アウトレイジ空間を借りております。
クー・フーリンオルタがマフィアのボスをしていて、ヘクトールとラーマを部下にしています。
メイヴは友情出演。
謎の男にエミヤオルタです。
なんとなくアウトレイジ、どうぞ。
「ああ、こりゃ駄目だ。殺っとけ」
狂王が言うと、部下が拳銃を撃った。見る間に蜂の巣になる男と女。纏めて殺すのは狂王の情けだと部下は言う。本人は自分の邪魔になるものを排除しただけで別に何も感じない。こいつらは俺のシマでやってはいけない事をした。それが、死ぬ理由だった。銃弾が撃ち込まれている最中に狂王の興味は失せた。
「先行くぞ」
それだけ告げるとさっさと部屋を出た。
この家を含め、今後の事をどうするか決めなくてはと思った所で、人が銃を撃ちながら曲がり角から飛び出てきた。
15発撃った。それは分かった。撃った先は厚さ10センチの防弾ガラスだ。マシンガンの弾でも跳ね返す。家の主が臆病だったと言う事は知っていた。やり過ぎ位に用心してようやく眠れると、くだらない事を言っていたなとぼんやり思い出した。
そんな狂王の目の前で、白い短髪の肌の黒い男が走りながら銃を撃ち防弾ガラスに穴を開け、蹴破ってそこから飛び出した。ここは三階だ。あっという間に落ちると、黒い布に金色の意匠がついた布を広げて滑空していった。その姿は木の影に消えていく。
呆気にとられる、と言う、生まれて初めての体験をした。
「なんだありゃ」
「逃げられた!」
男が出てきた角からヘクトールが出てきて、悔しそうに銃を引いた。
「お前、あれを知っているのか」
「狂王、いたんですかい。あれは女王蜂と呼ばれる者ですよ」
銃を納めながらヘクトールが答えた。
「女王蜂?男だろ」
「ご存知無い?そりゃ、また」
頭を掻きながらヘクトールは言った。
「性別じゃないんすよ。蜂の上に君臨するから女王蜂。蜂の王様なんざいない、だからそう言われてる」
「蜂?」
「雀蜂(ワスプ)共です。ご存知でしょ?」
「そっちは名前だけは」軽く頷いた。
「そう、最近シマで騒ぎを起こす奴等ですよ。その親玉、女王蜂(ワスプクィーンビー)」
「ここで何してたんだ?」
「さあ、でもここの内情はタレコミがあったから分かったんですよ。内通者がいたからスムーズに制圧出来たんです。ここの主は臆病でしょ。信頼され、内側に食い込み、密告する。誰がやるんでしょうな」
「お前はあいつがしたことだと思ってるな?」
「もちろんですよ。上手く行き過ぎてる。でも証拠はない。聞きたくても逃しましたしね」
男の逃げた方向を見る。
「おもしれぇ」
「興味があるんで?」
「まだわからん」
「ですよね」
ヘクトールはやれやれと肩をすくめた。
狂王は珍しく歯を剥いて笑った。
「楽園の塵」
最近、狂王と呼ばれるクー・フーリン オルタのシマでは一つの麻薬が話題になっていた。名前を「ダスト」または「ダストオブエデン」、「ヘブンズダスト」何でもいい、とにかくダストと云われる物だ。使った奴の証言では、とにかく「幸せになれる。意識はしっかりしているのに、天国にいるみたいだ」と云うことだ。狂王のファミリーはドラッグを売って金を稼いでいるが、それはあくまでも合法ドラッグと未承認ドラッグである。違法の品を売る事は狂王のファミリーではご法度だった。
正規の合法ドラッグは政府が扱う税金が80%かけられている物の事を云う。取り扱うのはもちろん許可制で、販売免許必須となっている。狂王は政府が供する同等のクオリティを保った上で政府を通さずに脱税販売し、正規の合法ドラッグの七割で扱っている。原価は売値の十分の一、濡れ手に粟の商売で品質がいいと一種の信頼さえされている。それでも裏商売だ、表の商売がいる。それが、政府の推奨する正規の合法ドラッグだ。簡単に云うと、表も裏も同じ看板を掲げ、同じ物を販売している。ただ、政府の正規合法ドラッグで税金を納めるか脱税合法ドラッグで狂王に税金を納めるかの違いだ。お陰でしっぽを捕まれることもない。いくら家捜ししても出るのは同じ商品だからだ。
ドラッグは世界中に広がるファミリーから提供されている。狂王はファミリーの一部で南米担当、北米は次兄、欧州は長兄が担当している。上二人は双子だ。ファミリーは上手くやっている。世界中に広がるネットワークでボロ儲けしている。狂王は自分が一番楽をしていると思っている。欧州は国がたくさんあってそれぞれ面倒な法律をかいくぐらなければならないし、昔からの勢力や新しい勢力やテロリストやらもある。北米は国の数は少ないものの、未だ宗教やら人種やら教育やら乗り越えなくてはならない、法律で決まっていない掟がありすぎる。その点南米は肝心な所を押さえれば何とかなると思っている。本当は他の場所と同じ問題を抱えているのだが、そこを暴力と金で解決してきた自覚が狂王にはない。なぜ自分が狂った王と呼ばれるのかすら興味がない。自分の邪魔するものを排除しただけ。それがマフィアだろうが政府だろうが警察であろうが、邪魔は排除する、ただそれだけが狂王の掟だった。
この間排除した男は狂王のお膝元でダストを扱った。許されざる行為で、今後の為にも見せしめる必要があった。ただ、物凄く臆病で中々しっぽを出さない。その間にもダストが蔓延して行くのであれば、いっそ疑わしいだけで潰すか、と思った所で密告があった。家の中の様子、タイムスケジュール、趣味嗜好からブツの中身、販売ルートまで、事細かにレポートされたデータ付きで。ここまで詳細な内容があって見返りを要求されない、罠かとも思ったが、狂王はそれにノッた。別に罠をかけたければ、やればいい、纏めてそいつも排除できる。己の前に目障りなものがあるなら退かせばいい。狂った王はそう言って男の家を襲撃し、皆殺しにした。ハデなニュースは狂王の演出、殺しても捕まらないのは、政府に予め話を通しているからだ。警察には捕らえられない特権階級の高官を手にかけるのだから、感謝状の一つも欲しいものだ。政府にとっても政敵を物理的に排除するのだ、お互いウィンウィンと云うことだ。これでしばらくは違法ドラッグの話題から抜けられる、そう思った矢先、ちょっとした事件が起こった。
女王メイヴと呼ばれる女ボスのパーティーがあり、出席した。普段は大体ヘクトールかラーマに頼むような席だが、メイヴは執念深い。あらゆる伝手を使って欠席できない様にしてきた。ファミリーの御大の命令では逆らえない。面倒だが、狂王は招待に応じた。
「クーちゃん、ようやく来てくれたわねー。待ってたのよー」
語尾を上げつつご機嫌なメイヴに初めからうんざりしたが、ここで何かすると本国から面倒が降ってくる。長兄に来られるのが一番嫌だ。狂王の忍耐が試される。だが、さすがに女でこの南米を纏める技量を持つだけある、初めの印象からは想像出来ないほどだ。
「ねぇ、あの人は知ってる?あの人はね、このところ派手に売られるようになったダストを初めてこの南米に入れた大バカ者よ。すぐに手を引いたらしいけど、あいつから拡散されたわ。今は何も関係してないと言っているけど、本当かしら?」
メイヴが目で視線を送った先には偉そうな初老の男が妻を伴って談笑していた。かなりの地位がある男で、狂王は名前も顔も知っていた。
「俺にあれを譲るか?」
「バカね、クーちゃん、あれは蜂のエサよ。こちらが何する必要もないわ」
「なに?何を企んでる」
「クーちゃんと同じこと。でも、あれは役に立つ。欲しいのは幸せになりたい奴だけじゃない。クーちゃん、調べた方が良いわ。この間片づけた奴の地位を、立場を、目的を。なぜ政府がクーちゃんを糾弾しなかったのか、なぜクーちゃんにやらせたのか」
「警察にはさせられなかったからだろ」
「そうよ、でも何故?」
「証拠隠滅を狙った?」
「可能性は高いわね。派手に殺して目を引き、必要な所から目を反らさせる。よくやる手でしょ?あたし達も」
「俺を利用したか」
「プライドが傷ついた?」メイヴが笑った。
「今更だわ。でも、ここからショーは始まるの、楽しんで行ってね」
言うと、メイヴは狂王から離れて行った。他の招待客に挨拶しに行ったのだろう。狂王は一人残されて面白くない気持ちに囚われた。確かに利用されたのだろう、政府め、とは思うものの、結局は自分の為でもあった。苦い思いを噛み潰しながら、一泡吹かせる算段をつけようと考えていると、大きな爆破音がした。屋敷が揺れたから、この敷地内だろう。客の悲鳴が響き渡った。逃げようとする客共、叫ぶメイヴ。
「何よ、こんなに大事にはしないって言ってたのに!」
ああ、メイヴが言っていたショーとはこの事か。狂王は騒ぐ客と共に逃げるかどうか悩んだ。メイヴがショーと云うならこれは自分の命を脅かすものではないだろう、見物しても問題無さそうだ。
出口に殺到する客共から、悲鳴が聞こえた。金切り声が混じる。乾いた拳銃の音、銃で誰かが撃たれたらしい。その後も響く銃の音、パーティー会場はこちらだと云うのに、遠ざかって行く辺り、目的は達したようだった。メイヴを見つけたので、腕を掴んで止めた。
「おい、何があった?お前の客が殺られたのか?」
「クーちゃん。あら、逃げなかったの?見物のショーだったはずなのに、見逃したわね」
「何だって?」
「誰が死ぬか分からないスリルって最高じゃない?目の前で殺られる人がいれば、臨場感バッチリよね」
「お前が客に手を出したのか?」
「まさか、そんなホストとして問題のある行為はしないわ。ただ、見逃しただけ」
「蜂のエサか。あれを蜂にくれてやったのか」
「ご明察。後始末があるから失礼するわ。これは不幸な事故で、私は被害者。そうなるようになっているの。じゃあ、またね。楽しかったわ」
云うとメイヴは走り去った。喰えない女だ。けど、ここでも蜂、か。
狂王の興味が蜂に向く。雀蜂、女王蜂、今回誰が動いたのか、あの黒い男か。またニヤリと笑った。
雀蜂。集団で行動するため目立つはずだし、やり口はメイヴの客をやった方法から派手な事は分かった。自分のシマのどこかにいるはずなのに、見つからない。
ヘクトールに雀蜂を探すよう依頼をかけるが、ヘクトールですら見つけられない。シマで分からない事があるなど、あり得なかった。
「どういう事だ、ヘクトール、お前、何か隠してるのか?」
部下がボスに隠し事など問題だ。
「つまり、俺の事を疑ってなさるんで?」
頭を掻きつつヘクトールは言った。
「疑う」銃を取りだし眉間に定めると「いや隠し事がイラつくだけだ。俺に隠したいこととは何だ。事と次第によっちゃ生かしちゃ置けねえ」と言った。
「うーん、そうですな。オジサンは隠しちゃいないんですよ、見つからねえのは本当です。でも、知っていることはある。確証が持てるまでは黙っておきたかったんですがねえ」
「構わねえ、言え」
「んじゃまあ、頭を疑わんで下さいよ」息を大きく吸って続けた。
「ゾンビが出る」
「………はあ?」
「っだああああああから嫌だったんですよ!オジサンはそう言う!反応が!イヤだったんですよ!信じないでしょ!たわけた事言ってると思ってるでしょ!だって俺だってそうだもの!」
狂王は反応出来ずに銃をしまい、机に肘をついて手を組みその上に顎をのせた。
「お前は信じてんのか」
「俺っすか」頭を掻きながら口ごもった。
「雀蜂を探すと必ずその噂にぶち当たるんでさ。信じるも何もこの目で見ちゃいないモノを何とか言えませんぜ」
「なら、俺が探しに行くか」
「狂王自らですかい」
「つまりだ、雀蜂よりそっちに目が行っちまって誰も雀蜂がどこにいるか覚えて無いんだろ?俺がターゲットから目を離すわけがねえ。例えゾンビが出ようがバンパイアが出ようがな。下らねえ事言ってねえで出掛けるぞ」
「どこへ?」
歯を剥いて狂王が笑った。
「ゾンビ退治」
ヘクトールは嫌そうに笑い返した。
雀蜂のアジトと言う噂がびっくりするほどあちこちにあることを、狂王は初めて知った。特に悪さをするわけでなく、単にチンピラの集団だと思っていたからこそ見逃していたが、これだけ蔓延っているとは。自分の関心の無さにヘクトールが常々ブツブツ言っているが、確かにこうなると手遅れになる気がする。今回ばかりはヘクトールに同情してもいいかと思った。
「おい、お前の言うとおり探しちゃいるが、埒が明かねえな」
五つ目のアジトに踏み込んで狂王は言った。ここも何もいないし、何もなかった。集団がいたらありそうなゴミすらない。
「そーですわなあ」ヘクトールは呆れた様に狂王を見た。
「出直しますかい?噂は噂でしかありませんし、ボスが探すのはやっぱ違う気がしますよねえ」
「でも、お前らじゃ見つからんのだろう」
「嫌な言い方しますね、まあそうですが。アジトが有りすぎるんでさ。あっちだこっちだ捜してる内にヤサが変わる、そんな感じでしょうね。噂の場所を全部を監視しても、今度は新しい場所に移動している。で、気づけばゾンビだ。そっちに気をとられて雀蜂なぞどうでもよくなる。ゾンビはあいつらの仕込みですかね?」
「ゾンビってな、どういうもんだ?」
「撃っても撃っても向かって来る、まるで自分が死んだのが分からなくなっているって話っすよ。しかも超人的に強いとか。いわゆるゾンビ映画のモタモタした感じではない、人間らしさは形だけだとも」
「良くできた噂だな」
「まあ、そうですね」
頭を掻くヘクトール。聞けば聞くほどバカバカしい。
「一度帰るか」
「出直しますか」嬉しそうにヘクトールが答えた。
「そうしましょう、明日きちんと情報を仕入れて来ますんで」
ジロリ、と狂王がヘクトールを睨んだ。
「今日のはいい加減な情報だったのか」
「んな訳無いでしょう!ただ、ボスのご執心の女王蜂に関する情報は入ってなかっただけでさ」
「ご執心?そんな興味あったか?」
「ありましたね。ボス、あんた人に関心持った事なんざありませんでしょ。しかも敵でもない奴に」
「そうか、面白そうだとは言ったがな、別に興味はなかった。雀蜂が何を目的に動いてんのかさえ分かればそれでいい」
「そうですかい。んじゃ、ボスにもう一つお知らせを」
「何だ」
「この間のメイヴ邸襲撃は、女王蜂自ら来ましたぜ」
「なに?」
「逃げる客の間をすり抜けていつの間にやらターゲットに近づき、顔をぶっ飛ばしたんですよ。大口径の銃だったんでしょうな、頭が無くなりましてね。脳やら何やら色々逃げる客にかかったんですわ。客は大パニック、更に銃を撃ちながら逃げるから、怖くて誰も頭が上げられず、気づけば姿を見失ってた、とのこと」ヘクトールはニヤリと笑った。
「どうです、面白い奴だと思いませんか?」
嫌そうに顔をしかめて狂王は言った。
「なるほど、付き合いが長いだけあるな。わかってんなら、捜して見つけろ。そいつに話を聞いた方が早そうだ」
メイヴが言った事も気になる。政府は蜥蜴のしっぽを切っただけか?ルートまで潰したはずなのにこの街には相変わらずダストが売られている。だれが、何の為に、蜂の目的は?
嫌なものに巻き込まれた気がした。
狂王が出来るのはファミリーに損害を与えず収める事だ。事はこれだけでは済まないだろうと予感した。
「で、これが」
「ダストでさ」
単なる白い粉だ。一袋だけ。約5グラムと云うところか。一財産だ。ダストは狂王の扱っているどのドラッグより高い。覚醒剤とかヘロインの少し上くらい。使う量は0.5グラムから、これだと10回分だ。高いわりには持たない。
「作用は?」
「幸福感てのは聞いたことがありまさ。他は全能感とか、とてつもない快感とか」
「使ってみたか?」
「冗談やめてくださいよ、クスリなんざ、やりたい奴がやればいいんです。俺も狂王もいらんでしょ?」
「そうだな」どうしてこれを欲しがる奴がいるんだ?
「欲しいのは幸せになりたい奴だけじゃない、とはどういう意味だ」
「それは誰が言ったんで?」
「メイヴ」
「んじゃ、女王に聞きに行けば?」
顔をしかめて狂王は嫌がった。
「注目されんのが大好きな女がそれ以上何も言わなかったんだぞ。聞いた所で云うか」
男二人で悩んでも仕方ない、女王蜂の居場所が分からないなら、メイヴに話を聞く方がいいと結論し、結局はメイヴの所に行くことになった。メイヴの本宅は高級住宅地の一等地にある。狂王の自宅と反対側にある治安の比較的良い場所だ。その前に危険地帯が二ヶ所ある。車の移動なら特に問題はない。邪魔なら轢けばいい。狂王の道を塞ぐなどあり得ないだろう。
黒塗りの高級車で道を進み、赤信号で止まった。その時、屋根に何か重いものが落ちた音がした。
「ラーマ、敵襲か?」
ヘクトールが運転席のラーマに叫ぶ。
「一人だけのようだ。振り落とす、掴まれ!」
青になって急発進して左右に車体を切り始めた。屋根の上の人物は屋根にしがみつくのが精一杯で、その内落ちるはずだ、ラーマのドライブテクニックはレーサー並だ。だが、フロントガラスに右手がドンと言う音と共に打ち付けられた。ラーマは更に激しく車体を振り、車体を斜めに片輪にしたりした。しかし、剥がれない。左手もフロントガラスに張り付き、ついには顔がお目見えした。ニタリと笑った顔は既にホラーだ。車内の全員が背筋を凍らせたところで、ヘクトールが叫んだ。
「ラーマ、普通に走らせろ!撃ち落とす!」
「わかった!」
真っ直ぐ走る車、窓を開けてヘクトールが体を窓に腰かけるように出した。ヘクトールは目の前にある足を両方撃つが、反応がない。
「嘘だろ」
更に銃弾を撃ち込み続けるが、一向に怯まないどころか、ヘクトールの方を振り返りもしない。そして、手を振り上げてフロントガラスを叩き出した。フロントガラスは防弾で、30ミリの厚さがある。ライフルの弾を弾く様に出来ている。そこに、素手。
「狂ってやがる。狂王!どうしますか!」
銃を撃つでなく、他の援護があるわけでなく、ただそこでフロントガラスを叩き続ける襲撃者。確かに狂っている。しかし、狂うなら自分の方が上だろうな、と自覚のない王は思う。
「いい、ヘクトール中に入れ。俺がやる」
云うと、外に体を出し、襲撃者の足を掴むと車の外に放り投げた。狂王は誰よりも力がある、人を持ち上げるなぞ容易い。今回はしがみつく男を足一本で引き剥がした。
襲撃者は叩いていたフロントガラスに爪を立てたが狂王の力に逆らえず、爪を剥がして抵抗するも道路に揉んどりうって転がった。満足して車内に入ろうとした時、ヘクトールに散々撃たれ、車から転げ落ちたそいつはまたニヤリと笑って立ち上がろうとしていた。
「なにっ?」
体からは滝のように血が流れている、腕の骨も折れているらしく、変な角度になっている、首も真っ直ぐ出来ないらしい、そんなボロボロの状態で、そいつは笑って立ち、こちらへ走ろうとしていた。まさに、狂っている。
「あれが、ゾンビか?」
「ですかね、追って来んでしょうかね」
「足が動くなら、来るだろう」
だが、もう車はそいつを置き去りにしてずいぶん先に進んでしまっている。人間の足では追い付けまい。ヘクトールと狂王はシートに沈むと、息を吐いた。さすがに気味悪かったのだ。ふと、バックミラーを見た時、襲撃者に何かが近づいているのが見えた。女王蜂だ。襲撃者の首を落としていた。
「おい、引き返せ!」
「無茶な、ここは高速道路ですよ!」
「いいから、やれ」
「わかりました!」
急ブレーキ急ハンドル、中央分離帯を乗り越え、反対車線に乗り込む車。
「こりゃ、無事に済むんですかい?!」
「知らん」
高速道路をしばらく戻ると、また狂王から指示が出た。
「元の車線に戻せ」
「…、わかりました」
ため息をついてラーマはハンドルを切った。別に中央分離帯が無い場所ではない。再び乗り越えると、元の車線に戻った。
「舌かんだ」
「間抜けめ」
恨みがましく狂王を見るヘクトールは、ゾンビに二度と会いたくはなかった。あの幸せそうな笑顔は、やっている事と何の関係も無さそうだった。ただ、生きていることが幸せだと言わんばかりの笑顔だった。だからこそ、気味が悪かった。
高速道路をあんな思いをしてせっかく戻ったのに、あったのは首を落とされた死体だけだった。女王蜂の姿は影も形もない。ここは高速道路の真っ只中で、車が無くては移動できない。周りに何もない。
「ちっ」
狂王は舌打ちをして、再び車に乗り込んだ。
誰かが狂王を暗殺しようとした。それはいい、誰かを突き止めれば済むことだ。しかし、ゾンビを使うとは。どうやってあれに言い聞かせる事が出来たのか?そしてどうやってそいつを見つけた?それとも、作ったのか?どうやって?
知っているのは女王蜂だろう、間違いない。ダスト、ゾンビ、暗殺、政府との関係。あいつさえ捕まえればきっとわかる。狂王はこれから会うはずのメイヴにどうやって口を割らせるか考えていた。
「あら、クーちゃん、わざわざうちに来るとか、どうしたの?」
メイヴがかわいい仕草で狂王に問いかけた。豪華な応接室にはティーセット、美味しそうな焼き菓子と共にもてなされていた。狂王はそれに手をつけず、ずっとメイヴを待っていた。一時間程待たされていたが、狂王には珍しく何も催促しなかった。
「何よ、様子が変よ、クーちゃん」
メイヴが狂王の顔を覗き込んだ。ずっと難しい顔をしている。何も喋らないで、ただ座っている狂王など、誰も見たことがないのではなかろうか。メイヴはそれ以上何も言わず、冷めた紅茶を新しくするよう申し付けた。使用人が下がるともう一度話しかける。
「ね、どうしたって云うの?」
「ゾンビに襲われた」
ようやく話した言葉はこれだけだった。メイヴは目を見開くと、
「それが、あたしとどう関係あるの?」と言った。
「わからんから聞きに来た」
メイヴは背もたれに身を沈めてため息をつき、狂王を見た。
「何が知りたいのよ」
「ダスト、ゾンビ、女王蜂」
メイヴは造作の整った顎にきれいに手入れされた指をのせると、
「そうね」と言った。
「わかっていることは話すわ。で、見返りは何かしら?」
「西南のシマに手を広げることを容認する」
「あら、いい話。いいの、お兄さん達に怒られない?」
「俺だけの話しでは収まらん。協力しろ」
「流れは止められないわ。狂っているのは蜂だけじゃないのよ?」
「それは、俺が決める」
「そう、じゃ」
とメイヴは紙を取って何か書き始めた。そして狂王に渡すと、
「蜂は今ここにいる。女王と一緒にね。行くといいわ」
「俺が行くことは了承しているのか?」
「何もしないわよ、心配しなくても大丈夫。私はこの間のことで蜂に恩を売ったの。その見返りが一度だけ場所を教えるって事だったのよ。だから、この情報は正確よ」
「了解。俺も一度だけ信じよう」
「ありがと、またね」
「ああ」
狂王が部屋を出ると入れ違いに新しいティーセットが運ばれて来た。もてなす客がいなくなった応接室で、仕方なくメイヴは熱いお茶を一人で飲んだ。
メイヴに教えられた場所に行く前に食事をとった。ヘクトールとラーマが死にそうな顔をしていたからだ。余り食にこだわらない狂王は手近なダイナーに高級車で乗り付け、肉を挟んだサンドとコーヒーを三人分注文した。
「オジサン、胃にもたれる」
ヘクトールが文句をこぼした。黙々と食べ続ける他二人。
「コーヒーは旨くないし、辛いなあ」
ブツブツ文句を言い続けるヘクトール。もうすぐ食べ終わる時に、ガヤガヤと集団が入って来た。
「何だよ、あの高級車ぁ、場所取りすぎだよ、なあ!」
殊更大声で云うのは威嚇の為だろうが、相手は見てからやるべきだろう。とはいえ、狂王は基本自分に関係なければ何もしない。この程度は仔犬が叫んでいるほどの意味もない。当然、三人には何の変化も見れなかった。ところが、その中の一人が三人に話しかけてきた。
「なあ、兄さん達、あんたらの車ぁ?スゲーカッコいいな、俺に貸してくんねぇ?俺さ、一度でいいから、あーいう高級車に乗りたかったんだあ」
「ひぇー、兄さん、いかした刺青してんねえ、どこでいれたのお~?」
狂王は目の下に目を模した刺青をいれていて、それを見た男が絡んできた。狂王の肩を組み、目の下を触ろうとした時、絡んだ男がカウンターまで吹っ飛んだ。派手な音を立てて倒れる男、呆気にとられる周りの男達。対称的に何事もなかった様に平静な三人は、最後のコーヒーを飲み干すと、立ち上がった。
「行くぞ」
ラーマがカウンターに代金を多めに置くと、それ以上何も言わずに店を出ていった。吹っ飛ばされた男達が騒ぎだし、店を出た狂王達を取り囲んだ。数でどうにかなると思った浅はかさは、全員が伸されて終了した。息も切らさず車に乗り込んだ三人は、店を出た時同様何事もなかった様に走り去った。彼らが誰を相手にしていたか気がつくのは三日後だった。殺されなくてよかった、と言う感想が上がったが、狂王がガキ共を殺すことなど無いことを、このバカ共は理解できなかった。お客様には愚かでいてもらう必要があるのだ。
メイヴが提示した場所は数日前に寄った場所のすぐ近くにあった。たった一本先のブロックの地下にあるバーだった。狂王はジロリとヘクトールを睨んだが、何も言わなかった。昼日中に開いている店には見えなかったが、ドアに手をかけた。閉まっている。ヘクトールが肩を竦めると、
「裏口探しますかね」と言った。
狂王はヘクトールの肩を押して退かすと、ドアを蹴破った。ドアは二つに裂けて蝶番から千切れ飛んだ。中は暗く、誰もいないようだったが、音に驚いて中から人が出てきた。
全員が顔全体を覆うマスクを着けており、ハンドマシンガンを携えていた。
「誰だ!」
狂王は両手を上に掲げて闘う意志の無いことを示し、こう言った。
「お前らのボスに会いに来た。アウトレイジのクー・フーリンオルタが来たと伝えろ」
雀蜂に動揺が走った。そんな大物が自らこんなところに来るのか、罠か?本当か?
雀蜂達の結論が出る前に、奥から声が聞こえた。
「喧しい奴は誰だ。いつも言っているだろう、大人しくしていろと」
「お前が女王蜂か」
いつか見たあの男がシャツにスラックス、両脇にガンホルダーを携えて出て来て、ニヤリと笑った。
「おや、躾のなってない狗が何の用だ。ドアを開けることすら出来ないとは、呆れたマナーだな」
聞いてヘクトールとラーマがいきり立ったが、狂王がそれを抑えた。
「ドアを壊した事は謝ろう、だが、俺から逃げなければこうはならなかった」
「ほう、器物損壊しておいて人のせいとは、大した倫理感だな。お前のところのファミリーでは家のドアを蹴破るのは嗜みか」
「口は達者だが、殺されたいか?」
歯を剥いて狂王は言った。
「人にものを頼む態度か、狂王。知りたい事があるのだろう?」
皮肉に口を歪めて女王蜂は話す。
「お前だけ生きてりゃいいだろう」
狂王は手近にいた雀蜂の首を掴み、持ち上げた。雀蜂は足をバタつかせて、苦しんでいる。
「ふむ、では好きにすればいい。そう思うなら、やってみろ」
狂王は舌打ちをして雀蜂を放した。仲間に危害を加えてなお全く動じなかった男は、カウンターに座ると、向かいのボックス席に座るよう促した。狂王達三人がボックス席に座ると、雀蜂が口々に騒いだ。
「隊長、いいんですか」「隊長、危ないです」「罠ですよ!」
女王蜂は手を一ふりすると、
「そいつの手当てをしてやれ、それから、ここから全員出てろ」
と言った。雀蜂は床に倒れて咳き込んでいる仲間を支えて奥に引っ込んだ。これで狂王達と女王蜂のみとなり、バーはしんと静まりかえった。ドアが壊れているので、外の音が聞こえるが、地下にあるので然程気にならなかった。
「さて、何しに来たと言った?狂った王様」
嫌味くさった言い回しだが、ラーマは必死に耐えた。本当は捻り潰してやりたかったが、狂王が静かだったので、自分がいきり立つ訳に行かなかった。
「ダストとは何だ」
男は眉を上げて口を開いた。
「何が知りたい」
「俺のシマでダストが出回る様になって半年、この間お前の協力あってルートも潰した。だが、まだ売られている上に、扱う量が増えている。それはどうしてだ」
「なぜ俺に聞く?」
「お前はダストが市況に回る少し前からこの街に来た。ダストはお前の動きとリンクしている。お前はダストを知っていて、追っているだろう」
「なるほど、どうやってそこまで来たかは問うまい。女狐め、やってくれる」
実に嬉しく無さそうに笑うと、狂王に向かって問いかけた。
「場所を移ろう。お供はここに置いていけ。知っている人間は少ない方が安全だ」
「オルタ、こいつは信用できませんぜ、着いていきます!」
「私も!」
「いや、その通りだ。お前らはここで待て」
「え?」ヘクトールとラーマの声が重なった。ちょっと待って!と言っても狂王と女王蜂は止まらず奥に入ってしまった。ヘクトールとラーマは仕方なく、そこで待つことにした。
狂王と女王蜂は店の奥にあるVIPルームに二人だけで入った。鍵をしめ、カーテンは開けたまま、外から窺う事はできるが、声は聞こえない状態だ。
「さて、そのスーツにマイクがあるなら、今の内に取っておけ。録音するなら話さない」
女王蜂と呼ばれる男はまずそう言って、ソファーに沈んだ。狂王はシャツの第2ボタン、ベルトのバックルを男に差し出したが、女王蜂はまだ動かなかった。狂王は舌打ちすると靴を脱いで放り投げた。
「及第点だな、素直でいいことだ」
机の上に置いたそれらをドアの向こうに出して再度鍵をかけた。
「では落ち着いて話をしよう。ダストの話からか?」
狂王はうなずいたが、何も喋らなかった。
「ダスト、ダストオブエデン、ヘブンスダスト、楽園の塵。何とでも言うが、まずあれは麻薬じゃ無い。それを理解出来たら話を進める」
「麻薬じゃ無い?なら、何だ」
女王蜂はソファーに体を預け、視線を天井に向けて話し始めた。
「あれの効果を知っているか?」
「幸福感と快感、自己肯定と聞いている」
「そうだな、そういう作用もある。あれはβエンドルフィン、ドーパミンの分泌を促す神経に作用する。更に運動野とその神経に作用することで、一時的な多幸感、超人的な力の発揮、痛覚の不感をもたらす。
つまり、薬が効いている間は脳内麻薬が出続け、何をしていても幸福感に溢れると云うことだ。ヘロインや覚醒剤の様に、受容体に別の物質が取り付いて錯覚をおこすのではない、人間の元から持っている機能を強化する。
貴様は魔術髄液は知っているか?」
狂王は頭をふった。聞いたことはなかった。
「そうか、元はそれから始まる」
女王蜂はため息をついて一息入れると、ポツリポツリと話した。
「始まりは理想だ。人が人を超える、超人的な力を持つ事が出来れば、例えば障害があっても、病気で弱っても普通の人と同じように暮らせるのではないか、弱った脳神経に直接作用する様な薬が出来たら、そんな理想から研究が始まった。
長い年月の後、一応の完成形として、魔術髄液が出来上がった。魔術髄液は投与すると人の運動野に作用して活発化し、普通の人をまるでオリンピック選手の様に仕立てあげることができた。いや、もっと云うと、人の運動能力を超えて動く事ができた。10メートルの壁を助走無しで飛び越え、100メートルを3秒で駆け、500メートルの水深をポンプもタンクも無しで10分潜り、100キロの距離を一時間で駆け抜ける。正に夢の様な薬だ。
但し、これには重大な欠陥があってな。何かわかるか?」
「それでは、体が耐えられない」
「その通り。人間の体はそんな風に使われる事に耐えられない。更に薬の使用にも問題があった。投与しただけでシナプスの暴走が起きる。簡単に云えば、凄まじい激痛が脳に起こる。激痛を乗り越え、力を発揮しても体はボロボロ。誰がそんなものを使う?ましてや医療の現場で。死をもたらす薬として研究の道は閉ざされる筈だった。
けれど、それに目を着けた者がいる。もう、分かるだろう」
「軍か」
「ああ」頷く。
「軍はこの研究を続けさせるために開発者を軍に引き抜き、問題点の改善をするよう促した。そこで行った研究の成果がダストと呼ばれる薬だ。
ダストは魔術髄液の反作用である激痛をエンドルフィンの分泌で抑え、ドーパミンで活動を促し、結果として体が壊れても動く事が出来るようにした」
狂王の顔を見てニヤリと笑った。
「最悪だろう。被験者は凄まじい幸福感ととてつもない快感の中、あり得ない力を発揮出来る。いくら力を奮っても、傷ついても痛くない。生存において最も大事な危険信号は脳に認識されない。しかも自己肯定感が超人化を正しいと認識させる。
この薬には禁断症状はない。何故なら、全て体の作用だからだ。だが、薬の効果が切れてただの人に戻った時、人はどうなる?」
狂王は背筋にゾクゾクするものを感じた。
「体は傷つき、寝付かなければならなくなり、体が動かせなくなる。それを納得出来なくなるのだ。頭ではわかっている、けれど感情はそう行かない。あの幸福感、快感、力が自分のものではないと思いたく無くなる。もう一度薬で"本当の自分"を取り戻したくなる。
もう一度、もう一度、人の欲望は底がない。遂には常用するに至る。
さて、この薬は副作用はないと思われていたが、あったのだ。それが前頭葉の破壊だ」
「それは何だ」
「前頭葉か、簡単に云えば理性だな。自我、とも云う。人間の脳に痛覚はない。痛むのは脳の周りだから、運動野や言語野、小脳等の生きる上で必要ある部位でなければ無くても生きていける。自我を失っても構わないわけだ」
「ゾンビの事か」
「そうだ。最終的には自我を失い、誰かの云うことを従順に聞く生物兵器となる。貴様を襲った奴はその状態になっていた。政府の人間は貴様がダストを探っているのを知ったんだろう。実験を兼ねて命令し、働けるか確認したかったのではないかな。あそこまで症状が進むと殺すしかない。
さて、人が超人的な力の生物兵器になる、この結果を最も喜んだのは?」
女王蜂は一度口を閉ざした。そして口の端を歪めると、分かり切った答えを口にした。
「そう、軍だ。
自我がなく、命令に従順で超人的な力を持つ。理想的な軍隊の出来上がりだ。狂喜する軍とは裏腹に開発者は効果に怖くなりレシピデータを持って逃亡した。軍のデータを破壊して。
開発者は居場所を悟られない様にする為、同盟者を必要としていた。開発者の人柄に善意で協力していた同盟者は、やがて開発者のレシピデータがまだ存在する事を知るに至る。莫大な金を生むデータだ。
開発者は結局信用していた同盟者に裏切られ、データを盗まれた。その上盗まれたデータが流出し、ダストが誰にでも作れる様になり、流通。
これがダストの顛末だ」
誰にでも作れる。それは最悪だ。データをどうにかしなければ、流通は防げない。今ルートをいくら潰しても、他の奴が作るだろう。まるでいたちごっこだ。
「だがな、流通を止めたい勢力がある。さて、それは何だ」
「軍だろ」
「正解だ。察しが良くて助かるよ。麻薬ではなく、自分達だけが使える超人軍団を作るために、ダストのデータは常に削除とアップを繰り返す。お蔭で今は一般人がレシピデータにたどり着く事はない。反対に云うと、軍の関係者ならデータにたどり着く。ダストの成分は比較的容易に手に入る。思わずそれで一儲けしようかと考えてしまうくらいには。
そいつを絶つには貴様の様なマフィアを使うのが一番だ。だが、今回それを要請して来たのは政府そのものだ。何故ならこの国は本気でダスト軍を作るつもりだ。だから、市況にばら蒔いたバカを排除した。独占したかったからだ。面白いものだ、そうまでして市況に出回るのを怖れた奴等は、軍の末端に裏切られている。今この街で売られているダストは兵士に支給されたものだ。
軍はダストの軍団を作りたいと思っているが、ここで貴様に聞く。廃人になると知っていてダストを使うか?」
「使わん」
「誰だってそうだ。だが、支給された分は使う必要がある。減っていないと咎められるからだ。だから売る。小遣いを稼ぎ、ヤバい品物を流し、自分は真面目にやっていると言い訳するために。お蔭で流通ルートはないに等しい」
女王蜂は大きくため息をついた。
「俺はな、軍を解体するしかないと思っている。クーデターを起こし、軍を潰し、政府を根こそぎ取り換える。そこまでしないとこの国はダストから逃れられない。
さて、狂王、ここまで話した。貴様はどうする?ダストを無くすか、共存していくか?」
嫌な予感的中だ。一マフィアの範疇を軽く超えている。マフィアは政府を利用するものだ、壊すものではない。気に入らない政府要人を全員殺した事はあるが、政権交代はさせていない。ましてや転覆など。得体の知れない男に武者震いがおきる。金色に輝く目は、本気で軍の解体をしようとしている。
「何故そこまでしてダストを無くそうとしている?」
「開発者が今どこにどうしているか、彼を裏切った同盟者がどうしたか、知っているか?」
「俺が知るわけ無い」
「教えてやるさ。二人共殺されたよ。
開発者はデータを盗まれたと知った時点で俺に私財を全て投げ渡した。俺はそれを受け取ってその金で活動している。開発者は依頼して来た時に俺が殺した。それが開発者の依頼だからな」
「そいつを殺す事がか?」
「いや、悪を絶やすことだ。
開発者を殺したのは奴の依頼じゃない。思い付きもしなかったかもな。だが、俺は悪の敵だからな、悪の元は絶たねばならん。開発者は正に悪だった。
同盟者はとある国の軍にデータを渡そうとしているときに殺した。それは俺の失策だった。データを公開させたのは、奴の仕掛けた保険だったんだ。死んでからの保険など、死んでしまっては意味がない。
とにかく、奴の保険が作動してデータは世界中に流出、消すのに苦労したよ。ダストデータを破壊するウィルスを仕込む必要があったからな。ダストデータだけをサーチしてそれが欠片でもあれば自動で追尾し、増殖し破壊するウィルスだ。これは世界中の大国が全部協力した結果だ。協力した国は軍でダストを作らない事を約束している。そのお蔭で流通ルートは確定しやすい。そう言った国では悪を絶つのに面倒はない。
困るのは、危機感のないこの国の様なところだ。だから、俺は悪を絶つ為に何でもする。何人死のうと、国が滅ぼうと、ダストが無くなる日まで俺は手段を選ばないだろう」
「俺の質問に答えろ。何故そこまでしてダストを無くそうとするんだ」
苦い笑みで男は答えた。
「開発者は身内だ。身内の不始末を家族がして何が悪い」
「初めの理想は、障害もしくは病気の克服だったはずだ。それも身内か」
「そうだ。そして魔術髄液の最初の被験者は俺だ」
狂王は驚愕して男を見た。あんなに冷静に効能を言い、副作用を述べた男が、被験者だと?狂王は心底からゾッとした。
「ダストを使用したことはないが、被験者を目の当たりにしてきた。あれは悪魔を作り出す、最悪な代物だ。何度でも云う。根絶するのに障害など、有ってはいけない。それが政府であろうが、軍であろうが、善良な市民であろうが、悪を絶やす為に必要な犠牲は払うつもりだ」
必要な犠牲の中には無辜の民も含まれる。悪を滅ぼす為ならば、身内に手をかけ、政府を覆し、立ち竦む子供を殺す、と。
「お前は狂ってるな」
「狂王と呼ばれる貴様に言われるとは、本当の狂人なのだろうな、俺は」
狂王は目の前で笑う男が理解できなかった。
「俺の邪魔をするか?それとも協力するか、傍観するか?」
だから、こう答えるしかなかった。
「俺はお前が分からん。お前のやろうとしている事は間違っている。だが、間違っていない。俺は神じゃない。人を裁く事は出来ん。
お前の事は誰にも言わない。どうでも好きにしろ。俺は、与えられた状況を上手く使って儲けられればそれでいい」
「それはどうも。では、帰るといい」
女王蜂はドアを開け、狂王の私物を返却すると、雀蜂のいる方へ消えた。
狂王はヘクトールとラーマのところに戻った。日常が返って来た気がする。正常な狂王の世界だ。ようやく息が吸えると、ほっとした。
「大丈夫ですかい、ボス。具合悪そうに見えますよ」
「問題ない。いいから、出るぞ」
「雀蜂は?女王蜂はそのままにするんで?」
「あれに関わるな。俺達の邪魔には決してならん。あいつらがおこす災厄は、俺達を儲けさせてくれるだろう。とにかく、近寄るな」
「災厄?儲け?一体何を聞いたんです?」
「聞くな。消される」
「ボスはいいんですかい」
「大丈夫だ、俺はな。いいから、行くぞ」
「へいへいっと」
狂王は地下から地上に出た。自分はアンダーグラウンドの人間だと思っていたが、更に深淵に棲む輩がいることを知った。これから雀蜂が何を仕掛けて行くのか分からないが、商売の方法を見直す時が来たな、と思った。
嫌だが、兄弟に頼るか。
狂王はそんな己の日常をありがたく感じた。