「朱に交われば赤くなる」ということわざの通り、私もただの「淫乱オンナ」になってしまったんだなと、長いため息をついた瞬間……
「ふーみん」
という声と共に、私の視界は真っ暗になった。
「あわわわっ」
強引に私は後ろを振り向くと、私の視線を隠した男は、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「よう」
彼は右手を挙げて私に挨拶し、そのまま隣に座る。
「お客様、ご注文は」
マスターの問いかけに、彼は即座に
「じゃあ、ジントニックで」
といった。
「食事は?」
という私の問いかけに、彼はすぐさま視線を私に向けて
「別のところで食べてきた」
と答える。
「よくここがわかったね」
「俺は超能力者だからね」
ハア? と呆れた私に、彼は
「ハハハ、冗談だよ冗談。この時間でふーみんがいそうな店は、おおよそ見当がつく」
「はいはいそうですか。どうせ私は単純なオンナですから」
自嘲気味に呟く私に、彼は笑って
「単純なオンナに、MODE JAPANの編集が勤まる分けないだろ?」
と応じる。
その直後、マスターは彼が注文したジントニックを運んできた。
「じゃあ、とりあえず乾杯しようか」
「うん」
グラスを重ねると、彼は静かにジントニックを流し込む。
「せっかくだから、これも食べなさいよ」
私がサンドウィッチを差し出すと、彼はありがとうといいながら、遠慮なくそれを口に放り込んだ。
彼の名前は綾野遠。日本ファッションデザイン界を代表する、新進気鋭の若手デザイナーだ。
私は彼のことを、編集者1年目の時に訪れた、服飾芸華大学開催のファッションショーで知った。当時から彼は学内では有名人で、その存在感は群を抜いていた。その時に発表された彼のコレクションを見た私は、彼は日本の、いや世界のファッションを変える存在になると確信したが、それはほどなくして現実のものとなる。
その翌年、彼は外国のファッション・ショーに自らのコレクションを発表すると、その名はあっという間に世界中に広まり、メディアにも引っ張りだこになった。
私が彼と知り合ったのは、彼がデビューした年の暮れに開かれた、コレクションの発表記者会見だった。
その時の彼は、私のことを「自分に興味を持つメディア関係者の一人」という認識しかなかったらしい。だが彼のデビュー翌年に「MODE JAPAN」で彼の特集記事を大々的に組むことになり、その責任編集者として私がなったことで、彼と私の距離は急速に縮まった。 彼は打ち合わせのたびに、私のファッションについてあれこれ口を出していたが、それだけでは気が済まなかったのか
「君が素敵に見えるようなファッションを考えてあげるよ」
といい、私のためにいろいろと服装のコーディネートをしてくれた。
ファッションはもちろんのこと、洗練された会話術を持ち、その上イケメン。はっきり言って、これでモテない方がおかしい。私みたいな女性は彼から見たら、仕事でよく顔を合わせる関係者の一人という認識に過ぎないのだろうと、今まで思っていた。彼の周囲にはいつもモデルやファッション業界関係者と思しき女子の影がちらつき、その派手な女性関係は、何度もゴシップ誌のターゲットになった。
ところがそんな彼が、私とベッドを共にした。
そのきっかけは、彼と酒席を共にし、そこで仕事や恋の悩み、交友関係に関する愚痴を話したことだ。
彼は私の繰り言を、いやな顔をせずに黙って聞き続けた。
私は調子に乗って、常日頃抱えている鬱憤をペラペラとしゃべった。
どのくらい時間が経っただろうか。
「新沼さんって、俺が思っていた以上にコンプレックスの塊だね。それに、かなりストレスもたまっていない?」
「ええ、ええ、そうでしょうよ。私は劣等感の塊ですよ。こんなチンチクリンで、服のセンスもどこかずれている。おまけに腐女子丸出しで、どこか痛い雰囲気を漂わせている女を好きになる男性なんか、この世に存在しませんよ」
酔った勢いでいいたいことを一気に吐き出した私は、中ジョッキに1/4ほど残っていたビールを、一気に飲み干した。
「ぷはぁ……ビール……まずい」
その様子を見た彼は
「新沼さん、そんな飲み方は体に毒だし、酒にも失礼ですよ」
と、やんわりとした口調で私を諭すようにいった。
「はあ、それはわかっています。わかってはいるんですけど……」
ジョッキをテーブルの上に置きながら、私は答える。
「そうでもしなければ、やってられないっス……」
「荒れてますねえ……」
「そりゃ荒れますよ。うちの編集部はみんな頭がいいし、綾野さんの周りにいる女性は、ファッションセンスもスタイルも容姿も優れている。どれをとっても、私とは正反対の人ばかり……」
「そんなことないと思うけどなあ」
「ありますってば!!」
テーブルを強く叩きながら、私は答える。ダメだ私、かなり酔ってるなあ……
「新沼さん、ちょっと場所を変えて気分転換しませんか?」
「気分転換、ですかぁ……」
私は、腕時計をのぞき込みながら答える。
夜も遅い時間だ。
こんな時間に、男が「場所を変えて」なんて言い出すというのは……
「あの、綾野さん。つかぬ事を窺いますけど……」
彼は、ニヤニヤしたまま私を眺めている。
「それって、私を誘っているっていう認識ととっていいのかしら?」
「他に、何があるんですか?」
あーくそ、コイツの狙いは、最初からそれだったか?
「ひょっとして、今日は私とベッドを共にしようと狙っていたんですね?」
「そりゃそうですよ。キャリア女性がへべれけに酔っ払い、人間関係や仕事のみならず、恋の悩みまでぶっちゃける。俺にいわせれば、これは『今晩、私を抱いてね』というサインじゃないんですかね」
私は彼を上目遣いで見ながら「へええ」というと
「綾野さん、それじゃ今晩私をメチャクチャにしてくれますね」
と、彼を挑発してみた。
彼はニヤリと笑って
「もちろん。今晩はあなたの気が済むまで、メチャクチャにしてあげますよ」
と応じた。
……そして1時間後。
私と彼は都内の高級ホテルの一室で、快楽の世界に浸っていた。
綾野さんは部屋に入るなり、私の唇を奪ってきた。
私のスーツを外し、背中を愛撫する。
それと同じタイミングで、私も掌をシャツに入れ、素肌の背中をさする。
私の想像以上に、彼の背中は逞しく、そして硬かった。
しばらくの間お互いの身体をまさぐり合った後、彼は私の耳元で
「82、62、85」
と呟いた。
私は驚いて、彼に問い質す。
「私のスリーサイズ、なんで知っているの?」
背中から来る快楽に喘ぎながら、私は質問する。
「これ、俺の特技なんだよ。だから、俺はこの世界でやっていける」
さも当然といわんばかりの表情で、彼はいった。
「よく、モデルたちから文句言われないね」
「俺は、それだけモデルたちからの信頼があるんだよ」
彼は私をベッドに押しつけながら答えると、彼は素早く衣服を脱いだ。
予想以上に白い肌、引き締まった体つきに、私は息を呑む。
素早く私の唇を奪い、顔、継いで首筋にキスの雨を降らせながら、彼は私の着ているシャツの裾をまくる。カラダを愛撫し、ブラをつけたままの状態で私の乳房を弄んだ。
やがて彼の指は、いとも簡単に私がつけていたブラジャーのフロントホックを外した。
彼の目の前に、私の乳房が露わになる。
「見ないで」と、私は腕で旨を書くし、顔を横に向けた。
しかし綾野さんは、私の腕を掴むと、いささか強引に胸から外した。再び、私の胸が露わになる。
プルプル震える私の乳房に、彼は優しくキスをし、静かに揉みしだいた。
「きれいだよ、君のおっぱい……もっと大きく、そしてもっときれいにしてあげる」
と私に声をかけると、私のシャツを脱がせ、パンティーごとロングパンツを脱がせる。
自分も全裸になり、私にのしかかると、彼はあっという間に私を快楽の世界へと誘った。
そして、これまで経験しなかった逞しい衝撃が、私のカラダを直撃する。
その後は……何があったのか、どんなやりとりをしたのか、まったく覚えていない。
そのくらい、初めて彼に抱かれた夜は、いろいろと衝撃的だった。
それからというもの、私は何かと口実を設けては彼に会いに行き、そして彼のもたらす快楽を存分に味わった。
男女の関係になってから2年が過ぎたが、私は彼とは「仕事のついでにセックスしている」という感覚で「今カレ」という意識はしていない。世間ではこういう関係のことを「セフレ」というのだろうが。
かくいう私もこの間、彼以外にも何人の男性に身を委ねてきた。
だが一つ言えることは、お互いがお互いの顔を見て、カラダを重ねるごとに、心の底から信頼できるのは相手だけなんだ、ということだ。
つかず離れずの関係を保ちつつも、私たちは目に見えない信頼関係で結ばれている。
彼に抱かれるたびに、私は密かに思ったのだった。