選択を間違えた。いや、アイドルに対しての仕事は間違えていないんだけど、自分自身の仕事は選択を間違えたとしか言いようがない。
別に自ら希望した訳ではない。何故か配属がアイドル事業部になってしまったのだ。元々俺は事務職希望だったというのに。
俺の勤務先でもある346プロダクション。世間知らずの俺でも知ってる程の芸能プロダクションだ。映画の配給会社として有名だったこの会社、俺が入社する時に合わせたかのように、アイドル部門なるものが創立されたのだ。
当時、アイドルなんて毛ほども興味の無かった俺がそんなことを知る術など持ち合わせておらず、346を受けたのも希望する事務職の一つとして受けたに過ぎなかった。……まあ、俺みたいなアホがこんな大企業受かったって時点で察するべきだったんですがね。
要は、新しく部署を立ち上げたことにより、人手が必要となったという訳だ。面接等で、事務職の希望を伝えていたところで、全くの無駄だったということだ。そのまま俺は右も左も分からぬまま、アイドルをプロデュースする、プロデューサーという立場になってしまった。
……ああ、ちひろさんみたいに俺も裏方に回りたい。
アイドルはもちろん新人な訳だが、俺だって新人である。何をどうすればいいのかなんて分かる筈もなく、初めの内は多くのアイドルや他のプロデューサーに迷惑をかけてしまった。中でも先輩にあたる武内プロデューサーには本当に頭が上がらない。
この武内プロデューサーがいなかったら、俺だけでなく346自体どうなっていたのか分からない。新企画として打ち出した「シンデレラプロジェクト」。これの成功があったからこそ、346所属の多くのアイドルが有名になり、アイドル方面としての346の地位を確立させたといえる。何れの背景にも武内プロデューサーが関わっており、この人の手腕に驚かされっぱなしだった。
……え、俺? 一応担当プロデューサーの1人だったけど、正直俺が必要とされている気がしなかったよ。だって武内プロデューサーがいれば何もいらないような感じだったし。
その後、海外から会長の娘にあたる美城専務(下の名前は知らない。因みにこの時は確かまだ常務だったはず)が帰国し、部署統括の重役となった。この頃が今までで1番しんどかった。シンデレラプロジェクトなんて屁じゃないね。だってこの人有無を言わさず結果を求めてくるんだもん、怖いのなんの。武内プロデューサーとも一戦どころか十戦くらい交えてそうだったし、所属アイドルからの不満が出たのも、この時が断トツで多かった。
流石に見かねて正面切って意見具申した時があったが、その時に向けられたえげつない目付きには、良い歳こいて漏らしそうになったくらいだ。よくこの時クビにされなかったなあと今でも思う。
最終的には和解というか、認めてくれたみたいで、それまでの無茶な仕事の割り振りはしなくなった。
という、新人から実に内容の濃い職歴を辿ってきた俺だけど、今までの頑張りが報われたというか、褒美が沸いてきたというか、そんな出来事が起きた。
いつものように社畜丸出しの冴えない顔で出社し、自分のデスクに座る。引き出しに入っている、企画書や営業内容をまとめたファイルを取り出そうとした時だ。
見慣れない
「ちひろさん、この時計誰のですか? 引き出しに入ってたんですけど」
「時計ですか? うーん、私は知らないですね」
「誕生日でもないし……誰かの忘れ物かねえ。……ん?」
よく見たらこの時計、針が動いていない。今時手巻きタイプの時計というのも珍しい。ギリギリとネジを巻いてみる……が動かない。何だこれ壊れてるのか?
「おはようございまーす」
「おはようございます」
「おはようございまーす!」
「おはようございます、卯月ちゃん凛ちゃん未央ちゃん」
中を開けられるようなところもないが、どうやらネジの部分はボタンみたいに押せるようだ。とりあえず押してみよう、ポチッとな。
――時間停止。
何だ今の感覚。寒気とは違う、ゾワゾワした感じ。妙な不気味さを感じて、思わず辺りを見渡す。
「え?」
非日常な光景を目の当たりにすると、どう反応していいか分からなくなる。今がまさにその状態で、俺の視線の先には、挨拶を交わしているちひろさんの他に、島村卯月、渋谷凛、本田未央の3人がいた。
4人共、挨拶を交わしている状態で
卯月はいつものように明るい笑顔で、凛はあまり変わらぬ表情で、未央は手を挙げて元気なアピールで、ちひろさんはイスに座りながら、体勢を3人の方へ向けたまま、その動きを止めていた。
何かのドッキリ企画だろうか、それにしては周りの喧騒も聞こえてこない。自分のデスクから立ち上がり、4人の下へ移動する。目の前で手を振ってみるが、無反応。
こーいうの、AVの企画モノでよくある内容だが、実際に起こりうる事象ではない。しかし、窓から見える風景が、俺を目の前の事象を信じざるをえなくした。
鳥が空中で止まっている。
どんな生物にも重力は働く。滑空ではなく浮遊というのは、何の機材も無しに出来るものではない。
ゴクリと生唾を飲み込む。俺だって男である。AVの企画モノでどういう展開になるかくらい知ってるし、見たこともある。つまり、今どんなことをしても大丈夫ということが証明されたのだ。
自ずと呼吸が荒くなる。しかしいいのか? 彼女達はアイドルで、俺はプロデューサーだ。恋愛禁止とはなっていないが、手を出すなんて常識の範囲で考えれば御法度だ。……じゃあ、アイドルじゃないなら?
イスに座り、穏やかな笑顔で挨拶をするちひろさん。アシスタントとしてアイドルだけでなく、俺達プロデューサーも支えてくれる存在。でも、アイドルとしても十分やっていけそうなくらいの容姿である。
背後に回り、ちひろさんの後ろからゆっくりと手を伸ばす。そして手のひら全体で、胸の柔らかさを堪能する。何だこれ柔らかすぎる。服の上からでも分かるくらい大きな胸。普段はそんなことを感じさせないだけに、ちひろさんは隠れ巨乳なのだろうか。もしかしたら着痩せするタイプなのかもしれない。
そのまま胸を揉みながら、うなじの匂いを嗅ぐ。香水とかは付けてないのだろうが、優しい感じの香りがする。匂いを嗅ぎながらうなじの部分を舐めてみる。こんな変態行為に及んでも、ちひろさんはもちろん、目の前にいる「ニュージェネレーションズ」の3人も全く気付くことはない。
よし、これからこの時計がどういうものなのかテストも兼ねて、色々なことをしていこう。時間停止中に及んだ行為は、時間停止が解除されるとどうなるのか、期待を胸に俺は時計のボタンを押し込む。
――時間よ、動け。
「はうぅん!」
「ち、ちひろさん?」
「ちょ、ちょっと大丈夫ですか?」
「あ、んっ……だ、大丈夫ですよ……? ちょっとしゃっくりが出そうになって……」
「……どう見てもしゃっくりの反応じゃなかったですよ」
うおぉやっべえ。何今の色っぽい声。ちひろさんってあんなエロい声出せるんだ。この時計、色んな意味でヤバい。だから、これは絶対に俺だけの秘密にしておこう。
「あ、きっくんおはよう!」
「おはようございます菊谷さん」
「おはよう菊谷さん」
「ああ、おはよう。未央、卯月、凛」
こんなところで終わっときます。