※この作品はR-18です。

星の冠   作:default-a

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星の冠 第九話

1

「止まって、バーサーカー!」

バーサーカーはランサーに触れる直前でピタリと止まった。ランサーを見る目が光る。琥珀より濃い色の目が狂ったままランサーを獲物として捉えている。

「大丈夫よ、バーサーカー。危険はないわ。だから、寝ましょう」

バーサーカーがランサーから目を離した。そして再び口を噤んで唸り始めた。

何も見ていない瞳は、先程ランサーを見ていた目とは大違いだ。虚ろで脆い。ランサーはダストゾンビに襲われた事はあるが、患者としてどの様な症状なのかは見たことがなかった。

痴呆症の老人のようだ、と言っていたが、これは廃人だ。自我の破壊と言うより、人格の破壊、人の生命の破壊だ。あれがダストの代償。そして、楽園の正体。

コトミネはダストで楽園を作ると言っていた。あんな症状の人間を世界中に広げるつもりだったのか?そして、それを吹き込んだのは、キャスターなのか。

ランサーの背筋がゾッとした。

"辛い思いを忘れ、幸せに生きる。しかも、それは永遠となるのだ。ダストが楽園の塵と呼ばれるのは何とふさわしい事か"

コトミネの言葉が谺する。

「そんなん、あり得ねえ」

ランサーは初めてエミヤが見ている現実を知った。何を理想にするかも。こんな状態になっても人のために使われるヒーローとは、これでは楽園ではなく、"楽園と見せかけた地獄"そのものだ。

ダストと言う知恵の果実。

なんと言う代償だろうか。

何故エミヤがスパイナルを使うかわかった。ダストでは足りないのだ。戦うためにもっと多くの回数がいる。己を変えてしまうほどに。ランサーはベッドに寝かされるバーサーカーを見て、確信した。

「フロイライン・アインツベルン。バーサーカーの名前は…」

イリヤスフィールは、バーサーカーが目を閉じたことを確認してから、ランサーの方を向いた。

「知っているのね。そう、お察しの通りよ。

彼の名前は衛宮士郎。シロウのオリジナル。初めのダスト患者、私を守り続けるバーサーカーよ」

 

2

夜遅く、エミヤの部屋に三人で集まる。漸くまともな会話が出来るようになった。

「つまり、衛宮士郎はエミヤの元になる細胞を採取した後、人を助けたいとダストの被験者になったのか」

「はしょりすぎだ。スパイナルが完成した後、軍にダスト開発が上手くいったと聞いた後から、だ」

「エミヤがダストの初めての被験者だろう?」

「完成したダストの、だ。完成される前のスパイナル擬きなら、片割れも投与されている」

「ワケわかんないんですけど」

「頭悪いのね、マクイルの当主って」

「イリヤ!言い過ぎだ」

「考えても見てよ。スパイナルからダストまで、直ぐに出来たとでも思っているのかしら?違うでしょう?その間にはもっとたくさんの失敗作があるに決まっているじゃない。シロウはそれを全て経験しているのよ。それこそ身体を犠牲にして。軽々しくわかんないとか言わないで欲しいわ」

ランサーは言葉に詰まった。イリヤが言っているのは、エミヤがまだ移民になる前のことだ。最も成長してミドルティーンの頃になる。スパイナルは子どもの頃、ダストは十代そこそこだろう。命の初めから実験体として生まれたとは言え、子どもは子どもだ。その心情は察して余りある。

「済まん。気を付ける」

ランサーが反省を見せた。イリヤはそれに満足したのか、話を聞いてくれた。

「そんで、ダストの被験者になってどうしたんだよ」

「彼の理想は正義の味方になること。ダストを使えば、簡単に叶う。悪者から人質を救うことも、土砂崩れの中から人を救うことも、宙吊りになっているゴンドラから救うことも、何でも。衛宮士郎がダストを常用するようになったのは、銀行強盗から人質を救った後だった。弾丸を避けて犯人を懲らしめ、人質を救った。彼はヒーローになった。ところが、人質の中に犯人の知人がいて、彼の行動は行きすぎたと断罪された。すると救われたはずの人間まで彼を非難し始めた。しかし彼はヒーローだ、気にしなかった。孤高のヒーローでも、間違っていない。彼を知る人間はそう言っていた。だが、気にしなかったのは、単にダストの効用だったのだ。

世間の非難が彼を蝕んだとは今でも思っていない。彼はヒーローであることにこだわっただけだ。何時でも彼の助けが手に入るように、準備していたのだ。それが、症状を悪化させた。彼の、人を助けたいと思う気持ちが彼をヒーローから遠ざけた」

寝ているバーサーカーを思い出した。

「皮肉なもんだな」

「そうだな。だが、彼の頭の中では未だ自分がヒーローだ。だから、イリヤを守る。普段はイリヤが面倒を診ているが、有事には自分が犠牲になろうと身体をはる。私達のオリジナルは、骨の髄までヒーローだ」

皮肉に笑うエミヤ。色は違うが、姿はオリジナルとそっくりだ。

「なあ、エミヤ、昔はあいつと同じ色だったのか?」

エミヤが意外そうな目をした。

「そうだが?」

「今の方が、いいな」スパイナルで色が変わってしまっていても。

ランサーはニッコリ笑った。太陽のように。

「それが、どんなに辛い思いをしたからか、考えたことあるの?」

イリヤが鼻を鳴らした。エミヤがはしたないと咎める。

「そりゃそうだけどもよ、似合ってんだろ」

「バカみたいね、あなた。何しに来たのよ。シロウの足を引っ張っているだけでしょう?」

エミヤがイリヤに言い過ぎだと言っていた。

「かもしれねえけどな、それでも、こいつの背中は俺が守るんだよ」

「貴方になんか、出来ないわよ。力も心も無いくせに」

「イリヤ、それは違う」エミヤが静かに反論する。

「ランサーは全てを備えた素晴らしい男だ。約束も違えたことはない。彼は私の望みを叶える、私の希望なのだから」

「本当に?」

「ああ」

「シロウの言う事なんか、信じられないわよ。誰の事も信用して、裏切られても我慢して平気な顔をするんだから。私が何度悔しい思いをしたと思っているの?」

「ランサーはそんな事はしない」

「エミヤは皆同じよ!」

イリヤが叫んだ。

「シロウも、オルタもバーサーカーも、皆同じだわ!人の事ばかり考えて、自分の事なんて二の次で!」

「イリヤ!」

「こいつだってそうでしょう?本当は自分の事しか考えてない、勝手な自分の言い分を振りかざして、シロウの事を良いように扱ったんでしよ!」

「言い過ぎだ。先程から、そんな事はないと言っているだろう」

そんな事はない。イリヤの言う通りだ。

初めはそうだった。エミヤは俺に死体のようなものだと言って身体を差し出した。俺が欲したからだ。エミヤが俺を欲したのは、そのずっと後だった。ニューヨークの家で。伴侶となると誓ったのもその時だ。

エミヤのケガと、一度別れたことを思い出した。入院している時も散々言われたのだ。"私は構わないから、君の欲するところに従いたまえ"、とエミヤは言った。ランサーはそのセリフを取り合わなかったが、エミヤにとってはとんでもない裏切り行為だったろう。キャスターの影響があったにせよ、誓いを一度無効にしたのは自分だ。けれども、エミヤは受け入れる。

「私は見てきたのよ!あなた達をずっと!私の為にと言われながら、私の為にと言いながら耐えてきたのを、ずっと見てきたのよ!」

エミヤが言葉に詰まった。イリヤの叫びはエミヤの事実を物語る。ランサーが想像する事すら難しい、エミヤの日常。実験体としての生活。

「イリヤ、今は違う。今、私は幸せだ。君のおかげだ。君とランサーと」

エミヤが眩しそうにランサーを見る。ランサーにはその思いが突き刺さった。

「こんな奴に出来るわけ無いわよ」

「イリヤスフィール。口が過ぎる」

「口煩いのはどっちよ!説教好きね!」

確かに、どこへ行っても口うるさいオバハンの様だ。不思議なものだ。これだけ凄惨な過去を持ちながら、何故エミヤは人の中で暮らしていけるバランスを保っていられるのだろう。とっくに壊れてしまってもおかしくないのに。

ふと片羽を思い出した。そして自分達双子の事も。そうか、片割れがいたからか。お互いにお互いの支えとなってバランスを保っていたのだ。片方が壊れれば、片割れも壊れる。お互いに壊れる訳にはいかなかったのだろう。必死になって片羽で羽ばたく女王蜂。お互いがいなければ飛ぶことすら出来ない。別たれた時の喪失感はランサーとキャスターの比ではなかったはずだ。けれども、理想があった。衛宮士郎を食い尽くした楽園をこの世から無くすために、片羽で飛び続けた。そして片割れはオルタを見つけ、エミヤは俺を見つけた。人魚は愛に命をかける。

 

ああ、そうか。そう言うことか。

俺が裏切るとか裏切らないとか、そんなの、どうでもいいのか。

エミヤは俺を因と言った。

俺以外いない。俺は、エミヤの全てなんだ。

 

ランサーの目から涙が溢れた。

「どうしたの?」

イリヤが心配そうに話しかけた。

「私、言い過ぎた?」

ランサーが涙を拭きながら言う。

「違う。悪い。あんたのせいじゃない。俺が、何にもわかってなかっただけなんだ。わかったら、泣けてきた」

好きとか嫌いとかそんなものではない。ランサーの選択はエミヤの運命を決めたが、伴侶としたのは、エミヤの意思だ。命を懸けたたった一度の愛なのだ。そうでなければ、原データの事など一言も言わずに杖を預けていたはずだ。オルタには時間がなかった。命を懸けた愛は渡される前に泡と消えた。その命の儚さゆえに。ランサーはエミヤを片割れと同じ目に合わせるかも知れなかった。いや、もっと悪い。口だけの救世主になる所だった。エミヤの命を糧にするのに。エミヤはそれでも受け入れていた、己の命の短さゆえに。

自分がバカだと何回気が付けばいいのか。

そして、己を伴侶と決めた男の愛にどう応えればいいのか。

一生かけても足りない。金貨をいくら払っても足りない。

キャスターが何だって?くだらねえ。俺にとってエミヤ以上に大切なものなんて、この世にねぇよ。

誰にも理解されない理想を追い求める人魚。理想の為なら全てを犠牲にする女王蜂。短い命を愛に捧げる己が伴侶。

なんと言う存在か!

「ランサー?具合が悪いなら、部屋に送って行こう。歩けるか?」

エミヤ、お前は何て稀有な存在なんだろう。ラッキーなのは俺だ。お前に出会えた。好きになれた。愛し合えた。俺は、何て幸せなのだろう。

「大丈夫だ。道を教えてくれ、帰るから」

「複雑すぎて無理だと思うが」

ランサーの涙が止まった。

「あのさ、エミヤ。本当、お前って俺に失礼だよな」

「君の能力を最大限信じているとも」

「それでその回答かよ。嫌な奴」

「それはどうも。で、また遭難する気か?」

「シタクナイデス、こん畜生!」

エミヤが鼻で笑った。俺の感動返せ、てめえ。

 

2

結局エミヤがランサーを部屋まで送った。やはり複雑すぎてわからなかった。どうしてこんなに上ったり下りたりしなきゃたどり着けないんだ?家の中なのに、迷路みたいだ。部屋の前に来て、エミヤが踵を返そうとしたとき、ランサーが腕をつかんだ。

「どうしたんだ?」

「寄ってってくれ。話したいことがある」

「構わないが、君、本当に大丈夫か?」

「平気だよ」

エミヤが言い淀んだ。

「パリの時から、何か悩んでいるみたいだし、その、私はいない方が君の為だろうから」

「だから、聞いて貰いてえんだよ!頼む、少しだけ寄って行ってくれ」

「…君が言うのなら」

漸く頷いて、二人して中に入った。

ランサーが宛がわれた部屋は入ってリビング、左にバスルーム、奥に寝室と言う作りだった。まずはリビングのソファーに座ってウイスキーを出した。と、エミヤが棚を見て、別のピッチャーを出して来た。

「酒には弱いから、これで良いか?」

「何だ?それ」

「キリツグの土産かな、リンゴ酒だ」

「じゃ、俺もそうする」

「君はウイスキーがいいのでは?これはアルコール度数低いぞ」

「エミヤ、あのな」

「済まん、そうだな、二人で飲もう」

陶器のピッチャーからウイスキーグラスにドバドバ注ぐ。

「ワイングラスみたいなんで飲むんじゃないのか?」

「これは気取って飲むものではないのでね」

ランサーが飲むと、エミヤも一口飲んだ。確かに大してアルコールはキツくない。酔わなければ話せない内容でもないし、どちらかと言うと、真面目に話をしたいから、丁度良い。

「それで、何を聞けば良いのかね?」

「そうだな、エミヤ、俺の事は許してくれているのか?」

エミヤが目を瞬く。

「許す?何を許せばいいんだ?」

ランサーはため息を吐いた。やっぱり。

「パリで、俺、お前を拒否した。それに、その前の晩もお前を放り出してる。それについて」

「許すも許さないも、気にしてないが。ただ、私が君の気持ちを考えていなかっただけだ。悪いのは、」

ランサーが大声を出した。

「違う!俺が悪い!頼むから、一人で背負わないでくれ。俺に謝らせてくれよ」

エミヤが息を飲んだ。そんなつもりは全くなかったからだ。ランサーに悪い所など無い。エミヤは口を噤み、黙ってランサーの言葉を待った。口を開けばランサーを追い詰めてしまう。

「お前に不満があるわけじゃ無いんだ。ただ、あの時はどうしても出来なかった。萎えたと言うのもある。でも、まずは筋を通させてくれ。俺は、お前を裏切った。だから、俺を許して欲しい」

ランサーが頭を下げた。

「済まない、ランサー。意味がわからない」

下げた頭をそのまま手で覆う。ぐしゃぐしゃと髪を乱して、顔を上げた。パリで見た、泣きそうな顔。

「俺はお前と言う伴侶がありながら、キャスターと寝た。選りに選って兄だ。双子の、正真正銘血を分けた兄弟のキャスターと。ぼんやりしてるものの、記憶がある。お前を抱こうとすると思い出す。ゾッとするんだ。キャスターの顔が笑うんだ、嘲笑うんだ」

「ああ、それで」とてもつらそうに見ていたのか。

キャスターに捕らわれて脱け出せなくて。

「キャスターがどうして俺と寝ようと思ったのかわからないが、事実だ。俺はお前を裏切った」

断罪して貰いたいのだろうな、とぼんやりと思った。けれど、エミヤにとってはどうでもいい事だった。ランサーは裏切っていない。エミヤには初めからわかっていた。ランサーが大事にしている家族と言う繋がりを、キャスターは軽視していた。キャスターがこだわったのは、ランサーを取り込む事だった。だから、ランサーは二重に苦しむ。家族と関係し、エミヤを裏切り別の男と寝たと言う事実に。

「ランサー。君は裏切っていない、私も裏切られていない。君はキャスターに裏切られたのだ。君が辛い思いをする必要はない」

「だが、…」

「では、どうして欲しいのだ?君は同じ間違いを犯そうとしている。アマゾンで私を非難した時のように。ボゴタで君は学習したのではないのか?」

ボゴタでランサーはエミヤに首飾りを渡そうとしていた。ランサーがエミヤに手を出そうとして、そんな自分を許せず渡せなかったが。エミヤはそこまでの事情は知らないけれども、あの時もランサーはエミヤを放り出している。あの後、エミヤは三日寝込んだのだった。ランサーが自分自身を非難すればするほど、エミヤが追い詰められて行った。エミヤを追い詰めないようにするには、自分が飲み込むしかない。エミヤに許しを乞うのではなく、自分が自分自身を許すのだ。

犯した罪は自分で償え。

人に非難されることで傷ついて許されたつもりになるのではなく、自分で納めろ、と言うことだ。難しいが、やるしかない。それがエミヤとランサーを救う。

「そうだな、わかった、悪かった。お前に裏切ったと言ってもらって、謝って、許してもらって、なんて虫がいいこと考えてた。そうじゃねぇな。俺は俺自身でキャスターの事を考えなきゃならねぇんだ」

エミヤが静かに言った。

「君は君を裏切ったキャスターをどうするのだ?断罪するのか、糾弾するのか、非難するのか、それとも、許すのか?」

ランサーの表情が消えた。

「この世は美しくて醜い、綺麗で汚い、優しくて残酷だ。どう生きるかは君の選択だ」

「エミヤ?」

「キャスターの処遇は君に任せる。彼は十人を超えるダストゾンビを作りだし、躊躇いなく使って殺し、コトミネと君のドライバーを操って死に追いやった。君を裏切り同衾し、支配した。だが、君の兄だ」

ランサーは何も言えなかった。血の気が引くようだ。

「私は、ダストの殲滅さえ出来れば、ダストを利用していた人間を裁こうとは思っていない。二度と使用しなければ、利用しようと思わなければ、悪魔のような人間でも生きていていいと思っている。しかし赤い龍は封じられなければならない。決めるのは、君だ」

エミヤは頷く。

「私亡き後、この世を統べる君が選べ」

ランサーは言葉を発する事が出来なかった。キャスターを生かしておくだと?考えても見なかった。殺すしかないと思っていた。キャスターはそれだけの事をしている。エミヤの考えは合理的だ。しかし、とても難しい。

 

しばらく何も言わずにグラスを空ける。ランサーはカパカパと、エミヤは少しずつ。やがて少し目が潤んできたエミヤが、立ち上がった。

「そろそろ帰る。夜も更けたし、君も疲れたろう」

「エミヤ」

「何だ?」

「俺と結婚してくれないか?」

「…それは、確かに一度は承諾したが、だが、…」

ランサーが立ち上がってエミヤに近づく。エミヤが一歩後ずさった。

「ウェディングライセンスはまだ有効だ。俺は必ずライセンスが有効中にアメリカに帰る。そしてお前と結婚する」

「間に合わなかったら?」

「間に合わせる。男が言ったことを違える訳にはいかねえ。そう何度も同じ過ち繰り返してたまるかってんだ。必ずやり遂げる。だから、俺と結婚しろ」

「…横暴だな」

「知るか。言われた通りにしとけ」

「この、獣」

「好きだろ」

ランサーがニヤリと笑いながら近づく。エミヤはもう逃げなかった。エミヤが鼻を鳴らす。

「好きだとも」

ランサーがエミヤの腕を捕らえ、エミヤはランサーの腕の中に自ら身体を預けた。

「俺がバカだっただけだ。お前の価値を全然わかってなかった。俺にはお前が世界の全てだ。お前の因が俺であるように、お前がいるから、世界が存在するんだ」

「君がバカでなかった事は一度もない。今日はとびきり救いようがない。だが、君は私の全てだ。君のその言葉を信じよう。片羽に誓って」

ランサーは腕の中でじっとしているエミヤをきつく抱きしめた。人を抱くと言うのは、何よりも饒舌に気持ちを伝え合う。共感能力なんてなくても十分伝わる。動かないランサーに安心したのか、エミヤがランサーに腕を回してきた。これで抱き合う形になった。

キャスターが悔しがる様が見える気がした。ザマアミロ。お前なんざ、エミヤの前じゃ、鼻くそだ。

エミヤとランサーの背は余り変わらない。だから、顔を近づければ直ぐにキスが出来る。腰を動かせば、相手の事がわかる。

「やるぞ、来いよ」

口づけをしながら早口でランサーが言う。

「ランサー?ずいぶん積極的だな。どうしたんだ?」

「そりゃ、好きなもんと抱き合ってたらやりたくなるに決まってんだろうがよ。早く挿入させろ」

「その言い方はどうかと思うが、まあ」耳元でエミヤが囁いた。

「私も一人で寝るのは寂しかったんだ」

「知ってたぜ」ランサーも耳たぶを舐めながら囁いた。

「この淫乱」

「好きだろう?」

「当たり前だ」

改めて視線を絡ませる。今度は舌を食い合うように貪った。

 

寝室にはまるで競うように走り込んだ。寝室は広く、ベッドは大きい。ランサーやエミヤが四人いても余裕で眠れそうに大きかった。そのベッドに到達する前に、次々服を脱いでいき、二人の走った後には点々と服が落ちていた。常ならば決してしないが、エミヤも同じ事をしていたので、誰も非難するものはいない。ベッドにつく頃には二人共すっかり脱ぎ終わっていた。

ランサーがエミヤを引き寄せ、抱き締める。何も着ていない二人に隠す所はなく、ランサーは既に勃ち上がっていた。それをエミヤの鼠径部に擦り付ける。

「熱い」

とポツリとエミヤが言った。

「どこが?」

ランサーが抱き締めながら言う。

「君が」と言ってエミヤはランサーの陰茎を握って熱い息をランサーの首筋に吹き掛けた。確かめるように根本から先端に指を這わせ、また根本に戻り、陰嚢を探る。

「狂暴で言う事を聞かないが、私のものだ」

エミヤの手がランサー自身を扱く。ランサーは動かず、エミヤの好きにさせた。知り尽くした伴侶の手が快楽を呼び込む。エミヤがランサーに吸い付いた。口を開いて舐め回す。エミヤは夢中になっているのだろう、ん、と喉が鳴っていることに気付いていない様だ。ランサーはエミヤの攻めに満足し、口を蹂躙するエミヤをベッドに投げ飛ばした。

「うわ」

驚いた顔をしたエミヤは、興奮で顔が上気している。すごくエロい。まだベッドの端に足が出ている。左足を膝から抱えてベッドにのせる。右足はまだベッドの端に出たままだ。思い切り開かせて足の付け根を確かめる。ランサーだけの片羽。スルリと片羽を撫でる。片羽は足の付け根に沿って描かれているので、前から触ると自然後孔に辿り着く。まだ開かれていない門に優しく触れて、そのまま前に撫で上げる。陰嚢、陰茎、先端。みるみる勃ち上がり、興奮を伝えて来る。エミヤのそれは、ランサーより長さは少し小振りだが、その固さと膨張率は毎回目を見張るものがある。ランサーとて勃ち上がった男のペニスをそんなにたくさん知っているわけではないが、こんなに健気に存在を主張してくるモノは初めてだ。つい、舐めたくなる。

舌を出して先端を舐めようとした時、エミヤがランサーの頭を仰け反らせた。

「待て、汚い」

「いや、あのな、ここまで来てそれはないだろ。お預けかよ」

「舐めるとか、洗って無いし、汚い………」

と言っている間にランサーはエミヤを咥えこんだ。

「ランサー!」必死に脱け出すエミヤ。

「いいじゃねぇか。俺がやりてぇんだから、好きにさせろよ」

「じゃ、じゃあ、下を舐めたから、キスはなしだ!」

ランサーが意地悪そうに笑った。

「俺とキスするの好きだろう?無理すんな」

「ランサー!」

「駄目だ。俺に愛されとけ」

エミヤは二の句が次げない。ランサーに咥えられて舐め回される。ランサーの青く透ける髪が股間で動く。何でこんなことに。一秒でも早く繋がりたかったのであって、ランサーに奉仕させるつもりなどなかったのに。

ランサーの舌が敏感な所に絡むように舐め上げる。耐えられなくて喘ぎ声が洩れた。それに気を良くしたのか、ランサーは更に攻め立てる。裏筋をねっとり舐める、亀頭の張り出したカリに舌を押し込む、皮を捲る。先端から透明な腺液が溢れ始めた。ランサーはそれを舐めとって舌を割れ目に差し込んだ。たまらずエミヤが起き上がってランサーの頭をわし掴んだ。

「止めてくれ!出る!」

ランサーは悪そうに笑った。

「出せよ。飲んでやる」

エミヤは目眩がした。精神的にショックを受けていた。飲んでやる?何を?

ランサーはエミヤを咥え直した。深く喉まで飲み込んでいる。喉を使って全体を吸われた。ランサーの手は陰嚢を転がしている。男の弱い所のフルラインナップだ。エミヤに出来る事はランサーに縋る事だけだ。ランサーの頭を掴み、けれど奥に叩きつけないよう気を付けた。ランサーを苦しませたくない。けれど、なぜこの男はディープスロートしてくるのだ!離させようとも頑固に吸い付いてくる。ランサーが咥える所が見える。それを見たエミヤに目だけで笑いかけてきた。わざとやってる。どうして?何故こんな真似してるんだ?根本を手で擦り、ランサーがまるで性器に打ち付けているような動きをし始め、舌は尿道を攻め立てた。

エミヤの手がランサーの頭で爪を立てる。エミヤが我慢している。出せよ、おら。お前を寄越せ。

じゅるりと音を立てて吸い込み、尿道から舌を外して先端を舌で包み込んだとき、エミヤがランサーの口の中で爆発した。苦くて青い、生臭い。美味しいものではない。けれど、エミヤのものだ。身体が嫌がるのは、何とも思わなかった。とにかく、エミヤが欲しかった。

「君っは!何をしているんだ!早く吐いて!」

エミヤがティッシュを手にランサーに渡そうとした時、ごくりと飲んだ。

「ランサー………。大丈夫か?」

驚いた顔をするエミヤが可愛くてたまらなかった。確かに吐き出した方が良いのだろうが、誰がやるか。エミヤは全て俺のものだ。吐き出すなんて、もったいない。せっかく俺が与えた快楽で出したのに。

「不味い」

「それはそうだろう!何をしているんだ!そんな事、しなくて良いのに!」

「あのよ、前にお前、歯磨きしなくてもキスしたいって言ったよな」

エミヤの説教が止まる。

「それと同じだ、淫乱。お前を寄越せ、全部だ。口とかケツとかそんなんじゃねぇ、全部寄越せ。よだれ一つ、汗一つ無駄にしたくねえ。お前は俺のものだ」

ランサーがエミヤの腕を掴んで顔を近づけた。

「例えイリヤスフィールだろうが、遠坂凛だろうが、お前自身だろうが、誰にもやらん」

腕を掴んで無い方の手で髪を撫でた。

「お前が死んで塵になっても、お前は俺のものだ。全部取り込んでやる」

エミヤは何も言わなかった。ランサーの舌を受け入れた。苦くて青い味が広がる。自分の吐き出した精の名残だ。ランサーから貰うと、良いもののように思える。自分も大概バカだな、と思う。

「キャスターは嘲笑わないか?」

「悔しがってんだろ。俺が手に入らず、お前にフラれて」

「自意識過剰だ、バカ者。そんなに単純な男じゃ無いだろう。全く、救いようがない」

「俺を見ろよ。他の奴は要らんだろ?俺だけで良いだろう?」

ランサーが身体を見せつけるようにくねらせた。エミヤの手が思わず伸びた。ヒタリと胸に手を当て、サラリと乳首に指をかける。エミヤがランサーの胸の先端を軽く吸った。ランサーがはあ、と息を吐いた。エミヤの頭を撫でて促す。エミヤは促されるまま、甘噛みし、吸い、舐め、つついた。ランサーから艶っぽい声が漏れる。エミヤの手がランサー自身を握った。一度も出してないランサーは血管が浮き出るほど勃ち上がり、垂れるほど先走りを溢していた。エミヤの舌が腹に下がり、ランサーの下生えをかき分ける。表から舐めて、先端にたどり着いた。エミヤの舌がランサーの尿道を抉じ開ける。咥えようと口を開けたとき、ランサーにのし掛かられた。エミヤは目を白黒させている。ランサーはエミヤの顔中にキスを落として、チュッチュッと音を立てながら喋った。

「だあめ、咥えさせねえ」

「な、不公平だ、どうしてだ、理不尽だ!」

「挿入てえもん。いいから、その門、開いてくれよ」

「君の顔の上に乗っかってやろうか」

「イイね、やれよ」

「絶対に嫌だ!」

「お前のケツ、舐めてえ」

「止めてくれ!それなら、馴らさずいれた方がずっといい!」

「悲鳴を上げるほどイヤか?」

エミヤが快楽と嫌悪で涙目になる。

「どうしたんだ。無体が過ぎる…」

「やりてぇんだからやらせろって。エミヤお前、全身旨いな」

「ランサー!ふざけるにも程があるぞ!」

「素直な感想デス」

言うや否やエミヤの口に舌を抉じ入れた。エミヤは息が出来ず思わず「ん、ふ」と息を吐いた。ランサーがニンマリ笑う。ランサーはピッタリ身体を着けてのし掛かり、先走りをエミヤに擦り付けるように腰を動かし始めた。エミヤは先ほど吐き出しているので柔らかく、ランサーはまるで女性に性器を擦り付けているような感覚で激しく動き始めた。エミヤは何をされているのかよくわからない様子で、ランサーに身体を預けている。

もどかしくなったのか、ランサーが急に身体を起こすと、エミヤに軽くキスをした。

「ローションとゴム持って来るな。済まん、ちと待っててくれ」

「ああ」

ランサーはベッドサイドに入れてある品物を取り出し、枕元に投げた。ベッドが大きすぎてすぐそこにあるのに、立たなければならない。ベッドが大きいのも良し悪しだな、と思ったが、エミヤがピクリとも動かず、ベッドの上で足を広げて待っている姿は、とてつもなく可愛い。ランサーはニヤケが止まらない。どうやって挿入してやろうか。

再度ベッドに乗り上げ、エミヤに重なる。べろりと口を舐めて挨拶をした。

「待たせたな」

両手で足を持って、思い切り広げる。女ならこのまま挿入すればいいが、男はそうはいかない。そのもどかしさが何故か嬉しくて仕方ない。ランサーは自身にローションを垂らして、さっきの続きを始めた。柔らかいエミヤと下生えがランサーに刺激を与える。包み込んではいないが、挿入しているような動きと、上気したエミヤの顔が最高に気持ちいい。会陰を押し付けるように突き立てる。エミヤの口から

「…っん?」

と声が洩れた。困惑している。ランサーは堪らなくなってキスをした。している最中も腰の動きは止めない。エミヤが次第に回復して来た。ランサーの動きから快感を拾っている。二人の性器を擦り合わせる。ランサーの動きに手が加わって、放出させようとする。エミヤから「は、ん、っあ」と小さな声が洩れた。ランサーが掴んでいない足を使ってエミヤの腰が快楽を求める。二人で突き上げながら、ランサーが先に出した。エミヤの腹にランサーの精が飛び散る。胸の方まで飛ばした先に、傷があった。キャスターの撃った痕。まだ薄いパッドに覆われている。エミヤの身体に飛んだ精を塗り込めるように手を滑らせて、傷に指を這わせた。

「痛いか?」

「気にならない程度にはなって来た。痛さは我慢出来る。辛いのは、傷じゃない。キャスターに捕らわれた君を見るのは辛かったんだ。撃たれたとき、君が解放されたと確信できた。あの時、私は死んだって構わなかった。君を」

ランサーの頬を包むようにエミヤが触れた。

「取り戻せたと思って」

「キャスターと行かねぇのかって聞いただろうが」

「精神が捕らわれていないのならば、何処に行こうが自由だよ。君の美しい魂を自由に羽ばたかせればいい」

「お前は本当に…」救いようがない。

イリヤスフィールも苦労するだろう。まあ、俺もだが。どうしたらこいつをもっと欲深にすることが出来るだろうか。これからの課題だな。

身体をぞんざいにティッシュで拭いて、ランサーは改めてエミヤの首に手を当てた。目一杯の愛情を込めて全身に触れる。首、肩、腕、胸、腹、腿、脛、足。エミヤは何も言わない、身体を捩る事もない。ランサーが何をしても抵抗しないし、全て受け入れる。口では嫌と言っても、恐らく全身舐め回しても抵抗しないだろう。それこそ、秘所に舌を這わせても。やりたいが、エミヤは汚いからと言っていた。後で風呂の中で舐め回してやる。首に帰って来た手を顎に。顎を少し開け、優しいキスをした。エミヤがランサーの肩に腕を回してきた。しっかりしがみついたエミヤがランサーの唾液を受け入れながら陶然としている。キスの合間に少しずつ聞いた。

「気持ちいい?」

ん、ん、と喉が鳴るエミヤがわかりきった応えを返した。

「う、んん」

頷いて返すエミヤ。夢中でキスに応えているが、今の返事がランサーにどういう効果をもたらすか、全く想像つかない様子だった。

ランサーはさっき出したばかりで、まだ落ち着いている。エミヤは勃っていたが、萎えて来ていた。が、エミヤの拙い返事がランサーに火を着け、ランサーはあっという間に勃ち上がった。

キスに溺れているエミヤの蕾に軽く触れる。緊張して門が硬く絞まる。ローションを取るため、唇を離した時、エミヤが離さないとばかりに追いかけて来た。ランサーは興奮して爆発しそうだった。

エミヤがランサーを求めている事実は、頭でわかっていても、行動されると愛しさが込み上げるものだ。

手に滑りを足して、漸くエミヤの門を叩く。ひくひく蠢く様が、期待しているように見える。門を傷付け無いようにたっぷり周りにローションを着け、中に指を入れた。狭い。半月以上エミヤに触れていない。固いのは当たり前だが、

「なあ、後でオナニーしねぇの?」

思わず聞いた。陶然とキスをしていたエミヤがマジマジとランサーを見つめた。

「君は、バカか」

「え?」

「もっと簡単に快感を得られる器官が外にあるのに、わざわざ中をかき回す理由が無いだろうが。君、何年男をやってるんだ?」

「いや、でもさ、俺の事思い出して、寂しいなあとか」

「人の尻の孔に指を入れながら聞くことじゃ無いだろう。君はもう止めたいのか?」

「いや、違うけど!」

「もういい、萎えた。抜いてくれ。風呂に入る」

エミヤがランサーの手を掴んで抜き、起き上がった。

「大体、君の代わりなどないではないか」

愚痴を呟きながら、置いていかれるランサーを見向きもせず、エミヤはバスルームに消えた。

「挿入てねえし」

ランサーは先ほどの計画を実行するために、立ち上がった。男が言ったことを違える訳にはいかないのだ。言って無いし、考えただけだけど。

男は実行あるのみだ。

 

3

次の朝、エミヤはへとへとで、ランサーはキラキラしながら朝食の場に現れた。イリヤが意味ありげにランサーを睨んだが、何も言わなかった。とりあえず、ドイツ語で会話することはなくなった。とは言うものの、食事の席順は同じだが。ランサーの浮かれようは、見ていられなかった。鼻唄は歌うわ、何を言ってもへらへらしているわ、人の話を聞いてないわ、近くにいるとバカになる、とイリヤは書斎へ引っ込んだ。

食事が済んで、応接室でお茶を飲んでいる時、エミヤがランサーに告げた。

「ライプツィヒを確認しに行く」

「ベルリンじゃねぇの?」

「そうだな。君、また観光考えているのか?」

「せっかくだからな、調べておくさ。少しの時間でも、思い出が欲しいんでね」

エミヤの眉間にシワが出来た。

「意味無いぞ」

「エミヤ、支払う金額が大きければ、手元に長く残るんだぜ」

「何の事だ?」

ランサーはニヤリと笑って応えなかった。

ランサーは金貨をたくさん手に入れるつもりだ。残りの人生で払う貨幣を増やすために。思い出は多い方が良い。けれど、何だかヌードの思い出が多いような、気のせいか?まあいいか、風呂場のエミヤは最高だったし。そこで初めて気付いた。エミヤを抱いている間、あれほど悩まされたキャスターの影が何処にもなかったことを。

エミヤは熱い。同じじゃない。だから、いい。

 

イリヤに暇を告げるため、書斎に行った。エミヤが話をすると、イリヤの機嫌がみるみる悪くなった。

「どうしてよ。一泊しかしてないわ」

「ライプツィヒに、ダストの施設があると連絡があってな」

「そんなの、知らないわ。どうして私の知らないものがあるのよ」

「済まない、私のせいだ。私が、隠居し過ぎていた」

「違うわ。あなたがいようといまいと、私の責任だわ。私がやるべき仕事だったわよ。どちらにしろ、あなたはアメリカにいた。ここはドイツよ、私の国だわ。なのに」

悔しそうに唇を噛むイリヤ。

「シロウ、ライプツィヒには私も行くわ。先に行って待ってて」

「派手にする気は無いのだが」

「シロウ、甘いわ」

上目遣いでニヤリと笑って言った。

「私がそんなの、許さない」

エミヤが渋い顔をした。

 

 

アウトバーンでライプツィヒを目指す。かなりの長旅で、途中ベルリンで休みをとった。

「なあ」

「何だ」

ランサーはイリヤの家を出てからと言うもの、ずっとご機嫌斜めな男に話しかけた。

「何をそんなに心配してんだよ」

「イリヤの事だ。ライプツィヒに来ると言っているが、無事に終わるか心配している。放火か爆破で終わらせようと思ったのに、あれは、ダストユーザーを助けると言いかねん」

「いけねえのかよ。いいじゃねぇか、助けられるなら」

「私はイリヤほど楽観的にはなれない。根絶の為には、ダストを忘れると約束させて、麻薬に意識が向かないようにさせなければならない。まして、患者になってしまったら、バーサーカーのように完全看護が必要だ。誰がその金を出す?いや、悪用されないと誰が保証する?犠牲を出さないのは理想だが、出来ない事もある。多くの人を救う為に、少数の犠牲を厭うては何も出来ない」

エミヤはお人好しだが、合理的な思考をしている。よくよく考えると、ダストユーザーはコトミネ以外殺していない。救う事が出来ないダストゾンビを手にかけているだけだ。ランサーのように、カッとしてダストに関係無い者を殺したりしていない。しかし、最短で最善を求めるため、犠牲無しで納めようとも考えない。ダスト関係者が敵なら、エミヤは迷わず殺すだろう。反対に、ダスト関係者であっても敵でなければ殺さない。キャスターのように罪を犯していても、敵でなければ良いのだ。

敵とはダストを拡散し、利用し、支配する者。キャスターは正にそういう者だ。ランサーはどう考えてもキャスターを生かして置けなかった。半身を殺すのには苦痛が伴うだろうが、後顧の憂いは無くしたい。ランサーとて聖者ではない、面倒は御免だ。

「所でよ、爆破と放火のどこが派手じゃないんだ?おかしくね?」

「関係者も、証拠も無くなる穏やかな方法ではないか。イリヤが派手にやる時はな、ドンパチした後、警察やら裁判所やら国やら巻き込んで社会問題にすり替えて、結局誰も得しないようにすることだ。ドイツ国内なら、アインツベルンのお膝元、ダストが表に出ることはない。そのやり口の汚い事と言ったら!見ていられない」

ため息を吐いて頭を振る。キャスターやコトミネが好きそうな手を使うのだろうが、多分、絶対、イリヤの方が汚い手を使いそうだ。ランサーは身体が震えた。

「大変だな」

「ああ」

ライプツィヒまではベルリンから二時間、ゆっくり走って二時間半、音楽の都、メッセの街、ライプツィヒに到着した。ライプツィヒでレンタカーを返却し、ホテルを探す。

ここでランサーの悪い癖が出た。五ツ星ホテルのスイートルーム、ゲストルーム無し、キングサイズのワンベッドルーム。新婚カップルが浮かれて泊まるホテルのようだ。実際、ランサーは浮かれている。有名な映画のロケ地が近くにあり、階段を使って歌い出しそうだ。そういえばラスベガスでもミュージカル映画の歌を歌っていたな、この男。

「ランサー、申し訳ないが、私はこの部屋に泊まるわけに行かない。別に部屋を取るから」

と、手を振るエミヤの手を握り、ランサーはにこやかに宣言した。

「いいじゃねぇか、処女じゃあるまいし、婚前交渉位許して貰えんだろ、お姉さまに」

「…いや、君、それをイリヤに言ってみろ、二度とアメリカから出られなくなるぞ」

「昨日したのに、何が違う」

「宣言するかしないか。凛も言っていただろう。目の前でイチャイチャするなと。君はその辺とてもいい加減だから」

「なあ、エミヤ。俺はよ、初めて好きになった伴侶を目の前に、何もしない聖人君子じゃねぇんだよ。お前が近くにいりゃ触りてぇし、キスしてぇし、出来りゃ抱きてぇし。それは俺だけなのかよ?」

ランサーが握った手を唇に持っていき、口付けをした。視線はエミヤの目から離さない。

エミヤの身体が熱を持つ。ランサーに取られた手は、汗をかいた。

「そ、れは、そうではない、が、私は、ルールを守ってだな」

ランサーが手を握ったまま、もう一つの手でエミヤの頭を固定し、キスして来た。エミヤからは、ん、とだけ声が洩れた。

抵抗は無い。エミヤが言ってくれれば、イリヤスフィールとて文句無いだろう。明日作戦を立てて、偵察し、その次の日実行するのであれば、明日の夜我慢すれば今日はOKだ。昨晩迄半月以上触れなかったエミヤの身体が目の前にあって、我慢出来ない。イリヤから連絡を待ちながら、繋がるだけなら出来るかも。

と、不埒な考えでエミヤの手から腰へ回す。お互いの腰を擦り付けるように密着させて、濃厚なキスを仕掛けた。まだ外は明るいが、ランサーは本気だった。腰の手が尻の間に伸び、指が門を叩く。

エミヤがキスの合間に唇を着けたまま、息継ぎしながら必死に抗議する。

「ランサー、ダメ、離し、ん、止め、」

「どれも却下」

ベルトを外してズボンを緩める。下着をずらして前に触れた。エミヤは本気で抵抗して無い。ランサーは、ニンマリ笑って後ろを触った。さっきもノックした、愛しい伴侶の門。長いドライビングで疲れているだろうそれは、何時もより優しく迎えてくれそうだ。

「風呂行く?それともここでこのままするか?」

ランサーのオルタナティブは、実にバカバカしかった。

ここは部屋のリビングで、扉を開けて入った場所だ。エミヤが上気した顔で怒鳴った。

「どちらもダメだ。ランサー、困る」

ランサーがいい顔で笑った。

「じゃ、ここな」

人の話を聞かない。

ランサーは唾液を含ませた指を入れた。昨晩の名残は、ランサーの予想以上に優しい。もはや止まらなかった。

エミヤの制止も、懇願も用を為さない。そうだろう、抵抗していない。エミヤは困惑していた。ランサーの言っている意味はわかるのだが、どうしてこういう行動に出るのか理解出来なかった。ああ、プライベートジェットでも似たような事をしたな、とぼんやり思い出した。ランサーのもたらす快感に翻弄されながら、今イリヤスフィールから連絡があったら何と言えばいいのか、考えた。

後ろから覆い被さりながら、ランサーが耳許で囁く。

「何考えてんだよ。俺の事だけ考えとけよ」

何も言っていないのに、こういう時だけ勘がいい。エミヤはソファーのクッションに縋って嵐に耐えた。

ランサーはエミヤの考えを遥かに超えてエミヤを欲した。キャスターが揺さぶった事で、ランサーの気持ちは固まったようだった。自信を取り戻し、未来をその目で見定めた。エミヤのいない未来ではなく、エミヤを失った未来の先を。

なぜなら、エミヤがいなくてもその理想はランサーが行動しなければ、実現させられないからだ。お互いが目指す理想の未来は同じものだ。ランサーは二度と躊躇わないし、後悔しないだろう。ランサーの人生が後何年あったとしても、そこには必ずエミヤが共に立っている。ランサーは二度と一人で生きて行くことはない。

ずっと運転して漸く落ち着いたと思ったら、襲われた。エミヤは体力の限界を感じ、後始末どころではなかった。ソファーに座れない、身体を上げることが出来ない。リビングの絨毯の上でソファーに凭れかかり、衣服の乱れも直せない。ランサーがそれを見て立ったまま、

「絶景」

と嬉しそうに呟いた。エミヤの目が鋭く光り、ランサーがエミヤに手を貸そうとした時、その腕を取り、ねじり上げて床に倒した。倒した時、ゴツと良い音がしたので、頭を打っているだろう。ざまをみろ。

「ってーな!何しやがる!」

「天誅」

ランサーの頭を膝で固定して、肩を掴んだ。

「脱臼がいいか、折る方がいいか」

「え、エミヤさん、エミヤさん、待って、ちょっと待って、考え直して」

「何故だね。人の不幸を嗤うものに考える余地など無いだろう。大体駄目だと言ったのに無体を働き、そのあげく嘲笑するとは、何と無慈悲な事だ。今後の事もある、身体に覚えさせておこう」

「イヤ、だって、明日、俺、働くよ?!頭数に入れてんだろ!けが人してらんねーだろ?!」

「君など、いない方が私の精神にも良い」

エミヤの手に力が入る。筋肉と関節が悲鳴を上げそうになった時、携帯が鳴った。ちっと舌打ちをしてエミヤが離れる。ランサーは心底安堵した。が、エミヤの後ろ姿にむくむくいたずら心が沸いてきた。話しているエミヤの後ろから、ズボンを含め下着迄全てずり下ろした。上はスーツ姿だが、下は何も着けてない。ランサーは腹を抱えて大笑いしていたが、エミヤの携帯がミシリと音を立てたのを聞いた。笑顔で携帯を切ると、ランサーに満面の笑みで振り向いた。

「ランサー、"世話になった"な」

エミヤは後始末をして衣服を整えると、そのまま出ていった。

どこへ行くとも、帰るとも聞いていない。ポカンとしたままランサーは豪華な部屋に残された。

 

3

「シロウ、早かったわね。あの犬は?」

「捨ててきた。それで、イリヤ、どうするつもりだ?」

「私も行くわよ、アインツベルンの名にかけて。私の国で好き放題した結末はとって貰うわ。所で、表向きは何で、どうしてこれがダスト関係の施設だとわかったの?」

エミヤの携帯が鳴り響く。マナーモードにしても震え続ける。面倒なので着信拒否をした。着信拒否までにコールがかかった数は三十を超える。ストーカー被害に会っていると訴えられそうだ。

「それは、蜂からの報告でな。これを見てもらえないか?」

エミヤは新聞記事をいくつかイリヤに見せた。

すると、イリヤスフィールの携帯が鳴った。

「家から、執事からよ。何かしら?」

イリヤが電話に出てただ聞いている。最後にわかったとだけ呟いて携帯を切った。

「どうした?家からとは珍しい」

「ねえシロウ、悪いけど、ランサーに電話したいのだけれど、番号教えてくれる?」

「私の携帯からかけるか?向こうに番号が残るぞ」

「シロウ、あなたもあなたよ。いいから、教えて」

「?わかった」

エミヤの携帯の番号を見ながらイリヤはランサーにかけた。

「こんにちは、ランサー。訴えるってどういう事よ?」

しばらくランサーの声を聞く。

「自分が不甲斐なくて逃げられたのに、誘拐とか、成人の男性にあるまじき状況でしょう?誰も取り合わないわよ、そんな事」

イリヤはランサーの主張を聞いていた。聞いているうちに、無言になった。最後に大きくため息を吐くと、エミヤを見た。

「シロウ、泣き落としされてるけど、どうする?あのうるさいのの下に戻る?」

「泣き落とし?」

エミヤは信じられなかった。そう言う情に訴える方法から最も遠い男に思っていたので。しかし、エミヤはキャスターが正に泣き落としをしていたことを思い出した。何と呆れた双子だ。目の前にいなくて良かった、顔に絆される。無駄に見目が良い双子は、表情一つで人を操る。最低だ。

「イリヤはどうしたい?」

「私?そうね、あら、楽しそうね。会いましょうか」

「仰せのままに。向こうへ乗り込むんだろう?」

「当然よ!」

ランサーの泣き落としは、エミヤと会うと言う目的は果たしたものの、イリヤに揶揄われるというオマケ付きとなった。

愛とは何かを犠牲にするものなのだ。この場合は、ランサーの自尊心だ。

 

ランサーの下にエミヤが帰り、イリヤが散々楽しんだ食事が終わり、お茶とブランデーで寛いでいると、ランサーが聞いてきた。

「そういやよ、何でシロウなんだ?凛の時にはアーチャーだったし」

イリヤが呆れた顔をした。そして何も言わなかった。エミヤが驚いたようにランサーをみる。

「全て私の名前だが。前にドッグタグに刻んであると教えなかったか?」

「S・A・エミヤって聞いた」

ランサーが睨む。

「だから、シロウ・アーチャー・エミヤだ」

「そうなのか」

頷くエミヤ。

「オリジナルの名前を使うので、滅多に使わん。どうも他人事みたいに感じてな。イリヤは昔からエミヤ二人をシロウと呼んで混乱していたな」

「シロウはシロウよ。オルタは陸に上がって可能性を選んだけど、あなたは変わりないでしょ?」

イリヤがウインクしながら応えた。

「オリジナルも同じように呼んでいたから、君がシロウと呼んだのは三人だ。混乱もする。だから、凛はアーチャーと呼ぶようになったのだ」

「え?凛とイリヤスフィールは知り合いなのか?」

「少しね。アメリカに移民するのに、切嗣が頼ったのが遠坂で、私は遠坂と昔から知り合いだったから、切嗣に紹介したの。遠坂は移民関係にパイプがあったから」

「アーチャーってのは、何で使わねぇの?」

「アーチャーと言う名前は、姓の事が多いからな。呼び捨てだと周りが気を使う。さすがに海兵隊時代は周りも慣れたが、他にアーチャーと呼ぶものは出なかったな」

ランサーの頭にエミヤをアーチャーと呼び捨て、周りに引かれる凛が見えた。姓には通常尊称が付く、名前には付かない。

「俺、エミヤって呼び捨てだけどよ、良いのかよ」

「アメリカでエミヤを姓と認識する者はまずいない、かえって楽だ。それに、どうも他の名前は呼ぶ人間に属しているような気がしてな」

「…ああ」

凛のアーチャーもイリヤのシロウも、他の人間が呼ぶとは思えない。あの二人は仕方ない。

「結婚したらよ、どっちの姓を名乗ろうか?」

ニコニコ嬉しそうに話すランサー、頭を抱えるエミヤ。イリヤスフィールの目が氷点下になった。目から吹雪が吹き付けて来そうだ。

「この犬は何を言っているの、シロウ」

「私には理解出来んが。人間の言葉だったか?」

「エミヤ!お前何だってこういう時、俺の味方してくんねえの?」

「味方が必要なのかね?何と戦っているんだ」

イリヤスフィールだ。エミヤがランサーの助けになることは決してないだろう。ランサーが続きを口に出来ない様子を見て、イリヤが声をかけた。

 

「それじゃ、ランサー、楽しかったわ。帰りましょうか、シロウ」

「ああ」

席を立つイリヤとエミヤ。ランサーも立ち上がる。

「待てよ、何でエミヤがイリヤと行くんだよ!お前の居場所はここだろ」

「イリヤスフィールをこの夜中に一人で帰すと言うのかね?ランサー、紳士の言葉とは思えない」

ランサーは言い返せない。確かに女性が一人で帰る時間ではない。しかし、

「お前、帰って来るのかよ」

ランサーがエミヤを睨む。エミヤがとても良い笑顔で応えた。

「さあ?」

イリヤをエスコートして帰ろうとするエミヤの腕を取る。

「お前の居場所は俺の隣だろ」

「そんなのシロウが決めることで、あなたに関係無いでしょ」

イリヤが冷たい目でランサーを見た。ランサーは完全に捨てられた子犬のような表情をしている。何度も言うが、ランサーは自分の表情を計算している。どういう表情をすれば、人に思い通りの行動を引き出せるか熟知している。今欲しいものはエミヤの同情だ。エミヤが一瞬強ばり、また元に戻った。

「お休み」

それだけ言って出ていった。閉まった扉を睨んで、ランサーはニヤリと笑った。きっとエミヤは帰って来る。そうしたら、もう一度やり直そう。

しかし、エミヤは帰って来なかった。

 

4

一晩中エミヤを待って起きていたランサーの気分は最悪だ。朝やって来たイリヤはとても晴れ晴れとした顔で挨拶をした。

「おはよう、ランサー!"よく眠れた"でしょ」

くそう、計算通りか。今回もやられた。イリヤスフィール、手強い。

「では、二人とも、これからの行動を話す。イリヤは待機だが、ランサーは私と偵察だ。まず、これを見てほしい」

昨晩イリヤスフィールに話す予定だった内容をテーブルに展開した。

新聞記事と地図が出される。ライプツィヒの市内から少し外れた場所だ。

「ここには、マクイルの関連会社の介護施設があったのだが、移民が増えた年に移民を一時受け入れる施設になった。今は介護施設に戻っているが、入所者はほとんどいない。元々余り人気のある施設ではなかったそうなのだが、それを閉鎖せずに維持する理由がわからない。売却される事もない。実はな、この施設の近くで、とても変わった犯罪があってな」

言いながら新聞記事を示す。そこには本当に小さい記事で傷害事件を掲載していた。

団体職員が喧嘩をして一人大ケガをしたと言う記事だ。大ケガというのが腕を握りつぶされたと書いてある。どう見ても、

「ダストか」

と言う内容だった。喧嘩した二人は知り合いで、口論になったと言うが、恐らくそうではない。

「これ、記事は正確なのか?」

「そうだな、事件の内容は発表された通り掲載してある。真実は推測でしかないが、やったのはコトミネではないかと思う。戦闘訓練をしていて、ケガをしたのだろう。ただ、何故嘘まで吐いてこの騒ぎを起こしたのか、わからない。施設から逃げたと言うのなら、真実を伝えなければならないし、何かを訴えるのであれば、こんなやり方では時間がかかり過ぎる」

「シロウ、コトミネがやったのなら、何故この人は生きているの?」

エミヤが苦い表情をした。

「もう死んでいる。この記事が掲載された翌日、病院の屋上から飛び降り自殺している。やったのは」

「キャスターか」

エミヤがランサーに頷いた。

「恐らく」

「キャスターが自殺に見せかけて殺したの?そんな手を汚すタイプなの?」

イリヤが不思議そうに聞いた。

「いや、キャスターは"自殺させることができる"。キャスターは話をしただけだ、手を下してはいない。彼は勝手に自殺したのだ」

イリヤの顔色が変わった。

「悪魔だわね」

「そうだな」エミヤは頷いた。

「キャスターはここに頻繁に来ていたのでは無いかと推測している。しかし、表向きの理由がなければおかしい。入所者が殆どいない介護施設にどんなビジネスを展開するのか、私にはさっぱりだ」

エミヤが肩をすくめたが、ランサーはそれに考えるように応えた。

「箱さえあれば、中身はどうでもなるだろ。それに、もしかすると、また移民の施設にするのかも知れねえぞ。国から補助金出んだろ?ダスト患者は介護がいるだろ?そんで、移民申請中に介護が必要になったら、どうなる?」

「誰も面倒見れないな。移民申請中だと、どちらの国にも責任がない。強制送還も出来ない」

「それだよ。ダストを投与して訓練して、ついでに患者にした。移民申請中の奴らを狙ってやったとしたら、引き取り先がない。それを積極的に受け入れれば、補助金がかなり出るんじゃねぇの?」

「なるほどボランティア施設か。しかし、あからさま過ぎないか?人数が多いと不振だ。何故今までわからなかったのだ」

「見に行きゃわかるだろ。見学出来るのか?」

「話着けておくわ。あなたの身分はうちの社員で、介護施設の視察と言うことね。後は上手くやって」

「社員証は?」

「作っておいたわよ、ご希望通り」

「ランサーの変装をしなければならんか?」

「そうね、そのままだとどう見てもランサーかキャスターよね。それとも、キャスターになる?」

「…俺?」

頷く二人、慌てるランサー。

「イヤイヤイヤ、無理だろ、知った振りなんざ出来ねぇよ!キャスターはここにしょっちゅう来てんだろ、何も知らねぇの、おかしいだろ?」

「それはそうだが、施設の中なら見取り図がある。施設の人間なら名前はわかる。写真はまばらだがある。君ならこの程度把握するのは簡単だろう?」

言いながら次々資料を取り出すエミヤ。にこやかなイリヤスフィール。ランサーは悟った。

「エミヤ、てめえ、俺にキャスターの真似事させるの決めてただろ」

エミヤが微笑んだ。

「…さあ?」

 

イリヤスフィールの嫌がらせは継続中、ランサーの忍耐は試され続ける。因みに、キャスターに似せるために参考にしたのは、ランサーの携帯に入ったデータとエミヤの記憶だった。イリヤスフィールはノリノリで髪を弄ったりメイクしたりしていたが、基本が同じなので直ぐに似通った為、

「つまんない」

と今度は衣装を選び始めた。キャスターはランサーよりシックな服装を好む為、ランサーのワードローブから選ぶのは大変苦労した。「ランサーって趣味悪い」とイリヤスフィールから何度言われただろうか。初めは応戦していたランサーも、最後はハイハイと応えるだけになった。それでも何とかそれらしく見えるようにして、イリヤスフィールはにこやかに手を振った。

「行ってらっしゃーい」

ホテルから出て、タクシーに乗り込み、愚痴を言った。

「あのご機嫌なお嬢ちゃんは何なんだ」

「ランサー、密告するぞ」

「…すいません」

ランサーの味方はいない。己のみの力で克服すべき試練である。エミヤ本人も面倒な性格をしている上に、周りも面倒ときた。お互い伴侶と認めているのに、何故こんなに障害が降って湧いて来るのだろうか。

隣に座っている男を見る。ランサーではなく、この先の仕事に意識が向いている。ダストがもたらす不幸は、エミヤを突き動かす。

 

「なあ、どうしてキャスターの所にいかねぇんだ?」

タクシーを降りて、施設まで歩きながらランサーはエミヤに問いかけた。

「直接あいつに交渉するなり殺すなりした方が、解決早いだろ?」

エミヤがランサーを見つめた。

「それは、もう迷わないと言うことか?」

「エミヤ、俺は誓ったろ?お前の敵を打ち、お前の闘いを見守り、手を貸し、お前に仇なすものを許すことはない、俺は命をかけると。それが双子の兄であっても、お前に仇なす者は許さねえ。殺す事になっても後悔はせんだろうよ」

「そうか」エミヤはしばらく口を閉ざし、考えた上で再び話始めた。

「キャスターを排除したとして、施設もルートも工場も残るとすれば、誰かが後を引き継ぐと思わないか?」

「俺が潰すように指示してもか?」

「キャスターが死んでしまった後、全てを明るみに出すのは困難になるだろう。恐らく見つかるのは、大量のダスト患者だけになる。彼らが見つかる事で、君は公になった廃人の群れを人道的にどうする?民間会社のトップとして、彼らから生産性を引き出すことが無理な事は理解出来ると思う。売り払ったり、利用しない限り。悪用されないよう状況を整えている内に、ダストは他の悪意ある存在に引き継がれる」

「何故そうなると思う?」

「コトミネが居なくなっても、キャスターから指示を受けている人間がいるのだ。パリの工場が稼働していた事を思い出せ。そして、今日行くところも。その人物は、ダストの生産をコントロールし、患者が死なないように施設を維持し、恐らく、ダスト患者をアメリカに送っている」

「…誰が」

「全くわからん。だが、コトミネがアメリカにルートを拡大するために、ヨーロッパの維持を別に頼んでいた可能性はある」

「くそ、終わりゃしねぇ。次から次から獣のパレードか」

「次々入れ替わられないよう、まず手段を潰し、それからキャスターを引き摺り出す」

「キャスターが出てきても、キャスターが使っている奴が出てくるとは限んねえじゃねぇか」

「ああ。人には耐えられんだろう?救世主たる王は、人である必要はない。蜂のように機械的に攻撃し、殲滅し続けなければならない。ランサー、後悔するかね?」

ランサーは舌打ちをして、応えた。

「しねぇよ」

エミヤはほんの少し口の端を上げた。微笑み、と言うには足りない。

「それは重畳」

ランサーは鼻を鳴らしてそれに応えた。

 

5

介護施設に着いて、エミヤが名乗った。社員証を提示して確認を促す。ランサーはキャスターとして、関連会社のトップが他社との付き合いで視察に来たように振るまった。ランサーは恐れていたが、キャスターと親しい社員は今日いないようだ。純粋に介護施設として視察した。時折案内のボランティアに笑みを溢し、ボランティアの女子学生がぽーっとするのを楽しんだ。何と言われようとも、自分の容色が衰えて無いことを確認したいのだ。エミヤはランサーの笑顔に魅了されることは絶対ないから。

朴念人なところか、天の邪鬼なところか、何処が良いんだろうな、と考えていた時、ボランティアの女の子が階段で倒れそうになった。ランサーが助けようとするより、エミヤの方が近かった。抱き止めて庇うと、顔が近い状態で女子学生に聞いた。

「怪我はないか、君」

エミヤが彼女に話しかけたのは、たったそれだけだ。だが、真剣な眼差し、近い顔、危険を回避してくれた色男で、ダイレクトに響く声の洗礼をまともに受けた女の子は、顔を真っ赤に染め上げると、慌ててエミヤを突き飛ばした。エミヤは一歩よろめき、それに気付いた女の子があわてふためいた。

「ご、ごめんなさい、びっくりして」

エミヤが笑顔で応えた。

「怪我が無くて良かった」

更に顔を赤くした女子学生は、最早エミヤを意識せずに歩けなくなった。チラチラ見ながら説明する。

面白くない。別にエミヤに負けたとは思っていないが、何となく獲られたみたいで悔しい。マジで女には優しいな、こいつ。俺との対応の差は何なんだ。俺が倒れそうになっても、何をしているんだ戯けとか言われるだろうな。

「キャスター!」

ランサーは横から思い切り肩を掴まれた。見るとメガネをかけた金髪の女が笑顔で話しかけてきた。リストにあった、何て名前だったか。

「来るなら教えてくれれば良かったのに、今日は何しに来たの?」

「オルガ、今日は取引先の付き合いでな。急に決まったんで、連絡出来なかったんだよ」

ランサーはオルガの腰にさりげなく手を回して、頬に挨拶変わりにキスをした。女子学生が微笑ましく見ている。行動は正解のようだ。この女、多分、キャスターと関係がある。ちらとエミヤと目配せをする。作戦開始だ。

「ご老人方は元気かな?何と言っても介護される人の意見が聞きたいよな」

エミヤが頷く。

「出来ましたら、ぜひ入所者の方々のご意見をお聞きしたい。これだけすばらしいシステムを作り上げたのですから、きっと皆様満足されている事でしょう」

オルガと女子学生の表情が曇る。オルガが事情を話した。

「それが、私達の施設にやって来る方々は、重度の方が多くて、お話を聞ける状態では無いですし、それに、今は不幸が重なって入所者は一人しかいらっしゃらないんですよ」

「ほう?お一人。おいくつの方なのです?」

「それが、まだ十代で」

女子学生が応える。エミヤが無表情になった。どうやら取り繕えなくなったようだ。ランサーとて気持ちはわかる。子どもを患者にするとは、何と非道な。

「オルガ、部屋を見せてくれよ。どんな設備かは、そこが最後だ」

「わかりました。良いわよ、あなた。ここからは私が案内するわ」

オルガが女子学生に話しかけた。女子学生はエミヤをちらと見たが、頷いて事務所に帰った。エミヤは口を閉ざしたまま、廊下の先を見ていた。たくさんの個室。ここが一杯になるのであれば、

「ここには別棟含めて全部で約二百五十人収容できます。重度の介護認定者を含めた人数で軽度の方が中心となります。重度の方には二人から三人の体勢を常にとり、介護者の負担も軽減しています……」

オルガの説明は続いたが、エミヤもランサーも聞いていなかった。二百五十人!キャスターは一体何をしたくてそんな収容人数の施設を作ったんだ。軍隊だとしても、ドイツ位転覆させられる人数だ。キャスターは本気で世界を支配するつもりだったのか?怖気立って施設を見る。

介護する人間にダストを渡せば、喜んで使うだろう。成人の身体は重く、介護の負担はそれに尽きる。ダストを使えばまるで赤ん坊のように軽く感じるし、老人の理不尽な要求も幸福感で塗り潰される。精神的に楽になり、片手で人を持ち上げられる力で全ての作業が簡単だ。そして仕事をしている間中使い続け、やがて自分が介護される立場になるのだ。永久機関だ。

ここは、残してはいけない。瓦礫になるまで壊さなければ。

「キャスター?」

オルガがランサーの顔を覗いた。オルガには身体が繋がっている気安さが存在していた。だがオルガ、お前騙されてるぞ。キャスターはお前なんざハエ程も気にかけてねぇ。キャスターが欲したのは自分自身だ、俺でもない。よくわかった。ここは自分への愛で溢れかえっていやがる。

「悪い」肩を抱いて軽く力を入れる。女の柔らかい身体が、しなだれかかって来た。

「ちゃんと仕事してくれてんだな、出資者としても鼻が高いぜ」

「当たり前よ、私はこの施設を愛しているもの」

「ありがとな」

額に親愛のキスをする。エミヤは無表情で施設を確認していた。見取り図と照らし合わせているんだろう。

「キャスター、後で、時間ある?」

「いいぜ」

お誘いか。勤務中なのに、お盛んだな。

「ミスターマクイル。私は自由に散策しても良いか?庭を見てみたいんだ」

「ああ、わかった。帰るときに声をかける」

エミヤがほんの少し微笑んだ。

「助かる。ありがとう」

広い背中が遠ざかる。欲しいのはあいつだと心が言うが、仕事は仕事だ。マクイルの種馬はこうしてビジネスを広げてきたのだから。

オルガの言うなりに個室の一つにしけこむ。女を抱くのは久しぶりだ。ピルを飲んでるか確認し、その上でゴムを使う。女の安全は基本信用しない。あちこちに身に覚えの無い子どもが湧いて出てきても困る。いや、することはしてるけれども。

女に話を聞きながら事を進める。職員の事、入所者の事、施設の事、何故十代の入所者がいるのか、その経緯。時折わざとらしく女を誉める。キャスターはそういうのが好きそうだから。俺は余りやらないが、キャスターは誉めちぎるのに、何の抵抗もない。よく口が曲がらないと感心することがある。まあ、こういう時誉めるのは互いの為だ。エミヤ、たまには誉めてくれ。お前のそれは誉めてない。

余分なものを消去すると、こんな内容だった。

キャスターが連れてきた親子の、子どもだけが罹患しており、介護が必要になっていた。移民申請中の為、誰も引き取り手がない。ここは、天涯孤独な老人や行くところが無いけれども人の手を必要とする人間が入所するところなので、引き取り、面倒を見ている。ここはボランティアや寄付、補助金で賄われている。マクイルではなく、キャスターの個人的な寄付がとても大きい。関連会社にこの話を持ち込んだのも、キャスターだ。それが、六年前。

六年前。

エミヤが退役した年。初めてキャスターがエミヤに会った辺り。

夢心地の女を呆然と抱き締める。

嘘だろ、キャスター。お前、オルタの事怒ってたじゃねぇか。情報寄越さねぇって。知ってたのか?初めから計画してたのか?まさか、"ここから南米に出荷"してたのか?

今情を交わしたばかりなのに、血の気が引く。女の身体が側にあるのに、寒くて仕方ない。

エミヤ、俺はキャスターが生き残る道を探せねぇよ。何年も前から計画して、介護施設作ったんだぜ。ダスト患者は介護が必要になると知っての上だ。それによ、あいつ、子どもを患者になるまでダストを投与したんだぜ。大人でどうなるか知っていたのに。多分、子どもなら回数の限界は、とか量はどれぐらいまで大丈夫なのか、とか知りたかったんだろうな。親をキャスターに夢中にさせて、子どもに手を出す。非道で卑劣過ぎんだろ。

二百五十人のダスト患者は全てダストゾンビだ。ダストユーザーは理性がある分、人を傷つけることに躊躇いが出たり、殺さないよう気を付けたりできるが、ダストゾンビは理性も何もない。人も物も破壊しろと言われればするし、殺せと言われれば殺す。戦闘員であることすら関係無い。非戦闘員に手を出すななどと言ったモラルなども存在しない。ダストゾンビは誰かの命令を聴くが、"キャスターは自分の声だけを聴くように人を操れる"。

キャスターの言うことだけを聴く、とんでもない戦闘力を持つ軍隊だ。世界の地図が変わっちまう。

ランサーは自分の兄の所業にゾッとした。正に赤い龍、悪魔としか言いようがない。

 

「ねえ、ところであなた、誰?」

「え?」

「何故今さらあの子の事を聞くの?」

「あの子」

「私の息子の事よ」

ランサーが飛び起きた。

「あなたも悪くないけど、やっぱりキャスターが良いわ。聞いていた通り、姿形は本当にそっくり。やり方は似てないけど」

クスクス笑いながら女は言う。ベッドサイドの引き出しから何かを取り出した。ランサーは慌てて衣服を身に付けたが、靴と下着を着るのが精一杯で、残りを掴んで逃げ出した。後ろで扉が音を立てて割れる。ダストユーザーは扉を開けられないのか!無理か、無理だな!自分も壁を壊して外に出たことを思い出しながら、必死に走った。ダストユーザーに足で叶うわけがない。気配がして頭を下げたら、鋭い赤い爪が頭の上の空気を切り裂いた。

ヤバい!一戦終えた後の下着姿で殺されたとか、どんだけ笑い者になりゃいいんだ!冗談止めろって!

 

6

庭の池で施設の外側を確認していたエミヤの耳にかん高い女の笑い声と、叫ぶランサーの声が聞こえてきた。あのランサーが女相手に下手をうつとは思えなかったが、時々破壊音がするのに頭を抱えた。何と派手な逃走だ。

ランサーの声は段々近づいてくる。逃げているのだろうが、こちらとしては迷惑千万、回避する方法は無いものか、と思いつつ迎撃体勢を整えて、エミヤは声のする方へ走り出した。ダストなら、笑い事ではない。

エミヤが辿り着くと、ランサーは下着に靴を履いて必死に逃げていた。オルガはダストの高揚に陶然となりながら、ランサーを追い詰めていた。本気では無いのだろう、ランサーはかすり傷しか負っていない。エミヤはオルガに銃を向け、聞こえるように撃った。

「止まれ!手をあげて、動くな!」

エミヤはドイツ語で警告した。

オルガはエミヤに振り向くと、ロシア語で応えた。それに対して英語で叫んだ。

「生憎、ロシア語はわからん。動くなと言っている」

オルガが両手をあげ、エミヤの方を振り向いた。オルガは全裸だ。靴すら履いていない。ニンマリと笑った。

「あなたには私は殺せない。だって、あの子の面倒を見ることができるのは、私だけだもの。私はあの子の全てなの。

だれも、だれも、たよれない、かわいそうなあのこの、たったひとりの、ははおやなの!かわいそうでしょう、かわいそうでしょう、キャスターはそういってくれた。そういって、わたしたちを、らくえんにつれていってくれた」

オルガがダストの狂気に囚われた。エミヤは無表情になり、何も言わず、心臓を目掛けて引き金を引いた。オルガはそれを避けると、エミヤに襲いかかった。エミヤが後ろに倒され、オルガが馬乗りになってエミヤの首を絞めようとして、首に手をかけたところで動きを止めた。心臓のある辺りの背中からナイフが見えた。

「女王蜂を仕留めるなら、組んではいけない。彼には、毒針があるのだから」

オルガが息を止める一瞬前、エミヤの額を殴り付けた。ドンと言う音がし、オルガとエミヤが抱き合ったまま動かなくなった。ランサーが慌ててエミヤの様子を見る。エミヤの額にはオルガの手痕が付き、目を瞑って気絶していた。

「これ、どう納めりゃいいんだ?」

全裸の女と半裸の男と、女にまたがられて気絶している男。痴情の縺れにしても、凄く複雑だ。

 

イリヤスフィールに連絡をとり、騒ぎ出す奴らに見つからないよう、エミヤを担いで(重い)物置に隠れた。オルガの死体はそのままにした。警察がやって来る辺りで、エミヤの気がついた。

「よう、具合はどうだ」

物置でタバコをふかしながら待っていたランサーは、エミヤの方を見ないで言った。エミヤは起き上がろうとして、失敗した。

「無理すんなよ」

タバコを咥えてランサーが笑う。タバコの火だけが赤く光って上下する。

「ランサー、逃げなくて良かったのか?見つかるのは時間の問題だぞ」

横になったまま憎まれ口をきく意地っ張り。救いようがない。

「いいんだよ、イリヤスフィールにそこにいろ、と言われた。夜になったら、迎えに来るってよ」

「………そうか」

しばらく二人共黙っていた。それから、エミヤがポツリと言った。

「良くないことを聞いたのか?」

ランサーが煙をはいた。

「最悪だな。なあ、エミヤ。お前はキャスターが二度とダストに手を出さないなら、生きていても良いと言ったな。あれは、本気か?」

「ああ」

「俺には、無理だ。キャスターを生かしておく意味がわからねえ」

「ランサー、人はな、誰でも幸せな人生を送る権利があるのだよ。それはキャスターとて同じだ。それが非道の道に迷うなら、君が正せ」

「無理だ」

「そうか。君はオルタと同じ考えか」

「オルタ?」

「私の片割れに聞けば、同じ事を言うだろうさ。キャスターを守る悉く殺せと。だが、私には出来ん。キャスターとて生きていく権利を持っている。私の理想はダストの殲滅だ、人を殺すことじゃない」

エミヤがクッと笑う。

「甘い、と言うだろうな」

エミヤの手が目を覆う。ランサーは何も言わなかった。選択は為されたのだ。

 

警察が非常線を張り、建物内を確認する。ダスト患者は職員と病院に行ったらしい。誰かが大声を出さなければ、ダストゾンビとバレないだろう。どうやら、重度の介護認定者はダスト患者だけだったようだ。移送はスムーズに行われた。誰もいなくなった施設でイリヤスフィールを待つ。ランサーもエミヤもあれから何も言わなかった。言うべき事が見つからない。ランサーの知ったことは、イリヤスフィールとも分かち合うべき情報だった。エミヤだけに話すわけにはいかない。だから、何も話せない。

ランサーの携帯が鳴った。短く応答して切った。

「立てるか、行くぞ」

「問題ない」

ランサーは吸い殻を拾って立ち上がり、エミヤはそれを呆れたように眺めた。

「そんな事するくらいなら、吸わなければ良いのではないか?」

「必要な時もあんだよ」

ランサーはウインクして応えたが、それについてエミヤは何も言わなかった。

玄関でイリヤスフィールは待っていた。警察が監視していると思ったのだが、見当たらない。

「イリヤスフィール、警察は?」ランサーが聞く。

イリヤスフィールがウインクして応えた。

「ちょっとお休みしてもらったの」

「ちょっと、お休み」

「そう!じゃ、やろうか!」

「イリヤ」エミヤが咎めるように口を挟む。

「何よ、もう仕方ないから、あなたの言うとおりにするわよ。爆破?放火?」

「両方で。だが、ダスト患者はどうする?」

「あなたは気にしなくて良いわ。私は私のやり方で、どうにかする。安心して、ね」

「一つも安心できない。だが信用しよう、イリヤスフィール。時間は?」

「後三分」

「いいだろう。ではな、ランサー。後で」

エミヤがスパイナルをイリヤスフィールから受け取り、使用した。まるでサンタのように爆発物を持って仕掛けにいく物騒な男。ランサーとイリヤスフィールが残され、ランサーが尋ねた。

「なあ、嬢ちゃん、良いのか?やりたい放題してるが、どう納めんだ?」

「うん、そうね。正当防衛と、放火ね」

「大分事実と違うな」

「まんまでしょ。何言ってるのよ」

ランサーは二の句が次げない。確かにそのままだ。しかし、賠償等はどうするのか、刑事責任は?とはいえ、任せるしかない。エミヤではないが、信じよう。

エミヤが二分程で帰って来た。全員で出ていこうとした時、咆哮が聞こえた。顔を見合わせる。人がいた?そんな馬鹿な。警察に全員退去させられているはず。それに、ダスト患者なら命令する者がいなければ、動かない。誰もいない施設、たんまりかけた爆発物。ダスト患者なのか、関係無い人なのか、何処にいるのかわからない。

「シロウ、時限装置付けた?」

「十分だ」

「あの声の主、探せる?」

「出来るだけの事はしよう。だが、君は出ていてくれないか?」

「わかったわ。ランサーも、行きましょう」

「俺は残る」

「ダストは無いわよ」片眉だけ上げてイリヤが言う。

「嘘つけ」ランサーが真剣な顔で続けた。

「無いわ。その代わり、バーサーカー!」

エミヤにそっくりなバーサーカーが現れた。何処にいたんだ。いや、車イスか。ロビーの隅に車イスが倒れていた。

「シロウと一緒に行って、シロウの言うことを聴きなさい」

頷くバーサーカー。そして、目線はエミヤに移動した。

「では行くぞ、バーサーカー」

二人は人を超えた速度と聴力で相手を探す。見えなくなってから、イリヤスフィールが言った。

「後を追いましょう。バーサーカーを止めなきゃ」

「へ?エミヤの言うことを聴くんじゃねぇの?」

「聴くわけ無いわよ。バーサーカーは私の言うことしか耳に入らないのだもの。だから、私がいないと、暴走しちゃう。ランサー、早く行きましょ!」

イリヤが走り始めた。ランサーも追う。

「エミヤはその事知ってんのか」

「知ってるわよ!」

「あんの、バカ!」

「ランサー!」

イリヤが何かを投げた。走りながら受けとると、迷わず腕に突き立てた。

「乗れ!」

イリヤを抱え、ランサーはエミヤとバーサーカーの下に走った。

 

地下へ、地下へ潜る。地下二階がこの建物の終わりだが、声はもっと下から聞こえる。声のする方に走ると、床に穴が開いていた。ランサーはイリヤを抱えて飛び降りた。躊躇いなど一瞬も無い。

下に降りると、何もない廊下が現れた。咆哮は続いており、そこに爆発するような音が加わった。

「バーサーカー!」

イリヤが叫ぶと、バーサーカーの声が応答した。

「あっち!」

ランサーは言われるまでもなく、走った。ダストを使えば、長い廊下も一息だ。凄まじい音を立てている場所へ近づく。壁が壊されて中が見えた。

バーサーカーとエミヤが闘っている。見たこともない岩のような大男だ。決して天井は低くないが、頭が着きそうだ。

「巨人?」

ランサーが呟いた。エミヤは拳銃を捨ててナイフで、バーサーカーは凄まじい体術と日本刀で応戦している。が、中々倒れない。

「ありゃ何だ?」

「バーサーカーみたいだけど、でも、噂に聞いたことがあるわ、スプリガン?」

「何だそれ?」

「ダストが完成してからバーサーカーが出来てしまったので、なら人間でなければ影響は出ないかも知れないと、遺伝子組み換えで作られた人造人間モドキよ。と聞いているけど、あれ、人間らしくないわね」

「人間ベースに作ったのかよ。ったく、狂ってんな、衛宮矩賢ってのは」

言っている間にもエミヤがスプリガンに壁まで飛ばされていた。バーサーカーが応戦するが、力の差は歴然だ。ランサーが近くにあるパイプを壁からむしりとった。

「イリヤスフィール、退いてな、やっつけて来っからよ」

ランサーは身長程の長さのパイプをくるくる回して構えると、尖った先をスプリガンに向け、床がひび割れるほどの踏み込みで突進した。

「名前に恥じないわね。まるで槍持ってるみたいだわ」

イリヤスフィールが感心して呟いた。そしてバーサーカーが立ち上がるのを見て、叫んだ。

「やっちゃえ、バーサーカー!」

バーサーカーが咆哮し、明るい茶色の毛を振り乱して、ランサーに続いた。

ランサーはパイプでスプリガンを刺し、往なし、パイプを中心に回し蹴りを繰り出した。スプリガンはダストを使っているように傷が付いても平気で闘った。ダストゾンビならすぐに死ぬような致命傷でも、びくともしない。ランサーは喉を三回は貫き、バーサーカーは手足を折った。スプリガンはそれでも倒れない。爆破の時間が迫る。ランサーが焦りを滲ませた時、エミヤが叫んだ。

「ランサー、バーサーカー、引け!」

ランサーはすぐに、バーサーカーはイリヤがエミヤと同時に叫んだ声で引いた。エミヤが何かをくくりつけたナイフをスプリガンの顔に突き刺し、離脱しながら銃でナイフを撃った。スプリガンの顔面で爆発が起き、スプリガンがよろめいた。

「全員離脱!急いで外へ出ろ!時間がない!」

バーサーカーはイリヤを抱いて外を目指し、ランサーとエミヤは並んで走った。

外に出ると、程なく爆発が始まり、エミヤが計算した通りの連鎖で、施設はものの数分で瓦礫の山となった。

「スプリガンは?」

ダストが切れかけたランサーがエミヤに聞いた。

「あの部屋にも爆発物を置いてきた。うまくすれば、死んでいると思うが、うまくなければ」

施設の瓦礫から咆哮が聞こえた。がらがらと瓦礫が崩れる。

ため息を吐いて、肩を竦めてエミヤが言った。

「失敗したな」

「他人事みたいに言うなよ!」

ランサーが叫んだ。

「仕方無いだろう。さて、私の武器はスプリガンの顔に置いてきてしまった。素手の応戦は苦手だが、まあ、三人もいれば、何とかなるだろう」

エミヤが不敵に笑った。

「楽しそうだな、おい」片眉を上げてランサーが聞いた。

「君もだ」

「へっ、任せな!」

ランサーがスプリガンに突進する。スプリガンの顔は吹き飛ばされているため、目が見えていない。

そこに、瓦礫を拾ってダストの力を使って投げつけた。瓦礫もダストユーザーの手にかかれば、弾丸並みに威力が出る。最も被害が大きかった鼻の辺りに石をぶつける。スプリガンの顔に石がめり込み、何個かは頭の反対から出てきた。石が頭を貫通しても倒せない。頑丈な造りだ。スプリガンを攻撃している内にランサーの顔色が悪くなって来た。ダストが切れてきたのだ。エミヤも同じようにスパイナルの効果が切れてきたようだ。

その時、バーサーカーが身体を弾丸のように飛ばして来て、拳をスプリガンの顔にめり込ませると、地面に叩きつけた。拳どころか肘まで入っている。そして、頭に乗り上げたまま、何度も何度も殴り付けた。頭の形が無くなるまで殴り付けると、スプリガンは漸く動かなくなった。が、バーサーカーはそれで止まらなかった。バーサーカーの目がランサーとエミヤに向いた。狂った瞳を獲物に定め、ゆらりと立ち上がる。

「止まって、バーサーカー!」

イリヤスフィールの声が建物の残骸に響いた。立ち上がったバーサーカーが、月に照らされた彫像のように止まる。狂った目が虚ろに変わった。それを見て、ランサーとエミヤはホッと息を吐いた。

 

「皆、帰りましょ」

イリヤスフィールは言うと、バーサーカーの手を引いて歩き始めた。

ランサーはエミヤの手をとり、イリヤとバーサーカーのように手を繋いで二人で歩いた。

長い一日はもうすぐ終わりを迎える。

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