「もういいだろ、コトミネ、俺を離せ」
「何を言うのかね、我が主人は。少しは自分の立場を考えたらどうかね」
「こんなことして何になる!コトミネ!」
「何にもならないだろうな、キャスター」
そう言うと、コトミネは部屋を出ていった。
「くそ」
キャスターはこの部屋から出られない。キャスター自身ではこの状況を打破できない。
「ランサー、何してやがる」
キャスターは暗闇の中で呟いた。
「ところで、君、台所は大丈夫なのか?」
「え?あ、わ!」
エミヤに言われて調理中の台所を振り返ると、何やら黒煙が出ていた。
ランサーは慌てて立ち上がり、台所に立った。わあ、とか、やべ、とか声が聞こえる。エミヤは慌てるランサーの姿を見て、泣いた顔のまま大笑いした。
途中真っ赤な顔をしたランサーが、笑うな!とかふざけんな!とか騒いでいたが、笑っていて聞こえなかった。
出来上がった料理は既に炭化しており、
「焦げた」
というランサーの主張は認められなかった。
「仕方ねえだろ!これでもまだ食える方を選んだんだぞ!」
と喚くので、笑いが止まらなかった。真夜中だというのに、大笑いして、大騒ぎをした。
まるで普通の人間になったようだ。
エミヤは不思議だった。この寿命が尽きようとするときに、こんな風に笑って過ごすなど、考えもしなかった。
ただ消えて行くのが望みだったのに。
食事が終わってランサーがタバコを取り出すと、
「吸ってもいいか?」
と聞いてきた。頷いて、エミヤがそのタバコに手を出すと、ランサーが驚いたようにエミヤを見た。
「え?吸うの?」
「嗜み程度には。好んで吸う訳ではないが、吸えなくはない」
ランサーが火を着けて、ライターを寄越そうとするので、手で制した。エミヤはランサーのタバコから火を移そうと、テーブルに乗り上げるように顔を近づけた。ランサーは意図を汲み取り、タバコを重ねた。
一つの火種が二人の顔の間で赤く灯る。やがて火が移ると、テーブルを挟んで、のんびり煙を燻らせた。
「んで、旨かったろ?」
「ああ、さすがセレブ、いいものを食べて舌が肥えてる。苦味ばしった大人の味だった」
「くそ、嫌味かよ。あのな、俺は意外と出来る男なんだぜ」
エミヤが眩しそうにランサーを見つめる。
「疑いもしないさ、ランサー・マクイル。きっと本来君は素晴らしい料理を提供してくれるんだろう。ところで、今日の料理は何だったんだ?」
「フィッシュアンドチップスのヘルシー版でな、揚げずに焼くんだ」
「そうか、わからなかったよ」
「そうだな」
肩を落とすランサー。エミヤはタバコを片手にランサーの傍らに立つと、肩を抱いた。
「落ち込まないでくれ。君のせいじゃない。私を責めない君が余りにも可哀想だ」
「でもよ、火を消していれば良かった事じゃねぇか」
タバコの煙を吐き終わって、エミヤはランサーに軽くキスをした。
「賢い子にはご褒美だ」
ランサーはタバコをエミヤから奪い取ると、それをくわえて、ニヤリと笑った。
「こんなんじゃ足んねぇ。もっとくれよ」
エミヤはタバコを奪い返すと、半分以上残っていたその火を消して、ランサーの膝上に跨がるように座った。
「いいぞ。私も君が欲しい」
エミヤがランサーの肩を包み込むように腕を回して、囁いた。ランサーの顔がじわじわ赤くなる。
「い、や、すげぇ嬉しいけど、あのな、俺、お前の奉仕は要らねぇつうか、身体だけとか嫌で、だからな、お前が俺を好きになってくれるまでしたくないっつーか」
エミヤが目を丸くして言った。
「好きだぞ。ランサー」
「へ?」
「君、私が好きでもない男に欲しいとか言う淫乱に見えるのか?」
「え?だって」
口を塞ぐようにランサーにキスをする。
「愛してる、と言えばわかってもらえるか?」
軽く啄むキスをしてから、エミヤは言った。
「私のクーフーリン。君が欲しいんだ」
ランサーの手に持っていたタバコの灰が落ちる。それを見てエミヤが取り上げ、一口吸ってから火を消した。
「好きじゃねぇって、好きにならねぇって」
ランサーが信じられないようにエミヤを見つめ、エミヤは苦笑いしながらランサーに応えた。
「君が変えたんだろう、ランサー。君は私には勿体ないくらいに美しい。私が触れてもいいのか躊躇う位に。けれどもなランサー、私はその気持ちを乗り越えて、君を欲しているんだ。形振り構わずに、情けなく、愛を乞うているんだ。年上のおじさんがみっともなくも、だ。
君は私を笑うか?」
ランサーがエミヤに抱きついて、その顔を胸に埋めながら震える声で言った。
「笑うわけねぇだろ」
ランサーの言葉が詰まった。身体が震えている。
「ランサー?泣いてるのか?」
「うるせえ、笑うな」
「何故私が君を笑う?」
「みっともねぇ、俺」
エミヤがランサーの頬を挟んで顔を上げた。ランサーの目を見つめながら、エミヤは微笑む。
「君は、本当に美しいな」
ため息をつきながら、エミヤは言った。
「みっともなくなどないさ。とても綺麗だ」
やさしく触れるだけのキスを唇に落とし、告白した。
「愛している、私のクーフーリン・ランサー・マクイル」
ランサーの目から涙が零れる。赤い瞳を濡らすその雫はエミヤの手のひらに吸い込まれて行った。
「俺は、お前を信じていいのか?」
「私の全てを君への愛に費やそう。君に誓う。私は私の生ある限り君を愛すると」
それを聞いてランサーは、エミヤを立たせて手をとり、跪いた。
「では聞け、エミヤ。俺はお前を愛し許しその側を離れない。お前の敵を打ち、お前の闘いを見守り、手を貸す。俺の命をかけても、お前に仇なすものを許すことはないだろう。誓いを受けてくれるか?」
「全霊をかけても、その誓い、受けよう」
ランサーはエミヤの両手をとり、その手にキスをした。そして立ち上がると、手を握ったままエミヤを見つめた。しばらく何も言わずに見つめ合って、漸くランサーが口を開いた。
「誓ったぞ。お前は俺のものだ。奉仕ではなく、愛による俺の片割れだ」
「蜂の片羽ではなく、その愛を持って伴侶となろう。これからよろしく頼む、ランサー」
どちらからともなく抱き合って、どちらからともなく口づけを交わす。伴侶を得た二人は、穏やかに微笑み合い、穏やかに睦みあった。
ランサーは、リビングの奥にある寝室に誘った。
「悪ぃな、ここしかベッドが無くてよ。このベッドもシングルだ。狭いが、いいか?」
エミヤはランサーの手をとり、軽くキスをしながら、抱き締めた。
「君と一緒なら、床でも構わない。それにランサー、狭ければ密着すればいい」
抱き締め返したランサーの頭がエミヤの肩に落ちる。
「エミヤ、お前の発言て心臓に悪い」
「嫌か?」
「最高」
二人はキスをしながら服を脱いだ。一時も離したく無くて、口だけを着けながら、もだもだと脱いだ。どうしても唇を離さなければならないときは、一瞬だけ離し、またすぐに重ねた。
ベッドに倒れ込む時には、二人共全て脱いでいた。
キスをしながらランサーがエミヤの身体に触れる。エミヤもランサーの身体を撫でる。キスで熱くなった身体は正直に興奮を伝える。お互いに相手の雄を撫でると、その先端からは先走りが出ていた。
キスは止められない。唇を吸い、舌を絡め、角度を変えて、舐め回し、唾液を飲み干し、それでも離したくない。手は先端に先走りを塗り広げ、ぬるぬると擦る。気持ちが良くてどちらともなく、ん、ン、と声が漏れた。口からはピチャピチャと水の音が止まない。吸い込む時にはチュッと軽く音がして、今度はぬるりと塞がれる。
息が荒くなり、指の動きが早くなる。
「ら、ランサー」
キスの途中でエミヤが名前を呼んだ。
「ん、」唇を甘く噛んで「何だ?」と応えた。
エミヤからランサーの唇に吸い付き、舌で舐めながら離れた。
「その、」エミヤが言葉に詰まる。
「どうした?」ランサーは蕩けそうな甘い声で問いかけた。
「気持ち良くて、」エミヤが啄むキスをした。
「このままでいたくて、」唇を離して、息が荒いまま、真っ直ぐランサーを見た。
「もっと君が欲しい」
聞いたランサーがエミヤの唇に噛みついた。ランサーの手が、二人の陰茎をまとめてしごいた。
「んっ」
思いがけない動きにエミヤが戸惑った。ランサーの眉間にシワが寄り、赤い瞳がエミヤを射した。唇を離して腰を僅かに動かしながら、
「愛してる。大好きだ、エミヤ。俺のものだ」
と言った。ランサーの手は激しく動き、エミヤは限界が近い事を感じだ。エミヤはランサーの両腕を掴むと、喘いだ。
「あっ、ん、ランサー、出る、もう出る」
「おう、行こう。一緒に」
ランサーはわざとエミヤの耳元で言った。ランサーは何となく気付いていたが、エミヤはランサーの声が好きらしい。自分もエミヤの声がとても好きだからいつでも聞きたいし、声を出してもらいたい。今夜は、恥じらいも薄目で、凄くいやらしいと思う。
二人して絶頂に到達する。エミヤとランサーの腹にお互いの精液がかかり、エミヤの腹の上に水溜まりを作った。はあはあと息が上がり、ランサーはエミヤを見る。
エミヤの目は少し潤み、唇はもう腫れていた。腫れた唇が濡れて、息を吸うために開いてランサーを誘った。貪っても貪っても、追い付かない。欲しくて欲しくて堪らない。精液を押し潰すように身体を密着させて、強く抱き、何度もキスをした。キスの度にん、ふ、んとエミヤの息が漏れる。それすらランサーを煽った。
エミヤの両手がランサーを抱き込み、強く引き寄せた。エミヤが唇を離して、
「好きだ。私だけの、美しいランサー」
陶然としてエミヤが呟いた。
「ああ、お前だけのものだ。お前が俺のものであるように、俺はお前のものだ」
「ああ、ランサー、ランサー。慈悲をくれるか?私に君の慈悲を」
「いくらでもやるし、取っていけ。お前のものだ、お前の権利だ、お前の自由だ」
ランサーの背中にエミヤの爪が食い込む。エミヤの目から涙が落ちた。
「教えてもらいたいんだ、私が知らないものを。片割れが知っていたのにわからなかった事を」
「何だ?」
「幸福という概念を」
いく筋も煌めきながら落ちる涙に濡れながら、おずおずとエミヤは聞いた。ランサーは額と頬にキスをして、
「今この時の事じゃねえか?」
ととても嬉しそうに言った。
エミヤは目を瞑ると、大きく息を吐いた。
「これが、幸福というのか?好きな人と抱き合う事?」
「心が通じ合う事、お互いに好きだと理解する事、お互いに愛を与える事、お互いに愛を受け取る事」
エミヤの息が詰まった。
「受け取る……」
「受けとれよ、ちゃんと。与えっぱなしは駄目だ」
エミヤはしばらくランサーをただ見つめた。ランサーはエミヤを待った。気は急くが、ランサーはエミヤ自身でこちらへ来てもらいたかった。ランサーはエミヤにランサーの愛を受け入れて欲しかった。
「わ、からない。けれど、君が欲しい。誰にも渡したくない。側にいて欲しい。私が今生をかけて愛するように、身体も君を受け入れたい」
「擲つのではなく」ランサーが優しく言う。
「与えるだけでなく、受け取る為に」エミヤが応えた。
「上出来」
ランサーはエミヤに啄むキスをした。
ベッドは大柄の男二人には狭かった。何かしようとする度に落ちそうになる。いいことは、ベッド周りの物を取りやすいと言うだけだ。腹の精液をティッシュで雑に拭って、ランサーは用意していたローションを手に取った。エミヤの目は既に蕩けている。うまそうにしか見えない。早く入りたい。でも、エミヤが乱れてよがる所も見たい。ランサーはさっき爆発した愚息を宥めた。エミヤはまだ復活していない。自分だけ臨戦体勢バッチリと言うのも何となく悔しい。
ローションをたっぷり掬い上げ、後孔に人差し指を宛てる。エミヤの蕾がひくりと動き、すぼまる。固く閉ざそうと言うその奥にこれから自分は入って行くのだ、興奮するに決まっている。
ローションの滑りを借りて、つぷりと中に入る。いつもと同じ、熱い。少し違うのは、エミヤが開いている足を使って後孔をランサーに見せつけて来たことではないだろうか。孔に人差し指が入っているのが、よく見える。指を中で動かすと、孔のシワが寄る。孔を開くようにぐるりと回すと、縁が捲れた。濃いピンク色をしている。孔を傷つけないようにローションを孔に垂らす。孔は冷たいローションにひくつくが、またすぼまる。孔が緊張すると、中は奥に動く。熱い。ランサーの血が逆流した。
もっともっと激しく動いて、指だけではなく自身を挿れたい。動いてかき回して掴んで打ち付けて。
慎重に二本目を入れる。するりと抵抗なく入る。ん、とエミヤの声が聞こえた。上気した顔がエロい。指を挿れたままキスをした。
エミヤは待っていたようにランサーの首に腕を回して、抱きついた。かわいい。
ふ、とか、ん、とか漏らすエミヤがかわいい。
唇が離れた時に、潤んだ瞳でランサーが聞こえるか聞こえないかの小さな声で、「好き」と呟いた。
中をかき回していた指が止まる。不審に思ったのか、刺激が足りないのか、エミヤの腰がグラインドした。はっとしたランサーが再び押し広げるように動かすと、
「あんっ、」
とエミヤから声が洩れた。
「え、どうしたんだ、エミヤ?」
「すまん、おかしいんだ。その、」
顔を逸らして、言いにくそうに続けた。
「いつもより感じてしまって。押さえがきかなくて…」
最後は消え入りそうな声だ。
「こんなおじさんの喘ぎ声とか、聞きたくないだろう?」
ランサーは血管に血が巡りすぎて目眩がしそうだった。きっとあそこを立てるために血が腰に集中しているのに、鼓動が早すぎてどうかしているんだろう。
言葉に詰まったランサーを見て誤解したエミヤがまた小声で「すまん」と言った。
「違う」
「ん?」
「違う。聞きたい。凄く聞きたい。もっと声を出してくれ。もっと欲しがってくれ。もっと俺に、」
ランサーはこれ以上ないくらいの幸せそうな顔で、
「教えて」
と囁いた。
エミヤはランサーを見つめたまま、何も言わずに左手をランサーの右手に添えた。エミヤの中に入っている手を握り、
「…」して。
と呟いた。
ランサーは入っていた指を抜くと、自身を軽く扱いてローションを擦り付け、エミヤの蕾に先端を宛てた。エミヤの陰茎はまだ柔らかい。けれど、孔がランサーを欲しがっていた。まだ固い門を無理しない程度に挿れていく。時々手にローションを垂らして、自身に滑りを足していく。ローションが馴染み、中にも潤いが足された。
エミヤが呼吸を合わせる。それに連れて孔もひくつく。孔が動けば中も動く。ランサーは奥まで突き刺したいのを必死に抑えた。ゆるゆると先端を馴染ませて、出し入れする。一番太い所をぐっと押し付け、また引く。ランサーの忍耐が試された。
ランサーがじわじわ腰を動かしていると、エミヤの手がランサーの両手を掴んだ。エミヤの膝に置いていた両手にエミヤの手が重なる。ランサーがエミヤの顔を見た。
「いい、大丈夫だから、挿れてくれ。焦らさないでくれ。身体が熱いんだ」溶けそう。
最後はため息と一緒に吐き出された。ランサーは躊躇いを捨てて一気に根元まで挿入した。
「あぁあ…っ」
痛みがあるのではと言うランサーの懸念はエミヤの顔で払拭された。
初めて見る、エミヤの嬉しそうな顔。幸せで満たされて、蕩けていて。
見ていて幸福なのに、涙が溢れてきた。嬉しくて幸せで、それを与えているのが自分だと思ったら、堪らなくなった。
エミヤの中は気持ちいいし、快感を求めて激しく動くけれど、喘ぎ悶えてよがるエミヤが幸せそうなのを見て涙が止まらなかった。エミヤがそれを見て蕩けそうな顔をするので、また涙が出た。
綺麗だ、美しい、愛してる。エミヤは何度もそう言った。ランサーもエミヤの名前を呼んでは愛を囁いた。
エミヤはランサーが涙を溢しながら己の中を突いてくるのを、幸せに受け止めた。与えるだけでなく、受け取る。ランサーの汗も涙も精液も全部エミヤに与えられたものだ。ランサーは全てが美しい。何もかも受け取りたい。そして、ランサーが欲しがるものは全て与えたい。
声が欲しいなら声を。腕が欲しいなら腕を。足を、唇を、陰茎を、陰嚢を、片羽を。何もかも与えて、自分にはいらない。ランサーの為に存在し、ランサーから与えられたものを受け取る。
ランサーは私と言う人魚の陸地。大地に立つ因。ほんの少しの命を燃やす愛だから。
後孔に深く入り込んで掻き回す。腰を掴んで離さない。後ろから抱かれて腕が持たない。枕にすがって泣きわめく。前を扱かれ、孔を穿たれる。ただ快感を拾ってびくつく身体。激しく突かれたかと思うと穏やかに抽挿される。
いい、最高、大好き、愛してる。
空を翔ぶような感覚が、痺れるような快感の中に混じる。ランサーに縋るのは止めた。この感覚はランサーがくれたもの。エミヤが受け取るものだから。だから、翔んでしまえ。そして、その事をランサーに教えよう。私がどれだけ君を愛しているか、欲しているか、快感を受け止めているか。見て感じて知ってくれ。
エミヤの背中に歯を立てる。舐める、吸って跡を残す。綺麗な筋肉が波打って、快感を受け止めている。
「ん、っ…あ、あ、ああ!」
ランサーの動きに合わせてくねる身体。声はランサーに快感を教えてくれる。エミヤは我慢しない。
「そこっ…!あ、ダメ、う、ぅ、あん!」
気持ちいいと言われた所を引っかけ突き、捏ね回す。ランサー自身の快感をエミヤに与えて、エミヤから受け取る。ランサーも我慢しない。
「最っ高!エミヤ、ここ、好きか?」
いいと言った所をヌチヌチ音を立てて攻める。コクコク頷くエミヤ。かわいい。
片足を持ち上げてもっと深く繋がる。側位と言うやつだ。片羽に跨がるように乗り上げて激しく動く。エミヤの顔も見えるし、深いし、気持ちいい。幸せ。
エミヤの左手がランサーの肩にかかる。ランサーが誘われるように身体を倒してキスをする。吸って舐めて、出し入れして。何度目かの射精をゴムの中にする。初めの一回だけ中に出したが、後はちゃんとゴムをしている。最後まで挿れて果てたいから。エミヤとの交合は、果てが無くてどこまでも行けてしまう。でも最初の時みたいに、自分だけが気持ちいいのではなく、エミヤが快感を受け止めてくれている。ただ受け入れているのではなく、ランサーに与えられているものを受け取っている。今までやった事がないから、手探りで拙くて上手く無いけれど、それが嬉しい。エミヤがかわいくて、幸せだ。
最後にゆっくり味わうように正常位で射精すると、ふやけるほどキスをして漸く離れた。ぎゅっと抱き締めて、離れたくなくて、離したくなくて、お互いに抱き締め合って、眠った。
一階の寝室で目を覚ましたランサーは、いい匂いに気がついた。エミヤは隣にいない。朝食を作っているんだろうと思うと、嬉しいような寂しいような、くすぐったくて恥ずかしいような、妙に複雑な気持ちで起き上がった。夕べは幸せで幸せでエミヤが可愛くて可愛くてどうにかなりそうだった。けれど、初めての時と違ってただ興奮しているのではなく、お互いに何かを与えようとして抱き合っていたと思う。
心を交わした相手と身体を繋げる事がこんなにも幸福で快感を与え合えるとは思わなかった。思い出すと顔がにやけるのは仕方ないと思う。周りに脱ぎ散らかしたはずの衣服がきちんと畳まれていたのを見て、「オバハン」と呟いたのはご愛敬で、実際にはにやけながらの起床だった。
「おはよう」
と寝室を出て元気に挨拶したところで、玄関の扉が割れた。真正面からランサーはその様子を見ていたが、空港の時と同じ、爆発音はなかった。パラパラと落ちる木屑の中、とても嬉しそうに笑ったドライバーが入って来た。
「嘘だろ」
昨日は普通だっただろう!ダストゾンビなら、あんな普通に受け答えできないはずだ!
驚きに捕らわれていたランサーは、動きが遅れた。
「ランサー、動け!」
エミヤの声にはっとする。が、遅かった。腕を取られた。腕を外そうと相手の腕を掴もうとして、また声が聞こえた。
「ダストユーザーと力比べをするな、バカ者!」
エミヤが包丁を相手の首と腕に切りつけた。片手に包丁、もう片方にペティナイフを持っている。腕の腱まで切れなかったようで、ダストユーザーなら無傷と言っていい状態で離れた。
「くそ、ランサー隠れていてくれ、今日は銃がない」
「お前、スパイナルは!」
「それもない!」
エミヤは言うと、ダストユーザーの懐に飛び込んだ。相手はダストを使っている、普通の人間なら避けられないものだって避ける。反対に左手のペティナイフを奪われた。奪う手に切りつけるが、反対の腕で薙ぎ払われた。階段までエミヤがふっ飛ぶ。派手な音を立てて階段が壊れ、エミヤが瓦礫で見えなくなった。
「エミヤ!」
ランサーが叫んだ時、頭を掴まれた。ごり、と音がして回そうとしているのがわかった。ラスベガスの事件を思い出す。あり得ない怪力は、ダストなら可能だ。ランサーは死を覚悟した。
スローモーションのように少しずつ回される。これ以上回されたら、色んなもん切れるな、と思ったところで、相手の手が止まった。何が、と相手を見ると、エミヤに両目を潰されていた。包丁で殴ったらしい、両目に包丁がめり込んでいる。ランサーの首から手が離れたのを見て、相手の鳩尾めがけて蹴りが入る。後ろに倒れた所で心臓に包丁を突き刺した。
心臓に包丁を突き立ててもエミヤを捕まえようとするので、包丁をグリッと回してから包丁を抜き、首に突き刺した。心臓のあった場所から勢いよく血が吹き出す。首を刺して漸く敵から笑顔が消えた。血の勢いが減るにつれて、エミヤの緊張が緩やかになって行くのがわかる。やがて、動きが止まり、エミヤは立ち上がった。
「すげ…」
「ランサー、これは君のドライバーか?」
ランサーははっとしてエミヤを見た。それから死体を再度見る。
「そっくりだが、確認する」
ランサーは携帯を取り出し、ドライバーに電話をかけた。
『あっれー、ランサーさん、どーかしましたあ?』
呑気な声が聞こえる。
「どうかしましたじゃねぇよ!迎えに来いっつってたろ!」
『そうっすね。てことは、失敗しましたか』
「は?」
『今、行きますよ』
電話は切れた。どうやらこの死体はランサーのドライバーではないらしい。が、失敗した?どういう事だよ?
ランサーがエミヤに電話の内容を話そうとした時、ランサーのドライバーが呑気に声をかけた。
「どーも、ランサーさん、生きてたんっすね」
扉のなくなった玄関から入って来たドライバーは、エミヤを見て別人のように睨み付けた。
「あんた、ダストも使わずにユーザーを倒したんですかい」
エミヤは何も言わない。両手を脇にだらりと下げている。
「全く、化け物め」
そう言うと、死体に跪いた。
「あーあ、ひどい死に様だ。でも、因果応報って奴ですかね」
ドライバーは立ち上がると、エミヤに話しかけた。
「あんた、いつまでマクイルに付きまとうんです?」
エミヤは何も言わない。ランサーもドライバーに話させる為に黙っていた。
「あんたは要らんのですよ。人間でもないくせに、人間みたいな顔をして、クーフーリンに纏わり付くとか、ホント、勘弁して欲しい。オルタだけではなく、ランサーまでも誑かすんですかい。エミヤなんてこの世にいらないゴミでしか無い癖に!」
あまりの言い様に、思わず声を出しそうになったが、エミヤに視線で止められた。まだ、しゃべらせろ、と言っている。
「死ねばいい、あんたなぞ、生きてさえいない奴なぞ、死ねばいい!俺の兄さんを殺したお前は、人殺しだ、このクズが!」
エミヤはまだ何も言わない。正直、自分が爆発しそうだった。クズだのゴミだの人間じゃ無いだの、聞いていて頭に血が上る。俺の大事なものに何て事を言うんだ。エミヤが制さなければ、とっくに手を出していただろう。
エミヤが初めて口を開いた。
「空港で会った時おかしな言い方をすると思っていた。私は南米から生きて帰るはずではなかったのか?」
「あんたが陸路で行かなければ、とっくに死んでたんだ。トラップが作動しなかった。知ってて空路を避けたのか?」
「さあ、どうかな」
肩を竦めてニヤリと笑う。それを見たら誰だって腹が立つと思う。
「人殺し、許さない!許さない!」
ドライバーは突然銃を取り出して発砲した。至近距離のそれは自身に向けられ、ドライバーは頭の半分を飛ばして自殺した。
ランサーは呆然としてボソリと呟いた。
「嘘だろ。何で。…家族にジャンキーがいたってのは、ダストユーザーか。ラスベガスで調べたと言って俺に話したのは、仕込みだったのか…?」
エミヤは、ランサーの肩に手を置いて、軽く叩いた。
「ランサー、彼は最もしてはいけない死に方をした。呪ってはいけない。私達だけでも彼の魂を許そう」
「こいつが自殺しなきゃ、俺達殺されてたかもしんねぇんだぞ!何を言ってんだよ!」
「そうなんだ、そこなんだ。不思議だ。何故自殺したんだ?」
「何でって、何でだ?」
エミヤはドライバーが自殺に使用した銃を死体から取り上げた。弾の装填を確かめ、懐に入れた。
「彼との付き合いはいつから?」
「学校出てすぐ、もう十年以上になる」
「彼は君以外の兄弟ももちろん知っていたな?」
「初めは三人で世話んなってたからな」
「ヘクトールと同じか。マクイルにはクーフーリンに対する伝説でもあるのか?」
死体を検分しながらエミヤが聞く。銃をくわえた口の匂いを嗅ぎ、両手の手のひらを確認した。
「あるぜ。神話と同じような。てかよ、俺達みたいな姿形はここ百年くれぇ出てねぇぞ。それが三人も出たって、マクイルの奴らが浮き足立っててよ、それにつけこんでクランのトップにすげ変わったしな。なのに先代はそれを悔しいとも思ってねぇ。あいつのがすげえ」
「クランの守り手、か」
死体から顔を上げて、エミヤが立ち上がった。
「彼はダストを使ってからここに来たと見ていい。使用前後に催眠でもかけられたのだろう。ダストは自分自身の肯定感が通常より上がる。タナトスに魅入られていたというところか」
「分かりやすく言えよ」
「ダスト患者の末路は何も自分でできなくなるんだ。完全介護が必要になる。社会福祉の発達している国か、アメリカでなければ、もう少し彼も楽になれたかもな」
ランサーは何も言えなかった。民間の介護施設も、病院も入り続けるには金がいる。保険は高価だ。それに、麻薬は対象外の事が多い。自宅で看るとなれば、絶望が忍び寄り、死への願望が呼び覚まされるかもしれない。
「何故、俺に言わねえ?助けられたかも…」
「君の友達でもなければ、親戚でもない、一介の雇われドライバーにどんな慈悲をくださると言うのかね、ランサー・マクイル」
ランサーはエミヤを睨んだ。
「辛辣だな」
「理由が麻薬だ。君なら言えるか?」
縋られても自業自得だ、きっとそう返している。ランサーは頭の半分をぶちまけた死体と、心臓に穴の空いた死体を見て、唇をかんだ。
「これが、ダストか」
「その通りだ、ランサー。君の敵だ」
その後エミヤはどこぞに電話をかけ、それから警察に連絡した。警察がわらわらやって来て、事情聴取される、と思ったところで、帰っていいと言われた。ランサーは驚いたが、エミヤは当たり前に頷いた。不思議に思って家から出て地下鉄の駅に進むエミヤに声をかけた。
「なあ、いいのか、警察」
「上から圧力をかけた。適当に処理される、何もなかった。兄弟ゲンカだ」
「あの様子でか?」
家がめちゃくちゃに壊れていたのはどうするんだという疑問だ。
「だから、適当に処理されるさ。気にするな」
「いや、気になるでしょ」
「ランサー」エミヤの足が止まり、ランサーの方を向いた。ランサーはヤバいと直感した。説教される。
「彼らが何を原因に悲劇に巻き込まれたか知っているのに、それを聞くのか?君は藪をつついて蛇を出しては喜ぶガキか。大人になれ。下らん正義感はしまっておけ、役に立たん。それにな、」
往来の真ん中で延々説教をされるセレブ。通勤客で駅に向かう人は多い。好奇の目はランサーに刺さる。座れと言われなかっただけ、ラッキーだったかも知れない。
「聞いているのか、ランサー」
「イエスマム」
ランサーが応えたと同時に鳩尾に衝撃を食らう。
「一言余計だ!」
そうだった。心の中で返事しとけば良かった。
地下鉄でハイウェイを通り過ぎ、そこからタクシーを使った。ホテルに戻ると、朝食を取り損ねていたことに気付いた。
「エミヤの朝食」
項垂れるランサー。一方エミヤはチェックアウトの為に荷物の整理をしていた。とは言え、あまり荷物はない。身の回りの物がいくつかあるだけだ。
「ランサー、この箱は何だ?」
ティファニーブルーの箱をぶら下げている。ランサーはすっかり忘れていた。関税も払ったのに。考えて見れば、ニューヨークに来るなら、本店で買えば良かった。ついでにサイズを変える必要があることを思い出した。
「土産だ」
「何で南米の土産でティファニーなんだ?どこの女性に渡すか知らんが、アメリカ人が南米土産をアメリカのブランドにする気持ちが全くわからんのだが?」
お前のだよ、という言葉は飲み込んで、こう言った。
「それでよ、実はサイズが違うんだ。直さなきゃならねぇんだけど、付き合っちゃもらえねぇか?」
「宝石店に男二人で行くのは感心しないぞ。強盗に見える」
「お前さ、ホントビックリするくらい俺に対して失礼だよな。気になるならちゃんと話を通しておくさ」
「ならいいのだが」
俺を強盗扱いしたことは頭から抜けてる。恐るべし。
ホテルをチェックアウトしてタクシーで五番街に行く。ティファニー本店の前に乗り付けて、自分で扉を開けようとするエミヤをランサーは制した。
ティファニーの店から人が出て来てタクシーの扉を開ける。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、マクイル様」
エミヤは悟った。ラスベガスの再現だ。我慢だ忍耐だ修行だ。夕べ誓うんじゃなかった、逃げられない。店に入る前からエミヤの腰は引けていた。
店に入って奥に通される。宝石店の本命は表に出ていないところにある。カタログか店員が話す内容のジュエリーを、興味があれば奥から持って来る。大抵は10万ドルを超えている金額のものだ。エミヤはそんなものに全く縁がないし、興味も無い。何をしていればいいのか、落ち着かない。
「こちらですが、お直しですか?」
「おう、そうだ」
エミヤの目の前には目が潰れるかと思うほどキラキラしているネックレスが展開されていた。幅15センチはありそうなダイヤモンドのネックレスだ。細かいダイヤモンドのうねりの中に大粒の石が中央にデンとはまっている。3カラット位ありそうだ。凄いな、と滅多に見られないハイジュエリーを眺めていると、ランサーがエミヤを指してニッコリ言った。
「こいつ用なんだ。大きくしなきゃならんから、サイズ計ってくれ」
「はああああ!?」
多分、店員とエミヤの気持ちは一つになった。
男が着けるデザインじゃない!バカか!バカ者か!!まだ少年とか華奢なかわいらしいタイプならまだしも、こんなゴツいおじさんに何を考えているんだ!
「勘弁してくれ、ランサー!そんなもの着けられない!」
「とか、言わないよな、エミヤ」
ニンマリ。チシャ猫みたいだ。最悪だ。早まった。伴侶はよく考えてから決めるべきだ。間違っても度を超えたセレブ等選ぶべきではない。
「マクイル様、お直しというよりは、その、デザイン変更や追加の石が必要になりますが、よろしいので?」
「当たり前だ。俺の伴侶に安いものを着けさせる訳にいかねぇからな」
エミヤの頭からサーっと血の気が引く。
何を言ってるんだ、このバカセレブ。地獄に落ちろ、地獄に落ちろ、地獄に落ちろ。
エミヤにとって良かった点は、まだ髪の毛を染めたままだったことだ。きっと元に戻ったら、この人達には見分けが付かない。
店員はランサーのセリフに納得して、ちらとエミヤを見た。
売られる豚より気分が悪い。
また運の悪いことに、この日デザイナーが偶々店に来ており、事情を話すと、エミヤの顔を見に来た。
居たたまれない。冷や汗をダラダラかいて、裁定を待った。
「マクイル様、パートナー様をお借りしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「試着していただいて、少しデザインの変更をさせていただければ」
「構わねえ。が、それはこいつの為にやるんだな?」
デザイナーは大きく頷き、目が煌めいた。ランサーの目も光る。どうやら気持ちが通じたようだ。恐らくエミヤの望まぬ方向で。
試着という拷問が裁定された。最早逃げられない。何故か小さな部屋に連れ込まれる。どうやらファッションショー等の試着室らしい。小さな椅子と一枚1万ドル以上はする服がちらほらかかっていた。
エミヤは指定された椅子に座ると、上を全部脱ぐよう指示された。メジャーを持っていたので、計測だろうと、従う。
ふと、昨夜の事を思い出す。賑やかな肌色だっただろうか。あまり記憶に無い。脱ぎたくない。少しグズっていると、何故かランサーがやって来た。
「やっぱ、一回そのまま着けたの見たくてよ」
嬉しそうだな、ランサー、君の嫌がらせはいつでも私を疲弊させるよ。まあいい、ならば私も嫌がらせができると言うもの。原因と結果を見るがいい。
下着を脱いで、件のネックレスを紐で首に着けられるよう調整する。
鏡が目の前にある。似合わない。絶望的に似合わない。女性なら肩とデコルテを覆うようにダイヤモンドが煌めいているはずだ。厳つい男には無理だ。角度も悪いしツンツルてんな寸足らずさ、微妙にみっともない幅。ああ、この拷問はいつ終わる。
デザイナーが椅子に座ったエミヤをじろじろ見る。そして、何かに気付いたようにランサーに振り向いた。
「マクイル様、パートナー様は髪を染めてらっしゃいますか?」
「おう、地毛は白髪だ。よくわかったな」
「睫毛の色が違っていらっしゃいましたので」
そうですか、そうですかと頷くデザイナー。
「それはまた、映えるでしょうね」
何がだ。ジト目でデザイナーとランサーを見るエミヤ。何故か二人とも大きく納得している。
「わかりました。少しお時間をいただいて、この方のイメージに会わせます。よろしいですか?」
「もちろん、いくらかかってもいいぞ。好きにやってくれ」
その時のデザイナーのにこやかな顔と来たら、まるでエサを前にしたチシャ猫だった。
それから漸く計測が始まり、首周り、裄、背中、胸囲、肩から胸までのサイズ等を測られた。衣服を着るように許可が出ると、計測していたデザイナーが咳をした。
「その、背中は、人前では出されない方が、良いですよ」
背中!
「ランサー…」
明後日の方向を向くランサー。
「だってよ、そりゃ、その、我慢出来ねぇって。首とか我慢したし、見えねえから平気かと」
鏡に背中を映す。
背中はオルタの時と同じ位カラフルになっていた。噛み跡、鬱血、指の跡まで。
「君は!少しは我慢できないのか!それに、知っててここに来させるなど、性格が歪みすぎて正気か疑うほどだ!この、痴れ者が!」
「お前がやらしいから悪い!俺はこれでも我慢した!」
「よく言ったランサー!これが治るまで私に触れるな!」
エミヤが服を着ながら睨む。
「そんな、ひでぇ!」
「あの、お声を下げて」
はっと気付く二人。わざわざ知らせなくていいことを口走っていた。エミヤは店内だったので殴るのを我慢した。
衣服を整えると、エミヤは部屋から出ていったが、ランサーは残った。デザイナーに聞きたいことがあった。
「なあ、どう変えるつもりだ?」
「変更ですか?大胆に大きくします。大丈夫、どこでお使いになるかも考慮してお作りしますから」
ウインクするデザイナー。すまん、下半身直結アイテムに決定だ。よくわかってる。
元々あいつの褐色の肌にダイヤモンドが映えるだろうと思って買った物だ。まるであいつが被る星の冠のように煌めくだろう。新雪のような髪と褐色の肌と厳しい顔と、それから星の冠。
太陽を纏い月を踏み頭に十二の星の冠を被った者。
広野に逃れることも匿われることも無いイスラエル。
考えたら、髪を染めていることに腹が立ってきた。俺はあいつの白髪も気に入ってんだ。
店の表に出ると、エミヤが店員と和やかに話をしていた。微かに微笑んでいる。チリ、と嫉妬心が渦巻いた。俺以外に笑いかけんなよ。
「ランサー、話は済んだのか?」
「ああ。品物が出来上がったらシカゴの本宅に送っといてくれ。よろしくな」
店員にウインクして今後を頼む。エミヤの腕を掴んで店を出た。
「ランサー、会計は?」
「エミヤ、ウィリアムの野郎は、品物と一緒に来ることになってんだよ。心配すんな」
「ウィリアム?会計専門の雇い人か?」
「ボケてんのか?」
エミヤがハッとしたようにランサーを見て、じわじわ赤くなっていった。恥ずかしかったのだろう、顔を背けた。
「いや、その、何でもない」
大きな男が小さくなるって現象を初めて見たな。かわいいからいいか。
店を出て電話をかける。歩いて行けなくもないが、タクシーに乗った。すぐ降りる羽目になるが、構わない。近くの美容院でエミヤの髪を戻すよう話した。
「ランサー、これはカラートリートメントで染めているから、後一週間もすれば消える。そんなに慌てなくても」
「慌てなくてもいいなら、ゆっくりする必要も無いだろ、いいからいいから」
何とか言いくるめて椅子に座らせ、漂白と整えるだけのカットをする。因みにランサーは簡単なカットとシャンプーをした。
終わってお互いに顔を眺める。エミヤはカットの後に髪をセットされていて、普段は全て上げている前髪がいくつか額に下りていた。気になるのか、時々前髪を片手で上げている。その腕に時計があって、つまり手首から腕の途中まで見えてる。エロい。
久しぶりに見る本来の白髪は透き通ったように煌めいて、本当に冠を被っているようだった。
「よう」
ランサーもにこやかに笑った。その様子を眩しそうに見つめるエミヤが可愛くて、美容院のソファーに押し倒したくなった。さっき怒られたばかりだから、我慢する。
「んじゃ、落ち着いた所で、空港行くか。迎えが来てるだろ」
「迎え?」
「俺んちの飛行機」
プライベートジェットの大きさはそれぞれだ。大抵は、さほどの人数が乗るわけではない個人所有の飛行機は、ジャンボジェットとは違って小さめな事が多い。ジェットと言っても個人がエアフォースワンを持っている必要はない。本来は。
「マクイルはこれで一度に何人運ぶつもりだ」
「んー、十人位か。結構多いだろ」
もう、なにも言わない。これは300人は乗れるジェット機だ。どこの大リーグチームだ、マクイル家。
そこに妙なバーだのダーツだの、サッカーゲームのテーブルだのが置いてある。落ち着きの無い子供でも乗るのか。国内の移動にかかるせいぜい5~6時間我慢出来ないのか。短くても酒盛りしそうだな、マクイル家。一緒に移動は遠慮したい。
ファーストクラスよりゆったりした椅子は、シートベルトが付いているが、まるでソファーだ。これで安全が図れるのか、設計士よ。エアポケットで身体が椅子にめり込まないのか、シートの業者よ。
エミヤは眉間にシワを寄せてランサーから離れたシートに腰を落ち着けた。ランサーはプレイスポットに一番近いところだ。ニューヨークからシカゴまでは約3時間。考えを纏めるのにいい時間だと思っていた。
「ランサー、さっき私は何と言った?触るなと言ったろう」
ランサーがエミヤのシートに覆い被さって来るまでは。
「でもよ、二人っきりだし、後二時間は空の上だぜ。一回できんじゃん」
エミヤはランサーの両頬を思い切りつねりながら言った。
「な・に・を・一回かね」
「へっふひゅ」
思わず頭突きしたのは、もう、不可抗力だと思う。
「いってぇ」
蹲るランサーの背中に足をのせて、グリグリしながら話す。
「ランサー、君は今朝の事をもう忘れたのか?君の長年の知り合いに殺されそうになった上、目の前で自殺されたんだぞ」
「そうだけどな、ありゃ仕方ない。お前の敵だろ」
ランサーは立ち上がり、エミヤに告げた。
「お前の敵で、俺の敵だとお前が言ったろう。なら、俺が悼める心はねぇよ。あいつは相応の末路を辿っただけだ」
「ずいぶん割り切りが早いな」
「おう、お前を傷つける奴なぞこの世から無くなりゃいいと思ってる。俺はお前が大事だ。お前より大事なものは何もない。長年の知り合いだろうが家族だろうが、お前の敵なら俺は殺すぞ」
エミヤは瞬間詰まった。
「それが、君の答えか」
「そうだ」
ランサーの目は揺らがない。ひたりとエミヤを見つめていた。エミヤは苦笑いして言った。
「君は間違っている。本当はそんな事を君にさせたくない。けれど、君を誰かに渡す事も託す事も嫌だ。傍にいてくれ、私の伴侶よ」
「離れねぇよ、お前が嫌がっても傍にいてやる。お前の大事なパートナー様だぜ」
ランサーはエミヤの額にキスをして、大人しく離れた。
ランサーが離れると、エミヤは情報を整理し始めた。
南米から空路戻った場合、トラップが発動すると言っていた。エミヤは国内線に乗っている。そこではトラップはなかった。つまり、初めから国際線だけにトラップがかけられていた。国際線の方が何かを仕掛けるのは難しいのにも関わらず、国際線だけに使えるトラップ。出入国ゲートか。恐らく出国ゲートに何かあったのだろう。飛行機に仕掛けるのはどの便に乗るかで変わるため、現実的ではない。しかし、出国ゲートなら、一つしかない。爆発物だろうが、ダストユーザーだろうが、ダストゾンビだろうが仕込める。南米に再びダストが入り込んだ事も意味する。よくない傾向だ、オルタに進言しておこう。
ランサーがドライバーにニューヨークに来るよう要請したのは、飛行機に搭乗する直前だ。そうすると、ドライバーはダストゾンビの兄を連れてシカゴからニューヨークまでやって来て、ホテルから出た所で襲撃をかけたと言うことになる。
ランサーはあの家の埃を払ってもらったと言っていた。ならば、その7時間で移動を含めてドライバーが全て準備することは現実的ではない。彼の移動を手伝い、ダストゾンビの兄に命令し、ランサーが私と二人だけになる事を知っていたもう一人が、ドライバーに催眠をかけて死への願望を増幅させたと考えられる。兄が死んだら自分は価値がないと、吹き込まれていた可能性もある。誰が。
ダストをばらまく悪の根源が。
つまり、原データを欲しない者。ダストを単なる麻薬か自分の為に使う者。そして、自分の為に何人死んでも気にしない者。
「人とは思えないな。獣の名にふさわしい所業だ」
獣は龍の権威を持って全ての言葉と民を支配する。右手と額にその数字を刻んだ者たちを、獣を信奉する無辜の民を。
「私は天使じゃない。数字が刻まれていたものでも救う」それがエミヤの望みだ。
それを行うことに何が必要であっても、最終的にエミヤは望みをとるだろう。
エミヤは立ち上がり、ランサーの許へ行った。目隠しをして休んでいるランサーの額にキスをして話しかけた。
「ランサー」
「どうしたんだ?寂しくなったか?」
「黙っておければ、と思ったが、それは既に無理だろう。君に私の事をきちんと話すべきだと思ってね。多分、後では誤解したまま聞いてしまいそうだから、今のうちに」
「わかった。リビングに移動しよう」
座席の後ろは会議室、その後ろにリビングがある。リビングのソファーに対面で座り、ランサーが問うた。
「んで、話しておきたい事って何だ?」
「エミヤについてだ。私の名前の事だと思うな。エミヤと言うのは実は私の名前と言うより、プロジェクト名だ。
ドッグタグを見ればわかるが、国民としての私の名前はS・A・エミヤと言う。ファミリーネームがエミヤになっているが、実際にファーストネームを呼ぶものはいないし、呼ばせる事も無い。それは便宜上付いているが、私の名前ではない。
それはオリジナルの名前だ」
「オリジナル?お前は実験体で、エミヤって人に引き取られたんだろ?だからエミヤなんじゃねぇのか?」
「それもそうだが。ランサー、私には親はいない、と言うより身寄りもなければ血の繋がった親戚もいない。例えば君が考えているような、身寄りがないから引き取られて実験体になった訳でもない。私はエミヤプロジェクトで造られた、クローンだ」
「クローン」
「正確にはオリジナルをエミヤ・シロウとする体細胞クローンだ。エミヤプロジェクトは三株あり、一株目は培養中の失敗で消滅、私達は二株目の培養クローンで、三株目は冷凍保存中だ」
「わりぃ、ちとわかんねぇ」
ランサーが両手を上げて降参した。エミヤは息を吸って、ランサーを見つめ直した。
「事の初めから説明するとな、全てがアインツベルンの一人娘に起因する。スパイナルもダストも私もだ。
衛宮切嗣と言う名前を覚えているか?」
「衛宮矩賢と一緒にダストを開発した奴」
「正解だ。衛宮切嗣はアインツベルンの一人娘の実の父親で、衛宮士郎の養父、ダストの開発者の一人で、イリヤスフィールを永らえさせた筋肉増強剤の生みの親だ」
「待てよ、属性ありすぎでわかんねえよ」
「アインツベルンの一人娘はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと言う。アイリスフィール・フォン・アインツベルンと衛宮切嗣の娘だ。彼女は生まれた時から身体が弱く、自発呼吸が漸く出来ると言う状態だった。五歳まで持てばいい方、誰もがそう思った。ところが母親のアイリスフィールがイリヤスフィールの三歳の誕生日を待たずに死んでしまった。二人目は望めない。アインツベルンとしてはこの弱々しいとは言え、当主となったイリヤスフィールを生かす必要があった。
イリヤスフィールのクローンを作ることから初めたエミヤプロジェクトは、どうしてもイリヤスフィールの虚弱体質を変えることができず、培養すら失敗し続けた。そこで白羽の矢が立ったのが、衛宮士郎だ。衛宮士郎は衛宮切嗣の養子で、アインツベルンにとっては謂わば連れ子だ。年齢はイリヤスフィールより上だが、養子になったのはイリヤスフィールが生まれた後だった。
妹の辛さを少しでも軽くしたいと、正義感に溢れた彼は、衛宮切嗣の役に立つならとクローンの作製に協力した。とは言え、細胞を提供しただけだ、後は衛宮切嗣が行った。そこで三つの株がとられた。
一つ目は、培養の失敗で死滅した。二つ目の株は培養に成功し、株は四つに分裂させた。いわゆる細胞分裂を利用した細胞分割だ。分割した細胞の一つは培養中に死滅、一つは死産、残る二つが私とオルタだ」
「オルタって誰の事だよ?」ランサーが弟の事ではないよな、と確認する。
「エミヤオルタ、私が人魚と言っている片割れの事だ」
「つまり、エミヤオルタとお前、エミヤは同株の、同一の細胞から出来た一卵性双生児みたいなもんか」
「さて、ならばエミヤプロジェクトではない。そんな単純ではないんだ。
まず、エミヤプロジェクトのクローンは実験体として造られた。謂わばマウスの代わりだ。その為、寿命操作をしている。永らえられたら困るのでな。
次に、一つの株から出来たエミヤには君達が持っている共感能力と似たような、と言うより、エンパスがあった。気持ちの共有だけでなく、視覚、聴覚、痛覚、触覚、嗅覚、味覚、思考まで、一人のエミヤが体験したことは片割れにも体感として記憶される。言ってしまえば、一人が分裂して存在しているようなものだ。そのエンパスがダストの開発にとても役に立った。一つの被験体に投与すれば二倍のデータをとることが出来るから」
「待てよ。なあ、スパイナルって痛いんだよな。初めての被験者は片割れだと言ってたな。その時、お前も体験してたのか…?」
「ああ」頷くエミヤ。
「何歳だったんだ」
苦笑しながら言う。
「幼なすぎて覚えてないし、実験体としては意味がない」
「でもよ、痛かった事は覚えてんだよな」
「そうだな」
ランサーは言葉を続けられなかった。けれど、続きを聞くことも嫌だった。
「なあ、この話、まだ続くか?」
「かなり初めの方だぞ」
エミヤは片眉だけ上げてランサーを見た。ランサーはしばらく考えて、頷いた。
「わかった。すまん、続けてくれ」
「そうだな、クローンであること、エンパスがあることはわかったと思う。
衛宮切嗣達は私達の身体を使って様々な薬を開発した。その一つが筋肉増強剤だ。通常筋肉増強剤は腕や足など身体各所の筋肉をつけることを目的とするが、これは内臓の筋肉を増幅させる事を目的としている。自発呼吸しか出来なかった我が子に管の無い生活をさせたかった親心と言うやつだな。おかげで私達の内臓は普通よりも頑強にできている。ダストの無茶な力もある程度吸収できる。
この投与でイリヤスフィールは劇的に状況がよくなった。スパイナルが完成に近づいていたが、要らなくなるほどに。立って歩く筋肉をつけるなら、通常の筋肉増強剤で十分だからな。
さて、これで実験体はお役御免かと思われた。イリヤスフィールは立ち、歩き、笑い、遊ぶようになったからな。ところがスパイナルがあの形ではあるが完成してしまった。
衛宮矩賢はこれを完成させたかった。誰もがヒーローになれる薬、誰でも身体を思う通りに動かせる薬。実験体の時間はまだある。一人に投与すれば、もう一人からもデータをとれる、素晴らしい能力を持った実験体。実際にスパイナルを使うと、使った方からデータは取りにくい。とんでもない力で全てを引きちぎってしまうし、環境によってはセンサーが何も付けられない事もある。もう一人の反応をモニターした方が確実にとれる。かくして、様々な状況、様々な投与方法で実験されたデータは、必ず片割れからとられた。投与された本人ではなく、片割れから。
華氏451度の環境だろうが、氷点下273度の環境だろうが、どう感じ、どう作用したかは被験者からではなく、片割れの反応で知れた。死にそうかどうかも片割れの様子をモニターすればいい。画像は被験者、データは片割れと。
私が持っている原データと言うのは、こうして作られたものだ。そして、原データとは、私の記憶そのもの。
私はな、プラグを繋ぐ事で直接記憶媒体にアクセスしてデータを移す事が出来る機能を持っているんだ。そのプラグを発現させるデータアクセスキーが、蜂の片羽に刻まれている。
エミヤとはクローンと言うだけではない、データアクセスキーの事を言うんだ」
聞いていたランサーがたどたどしく言う。
「どこにそんなもの、無いだろ。俺はお前の身体隅々まで見て知ってるぞ」
ショックを受けているのだろう。
「キーを作動しなければ、出てこない。普通の人間と外見は変わらない。けれど一皮むけば、私は人ではない。
君のドライバーが言っていた。人間の振りをして、と。生きてさえいないくせに、と。確かに、生物として、私は生きているとは言えない。どこまで彼が知っていたか不明だが、多分、アンドロイドとかロボットとか言われていたんだと思う。当たらずとも遠からず、そのデータアクセスプラグは埋め込まれていて、作動の回数制限を持っている。寿命からして十分な数字だった。プラグを作動できなくなれば、私の身体機能は止まるようにできている。つまり、データだけのために生かされている、そういう生き物だ。衛宮矩賢がデータを破壊した時、私達を破壊しなかったのは、そこに原データがあることを知っているのは自分だけだったからだ。息子の切嗣にすら黙っていたくらいだからな。いつか、データを取り出してまた研究を続けようと、今度こそ完全なる理想の薬を作ろうと、そうして私達を生かし、助けを求めて殺された。
コトミネ・リセイに奪われたデータは衛宮矩賢にとっては取るに足らないレシピでしかない。大切なデータは未だ隠されている。だから、データの取り扱いを簡単に考えていた。とても危険な思想の持ち主だったよ」
「そいつは死んだ。お前らに殺されたんだ。自業自得だ。
けどよ、さっきから、寿命だとか回数制限だとか、他人事みたいに言ってるけど、なんだよ、それ。具体的に言えよ。俺には言えねぇのか?」
「いや、特に秘密じゃない。初めから決まっていた事だ。寿命は三十年、回数制限は十回。私の年齢は三十年を過ぎ、回数は一回を残すばかりだ。どちらか先に尽きれば、死ぬと言うだけだよ」
「んだよ、それ」
「短い残りを寄越せと言ったのは君だ。私は命の限り君を愛すると誓った。本当に短い時間の中で、それでも私は君と過ごしたい。単なる私のわがままだがな」
エミヤは苦笑し、言い終わると立ち上がった。そしてランサーの傍に跪くと、その手をとった。
「騙すような真似をして悪かった。人とも言えない半端な私に誓ってくれた君が、私にはとても眩しい。こんな綺麗で美しい人間に私が触れていいのかと、いつも迷う。それでも、私は君の手を離すことができない。どうか許して欲しい」
ランサーはエミヤの手をぎゅっと握りしめた。
「ばっかやろ誰が離すか。お前は俺のものだ。お前の命を喰って、俺はお前の望みを叶えるんだ」
「私の、望み?」
不思議そうにエミヤがランサーを見上げる。ランサーはこれ以上ないくらいのいい笑顔で応えた。
「ダストの殲滅、幸せな人生」
「そうか、それは、とてもいいな。うん、とても素敵だ」
頷きながらエミヤは言った。ほんの少し微笑んで。
飛行機は、シカゴの空港に着き、ランサーは根城に戻った。考えてみると、ラスベガスに出張してから一ヶ月以上経っている。仕事も家もほったらかしであちこちふらついた上に、男の伴侶を伴って帰るとか、皆の反応が怖すぎる。一家の長ではあるが、若輩者であることも自覚している。
どこかに寄るより取り敢えず、家に帰る事にした。
家はシカゴの近郊、エバンストン市にある。シカゴからは鉄道を利用しても帰れる。が、もちろん自家用車を呼んだ。専用のドライバーがいないので、誰でもいいからと頼んだら、幼なじみのロイが車に乗ってやって来た。
「ランサー、お前のドライバー、どうしたんだよ。音沙汰ないぞ」
「よおロイ、わりぃな、わざわざ車回してもらって」
「いいけど、どっちにしろマクイル家の運転手なんだから。で、ドライバーどこだよ。一緒じゃないのか?」
「あいつは死んだよ。自殺だ」
「え?嘘だろ」
「仕方ないさ」
ランサーは肩を竦めてロイにウインクした。
「信じられない」
「本当だ」
「ニューヨークでか?」
「俺が呼び出したんだから、そうだろうさ」
ロイはしばらく考えていたが、顔を上げて訝しげにランサーを見た。
「お前、なんかキラキラしてるぞ。どうした?」
「なんだ、そりゃ?」
「女と寝た後みたいだ」
ギクッとするランサー。少し目が泳ぐ。実は機内でただ繋がるだけの慌ただしいセックスをした。時間はなかったが、エミヤに前夜の名残があって、とてもスムーズだった。前戯はほとんどなかったけれども、二人ともあっという間に熱くなって、ラストまで行けた。後始末もそこそこにシートに戻る羽目になったが、とても良かった。何だかんだ言って、エミヤは俺に甘い。
「何にやけてんの、気持ち悪っ」
「うるせぇ、俺は新婚なんだ、察しろ」
「新婚、て、誰とだよ」
ロイが携帯片手に質問してきた。一斉にラインでもする気か。と、言うことは、明日からの話題は"マクイルの種馬、ついに結婚!お相手は褐色のムキムキマッチョ!"て事になるか。まあ、構わねぇかな。親戚中に挨拶回りしなくて済む。
ロイに答えようとした時、エミヤが声をかけてきた。
「ランサー、迎えが来ないのなら、鉄道移動した方がいいだろう。家はここからどれくらいかかるんだ?」
因みに、エミヤの今日の装いは、黒のシャツに黒のスラックス、黒の靴、つまり全身黒。シャツは腕を捲って肘下辺りまでにして腕時計を着けている。手首丸見え、ランサーからするとエロいからやめろ、という姿だ。そうだ、髪の色も戻してた。美容院でセットした前髪が気になるのかよくかき上げる仕草をしている。それも、ランサーからするとエロいからやめろと言いたい。さっきの情交で、更に前髪が落ちてる。何だか、ブルカみたいな服を着せたくなってきた。お前は何も出すな。
「誰…?」ロイがエミヤに視線を移す。
「…あー、紹介するわ。エミヤ、こいつは俺の幼なじみで家の運転手をしてくれてるロイだ。ロイ、こいつはエミヤ、俺の伴侶だ」
ロイの目が落ちるんじゃないかと心配するほど開く。口も開けっ放しで閉じなくなったらしい。漸く小さな声で、
「え?」
と言った。そりゃそうだろう。ラスベガスに出張してしばらく帰ってこなかったと思ったら、いきなり男の伴侶を連れてきたとか、正気を疑うレベルだ。
エミヤはランサーの頭を拳骨で叩き、
「いきなり何を言うか、この戯けめ!」
と赤い顔で叫んでいた。
「いいじゃねぇかよ!本当の事なんだから!大体、いつだってお前が悪い!何だってそんなエロいんだ、少しは慎め!」
「何を言ってる、ランサー!普通の格好だろうが!君の要望でSPに見えないよう気を付けたし、ラフにならんようにしただろうが!」
ランサーはエミヤの肩に手を置いて、ため息をついた。
「は~…、わかってねぇよ、エミヤ。お前立ってるだけでエロいんだからよ、こうもうちっとだな、ベールでも被ってよ、見えないようにするとか、」
ランサーはそれ以上話を続けられなかった。今朝と同じ所、鳩尾にアッパーが決まった。咳き込んでエミヤに支えられる。
「はじめまして、ロイ、私はエミヤと言う。この戯けの言うことは気にしなくていい。私の事はこれのボディーガードとでも思ってくれ」
左手にランサーを抱え、右手を差し出し、ロイに挨拶するマッチョ。ロイはしばらく手を出せなかった。と、エミヤが苦笑して手を引っ込めようとした。
「あああ、違う、そうじゃないんだ、驚いただけだ。こちらこそよろしく、エミヤ」
ロイは慌ててエミヤの手を握って上下に振った。ランサーが漸く咳を落ち着かせてロイをちらと見た。
幼なじみはお互いに目配せをして意思を伝えた。
わかってる、本気だな。エミヤの台詞は完全に夫婦の言い草だ。"これ"とか"この"とか、完全に出来上がってる。ご馳走さま。
けれど、面白そうなことはまた別の話だ。
今しがた撮った動画を保存して、ロイはにこやかに笑った。
「じゃあ、行きましょうかね!」
ランサーの家はミシガン湖の畔にある、広大な土地を保有する豪邸だ。もともと大学が作られて発展した土地だが、マクイルは鉄道が出来る前からここに住んでいた。故に街とは少し違う倫理観で生活していた。
ヘブンストンとは、街のあだ名だが、その名に相応しく教会の影響を濃く受けていて、20世紀初頭まで教会の街と呼ばれていた。その中でマクイルは持てる敷地を全て使い、自治権を存分に発揮していた。故に、初めから酒を嗜み、ギャンブルを行い、麻薬を売った。当時のエバンストンで誰がそんな事を出来ただろう。20世紀の後半、70年代まで酒が公的機関で販売されない都市で、いかにマクイルが重宝されたか推して知れるだろう。更にシカゴでギャング達が血で血を洗う抗争を繰り広げる中、いち早く酒ではなく麻薬に手を出したのもマクイルだった。ギャンブルも麻薬も酒もギャングはマクイルにとっていいお客様だった。当時のマクイルは製造業に徹する事で抗争から逃れた。ノースサイド・ギャングに手を貸せと言われた事は再三あったが、ボスの気質を見て中立を保った。シチリアマフィアに手を貸すのも拒んだ。アイリッシュマフィアに手を貸すのを拒否して、シチリアマフィアに手を貸すことなど出来るはずもない。
不況もブラックサーズデーも乗りきったのは、当時のマクイルにいたクーフーリンだった。後を引き継いだ者がのちの繁栄を築いたとは言え、その礎はクーフーリンが守った、それがマクイルの伝説となる。
ランサー達兄弟は約100年ぶりに現れたクーフーリンの伝説、マクイルが熱狂するには十分だった。
ランサー称する"うち"に帰ると、ずらりと使用人が並んで出迎えた。
映画の世界だ。王公貴族か。
家と言うより屋敷、もしくはマナーハウスとか言われるものだ。19世紀後半に建てられた外見に中身はハイテク。よくあるハイブリッド住宅だ。
こんなところに住んでいると、あんなイカレた経済観念になるのか?金持ちの考える事はわからん。
エミヤは当主として振る舞うランサーの後ろに控え、ボディーガードとして見えるよう気を配った。ここで何か余計な面倒に捲き込まれるのはご免だ。ランサーには車の中で散々話して訊かせた。伴侶と言うな、ラスベガスで雇ったボディーガードと言え、と。わかったわかった、と言うランサーを横目で見ながら、側に侍った。
仕事への復帰は後日にするとして、取り敢えず自室に籠ることにしたランサーは、エミヤをそのまま連れ込んだ。ボディーガードなら別に珍しい事でもない。
「なあ、何でお前の事を秘密にしなきゃいけねぇんだ?」
「不満か?」
「そりゃな」
「ランサー、機内で言った事を覚えているだろう?私がどういう存在なのかを。公表すれば、面倒に捲き込まれるのはランサーだけでなく、マクイル家そのものになる。事情を知っているものには、原データを手に入れたとしか見えないし、それを盾に脅しにかかるとも見えなくない。世界を敵に回す行為は控えてもらいたい」
「そう言う言い方は、俺は好きじゃない。お前は俺の伴侶だ。モノじゃない」
ソファーに不貞腐れたように座るランサーに、苦笑しながらキスを落とした。
「ありがとう、かけ換えの無い伴侶だ、君は。君の気持ちは嬉しいが、ここは聞き分けてくれ」
「聞き分ける為のご褒美をくれるか?」
「後で、な」
ランサーはエミヤを抱き寄せると、長くて深いキスをした。後でと言ったが、別に意味はなかった。暇な恋人達のやることなどあまり無い。夕食の時間まで存分に抱き合った。
夕食が終わって寛ごうかと思ったところで、エミヤが言った。
「ここの状況を調べたい。エングルウッドに行って来る。今からなら丁度深夜に着くし、人も犯罪も多そうだ」
すっかり初夜のやり直しをするつもりだったランサーは、悲壮感漂う顔をした。
「えええ…」
「何だね?」
「新婚だし…」
「ランサー、浮かれるのもいい加減にしろ。そういう相手が欲しいなら、別に捜すといい。付き合いきれん」
「さっきまであんなに可愛いかったのに」
口の中でぶつぶつ文句を言うランサー。エミヤはそれには応えず、食後のお茶を飲み干して、立ち上がった。大体食事を一緒にとるのも納得させるのは大変だったのに、これ以上蔑ろにされて堪るか。
「一緒に行くぞ」
エミヤが目をぱちくりとさせた。
「電車移動するんだぞ。君が電車で行くのか?」
「どういうイメージだ、俺。ここに住んで何年経つと思ってんだよ。電車位乗れるわ!」
「そ、うか、意外だった。君は移動に自家用車しか使わないのかと思っていた。すまん。では、駅までかなりあるが、歩くぞ」
「え、歩き?」
「当たり前だろう。いい運動になるぞ」
「この、鬼軍曹」
「軍曹じゃない、准尉だ。何回言えば覚える」
二人はラフな服装に着替え、家を出た。出掛けに、「警備員の方の部屋はどちらに?」と聞かれて、ランサーは隣の部屋と言いかけたが、キャスターの部屋をエミヤに使わせるのが嫌で、北側の部屋を指定した。どっちにしろそれをエミヤが使うことは無いしな。
大柄な男が早足で歩いて約30分、駅に着いて電車に乗る。シカゴ中心部までパープルラインに乗り、レッドラインに乗り換えて約60分。シカゴの交通は24時間動いている、帰りも心配はない。中心部に着いたらグリーンラインに乗り換え、ハルステッド駅で降りる。エングルウッドは目と鼻の先だ。
「疲れた」
「そうかね」
「准尉殿、少し休まねぇ?」
腕時計をちらと見て、頷く。
「そうだな、少し時間を潰そう。まだ22時前だ」
本気で危ない時間帯を狙っているな。そんな時間に小綺麗な白人とアジア人が歩いて来たら、さぞかし目立つだろう。エングルウッドとはそんな場所だ。そして、エミヤはそれを狙っている。わざわざ危ない所に飛び込みに行く、それでこそエミヤだ。ランサーは、にやけるのを我慢した。
駅近くのサブウェイでコーヒーを買う。夕食をとったばかりで腹は減っていないが、たくさん歩いて喉は渇いた。ここの営業時間ギリギリまで粘って店員に嫌な顔をされながら追い出された。もうすぐ22時、良い時間になった。
「行こうか」
と、ランサーが声をかける。
「ああ」
エミヤはイニシアチブをランサーに渡した。餅は餅屋、地元の事は地元民に任せろ、と言うわけだ。駅からの大通りを歩く。所々空き地があり、夜は車の数も少ない。不穏な空気はあるものの、薄氷を踏む感じだ。とは言え所々たむろする若者がいて、怖いと感じる。大体、タクシーが走っていない。この辺り、下手にタクシーが通ると襲われる事がある。赤信号が命取りになる土地だ。
さてこの二人、とても目立つ。ラスベガスで目立つ人間がエングルウッドで目立たない訳がない。何せ空気が違う。それが手を出す事を躊躇させた。
埒が明かない、とエミヤがたむろしているグループに声をかけた。
「すまないが、尋ねたい事があるのだが」
聞かれて躊躇いが消えた。
「何だよ、兄さん」
行儀が良い。ランサーはエングルウッドをバカにしていたが、教育水準は普通らしい。つまり、ハイスクールまでだ。
「麻薬を探している。具体的に言うと、ヘロインが欲しい。これがもうすぐで切れるから、暴れだす前に必要なんだ。ストックがなくなったのに旅行に来てしまってね」
親指でランサーを指しながら言う。
「下手な言い訳だな。サツなんだろ?」
「ポリスでもシェリフでもない。ついでにFBIでもない。単なる観光客だ」
胡散臭い観光客もあったものだ。わざわざ警察官と保安官を別に言うとか。
「あんたらの事なんざ、俺らに関係ねぇし」
「そうか、邪魔したな」
エミヤは踵を返した。
「待てよ、人に何か聞いたら情報料ってのがいるだろ?」
「ほう、何も教えてもらって無いがな。情報で金を取ろうと言うなら、こちらの欲しい情報を寄越すんだな」
振り向きもせずに、応える。
「んだとお!」
そりゃそうだ。ランサーは構えていたから、囲まれても慌てなかった。銃も持って来ている。
受け答えしていた人物は動かず、先ずはエミヤの近くにいた奴とランサーの近くにいた奴が二人に殴りかかって来た。ランサーは相手の拳を避けて相手にカウンターを返す、手が出せない内に鳩尾を打撃し身体を踞らせる。足元がお留守になった相手をローキックで沈ませた。ふと、エミヤを見る。こちらが三発繰り出している間に、三人片付けていた。恐らく一人一撃。化け物。さすがダストユーザーを薬を使わず倒しただけの事はある。二人目が来たので、それ以上観察出来なかった。ナイフを出してきたので、スタイルを変更する。相手の力を利用するのだ。ナイフや武器を持った人物は一種の無敵感を持つことになる。これに勝てる奴はいない、と言う心理だ。だから大振りになるし、注意が散漫になる。それを利用する。
ナイフは避ければバランスを崩しやすい、大振りし過ぎるからだ。ランサーは難なく一撃目を避け、その腕をとった。無理にナイフを落とす必要はない。勢いを利用して投げ飛ばす。痛い、と言う言葉が気持ちをほっとさせる。ダストユーザーばかりを見ていると、痛がる姿が新鮮だ。地面に転がった奴の鳩尾に上から体重をかけて拳を捩じ込む。苦しそうな顔が自分のしていることを肯定させる。これが人間だ。
二人目を倒したところで、発砲音が聞こえた。思わず身体を竦める。エミヤは?と見た時、四人目を地面に転がしたエミヤが銃を取り出し、相手の額に擦り付けていた。早い。
「馴れていないのなら、それはしまっておけ」
すげえ怖い。相手が二発目を撃つ前の行動だ。発砲音がすると、普通の人間なら恐怖で一瞬身体が固まる。そのす早い行動だけで普通じゃないと知れる。チンピラを倒した数もそうだが、それより修羅場をくぐった数が違いすぎる。銃を持っている敵に対したときの判断が早い。怯むとか怯まないではない、倒す、倒さないで行動している。
発砲した相手は驚いて目を丸くしていた。その隙にエミヤが銃を奪い取る。銃を突きつけたまま、言った。
「知りたい事があると言ったが、君は知っているか?」
「な、何でも言うから、撃つな!」
両手を上げて若者は言う。
「この辺で麻薬の売人は誰がいる?」
「売人?知ら、知らねぇよ!」
己の銃を突きつけたまま、奪った方の銃を足元で発砲した。銃を両手で使えるとか、マジ怖い。
「そうか?」
「だってお前、サツなんだろ?俺が殺される!」
「観光客だと言ったろう」
しばらく沈黙。誰も話さない。
「わかった」
エミヤが銃を下ろし、ほっとしたのもつかの間、二丁の拳銃を向けた。
「オートマチック、弾数いくつ残っているかお前は覚えているか?」
「え?」
「ここにいる全員殺しても後10発残る。私としては、無駄弾は撃ちたくない。それに、不自由な体で生きていくのは辛いだろう?」
エミヤの腕が目の前の奴と、その後ろの奴に照準を定め、撃鉄を倒す。引き金に指をかけて、
「今ある危険より先の危険を気にするとは、豪胆だな。必要無いのに」
ニヤリと笑って引いた。
「わあああああ!」
狙いをつけられた二人とも、左頬に銃傷が出来ていた。マンガかよ。
銃で人を撃たないようにするなら、大きく外さないといけない。銃はぶれるから、うっかり当たってしまう。少なくとも、照準を合わせたように見せかけて外す、とか、うまく傷が着くような所に合わせて撃つとか、ファンタジーだから。しかも両手。
いろいろ、どんな実力あるのかな、とか思っていたけど、うん、化け物だった。
「それで?返事は?」
「俺は本当に知らねぇよ!あの、他の奴なら知ってる!」
そんなわけで、二人は今住宅街を歩いている。指定された家がここららしい。家を捜す途中で、ランサーがエミヤに話しかけた。
「いつも庇ってもらって、悪ぃな」
エミヤがきょとんとしている。
「私が君を庇う?」
「ニューヨークん時も、今もさ」
ますます目が丸くなる。あ、可愛い。
「いや、庇って無いぞ。ニューヨークの時はどちらかと言うと、庇ってもらったのは私の方だ。私一人では逃げられなかっただろうし、囮のような真似をさせて悪かったと思っている。今だって、君はとても強くて、安心できた。私のパートナーは頼りになるな、と関心してたんだ」
ランサーは頭を抱えた。出たよ、無意識デレ発言。しかも何でそんなキラキラした目で言うかな。四人素手で落として、二人銃で脅している人間に言われるセリフじゃない。
「お前な、そう言うの、やめろよ」
照れてランサーは言った。
「何か問題あったか?思った事を言っただけだが。私のパートナーは誰よりも強くて、誰よりも美しい」
「やめろって!恥ずかしいだろう!」
エミヤが真顔で眉間にシワを寄せた。
「恥ずかしくなんか無いぞ」
あ、拗ねた。てか、本当勘弁してくれ。何だよ、このギャップ男。さっきまで銃で人を脅してたじゃねぇか。なのに、何だよ、拗ねたりして。しかも理由が、俺を誉めるのは恥ずかしくないと言いたいだけとか。もう、もう俺の心臓持たねぇよ。
「わかった、俺、お前に勝てる気がしねぇ。好きにしてくれ」
ランサーは顔を真っ赤にしながら降参した。
「何で顔が赤いんだ?体調悪いのか?」
心配そうな声で聞いてくる30男、ギャップ萌え。処置なしだ、くそ。
因みに、銃の残弾数は持ってわかるらしい。ニューヨークでドライバーから奪った拳銃がベレッタで、装填数10発だったそうで、一発しか使って無いから9発、相手のS&Wが持った感じで5発、全部で14発。全員殺したら10発に充たねぇぞ、と言ったら、「脅しで残弾数を言うときは、多目に言うのがセオリーだ」と返って来た。撃ち終わってもまだ攻撃されるのでは、と言う警戒感を持たせるために。あんな奴等にそこまでしなくても、と思ったが、何も言わなかった。
指定された家に着く。中から騒ぎが聞こえる。
「パーティー中みたいだな」
「そうだな、中に誰かいることは確かだ」
ランサーは呼び鈴を鳴らした。誰も答えはない。再度鳴らす、出ない。二回鳴らす、出ない。連打する。
「誰だ!招待客以外誰にも会わねぇって言っただろう!」
ライフルと共に家主が現れた。
「よう、取り込み中悪ぃな。聞きたい事があってよ」
「帰れ!」
「マクイルのランサーが聞いてんだからよ、答えろ」
「マクイルのランサー?何でそんな大物がこんなとこに来るんだよ」ライフルで煽って聞き直す。
「聞きたい事があるったろ」ニヤリと笑ってランサーは言った。
家主は携帯を取り出して、何やら検索し始めた。そして
「マジかよ」と呟いた。
「マジだ。中に入れるか?」
家主は頷くと、ライフルを下げて案内した。パーティーはリビングで行われているらしく、ダイニングに通された。
「それで、何が聞きたいんで?」
それまで黙っていたエミヤが家主に問いかけた。
「最近の流行りと買う人間が固定されているかどうかを聞きたい」
家主は訝しげにエミヤが見た。
「こいつの発言は俺の発言だ。適当に答えるな」
ランサーがピシャリと言い、家主は頷いた。
「流行り、流行りね。特に何も変わっちゃいねぇよ。大麻に覚醒剤、ヘロイン、コカイン、その他おクスリ。そういや、ヨーロッパから面倒なクスリが来たとか言ってたな。誰には売るなとか、条件が着いてきて、それに納得しない奴には扱わせないとか、実際その条件に合わない奴に売った売人が殺されたとか、ろくな噂を聞かないやつ。面倒くせぇから、俺は扱わねえ。それに商売して殺されても割に合わねえ」
エミヤは頷きながら、
「賢明な判断だな。だが、殺されるとは穏やかでない。一体誰がそんな事をするんだ?」
「俺は知らねぇよ。ロスから流れて来てる噂だ。ラスベガスだったか?とにかく、こっちより西だ」
「その噂は誰に聞いた?」
「誰だったか、サムだったかトムだったか、」
「おい、誤魔化すな」
ランサーが凄んだ。キレイな顔が凄むと、壮絶だ。家主は息を飲んで、言葉を失った。
「わかった、わかったよ!怒んな!俺はショーンの奴に聞いたんだ!」
「そのショーンとやらはどこだ?」
「そこにいるから、呼んで来る」
家主はダイニングから出た。
「で、よ。エミヤ、あいつの言ってること、本当か?」
「三割と言うところか。既に指示を受けているな。ここシカゴで君を超える立場の者とは、一体誰だ?」
「キャスターか、麻薬ならコトミネ、シカゴ・アウトフィット」
「キャスターは行方不明。ならば?」
ランサーは両手を上げて降参した。
「コトミネのヤローだ。シカゴ・アウトフィットが俺にケンカ売るわけねえ。反対も然りだ」
「と言うことは?」
「ニューヨークで既に殺されかけてる。てこた、今放っておかれる筈はない」な、とは言えなかった。
ドアを開けずに銃声が響き、ダイニングは瓦礫の山になった。エミヤもランサーもわかっていたので、既に床に臥せていた。銃声が止んで穴だらけになったドアが蹴破られた。ライフルもサブマシンガンもお出ましだ。正直、拳銃でどうにかなるとは思えない。
と思ったのは甘かった。ライフルとマシンガンを持った奴の正確に肩の下、鎖骨辺りに弾がヒットした。エミヤが臥せたまま片手で撃っていた。その状況でそこに当てるかよと呆れて見ていると、撃たれて踞った奴を乗り越えて誰かがエミヤに襲いかかった。誰が先行の二人を撃ったのか、見えてなかったんだろう。ランサーにケンカ売るより良いと思ったのか、だが、エミヤに触る前に鳩尾辺りを撃たれた。
「俺のものに手を出すな」
ランサーは両手で銃を持ち、肘を床に立てて固定して相手を撃っていた。エミヤはランサーの姿勢に再び関心した。身体を起こして撃つより、銃が固定されてぶれない。両手で撃っているのも怪我を防ぐ大事な要素だ。ランサーは銃の取り扱いに馴れている。訓練しているのだろうか、後で聞こう、とエミヤは思った。
三人撃たれて扉の向こうが慌ただしくなった。逃げているのか。エミヤがポケットから注射器を取り出した。
「ランサー、これはダストだが、使っていいか?」
「何で、ダストを持って来たんだよ?」
「一つしかないから、どちらかが使えるようにダストにした。これなら君にも使える。何かあったら、これで君だけでも逃げられると思ってな」
「死ぬ気だったのかよ」
エミヤはほんの少し微笑んで、
「君の盾になれれば、と思っただけだ」
と言った。
「ダストなら、俺のものだ。俺の伴侶よ、見届けてくれるか?」
ランサーはニヤリと笑ってエミヤから注射器をむしり取り、躊躇なく射した。
「これ、針が無いぞ」
「そうだな、高圧ガスで皮下注射する、マイクロバブルインジェクションメスを使っている」
「舌噛みそうだな、じゃ、行ってくら」
「ああ、ではここで待つ。一人は生きて捕まえて来てくれ」
「了解」
ランサーは家を破壊して飛び出して行った。
夜の住宅街に青い閃光が走る。人の形をしているが、人を超えたもの。走って逃げようが、車で逃げようが追い付き追い詰め破壊する。光る赤い目が獲物を捕らえる。恐怖で動けなくなれば僥倖、抵抗するものは覚悟せよ、それは己以外に敵の無いもの、幸福に蓋をされた狂戦士。世の理を超えた美しい殺意。
エミヤは残って唸っている三人に目をやった。ここにはダストユーザーはいないようだ。ランサーが撃った男は踞って動けない。鳩尾に当たったが、胃をやられていると可哀想に、助からないかもな、と思った。自分が撃った男達は、鎖骨の下、小胸筋の損傷を狙った。左手を動けないようにする為と、呼吸と心臓に影響が出るようにするためだ。心臓が痛み、呼吸がし辛ければ、銃を撃とうという気にはならないだろうし、今はまだ息も心臓も落ち着いていないだろう。
ライフルとマシンガンを奪って立ち上がると、青くなっている三人を横目にリビングへ向かった。何かあるかも知れない。
リビングには、食べ物の残骸と空き瓶、飲みかけのグラス、つけっ放しのスポーツ中継があった。よくある風景だ。食べ散らかしているテーブルの上に、写真がプリントされて置いてあった。珍しい。大勢で見る時でも画面で見たり携帯等にシェアする事の方が多いのに、と、それを見てギョッとした。
写っているのは、ランサー?
血が引いて行く。
いや、違う、そっくりだが、あれは、ランサーではない。じゃあ誰だ?
キャスター。
暗い画像でよく見えないが、間違いなくキャスターだった。写真はわざわざポラロイドで撮っている。つまり、この写真はこの世で一枚しかないと言うことだ。なのにどうしてここにあるんだ?
キャスターを写しているのは、誰だ。
写真を全てかき集めて、一枚ずつ確かめる。撮影者は手や身体の一部しか写っていない。けれども、一枚だけ、キャスターを鏡に写したものがあった。そこにほんの少しだけ見える、黒髪の男。
この男に見覚えがあった。エミヤは名前を知らないが、キャスターと共にパーティーに来ていた男。紹介される前にキャスターから離れて行った為、姿を見たことがあるだけだ。大柄の、黒髪の男。では、これが。
コトミネ・キレイ。
キャスターは囚われているのか?なぜこんな目に会っているんだ。何の目的があって?この事は、ランサーに伝えるべきなのか?
エミヤが考えていると、
「帰ったぞ~」
呑気な声が聞こえて来た。ランサーが狩から帰って来た。