるんですから、今更ですよ。それで、先輩……アセンブラは、どうなったんですか?」
真の指摘に、亜季は穏やかな表情になり微笑んだ。そして、聖良の方を向き口を開く。
「口で言うより、見た方が早い………………叔母様、お願い」
「ええ、見て頂戴………………これが、今の清城市よ」
そして聖良はスクリーンを展開し、現実の情景を映し出す。
そこには、予想外の光景が広がっていた。
「……凄い……」
────その光景に、甲達は絶句し真が思わずそんな声をあげる。
清城市は青い空に包まれ、眩しい陽光に照らされていた。
街路という街路は色とりどりの草花で包まれ、建築物には葉を持つ巨大なツタが絡んでいる。
それは元の曇天の空と猥雑な街並みとは全く違う、まさしく
「アセンブラの影響、らしいんだけど……久利原先生も、気合入れ過ぎ……私も、此処までとは予想していなかった」
「確かに……先生もやり過ぎだよな。俺は改めて、先生の事が怖くなったよ……」
「別の意味で都市は壊滅………………まともに機能する人工物は、アーク社とミッドスパイアだけよ。もっとも、ミッドスパイアは居住区も緑に覆われているからそのままは使えないようですけどね」
亜季の説明を聞き、甲は思わず感嘆の声を漏らし、聖良が補足説明を行った。
確かに、街全体が緑に覆われたのだから都市機能は壊滅だろう。
まともに動けるのがアーク社だけである以上、清城市の復興にも着手しなければならない筈だ。
「此処まで急速に緑が広がったのはこの清城市だけだけど、他の地域にも徐々に緑が広がりつつあるわ。AIのシュミレーションによれば、三日程で地球環境は西暦2000年前後の水準まで回復するようね………………完全な浄化にはまだ時間がかかるようだけど、久利原直樹の夢は実現したと見ていいでしょう」
「そうですか………………出来る事なら、先生にもこの光景を見せてあげたかったな……」
甲は聖良の話を聞き、感慨深げにそう呟いた。
久利原の電子体反応は、レヴィアタンが崩壊した直後に消えている。
環境の浄化を望んでアセンブラを開発した彼に、この光景を見せてやれなかった事が心残りだと考え……。
──いいや、確かに見せて貰ったよ。浄化された世界を………………ありがとう、甲君………………君達のお陰で、私の夢は実現出来たよ──
「……っ!? せん、せい……?」
ふと、久利原の声が聞こえた気がして周囲を見回すが、当然久利原の姿はない。
だが、甲には今の声がただの幻聴とも思えず────────久利原がこの光景を何処かで見てくれていたのだと、強く確信した。
肉体は消え、電子体が無意識の海に還っても────────久利原はいつまでも、自分達を見守ってくれている。 そんな、気がした。
「甲……っ!」
「甲さん……っ!」
「わっ……っ!? 千夏、レイン……っ!?」
物思いに耽っていた甲の身体に、柔らかな感触が二つ纏めて突撃して来た。
気付けば、千夏とレインが甲の両脇から彼の身体に抱き着いていた。
密着している所為で豊満な二人の胸が潰れ、甲はその感触に顔を赤らめる。
「やったんだね、甲……っ! こっちも敵は全滅させたよ……っ! 頑張ったアタシ等を労って欲しいな……っ!」
「信じていましたが、それでも心配したんですよ? 少し埋め合わせしてくれても、罰は当たらないと思うんですけど」
千夏とレインは妙に瞳を潤ませ、甲に詰め寄って来る。
無論、それを黙って見ている
「──罰は当たらなくとも、私が下すわ。離れなさい二人共……正面から挑むなら迎え撃つけど、抜け駆けするなら容赦はしないわ。腕一本、落としておこうかしら?」
「それより二人を縛って私達の情事を見せつけてあげましょうよ。そうすれば、誰が先輩の本妻に相応しいかはすぐに分かる筈です」
「……私自身倫理を蹴飛ばすタチだけど、真の方が悪辣さじゃ上ね。仲の良い先輩達にそんな真似が出来るあたり、やっぱり本性は真っ黒じゃない」
チェーンソーを取り出し威圧したクリスだが、真がサラっとえげつない提案をして来た為毒気を抜かれて溜め息を吐いた。
見れば千夏とレインの二人は真の真っ黒な発言内容に固まっており、傍で聞いていた亜季も顔が引きつっている。
大人しいと思っていた後輩の本性をまざまざと見せつけられ、真に対するイメージを再構築している最中なのだろう。
聖良だけは、微笑ましい笑みを浮かべてそのやり取りを見守っていた。
「やる事は山積みだけど、貴方達はまず休みなさい。後の事は私達がやっておくから、充分に休息を取って頂戴。心配せずとも、必要になったら声をかけるわ……だから今は、身体を休めてね」
「はい、叔母さん……っ!」
甲は満面の笑みで聖良に返答し、それを見て聖良も微笑んだ。
こうして、後に『世界事変』と呼ばれる事になる事件は収束を迎えた。
甲達は一時の休息を迎え、世界は転換を迎える。
──……1年後……──
────────世界は、転換期を迎えていた。
統合軍の主力部隊と主要メンバーが殉職した為、統合の勢力は衰え反統合勢力の動きが活発化した。
だが、対AI対策班の桐島勲長官を中心とした生き残った将校達がいち早く統合を纏め上げ、対地射撃衛星群の制御を取り戻した事を大々的に発表した事で、予想していたよりも混乱は小規模に収まった。
桐島勲は仮想空間と現実世界を同時に混乱に陥れたドミニオンと超兵器レヴィアタンを討伐した功績により、一気に統合軍のトップに躍り出る事となった。
彼はドミニオン討伐に際しアーク社の協力による功績も大々的にアピールし、アーク社の地位も向上────────結果として、清城市復興の中心となる事が決まった。
────アセンブラによって地球環境が浄化された事もまた、長官とアークの功績となった。
ドミニオンが殺戮兵器として散布しようとしていたアセンブラを、アークのAIの協力で環境浄化ナノに書き換えた、
世界を守ったどころか地球環境の改善までしてしまったのだから、その功績は計り知れない。
それに伴いナノマシンやAIに対する拒否感が、多くの人々から消えて行き────────反AI派は、最早少数派となっていた。
今後は
仮想空間に没入したまま昏睡状態になったミッドスパイアの住人達は、レヴィアタンの崩壊により意識を取り戻した。
しかし、目覚めてみれば清城市は壊滅。 それどころか世界中から反AIの思想が消え去りつつあった為、居場所をなくした彼等は残っていた私財を掻き集めて逃げるように清城市を後にした。
住人のいなくなったミッドスパイアは、清城市の復興における拠点となる事が決まった。
これまで現実逃避者達が引き籠っていた塔は、今度こそ有効に活用されていくだろう。
──────永二達フェンリルは、勲長官から『統合軍嘱託契約軍』として雇用され、反統合ゲリラの撲滅に尽力している。
噂によれば、長官も時々戦場に同行し、永二と組んで戦場で無双しているそうだ。
その甲斐もあって勲長官は『戦う指導者』として軍人達の支持を集めているらしい。
今では永二と長官が共に戦場に出るだけで、敵軍が降伏を申し出て来る事もあるそうだ。
戦場を駆け周っている二人だが、定期的に甲達に連絡を入れ、常に近況を報告し合っている。
レインはフェンリル所属だが、永二の意向なのか戦場に出る回数は減り、千夏と共に甲の下へ繰り返し訪問して来ている。
その度にクリスや真が氷点下の視線で出迎えているが、彼女達は懲りる事を知らないようだった。
────────聖良はアーク社の代表として、亜季と共に精力的に復興活動を行っている。
緑に覆われた旧清城市市街は地球環境再生のモニュメントとして残し、その周囲に新たな清城市を作り直している最中だ。
緑溢れる光景を見ようと各地からは観光客が殺到し、その観光収入を街の再生に充てている。
遠からず、清城市は新しい姿となって蘇る事だろう。
今度は内も外もなく、争いのない都市の完成を目指し彼女達は今も奮闘している。
その努力が実るのは、そう遠い話ではない筈だ。
そして、甲達はアーク社の傍に新居を立て、甲、真、クリスの三人で同居生活を始めていた。
「せんぱ……甲さん、ご飯出来ましたよー!」
「ああ、今行く」
エプロンを着けて呼び掛ける真の声に甲はリビングに向かい、自分の椅子に座った。
すると間を置かず真がお盆を持ってきて、甲の前に刺身とご飯、熱々のシチューの盛り付けられた皿が置かれて行く。
甲は皿に乗った刺身を見て、感慨深げに溜め息を吐く。
アセンブラによる環境浄化により、かつては不可能だった生の海産物が食べられるようになったのだ。
「まさか、刺身を食える日が来るなんてな……そういう意味でも、先生には感謝だな」
「恩師への感謝の内容が食べ物絡みじゃ、流石の久利原直樹も苦笑いじゃない? いえ、浄化された世界で生きるって事はこういう事なのだから、むしろ本望なのかしら」
いつも通りのSっ気を含んだ声で、部屋に入って来たクリスがそう漏らした。
シャワーを浴びて来たのか、髪が湿って妙な色気が漂っている。
────────クリスがあの事件以降、最初に着手したのは真のリアルボディのリハビリだった。
クリスは甲と傭兵として戦場を周っていた頃から真のリアルボディを取り戻した時にリハビリが必要になると考え、戦いの合間を縫ってリハビリの事を勉強していた。
そして事件後は、真に付きっ切りで彼女の身体機能回復の為のリハビリに努めたのだ。
その甲斐もあって真も今では日常生活が問題なく送れるまでに回復しており、しきりにクリスに感謝していた。
甲達は傭兵から足を洗い、聖良の清城市復興の手伝いを行っている。
真はその能力によって仮想から都市再生計画等のサポートを、クリスはその身体能力を生かして復興の直接的な手伝いと都市の警邏を行っている。
ちなみに甲はアーク社の一員として統合軍や都市自警軍の訓練に付き合いつつ、復興の舵取りを行っている。
あの事件で甲は長官の依頼を受け、レヴィアタンと戦った事になっている。
対外的には甲の実名等は秘密にされているが、今の清城市に生きる人々にとって甲はレヴィアタンを討伐した英雄だ。
その甲が復興の舵取りをすればスムーズに事が進む為、甲も聖良への恩に報いる為に日々頑張っている。
「けど、まさか一夫多妻が実現するとはな……」
甲は苦笑いをしながら、そう呟いた。
事の始まりは、真とクリスの正妻争奪戦だった。
いつまでも決着が着かない二人の争いを見かねてか、聖良は霧島長官と協力し、一夫多妻を認める条例を捻じ込んでしまったのだ。
その結果として、甲は
結婚式も合同開催で、式の時には千夏とレインが悔し涙を浮かべつつ、
そんな二人に対するクリス達の反応が怖かったが、クリスと真は
最初の一年は自分達が甲を独占するが、それ以降ならば構わないと千夏達に言い放ったのだ。
対外的にはあくまで渋々といった感じではあったが、この新居は妙に広く部屋数も多い。
恐らく、クリス達は元々千夏達を受け入れるつもりでこの家を建てたのだろう。
それを察した甲は素直じゃないと苦笑したが、勘の鋭い二人がそんな甲の内心を見抜けないワケもなく、その日もたっぷり搾り取られた事を覚えている。
「どうせなら最初くらい独占したかったけど、貴方に今更私と真で優劣を付けろと言うのも酷よね。まあ、相手が真じゃなければ合同結婚なんて許さなかったけど」
「そうですね……なんだかんだでずっと一緒にいましたし、私もクリスさんとなら否はなかったです。他の人達は今後の努力次第、ですけどね」
二人はそう言いながらくすくすと笑い、つられて甲も苦笑する。
今自分は、幸せだ。 愛しい妻二人に囲まれ、平穏を享受している。
ハーレム野郎と言われる事もあるが、それに関してはもう開き直っている。
クリスも真も、甲にとっては掛け替えのない存在だ。
どちらかを選べと言われても、きっと甲には選ぶ事が出来なかっただろう。
しかし聖良のお陰で、二人同時に結婚するという裏技が実現出来た。
聖良には、感謝してもしきれない。
──先生、空、ありがとう………………俺は先生達が残してくれたこの世界で、幸せに生きてみせるよ。この、青空の下で──
そして、甲は窓から見える景色に目を向ける。
空は青く輝き、彼等を祝福するように澄み渡った青空が何処までも広がっていた。
──Fin──
『BALDR SKY Another world/世界X+Ω』、これにて完結です。感無量とはこの事です。今まで応援、ありがとうございました。
今後は設定集やアフターストーリーを投稿する予定ですので、お楽しみに。