BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「此処が、今の清城市か……」
甲は乱雑に聳え立つ清城市の街並みを眺めながら、ふぅと溜め息を吐いた。
あの後、
都市中央には天を衝く
更に都市の富の大部分を独占している『ミッド・スパイア』とは異なり、清城市の市民の七割は市民権を持たず、社会保障も碌に受けられない有様である。
スラムで開かれた闇市では
その為治安は最悪の一言で、
『それから、ドミニオンもこの清城市を活動拠点に据えているという情報もありますね。街頭演説のモニターにあの神父が映る事も多々あるようですし、まず間違いないかと』
「……ドミニオン……グレゴリー神父、か……」
甲は真の説明を反芻し、溜め息を吐いた。そんな甲の脳裏には、過去のとある記憶が想起されていた。
「はぁ……!? あの神父が俺の母さんを殺した張本人って、マジかよ……っ!?」
甲は驚きのあまり大声をあげ、目を見開いている。
それは甲達が傭兵として活動し始めた頃、クリスが甲との情事の後に突然とある情報を告げた事に端を発していた。
その情報とは、即ち。
「……ええ、間違いなく、貴方のお母さんが死ぬ事になったのはお爺様の手に依るものよ。貴方のお母さんは何らかの理由でお爺様に眼を付けられ、結果的に死ぬ事になった。直接手を下したワケじゃないみたいだけど、貴方のお母様がお爺様の所業が原因で死ぬ事になったのは本当よ。そして────────」
「……親父が母さんの死んだ日に姿を見せなかったのは、母さんを助けようとして仮想で戦っていたから、か────────全く、今更こんな事を知る事になるとはな」
甲はクリスの話を自分の中で呑み込み、思わず苦笑した。
父親との確執の原因が自分の勘違いだったと知らされ、内心複雑な気分なのは確かだ。
しかし、自分でも驚く程素直に甲はその言葉を信じる事が出来ていた。
信頼しているクリスからの情報という事もあるが、心の何処かで父親を信じたい、という想いが甲の中に残っていたのかもしれない。
そう考えると、意地を張って父親と疎遠になっていた自分が馬鹿らしくなって来るから不思議だった。
「無理に伝える必要のない情報だとは思っていたけど、お爺様の性格上貴方の動揺を誘う為に土壇場で明かして来る可能性があったから、今話したまでよ。既知の情報なら、過度に心を揺さぶられる事はないでしょう?」
「……そうだな。心遣い、感謝するよ。クリス」
感謝の意を告げ、甲はそっとクリスの身体を抱き締めた。
腕の中でクリスの体温を感じながら、すっかり彼女に頭が上がらなくなってしまった自分を思い、思わず苦笑が漏れるのだった。
(グレゴリー神父……母さんを殺した相手で、俺の事も狙って来て、挙句の果てに久利原先生本人かもしれない、と。全く、此処まで因縁深い相手がいるとはね)
甲は記憶の中のクリスの話を反芻しながら、思わず溜め息を吐いた。
今更になって思うが、まさしく『宿命の敵』とも言うべき因縁が自分と神父の間には存在していた。
此処まで色々な事がお膳立てされていると、柄にもなく運命論を信じてしまいそうになる。
「取り敢えず、私は潜伏型のウイルスを巡回させておくわね。何か情報があったらこれで分かる筈よ」
『私の方でも
「ああ、分かった。何か分かったら頼む」
クリスと真からの報告を聞き、その手際の速さに舌を巻きつつも甲は二人にそう告げた。
いつもであればクリスの潜伏型ウイルスだけで済ませる所だが、今回のように特に重要な情報があると感じた時には、真の特注ウイルスである『アンファン』も使用していた。
『アンファン』は真が彼女の主治医である女性の協力を経て完成させた改造ウイルスであり、『ヴォーグル』をベースにしてはいるものの姿も性能も完全な別物と化している。
一切の戦闘能力をオミットした代わりに高性能のステルス性能に加え、真の意識パターンをコピーペーストする事で、
一度に1機しか動かせず使用中は『コネクトアバター』が併用出来ないという難点はあるが、作戦前の下調べに置いてこれ程頼りになるものはない。
懸念があるとすれば、『アンファン』の特異な性質から真を狙う敵に発見されれば真との関係を知られてしまう可能性がある事くらいだが、その点もいざとなれば真の意志一つで自壊させる事が出来るのであまり気にする事もないだろう。
甲は頼もしいパートナー二人の優秀さに溜め息を吐きつつ、ふと雑踏に眼を向け────────1人の男と、目が合った。
男は甲の姿を見ると驚愕に眼を見開き、慌てた様子で駆け寄って来る。
甲も予想外の人物の姿を見て驚きを隠せず、目を見開いて固まってしまった。
「甲! 甲じゃないか! 久しぶりだな、おい!」
「雅、か……そうか……清城に来たんだから、こういう可能性も考えるべきだったか。久しぶりだな、雅」
男────────須藤雅は嬉しそうな様子で甲の手を握り、興奮した様子で笑みを浮かべている。
甲は親友のそんなテンションに困惑しつつも、友との再会を受け入れた。
「って、すまん! 連れがいたんだな。えっと、君は確か……」
「直接話した事は殆どないけど、如月寮に何度か出入りしていたから顔は覚えているかしら? 鳳翔の学生会長だった六条クリスよ。今は彼と共に、傭兵をやっているわ」
「お、おいクリス……」
いきなり傭兵である事を明かしたクリスに甲は責めるような視線を向けるが、クリスは呆れた様子で
『あのね。灰色のクリスマス以降親しい友人の一人が生きているのに連絡一つなく姿を消したら、どうしているか調べるくらいするでしょう? フリーの傭兵とはいえ傭兵協会に登録はしているんだから、貴方の経歴くらいはとっくに知っている筈よ』
クリスの説明に甲はぐうの音も出ず、押し黙った。
見れば雅も気まずそうにはしているが驚いた様子はなく、確かに始めから甲が何をしているかは既知であった様子だった。
「とにかく、旧友との再会に水を差す程私も無粋じゃないわ。特に急ぐ用事も今はないし、二人で飲みにでも行って来なさい」
クリスはそう告げると文句を告げる暇もなくその場を立ち去り、雑踏の中に消えて行った。唖然とする甲に対し、雅はおずおずと声をかける。
「……ま、まあ彼女も気を遣ってくれたみたいだしさ。馴染みの店があるんだ、ちょっと付き合わないか?」
「……そうだな。それも、悪くないか」
甲は溜息を吐きながら雅の提案に従い、雅の後を付いて清城の町を歩きだす。
そんな甲の姿を、脳内チップの中から真が複雑な表情で眺めていた。
「へぇ、お前の事だから女の子が一杯いるような如何わしい店を想像してたが。割と、普通の飲み屋だな」
「これでも既婚者なんでね、そういうのは卒業したのさ。ほら、早く座ろうぜ」
雅の既婚者発言に驚きつつも、甲は促された通り奥の席に座った。
人がごった返しているが、客同士の会話は暗号化されていて拾う事が出来ない。内緒話をするにも、もってこいの場所だった。
「……お前が既婚者ね。あの雅が家庭持ちとか、世も末だな」
「本当にな。しかし、お前はお前であんな綺麗な子と一緒に戦地を駆け回る傭兵か────────その、気持ちが分からんでもないが……せめて、連絡くらいはして欲しかったぜ」
雅は空が死んだ事を知っているようで、言葉を選んでそう愚痴った。
此処で
「ああ、すまん。お前等を、巻き込みたくなくてな」
「……そうか。その様子だと、亜季さんや菜ノ葉ちゃんにも連絡を取ってないのか?」
「……亜季姉ぇに清城市に来た、ってメールをしたくらいだな。そもそも菜ノ葉は今のアドレスが分からないし」
甲の返答を聞き、雅は溜め息を吐きながら一つのアドレスを送って寄越した。
「これが今の菜ノ葉ちゃんのアドレスだよ。
「ああ、機会があればそうするよ」
甲はそう言いつつも、あの幼馴染の少女と会う事については躊躇いがあった。
自分が今身を置いているのは、死と隣り合わせの傭兵の世界だ。
そんな荒んだ世界に、あの優しい少女を巻き込むかもしれない、と思うとどうしても腰が引けてしまう。
そんな甲の内心を察したのか、雅はやれやれとかぶりを振った。
「全く、お前も難儀な奴だな。まあいい、とにかく本題に入ろう。お前がこの街に来たのは、もしかしなくても……」
「……ああ、
甲の言葉は勘に任せたカマかけに近いが、雅の顔色が変わった事からどうやら当たりを引いたようだと甲は内心で笑みを浮かべた。
「……全く、何処まで勘がいいのやら。残念だが、確たる証拠は何もないぞ。その辺りを調べようとした
「……ああ、引き返せる所はもうとっくに通り過ぎた。真実を知らなきゃ、俺は前には進めない」
甲は強い覚悟と共に、親友に向けてそう告げた。
その言葉に込められた想いに圧倒されたのか、雅は目を見開くが、彼も何か覚悟を決めたのか甲に向き直る。
「なあ甲、時間をくれないか? 俺も……」
「……いや、お前には家族がいるんだろ。なら、進んで幸せを壊す事もない。それに、状況次第じゃ都市自警軍と敵対する事も充分あり得る。俺の我儘に付き合って、職なしになる事なんかないさ」
自分に協力する、と告げようとした雅を甲はそう言って制した。
雅も何か反論を口にしようとするが、家族を巻き込む事を考えてしまったからか────────その口から、甲を引き留める言葉が出て来る事はなかった。
「じゃあな、雅。心配するな。全部終わったら、今度同窓会でも開こうぜ」
「あ……」
甲は脳チップ経由で勘定を支払うと、何か言いたげな雅を店に残しその場を後にした。
甲の後姿を見送る雅はしばし茫然としていたが、やがて一人立ち上がると拳を握り締め、虚空を強い視線で睨みつけていた……。
分岐その1、菜ノ葉は久利原に付いていっていない。
原作とは違い、菜ノ葉は灰色のクリスマス当日研究所にはいませんでした。詳しい説明は今後の本編にて
雅との再会も、甲の精神に原作より余裕があった為、原作のような仲たがいはしていません。雅も言葉を選んでいたので、甲の地雷を踏まなかった、というのもありますが。