でも、もうそろそろ限界が近づいてきました。彼は一層激しくわたくしを攻撃してきたのです。
「モウ・・・ダメ・・・」
必死の思いで彼の耳元でつぶやくと
「イッチャウ──────────────────────────────ッ!!!!」
と絶叫すると・・・・そのまま力尽きてしまいましたわ・・・
「先生、朝ですよ。起きてください」
上郷さんは私を揺すって、わたくしを起こしてくれました。
「上郷さん、今何時ですか?」
「朝7時をまわったところです」
上郷さんは、すでに浴衣を羽織っています。それと対照的に、私はまだ裸のままです。
「チェックアウトは10時です。もうそろそろ準備しませんと」
上郷さんはそう言うと、顔を私の耳元に近づけて
「夕べの燃えっぷり、スゴかったですね」
と囁くではありませんか。わたくしは顔を赤らめると、思わず
「バカッ!!」
と声を上げ、彼をどつくという醜態をさらしてしまいました。にもかかわらず彼は笑って
「先生、かわいいですよ」
と応じます。続けて
「それじゃ、もうそろそろ準備してくださいね」
といってきました。
「わかりましたわ」
と私は応じると、ゆっくりと上半身を起こします。乳房を布団で隠すと彼に手招きをして
「わたくしと付き合ってみない?」
と、冗談めかして誘ってみました。すると彼は急に真面目な顔になり
「先生、本気ですか?」
「上郷さんこそ、夕べは遊びだったのですか?」
いいえ、と彼はクビを横に振ります。
「私は本気ですよ。あなたが大作家になるためなら、私はどんなことだってしますよ」
そして私を抱き寄せると
「先生、愛しています」
といい、私にキスをしたのですわ。
彼の熱意を感じた私は、彼と付き合ってみることにいたしました。
「わたくしを大事にしてくださいね」
「もちろんです」
この機会に、私は一つ彼に真実を話すことにしました。
「私の本名は『翆』と申しますの。だからデートの時は、本名で呼んでくださいね」
「わかりました。みどりさん」
・・・ここまでが、私と彼のなれそめの話でございます。
しばらくぼーっとしていたら、かなり時間が経っているのに気がつきました。いけないいけない、仕事に集中しなくては。
2人が帰ってからも、わたくしは甘兎庵で構想を練っておりました。
練っては消し、書いては消し、書き加えては消しということを繰り返しておりましたら、パソコンにインストールしているLINEが、メッセージ着信の表示をいたしましたの。
「今どこにいるの?」
送り主は彼氏様でございます。
「甘兎庵でお仕事。そっちは?」
「まだ会社だよー(T_T)世間は土曜日だというのに休日出勤なんて冗談じゃねー」
「何時頃終わりそう?」
「わからん(-_-)なるはやで片付けるようにするけどさ」
「がんばってね。じゃあ、なんかあったら連絡して」
「りょーかい!!」
通信を切り終わると、わたくしはしばらく甘兎庵で仕事を続けたのですの。
区切りがついたところで、わたくしはパソコンをしまい、お会計を済ませましたの。
「先生、今日はお仕事進みました?」
千夜ちゃんが、微笑みながら私に話しかけます。
「ええ、思ったより進みましたわ。収穫も多かったですし、新しい出会いもありましたし」
「それはよかったですわ」
私はお会計を済ませてバッグを手にすると
「それではごきげんよう」
と挨拶し、甘兎庵の外に出ました。
それから15分後、わたくしは「ラビットハウス」というバーにおりました。
このお店は、わたくしが学生時代から足繁く通っていたお店で、昼はオシャレなカフェ、夜はバーになっていますの。そしてわたくしの処女作に出てくる人物のモデルは、ここの先代マスターなのですわ。わたくしは学生時代からか決めた文章をマスターに見てもらっては、彼にアドバイスをもらっていましたの。わたくしが小説家デビューしたのも、マスターに小説投稿サイトに投稿してみてはどうか、と勧めてくれたからですわ。だからマスターは、わたくしにとっては恩人でありますの。スランプになったときに、わたくしはここで働いていたことがあるのですが、今もたまに、バータイムのお手伝いをしていますわ。でも、わたくしが青山ブルーマウンテンだと気づいてくれるお客様は、ほとんどいないのですけれど。
「いらっしゃい」
「こんばんわ、マスター」
今のラビットハウスのマスターは、先代の息子さんですの。娘さんがいて、昼間は彼女が中心になってカフェをやっております。
「いつもの席、あいているから」
マスターはそう言って、カウンターの席を勧めてくれます」
「ありがとうございます。ひょっとしたら後からもう一人来るかも知れませんが、よろしいですか?」
「かまいませんよ」
といって、マスターは「予約席」と書いた立て札を、私の隣の席に置きました。
「何か食べますか?」
わたくしが腕時計を見ると、もう19時半近くになっていました。そういえば、高校生カップルと一緒にお団子を口にしてから、なにも食べていないことに気がつきました。どうりでお腹がペコペコなはずです。なにがいいかしら?とメニューを見ていたら、本日のお薦めパスタセットという文字が目に入りました。
「それじゃマスター、今日は『本日のお薦めパスタセット』でお願いします」
「かしこまりました。少しお待ちください」
マスターが準備している間、私はスマホでネットニュースをチェックしていました。すると少ししてから、メッセージアプリにメッセージ着信の表示が出ました。
「やっと仕事が終わったよー。今どこ?」
「甘兎庵からラビットハウスに移動して、これから遅めの夕食だよー」
「りょーかい!あと20分くらいしたら、そちらに着くと思う」
「オッケー。待っているよん。」
「愛している」
「愛している」
フフフ。この調子では、今夜は長くなりそうでワクワクしますねー。
私がニヤニヤしているのを見て、マスターが話しかけます。
「楽しそうですねー。彼氏さんですか?」
私は若干照れながらも
「ええ、そうです。私の担当でもありますの」
と答えます。
「彼氏さんは編集者なんですか?」
「はい。私の担当になって1年以上になりました」
「付き合うようになったのも、ですか?」
「それは、私の担当になってから少したってからですねー」
「担当編集者と作家が恋人同士ってケースは多いんですかね?」
「どうでしょうかね~。でも私のまわりにも、そういう人はいますねー」
本当は、もっとドロドロした関係になっている人たちも多いんですけどね、あまり私の口からはいえませんね。逆にドン引きされるかもだし。
「プライベートで、時間を合わせるのって難しいでしょうね」とマスターがいいます。
「そうですね。お互いに忙しいですから、最近はデートもままなりませんわ。仕事では始終顔を合わせているのですが」
「恋人同士」としてきちんと付き合うようになってからというもの、一夜を共にするどころか、昼間ですらお茶することもままならない、という悲しい現実。顔を合わせて悩み事を聞いてもらえない辛さを、LINEやSkypeで紛らわすという日々が多いんですけど、マスターにそんな愚痴をこぼすのもどうかな・・・と。
「はい、お待たせしました。本日のお薦めパスタセットです」
今日のおすすめメニューは、ミートソースです。
「すいません、お飲み物を聞くのを忘れていました。なにがいいですか?」
「じゃあ、ダージリンでお願いします」
「かしこまりました」
私はセットについているスープをすすると、早速パスタに口を運びます。
「ううん、おいしい!」私は心の中で独りごちるのです。