BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
「はふぅ……賑わってるみたいだね。菜ノ葉のお店」
気怠い表情の長身の女性、西野亜季は農家レストラン『ガーデン』の様子を見てそう呟いた。
ログハウスを思わせる外観のその店舗は後方に広がる畑と道の間に建てられており、窓から覗く店内はお昼時を過ぎたというのにそれなりの数の客が料理に舌鼓を打っている。
後輩の店の繁盛ぶりを素直に嬉しく思った亜季だが、いつまでも店の前にいても仕方ないので店の扉を開けて中に入った。
「いらっしゃいませー。1名様でしょうか?」
中に入ると、エプロンドレスを纏った少女がにこやかにそう話しかけて来た。
その顔には覚えがある。甲があの施設から、助け出して来た少女達の一人だ。
あの構造体で甲が助け出した少女達は一時期、
その時彼女達の面倒を見ていたのが、菜ノ葉なのだ。
業務が忙しい亜季に代わって、菜ノ葉は少女達と同じ目線で接し、痛ましい体験を経た彼女達の心を解きほぐしていった。
ノイが医療的なサポートは行っていたが、菜ノ葉の持つ包容力を見込んでノイが菜ノ葉に心のケアの手伝いを頼んだのである。
結果として、アーク仮想都市を離れて家に帰る頃には少女達の精神は随分安定していたのだ。
その後レヴィアタンの影響で昏睡状態に陥った彼女達だったが、昏睡状態から回復した際にそれを聞きつけた菜ノ葉が病院に飛んでいった。
そして菜ノ葉が一人一人に面会して言葉をかけた事で、少女達はあまり時間をかける事なく立ち直る事が出来たのだ。
その為、菜ノ葉に多大な恩義を感じた少女達は菜ノ葉が農家レストランを開くという話を聞きつけ、従業員になると申し出たのだ。
正直、年若い自分が店長を務める店と聞いて従業員がしっかり集まるか内心不安になっていた菜ノ葉にとって、見知った相手が従業員をやってくれるというのは渡りに船の話であった。
こうして少女達は菜ノ葉の店の従業員として共に店を切り盛りしているのだ。
この農家レストラン『ガーデン』は敷地内にある畑で取れた野菜を中心にしたヘルシーな料理をウリにしており、味とヘルシーさが両立出来ている店として女性の支持が高くリピーターも多い。
実際、店内の客の半数以上が女性客であり季節の野菜をふんだんに使った『サラダうどん』や『サラダスパゲティ』、様々な天ぷらを用いた『天丼』や『天むす定食』、デザートのキャロットケーキなんかも人気を博している。
ニラたまご定食等ニラを使ったメニューもそれなりにあるのだが、他のメニューと比べると人気は一歩劣る様子である。
店内は広い山小屋のような雰囲気で、掃除も行き届いている為清潔感があり、シックな雰囲気の内装で纏められている。
この落ち着いた雰囲気も、リピーターが多い要因である。
「うん。一人。あと、菜ノ葉に『亜季が来た』って伝えて貰える?」
「了解しました。西野亜季さんですね? では、こちらの席でお待ち下さい」
自前の情報を閲覧して亜季が菜ノ葉の知り合いである事を確認した様子の少女は、そう言って亜季を奥の席へと案内して来る。
菜ノ葉は自分の知り合いの顔写真やIDのデータを従業員の少女達に伝えており、亜季達が来た場合は自分に知らせるようにしているのだ。
勿論亜季達の許可はきちんと取っており、日々多忙なメンバーが少しでも顔合わせが出来るようにと配慮した結果である。
勿論、菜ノ葉の都合がつかなければそれまでではある。
その為菜ノ葉の事情も考慮して、少しでも客が少なくなるであろうこの時間帯にやって来たのだ。
亜季にはどうしても、菜ノ葉に話しておかなければならない事があったのだから。
「お待たせしました、先輩。お久しぶりですね……かれこれ、一か月ぶりでしょうか」
「多分、そのくらい……菜ノ葉、今時間大丈夫?」
「お昼の分のラストオーダーはもう終わっているので、大丈夫です。デザートやコーヒーの注文くらいだったら、あの子達だけでどうにかなりますし」
菜ノ葉はこの店のオーナーであると同時に、料理長でもある。
勿論調理担当の子達もいるのだが、まだまだ菜ノ葉には及ばない部分が多い為、かきいれ時には菜ノ葉がいないと色々と問題があったりする。
しかし、デザートのケーキなどはある程度作り置きしてあるのでそれを出すだけならばウェイトレスの少女達だけでも問題はないのだ。
「そう……上手くやれてる?」
「皆のお陰で、順調にやれています。正直、最初は不安もあったんですけど……あの子達と一緒にやっていくうちにリピーターも増えて、今では売り上げも伸びてちょっとした有名店舗になっちゃいました。助力してくれた聖良さんには、感謝してもしきれません」
亜季の言葉に、菜ノ葉は満面の笑みでそう答えた。
この店は聖良の助力で始まったものであり、聖良は
店の初期運用に必要な費用も無利子無担保で貸し出しており、聖良の力添えあったからこそこの店があると言っても過言ではない。
店を成功させたのは菜ノ葉達の力だが、資金がなければ始める事すら出来なかったのだから。
無論、最初は菜ノ葉も自力で資金を溜めて店を始めるつもりだった。
事実、アークの社員食堂で働いていた彼女は充分な貯金があり、自力で店を開く事も不可能ではなかった。
しかし、流石に安定した経営が出来る準備を整える為には更に資金を溜める必要があり、店の開業はもっと先だと考えていた。
だが、社員食堂での働きぶりをしっかり把握していた聖良は店を与えても問題はないと判断し、経営の基礎知識を叩き込んだ上でこの店舗を提供したのだ。
結果として店は大成功……その盛況ぶりを聞いた聖良は、いつものポーカーフェイスをほんの少し崩したそうだ。
「叔母様も菜ノ葉がちゃんとやれてるなら嬉しい筈……あの人、誤解され易いけどいい人だから。今度、お礼は伝えておくね」
「ありがとうございます。それで先輩、何かお話があるんですよね? 出不精な先輩がわざわざ此処に来るくらいですから、何か緊急の用件でも?」
「緊急といえば、緊急……少なくとも、私達にとっては」
ともあれ、本題を切り出さない事には何も始まらない。
亜季は真剣な顔で菜ノ葉と向かい合い、菜ノ葉も亜季の表情を見て居住まいを正した。
「この間、千夏とレインが甲と結婚した事について……どう思ってる……?」
「……それ、は……」
思いもしなかった……否、半ば予想していた質問に菜ノ葉は言葉を詰まらせた。
先日、千夏とレインが結婚式を挙げた。それだけなら問題はないのだが、相手は既に真とクリスの二人と結婚している甲であったのだ。
話を聞いた亜季は、矢張り、という想いでその事実を受け止めていた。
クリスは自分達の結婚式において、
クリスの自我の強さをこれまで散々見て来た亜季としてはこの言葉は単なる社交辞令の類いではないかと思っていたのだが、その宣言の時にブーケを千夏に叩きつけた行動から
亜季は甲に対する想いについては、あの事件の後ようやく自覚したのだ。切っ掛けは、聖良から自分の出生について語られた事である。
自身が誰の複製品なのかずっと疑い続けて来た亜季は、接続者に関する話を聞いた時に自分が甲の母親のクローンなのではないかという疑念を持った。
しかし聖良によれば、自分は甲の母親とは無関係とは言えないが、少なくとも門倉八重のクローンでない事は明言された。
その話を聞いて安堵した亜季は、何故安堵したのかを自問自答し……その結果、甲への想いに気付いたワケだ。
だが、亜季は甲とクリス達の間に割って入る気はなかった。
傍から見ても3人はお似合いだし、所詮スタートが出遅れた自分が座る席はないのだと、気付いたばかりの想いに蓋をして永遠に開けないつもりだった。
そんな折の、千夏とレインの重婚報告である。正直に言って、その事を聞いた時亜季の心は盛大に揺れた。
つまり、
その想いは、甲の最初の結婚の時から抱いていた。何せ、クリスと真のどちらかを選ぶと思っていたら……聖良までグルになっての、重婚決行だ。
その時も倫理観を盛大に破壊された亜季だったが、千夏とレインまで重婚を決行した今となっては倫理を守り続ける意味なんてないんじゃ、と考えるようになってしまったのだ。
そして、亜季は居ても立っても居られず同じ想いを抱いているであろう菜ノ葉の下へやって来たのである
今更甲に想いを告げて受け入れてくれるのか、という心配と常識外れな事をしようという不安から、仲間を求めて此処にやって来たワケだ。
赤信号、皆で渡れば怖くないの精神である。
亜季も菜ノ葉も、色々と癖がある如月寮の仲間達の中では常識人の部類に入る。
そんな彼女達にとって、重婚というハードルは他者が思うよりずっと高い。
しかしそれでも
「……ねぇ、菜ノ葉……もう、我慢する必要はないって思わない……?」
亜季が言わんとする事はすぐに菜ノ葉にも伝わり、しかし人一倍常識に拘りがある菜ノ葉は恐る恐るといった風に口を開く。
「で、でも……幾ら何でも、普通じゃないし……それに、クリスさんと真ちゃんがなんて言うか……」
菜ノ葉はおずおずとそう呟いた。それは菜ノ葉としては決まり切らない自分の想いの言い訳のつもりだったのだが、それに応える声があった。
「──あら、別に構わないわよ。そのつもりがなきゃ、そもそもあんな事は言わないワケだしね」
「「え……!?」」
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには白いパーカーに緑のミニスカート姿のクリスが立っていた。
クリスは「失礼するわね」と告げると、その美しい銀の髪を揺らしながら亜季の向かいに座り、悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「クリスさん、なんで……?」
「なんでって、此処はレストランでしょう? これでもちょくちょく利用してたんだけど、気付かなかった? まあ、これでも有名人だから人目避けの為にある程度変装紛いの恰好をしてたから無理もないだろうけど」
彼女の言う通り、クリスは警邏としての活躍等で顔が売れており、追っかけのような者達もいる程の有名人だ。
そんな彼女が変装もなしにお昼時のレストランに現れれば店側に迷惑がかかると考え、この店を利用する時は彼女はウィッグやサングラス等を駆使して変装していた。
その為、菜ノ葉もクリスが来ている事に気付けなかったのである。
クリスも他のメンバーと比べれば菜ノ葉との交流は薄かった為、敢えて名乗る必要もないだろうと放置していたのも理由だが。
「さて、話は聞かせて貰ったけど……要するに、甲と重婚したいんでしょう? 今言ったように、私は構わないわよ。ああ、私の視界を通して真も見てるから、これは真の意志でもあるって思って貰って結構よ」
そう告げるクリスの瞳に、一瞬真の気配がしたような気がして亜季達は瞠目した。
クリスは真が実体を取り戻していない頃、少しでも現実を思い出して貰おうとちょくちょく真に自分の視界を共有させていた。
そんな経緯からクリスは真との視界共有に対する抵抗が薄くなっており、必要とあればいつでも視界共有を行って二人で情報を共有していた。
情事の時などは感覚共有も行っており、以前はクリスが自分の身体を貸し与えて甲との情事に及ぶ事もあったくらいである。
つまり、今この時もクリスは言葉通り真と視界共有を行っている可能性が非常に高い。
更に言えば、聴覚も共有している可能性もある為、リアルタイムでこのやり取りは真が見ている状態にあると言っていいだろう。
つまり、この
「ほ、本当に……? 私、他の人達みたいな凄い事出来ないよ……?」
「何言ってるのよ。貴方にはその料理の腕があるでしょう? 真も今では上達してるけど、本職に比べればまだまだだし……私も、料理は未だ勉強中だしね」
それに、とクリスは告げる。
「此処の料理は、私も気に入っているのよ。真も甲も少し野菜を敬遠する傾向があるから、健康志向の献立を作ってくれるなら嬉しいわ。それに、甲は相手の能力だけで価値を判断するような人間かしら?」
「それは、違うけど……」
甲が能力だけで相手を見るような男なら、これだけの女性から好かれる筈もない。
それは、幼馴染の菜ノ葉や姉貴分の亜季が充分理解している。手応えを感じたクリスは、今度は亜季に話を振った。
「亜季さんも、能力どうこうじゃなくて純粋に纏め役が欲しいのよね。私が
今、亜季達が欲しいのは下手な気付けや励ましの言葉ではなく、
それを理解しているクリスは、前置きをしてから亜季にそう切り出した。
建前も入っているが、実は半分以上本音も入っていたりする。
クリスも真も、相手を
その点亜季であれば如月寮の面子を纏めて来た実績がある為、安心して調整役を任せる事が出来るワケだ。
「「…………」」
クリスの話を受け、二人は真剣に考えこんだ。
お膳立ては既に整い、正妻のクリスの許可も受けている。
──二人が頷くまで、そう時間はかからなかった。
二人をどういう風に書くかは色々悩んでいましたが、こういう形がいいかなと思い執筆しました。二人はあの面子の中でも特に常識人なので、後押しがないと駄目でしょうしね。
クリスは正妻だけあって、アフターストーリーには必ず出演してますね。まあ、真より