BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「それで……話とはなんですか? 千夏さん」
レインは開口一番、千夏に向けてそう告げた。
此処は旧清城市の緑に包まれた街並みを背にした公園であり、昼間はベンチで寛ぐ親子連れ等の姿が見られるが、今は夜……彼女達以外に、人影はない。
普通こんな時間に女性だけで外出するのは感心出来る事ではないが、二人共訓練を受けた軍人で尚且つ千夏は全身義体である為、暴漢程度容易く撃退出来る。
そもそも、クリスが夜間の警邏を繰り返した影響でこの新清城市の治安は夜でも然程悪くはない。
クリスはその常人離れした美貌と鍛え抜かれた圧倒的な身体能力を駆使して暴漢狩りを行った為、この街ではそういった不埒者は既に根こそぎ粛清されている。
その猛威が轟いているお陰で、最早この街でそんな事をすれば死と同義であるという認識が広まっている。
流石にクリスも暴漢を殺したりしてはいないのだが、金的くらいは普通にやるので男達からは畏怖と共に治安を守る暴力装置として絶対視されているのだ。
とは言ってもクリスとて毎日夜間警邏を行っているワケではない為、暴漢が出る可能性も0ではない。
その為女性が単独で夜間外出する事は少なく、此処であれば他人に話を聞かれる事もないだろう。
今二人がこんな場所で会っているのは、千夏がレインを此処に呼びつけたからだ。
千夏は時間と場所を指定して、レインを此処に呼び出した。つまりそれは、あまり人に聞かれたくない話をしたいという事を意味する。
二人共上司達の配慮で戦場に出る事は少なくなっているものの、現役の軍人である事に変わりない。
そんな二人の忙しい時間の合間を縫ってまで呼び出したのだから、それなりに重要な要件である事は察しがつく。案の定、千夏の表情は真剣そのものだった。
「……こんな夜中に呼び出して悪かったね。けど、一応アンタにも話しとかないと不義理だと思ったんだ……アタシも確証があるワケじゃないから迷いはしたけど、時間は待っちゃくれないからね。話ってのは、甲の事だよ」
「……予感はしていましたが、矢張りですか。しかし、甲さんとあの二人が結婚してからまだ半年しか経過していませんよ……? 六条さんの話では、重婚を許可するのは1年が経過してからじゃありませんでしたか……?」
レインは半ば予想していた千夏の言葉に、不意に半年前の結婚式の一場面を想起する。
あれは誓いのキスも終わり、ブーケトスの時間の出来事だった。
──3人の結婚、というか重婚式は、誓いのキスによって最高潮に盛り上がっていた。
式場には歓声が満ち溢れ、クリスと真はその声援に手を振って応えている。
甲もそんな二人を満足気に見据え、微笑みを浮かべていた。
『では、ブーケトスをお願いします』
そんな中、頃合いを見て
傍には既に二つのブーケが準備されており、クリスはそのブーケを見据えてニヤリと笑ったかと思うと……真に何かを、耳打ちした。
真は一瞬目を見開いたものの、すぐにクリスと同種の笑みを浮かべて、何を思ったのか自分の分のブーケをクリスに手渡した。
「さあ、受け取りなさい……っ!」
「「……っ!?」」
──そして、全力で腕を振りかぶると正確無比なコントロールで二つのブーケを千夏とレイン目掛けて投擲し、驚いた二人は慌ててそのブーケを掴み取った。
突然のクリスの行動に会場がざわつく中、クリスはダァン! と足を踏み鳴らし、凄絶な笑みを浮かべて口を開いた。
「始めに言っておくけど、甲に懸想する女性が私達の他にそれなりの数がいる事は知っているわ。別に此処で名乗りをあげろとは言わないし、私達が甲を手放す事は未来永劫有り得ないけど……他の子達に一切チャンスを与えない、と言う程狭量でもないつもりよ」
クリスはでも、と前置きして口元を歪めた。
「──それでも、私達が最初に甲の妻の座を勝ち取った事に変わりはないわ。半年、いえ……1年は私達で甲を独占させて貰うわ。けれど……それ以降であれば、状況次第で甲と他の子との重婚を許可してもいいわ」
ただし、とクリスは付け加えた。
「言っておくけど……漫然と時を過ごすだけの相手が甲と結ばれる事を認める程、私は甘くはないわよ? 甲の愛が欲しいのなら、全力で私を認めさせなさい。そんな度胸もない相手に、甲の愛を手にする資格はないわ」
結局、クリスのこの宣言に会場は大いに盛り上がり、過激過ぎる発言に甲は苦笑し……聖良達保護者組は、微笑ましいものを見る眼で静観していた。
この時の記憶は、皆の脳裏に克明に焼き付いている。レインも当然、この宣言については明確に覚えていた。
だが、クリスの宣言した刻限は一年後……まだ、重婚の許可が下りる時期ではない筈だ。
「確かに、最終的にはそう言ったさ……けれど、気付かなかったかい? クリスが最初に
「え……? そういえば……」
言われてみれば、確かにクリスは半年と最初言いかけた後、一年と言い換える前に一瞬間を置いて笑みを浮かべていた気がする。
だが、それに何の意味があるのだろうか……?
「ある程度の期間、甲を独占したいっていうのは本音だろうさ。けど、あいつはこうも言ってたよね?
要するに、と千夏は続けた。
「本当の独占期間は半年で、一年っていうのは
「それは……」
……考え過ぎだろう、と言いかけたがレインはそこでクリスの性格を思い返してそれが有り得ない可能性でない事に気付き言葉に詰まった。
クリスは自他共に認める愛が深い女性で、性格も素直とは言い難い。その程度の意地の悪いひっかけくらい、やってもおかしくはないのだ。
そもそも、クリスはあの宣言の前に真に何かを耳打ちしていた。
つまり、あの宣言は腹黒という事が判明した真も同意したものであるという事だ。
あの二人の明晰な頭脳が企んだ事であれば、充分有り得る。
「だから、行動を起こすには今しかないってワケ。多分、クリスと真が見たいのは自分達の仕掛けた策に気付けるかどうかっていう事と、甲の事を絶対諦めないって執念だと思う……だから、何らかの形でクリスにアタシ等の
そこまで言うと千夏はニヤリと笑い、レインの肩に手を置いた。
「ちょいと、協力して欲しいんだよね。お情けで愛人にして貰った、なんて事を言われないようにキッチリ白黒付ける為にもさ。この際だ……あの子憎たらしい奴に、正面から立ち向かってやろうじゃないか」
千夏はそう言って、不敵な笑みを浮かべた。
そんな事を言われれば、レインの選ぶべき返答は……一つしか、有り得なかった。
「──まず、私のひっかけ問題に気付いた事には褒めてあげるわ。いえ、気付かせる為にわざわざブーケを投げつけたんだから、これくらいやって貰わなきゃ失望する所だったわね」
翌日、クリスは自分を呼び出した千夏達と対峙して笑みを浮かべながらそう告げた。
クリスの服装は身体にぴったりフィットしたスポーツウェアで、剥き出しの二の腕や太腿が眩しい程にその白い肌を強調している。
千夏とレインも同じようなスポーツウェアに身を包んでおり、そもそもの話として彼女達がいるのは郊外に設置されたバスケットコートだ。
ご丁寧にバスケットボールも準備されているとなれば、今から何をしようとしているかは明白だ。
「けど、まさか
そう、千夏はクリスを呼び出し自分達とバスケで勝負する事を提案した。
その勝負で
最初は面食らったクリスだったが、すぐさまそれを承諾した時にこの上なく上機嫌になっていたのは傍から見ていた真にはバレバレだった。
クリスは抜け駆けは絶対に許可しないが、こうして正面から挑んで来る相手には比較的寛容だ。
口ではなんと言おうと、
彼女は実利優先の現実主義者であるが、同時に理想を捨ててはいない少女らしい心も持ち合わせている。
戦場では正々堂々などというのは夢物語に過ぎない為彼女も理想を語らずに卑怯と言われる手段も躊躇いなく使っていたが、捻くれているように見えても正面からのぶつかり合いに憧れる気持ちは心の奥底に常に隠していたのだ。
そんな彼女から見ても、今回の千夏の申し出は心地よいものだった。単に言葉で納得させようとするのではなく、明確な勝負の手段を用いて来た事にも好感が持てた。
単純な勝負の手段であればシュミクラムでの模擬戦闘という形も有りといえば有りなのだが、クリスのシュミクラムは自己進化ロジックによって攻撃力が強化され過ぎている為、リミッターありの空間でも致命傷を与えかねない。
そんなリスクを負う勝負方法よりは、スポーツで決着を着けた方が健全といえば健全だ。
しかし、最大の問題はクリスがその身体を鍛えぬいた
灰色のクリスマスが起きる以前、スポーツが盛んだった頃にはプロスポーツの世界は被造子がメインプレイヤーを席捲し、被造子以外の選手が活躍する芽は殆どない程だった。
それだけ、被造子の身体能力というのは他と比較しても圧倒的なのだ。
しかも、持って生まれた身体能力故に自身の実力を過信する被造子が多い中、クリスは一切の慢心をせず己の身体を苛め抜くレベルで鍛え上げている。
その身体能力は他の被造子とは比較にならず、瞬発力は訓練を受けた軍人ですらまともに反応出来ない代物と化している。
戦場で生き抜く為に鍛え抜かれた彼女の肉体は一個の凶器と言ってもよく、生身の彼女に挑んで勝利する事はまず不可能だ。
そして、その能力はスポーツにも当然発揮出来る。
元々、灰色のクリスマスが起きる前は趣味としてスポーツに興じていた事もあったクリスは大抵のスポーツは経験がある。
細かいルールまで網羅しているワケではないが、少なくとも普通にプレイするのに問題ない程度の知識は持っている。
更に言えば、スピードと技術が物を言うスポーツではクリスの独壇場だ。
確かに千夏は全身義体故に単純なパワーはクリスより上だが、瞬発力となるとクリスには及ばない。
レインも一通り戦闘訓練を受けているが、スポーツに関しては習熟しているとは言い難い。
2対1でも互角どころか、やっと戦えるレベルであるかどうかといったところだ。
「前々から、試してみたかったんだよね。本当に、被造子にスポーツで勝てないのかって事をさ。これでも、昔はプロスポーツ選手を目指した事もあったんだ。全身義体となった今じゃもう叶わない夢だけど、そういう意味でも白黒着けたいのさ。まさか、嫌とは言わないよな?」
「ええ、そういう事なら相手をするのは吝かではないわ。けれど、たった二人でいいのかしら? なんなら、もっと人数を集めても構わないわよ」
クリスはそう言って挑発するが、千夏はそんなクリスの言葉を鼻で笑い飛ばした。
「それじゃあ意味がないんだよ。それに、これはアタシ等とアンタの勝負だ……他の人を巻き込むのは筋が通らないだろう」
「結構。筋の通し方は分かってるみたいね。言っておくけど、私は手加減しないわよ。貴方達の勝利条件は、私からボールを奪ってシュートを決める事、だったわね? そして、私が10点を取った時点でゲームセットという話だったけど……」
クリスはニィ、と口元を歪めた。
「──ルール変更を提案するわ。私が10点取る度に、貴方達は重りを付けて貰うわ。そして、貴方達のギブアップで私の勝利とする。どうかしら?」
クリスはそう告げると予め用意していたのか、フィールドの脇に積み重ねられたリングを指さした。
これは腕輪型の重りで、意図的に体力を削って身体を鍛える為の器具だ。
これを一つ付けるだけでも、身体には相当な負荷がかかる。
全身義体の千夏であればある程度は耐えられるだろうが、生身のレインは無理をすれば後遺症が残る可能性もある。
この条件であれば気力が続く限りは負けはないが、リスクが皆無というワケではない。
クリスは、こう言っているのだ。
そして、こんな挑発を受けて黙っていられる程……二人のプライドは、安いものではなかった。
「上等っ! 後悔するなよ、クリス……っ!」
「ええ、この程度で私達が諦めると思われたのなら心外です。例え手足が折れようと、ノイ先生に頭を下げればどうにかなります。存分に、やらせて貰いましょうか」
「良い気迫ね。それが何処まで続くか、見物だわ」
そして3人は、コートの上で対峙する。
かつて本物の戦場を駆け抜けた女傑3人が、今バスケットコートでぶつかり合う。
女の意地をかけた戦いが、始まった。
スポーツ対決なんて無茶な事をやりだしました。ちゃんと描写出来るか自信がないので、大分端折った描写になるとは思います。
学園生時代に千夏はプロスポーツが被造子の独壇場である事に思う所があったようなので、被造子の中でもハイエンドの