※この作品はR-18です。

星の冠   作:default-a

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星の冠 第三話

1

 

ランサーに壁まで叩き付けられたゾンビは、にこにこと笑いながら、直ぐに起き上がり凄まじい速さでランサーに殴りかかってきた。

元々ランサーは身のこなしがいい。通常の人間なら見えないその拳を余裕で避け、今度は左足で回し蹴りを脇腹に入れる。出入口の方に飛ばしたので、廊下の壁にぶつかった。今度は壁にめり込んでいる。

「俺、スゲー」

思わず口から称賛の声が漏れた。相手は恐らく腰の骨位折れていると思うが、やはり愛想がいい、にこにこと笑っている。楽しくて仕方ないのだろう。自分も同じだ。沸き上がる力、負けるはず無いと云う全能感。加えてオルタの応援がランサーを後押しする。

「なんだ、あいつ弱いじゃねぇか。俺一人でどうにか出来そうだ」ぞ、と言おうとした時、ナイフがランサーの左頬に飛んできた。紙一重で避けると、ナイフを持った手を取って投げ飛ばそうとした。腕を内側に捻れば痛くて身体もついてくるし、ナイフも落とす。普通なら。ところが、ダストは痛さを感じない。

ボキリと音がして腕が折れたが、相手は笑っていた。その上、ナイフは落とさない。反対の手でナイフの刃先を持ち代えて、ランサーの腕に突き立てた。ナイフが自分の腕に食い込んでいく。それをスローモーションの様に見ながら、ギョッとした。

痛くない。

血がだらだら流れる様も見える。本当に痛くない。ランサーは初めてダストの恐ろしさを実感した。どんなに身体が壊れても分からないとはこう言う事なのか。"全能感に振り回されて、必要以上に身体を壊してしまう"

もしこいつがナイフを刺さなかったら、足が折れても腕が千切れても気が付かなかっただろう。どんな大怪我でもかすり傷だなどと思ったかもしれない。

ランサーは腕にナイフを付けたまま、相手から離れた。冷静になれ。どんなに己が強く思えても、結果が伴わなければそれは幻想だ。世界は煌めいていたが、ランサーはそれに惑わされないよう己を引き締めた。脳内麻薬はスポーツでも分泌される。振り回されて負けることもある。上手く行くことも。そんな訓練はたくさんしてきた。伊達や酔狂でトップに等なれないのだ。これは命をかけている。己だけでなくオルタの命もだ。

期せずしてナイフを奪った形になったランサーは、ナイフを手に取り相手に向かった。

"心臓を壊すか、首を切り落とすか、頭を潰すか"

ランサーはナイフを心臓目掛けて突き刺した。かわされて、自分のうなじを強打される。視線がぶれて一瞬隙を作った。敵はそれを見逃さず、ランサーの腹を強打し、ランサーは天井に叩き付けられた。痛くないが、内臓に損傷が出たら大変だ。ランサーが恐れたのはそこだった。天井から降り立ち、直ぐに回し蹴りをした。今度は避けられる。反対に脚を取られ、それを軸に壁に放り投げられた。壁にめり込む。壁が壊れる音と共に自分の身体から嫌な音が聞こえた。ガキッとかボキッとか云う音だ。背骨が折れると寝たきりになりかねない。それでもいいか、と云うクスリの効能と冗談じゃないと云う理性が拮抗する。

壁から抜け出る間に敵はオルタのストレッチャーを見た。オルタはストレッチャーにベルトで固定されていて逃げることは出来ない。

ヤバい。ランサーは壁を蹴って敵に飛び付いた。後ろから首を掴んで絞める。絞められている敵の手がランサーの頭に回った。渾身の力で締め上げると、呼吸が乱れた。しめた!と思った時、ランサーは頭を掴まれて前に放り投げられた。

まずい、オルタにぶつかる、手を前に伸ばし、ストレッチャーの手すりを掴んだ。勢いでストレッチャーが壁にぶつかる。

「悪ぃ」

衝撃に顔を歪めたオルタに謝り、敵に向かおうとした時、既に遅く、ランサーは強かに右ほほを殴られて吹っ飛んだ。また壁にぶつかると、今度は何が壊れるかわからない。咄嗟に脚を壁につけ、水泳のターンのように方向転換して敵に近づいた。一つのステップであっという間に傍に寄ると、オルタに手を伸ばそうとする敵の脚を折るつもりで膝を蹴飛ばした。

ボキリと音がした。音の元が相手か、自分か分からない。どれだけ自分が壊れているか全く想像がつかない。けれど、それを怖がる回路が幸福感で覆われている。足を折るつもりで放った蹴りだが、相手は一二歩よろめいただけだった。

「ッは、上等!」

後ろによろめいた敵を足で床に落とすように蹴りつける。捕まれる前に足を引いて、今度は上から叩き付けるように殴った。自分の指が二三折れた気がしたが、相手の顎を粉砕したので良しとした。ザマアミロ、これで笑えねぇだろ。

相手は目を細めて顔全体で笑った。下顎が無いので、舌がでろんと落ちている。ホラー映画のゾンビそのものの顔で、笑う。

ランサーはそれが可笑しくて声に出して笑った。笑いながら敵を殴った。右手も左手も血だらけで、どちらの血なのか分からない。高揚して周りが見えなくなった。

パン!

と乾いた音がした。敵の身体が勝手に傾いだ。

「え?」

左から目線に入る褐色の腕。続け様に四発頭に銃弾を受けて敵は倒れた。頭の原型を留めないほどに見えたが、更に足で踏みつけられてぐちゃぐちゃに潰された。

そこで漸くランサーは顔を上げた。

銃を目の前に突きつけられて、問われる。

「貴様、何をしている。このまま痛みもなく殺してやろうか」

「エミヤ」

「機会が与えられているのに、何故殺さない。これは君がよく知っている喧嘩ではない。敵で遊ぶ暇があるなら、適格に急所を狙え。倒し方は前に言ったはずだ。賢い君なら覚えているだろう」

エミヤが俺を心配してくれている!なんていい奴だ!

「俺、武器無かったから、素手で頑張ったんだ」

嬉しそうにランサーは言う。そこへ冷ややかにエミヤが言った。

「そこに落ちてるナイフを使いもしなかったと」

「天井にぶつかった時に落としてよ…」

段々声が小さくなるランサー。エミヤはランサーへ向けていた銃を下ろすと、ランサーの様子を確認するようにじろじろ見た。それからゆっくり息を吐くと、ニヤリと笑った。

「後10分後に来る地獄をお楽しみに、ランサー。今はさぞかし天国だろうが、次に来るのは地獄と決まっている」

そしてオルタの方に行くと、同じように安否確認を行った。オルタの方が悪くなっていたら更に嫌味が面倒になっていたに違いない。クスリの効能を超える嫌味。聞きたくないな、とランサーは思った。

 

飛行場の係員が壊された扉からわらわらやって来た。そこで話すのはもちろんランサーの仕事だ。時々エミヤが適格に状況を説明し、ランサーが強権を発動した。警察の事情聴取を避けたかった。飛行場側は警察に話すが、ランサー達の聴取を先伸ばしにすることを同意させた。その代わり出廷等の要請は断れない。だが、誰がこの責任を取るのだろう。恐らく襲った人間の家族はいない。動機は不明のまま被疑者は死亡、同時に二ヶ所で繰り広げられた為、目標がぶれて分かりにくくなった。つまり、ランサーとオルタが目的とは言えなくなり、単なる通り魔に襲われた人間を装う事が出来た。エミヤはランサーとオルタの警備として随行し、たまたま居合わせたものとして必要な処置をしたと言い切った。それで二人殺したのは逸脱行為に思えたが、正直エミヤの偉そうな態度が相手の口を重くし、ランサーの家柄が口を閉ざさせた。その上、ランサーとオルタは怪我人で、もうすぐ出国しようとしている。もし出国を止めたら更に面倒事が飛行場に降りかかるかもしれない。後からの出廷が譲歩条件だった。

話が済んで、別の待合室に入った時、クスリの効果が切れた。

「ぐぉ……」

としか喋れず、急遽オルタのメディカルサポートに診てもらった。

「右手人差し指中指の骨折、左腕刀傷、肋骨三 本にひび、左足の脛にひび、右足靭帯損傷、肩の脱臼。まあまあの戦績だな」

「エ、ミヤ、てめえ、何でしれっとしてんだよ」包帯でぐるぐる巻きにされたランサーが呻いた。

「君より柔じゃないんだろう。痛み止を飲んでおかないと、飛行機で苦しむぞ」

「くそ、俺頑張ったんだがなあ」

「ほう、誉めてほしいと。いいだろう、そこに立て。軍隊式に誉めてやる」

「いえ、ごめんなさい、いいです。すいません」ランサーの制止は聞いてもらえなかった。

「ランサー、君のすべきことは何だった」

「オルタの警備」

「然るに、この結果をどう捉える?」

「悪くねえなあと思うが」

「ランサー!では貴様が行った事の整理をする」

背筋を伸ばすランサー。

「まず、貴様はオルタの警備が目的で敵に向かった。守るものがある戦闘だ。常に対象を把握していなくてはならないのに、オルタに衝撃を与えた。更に生き延びることを最優先にすべき所を戦闘の高揚で忘れ、倒すよりも自分の楽しさを優先させた。その影響でオルタの命を危うくし、加えて自分も必要以上に危険な状態となった。

貴様は目立ちたがり屋のスタンドプレーの素人だ。力もないのに前に出る考えなし野郎だ」

そこまで一息で言うと、エミヤはゆっくり息を吸った。

「だが、よく生きていた。初戦にしては上出来だ。よくやった」

更に怒鳴られると思ったランサーは、間抜けな顔をした。

「どうした?誉めたぞ」

照れながら口の端を緩めるエミヤをランサーはじっと見た。それから、へなへなと椅子に座ると、

「良かった。ホントに、良かった」

と顔を腕で覆った。少し涙が出たのは内緒だ。

 

南米へ向かう飛行機のタラップを上がる時、エミヤがボソリと呟いた。

「もし本当に私が出廷して証言したら、一体何人の首が飛ぶだろうか」

ランサーが敏感に反応した。

「何、どういう事だ。出廷は国民の義務だろ?」

「うむ、まあ、そうなんだが」

飛行機に入り、特別機の為少ない椅子に座ると、エミヤが言った。

「私が出ると云うことは国として掘り起こされたくないものも掘り起こされかねん。そういった当たり前の義務も状況によっては免除されることがある。特にダスト関係は」

「なあ、お前、アメリカ国民なのか?それとも永住権か?」

「軍にいて帰化しない等あり得ないだろう。私は移民としてグリーンカードを手に入れ、直ぐに兵役に行き、二年で帰化申請と、最短コースを取ったんだ」

「なのに義務も果たさないのか?」

苦笑いしながらエミヤは言う。

「義務を果たしてもらいたくない人物がいるだけだ」

「誰が」

「ペンタゴン」

国防総省。ランサーは胡散臭そうにエミヤを見た。

「そこにダストのデータがある。知っているのは一部の人間だけ。今は君も知ったわけだ。先進国でデータの削除に同意した国にはスパイナルとダストの実験データを含めて完全データと言われるものが存在する。ダストの研究所から開発者の一人が逃げた時、全ての実験データが消されたはずだった。けれど、アメリカ等一部の国にはそれがある。さて、何故だ?」

「お前が持ってた」

「大当たりだ、ランサー、後でアメでもやろう。

詳細なデータは私が原データを持っている。レシピデータでは作ることと効能を知ることしか出来ないが、人体への影響や反応などは完全データにしか存在しない。とても貴重なデータだよ。私が表に出ることで、そのデータが存在していることを知られたくない勢力がいると云うことだ」

「どこかに保管してんのか?」

頷くエミヤ。

「どこに?」

「聞いてどうする?」

「破壊する」

「原データだけ破壊しても意味がない。私がデータを渡した国の全てのデータを抹消しなくては。君の言っている事は無意味だな」

ランサーは正論に何も言えなくなった。

「私がそのデータを持っている限り、私を殺すことは出来ない。危険なのはこうして知識を増やしていく君達だ。危機意識を持つんだな」

エミヤはそう言って、椅子をリクライニングさせた。

「私は寝る。お休み」

ランサーもオルタも寝ることに異議はなかった。

 

飛行機は順調に飛び、約15時間かけて目的地に着いた。機内では全員寝て過ごした。朝からの大立回り、怪我、予後の療養で、死ぬように眠った。久し振りに安心して眠れたのだ。飛行機の上にゾンビも敵も存在しないからだ。特にエミヤはオルタの警備についてからろくに休んでいなかった為、漸くゆっくり出来た。

エミヤが目を覚ました時、二人ともまだ寝ていた。オルタはベッドの上なのでまだよいが、ランサーは怪我人なのに椅子の上で休まざるを得ず、少し気になった。リクライニングはフラットに出来るタイプで、身体の負担は然程のものでは無いとは言え、それでも怪我人なのだ。予後が悪いと後が怖い。怪我は急激に人を壊す。

エミヤがランサーの顔を覗くと、どうやら魘されてはいないようだし、殊更に苦しそうではなかった。顔色を見てほっとして離れようとした時、不意に腕を捕られた。ランサーだった。

「よう、お早う。お目覚めのキスでもしてくれんの?」

「いや、君の体調が気になっただけだ。起こしたならすまん。まだ時間があるから、ゆっくりするといい。疲れたろう?」

「何だ、優しい言葉も言えるんだな」

エミヤは驚いた様にランサーを見て、己を省みた。

「ふむ。そうだな、頑張った人にはご褒美があっていいと思うが」

「アメかよ」ランサーは苦笑いした。

「君にあげられるものなど無いからな。君には割に合わない話だよ。今からでも君ら兄弟は関わらないように出来ると思うぞ。何も自分からわざわざ命の危険に晒されるような真似をせんでもいい」

ランサーはニヤリと笑うと、

「そいつぁ無理だな」と断じた。

「前にも言ったじゃねぇか。俺は俺の世界にお前がいて欲しいって。その為の努力を割りが合うの合わないのなぞ、くそくらえだ」

エミヤはランサーをじっと見てしばらく黙っていた。そしてほんの少し笑うと、

「君はどうしようもない。救い様の無いバカだ」

とても優しい顔でランサーを見つめた。エミヤはそっと手をランサーの右頬に宛てると、ランサーが今まで聞いた事が無い優しい声で言った。

「顔のキスマークは見事に付いたな」

そう言うと、左頬にキスを落とし、離れていった。

ランサーの目はパッチリ冴えた。

「夢か…?」

と呟き、目を開いたまま夢見心地で舞い上がった。間近で見たエミヤの顔がランサーの目に焼き付く。近くに寄った身体からほんのり匂う体臭を鮮やかに思い出す。

身体が勝手に熱くなった。心臓の鼓動が早い。

すき。

と云う事実が浮上する。俺が男を、と思うより、人を好きになると云うのはこんな気持ちなのか、と云う好奇心が勝った。なるほど、ドライバーが言っていた意味がわかった。

「見ると胸が苦しくなったり、ドキドキしたりとか、ホントにあんだな」

顔を真っ赤にしてランサーは呟いた。

 

 

 

2

 

長い時間かけて飛行したジェットは飛行場に降り立った。迎えに来たヘクトールは、入国審査やら何やらで遅くなるばかりの狂王を待ちわびていた。救急搬送車は既に一時間程待っていて、面倒そうにヘクトールに視線を寄越す。時々愛想笑いを振り撒くが、決して受け入れられていないことはわかっている。南米のキングを待つことは、搬送車のスタッフには面倒だが、何時間でも待つ義務がある。

後でどうしてくれようか、とヘクトールが計画を練り始めた頃、漸く扉が開いて狂王が帰って来た。

「ボス!」

腰を浮かせてヘクトールが迎えに出る。ストレッチャーの脇には、包帯でぐるぐる巻きの、片頬を腫らした狂王によく似た男が歩いている。あれが来ると言っていた狂王の兄か、と予想をつけた。ふとストレッチャーを押す人物を見てぎょっとした。

「女王蜂?」まさか、そんな。奴は死んだ。少し印象は違うものの、顔も姿もそっくりだ。気持ちを整理出来ず、声を出せないでいると、ストレッチャーがヘクトールの目の前に横付けされた。

「ヘクトール、世話かけたな」

「ボス、よくご無事で」

オルタの有り様は酷いもので、沢山の液体に繋がっていた。聞いた時は、よく生きてたな、と言う怪我だった。その様子はこの脇にいる包帯人間が教えてくれた。

「ランサーさん、うちのボスがお世話になりました」

頭を下げるヘクトール。

「よう、久しぶり。元気でやってっか?」

「はい」

いかにも既知の様に話しているが、二人はほとんど初対面だ。過去オルタが南米に行く前に一度空港で会ったきり、顔を会わせる事が無かったからだ。

「それで、この方は?」

ヘクトールがエミヤを見て言った。ランサーがエミヤを紹介した。

「ああ、エミヤだ。俺達の警備をしてくれてたんだ」

「はじめまして」

「ヘクトールです」

エミヤが右手を差し出した。ヘクトールは気味悪そうにエミヤを見ると、握手した。その表情を見てエミヤは言った。

「ああ、人魚を知っているのか。大丈夫、私は彼のそうだな、親戚、と言えば近いかな」

「親戚?」

「その様なものだ」

「へえ。まあ、いいでしょ。ボス、車に乗って下さい。直行で病院送りですよ。それから、ランサーさんも、怪我人でしょ。あんたはどうします?」

最後の台詞はエミヤに向かって言った言葉だ。ヘクトールはエミヤを歓迎する気は無いらしい。

「ああ、私は行きたいところがある。ここで失礼するよ。ではランサー、元気でな。オルタは無理しないように。よろしく頼む、ヘクトール」

ストレッチャーをヘクトールに託し、一人で空港を出ていこうとした時、ランサーが言った。

「どこに行くんだよ!」

「行くところがあると言っただろう。そこに寄る。用事を済ませたら一応知らせる」

ランサーはあからさまにほっとしたように表情を緩ませた。

「おう、じゃ、待ってるわ」

「了解した」

エミヤは踵を返すと、振り向きもせず何処かへ消えた。ランサーは二度と会えないのでは無いかと、結局知らせなどないのでは無いかと危惧していた。自分がした約束は守るが、あいつは紐の無い風船の様だ。どこへ行くのかわからない。それに俺はどこまであいつに信用されてるのかわからない。ふっと消えて行きそうだ。

「んじゃ、行きますかね」

ヘクトールが迎えのスタッフにストレッチャーを渡し、一行は歩き始めた。その時オルタがボソリと呟いた。

「エミヤは皆同じだ。地に足が付いてねぇ」

ランサーはそれを聞き逃さなかった。

「オルタ、皆ってどういう事だ」

「そんなの、あいつに聞け」

そういや人魚を知っていて親戚だと言っていた。ここにエミヤの親戚がいたのか?だからオルタと仲良くしてたのか?女王蜂はスパイナルの被験者だと言っていた。そして組織のトップだとも。オルタは山小屋で女王蜂を知っていると言っていた。だが、エミヤは人魚と言った。あいつは海から陸に上がるのは比喩じゃなくてそのままの通りだと。つまり、

「人魚とは女王蜂の事で、雀蜂のトップで元被験者。そいつはエミヤにそっくりで親戚の様なもの。クーデターの首謀者で、」

オルタの思い人、なのか。ランサーは口の中で呟いた。エミヤはそいつの替わりをしたのか、あの日。会ったその日に、エミヤはオルタに臣下の礼をとり、王への供物として本来女王蜂が行うはずの行為を、替わりに。

"あいつは優しいな"と言ったオルタの笑顔が思い出された。とても優しくて、兄弟であるランサーですら見たことが無いような笑顔だった。あれは思い人を想いながら、エミヤが受け入れた諸々の行為に向けたのだろう。

オルタは人を愛したのか。

好意が分からない男だった。悪意には暴力で返す男だった。欲しいものは人から奪って当然だった。それを変えた人間がいるとは。

そして自分は、多分生まれて初めて恋をしている。

「エミヤってすげえ」

オルタはランサーの呟きを聞き逃さなかった。

「お前、鈍いな」

「何知ったかぶってんだ、弟め。少しは兄を敬え」

言ったところでオルタの目は閉じられていて、聞く気は無いようだった。

 

エミヤは空港から出た所で迎えに会った。

「久し振りですね。隊長」

「…そうだな。皆は元気か?」

「かなり欠けました」

「そうか。詳しい事を聞かせてくれ。人魚の事も」

「皆懐かしく思います」

「ああ」

エミヤと蜂は塒へ帰った。雀蜂は女王蜂を再び戴いた。

 

 

 

3

 

エミヤから連絡があったのは、次の日だった。人を寄越してメモを渡された。ランサーはメッセンジャーに会っていない。病院で本格的な治療をするために、結局入院させられ、ベッドに寝ていて退屈していた。入院している俺をエミヤは心配してくれるかな、優しい言葉とかキスとかしてくれるかな、と考えていた。そこへヘクトールがメモを持って現れた。

「あんたにメモですよ、例の警備員から」

「あんがとよ」と返事をして、ふと疑問を感じて尋ねた。

「なあヘクトール、何でお前そんなにエミヤを嫌ってんの」

ヘクトールは苦虫を噛み締めた様に眉をしかめた。

「同じに見ないようにしちゃいるんですがね、名前も顔もああ同じだと。そう、嫌ってね、嫌って…、うーん、そこはオジサンよく分かんないんだ」

「けど、お前の知ってんのは別のエミヤなんだろ?」

「まあ、そうなんですがね」

頭を掻いて口ごもるヘクトール。ヘクトールはクレバーで、大抵の事はこなすし、意見を言うのも上手い。けれど、この時はとても言い辛そうだった。

「見てるとね、不安になるんですよ。あいつは狂ってた。口調は冷めているのに、目だけはギラギラしてて、不機嫌そうで変に笑ってて。ボスは時々会ってたけど、会うと機嫌悪くなったし、悩んでたみたいだし、うーん、あんまりいい印象は無いですねえ」

ランサーはヘクトールが言った男がどんな奴か分からないが、オルタのあの笑顔とは全く結び付かない答えだった。ふとエミヤが言った言葉を思い出した。

"オルタは積極的に関わらない事で生き延びた"

そうか、あいつ、ヘクトールや部下の事を考えたんだな。オルタが全面で支援すればクーデターの首謀者として祭り上げられ、下手したら処刑される。それに、その後処理にも追われるだろう。クーデターに手を貸すわけには行かなかっただろうな。俺とは立場が違う。だから手が必要な時だけ会っていたのか。

"そう、しないともう、身体も動かせないほど壊れていたんだ"

スパイナル常用者。身体を壊して行くだけのクスリを飲み続けて何とか生きていた奴。ランサーは背筋が寒くなった。ダストを使うと全能の神にでもなったような力を発揮出来た。スパイナルは痛みを伴うが、同じ効果だと言っていた。それを飲み続けなければ身体も動かせなくなるとは、どこまで壊れていたんだ。

でも構わなかった、ダストの全滅を見据えるのであれば。

エミヤは俺を見ない。足が地に付いてないと言うより、自分すら見えてない。ダストの無い未来だけを見ている。

あいつは星の冠を被せる気かと言っていたが、赤い龍と既に戦っていた天使なんじゃねぇのか?戦って災いは地に落とされたんだ。それは人への災い、獣への迎合の始まり。

迎合した人の中で獣を倒すものは人ではなくなる。人の数字の刻印を捨てて獣に相対する。

「そうか、違う」

人を統べよとエミヤは言う。あくまでも何も知らない人を。獣を信じ、信奉する人を統べて神を呪うことなく、災いが降りかからぬようその身を殉教者の如く捧げよと。

オルタは南米でキング、王と呼ばれる男だ。既にその身を捧げているのか。なんと云う決意、なんと云う献身。守るものの為に闘う孤高の王。

俺は共に闘うと答えた。既に選択はなされた。俺は、自ら杖を手にすると選択した。

 

「ランサー?」

ヘクトールが声をかけてきた。

「いや、何でもねぇ、大丈夫だ。これ、届けてくれてありがとな」

にっこり笑って答えた。ヘクトールは少し赤くなった顔で、

「そうですかい」と言いながら病室から出ていった。

ランサーは手の中のメモを開いた。

"雀蜂は女王蜂と決別した。女王は巣を新しく作る。心配無用だ"

「これだよ」

分かりにくいにも程がある。読み解くと、雀蜂は南米に残る。エミヤは別に支援を探す。俺の力はいらない。

と、そこまで考えて、大声が出た。

「えええええええ、今さら俺、捨てられたのかよ!」

これだから、だから、あいつを一人にしたくねぇんだよ!あいつは絶対一人で何でもやりたがって何も言わないだろ!一人で消えようとするだろ!俺が隣にいてやんねぇと、自滅すんだろ!何が何でも一緒にいないと、探さねぇと!

「安心して怪我人出来ねえぇ!」

慌てて病室を出てヘクトールを探した。オルタの病室にいるだろうと見当をつけ、痛い足を引きずって行ってみる。オルタの病室にはラーマとヘクトールがいて、多分仕事の話をしていた。

「ヘクトール!エミヤの居場所教えてくれ!」

全員がこちらを見た。驚いた顔をした後、一拍置いてヘクトールが返事をした。

「知りませんぜ」

そう言ったヘクトールにオルタが声をかけた。

「探せ。直ぐにだ。下手したら間に合わねえ。出国拒否の手配もしとけ」

「何でそこまで」

「そう言う奴だからな」

「へいへいっと」ヘクトールは立ち上がると電話をかけに行った。

「すまねぇ、恩に着る」

「構わん。それより、あいつを一人にすんな」

「わかってるよ」

ランサーはオルタの病室を出て自分の病室に戻って病衣を普段着に着替えた。そこにヘクトールがやって来た。

「まだ出国はしてませんぜ。飛行機の予約もしてねぇようで。空港は手配したんで、勝手に出国出来やせん。国境に通じる道路は一応手配しやしたが、長時間止められませんぜ」

「わかった。すまねぇな。手間かけた」

「いや、いいっすけど、ホントに必要なんすか?そこまでしなくても」

「相手は元軍人でレイダースだぞ、簡単な処置じゃどうやっても切り抜けるだろ。手配は過剰でも当然だ」

「アメフトの選手で?」

ランサーはビックリしてヘクトールを見た。

「マリーンのレイダース」

「大リーガーのアメフト選手?」

「海兵隊の特殊部隊」

「あ、ああ、すんません。うっかりしてて」

恥ずかしそうにするヘクトール。ランサーはアメリカのネーミングセンスに諦めを感じた。

「大した経歴をお持ちなんですね。あの人」

「そうだな。厄介なだけのような気がするぞ」

「そう言やボスが凄腕の狙撃手の事を言っていた事がありましたな。中東とか北アフリカとか、あんまし関係ねぇんでよく聞いてなかったんですけど」

「へぇ」

海兵隊のスカウトスナイパーは前哨狙撃兵だ。長距離狙撃は海軍の得意技だ、SEALsとか。語弊はあるが、肉弾戦と後方狙撃みたいな違いがある。だから、スカウトスナイパーは狙撃手として有名になることはない。隠密行動で目標に近づき偵察し、狙撃し、爆撃位置を知らせる。

「単独で潜入して目標を狙撃する事が多いらしく、まるで軍人らしくない軍人だとか」

ランサーは頭を抱えた。

「間違いなくエミヤだ」

ダストが絡んでいたら他の隊員と行動出来ない。勢い単独になるだろう。チームで動く軍隊で単独行動するなんてあいつしかいない。

「そりゃまた、とんでもない人ですねえ」

「んな訳で、サポート頼むわ」

「どちらへ?」

「とりあえず空港」

「そうですかい。運転手付けますわ、ラーマと行ってください」

「重ね重ねありがとな!」

「大した手間じゃねぇんで」

ランサーはひょこひょこしながら病院の玄関に行き、ラーマを待った。ラーマは大して待つことなくやって来ると、ランサーを乗せて空港へ向かった。途中渋滞にもつかまらずスムーズに着いたことで、幸運がこちらに味方しているのを感じた。きっと間に合う、ランサーは確信していた。

果たして、探していた人は見つかった。普通に空港のベンチに座って新聞を読んでいて、別に変装も何もしていなかった。ランサーの姿を見かけても逃げようともしなかった。

「よう、何で俺を置いて行こうとしてんだよ」

ランサーはエミヤの座っているベンチの隣にドカッと座って言った。

「君は怪我人だろう。治してから帰国しても特に問題ないし、その方が安全だ」

サングラスをしていて視線が読めない。傍目で見ると、本気で近くによらない方がいい人種に見える。絶対堅気じゃない。

「俺はお前の相棒だろ?」

「は?」

サングラスのエミヤがこちらを向いた。

「だから、俺はお前の協力者じゃねぇか。何で一人で帰ろうとしてんだ、て聞いてんだよ」

「相棒、と云うか、いつそうなったんだ?」

「オルタの病室で話しただろうが。もう忘れたのかよ。そんな古い話じゃねぇぞ、オジサン」

エミヤが頭を回転させている音が聞こえそうだった。

「それに飛行機の中でも言った。俺はお前から離れる気は無いぞ。逃げようとしても追いかけて捕まえてやる」

「私も前に言ったと思うが、君は何故私に拘る?」

言葉につまるのはランサーの方だった。あの時は分からないと答えたが、今はわかっている。一瞬躊躇して、結局素直に伝えた。

「好きだから」

顔が赤くなるのがわかった。こんな人の多い所で片頬を腫らして赤くなるとか、どういう風景だ。視覚の暴力だな、等と自虐してみる。エミヤは身体を仰け反らせて、気味悪そうにこちらを見ている。サングラスで目が見えなくてよかったとランサーは思った。見えたら立ち直れなかったかもしれない。

「ランサー、君、盛大に勘違いしているな?やはり、どうかしている。私は君の父親でも先生でもないぞ」

「ちげーよ!親戚でも先生でもついでに友達でもねーよ!俺はお前を愛してるんだってば!」

エミヤがランサーの口を手で塞ぎ、

「バカ者が!」と叱責した。

エミヤはランサーの腕を引いて立ち上がると、早足で空港のロビーから出た。

空港に響く大声で男に告白。ランサーの生涯で考えた事もない状況だった。まず男に、次に告白、最後に大声。最早取り繕うことなど出来ない程の赤い顔。恋愛において常に優位に立つランサーが形振り構わず叫ぶなど、自分でも信じられなかった。

エミヤは無言でタクシーに乗り込むと、運転手にメモを渡し、ランサーが知らない所へ連れて行った。

目的地は安宿で、エミヤが連れて行ったのは、ランサーが見たことも無いような狭い場所にベッドが一つあるだけの部屋だった。

ベッドに座るよう指示されて大人しく座ると、腕を組んでエミヤが目の前に立った。サングラスはシャツの胸ポケットにしまった。

「それで、あの失態は何事かね?」

「お前がどっかに行っちまうかと焦ったんだ。俺はお前が好きだし、お前と一緒に闘うと決めたんだ。わかって欲しくて大声になった」

「何をわかればいいんだ。ガキ」

「相棒だということ」

ランサーは自分の顔の前に指を一本立てた。

「次に、お前が好きだということ」

指を二本に増やした。その手をそっとエミヤが包んだ。ランサーの顔がぱああと明るくなったところで握り潰された。

「痛ってー!止めろよ!折れる!」

「貴様がくだらん妄想を言わなければ止めてやる」

ランサーの目がきつくなった。

「なら折りゃいい。妄想じゃねぇ、俺は本気だ。闘う事もお前の事も」

エミヤが手を離した。顔に手を当てると俯いてため息を吐いた。

「妄想にしておけ。君のお遊びに付き合う程度の情報は話した。それで満足してくれ。実際に戦闘となれば君は私の足手纏いだ。私は自分が闘うだけでなく、君を守りながら闘う必要が出てくる。それは、」

エミヤが寂しそうにランサーを見た。

「私には無理だ」

シンとした部屋の中で、ランサーはひたすら考えていた。言われっぱなしは癪だが、確かに軍人と比べれば経験不足だ。ましてやダストに馴れない素人なのは空港で学んだ。被験者として長年付き合って来たエミヤと比べれば、雲泥の差だろう。だが、ダストを使えば素人でも闘う事が出来るのは確かだ。

「エミヤ、お前、俺がダストにやられてゾンビになったら、殺してくれるか?」

「何を言っているんだね?」

「俺がお前と闘うならダストを使うしかないだろう。けど、回数制限があんだろ?だから、俺がダストに喰われたら、お前が殺してくれ」

ランサーは真っ直ぐエミヤを見た。

「俺は俺を投げだしてでもお前と闘う」

 

エミヤはランサーの隣にドサリと座って顔を両手で覆った。

「今の君は吊り橋効果で舞い上がってるだけだ。落ち着けばそんな気持ちは無くなる。まずは怪我を治してそれから、」

ランサーはエミヤをベッドに押し付け、上からのし掛かるようにエミヤに詰め寄った。

「ふざけんな。お前に俺の何がわかって知ったかぶってんだ。吊り橋効果だ?怪我人だ?くそくらえだと言ってんだろうが!いい加減解れよ!」

「君には闘う義理もないだろう。それに私は男だぞ。おかしくないか?君はゲイなのか?」

「違う。お前に興味があるだけで、他の男なんざモロ出ししてても汚ねぇと思うだけだ」

「いや、君、言い方ってものが」

「お前のは見たい」

ランサーの顔が間近に迫る。目がギラギラしてきて、真面目にヤバい。

「と言うか、触りてぇ」

エスカレートしてきた。目眩がする。何がどうしてこうなったのか、記憶が散漫だ。

「取り敢えず、落ち着きたまえよ、ランサー。私にヒビの入った肋骨を折られる前に」

「キスしたら、な」

ホントにやる気だとわかったので、怪我してない唯一の場所、股間を膝で思い切り蹴飛ばした。

「ごふっ」

と言って前のめりにベッドに倒れたので、よしとした。

 

ベッドで呻くランサーが言った。

「お前さ、俺の事好き?」

「好きじゃない」

ランサーが顔を上げた。

「えっ、じゃ、嫌い?」

眉をしかめたままエミヤが言った。

「別に嫌いじゃない」

「好きなのか?嫌いなのか?」

「どっちでもないと言ってるんだ」

「俺とずっと一緒にいたいとか、いいやつだなとか、頼れるなとか、思わねぇ?」

「一緒にいたいと考えた事は無い」

「でもよ、俺はお前とずっと一緒にいたいと思うぜ。好きだし」

「いや、だから、好きとか嫌いとか考えて無いと言ってるだろうが!」

「じゃ、やっぱ嫌いなんだ」

しょんぼりするランサー。

「萎むな!嫌いじゃないと言っているだろう!」

「でもよ、好きじゃ無いんだろ?」

ベッドに倒れてむすくれるランサー。

「ああ、もう面倒だな君は!好きだよ好きだ、大好きだよ!これでいいか!」

「マジ?じゃ、キスしてくんね?」

「絶対に嫌だ」

「お前、大人じゃねぇよな」

「だとしても、君には何の関係も無い」

ランサーから視線を外すエミヤ。ランサーの目の前にはエミヤの尻があり、そこから太腿が繋がっている。ベッドの上と云うシチュエーションがランサーの意識を煽った。見たいと云う欲望、触りたいと云う欲望。既に煩悩の塊と化したランサーはどうやってエミヤに触ろうかと頭を働かせ始めたが、その思考はエミヤに切られた。

「私はな、ランサー。君に協力して貰いたいと思っているが、闘って貰いたいと思っていないんだ。それは私や雀蜂がやることだ。オルタの様に協力してくれたらそれでいいんだよ」

「舐められたもんだな」

ランサーはベッドから起き上がってエミヤを見た。

「俺はやると言ったらやるさ。お前がどう思おうと、一緒に闘う」

「雀蜂の様に?」エミヤが訝しむ。

「俺は俺だ。雀蜂じゃねぇよ」

「そうか」

エミヤはランサーから視線を外して正面を向いた。

「その代償として私を要求するのか」

ランサーは頭に血が上るのを感じた。

「違う!お前にそんな価値はねぇよ!」

「なら、何故」

「ああもう、何つったらお前に伝わんだ?もうわかんねぇ!お前が好きじゃダメなのかよ!」

エミヤは何も言わなかった。視線も合わせなかった。

「エミヤ、何か言えよ!」

「ダメだろう、それでは」

ランサーは愕然とした。本気で欲しくてこれだけ言ったのに、伝わらないのか。許して貰えないのか。側にいることすらいけないのか。

「私の命はもって後三年と云うところだ。好きとか嫌いとかで関わって貰いたくない。君だって時限付きの恋など困るだろう?」

「まだ若いじゃねぇか。三十代」

「そうだな」

エミヤは再び視線を外した。

ランサーの勘がエミヤの言葉が嘘ではないと囁いた。エミヤの横顔には何も浮かんでいない。

「なら、尚更、俺を拒むなよ。短いなら俺にくれよ、その時間。お前を裏切らないし、お前の為に俺の時間を捧げると誓う」

「君の生活は?仕事は?兄弟は?クランはどうする?」

ランサーはエミヤの手をとって誓った。

「んなもん、くそくらえだ」

漸くランサーはエミヤにキスをした。

 

 

 

4

 

「なあ、してもいいか?」

「何を」

「セックス」

「あのな、君、言い方があるとさっきから」

ランサーはエミヤの肩に頭をぐりぐり押し付けてねだった。ランサーらしくない行動だった。何故なら、気が合えばするのが当たり前で、許可などいらなかったからだ。けれど、相手は男で自分も男だ。受け入れてくれるかどうかなど相手次第だ。女相手で、嫌がるなら無理しない。他を当たればいい。今迄願って手に入れる程欲しい女に会ったことはなかった。

「お前が許してくれるなら。お前にわかって貰いたくて」

「よく分からないんだが、何をわかればいいんだ?」

「俺が本気でお前を好きな事」

エミヤがクスクスと笑った。

「君はどうしようもない。わかった所で私にどうしろと言うんだ」

「俺を好きになって欲しい。お互いに好きで求め合って、お互いに信頼して闘っていきたい」

「君を好きにならなきゃダメか?」

「出来ればでいい。けど、絶対俺の事好きになるさ」

「それはどうかな。一度や二度寝た位で人を好きになるものではない気がする」

「そんなんで済まさねぇよ。なあ、エミヤ。俺はな、残りのお前を全部貰うぜ。欠片も残さず食いつくして、俺はお前の望む者になるんだ」

「君はそれでいいのか?」

「いいに決まっている。俺はオルタと同じ存在になるが、オルタと道のりは違う。後悔しない」

「オルタから何か聞いたか?」

「いや、何も。でもあいつ後悔してるだろう。何に後悔しているかは知らないが、俺はお前に後悔したくない」

「そうか」そうか、と小声で続けた。

「それは受け取る側の問題だな。私は素直ではないし、君を好きでもない。受け入れる事は出来るが、それだけだ。この身は既に己のものでなく、擲たれるものだ。君に捧げる事にはなるが、死体の様なものだ。それでも?」

「死体たあ、またずいぶん物騒だな」

「心も既に売り飛ばしてしまった。私に残されているものは滓だけなのだよ」

「それがお前なら俺はそれを満足して受け取るだろう」

「ではお望みのままに」

エミヤは初めてランサー自身を見た。

クーフーリン・ランサー・マクイルを。

満身創痍で尚、己を欲しいと云い、その生涯を捧げると言う高潔な魂を。エミヤには少し眩しかった。

ランサーが包帯だらけの右手を己に絡ませ、引き寄せられる。不思議な気分だった。好きだと言われて抱かれるのは初めてかも知れない。経験の少ない受け入れる側で、性欲の発散以外の動機は、オルタに一夜捧げた位しか思いつかない。

ランサーの唇が震えていた。興奮しているせいかと思ったが、緊張していると気がついた。二頭牽きの種馬と評判のマクイルの双子が、閨で緊張する等、あり得ない。けれど、何でも初めては存在する。百戦錬磨のランサーでも。

「大丈夫か?ランサー」

「っあー、緊張する」エミヤを抱きしめて言った。「俺、こんなに好きになった奴を抱くの初めてで、どうしていいかわかんねぇ。頭がパンパンで震えてるぜ、みっともないな、俺」

エミヤはランサーの背中を擦りながら優しく答えた。

「そんな事はない。私だって緊張している。私もみっともないな。君より年上なのに」

「エミヤが怯えるのは解る。俺はお前の緊張をほぐして、お互い気持ちよくなれるようにするのが仕事だ。わかってるんだが、嬉しいのと興奮で訳わかんねぇよ。しばらくこうしていてもいいか?」

「かわいい事言うんだな、君。気が済むまでこうして居よう」

ベッドの上で抱きしめ合って温もりを分け合う。エミヤにとっても貴重な時間だった。

ランサーはエミヤに抱きつく様にしていたが、震えたまま、こう言った。

「キスしていいか?」

「もちろん。好きにしていいぞ、私は君のものだ」

「勘弁してくれ。ホントに」

「どうした?」

ランサーはエミヤの顔を見た。ランサーの顔は真っ赤に染まり、身体は小刻みに震えている。エミヤはふと微笑んだ。

「君にお願いがあるのだが、いいか?」

「おう」

エミヤはわざと耳許まで口を近付け、囁くように言った。

「優しくキスしてくれないか」

ランサーの身体が跳ねた。それからエミヤの顔を見ると、震える唇で漸く言葉を紡いだ。

「お前、やーらしー…」

「君には負ける。ランサー・マクイル」

吐息がかかる距離で囁き合い、鼻を擦る様にして距離を縮め、ランサーはエミヤにキスをした。

 

優しい触れるようなキスは、直ぐに深くなった。エミヤの口は容易く城門を開け、ランサーの熱い想いを迎え入れた。ランサーの舌はエミヤの口中で、初めは微かに撫でるようにその中を探った。歯列、歯の裏、頬の内側、上顎、下顎、そして舌のざらりとした表面を擦り、のどの奥まで差し入れた。

エミヤはその間、ただランサーを受け入れ、自分から絡み付いたり擦ったりしなかった。ランサーの唾液がエミヤに流れる。エミヤの唾液はランサーが舌で掬い取った。

口を離して息を整える。エミヤがランサーに聞いた。

「ところで、君、潤滑剤とか、コンドームとか持っているのか?」

「持ってねぇよ。エミヤは…?」

「ある訳ないだろう。まさかとは思うが男とするのは初めてか?」

「男に勃つわけねぇだろ!」

「大声で言われてもな。確認するが、私に女性器は無いぞ。君が使うのは排泄孔だ。毎日君も使っている、あれだ」

「知ってる」

「普通入れるところでなく、出す場所に君自身を入れるわけだ。雑菌は多いし、尿道炎になる可能性もあるし、精液が身体に残れば下痢を引き起こしかねない。セーフセックスにコンドームは欠かせない。さらに言えば、尻穴は濡れない。君がその勢いで入れれば私の明日は大変惨めになるだろう」

「エミヤ、頼む、こんなとこでオバハン発言、やめて」

「どうする?訳分からず二人とも傷だらけになるか、用意して来るか」

「用意します」

「それは良かった。幸いこのビルの一階がドラッグストアだ。必要な物を買って来い」

「逃げないか?」

「私は君のものなのに?」

「だから、頼む。それ、止めて」

再び顔を真っ赤にしてランサーは立ち上がって出ていった。

「初めてのおつかいに行かせる親の気分だ。ちゃんとしたものを買って来れるだろうか」

いいムードを粉砕した元軍人は、更なるオバハン発言をしていた。

 

ランサーが買い物から戻るとエミヤの姿は見えなかった。一瞬慌てたが、バスルームから水音がしてほっとした。エミヤがシャワーを浴びるなら、自分もした方がいいかな、と考えた所でエミヤが バスルームから出てきた。シャツとズボンを穿いている。裸タオルじゃなかった。

「買って来たぞ。ドラッグストアのねーちゃんに聞いたから間違ってないと思うが、どうだ?」

ベッドに買い物を展開する残念なイケメン。正に買い物を検分する親の気分だ。良くできたと褒めてやってお駄賃がいるか?

「そうか、君はこれから男とやりますとドラッグストアのねーちゃんに宣言してきた訳か。凄い勇気だ。いや、聞けずに変なものを買われても困るが、明日出ていくときに凄い目で見られそうだ」

「別にいいじゃね?お前が俺のものだと分かりやすいし」

エミヤはそれ以上追及せずに買い物に目をやった。ポルトガル語ではあるが、ある程度読める。スペイン語程得意ではない。スペインにはアメリカ軍の基地があるお陰で少しましだ。注意書を読むとローションは一応男性用と書いてあるし、妙な混ざりものも無いようだ。コンドームはサイズを間違っても、途中で外れて身体の中に残ったり破けてしまったりしなければいい。装着感は受け手に関係ない。

軽く息を吐いて、エミヤが頷いた。

「買い物は大丈夫だろう。因みにやり方は知ってるか?」

「それは任しとけ!」

疑う目付きで見つめるエミヤ。

「病院で暇だったんだよ。だから、男同士の検索して過ごした」

「…凄いな。なんと云うか、明後日の方向に思考回路が飛んでるんだな」

「安心しろって!」

本気で嬉しそうだ。エミヤは再度確認した。

「本気でこんなオジサンの尻に突っ込む気かね?」

「最高じゃね?」

シャワーから出て来てまだ濡れているエミヤの頭を抱いて、ランサーは軽くキスをした。それからエミヤの手をとると、自分の心臓に当てた。

「だってほら、心臓バクバクいってんだろ。全然落ち着かねぇ。嬉しくて跳び跳ねてんだ、俺」

確かにランサーの心臓は早鐘の様だったし、手はまだ小刻みに震えている。買い物はランサーを落ち着かせ、気を逸らせる為でもあったのだが、気持ちは変わらなかったようだ。

エミヤは今度こそ降参した。

「物好きだな、君は」

ランサーはにかっと笑った。それこそ太陽の様に。

「見る目あるだろ」

エミヤは買い物を枕元に置くと、ベッドに乗り上げて手を広げた。

「では私が好きだと云う君の気持ちを行動で教えてくれ」

ランサーは魅了されたようにエミヤを見つめると、何も言わずにベッドに乗り上げた。エミヤの両手の中に入り込むと、肩を押してベッドに倒した。ランサーは枕に両手をつき、エミヤを上から見下ろした。

「嫌って程教えてやる」

言い終わると、さっきのキスが可愛らしく見える程に貪った。舐め、吸い、噛み、蹂躙する。その間も合わさった口の間からランサーの唾液が流れてくる。エミヤはそれを喉を動かして飲み込むが追い付かない。鼻で息をしようにもその余裕をランサーがくれない。苦しくなって思わず声が出た。

「ラン、サー、待っ、うあ、待ってくれ、ふ、このままでは、君に溺れる」

ランサーはそれを聞いてピタリと動きを止めた。エミヤの顔を覗きながら言う。

「お前、それ本気で言ってる?」

「え?」ポカンとするエミヤ。その後すぐ気がついて、慌てて取り繕った。

「あ、そ、そうじゃなくてな、そういう意味じゃなくて!」

顔を真っ赤にしてランサーが唸った。

「くそ、どうなっても知らんぞ」

唇を舐めてから舌を這わせて耳へ、耳朶を軽く噛んだ。

甘噛みされて耳朶にランサーの荒い息がかかった。擽ったくてエミヤが身を捩ると、枕に置いたランサーの手が宥めるように首筋から鎖骨を通って胸を撫でた。

「耳、感じるか?」

耳許で吐息と共に囁く。

エミヤの腕がランサーの背中に回し、

「ん」と言う答えと共に爪を立てた。

「いって」レロリと耳全体を舐められる。

「怪我人だぞ、優しくしてくれよ」首筋に軽く歯を立てながら舐め回された。

「っ、君もな。何せ初なもので」

「ぬかせ、年上」首の付け根に歯を立てた。よく見ると、まだオルタの跡がうっすら残っている。けれど、ランサーはそれに嫉妬しなかった。エミヤが自分のものであることがわかっているから。オルタにはやらなくてはならないことを行っただけ、俺とは違う。過去に囚われはしない、これから先は全て俺のものだ。

シャツの下から手を入れた。シャツを捲り上げると見事な腹筋が露になる。ポツポツ残る鬱血の跡は、そこに自分が新しく跡を付ければいいものだった。これ以上捲り上げられないところまで来て、ランサーは身体を起こしてエミヤの上半身を眺めた。

エミヤは少し息をあげていて、興奮が伝わる。上気しているかは分かりにくいが、目が何時もより潤んでいる。鋼色とも灰色とも見えない色は、ランサーを魅了する。

ランサーは厚い筋肉に覆われたエミヤの身体がとてもきれいに思えた。跡や痣が少しあり、傷がちらほら見える。軍人時代のものか山小屋時代のものかは解らないが、それすら美しい。肌はスパイナルで変色したと言っていたが、滑らかできめ細かい。色だってランサーの好みだ。

両手で腹から胸へ撫でる。探る様に胸の先端を触った。

「ん、ふ」

とエミヤが吐息をつく。凄くいやらしい。男の吐息をセクシーに感じる日が来るとは思わなかった。乳輪全体を軽く摘まんで先端をクリクリ押した。

「っ、は、」エミヤが大きく息を吐いた。一々反応が来る。

「感じやすいのな」

「ん、」エミヤがランサーに向かって問いかけた。

「すまん、気になるか?声を出さない様に気を付ける」

「いやいや、全然。もっと声を出して、もっとよがってくれよ。その方がお互いいいじゃね」

「そ、れは、恥ずかしくて、ムリだ…」

ランサーは頭をエミヤの胸の辺りに落とした。

「マジ勘弁してくれ。何だってそんなかわいいんだ」

「かわいいとか、意味分からん。落ち着け」

「いや、今落ち着く時じゃねぇだろ」

ランサーは舌で胸の先端をぐりぐり押した。吸って舐めて噛んで、その度にため息やら吐息やら喘ぎやらを溢すエミヤに煽られた。

「あの、ランサー、服脱いだ方が良くないか?」

しつこく胸を弄っていたランサーは顔を上げて、にっこり笑った。

「そうだな、待ってろ」

ランサーはあっという間に上着を脱いだ。それからエミヤのシャツの脇から手を入れて脱がせた。ランサーが自分のズボンに手をかけて下着一枚になると、エミヤが身を捩った。

「私も脱ぐから、ちょっと避けてくれないか?」

「やだ」

「え?」

「脱がすのは俺がやる。楽しみを奪わんでくれよ」

と、頬にキスをした。言うや否やベルトを外し、ジッパーを下げた。微かに触れるエミヤ自身。ランサーの心臓は更に早くなった。男のモノを触って興奮するとか、別世界だ。まだ兆してないそれを、触って揉んで擦りたい。お互いに勃てて、先走りを垂れ流したい。

考えたら、自分が堪えられなくなった。

エミヤのズボンを直ぐに脱がせ、下着に手をかけた。エミヤが腰を浮かせて脱ぎやすい様に協力する。呆気なくエミヤは一糸纏わぬ姿になった。下着を投げ捨てると、スルリと下腹を撫でた。筋肉に覆われた全身の中で鼠径部だけ柔らかい。その柔らかさを堪能すべく手の全体を使って包み込んだ。それから陰茎だけを摘まんで、軽く握った。

エミヤはランサーの下着に手をかけ、己を撫でる男を露にすべく、ゆっくり脱がせた。ランサーは既にすっかり立ち上がり、先端から透明な液を滲ませていた。二人でお互いの雄を触る。エミヤも勃ち始め、ランサーに感じていることを伝えた。

ランサーがエミヤを更に可愛がろうと身体を下げた時、エミヤの右脚太腿の付け根に何かあるのがわかった。それに触れながらランサーは聞いた。

「刺青?」

でも、形としては半端だ。まるで片羽しかない蝶の様な。

「片割れだ」

「何だ、それ」

ランサーの頭にオルタの言葉が木霊した。

"お前には片割れがあるのか?"

オルタはこの事を知っていたのか。

「エミヤが揃えば完成する。雀蜂だよ」

「あ」

ランサーはそれしか言えなかった。オルタのエミヤと俺のエミヤにそれぞれ刻まれた紋様。蜂のモチーフ、タトゥーと云うよりトライバルに近い。しかし、何と際どい所にあるのか。これでは閨でしか確認出来ないだろう。風呂では多分、気付かない。脚を開いて見せなくては。

ランサーの顔が真っ赤に染まった。

「エミヤ、お前、たまんねぇな。俺、本気で気が狂いそうだ」

「クランの種馬が何を言う。経験豊富だろう?」

「種馬言うな」

ランサーはその蜂に口付けをした。跡は付けない。その神聖さを尊重した。

だから蜂は舐めた。跡が付かない程度に吸った。エミヤの脚が閉じようと緊張する度、ランサーの手がエミヤを宥めた。

 

やがてランサーの口にエミヤ自身が含まれた。温かい粘膜に包まれて、エミヤはすっかり勃ち上がった。ランサーは男と寝るのは初めてだと言っていたが、舌使いは上手かった。どうされたら気持ちいいかを、された経験から拾っている。時々立てられる歯がもどかしいまでに刺激する。口の中なのに先走りが零れるのが解る。

「あっ…」

エミヤから声が漏れた。今迄よりはるかに艶っぽい声だった。エミヤはシーツを握りしめて腰が浮くのを我慢した。気を抜くと律動しそうになるが、ランサーの口の中で果てるのはごめんだ。だから、シーツにすがった。

 

ランサーは全体を口の中に咥えて先端を舌の先で抉り開けた。エミヤの味がする。苦くて塩辛い。自分も同じ味だろうが、エミヤのものなら何でもいけるような気がした。つるりとした先端が可愛く見える。どうにもならない程イカれてる。こんな、男のモノなんて、咥えるとは思わなかった。それを可愛いとか、うまいとか、おかしい。

少し強めに吸い上げて、エミヤを解放した。

枕元に置いてあるローションを手に取る。手のひらで暖めてエミヤの股間に目をやった。

勃っている陰茎、陰嚢、会陰を経て後孔へ。

ランサーはエミヤに優しく声をかけた。

「枕くれないか?」

エミヤは素直に枕を渡し、ランサーはそれをエミヤの尻の下に敷いた。それだけで労せず後孔が浮いた。それに満足してから、裏筋にローションを垂らし、ゆっくり下へと手を滑らせた。ローションの付いた手はあっという間に後孔に導かれ、片割れが見守るなか、ランサーの指はエミヤの中に入った。

エミヤの中は熱い。ランサーは指を少し入れただけで、興奮して自分が爆発しそうになった。締め付けはきつく、今自身を挿入したら千切られそうだ。少しずつ指を動かす。出したり入れたり、腸壁を撫でたりして、柔らかくしようと努力した。

 

ランサーの手付きは優しかった。違和感と排泄感に翻弄されつつ、傷つけないよう気を使っている事にほっとした。ランサーはもっとがっつくかと思っていたのだ。指が二本に増やされても、慎重さは変わらず、今度は押し広げる動きが加わった。出したり入れたり、広げたり。時々ローションを足して、中に塗り込むようにしている。病室での学習が功を奏したか、今迄の所は順調だ。エミヤは殊更怯える事はなくなった。ランサーはじっとエミヤのあられもない姿を堪能していた。ランサーがどう思っているのかは分からないが、自分は脚を開いて尻の孔に指を突っ込まれている。冷静になるとすごく恥ずかしい。

ランサーの指が三本根元迄入った。入れたままぐるりと回される。痛みはない。気持ちよくもないが。ぐるぐる回しながら、出し入れする。かなり荒くても平気だ。ランサーは腕も使ってエミヤを解している。エミヤは少し萎えて来た。ローションは充分、指の通りもいい、早く挿れて終わりにしてもらいたくなった。

声をかけようとした時、萎えた雄を握られ、中がじんわり快感を伝えてきた。声にならない息が吐かれる。

「は、…っ、ゥ、ん」

いくら弄られても感じなかったのに、どうやらいい場所を探り当てたらしい。同時に陰茎の刺激が来て、思わず締めてしまった。ランサーの指の形を意識してしまう。

「うわ、すげ」

ランサーが興奮した声を出した。更に同じ所を擦られる。初めは小さい揺らぎがだんだん大きくなってきた。触っているだけの感触が感じてくる。まるで女性の様に、中で気持ちよくなる。脚を開いていられない、無意識に動いてしまう。快感を求めて指の角度をずらす。

「…んあっ、」

思ったより大声が出た。目がチカチカする。快感が頭を直撃した。背中に電気が走る。グッとランサーの指に力が入り、いいところをぎゅうと押された。

「いやっ、だ、ランサー、っ、ぁ」

エミヤがランサーの腕にしがみつく。

「一人でいきたくない」

 

エミヤの目から今にも涙が溢れそうになっている。キラキラ輝いてきれいだ。それを茫然と見つめた。

なんだろう、この三十路男は俺をどうしたいんだろう。既にバカだと思うほど好きなのに、これ以上どうやって好きになればいいんだろう。

ランサーは指を抜くと、荒い息のエミヤに優しく口付けた。

「ごめんな。お前に気持ちよくなってもらいたくて、いい気になった。なあ、挿れてもいいか?」

「ん、」

エミヤが頷いた時、涙が溢れた。それを見たランサーの胸がぎゅっとした。これ、胸キュンて奴か?なんつーか、ホントに生まれて初めてだよ。

ランサーは枕元に置いてあるコンドームをとり、装着した。薄いゴムは自分をピタリと包み、まるで戒められているようだ。以後無体はならぬ。

脱臼した肩に当たらないように脚を持ち上げ、後孔に挿入しやすいよう角度をつける。少し上向きに、エミヤを苦しくさせない様に。後孔に先端を宛がう。温かい。緊張と興奮がランサーを襲う。感情が渦巻いているのを感じながら少しずつ挿れた。

入り口で抵抗に合うと思っていたが、そうでもなかった。初めの門をくぐり抜ければ、もっとスムーズだった。エミヤに経験があって良かった。二人の呼吸は合っている。ゆっくりとした進入で、ランサーは中を堪能した。

女とは全然違う。男は果てがないみたいだ。入り口はきつめ、中は柔らかく包み込む。エミヤが緊張すると入り口がしまって中が奥に向かって蠕動する。それがもの凄く気持ちいい。ただでさえさっきから恥態を見続けた上、時間をかけて広げた中は最高ときたら、

「悪ぃ、エミヤ、俺、もう出る」諦めるしかない。男の矜持とか、プライドとか、ムリなもんはムリ。

ゆっくりした挿入の後、いきなりスパートをかけた。二人で時間をかけて気持ちよく、とか、頭からすっかり抜けた。入り口辺りで強く激しく腰を動かした後、カリ首まで抜くと、最奥を突いた。エミヤが背中を反らせる。

「あっ、、はっ…ぐ」

眉がしかめられて苦しそうだ。

「痛い?」

激しく腰を打ち付けながら聞く。奥を突くことを止められない。

「違っ、……い、いから、っん、、気持ち、いいから、っ、っ、んんん!」

血管切れるかと思った瞬間、射精した。脚を離してエミヤに倒れ込む。息が荒い。射精はまだ落ち着いていなかったが、気持ちは落ち着いて来た。

「ランサー抜け」

「ん?」

ランサーは幸せを噛み締めながらエミヤの目尻にキスをした。

「ランサー、早く抜け。中に残る」

「え?わ、悪ぃ」

出して小さくなった自身をゴムと一緒に抜く。エミヤはそれにも反応するので、処理するのも一苦労した。復活するのが早い。

ランサーは性欲が強い方だと自覚していた。大抵の女は耐えられないから、適当な所で切り上げる必要があった。切り上げても別に残念でもない。収まらなければ別の女の所に行けばいい。けれど、今は。

「エミヤ、なあ、どこまで俺に付き合ってくれんの?」

「え?どういう事だ?」

ランサーは何も言わずに腰をすり付けた。すっかり勃ちあがったランサーを知覚したエミヤがあからさまに動揺した。

「きみ、早くないか?いくらなんでも、もう少し時間をかけてだな」

「ムリ、お前やらしすぎ」

「私のどこが!」

「全部。可愛くてやらしくて最高」

ランサーはエミヤの顔にバードキスを雨のように降らせた。

「ランサー、あの」

「黙れよ。キスするから」

嬉しくて蕩けそうな顔で言うものだから、エミヤは何も言えなくなってしまった。

 

ランサーがキスをする。気が付くとランサーは中にいて、エミヤを揺さぶる。痛さなんて初めから無い。時々痺れるほどの快感が襲ってきて、どこかに縋りつきたくなる。シーツを握りしめていたら、ランサーの手がエミヤの手を包んだ。

「まだ痛くて握れないけど、俺に頼れよ」と言っていた気がする。だから、怪我していない方の腕にしがみついた。無意識に爪が立った。ランサーの顔が痛さで歪む。でも縋り付かないとどこかに行ってしまいそうだった。

正常位で三回、背面で二回位は覚えている。ランサーは止まらないとか何とか戯けた事を言っていた気がする。怪我人の癖に元気な事だ。自分は中でイキっ放しな上、触られてもいないのに二回位は射精している。可愛いだの何だの言いながら直に擦られて射精したのも何となく覚えている。常に揺さぶられながらだから、訳がわからず、悲鳴を上げていたと思う。

やめてくれとか、もうイヤだとか、一つも聞いてもらえなかった。より激しく腰を動かされて、何度か意識を持っていかれた。短い間だけだったが、それでも全身が自分のもので無いようだった。時々ランサーから「大丈夫だ」「まだいける」とか無茶な事を言われた気がする。

頂点に達すると身体が緊張するのが普通だ。最後にはそんな力も無くなった。シーツを握ることもランサーにしがみつく事も出来なくなって、声も出ない。全身痺れたように快感だけを拾う。そんな状態なのにランサーは止まらない。

朝会って、昼前に始めて、今が夕方なのか夜なのか朝なのかもわからない。獣の様に繋がって、獣の様に吠えたてる。バカバカしくて記憶に留めておきたくない。

エミヤの意識がどこから無いか、本人にはわからなかった。ランサーにもわからない。夢中で挑み続けて、気付いたら自分もふらふらになってエミヤの上に崩れるように倒れたからだ。

二人の初めては猿よりひどい有り様で、最悪の状態で目を覚ます事になった。

 

 

エミヤが目を覚ますと、ランサーは消えていた。一人で身体を起こすと、周りの惨状が目に入った。シーツはどろどろ、身体はべたべた、ゴミは散乱。窓から薄く陽が入るが、暗い所を見ると早朝の様だ。一晩中とは聞いた事があるが、一日中とは恐れ入る。放出した精の臭いが部屋中に充満している。ゴミだってランサーの使用済みのゴムとティッシュだ。いくつ使ったか等数えるのも嫌になる。

とりあえず身体を洗おうと脚を動かそうとして、感覚が鈍い事に気がついた。腰が重い。

「あの、種馬」

頭を抱える。種馬では馬に失礼だ、馬はこんなことしない。あいつは猿だ犬だケダモノだ。

「くそ」

何とかベッドから降りる。掴まりながらシャワールームにたどり着くと、そこでも惨状が目に入った。昨日自分が入った後はこうではなかった。どうやってここまでひどく出来るんだ。

シャワーは外されたまま、タオルはあちこちに放り出されてびしょびしょ、何故かティッシュで水滴を拭いたような後がある。便座は上がったままだから、ヘロヘロのエミヤが座るまでの行程が辛い。便座をあきらめ、シャワーにした。這うようにして浴槽に手をかけて何とか乗り越える。シャワーが外れていて助かった。コックは頭の上にあるが、何とか届きそうだ。お湯が出るといいが、と祈る。安宿に風呂のクオリティを求めてはいけない。水風呂覚悟で泊まるのだ。あのバカ犬セレブはそれが気に入らなかったのかも知れない。いいから二度と顔を見たくない。

シャワーを出すと、温いお湯が出て、ほっとする。ようやく己の身体を確認する。オルタの時は見られない程の惨状だったが、今回はそうでもない。

「腰を振るのに忙しくてそれどころではなかったか」

フン、と鼻を鳴らした。腕、腹、脚を検分し、内腿に手を滑らせた。片割れがちらりと見えた。

片羽の雀蜂、エミヤの片割れ。エミヤオルタの左とエミヤの右にある刺青。ここに魂は分かたれた。片割れはとうにこの世から去り、選択した王は君臨する。自分にはそれが出来るのだろうか。

まだ意識がある時に、好きだの愛してるだの言われた。求める気持ちには応えられない。初めから好きになることは出来ないと言っていた。死体のような身体を差し出し、食いつくされる。それでも、ああ、ランサーは殉教者になると言う。

「私にそんな価値はない。君の言うとおりだ、ランサー。君は大馬鹿者だ」

温いシャワーを浴びながら、一人で呟いた。

 

 

 

5

 

「エミヤ!」

浴室のドアが外れそうになった。シャワーが温いことが幸いし、かなり長いこと浴びていたがのぼせていない。ようやく身体が動かせそうだと思った所でこれだ。全くもって騒がしい。

不機嫌に睨み付けると、地を這う声音で応えた。

「何だ」

「いなくなってたから、すまん、その、大丈夫か?」

「さあな、見ての通りだ。それで、何の用だね」

「お前が心配で」

「それはどうも。君が汚した部屋の中でなかなか素敵な目覚めをしたよ、ありがとう。このバスルームも悲惨だが、気にしないでくれ。何もかも君のお陰だ、二度と顔を見たくないから出ていってくれないか、ランサー」

「あ、その」

「お疲れ様」

ランサーはショックを受けた後傷付いた顔をした。甘ったれんなガキ。後始末は大人の義務だが、嫌味の一つや二つは罪がないはずだ。受けとれ、考えなしめ。

とは言え、そろそろ出よう。脚に力を入れて膝を立てる。成功。そこを起点に身体を起こす。成功。浴槽の縁に手をかけ腰を上げる。力を出せ、マリーン。上半身はまだ元気だ、上手くいくとも。

何とか壁に手を付けられた。壁に縋りついて立ち上がる。生まれたての小鹿か。脚が震える。だが、さっきよりましだ。立てる。

身体を拭きもせず、バスルームから出た。ランサーがきれいに整えた部屋でちょこんと座っていた。このセレブ、掃除を頼んだのか。恥ずかしいと言う気持ちは無いのか。片付ける係は人間なんだぞ!エミヤが羞恥心で腹を立てていると、バスタオルを持ってランサーが近づいた。

「まだふらふらじゃねぇか。濡れたままで出て来やがって、大丈夫か?」

「この台詞をクーフーリンに言うのは二度目だ。聞け!貴様がやったのだろうが、反省しろ!」

エミヤはバスタオルを奪うと、勢いよく踏み出そうとしてよろけた。ランサーが受け取って肩を貸そうとするので、脱臼した肩に必要以上に力を預けた。エミヤはランサーの痛そうな顔を見て溜飲を下げた。

 

力なくベッドに横たわってエミヤはランサーの言い分に耳を傾けた。

「それで、何か私に言いたいことがあるから来たのだろう?何だ」

因みにエミヤは裸でバスタオルだけを腰にかけている。ランサーから見ればとんでもなく扇情的な姿だ。バスタオルから見える脚に思わず触れたくなるが、ここは我慢だ。今後のためにも。

「オルタが呼び出したんだ。何かと思えばキャスターからの伝言だった。俺宛らしいが、意味分からん。解るか?」

「君達兄弟が解らないのに、他人が解るわけ無いと思うが?」

「"ランサーが立て"」

「全く分からん」

「だろ?だから、キャスターに連絡を取ろうとしたんだが、通じない。ヨーロッパの奴等に聞いてもわかんねえ。俺達と入れ替わりにアメリカに行ったらしいが、そこから行方不明だ」

「私と何か関係があるのか?」

「ヨーロッパの奴等がな、アメリカの雀蜂は女王だけか、って言ってたと」

エミヤが顔を覆った。

「一体誰が蜂の事をキャスターに話したんだ」

「オルタはメイヴじゃねぇかってよ」

「ったく、解っているようで何も解っていない癖は相変わらずだな。好奇心は身を滅ぼすと言ってやったのに。一体何に頭を突っ込んだのか」

「エミヤ、キャスターを知ってんのか?」

「退役する前に会った事がある。君の素性が解ったのも、彼を知っていたからだよ」

「え?えええ!」

退役する前、六年以上前か。俺達が表に出て間もなくだ。キャスターはまだ大学生だったはずだ。

「て、待てよ。じゃキャスターはお前の軍服姿を知ってるのか?」

「写真を撮られたぞ」

「んだよ、それ!」キャスター!その写真くれよ!

狭い部屋にランサーの絶叫が響いた。

 

ランサーが落ち着き、ようやくエミヤが着替えて二人してベッドに座った。

「キャスターが私を探している。何故だ?」

「んなのわかんねぇけど、女王蜂に会う理由ってダスト以外にあるのか?」

「とすると、ヨーロッパにダストが流通していると言うことになるが」

「聞いてねぇな」

「だろうな。私も聞いていない。大体アメリカでもダストの流通は最近のようだった。それなのにゾンビの出現が早い。ここが妙だ」

「だとすると」

「どこかで意図的にダストを人に投与し、ゾンビを作っている事になる」

「何の為にだ?どうやって?」

エミヤは頭を横にふった。

「解るわけがない。キャスターが知っていると思うか?」

ランサーも首を横にふった。

「本人探して聞くしかねぇんじゃねぇの?」

「その通りだな。それで、ランサー、キャスターはどこだ?」

「知らねぇ」ランサーはため息をつくと、ポツリと言った。

「…そうだな」

「どうしたんだ?ランサー」エミヤがランサーを覗きこんだ。

「あのな、お前、キャスターを選択する事はないのか?」下からエミヤを見上げる。

「どういう意味だ?」

「つまり、俺はお前がキャスターに会って獲られないか心配してる」

「ランサー、私に理解出来るように説明してくれ。私がキャスターを選択する?」

「オルタの事は分かった。仕方ない事だ。けどな、キャスターに会って俺と同じ顔に惑わされたらどうしようかと」

「ああ、キャスターには恋人を奪った前科があるのか」

「反対もあるけどな。キャスターは俺の執着するもんにちょっかい出すのが大好きなんだよ。キャスターが落とそうとして墜ちない奴はいない。何度かキャスターに横から手を出されて獲られた事がある。しかも割りに気に入っている奴ばかりをさ」

「つまりブラコンなのか、キャスターは」

「へ?」

「君を誰かに獲られたくないんだろう。だから自分から引き離す様な関係を持とうとする者に手を出して君を一人にする。そこに優しいお兄様がやって来て傷心の君を慰めると言う訳だ。独占欲が強いんだな」

「何でそんな事をするんだよ」憮然とするランサー。

「それこそキャスターに聞きたまえ。家族の事は家族が解消するべきだろう」

ランサーにはそれが良いこととは全く思えなかった。キャスターはエミヤが覚えている学生ではない。臈長けて更に性格がひねたキャスターは、面倒な人物と言うのがぴったりだった。

「ところで、キャスターは行方不明だと言っていたが、落ち着いてるんだな」

「あー、うん、多分生きてる」ランサーはのんびり言った。

「どうして解る?」

「俺とキャスターはそういうとこあんだよ。遠いから生死しかわかんねぇけど。でも、死んだらわかる」

「では近づけば、位置も解るか?」

「それはかなり近くないと駄目だ。同じ建物にいるならいいが、大きな建物じゃ駄目だ。家ならいいけどショッピングモールはダメだな」

「記憶や感情の共感も出来るか?」

「手を繋げば気持ちは伝わるな」

「…かなり強い共感能力だな。生死がわかるのは素晴らしいアドバンテージだ。キャスターが何に巻き込まれているかは解らないが、少なくとも生きているなら希望を持って事にあたれる。おおよその場所がわかれば良かったんだが」

「探してくれんの?」

「勿論だ。何故聞く?」

「ダストと関係あるかも分からないのに、探すのは時間の無駄だろ?キャスターの事は俺達に任せておけよ。それより売人やルート、指示をしてる奴を突き止めなくていいのか?」

「キャスターがアメリカに行った理由が分かれば後回しに出来る。今の所の情報だと私に会いに来たらしいと云う所までしか判っていない。だが、ダストを目的に来たのであれば、ルート確定をしていけばキャスターを見つけられるかも知れんな」

「キャスターが誰かに拐われたとか考えてンのか?あの、かわいくも素直でもないキャスターを?」

「拐われたかどうかは解らないが、監禁されている可能性はある。何かの利益になる人間か組織か。ランサー、君はどちらだと思う?」

「わかんね。ただ、時間が経つとヤバいかもしんねぇな」

「人質は時間で絆が生まれることもあれば、呆気なく殺される事もある。プロだと殺しはしないが、絆も生まれない。素人はどちらかに転ぶ。怖いのは、素人だ。キャスターを拐ったあるいは監禁する目的が何かで命の長さは決まる。金か、命か、キャスター自身か」

「単なる行方不明なら?」

「それは単に迷子だな」

そんなかわいい奴じゃねぇよと思いつつ、キャスターの行動を考えてみた。女王蜂に会いに行くとは、ピンポイントの嫌がらせに思える。漸く手に入れたこの頑なな男に近づけたくない人物ナンバーワンだ。何を仕掛けてくるのか解らない。

「もう一つ言っておく。ランサー、君が選んだ。私ではない。私に選択権など無い」

「エミヤ?」ランサーは思考を急に切られて訝しげにエミヤを見た。

「君が欲したから私は受け入れた。故に望むならば与えられる報酬に過ぎない。この残り滓の様な身体を擲って私は星の冠を被る」

エミヤはランサーを見た。

「鉄の杖を持つ子供を産むために」

言葉を切って、しばらくしてから口を開いた。

「君は、私を祖として、人を治め赤い龍と闘うか?」

「勿論だ」

「例えそれが何であっても?」

ランサーは頷いた。

 

病院に帰るとランサーはヘクトールにしこたま怒られた。

「ランサーさん、あんたね、一日帰って来ないたぁどういう事なんです。納得出来る話を聞こうじゃないですか!」

ランサーの目が泳ぐ。まさか朝エミヤを捕まえてから、夜までやってましたとは言えない。

「あー、うん、ちっと積もる話があってよ」

ベッドにいるオルタが大笑いした。

「積もる、話!」いてぇ、いてぇと涙を流して笑っている。

「うっせぇな、笑い死にしちまえ!オルタ!」

「は!積もってんのは他のモノだろ!」

ランサーの顔が真っ赤に染まる。キャスターの話をしていたときは冷静だったのに、なんだこいつは。

ふと気付いて憎まれ口をきいた。こういうことは冗談みたいに話すのがいい。

「片割れは俺のだからな。もう貸さねぇぞ!」

「いらねぇよ、バーカ」

オルタの笑いの発作は止まらない。マジで死ぬんじゃないか?

「ランサーさん、病室に戻ってもらいましょうか。数日は療養してもらわないと困るんですが」

歯軋りをしながらヘクトールが言った。

ランサーはヘクトールに振り向いて、

「すまん」

と小さな声で反省した。

 

エミヤは病室の中が騒がしくなる頃こっそり出ていった。ランサーが口ごもるのも解るし、それに答えるのも無粋だ。昨日の記憶は抹消というか、朦朧としているので、覚えていない。記憶の削除は容易だろう。

キャスターはエミヤが女王蜂だとどうして知ったのか?

「女王メイヴ」

会いに行こうと思った。

エミヤは、プリプリしながら病室から出てくるヘクトールに話しかけた。あからさまに嫌そうな顔をされる。

「メイヴに会いに行きたいのだが、連絡をとってもらえないだろうか」

「ランサーさんと一緒にですかい?」睨まれた。

「ランサーは怪我人だろう。私だけで行くが?」

それを聞いてホッとした様に表情を緩ませた。

「心配性なんだな、ヘクトール」

「そりゃそうでしょ。大ケガさせといてまともな治療も受けさせず飛行機に長時間乗って、漸く病院で治療を受けたらまた一日消えるとか、あんただって俺の立場なら心配するでしょう」

エミヤはヘクトールがランサーを心配しているとは思っていなかった。あくまでもオルタの兄だから視野に入れているのだと考えていた。

「なるほど、"クーフーリン"に心酔しているのか」

「あんたに何が解るってンです」

「何もわからないな。図らずも全員に会ったことはあるが、私には単なる坊っちゃんに思える」

「何を!」

「ヘクちゃ~ん!クーちゃんどこお?」

廊下の向こうからピンクブロンドの美女が際どい服で花を振り回しながらやって来た。

エミヤとヘクトールは一触即発だったが、両名目が点になった。

ライダースジャケットに赤いブラ、お腹は丸見えでマイクロミニの赤いフリルスカート。長い足は赤い編み上げロングブーツに包まれている。病院に来る格好じゃない。ムチでも持ったらお似合いだ。

「セニョリータ・メイヴ」

苦笑いで迎えるヘクトール。きれいなのだが雰囲気が物騒だ。

「久しぶり。元気だったぁ?クーちゃんケガしたんだってぇ?心配でお見舞いに来たのぉ」

そして視線をエミヤに向けて言った。

「それでこの人だあれ?」

花は振り回し続けている。

「君に会いに行こうと思っていた。セニョリータメイヴ、お会い出来て光栄だ。私はエミヤと言う」

メイヴが妙な顔をした。

「ふうん、名前も同じなのね」

形の整った口に当てていた指を外し、ニッコリ笑った。

「あなたはクーちゃんの何?」

「単なる知り合いだ」

「へえ。じゃ、後でお話しましょ。ヘクちゃん、クーちゃんの所に案内して?」

「へいへい」

ヘクトールは出てきた病室にまた戻った。

しばらく出てこないと見たエミヤは、隣のランサーの病室に行った。

「大人しくしているか?」

「してるって。もう無茶しねぇよ。さすがに昨日は無理あったからな」ニッコリ笑う。

エミヤは腫れ上がっている右頬に触れた。

「君はせっかくの良い素材を無駄にするんだな」

「お前、この顔好きか?」

エミヤが優しく微笑んだ。

「キレイだと、思う。君の美しい魂の具現化のようだ」

ランサーの顔が真っ赤になった。

「お前、何でそう、そう言うこと言うんだよ」

「君が聞いたから。顔が好きか、と」

ランサーが顔を伏せて天然かよ、と呟いた。

ランサーはエミヤの手をとって、赤い顔で願った。

「抱くのは我慢するから、キスしてくれ。本当はここでお前を抱きたいけど、ヘクトールに殺される。我慢するから、キスしてくれ」

「昨日散々したろう。君は本当に物好きだな」

「だから、見る目あるって言えよ」

「さあ、どうだか」

エミヤが顔を近づけてランサーにキスしようとした時、バン!と音がして、陽気な声が病室に響いた。

「ランサー、具合どお~!」

慌てて身体を起こすエミヤと、目が死ぬランサー。

「メイヴ、元気そうだな、お前」

メイヴはランサーに走って向かうと勢いよく抱きついた。

「あったり前よ~!あなたのメイヴよ~!」

「痛ぇよ!離せ、メイヴ!」

「あら、冷たい。なあに、恋人の前でべたべたするなって?」

「そうだよ!」

「違う!」

ランサーとエミヤが同時に叫んだ。ランサーがエミヤを哀しそうに見た。

「エミヤぁ?」

口に手を宛て、視線を外すエミヤ。

「いやその、協力してはいるが、恋人とは違うのでは……ないか…と」

「ふぅん、片想いなんだぁ、ランサー」

ランサーの頬に指をグリグリしながらメイヴが言った。

半分涙目で、

「うるせぇよ、直ぐに認めさせるから、見とけ、このヤロウ」と負け惜しみを言った。

 

「それでぇ、何を聞きたいの?」

ランサーの病室のソファーにメイヴとエミヤが向かい合って座った。

「セニョリータ・メイヴ、君は女王蜂がエミヤと言う名前だといつ知った?」

「最近。雀蜂の噂を聞かなくなってからよ。今もいるみたいだけど大人しいわよね」

「誰から?」

「クーちゃんは最後まで教えてくれなかった。今も話してくれないわ。聞いたのは、コトミネからよ」

「コトミネ・リセイ?」

「ううん、コトミネ・キレイ。リセイって誰?」

「名前しか知らない人物だ。コトミネと言う名前は珍しいし、ファミリーネームを先に言うのは東アジア圏がルーツの場合が多い。親戚かも知れないな。所でそのコトミネというのは誰なんだ?」

「マクイルのクランの偉い人、て言えばいいの?ランサー」

「そうだな、先代のブレーンをしてて、今はキャスターの顧問てとこか」

「マクイルではないのか?」

「先代の三番目だか四番目だかの妹の旦那で、嫁さんが早くに死んでな。子供もいるし、元々頭のいいやつだったからそのまま使ってるんだよ」

「ならば、キャスターはエミヤの名前をコトミネから知ったのではないか?」

「あいつらが女王蜂の話をするとは思えねぇんだがなあ」

「コトミネはキャスターの部下なのだろう?」

「表と裏の違いかな。キャスターはヨーロッパで製薬会社をやってる。裏でコトミネが麻薬を作ってる」

「ヨーロッパで?」

「化学合成するもんしか作らねえよ」

エミヤは頷いて、メイヴを正面から見た。

「メイヴ、ありがとう。色々わかった。君のおかげだ」

「え?ええ?」

ニッコリ笑うエミヤ。拒否する笑顔が眩しい。メイヴは不満そうではあるものの、二の句が告げられず、病室から出た。

メイヴが病室から出たのを見届けて、エミヤはランサーのいるベッドに腰かけた。

「な、何だ?」

側に椅子はある。怪我人のいるベッドになど腰かけた事のないエミヤが、珍しい行動をとるので、ランサーは激しく動揺した。

「さっきの続きは必要ないか?」

「いる!」

顔を赤くしてつい声が大きくなった。エミヤの手がランサーのケガしてない肩に軽くかかった。

飛行機の機内で頬にキスしてくれた以来で、それだってランサーへのご褒美だ。まさか中断された続きをしてくれるとは。

軽く唇が触れて、離れた。

エミヤはランサーを間近で見つめると、

「病院だから、ここまでだ」

と言って離れた。ランサーは追わなかった。エミヤの気持ちが嬉しくて、壊したくなかったから。

エミヤは側にある椅子に座り直して、ランサーに問いかけた。

「ランサー、君らの取引先にアインツベルンはあるのか?」

「ああ、ドイツの会社だよな。あるぜ」

エミヤの顔が無表情になった。と言うより、表情が欠けてしまったようだ。

「エミヤ?」

「コトミネは裏の仕事だと言ったな?そして、先代の仕事をしていたと」

「ああ、それがどうしたよ」

「コトミネはアインツベルンの裏の顔を知っているかも知れない。もしリセイが知り合いで、話していたら興味を持つだろう。

ランサー、キャスターはコトミネが暴走していたら止めると思うか?」

「多分、やるだろ」

「時間的に合う」

「エミヤ?さっきから、どうしたよ」

エミヤはため息を吐いた。それからポツポツ話を始めた。

「アインツベルンの跡取りが生まれた時から話は始まる。ランサー、スパイナルはアインツベルンの娘の為に開発された薬だ。」

「って、ええ?」

「アインツベルンの一人娘は病弱で、初めは身体を動かす事も困難だった。医師に五歳を待たずに死ぬだろうと宣告された。けれど、母親は娘が二歳の時に他界。跡継ぎは病弱のこの子しかいない。アインツベルンはその財力の全てを投じて研究所を作った。

そこで研究されたのがスパイナル、運動野に直接働きかける薬の開発だ。

ただし、娘にスパイナルは投与されることはなかった。同時に開発した筋肉増強剤で生き延びたからだ。彼女の努力は薬の効能を超えたんだ。五歳を待たずに死ぬだろうと言われた彼女はまだ生きている。彼女がいる限りアインツベルンは道を踏み外すことはないだろう。

だが、財力の全てを投じたアインツベルンはその損失を回収しなければならない。スパイナルの開発を止めなかった理由がそこだ。さらに軍に引き継ぐ時に多額の金が動いている。開発者の引き抜きに金を要求したんだ。

アインツベルンはそれで満足しなかった。更なるデータを欲しがった。見返りにダストの開発に関与している」

「エミヤ、ダストの開発は孤島だと言っていたよな。極秘の研究所で、人体実験を伴っていたって。どうやって外部とやり取りしてたんだ。できたのか?」

「ダストの研究者とアインツベルンの研究者は親子だ」

「つまり、元々共同開発してたのか?」

「その通り。名前を衛宮矩賢と衛宮切継と言う」

「エミヤ?」

「私達の養父だ」

養父?子供を薬の被験者にする?その為に引き取ったとか?なんだそれ、

「奴隷かよ」

エミヤが苦笑いしていた。

「そんなにいいものじゃない。正確に言えば、実験体の居場所がなくなったから便宜上養子にしただけだ。

衛宮矩賢はダストの研究をしたがった。息子がどんなに嘆いても。成果が出ると切継に意見を求めた。切継は求められればそれに応じ、ダストは完成した。けれど、理想と違う結果に恐れを抱いた矩賢は、コトミネ・リセイに助けを求めた。リセイはアインツベルンの裏の顔、財力の復活の為に矩賢を助ける事に価値を見いだした。

思惑通り、矩賢はレシピデータを保有していた。彼のような男は自分の成果を全て捨て去ることなど出来ないからな。リセイは矩賢を騙して奪う事に成功、データを奪われた矩賢は私達に助けを求め、私達はそれを履行している」

「さっきリセイの名前しか知らないって言ってたよな?」

「彼に会ったことはない。片割れがしたことだ。

リセイはアインツベルンで麻薬を製造し、販売していた。恐らく君らの先代なら交流があったかも知れない。もしそこに君らの言うコトミネがいれば、ダストの存在を知っていた可能性がある。リセイの親戚なら更に可能性は高くなる。

リセイを殺したのは、雀蜂だ。存在を知っていても何か分からなかったが、オルタの事で女王蜂の存在に気付けば、ダスト関係者とすぐ解る。そして、何故南米にいたかも推察するのは難しくない。

名前を知ってからレシピデータを手に入れ、被験者を募れば、時間的に整合するんだ。

ダストの殲滅を理想とするオルタはコトミネと相いれない。コトミネが暗殺を謀ってもおかしくない。さらに、片割れの存在を知らない誰かがコトミネに話す事でキャスターに伝わったとしたら、キャスターが私の事をコトミネに話すかも知れない。コトミネがアインツベルンに繋がりがあるとすれば、私の居場所を知ることが出来る。

オルタを誘き寄せ、私を引きずり出す、ラスベガスの事件は位置的にもそれを狙った可能性が高い。

キャスターはコトミネを止めようとして拉致されたのではないだろうか」

「ウソだろ」

「そうだな、単なる推測だ。確定事項ではない。他の可能性もある」

ランサーは黙って考えてみた。頭の整理が必要だった。

ダストのゾンビ、流通経路、キャスターの伝言、行方不明。

エミヤが立ち上がった。

「ゆっくりするといい。キャスターはすぐにどうこうされないだろう。コトミネだとしたらまず説得すると思う。何故なら、キャスターを殺しても君がいる。簡単にキャスターの代わりにすげ替わる事など出来ないからな。

迷子の時は、そうだな、そのうち出てくるさ」

エミヤが病室を出てもランサーは考えていた。何であっても共に闘うと言ったが、まさか身内とは。

その時、キャスターがゾンビになって襲いかかって来たら、自分はどうするのだろうと考えた。そんな未来もあるかも知れない。

同じ顔と身体を持ち、共感する自分達。お互いダストで理性を失い、闘う。

オルタならキャスターだろうとコトミネだろうと躊躇わず殺すだろう。

自分は?

ランサーにはまだ答えが出なかった。

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