BALDR SKY Another World /世界X+Ω 作:デスイーター
此処では甲の一人称でお送りしております。そうしないといけない気がしたので。
「……クリスマス、か……」
夜の街で俺は一人、周囲の光景を見ながら呟いた。
街は電光に彩られ、夜の市街に恋人達が練り歩く。この新清城市は今、クリスマスの祝祭のネオンで照らされていた。
──クリスマスは、俺に……門倉甲とっては
『灰色のクリスマス』……そう呼ばれる惨劇で、俺は自分の恋人を……空を、失った。
あの時の光景は、今も脳裏に焼き付いている。画面越しに見る空の輪郭が崩れ、ドロドロに溶けていく。空だったものが無残に溶け落ち、ナノマシンに食い尽くされていく。
──こう、たす、け──
……空の
「──ひどい顔ね、甲」
「クリス……」
──手を包む暖かな感触にはっとなり顔を上げると、そこには最早見慣れた銀髪の少女……クリスが立っていた。
クリスは俺の手を握り、こちらを真っ直ぐに見詰めていた。クリスの手の暖かさが冷えつつあった俺の心の温度を取り戻し、悪夢から現実に立ち戻る。
「……まだ、クリスマスは慣れないかしら?」
「……そうだな。違うと言えば、嘘になるかな……」
……それは俺の、正直な想いだった。
あの事件を乗り越え、アセンブラによって地球環境が浄化され、皆が新たな道を進み続けている。
俺もまた、傭兵稼業から足を洗い、この新清城市の復興に助力してこの街を盛り立てようとしている最中だ。
けれど、どうしてもこの日だけは……クリスマスの日だけは、
しかも今は20:20、灰色のクリスマスが起きた時刻……即ち20:32まであと僅かだ。
そんな状況で、俺は今の恋人の一人であるクリスと向かい合っている。
これまでは、問題はなかった。あの『灰色のクリスマス』以降クリスマスは人々の心に
だが、俺達が解決したあの事件の結末によってアセンブラは本来の用途通りの効能を発揮し、荒廃していた地球環境は浄化されていっている。
その為、人々の記憶は
となれば当然、クリスマスは元の祝日へと戻る事になる。だが当然、
この新清城市においてはかつて灰色のクリスマスが起きた場所という事もあり、この街のクリスマスはあの惨劇の死者を悼み、そして数々の痛みを乗り越えて未来へ進む為の記念日である。
故にあの惨劇が起きた20:32には、街に黙祷の放送が流れる事になっている。
それが必要な事であるとは、理解出来る。だが、理解と納得は別のものだ。
普段であれば悪夢の記憶が色濃く残るクリスマスは家に閉じ籠る事が多かった俺だが、思うところがあってこうして待ちに出て来たワケである。
実は、聖良叔母さんはそんな俺の心情を察してクリスマス当日に街を出て旅行出来るよう手配しようかと言ってくれたのだが、俺はその申し出を丁重に断った。
……俺はあの事件の最後に、奇しくも空と……あの日死んだ空本人の電子体と、邂逅する機会を得た。
空は彼女を亡くしておきながらクリスや空の妹である真ちゃんを恋人としていた俺に対し、恨み言を言うでもなくこう告げたのだ。
──二人を選んだ事なら、気にしてないよ。まこちゃんも甲が相手なら任せられるし、クリスさんも頼りになるもの──
──甲は甲の人生を生きて。私の人生はもう終わっちゃったけど、甲の人生はまだこれからなんだから──
……空は、そう言って俺に再びの別れを告げた。彼女が残したのは未練の言葉でも後悔の言葉でもなく、ただ俺達の未来を祝福するエールだった。
いかないでくれ、とは言えなかった。既に彼女は死者であり、空自身もその事を受け入れている。俺の我儘で、彼女の魂を引き留める事は出来なかった。
或いは、あの頃の……空を失ったばかりの頃の俺であれば、何がなんでも引き留めようとしたのかもしれない。
その結果起こる事を予測すらせず、泣き喚いて空と共にいる事を望んだだろう。
けれど、あいつを……俺に好意を抱いていた事を死後ようやく悟り、怨霊の如き妄念でこの世界で暴威を振るったもう一人のクリスを否定した俺が、第二の彼女を生むが如き行いを許容するワケにはいかなかった。
死者が無理に現世に留まればどうなるか、俺はそれを知っている。だからこそ、刹那の奇跡で再会出来た空をあの時送り出す事を選んだのだ。
あの邂逅を得た今、俺も変わらなければならない、と思った。だからこそ聖良さんの配慮を拒否してまで、俺はクリスマスを迎えた新清城市に残って街に出向き、あの惨劇を乗り越えた事を証明したかった。
「……全く、情けない限りだよ。自分から街に出向いた挙句、あの悪夢を思い出しそうになって震えるなんて……こんなんじゃ、あいつに顔向けできねぇよ」
俺は自嘲し、乾いた笑いを漏らした。自分で
だから、次にクリスの口から出て来るのは罵倒の言葉だと思っていた。クリスはこの手の弱さを許容せず、是正させようとする筈だ。
俺はクリスからそんな厳しい言葉が出て来るものだと
「……馬鹿ね。私が今の貴方を、罵るとでも思った?」
「……え……?」
ふわり、と柔らかな感触に包まれる。クリスは俺をそっと抱き寄せ、全身で抱擁して優しい声でそう告げた。
「貴方はあの日、空さんを眼の前で失った。その事実は、
「……クリス……」
優しい声音で諭すように告げるクリスの言葉に、俺はかつてもう一人のクリスに自らが言い放った言葉を思い出した。
──……ふざけるな。
俺は確かに、そう言って彼女を否定した。生者も死者も関係ないと告げた彼女に、死者を悼む人々の想いを冒涜するなと、俺は心から叫んだ。
彼女のその言葉は、空を悼む俺の気持ちを踏み躙られたように思えたからだ。
もう現実で会えない死者に、想いを馳せる……そんな当たり前の事を、彼女は否定しようとしたのだから。
「彼女の死は、誰もが悲しんだでしょう。空さんの妹の真もそうだし、如月寮の面々もそうよ。けれど、
だから、とクリスは告げる。
「──彼女の死を思い出す事を、拒まないで。心が痛んで倒れそうなら、悲嘆で挫けそうなら、私が支えてあげる。私だけじゃない、真や、如月寮の人達……それから、聖良社長や貴方のお父さん、長官だってきっと貴方の力になってくれるわ」
そう語るクリスの髪が、風に揺られて靡く。クリスマスの電光に照らされながら優し気な瞳をするクリスは、何処か幻想的で……いつもより、より美しく見えた。
「あの日、『灰色のクリスマス』で多くのものを失って、人生を狂わされたのは貴方だけじゃない……私も、六条の家を失ったわ。私はその事を忘れた事はないし、これからも忘れるつもりはないわ」
そう言って、クリスは儚げに微笑んだ。俺は思わずその笑みに見惚れ、彼女の一挙手一投足を見逃すまいと凝視する。
「──だから、悲しむ事を、厭わないで。悲しむ事は、遺された人間が持つ一番の
「────そう、か……」
──そして、俺はクリスの言葉を意外なほど素直に受け入れた。
そうだ。あの日大切なものを失ったのは、何も俺だけじゃない。家族を失ったクリスと同じように、あの日数え切れない人々が様々なものを失ったのだ。
遺された者に出来る事は、そう多くはない。だからこそ、死者を悼むという行いを決して忘れてはいけないのだ。
死者を悼む事と、現実の幸せを掴み取る事は矛盾しない。死者を悼む事は、決して忌避される行いではなく……人間の持つ、当然の権利なのだから。
──時刻になりました。皆さま、黙祷をお願いします──
街中のスピーカーから、黙祷を促す放送が鳴る。俺はクリスと抱き合ったまま目を閉じ、黙祷を捧げた。
「さあ、もう帰りましょう。待っているわよ、皆」
「……ああ、そうだな」
黙祷を終えた俺達は、そう言って帰路に着いた。電光に包まれた街をクリスとてを繋ぎながら歩き、足早に街路を進んでいる。
「……? おいクリス、こっちは家じゃないぞ……?」
「ふふ、いいのよこれで。黙って付いて来なさい」
「あ、ああ……」
だが、途中でクリスが家ではなく別の場所へ向かっている事に気が付いた。しかしクリスがこう言う以上は特に断る理由もない為、彼女に言われるがままに足を向ける。
「此処は……」
……辿り着いた先は、菜ノ葉が店長を務める農家レストラン、『ガーデン』だった。
既に今日の営業は終了した筈だが、店の中には灯りが点いている。中からは賑やかな声が聞こえ、その喧騒が外にまで伝わって来る程だ。
「クリス、これは……?」
「言ったでしょう?
クリスは有無を言わさぬ口調でそう告げ、俺の手を引いて店の扉を開ける。そして……
「あ、甲ーっ! やっと来たね、もう」
「随分遅かったじゃないか。ひょっとして、何処かにしけこんでたかい?」
「流石にそれはないと思いますけどね。大方の予想はつきますが、口に出すのは無粋というものでしょう」
店の扉を開けた先には、大量の料理をテーブルに並べながらこちらを見て笑う菜ノ葉と、手を繋いで現れた俺達を見てジト目になる千夏とレインがまず見えた。
「ったく、主役が遅れてどうすんだよ。皆待ちくたびれてたんだぜ?」
「……うん。もうお腹ぺこぺこ。甲はもう少し時間を守る事を覚えた方がいい」
「それ、亜季先輩が言う事ですか……?」
そして、隣のテーブルには呆れた表情を浮かべる雅とテーブルに突っ伏す亜季姉ぇ、そんな亜季姉ぇを見て溜め息を吐く真ちゃんがいた。
「おう、遅ぇぞ甲。しけこむのも結構だが、時と場所を考えろよ」
「それを君が言うかね? なんなら、君のかつての武勇伝を此処で暴露しても……」
「……やれやれ、少しは落ち着いたらどうかね? 年長者として、もう少し威厳をだな」
奥のテーブルには親父がノイ先生にからまれており、そんな二人を長官が肩を竦めながら注意していた。
皆が一様に楽し気な笑みを浮かべており、店内には美味しそうな料理の匂いが充満している。何処からどう見ても、クリスマスパーティーそのものだった。
「……驚いたかしら? 勝手ながら、こちらで企画させて貰ったのよ」
「……叔母さん……」
そして奥から進み出て来た聖良叔母さんが、穏やかな笑みを浮かべながらそう告げた。いつの間にか店内に集まった皆が俺の方を向いており、叔母さんが俺にグラスを差し出して来た。
「貴方がクリスマスに抱く想いは、理解しているつもりよ。だからこそ、少しでも貴方の気が紛れればとパーティーを開いたのだけれど……その、迷惑だったかしら……?」
「──とんでもない。本当に嬉しいですよ、叔母さん。ありがとうございます。俺の為に、わざわざ皆を呼び集めて貰って」
俺は差し出されたグラスを受け取りながら、笑顔でそう告げた。
この街で働く亜季姉ぇや菜ノ葉はともかく、親父や長官は日夜平和の為に戦い続け、余暇など早々取れない筈だ。
だというのに、俺の為にこうして時間を作って集まってくれたのだから、感謝するしかない。
俺にはこんなにも暖かな仲間達がいるのだと、改めて理解する事が出来たのだから。
「さ、皆待ちくたびれているわ。早く、始めてしまいましょう」
「……ああ、そうだな」
いつの間にか自身もグラスを持っていたクリスに促され、俺は店の中央に進み出る。そして、グラスを掲げて号令をかけた。
「メリー・クリスマス!」
「「「「「「「「「「「メリー・クリスマス!」」」」」」」」」」
カラン、とグラスの鳴る音が響き、店内が歓声に包まれた。皆は肩を寄せ合いながら料理を摘み、思い思いの話に花を咲かせ始めた。
──ジングルベルが、聞こえる。その鐘の音はまるで、空の彼方にいる彼女が、俺達を祝福しているかのようだった。
というわけでクリスマス短編、書き上げました。書き始めると書きたい事が色々出て来て、結構な時間がかかってしまいました。
BALDR SKYという物語では、クリスマスとは『惨劇の日』です。なのでそれを忘れず、尚且つアフターの一環としてキャラ達を楽しませるにはどうすればいいかを考え、こういう結果となりました。時間軸は大体本編解決からアフターストーリー1の間くらいですかね。
アフターストーリーはまた思いついたら書くかもしれませんが、今度こそ一旦終わりだと思います。
現在執筆している『BALDR GENESIS』の方も、よろしくお願いします。必ず読んでいて後悔させない仕上がりにするつもりですので、評価感想、お待ちしています。