一度家に帰りシャワーを浴び終えてから、僕は先輩の家へ向かう。
冷静に考えると女の子の家に行くのは初めてだった。
何か持っていくべきかと思ったか思いつかず、ほとんど手ぶらのまま家を出た。
朝からのやりとりで、先輩の住所は聞いている。
先輩の言う通り、僕の家から五分ぐらいの距離だ。
「これから向かいます」とLINKで打つと
「お待ちしております。ご主人様」と返ってきた。
奇妙な感じだが、悪い気はしない……いや、幸せと言ってもいいかもしれない。
そんな浮かれ気分だったからかもしれない。
分厚い灰色の雲に僕は頬に触れた雨粒で気づいた。
大粒の雨粒は何か恨みがあるかのように降り始める。
先輩の家まで後少しだが、家に戻るべきかな。
そう悩んでいる判断すら遅かった。
雨は勢いを増していて、僕はほとんどびしょ濡れになった。
踵を返して一度家に戻ろうとすると、
「川上くん」と背中から声がした。
振り返ると傘をさした、先輩が立っていた。
「先輩、どうして」
「ベランダから見ていたんだけれど、川上くん傘持ってなかったから。ごめんなさい。私も一本しか傘持っていなくて」
先輩は開いていた傘の中に僕を入れてくれる。
かなり濡れていた僕は申し訳なく感じてしまうが、
「もうそこだから。来たらいいわ」
先輩はそんなことを気にした様子は見せなかった。
「でも、先輩……」
「なにかしら、川上くん」
「こんなところを見られたら」
「私はそんなこと気にしないわよ」
先輩はクールで、その言葉はあまりにかっこよかった。
住所のマンション名を見た時にもなんとなく気づいていたけれど、先輩のマンションは僕が借りているアパートとは比べものにならなかった。
見上げないとてっぺんまで見えないような、入るのを躊躇させるような高級マンションだ。
先輩はどうやら本物のお嬢様でもあるらしい。
広々としたエントランスには当然のようにコンンシュルジュがいたし、マンション内にスーパーとジムまで備え付けだ。
乗り込んだエレベーターさえもあまりに豪奢で、僕は溜息さえ出そうだった。
「父親がね、お金持ちなの。あまり娘に興味ない人なんだけれどね。それでもお金はあるから、こんなところを借りてくれて。感謝してるわ」
その口調はどこか寂しげで、影が差している。
誰にでも言えないことはある。
ふと、そんな言葉が思い浮かぶ。
僕はその言葉を振り払うために、何かを言わなきゃと思ったが、エレベーターは目的の階数についてしまいタイミングを逸した。
このフロアにもラウンジ的なスペースがあることに驚きながら、先輩に導かれるままについて行く。
「ここよ」
先輩は鍵を回して、頑丈そうな扉を開ける。
いい匂いがするというのがその部屋の最初の感想だ。
それからなんだろう。
当たり前だが、外と同じく中もあまり豪華だ。
玄関から見える広々としたリビングとそこに並ぶ家具は僕の目で見ても洗練されているのがわかる。
それ以外にあまりに言葉にならない。
「ちょっとここで待ってなさいね。タオル取ってくるから」
先輩は早足で紺色のバスタオルを持ってきてくれる。
僕はそれで全身の水滴をぬぐったが、いかんせん濡れ具合がひどすぎた。
水を吸った服は不快だった。
「お風呂は沸かすまでに少し時間かかるから、シャワーでいいかしら」
「すいません、迷惑かけてしまって」
「ううん。気にしないで。お風呂はそこだからね」
先輩は玄関から見て右手のドアを指さす。
それがどうやら浴室のようだ。
「それから濡れた服はここに入れて、洗って乾燥機かけてあげる」
先輩はいつの間にかピンク色の洗濯かごを持ってきてくれている。
「すいません。ほんとに何から何まで」
「気にしないで。昨日のお風呂のお礼だとでも思ってくれればいいわ」
僕が頷くと、先輩も満足そうに頷いた。
なんだろう僕は一つ先輩についてわかったことがある。
この人、なんというか口調はしっかりとしていて、しかもお嬢様という感じなのに、どこか犬っぽい。
なんかすごく尽くしてくれる感じだ。
エロ神さまが先輩に課した試練に適性があると言っていたけれど、僕はそれに納得してしまった。
「なに、川上くん。何か足りなかったかしら?」
先輩はなぜだか嬉しげに、身を乗り出すようにこちらを見る。
なぜだろう。
こんなによくしてくれている先輩に僕は少し意地悪をしたくなった。
「いえ。その」
「何かしら、川上くん」
「先輩に見られたまま服を脱ぐのは……その」
僕の言葉の意味を理解して、先輩はすぐに後ろを向く。
「あああ。そうよね。ごめんなさい」と素っ頓狂な高い声を出す。
そうして羞恥心を感じたのか、
「ああん」と何度か短い喘ぎ声を上げた。
指輪の数字が増えたのを確認して、僕は服を脱ぎ始めた。