安城院雫という人は当然だがモテる。
抜群の美貌はそれだけで人を惹き付けるし、そのどこか遠さを感じさせるような性格は憧れを誘う。
戸塚に聞くところによると、先輩に振られた男子生徒を集めると優に一クラス分を超える人数になるらしい(女子生徒を合わせるとちょうど二クラス分だとか)。
僕はそれいつものあいつの冗談で、流石に言いすぎだろうと思っていた。
けれど、目の前の光景はもしかしたらと思わせた。
僕は昨日同様に生徒会室で先輩の手伝いをしていた。
簡単に食事を済ませると、今日は生徒会室内の別室、会議室にある資料の整理を頼まれた。
ガラス張りの会議室からは、先輩が相変わらずに山のような資料を崩していく様子が見える。
事態が変わったのは、資料整理を初めてすぐのことだった。
気がつくと僕と同級生だろう男子生徒が、安城院先輩の座る前その前に立っていた。
いや僕が気づいたのは、彼がそこに立っていたからじゃない。
別室であるこちらにも聞こえる声で、先輩への愛を叫ぶその声のせいだ。
それは僕が聞いてもなかなかに胸を打たれるような愛の言葉の羅列で、彼の想いが詰まっていた。
先輩はどう応えるのだろうか。
今朝のキスの感触を思い出しながら、気が気じゃなくてその場面に釘付けになる。
彼の表情は真剣そのものなのに対して、先輩はほとんど表情が変えなかった。
いつものクールな装いを崩さずに、彼の言葉を聞き終えると頭を下げた。
頭を上げると何か口が動いたけれど、その声はこちらには届かなかった。
告白をした彼はその答えで十分だったのか踵を返して、早足でいやほとんど走るようにして出ていった。
先輩は大きく息をついて、そして僕の視線に気づいたのか、苦笑してこちらを見る。
僕はさすがにこのまま資料整理を続けるわけにもいかず、一度、先輩の方へ戻る。
先輩は慣れているのか、もういつも通りの仕事に戻っているが、僕に気づくと顔をあげる。
「聞こえてたかしら?」
「まあ、おおよそは」
「ああいうの。その、嬉しいんだけどね」
先輩は照れたように頬をかく。
「自慢じゃないけれどね。ああいう風に言ってくれる人はこれまでもいたんだけれどね、どの人もどこか私を見ていないように思うの」
安城院雫に憧れている人の多くがそうなのだろう。
自分の理想を先輩に仮託する。
先輩の外見に理想を見て、その内面にも理想を押しつける。
そこには、先輩の姿はない。
実は犬っぽくて世話焼きな先輩を、笑うととてもかわいい先輩を、それから実はとってもHな先輩を誰も知らない。
先輩が言っているのはそういうことなのだろう。
「それに私なんてぜんぜんなのに、とも思っちゃうのよね。全然かわいらしくないし。口下手で友達もほとんどいないし。それに、そのHだってわかっちゃったし」
先輩が自分のことをそんな風に思っているなんて、僕は知らなかった。
少なくとも最後のは断然ポイント高いと僕は思うけれどと、そんなことを口にしない。
「それに、できれば初めての人は自分から告白したいなって、そう思っているの。人から選ばれるんじゃなくて、自分で選びたいな、って」
先輩は手をぎゅっと握って、意志を込めていた。
けれど自分の言葉に反応してか、その頬は赤らんでいる。
「先輩はまっすぐな人ですね」
「そういうわけではないと思うけれど。その、川上くんはどうなの、告白とか、そういうのは」
「僕はされたこともないですよ」
「そうなんだ」
先輩はほっとしたようでどこか声音が軽くなる。
どうしてだろう。
僕が告白されていようと、そうでなかろうと、先輩にはあまり関係がないようにと思うけれども。
僕がそんな風に疑問に思っていると、
「さてはて、この話題はこの辺にしましょうか。もう少しだけお願いできるかしら、川上くん」
「はいっ」
僕は頷いて自分の持ち場に戻る。
けれど、その前にもう一度、先輩を見る。
さっきの先輩の言葉で、僕自身が先輩に理想を見ていたことに気づいた。
でも、僕は少しだけ他の人が知らない先輩を知っている。
そしてそれは、これからも増えていく。増やしていく。
そんなことを思う。
「返事はよかったけれど、私の顔に何かついているかしら?」
「いえ、すぐにします」
そう言って今度こそ、僕は持ち場に戻った。