「何だよ、これ。どういう事だ」
ランサーが写真を見て震えている。ランサーが見ている写真には、キャスターが写っている。
キャスターは目隠しされ、縛られ、一糸纏わぬ姿で寝台の上にいた。周りには性具が散らばり、写真は所謂ハメ撮りだ。暗い照明の中、顔はよく見えない。長い髪が汗で背中や肩、胸に貼り付いている。明るい場所なら青く輝く髪が、暗いせいで黒髪にしか見えない。
コトミネらしき人物はキャスターの腰を握り潰さんばかりに鷲掴んでいるところを、もう一方の手では枕やマットに頭を押し付けている様子を撮影している。
怒りで震えるランサーにかける言葉が見つからない。
「誰がこれを持って来たんだ」
生け捕られた一人と、エミヤが撃った二人が顔を見合わせる。ランサーが撃った男はエミヤの予想通り死んだ。ランサーが手にかけた人数は今のところ四人だ。
車で逃げた二人は、車を破壊された事でパニックを起こし、ランサーを銃で撃とうとして頭を殴られ、首が千切れて飛んだ。走って逃げた者で抵抗したものは、首を握り潰された。それを見て恐怖の余り抵抗しなかった男を担いで帰って来たのだ。
帰ってエミヤに「どこを壊して来た?」と責められたが、ダストが効いていたので、判らなかった。今はダストの効果は切れているが、アドレナリンの放出で判別つかなかった。
エミヤに撃たれた二人の傷は、弾丸が身体に残っていないためちゃんと出血していて、出血多量にならない限り内臓を損傷する事なく済みそうだ。返答如何によっては生き残れるだろう。担がれて来た男だけは無傷だが、生かしておくかはランサーの胸三寸だ。四人殺そうが五人殺そうが、マクイルの狂戦士にはどうでもいい事だった。
クーフーリンの三兄弟は、気質が違うものの、境を超えると狂戦士となる性質を持っていた。オルタはそれで狂王と言われ、ランサーは狂戦士と言われ、キャスターは魔王と呼ばれていた。
ダストで幸福に酔って狂ったランサーを写真が煽った。ダストの効果が切れた今、凶暴な狂気に捕らわれたランサーを誰が止められるだろうか。エミヤは止められるだろうが、やる気はなかった。こんなもので楽しむような腐った人間は、反省して貰わなければならない。
「あいつが…面白ぇもんがあるって…」
無傷の男の消え入りそうな声が深夜の家に響く。指差したのは、ランサーが撃った男だ。
「他に誰も出所を知らねぇのか」
ランサーの声はとても低くて静かだ。けれど、恐ろしい程の怒気に溢れていた。
「知らねぇ!頼む、血が止まんねえよ!死んじまう!」
家主が叫んだ。ランサーは一言も喋らずに、家主を撃って殺した。まるでハエを払うように。
「どうなんだ」
答える人数が一人減って、残りの二人は更に言葉に詰まった。
「知らねぇ!知らねぇよ!大体今日のパーティーも、あいつがここに集まるようにって言って来たから…!」
ランサーが銃を無傷の男に向けた。
「なぜ、今日、集まるように言われたんだ」
「本当に知らねぇんだよ!」
男は泣いていた。恐怖の余り叫びながら答える。この答えにランサーが満足しなければ、男の命は無い。
「ランサー」エミヤが声をかけた。
「何だ」
「こういう写真は2通りの意味があって撮られる。この写真がどちらの意味かは不明だが殆どはその2通りで説明できる」
「言ってみろ」
「一つは撮っている者達が楽しむ為、もう一つは撮られている者かその近しい者を脅す為」
しばらくの沈黙があって、ランサーがその意味を理解した。
「これは、俺を脅す為に撮られたと言うのか」
「可能性はある」エミヤは頷いた。
ランサーは生きている二人を躊躇なく撃ち殺した。
「ふざけんな。こんなもので、俺を思い通りに出来ると思うな」
ランサーは座っていた椅子から立ち上がった。
「殺してやる、コトミネ」
ランサーはとても静かに宣言した。
来た時と同じようにグリーンラインからレッドラインに乗り換え、パープルラインに乗る。終着駅からゆっくり歩いて約50分。ランサーは家に着いた。疲れきったように自室に上がる。エミヤの部屋はランサーの部屋とは反対の階段を上る必要があった。エミヤはランサーに声をかけた。全員殺してから、二人は一言も喋らずに帰って来たのだ。
「ランサー、では、また明日」
けれど、ランサーはエミヤの手をとった。
「俺から離れるな」
切羽詰まったように言う。訝しげにエミヤは問いかけた。
「どうしたんだ、ランサー?」
「怒りが…、納まんねぇんだ。今お前がいなくなると、何するかわからねぇ。傍に居てくれ」
「大丈夫か、ランサー?」
「わからねぇ。駄目だ、まだ足りねぇ。誰かを殺してぇんだ」
赤い目が狂気に光る。エミヤはそんなランサーを抱き締めた。
「私が必要なら、共に居よう。大丈夫、傍にいる」
「お前がいて良かった」
後は無言でランサーの部屋に下がった。
翌朝、ランサーは一人で起きた。一人で朝食をとり、もう一人前の分を自室に自ら持って行った。使用人に何度もこちらが持って行くから当主が自ら持って行かなくても、と言われたが、ランサーは首を横に振った。そして、自室には誰も近づくなと言い置いて、部屋に籠ってしまった。使用人達は何も知らされていなかった為、追求も詮索も出来なかった。しかし、当主の言い分に従わない事は出来ない。使用人達は当主の部屋に近づかずに仕事をした。
「朝食持って来たぞ、起きられるか?」
ベッドの上でうつ伏せだったエミヤは何とか仰向けになった。
「ランサー…」
声は掠れて上手く出ず、身体を動かす事も出来なかった。ランサーはその様子を見て、エミヤが起きるのを手伝った。背中に回って上半身を抱き起こし、枕とクッションで支えてから、盆を自ら抱え、エミヤに食べ物を差し出した。
「大丈夫、一人で食べられる、から」掠れた声でエミヤは言った。
「エミヤ、気にすんな、今日は俺に看病させろ」
優しく労る表情で話しかけると、エミヤの眉間にシワが寄った。
「君は、何を、勘違い、しているのかね」
地獄の底から睨み付けるようにエミヤがランサーを見た。
「看病とか、言われてもな、私は、別に病気では、ない。単に、君に酷い目に遭わされた、哀れなジジイ、と言うだけだ。労っていただかなくて、結構だ。と言うより、私の半径50メートル以内に、近づくな、獣」
「えええぇぇ…」
エミヤは何とか盆を受けとると、ランサーを部屋の隅に追いやった。それから漸くコーヒーに手をつけた。少しぬるくなったコーヒーは、疲弊した身体に丁度良かった。
昨晩家に帰ってから、ランサーの狂気は傍に居るだけでは納まらず、本能に突き動かされるように、酷く抱かれた。愛してるだとか、殺してやりたいだとか、最高だとか最低だとかは何度か聞いたが、題目は何でもいい。要は狂気の発散だ。
あのままでは見境なく人を殺しに行ったかもしれなかったので、結果的に犠牲になったのはエミヤ一人だ。お陰で背中だけでなく、全身酷い有り様だ。しばらく襟のある服しか着られないし、長袖長ズボンしか着られない。ランサーはオルタの事を異常だと言ったが、貴様ら兄弟はよく似ていると言いたい。どうかしているのは全員だ。
立てないし、歩けない。執拗に弄られた箇所はまだひりつくし、無茶苦茶に扱われた身体は全てが軋む。
行為の最中に何度か本気でランサーを殴った。それでもランサーは笑ってエミヤを組敷いた。自分以上の狂気を久しぶりに体験した。
問題は、その行為でランサーが楽しんでいなかった事だと思う。
ただギラギラ目が光って、何を見ているのかさっぱり分からない目をしていた。エミヤを抱いているのは自覚していたようだが、楽しむ事も喜ぶ事も嬉しい事も全て忘れたようだった。いつもと違う。かといって、南米であったような、エミヤを傷つけたい訳ではなかった。ただ、どうしようもない衝動がランサーを突き動かしただけだ。多分、普通の人間なら、恐怖で泣き叫んでいたと思う。それ位ランサーはいつもと違っていた。
ランサーがそのらしさを取り戻して来たのは白々夜が明ける頃で、この長い夜が漸く終わった事を教えてくれた。
今回ランサーは然程射精していない。とにかく、
「長かった」
とポツリと溢した。
部屋の隅から
「どーしたー、何かあったかー」
と聞こえて来たが、無視した。能天気な声を出しおって。
震える指で何とか朝食を摂り、ランサーを呼んだ。
「ランサー!」
「何だ?」
一つに括った髪を左右に振りながら、ニコニコして寄って来る様はどう見ても犬だ。陸でも無い犬もいたものだな。
「新聞を取ってきてくれ、それと、私の携帯も」
「おう」
またしっぽを左右に振っている。何故奴は上機嫌なのだ?
ランサーは新聞と携帯をエミヤに渡し、ハウスの命令を素直に訊いて大人しく部屋の隅に戻った。
新聞はギャングの仲間割れか、と記述していた。七人死んだ割には取り扱いが小さい。路上で三人の残忍な死体が見つかったとあるが、家の中の殺人と結びついていないようだった。何と無能な警察だ。
また電話をかけるが、今度は誰か派遣されるかも知れないな、状況が悪すぎる。逐一報告位ならまだしも、同行させろと言われると厄介だ。だが、可能性は高い。
ため息をついてホットラインをかける。しばらく向こうの情報整理を待って、結論が出た。
やはり、ごく短い派遣が決定された。三日間の派遣。
三日間で納めろと言うわけだ。オフィサーは明日やって来る。それまでに、自分達のおかれた状況の把握位しておかないと、どやされる。間違いなく来るのは彼女だ。
「だから、わかったわね!私が着いてからは、あなた達の行動は全て国家の許可有りになるんだから、それなりに振る舞ってもらうわよ!そっちのギャングにも言っておいて頂戴!」
ガチャン。携帯を切ってしみじみ思う。ああ、変わり無いなあ。
「ランサー、ちょっと話があるのだが」
しっぽをぴょこぴょこしながら赤い目をした犬が来る。もういい、疲れた。
「何だ?何かしてもらいたい事でもあるのか?」
「ああ、国防総省に連絡したところ、USSOCOMからオフィサーが派遣される事になった。とは言え一名のみ、三日間だけの派遣だ。そこでキャスターの件を処理しろと命令された」
「んん?つまり?」
「簡単に言うと、何をしても罪には問わないから解決しろ、と言うことだ」
「俺も?」
「君は昨夜七人の人間を殺害し、家屋を損壊させた極悪人だ。が、今回これでお咎め無しだ」
「マジか」
「そうだ。対テロ組織への対応として処理され、その責任は国家が請け負う。と、言うわけだ、明日きちんと受け入れられるよう、準備を整えておいてくれ」
「いいけどよ、誰が来るって?」
エミヤは再びため息をついて言った。
「私の元上司、遠坂凛と言う女性だ」
エミヤはその日半分を寝て過ごし、半分をランサーにレクチャーして過ごした。
「いいか、くれぐれも余計な事は言うな。彼女に余計な事を言って無事に済んだためしはない。それから、公私の区別はきちんとしろ。彼女の前で乳繰り合ってみろ、地獄を見るぞ」
「…スゲー怖いんですけど」
「怖いさ。けれど、彼女はとても性根が優しい。彼女の心を痛めるような真似をしてみろ、ランサー、私だとて容赦しないぞ」
「えらく気に入ってんだな。そいつの事」
「ああ、もちろんだ」エミヤが思い出しながら微笑む。
「どれだけ彼女に助けてもらったか。君と同じだ、彼女はとても鮮やかでとても美しい」
「それ、そいつに言ったことあるか?」
不思議そうにランサーを見た。
「事実を口にするのはおかしいか?」
ランサーは頭を抱えた。怖い、恐ろしい。ある意味同志のお出ましだ。愚痴を言わせてもらおう。ならば、二人は恋人として付き合った事はあるのか、と気になった。
「なあ、そいつと付き合った事はあるのか?」
「遠坂凛と?」
ちらりと横目でランサーを見て、
「気になるか?」
と言った。
「お前が気に入ってるのはわかった。恩義があるのもわかった。話を聞けば聞くほどいい女だ。お前との関係が気になるのは当たり前だ」
「何故だ?」
「だああから!お前をとられたくねえから!」
「誰が誰に?」
「お前が遠坂凛に!」
エミヤは眉をしかめて腕組みをした。
「あるわけ無いだろう。彼女は既に結婚している」
「あ~…」
「彼女は私と同い年だぞ。君は私をいくつだと思っているんだ」
「すんません…」
ランサーはいつもうっかりするが、エミヤはランサーより六歳年齢が上だった。結婚して子供がいておかしくない年だ。ランサーだとて、ちらほら縁談が浮かんで来ていたのだ。エミヤがいなければ、数年後には適当な女と適当に結婚して子供を設けていたかも知れない。でも今はこの男と少しでも長く過ごしたい。
エミヤの時間は後どれくらいあるのだろうか。今にもその時間が来てしまうのだろうか。まだ、まだ、まだだ。
ランサーは無意識にエミヤの手を握った。消えてしまうのではないかと、居なくなってしまうのではないかと思ったからだ。
「ランサー?」
心配そうに顔を覗かせる。瞳が揺れて、鋼色の光がランサーの目に射し込む。
エミヤはいつもランサーの事を綺麗だ美しいだ言うけれど、自分の美しさに気付いていない。脇目もふらず、後ろを顧みず、前だけを向いて、恋人もましてや自分すら目に入らず、ただ自分の描いた未来のみを信じて進むその美しさを。危うくて脆くて、誰にも言えず信じることさえ困難なその未来を、ただ真っ直ぐ見つめるその瞳の綺麗さを。
多分、初めて会った時から、どこかで気付いていたんだろうな。でなければ、あんなに関わることに拘らなかっただろう。
「どうした?」
そして、この奉仕体質。昨晩酷い目に遭ったのに、すぐにこちらを気付かってくる。奉仕しなくてはいけないのはこちらなのに。
だから、
「何でもねぇよ。俺、お前の事が大好きだなぁって思ってさ」
としか言えない。
遠坂凛は翌朝軍の旗付きの黒塗りのキャデラックでやって来た。さすが、トヨタは乗らない。政府の持ち物だ、国産車だろうな。
ランサーはちゃんとした服で出迎えた。高価なドレスシャツに暗い紺のストライプスーツに赤いネクタイ、磨かれた革靴。顔も洗った、歯も磨いた。マウスウォッシュだってした。
俺の口臭いか?と聞いたら、キスされた。まさか、と答えるエミヤが緊張している。お互い手を握って、エールを交換する。
ところで、何の試合だ。
試合?侮るな、油断させて食いつくかもしれない。
物騒過ぎるぞ、お前の元上司。
等と下らないやり取りが合ったことは秘密だ。
車から降り立ったのは、黒髪の頗るいい女だった。整った気の強そうな顔も、意思の強さを物語るその瞳も、油断出来なさそうな唇も、抜群のスタイルも。ランサーの好みだった。
車から出ると、右手だけを腰に当て、肩幅に足を開いてこう言った。
「来たわよ、アーチャー!」
いい声だ。人妻なんて勿体ない。
「歓迎するよ、凛」
聞いた途端にエミヤに飛び込んで抱きついた。
呆然としながらランサーがボソッと呟く。
「アーチャー?て、ぇぇぇぇぇ…」
エミヤに抱きついたまま凛がランサーを見た。
「ところで、これ誰?」
「凛、彼はこの屋敷の当主だ」
「ああ、昨日の事件の。ふぅーん」
じろじろと頭の先から足の先まで値踏みされる。それから漸くエミヤから離れて対峙した。
「はじめまして、クーフーリン・ランサー・マクイル、私は遠坂凛、この事件の担当者であり、責任者。貴方は立場をわかっていて?」
握手の手を出しもしない。やる気だな、遠坂凛。ランサーは取って置きの笑顔で凛に対応した。
「はじめまして、遠坂凛。俺はここの当主でマクイルのクランの責任者の一人、クーフーリン・ランサー・マクイルだ。ついでに」
凛を迂回するようにしてエミヤの近くに素早く寄り添うと、
「こいつは俺の伴侶だから」
と肩を抱きながら言った。一瞬目を丸くした凛とエミヤだが、次の瞬間エミヤの
「戯けー!」
と言う怒号と共にランサーは殴り倒された。
応接室で三人は半睨みの笑顔を交換し続けた。エミヤと凛が隣同士に座り、ランサーが対面だ。何か違うんじゃねーの?エミヤサン。
「そう、事情は全て知っていると言うわけね。惚れ込んだものじゃない?イーグル?」
「揶揄うな、凛。大人気ないぞ。君の悪い癖だ」
「ハイハイ。あんたって相変わらず口煩いのね。わかっているわ、ちゃんと仕事はしますって」
ランサーの方を向いて、凛はニンマリ笑った。
「ところでマクイルさん、先程は礼を欠いた振る舞いをしまして、申し訳ございませんでした。けれども、私、聞き捨てならないことを聞いたのですけれど、もう一度確認しても宜しいかしら?こいつが貴方の伴侶、ですって?」
ランサーはピンときた。さっきの抱きつきといい、今のわざとらしい馴れ馴れしさといい、こいつ、俺にケンカを売っている。しかも、
「そうだ。まだ正式に結婚した訳じゃないが、これが終わったら籍を入れようと思ってる」
と言う俺に、
「マクイルさん、お話にならないわ」
と来たもんだ。
「アーチャーは私のものよ。何で貴方みたいなマフィアに渡さなきゃならないの」
「凛、そんな言い方ははしたない」
「あんたは黙ってて。いい、アーチャーはね、アメリカに来たときから私のものなの。長い付き合いの私を差し置いて、伴侶だなんて、許すはず無いでしょう」
いきり立つ凛。
「あんたは既婚者だろう。エミヤに何の権利があると言うんだ」
「何も無いわよ。ただ、私のものというだけよ」
紅茶を取り上げ、カップの上からウインクを寄越す。これは手強い。理屈が通じない。
太古の昔から男が女に議論で勝てたためしはない。理屈対屁理屈のガチンコバトルだ。しかもさっきからエミヤは凛の言うことに対して何も言わない。つまり、全て肯定している。今現在エミヤのパートナーは自分であることを自覚していても、面白くない。けれど、ここでエミヤを責めても仕方ない。過去に嫉妬しても始まらないのだ。限界はあるが。
これは俺の試練。
「そうは言うが、長年連絡もとってなかったろう?」
「必要無いもの。アーチャーが望んだ事をさせるのに、私がどれだけ頑張ったと思っているのよ」
ガチャン!とテーブルの上にカップを叩きつけ、
「何故こいつを引き摺り出したの」
と睨み付けた。
なるほど、あの山小屋の生活はこの女に保証されていたのか。そして、寿命を静かに迎えると言うエミヤの最も切なる願いを聞き届けたのか。
ランサーは、凛を違う目で見た。エミヤが言っていた、鮮やかで美しい。
「ありがとな。あんた、いい女だな」
「は?あたしはね、あんたの感想を聞いてるんじゃなくて、」
「でも、悪ぃ。俺がエミヤの最後を看取るつもりだ。今日か明日か何年後か知らねぇが、この先の日々は全て俺のものだ。過去にあんたがエミヤにしてくれた事に対して、今の伴侶として礼を言う。が、あんたには毛先ほどもエミヤを預けたくねぇ」
「なんですって!」
「あんたはエミヤを理解して、エミヤの望みを叶えたようなつもりになっているが、それは違う。エミヤの望みは、ダストがこの世から消えること。あんたにはそれを叶えることは決して出来ない。俺は、エミヤの望みに俺を捧げる事を誓った。俺はな、」
「鉄の杖を持ち、全ての人を治めるべき存在」
エミヤがほんの少し微笑んで言った。ランサーはそれを聞いて力強く頷いた。
「王となって赤い龍と闘う」
凛は毒気を抜かれたように呟いた。
「イカれてるわ。出来っこない」
「いいんだよ」ランサーはニカッと笑って続けた。
「あんたは天使だ。せいぜいラッパを吹いて警告し続けろ」
「ああ、災いだ、災いだ、地に住む人々は災いだ、とでも言え、と?」
「それ、天使じゃねぇぞ」
「知ってるわよ。でも私には相応しいでしょ」
挑むようにランサーに言う凛。そう、彼女の後ろには鷲が翼を広げているのだ、13の星を従えて。
ランサーは両手を広げて、
「大したもんだ」
と呆れたように言った。
「それで、キャスターの位置把握は出来ているの?」
「いや、全くわからない。だが、これまでの情報を元に考えると、シカゴの近くにいるのではないかと推察される」
「根拠は?」
「キャスターがシカゴに向かったという事、他の地域での足取りがないこと、写真がここにあったこと」
「写真、て、初耳」
「そうだな」
エミヤは躊躇いなく凛に写真を渡した。
「いいのかよ、女だぞ」
ランサーが小声でエミヤに聞いた。エミヤは不思議そうな顔をしてランサーを見た。
「彼女は私の元上司だと言ったと思ったんだが、理解してなかったのか?」
ランサーははっとした。エミヤの上司なら、戦場にいたはずだ。凄惨で陰湿な場面になど何度も遭遇しているだろう。戦場にいる限り、凛が女であることなど配慮してはもらえない。それに凛は現実を見たがったろう。人伝ではなく、自分の目で確かめるタイプの人間だ。写真のような場面など、何度も見ているかもしれない。しかも今回の立場も対テロ組織の責任者だ。
「気遣いは無用か」
「当たり前でしょ。私は自分の目で見たことだけを信じるわ。だから、これも現実。状況は決して良くない。日付が消されてる。いつ撮られたものかわからない。昨日かも知れないし、先月かもしれない。最悪ね。しかも部屋の中の写真だけだもの、場所の特定なんて出来ないわ」
凛がちらりとランサーを覗いた。写真の男とそっくりな双子。綺麗な顔をしている。
「ねぇ、キャスター本人が目的である可能性はどこまである?」
「どういう意味だよ」
ランサーがイラついたような低い声で凛に聞いた。
「あんた達はとても容姿がいいじゃない。それが目的と言うことはないの?」
「ガキの頃じゃあるまいし、んなもん、ねぇよ。ましてや相手がコトミネだぞ、もっとねぇよ」
「つまり、この写真の撮影者は、ゲイであり、恋愛の縺れであることは絶対ないと思っていいのね?」
「気持ち悪い事言うな」
鳥肌を立ててランサーは言った。
「でも、この写真を見る限り、この二人がそういう関係であることは否定できないわ。しかも、もしかしたらキャスター自身が望んだ可能性もある」
「なら、音信不通の理由がねぇだろ」
「そうね。二人の間に余計なものが入るのを嫌ったとか?」
「弟が死にかけたのに、乳繰り合ってたとでも言うか、女」
ランサーは本気で女に怒ることはめったにない。それは、女の発言くらいで目くじら立てるなんて、と言う根本的に女を見下した所があるからだ。表面上はフェミニストを装っているが、ランサーにとって腕っぷしを含めてとるに足らない奴に怒っても仕方ないと思っている。
ランサーが凛に対して凄んだり怒るのは、凛を女としてではなく、人間として認めているからだ。
「まあ、そんな事情もあったのね。災難ねえ、クーフーリン・マクイル達は。一人は瀕死、一人は行方不明、一人は男に現を抜かす、と」
「黙っていればいい気になりやがって。いい加減、関係のない事で混ぜっかえすのは止しやがれ」
「何よ、怒らせようとしてるのに、気に入らないわ」
ツンと凛が横を向いた。豊かで艶やかな黒髪が揺れる。ああ、こんなに拗れなければ、旦那がいようが絶対に口説くのに、くそう、まだ戦闘は続行中だ。
「凛、真面目にやらないのなら、私が指揮をとるぞ」エミヤが眉間にシワを寄せて言った。
「あら、もう少し楽しませてよ」
「駄目だ」
しばらく睨み合った後、凛が折れた。
「はいはい。じゃあ、真面目にやるわ。警察に行くわよ。用意して」
「了解した」
凛はそう言ってどこぞに電話を始め、エミヤはランサーに命令した。
「車を用意してくれないか?運転手はいらない」
ランサーは思わず
「おう」
と言ったが、もしかしたら俺が一番下っぱ?と不安になった。
車は当然のようにエミヤが運転した。黒いスーツにサングラスをかけていると、誰よりもマフィアに見える。後ろには凛。本来ならその横に座るべきランサーは、助手席に座った。凛のイヤミに耐えるのも嫌だったし、エミヤの姿がよく見える絶好の位置にも行きたかったからだ。だが、凛の前で乳繰り合うなと言うエミヤの警告は、ここで理解された。
信号待ちでついこちらを向いたエミヤの顔があまりに真剣で、ついちょっかいを出したくなったランサーは、エミヤの頭を抱き寄せてキスをしようとした。ランサーとしては、狼狽えるエミヤの照れ顔が見られればよかったのだ。息がかかるところまで顔を近付けた時、こめかみにゴリと冷たい感触があった。
「この、盛りのついたケダモノ、撃ち殺すわよ」
凛が銃を突き付けていた。
即座に運転に戻ったエミヤは、サングラスの向こうからお気の毒にと言う目をしていた。ああ、誰も助けてくれない。
その後シカゴ警察に着くまでの間、凛のお説教は続いた。凛の目の前で二人が何かしたり抱き合ったりすると、ランサーの股間は長年育ててきた息子を旅立たせなければならなくなり、これ以上の警告はしないと宣言された。ここより先は問答無用である。
男ならわかるだろ、あの股間がひゅっとする感じ、あれだ。思わず庇うあの感じだ。
後にランサーはこう洩らした。
シカゴ警察に着いて凛は受付も通さずずんずん進んだ。目的の場所がわかっているのか、不思議そうに眺める人々を尻目に突き進んだ。
署長と言う扉に着くと、ノックもせずに勢いよくドアを開けた。
「来たわよ!チーフ!」
机の向こうで青くなる警察の偉い人。警察本部長や、警視の顔は知っていたが、署長は知らなかった。だが、隣の市のマフィアの顔くらい知っているだろう。手を振って挨拶した。
「USSOCOMにマフィアだとお?」
「こんにちは、シカゴ警察の署長さん。私はUSSOCOMの遠坂凛。こちらは部下、それから、協力者のミスターマクイルよ。用件は承知しているわね?」
「市警察より、郡の保安官のところにでも行った方がいいだろう。FBIでも、ここよりふさわしい所に」
バン!
「ご協力、お願いしますと、電話で話しましたよね?」
「…はい」
「ではよろしくお願いします。監視カメラのここ1ヶ月分の映像とハイウェイの映像、それから、シカゴ市内の犯罪通報件数とその中身。今日中に終わらせるつもりだから、安心していいわ。案内してちょうだい」
凛が堂々と言い放ち、署長は頷き、ランサーはエミヤに確認した。
「なあ、監視カメラの映像とか、誰が確認すんだ?」
「決まっている。ここにいるではないか」
嫌な予感的中。一日でできる量じゃないと思うが、多分、凛ならやり遂げる(やらされる)だろう。ふう、と息をついて、ランサーは気合いを入れた。これは自分の兄弟の話で、身内の不始末だ。人頼みになった事を恥こそすれ、恨むのはお門違いだ。気合いを入れ直して、ランサーは映像に立ち向かう事を決意した。
その日1日かけて映像を確認したランサーを待ち受けていたのは、激昂した凛だった。
「いいから、出しなさいよ!これ以上うだうだ言うなら、衛星使わせないわよ!高々携帯のGPSデータ一つ、出せないわけないでしょう!待たせるなら、相応の覚悟してからするのね!」
すごい剣幕で捲し立てる凛を微笑ましそうに眺めるエミヤ。シュールだ。いつの間にここは戦場になったのか?
「どうしたんだよ、あれ」
「携帯会社がキャスターのデータを出し渋っている。それを二時間かけて説得したところだ」
あの調子で二時間。ゾッとする。ランサーならすぐに手配するだろう。どんなに困難に見えても、ヒートアップした遠坂凛に責められる位なら、他の人間を犠牲にする。
「どうだった?」エミヤが問いかける。
「感想聞いてんのか、それとも成果か?」
「成果に決まっている。ここで君の愚痴を訊いてどうする」
「キスの一つもくれるかと」
「ない」キッパリ「報告を」
ランサーは軍隊に入ったような気持ちになった。やっぱり俺が一番下っぱだ。
「映像には、コトミネもキャスターも映ってなかったぞ。家の手の者がチラチラ映ってたけど、その意味は無いな。ただ、ヨーロッパから来た後、シカゴのホテルにも奴の自宅近くにも寄ってねぇな。あいつらどこにいるんだ?」
「それは、この1ヶ月君独自で調べた結果か?」
ランサーは頷いた。
「それもあるが、映像でも確認した。あいつら、シカゴ近郊から出てねえ癖に、ここにはいないって感じだ」
「コトミネに連絡は着くんだろう?直接本人に聞けばいいだろう」
「そうか」
ランサーは素直にコトミネに電話をかけた。しばらくコール音が響き、コトミネがいつもの如く、物騒に出た。
「私だ。ランサー、何か用か」
「用がなけりゃお前に連絡しねぇって。お前、今どこだ?」
「キャスターを探してアメリカを駆けずり回っている。ここはロスだ。西海岸まで来てしまったよ」
「そうか、キャスターの手掛かりは相変わらず無しか?」
「残念ながら。私も困っているのだがな。お兄さんには早く出てくるよう、話しておいてくれ」
「わかった」
携帯を切るランサー。微かに震えていた。恐らく写真を思い出したのだろう。
「しらばっくれやがって。あの野郎。殺してやる」
「ランサー、あんたねえ!」
ランサーが狂気に身を焦がしそうになって振り向いた。
「コトミネと連絡着くなら、早く言ってよ!今の探知したのに!」
「え?あ、すまん。え?」
「番号教えて!本部に追跡頼むわ!」
携帯をひったくって凛は言った。コトミネの番号を本部に通達し、約1時間待った。すると、凛が叫んだ。
「なあにがロスよ。イリノイ州マクヘンリー郡にいるわよ!」
言い捨てると、凛は本部に電話をかけた。何を送れ、何処其処へ、何時までに、オペレーター付けろ、いや、付けろ、と喚いた。
「マクヘンリー?あんなとこ、何でだ?田舎町だぞ」
「シカゴからはどれ位離れているのだ?」
「鉄道あるからな。離れてても、面倒無いぜ。でも、コトミネは何故そこに……あ…」
「何」だ、とエミヤが言う前に凛が叫んだ。
「何よ、隠し事があったの?」
「いや、そこにコトミネの娘がいた。学校に通っているんだ。寮の代わりに確か母親の遠縁がいて、そこから通ってたはずだ」
「あんたね、それわかってたら、キャスターは1ヶ月も囚われて無くてよかったんじゃ無いの?!」
「いや、だって、娘しかいないし、キャスターを隠せるところなぞ無いぜ」
「ランサー」凛がその目を真っ直ぐランサーに向けた。
「そんなの、理由にならないのよ。やりたければ、人間て何でもするのよ」
「理由が無いぜ。ヨーロッパでやりゃいいじゃねぇか」
「キャスターとコトミネは同時期に来たの?」
「多分」
「ねぇランサー、聞くけど、貴方に何かしようとして、ここで暗殺を企てるのと、旅行先だとどっちがやり易い?」
「そりゃ、行き先さえ知っていれば、本人が馴れねえ土地の方が良いさ。けど、ここはキャスターにもコトミネにも根城だぜ」
「だから、良いんじゃない。キャスターはここで何かされると思わない。キャスターは知っているはずの男に知らない所に拉致されるのよ。後を頼んだはずの男に着いて来られて、要件を問い質す前に拘束された」
「だから、何でヨーロッパでやんねぇんだ!」
「アメリカなら、死体を置いて帰っても、しばらくわからないからよ」
「俺がいてもか」
「貴方は襲われたのではなかった?自分に危機が迫っているときに人のことなんて気にしてられるの?」
「…凛、コトミネはマクイルの乗っ取りを謀っていると言うのか?」嗜めるようにエミヤが口を挟んだ。
「それだけな訳無いでしょ。相手はダストゾンビが既に三人使えるだけの人数がいるのよ。マクイル何て屁でもないわよ、踏み台よね。外聞の良いマクイルを装おってヨーロッパで足場を固めて、アメリカへ、と言う算段よ。どうもちぐはぐなのはアメリカをどうこうしようとまだ考えて無いからでしょ?今、ヨーロッパはテロやら移民やらでギスギスしてるわ、そこに楽園を見せてやるといえば、誰でもダストに手を出すわよ。しかも自分が消えてくなんて、投与されている人間にはわからない。幸福の中に閉じ込められて逃げられなくなって、利用されるなんてね。問題は、誰かが消えても、誰にも辿れない事よ。不法移民が多過ぎて、誰が何処にいてどうしてる、て事が誰にもわからない。コトミネがヨーロッパを根城にするのは、人間の調達が容易だからでしょうね」
「それを警告しに来たか、あるいは逃げて来たキャスターを拉致して、更に利用しようとしている、と」
「…最悪なのは、ダスト患者にされることよね。でもゾンビにするにはまだ時間が足りない。あれは常用して早くて3ヶ月、長くて半年いるわ。キャスターが行方不明になってからまだ1ヶ月、間に合うはずよ」
ランサーが無言になった。南米で考えていた通りになるかもしれない。ランサーは一昨日七人を殺したとき、一つの罪悪感も感じなかった。ダストは幸福感の中、力を発揮するが、そこでは自己肯定感が高まる。早い話、自分が人を殺そうが物を壊そうが、誰に咎められても気にしなくなる。何があっても自分に良いように解釈する。キャスターが向かって来ても、躊躇わず殺す。
ランサーは確信していた。
エミヤでなければ、誰でも同じだ。
けれど、とランサーは微笑む。エミヤは俺が敵になったら躊躇わず殺すだろう。俺が笑ってあいつを殺すように。
「そこ、何にやけてんのよ!明日は働いてもらうわよ!」
「え?俺、今日もずいぶん働いたぞ」
「そんなの、働いた内に入らないくらい、働かせるって言ってんのよ。お楽しみにねぇ」
にこやかに笑って凛は言った。ランサーとエミヤのうんざり顔は無視された。
ランサーの家にエミヤの運転で帰る。ふと家の回りが騒がしい事に気づいた。スポットライトにヘリコプター、それに、あれは、
「装甲車だと?遠坂凛!お前何した?家の庭が軍隊の駐留所になってんぞ!」
「あら、悪かった?急いで用意したのだけれど」
口が塞がらないランサー。
「凛。個人宅に搬入するのはやり過ぎだ。戦闘機で爆撃した方が穏やかだったのでは?」
「あんたは、掃除屋だのイーグルだの言われてたピンポイント爆撃職人かも知れないけどね、それじゃ人質奪還不可能じゃないの」
「そうか。今回は主目的だったな。では、先に潜り込んでならしておくか」
「やんなくて良いわよ!相手は大した人数じゃないから!」
「だが、生存率が上がるぞ」
「あんたはあたしの護衛しなさい!」
「凛」
「なあ、仲の良い痴話喧嘩の最中悪ぃんだけどよ、エミヤ、お前戦闘機は乗れねぇって言ってたよな」
ランサーが我慢出来ずに聞いた。
「純粋に戦闘機を操る事は出来ないな。だが、爆撃機とは言ってない」
「今はほとんど戦闘機も爆撃機も同じだろ!」
「暴論だ。私は航空機同士の戦闘はやったことがない」
必要ないからだよな!相手がテロリストなら戦闘機無いもんな!地上の基地に精密爆撃するのが普通だからな!
「凛さんよ、こいつ、化け物か?」
「でなきゃ、下級士官まで行けっこ無いでしょ。こいつはね、一人で何人分もの働きを平気でやるわよ。単独行動が許される為にはそれが必要だったから」
大きな戦争が無い世界で昇進するのは難しい。たくさん人を殺せば勲章が貰えた時代とは違う、年功序列や年月が必要になる。遠坂凛の下で尚且つ下士官であること、は単独行動の最低限必要な要素だったのか。
「あんたも手助けしたんだろ?」
「アーチャーが必要な資格を取れるように推薦したわよ。でも、それしかしてないわ」
「実力があったって事か」
「まあね。あんたはアーチャーを伴侶と簡単に言うけど、置かれた状況もそのあり方も、人間としては生きていくのも難しいと思うわよ」
元軍人、実験体、原データの持ち主、女王蜂。
「ずいぶんな言われようだな。普通に生きてるだろう、平凡に」
「あんたが言うと、平凡が泣くわね」
エミヤはむすりとして黙り込んだ。不満そうだが、ランサーは凛の意見に賛成だ。でも、伴侶としては最高だ。退屈しない。
「またニヤニヤしてる。何なのよ」
凛がランサーに問いかけた。
「いや、俺とエミヤなら、何でもなれるな、と思ってよ。マフィアでも正義の味方でも、何でも、な」悪魔でも、死神でも。
家の庭はめちゃくちゃになっていた。その代わり、武器が整然と並び、運んできた責任者が凛に挨拶した。その後ろでサワサワしている隊員達。どうやらエミヤを見て浮き足立っているようだ。
ランサーがエミヤに囁いた。
「お前って有名人なの?」
「さあ、私がどういうものか、私は知らない。気になるなら彼らに聞くと良い」
ピクリともせずに立つ元軍人。まるで厳のように見える。磐石な岩その物で、太古の初めからあったような。何をやらせても超一流、隊を率いる事も出来、その真価は単独行動。伝説作ってるんだろうな、とランサーは思った。けれど、決して良い方では無い気がする。爆撃機の話を聞いても、手段を見ても、犠牲を厭わない形の戦闘をしていたようだ。きっと凛が庇い続けたのだろう。
良いコンビだよな、あいつら。ちょっと妬ける位には。
凛はそのまま作戦会議に入り、エミヤもお供した。ランサーは結果を聞くだけで免除され、家に入った。中では使用人達がパニックを起こしていたが、関係なく家の事をしろ、と命じて休んだ。
ここ何日かで久しぶりの一人寝だ。正直寂しい。筋肉に覆われたエミヤの体温は高く、力を入れなければ筋肉は柔らかい。
触ると思いがけず滑らかな手触り、白い体毛。エミヤの汗も精液も唾液も舐めて飲み干し、触って中に…。
ああ、止めよう。近くにいるけど遠い。くそ、遠坂凛め。覚えてろ、エミヤとの時間を奪いやがって。あいつとの時間は貴重なのに。
少ない時間を、金貨のように大事に使うのだ。金は使えば銀になる、そして銅になり、最後は使って無くなる。それぞれが砕けて輝きながら思い出と言う貨幣になるのだ。とっておきたいが、手放すもの。それがエミヤとの思い出だと言うのに。
俺はエミヤが死んでも生きていく。あいつとの約束を果たすために。生きていく為にきっと思い出の貨幣は使われる。最後は無くなるが、その時には俺の命も失われるだろう。一つずつ指から溢し、失い、振り返らない。喪失は必然で嘆くことはない。その代わりに、何かが埋めていくだろう。それが何かは今はわからないが。
ベッドに寝転がって今と未来を考える。エミヤのいない未来しか手に残らない事が苦痛だった。
「ランサー、起きろ。いつまで寝ているつもりだ?」
「布団剥いじゃいなさいよ」
「凛。彼は子供じゃない。朝から見たくないものを見るはめになるぞ」
「なあにぃ?見せたくないものって事ぉ~?」
「下品だ。はしたない。時間もない」
「耳許で囁いたら、起きるんじゃない?」
「それは、命令か」
「どうとっても良いわよ」
「凛、それでは君の作ったルールを君が破るように仕掛けているではないか。承服できない、やり方が卑怯だ。それに、独身の男の寝室に既婚女性が入るのも感心できない」
「わかったわよ。三十分あげるから、よだれ垂らしてるそいつをどうにかしてきて」
「了解した」
しばらくして扉が閉じる音がした。
「ランサー、起きてるんだろう?いつまで寝たふりしてるんだ」
エミヤがベッドに乗り上げる音がする。さらりと衣擦れの音がして、体温を感じた。
「朝だぞ、ランサー」
耳許で囁く。
我慢出来なくてエミヤを抱き寄せ唇に食いついた。吸うだけ吸って満足し、離すと、少し上気した顔のエミヤがいた。
「君、朝から、何を」
「くそっ!」
ランサーは慌てて起き上がると、エミヤの手を引きながらバスルームに入った。
「そこにいろよ!」
と言い捨てると、まるで親の敵のように歯を磨き、顔を洗った。タオルで顔を拭きながらエミヤに近づき、
「あんなんじゃ足りねえ。お前の舌が欲しくて」
と羽のように優しいキスをした。
「それで必死に歯磨きしたのか」
「綺麗な方が良いだろ」
レロ、と唇を舐める。
「君なら何でも良いさ。綺麗も何も、君は君だ」
ちゅっちゅっと小さなキスをしながら会話する。
「でもよ、朝の口は雑菌だらけなんだろ?バッチイだろ」
「そんな事言ったら、ランサー、君はいつももっと雑菌だらけの所に君自身を入れてるではないか。私が口で同じ事をして何が悪い?」
エミヤはランサーの頬を両手で挟むと、ランサーの口のなかを舌でぐるりと舐めた。
「もっと寄越せ。私の獣」
「くそっ、この淫乱。やらせろよ」
ランサーが我慢の限界を示すように腰を擦り付けて来た。エミヤが相変わらずキスをしながら言う。
「それはお断りだ。君とは三十分なんて短さでなく、もっと長く味わいたいから」
「煽るなよ!」
それを聞いたエミヤはランサーを急に離すと、大声を出した。
「ランサー!後十分で支度しろ!」
驚くランサーに妖艶に微笑みかけながら、
「では、また後でな」
と言ってバスルームを出ていった。
後に残されたのは、朝から元気な愚息とランサー。
おい、おさまれよ。許可なしだ。
あんたがおさめろって意味だよ、とーちゃん。
そうか。
朝からつまらない会議をするリビドーとエゴ。何時だってリビドーはエゴに従う。よく言うことをきく良い子だ。多分。
色々納めてランサーが部屋から出ると、エミヤだけが待っていた。
「よお、悪ぃな、朝飯食う暇あるか?」
「無いな。丸八丸々時に行動開始、GPSで判明した住所に向かって出発、一丸丸々時に設営開始、一三丸丸時に突入、となっている。食事は寝坊助の君の分、別に作っておいたから、それを食べるといい」
「わかるように言えよ。飯の部分しかわからなかったぞ」
「気にするな。君は死ななければいい。それと、キャスターの判別をして欲しい」
「あいつは死んでねえぞ」
「突入した後の命の保証など、誰にも出来まい。そうならないよう努力するが、」
悔しそうに顔を歪めながらエミヤは言った。
「人の命に絶対は無い」
ランサーは両手をぐっと握った。その通りだ。救出した目の前で撃たれることだってあるだろう。さっきまで元気だったのに、一発の銃弾が人を殺す。この間の俺のように。
慎重に息を吐いて、ランサーはエミヤを見た。
「わかった。大丈夫だ。弁えてるさ」お前の邪魔はしない。
「では、行こうか」
遠坂凛は、空っぽの庭で待っていた。両手を腰につけて。
「行くわよ、外道に誅殺を与えにね!」
朝の光が凛を照らす。爽やかな朝だな、うん。車に乗り込み、エミヤが運転する。
助手席に座ったランサーに小さな包みが渡された。
「朝飯だ。食べておけ」
ランサーは包みを開けて中身にかぶりついた。覚えのある味。あの山小屋で最後に食べた昼食と同じだ。つまりこれは、エミヤの手作り。食べながらにやけるのを我慢出来ない。へらへらしながら朝飯を食べ終えた。
90号のハイウェイで西へ。そこから31号に乗り換えて北へ。シカゴからは四十キロ程の道のり、一時間程で着く。
目標の家は湖の近く、市街地から少し離れた場所にあった。しんとした住宅街に非常線が張られる。主に流れ弾防止だ。交通の規制、装甲車の搬入、スナイパーの配置。これから突入しますと予告はバッチリだ。もしダストユーザーがキャスターを抱えて逃げたらどうすんだ、と聞いたら、私が出る、とエミヤが答えた。
「なるべく小さい火器で納めたい。私なら素人のダストユーザー等何人か居ても問題ない。十人を超えると危ないし、もしゾンビがいたらもっと少人数でも危ない。自分だけで精一杯だ。ただ、突入は一般兵士には頼めない」
「こんなにたくさん兵士がいるのにかよ」
「ダストの存在を知らせる訳に行かない。家の中で決着を着けて、外には漏らしたくない。ランサー、君にも突入してもらいたいのだが、先程も言ったが、私は君を守れない。ダストは痛みを伝えないが、撃たれれば普通に死ぬ。それでも君は共に来るか?」
「撃たれなきゃいいんだろ。弾くらい避けてやるぜ」
「ランサー!無謀よ」
「何だよ、エミヤは良くて、俺はダメか?凛さんよ」
「ランサー、アーチャーがこういう状況を何度くぐっていると思っているの?ダストと知らせないでユーザーを倒せるの?ダストに馴れてなきゃ危ないわ」
「少しはましだろ。三回目だ」
「え?アーチャー?!」凛がエミヤに振り向いた。頷いて応える。
「間違いない。次で三回目だ。君は、シカゴの事件を受けて派遣されてきたのなら、ランサーが何をしたか知っているはずだ」
「ええ、そうね、今までで一番凶悪なダストユーザーよね。あれで二回目ですって?
走る車に取り付いて車を壊して中の人間を殺し、走って逃げる人間を殺し、命乞いをする人間を撃って殺して、七人よね。ダストゾンビ並の成果よ、現場写真を見て正気の人間が出来たとは思えなかった。だから、私はあんたがイヤよ。
アーチャーはあんたをまるで神様みたいに崇めてる。私はあんたを単なる狂人だと思っているのに」
凛は唇を噛んで言葉を詰まらせた。
「でも、今使えるのは確かにアーチャーとランサー、あんた達だけだわ。悔しいけど、二人でやるしか無いでしょうね。アーチャー、二人分、用意しているの?」
「スパイナルは倍の時間持つようにしてある。ダストは三十分だ」
「作戦は?」
「昨晩言った通りだ」
「昨晩は正気と思ってなかったのに」凛はため息をついて、ランサーを睨んだ。
「アーチャーの邪魔はしないで、キャスターを確保して直ぐに家の外に出なさい。あんたへのオーダーは以上よ。わかった?」
ランサーは凛に頷きながら答えた。
「わかった。俺はキャスターを連れて直ぐに家の外に出る。いいか?」
「いいわ。そろそろ時間よ。行きましょう」
外から雷の音が聞こえる。屋根に雨粒が落ちる音がする。パタパタ、パタパタ。風が唸る。耳鳴りがする。
なんだ、どうしたんだ。何があった?
ランサーが近くにいる。すぐそこに。緊張している。外は雨なのに、濡れてねぇのか?
目が開かない。暗くて見えない。
雨も風も強くなってるみたいだ。誰かの声。呼んでる。慕わしい、懐かしい、誰か。
俺の、名前。
「キャスター!」
ランサー?
光が。
エミヤが注射器を腕に押し付ける。
「またあの舌噛みそうなやつか?」
「そうだが、ランサー、経口にするか?」
「別に注射器が怖いガキじゃねぇから良いさ。痛くねぇし」
「では、」とカバンから取り出し、
「どうぞ」ランサーに手渡した。
ランサーは覚悟を決めて腕に押し付けた。その時、家の中から人が飛び出して来た。
最悪だ、こちらはまだ突入していないのに、と、思った時、エミヤが素早く動いた。飛び出てきた奴等に走りながら近づき、マシンガンで蜂の巣にする。正確に心臓辺りを狙って撃つので、相手がダストゾンビかユーザーかは不明なまま倒れていく。いや、人と違うかどうかも不明なまま、だ。凛が言っていたが、どれだけ人にダストが異常か知らせないで倒せるかがポイントとなるこの状況で、一般人に違和感を感じさせないで倒していく、その上手さ。スパイナルを使って死地をくぐった回数や使用回数の多さ、馴れは、人を超えていた。
スパイナルを使用したエミヤが両手を使って悪者を倒していく。馬鹿馬鹿しいが、正義の味方のようだ。
外に出てきた奴等を全員倒し、ランサーとエミヤは家の中に入った。
家の中は薄暗く、誰かがいる気配はない。
「いる。下だ」
「キャスターか」
「ああ。足下にいるのがわかる。地下だ」
「地下への道はわかるか?」
ランサーは頭をふった。
「わかんねえ。いることだけはわかる。生きてる」
「それは良かった。慎重に行こうか。殺されては困る」
外の銃撃は収まっている。痛い程の静けさが辺りを支配していた。一歩歩く度に床が軋む。ギシリ。
ダストの幸福感すらどこかへ行ってしまったようだ。
玄関を通り過ぎ、奥のリビングへ、隣の台所を見て、ダイニングに至る。キッチンに地下への入口があると思っていたが、なかった。食糧備蓄庫を利用しているのでは無いようだ。では、どこだ?ダイニングにも無い。家の中には誰もいない。エミヤがリビングに戻った。ランサーの知覚では、ダイニングとリビングの間にキャスターがいるようだ。ランサーはエミヤの後を追ってリビングに戻った。エミヤは床を踏み鳴らしていたが、あるところで立ち止まり、床をぶち破った。タイルが割れて、コンクリートが出てくる。よく見るとコンクリートに罅が入っている。
「そこに階段でもあるのか?」
「いや、無かった。入口は外かも知れない。が、確かめたくて」
「何を?」
「コトミネがいるかを」
「こんな騒ぎでいないふりすんの、難しくねぇ?」
「さて。聞こえるか、ランサー?」
「何」が?
と言う前に、首を掴まれた。エミヤが相手に拳銃を向ける。その時、やたらと冷静な声が聞こえた。
「銃を下ろせ。殺さずにいてやる」
エミヤのこめかみに銃を突きつけたコトミネがいた。
「てめえ、俺のもんに手ぇ出すな」
ランサーがその首を締めていた手を掴み、その手を千切り捨てると、コトミネを睨んだままそいつの頭を両手で挟み、まるで果物を砕くように握り潰した。ランサーに脳髄や脳漿がかかる。
「ダストを使っているのか。だが、この近さではお前が何かする前に引き金を引けるぞ」
「貴様がコトミネか。はじめましてと言うべきか?」
ゴリ、と銃口が押し付けられた。
「お前とは話してない、女王蜂。この、人殺しめ」
「ふむ。事実は何も知らないが、名前は知っているのだな。私を殺せば全てが闇の中だ。お前になど判る筈もない」
コトミネは笑って言った。
「ふ、はははは!真実など要らん。私には必要ない。あるのは混沌と絶望と福音だ。ダストユーザーはアメリカだけで何人いると思う?楽園は誰にも平等にもたらされる。私の手で、万人にな」
「大統領にでもなるつもりか?コトミネ」
「支配したい訳ではない。私はダストで楽園に住む者達を生かすのみだ。彼らは私のために働き、私のために祈る。そして私は彼らの為に癒し、彼らを壊す」
「エデンの主は蛇か」
「蛇の舌。それもふさわしい」
血にまみれたランサーがコトミネに問いかけた。
「お前、人助けしてるつもりか」
「そうだ。辛い思いを忘れ、幸せに生きる。しかも、それは永遠となるのだ。ダストが楽園の塵と呼ばれるのは何とふさわしい事か」
何処か遠くを見るような目で何かをとらえた後、エミヤにニヤリと笑いかけた。
「そう思うだろう?エミヤ」
「楽園は幻想だ。そんなもの、この世の何処にも、ありはしない」
エミヤが歯を食い縛って言った。
「あるさ。父が求めた理想。もうすぐ叶う。私が父の願いを叶える」
陶酔したようにコトミネは呟く。再び何か他のものを見ているようだった。その時、エミヤの手が自分のこめかみに突き付けられた銃に伸びた。銃身を掴みながらコトミネを睨んだ。
「リセイの息子。お前があの、リセイの息子か」
言いながら、銃身を曲げていく。銃がキャンディのようにひしゃげ、銃口が明後日の方向に歪んだ。
「自慢の、息子」
エミヤの目が溶鉱炉のように煮え滾る。鋼は千四百度で融ける。その熱はエミヤの全身を覆った。
「私はリセイを知らない。だが、衛宮矩賢は言っていた。リセイの息子は自慢の息子だ、と。理想を追う余りに別たれたが、それでも理想は手離していない、信念を持った男だと。お前の理想は楽園に住むことか。楽園と見せかけた地獄を作ることか」
コトミネが拳銃を投げ捨て、エミヤに対峙する。
「楽園も地獄も知ったことではない。勝手にそこに至ればいい。私は父の理想、生まれるものを全て愛し育てる楽園を作るのだ。そこに私の理想を見る」
エミヤが両手の拳を握った。
「烙印を持った獣でも、か」
「悪魔でも怪物でも、お前のような化け物でも、私は愛し、許そう。その理想が叶うのなら」
ダストで作る平等な世界。理想は叶う。自分を失いさえすれば。そこにはヒーローがいるのみだ。
「救う人間も、救われる人間もいない理想の地で、楽園の主となるのか。既にいる楽園にダストと言う智恵の果実をもたらして。狂っているな、コトミネ・キレイ」
「この世の楽園を無くそうと言う、女王蜂その者が言う言葉ではない。お前の理想こそ、あり得ない」
「それは、俺が叶える理想だ、コトミネ。お前の好きにはさせん」
「ランサー…」
コトミネの手刀がエミヤの首に当たった。コトミネがダストを使っている可能性は高い。ランサーはエミヤの首が落とされると思い、持っていた拳銃でコトミネを撃った。コトミネの頭に当たる筈だった弾丸は避けられた。そのせいでエミヤに当てた手刀は最後まで力が伝わらず、エミヤの首は無事だった。エミヤがマシンガンをコトミネに向かって撃ち込んだ。しかし、コトミネはその悉くをナイフで弾いた。効かないとなると、エミヤはマシンガンを投げ出して、両脇に下げていたナイフを両手で取り出した。コトミネがそれを迎え撃つ。
「ランサー!キャスターを!」
あり得ない戦いを繰り広げる二人を置いて、ランサーは地下への入口を探した。キャスターはいる。下に、何処だ。
「キャスター!」
ランサーが叫んだ。その時、寝室の方からダストゾンビがランサーを襲った。ランサーがマシンガンで応戦する。撃たれても撃たれても足が鈍らないダストゾンビは何も知らなければ恐怖だが、知っていればその行動は理解出来る。とにかく、頭と心臓を狙えばいい。
マシンガンを撃ち込みすぎてぼろ雑巾のようになった死体を乗り越えて寝室に入った。クローゼットが開いている。ランサーはクローゼットに入って中を覗いた。床に梯子がかかった穴がある。ここからゾンビが出てきたとすれば、キャスターが閉じ込められている地下室にも通じているかもしれない。ランサーは躊躇いなく梯子を降りた。
梯子の先には何もない部屋があり、明かりも点いていた。まぶしい位だった。真っ白な部屋の向こう側、扉が見えた。ランサーは慎重にその扉を開けると、中を覗いた。特に何も無い。今通り過ぎた部屋と同じだ。まさか、開けても開けても同じ部屋とか無いよな。けれど、キャスターはこの先にいる。ランサーには確信があった。
「キャスター!」
上で爆発音がした。天井が軋む。ここで天井が崩れたら、ダストを使っていても助からないかも知れない。ランサーは慎重さを捨てて、扉を壊して進んだ。
次の部屋は同じだったが、その次の部屋は違った。明らかに誰かが居住している痕跡があった。その中に、写真で見たような道具が目に入った。ダストの効用が消えかねない。早くしないと、カッとなった普通の男が残される。
「キャスター!」
叫んで次の扉を開いた。そこに、僅かに顔を上げたキャスターが縛られていた。
コトミネがダストの効用を何時間に設定しているのか分からない。が、然程の回数をこなしていると思っていなかったエミヤは、認識の甘さを思い知らされた。コトミネはダストに慣れていた。ランサーより回数は多く、戦闘経験も豊富に見えた。
「コトミネ、貴様ダストユーザーを実験台に使ったな?」
コトミネは不適に笑ってエミヤのナイフを弾いた。
「当たり前だろう。女王蜂が死んだと聞いて、漸く手を出したと言うのに、生き残りがいたとはな。計算外だ。お前さえいなければ、私ほどダストに慣れた者はいなかったのに」
「ふざけた事を。貴様にダストの限界が分かるはずはない。原データも持ち合わせて無いくせに」
「ほう、その存在を知っているのか。では、何処にあるのだ?」
エミヤはコトミネに口の端だけで笑いかけた。
「ペンタゴンに」
一際鋭い突きがコトミネから出される。
「嘘だな。お前はデータのある場所を知っているな?」
「だとしても、貴様の手には入らない。女王蜂がいなくなれば、そこにはたどり着く事も出来ないからな」
「つまり、要はお前か」
「そうだな。貴様には決して渡さない」
「では、ランサーには渡すのか?」
エミヤは右からのコトミネのナイフを往なして、左手をコトミネの首を落とす為に薙いだ。
「さあな。妬けるか?」
コトミネはあり得ない早さでエミヤのナイフを避けて回し蹴りを仕掛けた。
「身体が焼ける様に、身を焦がせ。男同士の恋愛なぞ、自ら堕ちたいとは思わん」
「キャスターに何をしたのか、覚えて無いのか?」
コトミネが爆笑した。
「あれが愛と言うなら、ここで殺し合っている私達も睦言を紡いでいるのだろうよ。これは傑作だ!」
「コトミネ、貴様キャスターをただ利用しただけなのか。あらゆる意味で」
「キャスター、キャスターな。あれがどれ程のものか。結局私を排除することなどやらないし、殺すことなど出来まいよ。愛だの恋だの馬鹿馬鹿しい」
エミヤの目が再び燃える。コトミネに血を吐くように言葉を叩きつけた。
「人魚はな、純粋に愛を求めるのだ。貴様に理解出来ない概念だろう。理想には、人の感情は必要ないからな」
「お前は女王蜂だろう?人魚とは何だ。データと愛に何の関係があると言うのだ」
「貴様には知らなくていい事だ。だが、それが分からぬ貴様に、データを渡す者などいないだろうよ」
「お前はそれを知っていると言うのか?」
エミヤは口を噤んだ。ナイフを順手と逆手に持ち替えた。
「コトミネ、もういい。貴様はここで死ね」
「お前はダストを使って同等に闘える者をそんな簡単に死なせる事が出来ると言うのか?それは幻想だ」
「コトミネ、貴様はダストの限界を知らんのだ。何が出来て何が出来ないのか。なぜ私達がスパイナルを使い続けるのか。全く分かっていない」
「スパイナル?」
「ダストは痛みを無くす、傷ついても分からない。それが最大の利点でもあり、最大の弱点。心臓と脳を壊さなければ、動き続ける。コトミネ、貴様はダストユーザーと闘い合っていたが、女王蜂と対決するのは初めてだ。なぜ雀蜂と言われているのか、何も分かっていない」
「お前、まさか」
「私は女王蜂。幾度も刺し、毒を巡らせ、死に至らしめる。毒は身体を縛り、目を閉じさせ、心臓を止める。私は働き蜂を産むもの」
コトミネが全身を眺めた。全て攻撃は防いだ筈だった。一刺しもされていない。何を、と笑おうとしたところで、目が暗くなった。そして腕が上がらなくなり、コトミネは膝から崩折れた。
「何をしたのだ、お前は」
「ナイフには遅効性の毒が縫ってある。ほんの少しずつ、かすり傷を負わせたり、背中を刺す事で貴様には見えない傷を作っていた。ダストユーザーと対峙する事が分かっているときは必ずやるのだ。彼らは生きていれば命令する者の所に必ず帰る」
「女王蜂。なるほど、お前は化け物だ。人とは思えぬ。悪魔だな」
「いいや、悪魔は貴様だ。コトミネ」
コトミネはその場に倒れた。その時、ランサーの声が後ろから聞こえた。
「キャスター見つけたぞ!」
時間ギリギリだ、とエミヤは思いながらランサーに振り向いた。
キャスターはシカゴの病院に搬送され、物騒な装備は基地に戻った。後片付けは凛の役目だ。
「まあまあよくやったわ。コトミネが死んだのは残念だけど、キャスターは無事だったしね」
「ランサー、ケガはないか?」
エミヤが心配そうにランサーに問いかけた。
「俺は今回無傷だぜ。後で全身見せてやるよ」
エミヤにウインクしながら答えると、エミヤから頭を叩かれた。
「バカな事ばかり言うな!」
「んだよ」頭をさすりながら、ランサーが不満そうに言った。
「後でって言ったじゃねぇか」
「ランサー、凛がいる前で何を言うんだ」
「だからだよ、見せつけてぇんだ」
再び叩かれるランサーの頭。
「叩くなよ!バカになるだろ?!」
「君がバカで無かったことがあったのか?」
「ひっでぇ」
「なら、今すぐ別れろ」
「絶対やだね」
「痴れ者が!」
エミヤはプリプリ怒りながら何処かへ行ってしまった。
「驚いた」
凛が呟く。
「何かだよ」
「あいつ、あんなに感情を顕にすることが出来るのね」
「そうか?わりと笑うし怒るし、うるせぇし」閨ではかわいいし、は飲み込んだ。
「笑うですって?」
「俺、何回か爆笑されたけど」思い出すと少し惨めだ。
「爆笑?!」凛が目を剥く。
「んだよ。面白ぇかよ」むすくれてランサーは言った。
「違うわ、驚いているのよ。あいつが爆笑した所なんて、見た事無いもの」
「へぇ」
「いつも眉間にしわ寄せて、難しい顔して、この世の不幸を全て背負ったみたいな。でなきゃ無表情か」
「んだな、無表情は多いな。でも最近はそうでもないな。笑ったり怒ったり、泣いたり」
「泣く?!」
「お互い様だけどよ。バカみたいに二人で泣いたりしてるぞ」主に嬉しくて。抱き合って言葉もなく、ニューヨークの家で。
「何にやけてんのよ、やらしいわね」
「悪ぃ。やっぱあいつ最高だから」
凛はため息を吐いて、ランサーに微笑んだ。
「そう、じゃ、あいつ幸せなのね。あんた見たいのでも」
「見たいのでもってひでぇな。でも、あいつが幸せなのかは、まだわかんねえ。今、少しずつ受け取って貰ってる最中だからな」
「受けとる?」
「あいつさ、いつも与えっぱなしだろ?だから、こっちからも受け取ってくれって、今、それがわかった所なんだよ。少しずつ、俺の愛を受け取って貰ってる最中」
訝しげに凛はランサーを見た。
「何か、やらしいけど、それは判るわ。あいつ、人から好かれることに慣れてないし、思った事もないみたいだし」
「あんたら付き合ってたんだろ?」
「あたしは、」凛が詰まる。
「あいつの庇護対象だったから。守られる人間には、守る人間を愛し切れなかった。本当は、私だって守ってあげたかったけど」
ランサーは凛に微笑みかけた。
「あんた、本当、いい女だな。旦那と別れて俺と一緒になんねぇ?」
凛はランサーをマジマジ見た後、爆笑した。
「あんたって、バッカねえ!」
凛がシカゴのホテルに泊まると言うので、送った後、二人で家に帰った。それぞれの部屋に戻ると、ランサーは身綺麗にして、欲する所に従った。簡単に言えば、夜這いである。
ランサーはエミヤの部屋をノックした。
「エミヤ、もう寝たか?」
しばらくして、エミヤが扉を開けた。
「ランサー、今私がそちらに行こうかと」
「同じ思いで?」
エミヤはランサーを中に誘いながら、応えた。
「昨日、君といられなくて、…その」扉を閉めて、続きを言う。
「寂しかった」
扉に押し付けられて唇を貪る。お互いにお互いを欲していた。夜は長い。戦闘で高揚した気持ちはそのまま閨に持ち込まれる。エミヤはコトミネと、ランサーはキャスターとの事で精神的に疲れていて、それを解消するには、お互いが必要だった。扉のすぐ内側で、いつまでも離せなかった。
長いキスの合間にエミヤがランサーの手を取った。
「だから、その、君と早く繋がりたくて」
最後は消え入りそうな声で、ランサーの手を後ろの谷間に導いた。まだズボンの中にあるその中心は、中から蜜をこぼし、柔らかくランサーを待っていた。
「準備してきた」
ランサーは吸い込まれるように中指を入れ、ローションが指から下着へ落ちるのを感じだ。
何も言わずにランサーはエミヤを扉に押し付け、背中を向かせた。エミヤは扉に向かって立ち、
「ランサー?」
と戸惑っている。ランサーはベルトをはずすのすらもどかしく、エミヤのズボンと下着を尻だけ出すように下ろし、ランサーも自身が取り出せるだけ服を弛めて下着から出た自身を扱き、いきなりエミヤの中に入れた。
「あ…っ?んん」
ランサーの息が肩と耳にかかる。準備した孔は喜んでランサーを迎えていた。
ん、ん、と言う息づかいがエミヤの部屋に響く。半端に下ろされたベルトが扉にあたり、カチャカチャ音を立てる。中に入れたローションが太ももに垂れて、ランサーの腰が打ち付けられる度に尻がペシンと鳴る。ランサーの手がエミヤを掴み、扱いた。エミヤの先端はトロトロと蜜をこぼし、中と同じようにランサーを待っていた。何もかもがランサーの為に存在し、ランサーに与え、奪う。エミヤがランサーを出すように動き、次には奥へ誘う。準備したと言う中はあくまで柔らかくランサー自身を包み込んで離さない。出し入れするのすらもどかしい。もっと深く、もっと長く、二人して融けてしまえるように。
「ん、あ、あ、ランサー、ん、…ん!」
扉にすがり付くようにエミヤが快感に耐える。エミヤの手が握りしめられた。射精を我慢している。ランサーも限界だ。
「ダメだ、こんな所で、ランサー、もう、う、ぅっ、…」
エミヤはランサーの手の中で爆発し、凄まじい罪悪感を感じた。と、同時に肚の中に広がる熱いものがランサー自身もエミヤの中に注いだ事を告げる。充足感と羞恥心の狭間で揺れていると、肩を掴んで反転させられた。息の荒いランサーが扉に再び押し付けるようにエミヤにキスをしてきた。噛みつくような激しさで、ランサーの舌がエミヤの口中を舐め回す。上顎を頬の裏側を歯の付け根を、口をこれ以上開けない位に開いて舌に噛みつかれる。唾液が顎を伝って首に流れた。ランサーはエミヤの両手を壁に押し付け、身体全体を密着させて口付けをした。あまりの激しさに息もできない。さっき果てた余韻が毒のように身体を巡る。全力疾走した時のように息が上がる。それでもランサーは離してくれない。エミヤはランサーの激しさも愛しているから、ランサーのする事に抵抗しない。唇を強く吸われてランサーが息をついだ。はあはあと二人の息だけが音を立てる。
ランサーがギラギラとした目でエミヤに何か言おうとした時、エミヤがランサーに軽くキスをした。
「ランサー、もっと深く欲しい。熱くて激しくて最高に気持ちいい君で、オレをかき回して」
整わない息で囁くエミヤ。ランサーの耳に残る、"オレ"と言う言葉。
この台詞は、これは、受け入れているのではなく。
ただ、受け身で寛容なだけではなく。
初めからそうではなかったか。
準備してきたと、早く欲しいと言っていたではないか。
潤んだ瞳でランサーを見るエミヤに、今の台詞を意識している素振りは見えない。心から、何も纏わぬエミヤがそこにいた。
俺に全てを見せる純粋すぎる存在。
美しい、以外にどんな形容詞があるだろう。
ランサーは今までもエミヤを理解し愛していたと思っていた。違った。まだ先があった。
ランサーはエミヤが着ていたシャツを引きちぎってその肌を顕にした。まだ狂気に囚われた時の跡が生々しく残る、褐色の肌。触れると暖かい。胸の間を下から舐めて首に触れる。頸動脈がドクドク脈打つ。心臓が確かな強さでランサーを歓迎する。するすると胸の尖りに指を這わす。触るか触らないかの接触でその熱だけを伝える。
「っ…ふ!」
エミヤから息が漏れる。そこが固く尖って快感を受け入れようとしている。
「ん、んん。ランサー、その、っぁ、ここでは、部屋が汚れてしまう。扉に付いてしまったし」
「エミヤ」チュッと音を立てて乳首を吸い込む。中で舌が先端を捏ねる。乳首を吸いながらランサーは答えた。
「我慢、できない。入れたい。今すぐ。ベッドに、行く時間が、もったい、なくて。ああ、」ちうちうと胸から音がする。
「お前だって立ってる。欲しいだろう?」
ランサーがエミヤを握った。さっき出たばかりなのに、二人ともすっかり立ち上がっている。
「欲しい、」エミヤはランサーの頬を両手で挟んで上向かせると、吸い付いた。
「もっと欲しい。奥に入れて、激しく突いて、思いもしないところまで、翔んで行こう」
ランサーはエミヤの下着とズボンが膝に蟠っているのを踏んで落とすと、自分も下まで脱いだ。エミヤが落とした服から出てくると、我慢できないようにエミヤを抱き上げた。
「重いだろう!歩くから!」
「うるせえ、我慢出来ねぇ!」
走るように部屋を横切り、エミヤをベッドに投げ出すと、上を脱いだ。白い綺麗な肌がピンクに色づく。均整の取れた筋肉が付いて、引き締まっていて、乳首は薄い桃色をしている。
「何て綺麗なんだろう、君の裸は。何度見ても惚れ惚れする」
ベッドに横たわってエミヤが陶然として言う。
「見ろよ、見せてやるって言ったろ」
ランサーがニヤリと笑って言う。そういうエミヤだとて、厚く綺麗に付いた筋肉が隆起し、くっと腰が括れている。尻の肉も盛り上がっていて、割り開くとピンク色をしている。ランサーは思うままにエミヤの尻を掴んで、あわいを開いて確かめた。さっき入れた精とローションがトロリと垂れた。
「ランサー、来てくれ。早く」
もどかしそうに腰を動かしてランサーに入れて欲しいとねだった。エミヤは血管が浮き出るほど立ち上げ、透明な蜜をこぼす。ランサーはほんの一瞬、それを眺めて、エミヤの尻を掴んだまま浮かすようにして己を突き込んだ。
奥へ、奥へ。深く、深く。三つの襞を掻き分け結腸の括れにキスをする。
「ひ、あ。あ、あ、あ、」
律動する度に漏れる声がランサーを煽る。柔やわとしゃぶりつく中の襞が、ランサーを高める。エミヤは潤んだ瞳でランサーを仰ぎ見る。
「熱い。凄く熱い。ん、あ、んんんん」はふはふ。
痙攣するように細かく奥で律動し、抜けそうになるほど引いて打ち付け、エミヤの尻がパンと鳴る。ぐちゅりと中が音を出し、エミヤを追い込む。何度も何度も音を立てて攻めたてた。ランサーはエミヤの中をグラインドした。色々な角度がエミヤに突き刺さる。ランサーの大きなそれを咥えてなお柔らかい門は、ぐるりと回したことで女のように蜜をこぼした。
「エミヤ、いいか?」受け取っているか?
「いいっ…!」エミヤが潤んだ目でランサーを見上げた。
「凄い、君で一杯だ。ぁ、ん、翔ぶ、…ぅ、、ぁ、……イく!」
ランサーのエミヤの尻を掴んだ手に力が入った。我慢などできない。高まる気持ちが上り詰める。一際強く深く突いて、目眩がするほどの快感を吐き出す。荒い息の中、ランサーがエミヤを見た。
エミヤの腹にエミヤの精液が飛んでいた。
ランサーは今エミヤ自身に触れていない。エミヤは中だけの快感で射精していた。
「ん、く、ふ、んん」
余韻があるのか、むずがるように息が漏れる。何てかわいい。こんなに俺で感じてくれている女等いただろうか。いや、エミヤが初めてだ。本当、堪らない。トロリと熔けた鋼の瞳がこちらを見る。はたはたと瞼を震わせて、白い睫毛の端から雫が零れた。
「エミヤ、俺、謝らなきゃならねぇ」
「ん、く、?」
「ごめん、中で出した」
さっきと合わせて二回目だ。反省しようと顔を上げてエミヤを見た。エミヤがかつて無いほど慈愛に満ちた顔をしている。
「そうだな。君が悪い。けれど、私も悪い。君を止めなかった。止められなくて、だから、今回は不問だ。お互い様だ」
エミヤの手がランサーに伸びる。
「どうしてこんなに好きなのかな。理性がどこかに行ってしまったみたいだ。こんなバカな男に君は何をしているんだね」
ランサーを引き寄せ、深いキスをする。
「愛の交歓」
「バカバカしい」
エミヤはランサーに噛みついた。