キャスターは一週間入院していた。その間、ランサーはコトミネが築いたダストのルート潰しに着手を始めた。
手法はもともとあるものだ、ランサーが辿るのは然程難しくなかった。ランサーの手が届きにくい所に関しては、本人が行くしかない。アメリカ全土のサポートを人知れず凛が手伝ってくれていた。ランサーがその事に気付くと、エミヤがウインクしながら言った。
「気付いていると彼女に言わないでくれ。がっかりするから。バレてないと信じているんだ」
「ああ、本当、何でいい女は大抵売れちまってるんだろうか。凛はいい女だよな」
ランサーがため息を吐きながら言うと、エミヤが微笑んだ。
「ああ、とても。幸せになってもらいたいといつも祈っている」
「そこはおめえ、幸せにする!て言わねぇと」
「ランサー、私には無理だ。分かっているだろう?」
寂しそうに笑うエミヤ。だから別れたのか。幸せに出来ないから。
「でもよ、俺もそうだが、別に時間があればいいってもんじゃねぇぞ。俺はお前と一秒でもいられたらそれでいい」
「それだけではない。単に、人としての幸せをあげられないからだ」
子供か。遺伝子操作の果ての実験体に子孫はいらねぇか。
「私は君にも何もあげられない。男であるだけでなく、その命の短いが故に。ランサー、本当は、私などがここにいてはいけないと思っているんだ。常にその思いは私を蝕む。君が何と言おうと、やはり陸へ上がってはいけなかったのでは無いかと」
「エミヤ!」
「わかっている。こんなことは単なる感傷で、君の選択は終わっている。私だって、今さら君を手放すことなど出来ない。けれど、君にはもっといい人生の選択が出来たのでは無いかと、思うのだ」
「お前に会わない最良の選択なんざ、ねぇよ。オルタを見ろよ。俺よりお前の事情を知らなくても、あいつは南米を守り続けるだろう。それがあいつの最良の人生だからだ。俺達はお前達に惚れて、それに満足してんだよ」
「変わった兄弟だな。君達は」
「最高だろ?」
エミヤは眉をしかめた。
「わかっている」むすっとして言った。
キャスターが退院する日に、エミヤが聞いた。
「キャスターには、どこまでの話をする?ダストのレシピデータの存在は知っている、ダストユーザーも見たことがあるかもしれない。ゾンビは知っているのか、その成り立ちまでわかっているのか?そこが分からない。エミヤの事情は教えなくても差し支え無いとして、女王蜂と雀蜂のことは知っているだろう。ランサーは、キャスターをどこまで守りたい?」
「どういう意味だよ。あいつは家族で兄弟だぜ、守りたいに決まってんだろ」
「原データの事を話すかどうか、だ。レシピだけではないデータの存在を知っておくべきなのか、と言うことだ」
ランサーに鮮やかに甦る片羽の模様。右足の付け根、思い切り開かねば見えない奥津城。
「いや、そんな事は知らんでもいいだろう」
「ランサー?」
「あいつに片割れの事を教えたくない」
「……君以外には見せないぞ」
ランサーの耳が真っ赤に染まった。
「分かってんなら、言うな」
エミヤはランサーに軽くキスをした。
「私の伴侶は君だけだ」
「分かってる」
「私を信じてくれ」
「分かってる」
「愛してる」
「俺もだ」
改めて向き合い、口づけを交わした。
シカゴの病院にロイの運転でキャスターを迎えに行く。エミヤは助手席に乗ってロイの話を聞いていた。ところで、マクイルの運転手は全員おしゃべりでないといけないのだろうか?
「それでよ、やりてえの一心で女子寮の壁を越えてな、その女の子の部屋に忍んでいったわけだよ」
話すことが下ネタになるのは男同士によくあることだし、武勇伝としちゃ悪くない選択だ。あの話はオチも含めて中々面白い。けどな、何も伴侶に言うことでは無いんじゃないか?
「で、結局五人から搾り取られてよ、ふらふらになりながら帰ろうとしたところに、寮長に見つかってよ」
ランサーはロイの言う話をただ聞いていた。別に突っ込む所もないし、混ぜっ返して面白い話でもないからだ。単にランサーが一晩中頑張ったと言うだけの話だ。ラッキーなのかそうでないかは受けとる人による。大抵の男はそんなに相手をしてもらえてラッキーだと言い、分かるやつはお気の毒と言う。エミヤはどちらなのだろう?
「ランサーの目的は達したのか?」
エミヤがロイの話が終わった時、聞いた。
「目的?」
「会いたい子がいたのだろう?朝帰るまでに会えたのか?」
「ランサー、どうだったっけ?」
「会いたいってほどでもねぇよ。単にやらせてくれるって言っただけだったからな。他の女でできたんだから、気にしなかったぜ」
「君は意外と不誠実な所があるのだな」
無表情でエミヤが呟いた。
「え、ちょっと待てよ!違うって!そうじゃねぇって!本命いたらそんな風に言わねぇって!」
ロイが含み笑いをこぼしている。計算ずくかよ!
「若い頃の話だろうから、特に何も言わないが、女性に対してその態度は頷け無いぞ。もっと優しく扱いたまえ」
説教が始まったぞ。そう言えば、凛の時にもずいぶん説教してたよな。こいつ、どんな道徳観の持ち主だよ。固い。重い。面倒くさい。ドがつくフェミニスト。俺の敵だ。いいじゃねぇか、やりたいだけで行動するのが男だろう。どんなに飢えてても、目の前におっぱいがあればわし掴むのが男ってもんだろ。いけねぇのかよ、それじゃ。お前の言うとおりにしてたら、人類滅びるぞ。
説教するエミヤを眺める。動く喉が凄くいやらしい。あれが動いて飲み干して、反って喘いで、ため息をつく。やっぱ、リビドーに忠実なのは、悪くないと思う。だって、説教が喘ぎ声に聞こえてきた。変態だ?言わないだけで、男は皆変態だよ!
車中続いた説教は病院に着いたことで終わった。エミヤがサングラスをしたまま、ランサーの後ろに侍る。ボディーガードに徹する為だ。マフィアとしてはとても正しい姿になった。キャスターは病室のソファーにふんぞり返って座っていた。
「よお、退院おめでとう」
「ああ、お迎えどうも。ランサー、そいつは何だ」
キャスターがエミヤを指差し聞いた。
「こいつは、」
ランサーが言う前にエミヤが口を出した。
「私はランサーのボディーガードをしているエミヤという。今後何かと目に入るかも知れないが、許して貰いたい」
握手を求めて出されるエミヤの右手。
「お前、エミヤだろ?女王蜂の、元軍人の。何でランサーのボディーガードなんてやってんだよ」
出された手を無視してキャスターは言った。
「縁あってな」
苦笑しながら手を引っ込める。ランサーがキャスターに抗議しようとしてエミヤに視線で止められた。必死に取り繕ってランサーは言った。
「そう、色々物騒だったんでな、一緒に来てもらってんだ。悪くねぇだろ」
「さて」キャスターはソファーから身を起こした。
「どうかね」
そう言うと、病室から出て行った。ランサーとエミヤが病室に残され、視線を合わせた。ランサーがエミヤを睨んだが、エミヤは何も言わずに頭を振った。ランサーは唇を噛んで我慢する。何かを確かめるまでキャスターに伴侶とは言うなと言うことだ。ロイには既に口止めしてある。だから、動画も公表するなと言っている。けれど、キャスターに告げない理由がランサーには見つからなかった。キャスターには隠し事は出来ない。ランサーと繋がっているのだから。
双子の共感能力は、いつでもランサーよりキャスターを優位にしてきた。ランサーはエミヤの事をいつまで隠せるか分からなかった。案外すぐにバレそうだ。
家に着くまで、ロイとキャスターはランサーをからかう事で結託していた。エミヤは何も喋らない。本当にボディーガードのようだった。サングラスで瞳が隠されているのが残念だ、きれいなのに。ランサーはいつでもエミヤの瞳に魅了される。
「ランサー、聞いてんのかよ」
「え?」
「だからよ、今日は豪勢な飯が良いんだって。何せ病院食だったんだぜ、二週間も!少しは同情しろよ!」
「あ、ああ、悪ぃ。考えてなかった。そうだな、何か考えてやるよ。シカゴの店でも予約すっか」
「二人分でな」
ランサーは頭に血が上りそうになった。三人ならまだしも、二人とは!だが、考えて見ると、それは普通だ。ボディーガードが一緒に食事をするわけない。
「ランサー、何怒ってんだよ」
近くにいると、キャスターに感情が伝わる。誤魔化しても無駄だ。口から出任せを言って取り繕った。
「何でもねぇよ、そんなら早く言って欲しかったな、と思ってよ」
ニカッと笑ってランサーは応えた。キャスターとの食事に興味はない。えらく長く感じるだろう。
グレイスに連絡して無理やり予約を取る。キャスターはアリオナの方が好きだったが、何だってあんな店にキャスターと行くんだ。エミヤと行って、眉をしかめさせた方が楽しい。あいつ、絶対嫌がるぞ。
グレイスの個室に入って食事をする。エミヤは部屋の外で立っている。次々出てくる肉やら魚介やらの華麗な食事。キャスターはご機嫌で、何かと話しかけて来るが、ランサーは殆ど聞いていなかった。一々エミヤとなら楽しいのに、と思ってしまう。気がつくと、一人でワインを開けていて、食事中とは思えない酒量になっていた。
「何だよ、ランサー、お前おかしいぞ。病院からずっと上の空だ。何かあったのか?」
「ああ、いや、悪い、別に何も…」
「恋のお悩みか?」
キャスターが片目を瞑って揶揄った。キャスターはランサーの感情の機微に聰い。特にこれだけ近いと、全く誤魔化せない。思考は共有しないものの、どうしても分かってしまう。上の空と言うのは感情だったか?
「分かってんなら聞くなよ」
「ずいぶんご執心だな。どんな奴なんだよ?」
ランサーは言葉に詰まった。何と言えば良い?あいつの別名はたくさんあるものの、どれが一番近いだろう?どれも違うような気がする。あいつは、
「星」だろう。
太陽じゃない、あんなにギラギラしてねぇ。
月じゃない、誰かに頼っているわけじゃねぇ。
自分で光っているけど、遠い。手のひらに入ってしまえそうで、実際は強烈な太陽だったりする。この身が焼けてもあれを掴めるのか分からない。夜に幾つも煌めき、砕け散った宝石のような。
そういや、首飾りどうしたかな。
「ランサー?」
「あ、悪い。考え事してた」
「星って何だよ。ずいぶん詩的じゃねぇか」
「キャスター、揶揄うなよ。分かってんだろうが」
「いやな、あれだけの武勇伝があるランサーが、一人で満足すんのかってな」
「あのな、俺は別にそれだけで決めてる訳じゃなくてな、あいつの純粋さや綺麗さが良いと思ってんだよ」歪さや空虚さも含めてな。
キャスターが大笑いした。
「お前、何言ってんだよ!純粋とか、綺麗とか星とか、何か変なものでも食ったんじゃねえのか!」
レストランで言う言葉じゃない。ランサーが呆れていると、キャスターが遂にその言葉を言った。
「会わせろよ。お前がそんだけ言うなら、俺が見てやるよ。お前に相応しいかどうか」
「余計なお世話だよ、お兄ちゃん」
双子で同時に生を受けたランサーがこういう時は、本気で嫌がっているときだ。キャスターはニヤニヤ笑いながら、ワインを取り上げた。
「お兄ちゃんはな、ランサーに幸せになってもらいたいんだよ」
「邪魔したいだけだろ」
ふと、エミヤの言っていた言葉が思い出された。
"君を誰かに獲られたくないんだろう。独占欲が強いのだな"
これもそれに当たるのか?揶揄ってバカにしてうんざりさせて、暴露させようとする。何だかエミヤのエの字も教えたくない。
そのランサーの気持ちを読んだようにキャスターが言った。
「ランサー、俺が言ってんのは、バカにしたり揶揄ったりするためじゃねぇよ。マクイルの当主として相応しい相手かどうかは一族の大きな問題だ。お前一人の問題じゃねぇだろ」
ランサーの目が曇った。哀切漂う空気を纏って、呟くように言った。
「そりゃ気にせんでいい。俺はいずれ相応しい相手と結婚するから」
「ランサー?どういう事だ?」
「キャスター、頼むから、何も言わんでくれ。長くないんだ。そんなに長くない」
キャスターに伝わる泣きそうなほどの祈り。決して叶うことが無いと分かっていて、それでも祈らずにいられない。少しでも長く、少しでも共に。
「そいつと結婚すんじゃねぇのかよ」
ランサーの目が濡れてないのが不思議だった。
「するさ。承知してくれたらな。でも、あいつ、頑なだからなぁ」
赤い瞳が蝋燭の灯りに揺れていた。
「俺の気持ちが分かっていても、承知しないかもなぁ」
キャスターの心に降り注ぐ涙はいつまでも途切れない。泣くほど好きで、泣くほど欲しい、手が届かない星を思っているかのようだ。
そうか、ランサーは自分だけの星を見つけたのか。
「わかった。協力してやるよ。そいつを認めりゃ良いんだろ。俺が良いと言ったら、誰も文句言わねえだろうが。お兄ちゃんに任せろよ」
ランサーが少し微笑んだ。
「ありがとよ。でもな、違うんだよ。そうじゃ無いんだ。人にどうこうできることじゃねぇんだよ」
キャスターはランサーの感情に揺れた。引き摺られそうになって、踏み止まる。
「病気なのか?」
「ん?いや、あー…うん、そんなもんかな」
寂しそうに笑うランサーなど初めて見た。生まれてからずっと一緒に生きて来たのに。ランサーはいつも割り切りが早かった。ダメならダメ、良いなら良い。執着したものには思いが遂げられるまで狩りを行うが、それも見極めたら後を振り返らなかった。
長くないと分かっていて、なぜ結婚したいんだ?承知しないと思っていて、なぜ結婚すると言うんだ?
キャスターにとってはランサーの言っていることが矛盾だらけに思えた。
デザートが終わって店を出る。来たときと同じ、ロイの運転で家に帰る。ランサーに掛ける言葉も、キャスターに言うべき言葉も見つからない。車は大人四人を乗せて無言のまま家路を急いだ。
家に着くと、家令がランサーを呼び止めた。ランサーはそれを聞いて、急に元気になった。キャスターと食事していた時とは大違いだ。キャスターは不振に思ったが、伝わる感情が悲哀に満ちているよりましだ。面倒なのでそのまま自室に戻った。
夜、帰って家が寝静まった頃、キャスターは凄まじい嵐の中に放り出された。
いくら祈っても収まらない。いくらすがっても、ひれ伏しても。キャスターが止めてくれと叫んでも。
幸せだと、悲しいと、嬉しいと、辛いと、ありとあらゆる感情がキャスターを襲う。
愛している。愛している。愛している。
キャスターには理解出来ない、苦痛なだけの感情が渦巻いた。
ランサー!やめろ!
けれど、一晩中感情の嵐は続いた。
家令から荷物が届いたと聞いたランサーが浮かれるのは、当然だった。遂に首飾りが届いたと言うのだから。ボディーガードとして侍っていたエミヤが食事を終えた頃、キッチンを覗くと自分の食器を片付けている伴侶がいた。作業している後ろ姿を抱き締めて囁く。
「後でお前の部屋に行くからな。待ってろよ」
「無理しなくて良いぞ。キャスターと積もる話もあるのではないか?」
「お前と過ごす時間より大切なもんなんて、俺にはねぇよ。離れたくねぇ。いいだろう?」
「当たり前だ。私だって君と過ごすのは嬉しい」
ランサーは軽く頬にキスをして離れた。
「後でな」
「ああ」
エミヤは一度も振り向かなかった。作業に没頭しているようにだったが、ランサーは知っている。ランサーの伴侶はイチャついて何も言わないほど優しくない事を。
自室に戻って箱を掴む。中を確めた。元々詰まったダイヤモンドが天の川のようだったが、エミヤのサイズに合わせて銀河のようになっている。蜘蛛の糸のように垂れ下がり、パラパラと煌めくダイヤモンドは、あの肌に合うだろう。早く見たい。どんなにか嫌がるだろうが、何とか着けさせよう。楽しみだ。
箱を閉じてエミヤの部屋に行く。軽く扉を叩いて、部屋の応えを聞かずに入った。エミヤはまだバスルームにいるようだ。ランサーはソワソワして落ち着かない。これを着けてもらうのはもちろんだが、次は結婚を承諾してもらいたかった。今夜そこまで出来るかどうか分からないが、ランサーはベストを尽くすつもりだ。
バスルームの扉が開いてエミヤが出てきた。バスローブを羽織っている。濡れた肌が扇情的だ。思わず息を飲む。
顔は平静を保って手を振る。ランサーはベッドの上で待つ自分がいい男に見えるか、気になった。エミヤが俺を欲しいと思ってくれるような男に見えているだろうか。
「早かったのだな。すまん、酒の一つも用意すれば良かったな。今、取って来るから」
ランサーは今にもバスローブ姿で出ていきそうになっている男を引き留めた。
「いや、待てよ。その格好で行く気かよ」
「もう誰もおらんだろうが。それに私のような武骨な男の事など誰も気にせんよ」
「いや、イヤイヤイヤイヤ、エミヤサン、お願いします。やめてください。俺が死ぬ」
「なぜ君が」
エミヤは憮然として、縋るランサーを睨んだ。ランサーは叫ばないように、落ち着いて聞こえるように心がけた。
「よく見ろよ、お前の格好。風呂入ったばっかであちこち濡れてて、髪は落ちてるし、バスローブの下何も着てねぇし、鎖骨も胸も腹まで見えてんじゃねぇか。そんなやらしい格好で家の中歩くなんて、俺が許さねえ。風呂上がりのエミヤは俺だけのもんだ」
呆れたようにエミヤがランサーを見た。
「何を言っているんだね。飲み物を取って来るだけだ、別にいいだろう」
「い・や・だ!」
「子供みたいだぞ」
「ガキでいい。エミヤは俺だけのものだ。誰にも見せたくねぇし、誰にも触られたくない」
「ランサー、君、おかしいぞ。キャスターと何かあったのか?」
「ない。あいつは俺の恋を協力すると言っていた。けどな、エミヤ。俺はキャスターに見せたくないんだよ。どうしても信用出来なくて」
ランサーは部屋の中央でエミヤの足を止めたまま、バスローブの中をまさぐり始めた。
「ランサー。待ても出来んのか」
「俺は獣なんでね。好きだろう?そう言う俺」
エミヤの胸に手を置いたまま近づき、首の付け根に鼻を擦り付ける。エミヤの匂いと石鹸の香りがした。
「なあ、エミヤ。酒はいらないから、一つお願いを聞いてくれ」
「何だ。おかしな事でなければ君の頼みは断れないんだぞ。よく考えてくれ」
「ああ、贈り物を受け取って欲しいんだ」
「贈り物?クリスマスでも無いのに?」
「今、お前に。お願いすればいいか?」
エミヤはため息を吐いて、両手を広げて降参した。
「わかった。受けとる。だから、離してくれ」
「じゃあ、ベッドに」
「?ああ」
ランサーは持って来た箱をベッドに置きっぱなしにしていたのだ。ここはゲストルームで、リビングとバスルームとベッドルームが別々にある。エミヤはバスルームからリビングを抜けて廊下に出ようとしてランサーに止められた。だから、ベッドルームに扉を開けて入って行く必要があった。エミヤが寝室の扉を開けてランサーがベッドに腰かけて待っているとき、嫌な予感はしていた。
今、目に入るティファニーブルーの箱。
鮮やかに思い出す、ニューヨークでの辱しめ。またか。
エミヤはため息を吐いてランサーを見た。
「出来たのか」
「そう、だから、貰ってくれよ」
一度口にした事は覆せない。貰うと約束したのだから、貰わねば。約束はよく考えてやるべきだ。
「で、私にどうしろと言うんだ?」
「全部脱いで後ろを向いてくれ。着けてやるよ」
嬉しそうだな、ランサー。こんなところまで呪いが追って来るとは。
ベッドに膝立ちすると、ランサーに後ろを向けてバスローブを脱いだ。元より風呂上がりだ。何も身に付けてはいない。
箱からさらさら音がした。あの首飾りは結局どうなったのか、エミヤは自分の身体に纏わせて見ることになった。
ランサーの手がエミヤの首に宝石をかける。首飾りは店で見たときより密度を下げて、広い面をカバーするようになっていた。首から胸まで、点々と光るダイヤモンドが全体を覆う。初めて見たときよりは身体に合っている。採寸し直したのだ、当然だ。ヒヤリとした宝石が落ち着くと、首飾りが覆っていない場所の首に軽くキスをされた。
「こっち向いてくれ。目を瞑ってるから、声をかけて」
「わかった」
ランサーが下がり、落ち着いた音がした。エミヤは膝立ちでランサーの方を向くと、
「いいぞ」
と声をかけた。
ランサーが目を開けると、そこには愛しい伴侶がいた。
首飾りは肩から胸までをキラキラ輝いて覆い、その下の褐色の肌を引き立てている。頭には煌めく白色の冠。厳めしい顔。思ったとおり、凄く似合っている。
頭を飾る星は、肩に纏っている。
ランサーは宝石に触れないようにエミヤの腕を握ると、厳かにキスをした。
「凄く綺麗だ、俺のエミヤ」
「君が言うならそうなのだろうが、君がつけた方がいいんじゃないか?」
ランサーは細かいキスを顔中にしながら言った。
「これはな、お前だから美しいんだよ。俺はダメだ」
そして顔を離すと、とても嬉しそうにエミヤを眺めた。ランサーはエミヤの右手を取ると、手のひらにキスをしながら言った。
「エミヤ、俺と結婚してくれないか?」
エミヤが身動きを止めた。
「公表はしない。けれど、お前を俺のものとして、俺の人生に刻んでおきたいんだ」
無表情だったエミヤの顔が、悲しそうに歪む。
「結婚した事実は、俺の結婚証明書に残るんだ。お前とどうなったかも、記録される。誰にも言わなくても、紙切れ一枚でお前との思い出を俺の人生に残せる」
ランサーの目が真っ直ぐエミヤを捉えた。
「エミヤ、俺と結婚してくれ」
「ずるいぞ、ランサー。そんな言い方。それでは、」
ぽつり、とエミヤの目から涙が落ちた。涙はダイヤモンドと同じように煌めきながら落ちていき、首飾りを飾る一粒となった。
「断れない」
エミヤがランサーの額にキスをする。
「結婚してくれるか?」
ランサーが問う。エミヤがランサーの両手を取って応えた。
「私で良ければ」
エミヤの手に力がこもる。ランサーも握り返して顔を近づけ、誓いのキスをした。
ランサーが顔を離し、エミヤをじっと眺めた。白い髪は額にかかり、顔は嬉しさに溢れ、胸には星の煌めき、綺麗な筋肉の盛り上がりを経て締まった腹と腰、白い下生えからエミヤの性器が見える。膝立ちしているから、片羽はその端が小さなあざのように見えるだけ、足の筋肉も綺麗に付いている。肌は滑らか、体毛は薄め、けれど全身を覆う白い毛は、エミヤの褐色の肌に透明な煌めきを足しているかのようだ。
ダイヤモンドは丁度胸の尖りの上で切れていた。ランサーは両手を乳首に這わせ、押し潰すように弄ると、それはピンと立った。エミヤは身動ぎしない。ランサーに身体を預けていた。
ランサーが胸の先端を弄りながら、エミヤにお願いする。
「もっと近くに来て、俺にしたいこと、してくれよ、エミヤ」
エミヤはランサーの服を脱がせた。お互いに生まれたままの姿になる。それから、エミヤはランサーをベッドに倒すと、上に乗り上げた。お互い全く兆していない腰を擦り付け、上下に動かす。ランサーの両手は胸から離れていない。乳輪全体を摘まんだかと思うと、先端だけを擦ったり、捻ったりしている。エミヤはランサーの上でまるで入れているように動くから、ランサーのそれはあっという間に立ち上がった。けれど、エミヤの素股の動きは止まらない。エミヤが動く度にダイヤモンドがキラキラ輝く。シャラシャラ音を立てて、ランサーを煽った。エミヤも立ち上がり、お互いエミヤの腰の動きで先端から蜜を溢し始めた。
ランサーが堪らずエミヤの腰を抱いて引き寄せ、ねっとりとキスをした。初めから舌を絡ませ、舌を出し入れしながら上顎を舐め回す。エミヤの舌はそんなランサーの舌の裏を辿って付け根を刺激した。エミヤがランサーの舌を包むように引き出すと、甘噛みし、吸った。エミヤはランサーの舌を開放すると、
「このまま、入れて構わないか?」
と聞いてきた。それを聞いてランサーはエミヤの秘所に手を伸ばした。濡れている。ランサーの人差し指が何の抵抗もなく入って行く。二本目も入れて、指を動かした。中でエミヤの良いところをつつく。
「んっ、あ、」
エミヤの太腿が震えて、感じている事を教えてくれた。
「嬉しいんだけどよ。エミヤ、もっと気持ちよくなってから入れたいと思わねぇ?」
「君は、私に入れたく無いのか?」
「まさか。いつだって入れてぇよ。ずっと繋がっていたいさ。でもな、その首飾りを着けたお前を見ていたいんだ。気持ちよくて身体を捩ったら、そのダイヤ、どんな風に光るのかな、とか。後で上に乗って動いて貰うけど、エミヤ、もっともっと乱れようぜ」
ランサーは三本目を入れて中をかき回した。中のローションがランサーの指を伝って流れる。じん、と痺れる感覚がエミヤに来た。ランサーは自分の身体の事をよく知っている。どこで快感を拾うか、どこで乱れるか、隅から隅まで知っている。ランサーの指が激しくなってきた。もう一方の手がエミヤの陰茎を掴んだ。立っていられない。腰が落ちる。ローションが抜けて足さなきゃ、とエミヤが混乱してきた時、ランサーが声をかけた。
「ダメだ。そのままで。腰を落とすな」
エミヤはランサーの胸に手を着いて尻を突き出すようにして落ちる腰を我慢した。
「ランサー、んっ、んっっ、あ、でも、ぁ、君、上手いし、知っているから、ん、もう、あっ」
ランサーはエミヤの先端をくりくり擦った。尿道に爪を立てる。中の指もわざといいところだけを押した。
エミヤの顔が上気する。閉まらない口に涎が溜まる。目が開けてられないのか、瞑ったまま快感に耐えている。一方的な前戯。ランサーの胸にエミヤの頭が落ちた。腕で身体を支えられなくなったらしい。ランサーはエミヤの好きな場所を強く押した。
「いっ、、あっ!」
エミヤの先端から少量の精液が飛んで、ランサーの腹にかかった。
「ランサー、すまん、その、、んっ」
ランサーの指は続行している。ランサーがエミヤに微笑む。
「エミヤ、もっと近づいて、俺の顔に股がるように」
エミヤは戸惑いながらランサーの言うとおりにした。ランサーの顔近くだと、足を思い切り開かないと膝立ち出来ない。それだと、立っていられない。ランサーは指を移動している間も抜いてくれなかった。中を刺激し続けている。
「ランサー、うまく立てない」
「エミヤ、お前、ホント、かわいいなぁ」
え、という顔でランサーを見つめる。エミヤはランサーの言うことを毛先ほども疑っていない。凛はエミヤがランサーを崇めていると言っていたが、実感した。
漸くランサーの目の前に来たエミヤ自身。さっき少し溢した精で先端がピクピクしている。クリッと中を刺激する。
「っは、ん、」
中が緊張して先端がふるりと震えた。ランサーはそれをネロリと舐める。
「だ、ダメ、ランサー、ダメだって!」
素が出てる。かわいい。構わず先端をくわえる。手を縛ってもいないし、身体を固定しているわけでもない。嫌なら身体を起こせばいい。でも、エミヤはやらない。ランサーからの快感を全て受け取るために。
舐めて吸う。苦くて青い味がする。割れ目に舌をこじ入れる。エミヤの腰が引けた。ランサーの口からエミヤが抜けた。
「ランサー、ダメって、」
顔が上気して煌めくダイヤモンドが彩る。ピカピカチカチカ。
「エミヤ、なあ、俺、幸せだなあ」
「は?何を…」
ランサーはエミヤの下から抜け出すと、エミヤをベッドに倒した。首飾りが首に蟠る。顎までダイヤモンドに埋まったエミヤが、その反射で様々な光に照らされた。ランサーはエミヤから目を離せなかった。そのまま、先走りを全体に塗りつけてエミヤの中に入った。
仕込んでいたローションは大分抜けていたが、さっきまで指で広げていた腸壁は、ランサーを歓迎してくれた。ランサーが動く度にダイヤモンドがキラキラと輝く。輝く数と同じ位、エミヤの声が聞こえる。
キラリ、あ、チカリ、ん、ピカリ、あっ
ランサーはエミヤの顎から舌を這わせて唇を舐め回した。その間もエミヤは小さく喘ぐ。唇を合わせながらランサーは囁いた。
「後ろ向いて。首飾り、痛いだろ。取ってやるから」
「痛い、?、あ、、ん、いぃ。取らなくて、あっ、だって、君がくれたものは、受け取りたいから。痛く、ない」
「エミヤ、嬉しいけど、そう言うの、やめよう、な」
蕩けそうな表情で諭すランサー。エミヤはランサーを見つめて、何度かまばたきした。
「私は、また、分かってなかったか?」
「俺はさ、エミヤに気持ちいい事だけ貰ってもらいたい。お前はいつも痛みを我慢しているから。俺との時に痛みを我慢しないで欲しい」
ランサーが奥を突く度にん、ん、とエミヤが洩らす。しばらくしてエミヤが意地悪そうに言った。
「そうだったか?」
ランサーの脳裏に何度かの反省すべき内容が浮かんだが、今は無視だ。混ぜっ返していたらきりがない。
「エミヤ」
咎めるようにランサーが言う。エミヤが苦笑してランサーに口付けると、
「わかった」
と了承した。
ランサーはエミヤから出ると、エミヤを反転させて、今度は後ろから入れた。律動しながら飾りの止め金を外す。しゃらりと音を立てて首飾りが外れ、ランサーはそれをベッドの下に放り投げた。エミヤの身体は何もなくても綺麗だし、いやらしい。今はこの身体が一番価値があり、宝石ではない。金で買えるものなんて、どうでもいい。後で絶対怒られるけど、だから何だ。繋がって気持ちよくなる以上に大事な事なんて、無い。
背中と腹をべったりくっ付けて腰だけ小刻みに動かす。エミヤの中は熱い。いつだって歓迎してくれて、いつだって気持ちいい。これはランサーの為の性器だ。
入れると緊張して、出す時に弛緩する。排泄孔は出す時に快感を拾うように出来ている。だから、入れる時にはいい気持ちになれるところをめがけて入れる。抜くときにはゆっくりと。そうすると、エミヤの全身から汗が滲んで、普段は薄い体臭が全身から匂いたつ。ランサーを煽る匂いを嗅ぎながら、汗を舐めとる。舐めきれないところは撫で擦ると、全身が煌めいてくる。ダイヤモンドより綺麗にエミヤを装う。
ゆっくり動いているので、絶頂までは遠い。ずっと中にいたい。出すのがもったいない。エミヤと繋がっていたい。
腰を掴んで動き続ける。エミヤの喘ぎが息になった。少し落ち着いて来たようだ。は、は、と息を吐いている。汗が滲む。背中の汗を塗り込むように、腰から肩甲骨まで撫で上げた。そのまま前に手を回して胸を掴む。さっき弄った先端は、まだ尖ってランサーを待っていた。乳輪全体を摘まんで人差し指だけ先端に転がす。中が緊張してきた。
「あ、」
と艶めいた声が洩れる。背中を着けて耳許で囁いた。
「立ってる。ここ、もっと感じるようになろうな」
弄りながら耳を噛む。甘噛みしてから耳全体を舐め回し、孔に舌を入れた。わざとぴちゃぴちゃ音を立てて出し入れする。エミヤが堪えられないように声を出した。
「んっ、あっ、い、…やだ、、やっ、あっ」
何かわいい事言ってんだか。止められるわけ無いだろ、その声。と言うか、腰が激しく動き始めちまった。ダメだ、止められない。エミヤがかわいくて、ぐちゃぐちゃにしたい。もっと感じろ、溺れろよ。
ランサーは胸を離して腰を掴んでスパートをかけた。エミヤの腕は限界で、今は枕を抱いている。エミヤが枕に顔を埋めて、喘いだ。それこそ獣のように叫んでいる。ランサーからも声が洩れる。二人で喘ぎながら、最後までいった。
最奥に先端を叩きつけて、奥で絞る。じんわり広がる自分の吐き出したものと、熱いエミヤの腸壁が、終わった後もランサーを煽る。中に入れたままエミヤに抱き付いてランサーは囁いた。
「エミヤ、大好きだ。好きだ。好きだ」
ランサーは何度も何度も繰り返し好きだと言い続けた。
エミヤは一つ大きく息を吐いて、抱き付くランサーの方を向いた。
「ランサー。君の顔が見たい」
「ん、おう」
エミヤがランサーの腕の中で反転し、潤んだ瞳で見つめた。
「かわいい」
思わずランサーは呟いて小さなキスを口や頬に降らせた。
「それを聞く度に目が悪いんじゃ無いかと思っていたんだ。違ったんだな。頭が悪かったんだ」
「んだと、こら」
嬉しそうに言うので、一つも怖くない。
「狂っているのはお互いにだな。美しい君」
エミヤの手がランサーの頭に伸びてキスをした。
「何をしていても君は綺麗だ」エミヤのもう一つの手が、ランサーの吐き出したばかりでまだ柔らかい陰茎を握った。
「まだ、くれるか?足りなくて…」君が。
「俺もエミヤが足りない。もっともっと溺れさせろよ。融けて無くなるまで、一緒にいこうぜ」
「お供しよう、私の獣」
「この淫乱」
嬉しそうな二人はいつまでも抱き合っていた。
ひどい朝だ。ひどく身体が重い。とてつもなく疲労している。気持ちも身体も無茶苦茶だ。ベッドは惨状としか言いようがない。シーツは破けて体液でどろどろ、布団はベッドから放り出され、枕の中身が散乱している。昨日の夜の話で、こんなことになるとは思っていなかった。汗やら何やらでべたべたな身体をもて余す。早く家に戻ろう。
だが、その前に、原因を取り除かないと。こんなに近くにいるとは思わなかった。失敗した。
あいつか。
朝、ランサーはとんでもなくご機嫌で、鼻歌を歌いながら食事をしていた。キャスターはそのご機嫌なランサーを見て、思わず嫌味を言わずにいられなかった。
「おい、ランサー。てめぇえらくご機嫌だな。昨日の夜とは大違いじゃねぇか」
キャスターは言いながら席に着いた。
「ん~?そうかあ?うん、そうだな」
ニヤニヤしどおしのランサーは見ていて気持ち悪い。
「何があった?」
「キャスター、心配は無用だぜ。ちょいと出掛けるが、お前どうする?」
「あ?取り敢えず、いなかった時の事をどうにかせんといかんだろうが。電話かけて過ごすさ」
肩をすくめてキャスターは応えた。
「そうか、頑張れよ」
ランサーは夢見るように立ち上がり、自室に消えた。
「何だ、ありゃ」
受かれているにも程があるだろうに。どうして浮かれているのかは分からないが。キャスターがもそもそ朝食を摂っていると、玄関から騒ぎが聞こえてきた。ぎゃーぎゃーうるせえな、とキャスターが文句を言いに立ち上がった時、騒ぎが収まった。何だよ、と席に戻る。ランサーはあの浮かれたままどこかへ出掛けたのだろうか?ロイも災難だな。キャスターは漸く静かな生活を手に入れた。
コトミネに囚われてからと言うもの、陸な生活をしていない。やりたいことがあった訳ではないが、もう少しましなやり方があったはずだ。趣味に走りやがって。
悪夢に苛まされることはない。
それよりやらなきゃならんことがある。
いつもはランサーより早く起きるエミヤがランサーに起こされて敗北を感じていると、出かけると宣言された。
「それは構わないが、どこへ?」
「いいじゃんか。どこでもよ。俺のボディーガードは一緒に行くんだから、朝飯食って待っとけよ」
「ああ、了解した」
昨夜はランサーが穏やかで、無理をしなかった。腹もおかしくない。自分も悪いが、いい加減流されないようにしなくては。ランサーとの交合はエミヤに充足感と幸福をもたらす。今までなかった感情が涌き出て、ランサーの言う事を何でも聞いてやりたくなってしまう。甘やかしてはいけない、自分もランサーも。今日から引き締めよう、と、思った所で何かを踏んだ。ベッドの下に何かある…。
「ウソだろ」
素で青くなるエミヤ。足元には120万ドル近い値段のイカれた宝石。床に捨ててあるのか?投げ捨てるのか?金持ちには100万ドルは捨てる金なのか?心底理解出来ん!
床に落ちていたそれをベッドに放り投げ、取り敢えずシャワーを浴びる。黒のスーツを身に付けて右手にはあれ。キラキラさせながら持ち、玄関で待つランサーに突き付けようと思っていた。その顔を見るまでは。
何だ、あのへらへらした顔は。見るに耐えん。
イラついたエミヤは、ランサーの顔に持っていたそれを思いっきり投げ付けた。
因みに、宝石は金属を被せた石の上、カットしてあるため、当たるととても痛い。
「ってーな!何すんだよ!」
「貴っ様、何様のつもりでその顔を晒している!みっともないからそれで隠して歩け!この、考えなし!」
「そんなに怒んなくたっていいだろ!」
「捨てるな!バカ者!」
「捨ててねーよ!置いといたんだよ!」
「床に置いとくバカはおらん!この、くそ戯け!」
「くそって、何気にグレードアップさせんなよ!」
「戯けは戯けだろうが、痴れ者めが!」
「お前の愛しいパートナーに何を…!」
パコン、と音がしてロイがランサーの頭を叩いた。
「いつまでも言い争ってるから何かと思えば、バカバカ言い合うって仲良すぎたろ」
「ロイ。このバカはいつも物を大事に出来ない阿呆なのか?」
急に平静になったエミヤが聞いた。
「物によるんじゃ…うわあ」
ロイがランサーの手にある首飾りを認めた。
「それ、捨てんならバラバラにして俺にくれよ」
「やらねーよ!捨ててねーし。これはエミヤのだ!」
「ほう、ランサー、君は私に廃棄物をくださると言うのかね?」
「捨ててねーよ!悪かった!謝るから、ごめんなさい!だから、そんな虫を見る目で見んなよ!」
しばらくにらみ合うエミヤとランサー。下らない言い争いは、ロイが問題のそれを家令に渡してランサーの部屋に置いておく、で、決着した。
「なあ、貰ってくれねえの?」
エミヤは黙ったまま、何も言わない。無表情でロイを待っていた。ランサーがそう言って大分経ってから、ボソリと呟いた。
「また、改めればいいだろう」
しょげていたランサーはそれで復活した。お手軽なものである。に、しても、エミヤはランサーに甘い。
シカゴのダウンタウンにあるデイリーセンターへ行く。もちろん、ボディーガードたるエミヤは一緒だ。ランサーが凛並みに役所を突き進み、地下へ潜ろうとした時、エミヤに腕を捕まれた。
「ランサー、君、まさか」
「とっときゃいいだろ、許可書くらい。60日間有効だぜ。それに、今日発行されても使えんのは明日からだ。マリッジブルーを乗り越えろってか」
「朝から君はどうかしてないか?浮かれすぎだろう!」
「浮かれんだろ、そりゃ。平静でいろったってそんなん無理。嬉しくってな」
ニコニコしながらエミヤに話しかけるランサー。本当に嬉しそうで、キラキラ輝いている。周り中が注目する目立ちっぷり。エミヤはこれ以上何か言うと、さらに注目されることを理解した。諦めよう。目立たないようにするにはスムーズに書類を申請してもらい受ければ良いことだ。
ランサーがマリッジライセンスの窓口に向かうところを再度エミヤは止めた。
「ランサー…まさか…」
「シビルユニオンは考えてねーからなー」
「いや、でも、ランサー」
「やだ」
顔が近い。何でそんなに近いんだ。そしてなぜ結婚にこだわる。いいじゃないか、シビルユニオンで。財産分割など私にはないし、君の財産を貰うつもりもないし、シビルユニオンなら後で結婚する時も面倒な事はないし。
「エミヤ、承知しないと今ここでキスすんぞ」
既にその様に見えてると思うぞ、周りの目は君には見えて無いのか?物凄く注目されている。君はただでさえとても美しいのに、今日は輪をかけて生き生きしている。まるで太陽のようだ。私を何時でも魅了する。
「……………わかった。許可書は貰おう。君の言うとおり」
作っておいて式を挙げなければ無効になる。構わないだろう。
「明日ちゃんとやろうな」
何をだ!
「シビルマリッジ」
ニコニコ。
ここにあの宝石があればいいのに。やっぱりあれで顔を覆っておいた方が世間の為では?この顔は公害に近い。その顔を晒すな。綺麗で美しくて可愛い、どうにもならん、お手上げだ。
「くそ。君の言うとおりになどしたくない。けれど君を喜ばせたい。大体私がどんなに嫌がってもやるんだろう、君は!」
「そりゃやるさ」
ニコニコ。
片や太陽のように笑い、片や眉をしかめて苦そうにしている。結婚許可書を取りに来たカップルとは思えない。しかし、順番はやってくる。
ランサーが窓口で係りに伝える名前、年齢、生年月日、住所、職業、出身地、両親の名前、をすらすら言いながら、はっとした。エミヤはこの質問にクリアに答えられる内容が半分しかない。出身地?両親の名前?職業?全部不明で通るのか?
しかし、相手が慌てている素振りも見えなければ、エミヤが詰まっている様子もない。あっという間にプリントアウトされて出てきた書類に署名して、待つ。その間にランサーはエミヤに聞いた。
「なあ、両親の名前とか、どうしたんだ?」
「不明だ。移民だからな、私は。珍しくない。大丈夫、移民のグリーンカードも入隊も帰化申請もそれで済ませているから、問題無いだろう。要は、血縁関係の確認だからな。どう見ても人種の違う私達を血縁関係があると認識は出来ないさ」
「落ち着いているんだな」
「慣れだろう」
ランサーはエミヤの手を握った。エミヤが思わず振りほどこうとして、さらにぎゅっと捕まれた。
「これからは俺がお前を守るからな」
真剣な目でランサーが宣言をする。
エミヤは目を丸くしてランサーを見つめた。
ランサーのボディーガードをしているのはこっちなのに。けれど、ランサーがエミヤを守ると言うのは、多分凛と同じような意味だ。世間から、偏見から、親族から、差別から。マイノリティの立場となるに相応しい決意だが、それは、
「大丈夫だ、ランサー、気遣いは無用だ」
いらない。耐えるような立場になる気もなければ、そんな境遇を嘆く感情も持っていない。今さら人間の生活をしろと言われても困るし、そのつもりもない。例えば、ダストがこの世から無くなったとして、ではランサーと楽しい生活が出来るかと言えば、無理だろう。私が出来るのはせいぜい山小屋の生活位だ。
「平凡が泣く、か」
そうだな、凛。君はいつも正しい。
ランサーがもう片方の手も握ってきた。
「幸せになろうな」
出来ない。そういう意味の幸せは、無理だ。私は今幸せだ。こうして君といる事が幸せだ。それでは駄目か?ああ、ランサーの顔が曇ってしまった。君が思い悩む時は大抵私が原因だ。私は周りを不幸にする。私に関わって幸せになった人間などいない。私は、化け物だから。
だから、いつも気をつけていたのに。君は初めから私の心を捉えていた。必死で離れようとしていたのに。君は私の気持ちなどお構い無しで、食らい付き、抉じ開け、捩じ伏せた。今さら、人間になど、なれないのに。
希望を胸に抱く人魚に愛を与え、今人として共に歩もうと言ってくる。なんて傲慢で身勝手なのだろう。
「ランサー呼ばれてるぞ」
「お、おう」
二人して書類を手にする。明日から有効のマリッジライセンス。ここに挙式をしたと立会人のサインが入れば、有効となる。ただ、それだけの紙切れ。
キラキラ輝いていたランサーは喋れなくなり、その原因は無表情で役所を出た。
その後、シカゴのオフィスに寄って夜遅くまで仕事をした。エミヤは、ボディーガードとして近くに侍るが、とても無口だ。会社の連中にも単なる怖い人として認識されている。廊下を歩くと脇に避けられるらしい。サングラスをかけたままオフィス内をうろうろするからだと思う。ブラックスーツにサングラスは、家業を彷彿とさせる。シカゴのオフィスにいるやつらはその筋からは遠い者が多いから、余計物騒に見えるだろう。眉間にシワ、無表情、デカイ、無口。怖い要素を固めて人の形にしたみたいだ。別にランサーは気にしない。エミヤがかわいい事を知っているのは自分だけで充分だ。
ふと顔を上げると、オフィスの電気が大半消え、自分一人が残っている事に気付いた。エミヤは、隣にいるはずだ。立ち上がって名前を呼んだ。
「おーい、エミヤ?」
パーティションの向こうで拳銃の分解掃除をしている元軍人がいた。これは、一般人にはきっつい絵面だこと。手にしていた部品を慎重に置くと、無表情に応えた。
「何だ。帰るのか?」
「んー、もうちっとかかるんだが、飯でも食べに行かねえかと思ってな」
「わかった。お供しよう」
分解途中の銃を五分かからず元に戻し、立ち上がった。ランサーは立ち上がった時を見計らって、エミヤにキスをした。胸に手を置いて、片手はエミヤの腕を掴む。舌を絡めて唾液を啜った。
「どうしたんだ?」
纏う空気が変わる。ランサーにとって美味しくなる直前。
「飯よりお前」
再度口に吸い付く。そのまま机の上でエミヤを抱いた。家まで待てなかった。確かめたかったのだ。エミヤが自分を愛して受け入れてくれていることを。
エミヤが困ると分かっていてしかける様々な艶事は、好きな子にイタズラしてこっちを向いてもらいたいガキのようだ。実にバカバカしい。でも止められない。エミヤは他の人間と違う。確かめていないと、さらさら手から零れていく砂のように消えてしまいそうだ。抱いていても、次の瞬間いなくなってしまう気がする。いっそ鎖で縛ってしまえばいいのかと思うが、でもそれでは消える速度が早くなるだけだろう。だから、慎重に、大胆に、決して途切れること無く、仕掛け続ける。エミヤはそれにいつも応え、ランサーはその事にまた不安を煽られる。いつまでも終わらない追いかけっこをする子供のように。
家に帰ると、キャスターが呼んでいるとメモ書きが自室にあった。
「なんだ?」と、頭を掻いていると、キャスターがノックせずに入って来た。
「よお、お忙しいんだな」
「待ってたんか。悪ぃ。電話くれりゃもちっと早く帰って来たのに。何の用だよ?」
「まあ、酒でも飲もうぜ」
キャスターがウイスキーのビンを振る。
「ああ、いいけど」
リビングにウイスキーグラスを二人分用意して、キャスターの話を待った。キャスターがウイスキーを注いで、乾杯すると、まずは一息で飲み干した。二杯目をランサーが注ぎ、焦れて口火を切った。
「何だよ、こんな夜中に」
「お前、誰と結婚するんだ?」
ランサーはどこまで誤魔化せるか、探りながら応えた。
「何だよ、文句を言いたいのか?昨夜、応援するって言ったろ?」
「普通の相手ならな。聞かせて貰おう。まさか、男じゃ無いだろうな」
バレてる。何だよ、何かしたか?
「何でそんな事を聞くんだ?例え相手が男だとしても、お前に関係無いだろう。どうせ短い関係だ」
「ランサー、短いと分かっているなら何故契約を結ぶんだ?必要無いだろう。大体その間にお前に何かあれば、財産はそいつが受け継ぐんだぞ。危険だろう」
「ちょっと待てよ、キャスター。てめぇ、俺の相手が財産目的で俺を殺す奴だとでも言いたいのかよ」
「ランサー、騙されてんだよ、お前。短い間とか言って関係を結んで、事実婚をたてに契約を迫る。結婚証明書さえ手に入れば、お前の財産も保険もそいつのもんじゃねぇか。慎重なお前にしては軽率な振る舞いじゃねぇのか?」
ランサーの怒りが狂気一歩手前まで沸き上がった。同室にいるキャスターには、その怒りがストレートにぶつけられているはずだ。どれだけの怒りをぶつければ、こいつを殺せるかと考え始めた所で、キャスターが静かに宣言した。
「女王蜂なら、俺は許さねぇよ。あいつは人間じゃねぇ。聞いたとこ、俺を助けた時にコトミネ含めて四人も殺してるって言うじゃねぇか。いいか、いくら軍人つってもな、そんな一度に殺せねぇ、普通は周りの援護が無きゃ突入出来んだろうさ。あいつは、普通じゃない所が多すぎる。人間には荷が重いだろうよ」
ランサーが歯を食い縛って言った。
「あいつの事をなにも知らんくせに、偉そうに命令するな。殺すぞ」
ランサーからは怒りでなく、殺気が漏れていた。キャスターは二杯目を飲み干して立ち上がった。
「ランサー、落ち着けよ。まだやり直せるだろう。考え直せ」
そう言って、部屋から出ていった。ランサーはウイスキーが残ったグラスをキャスターの口を着けたグラスと一緒に掴んで、キャスターが出ていった扉に向けて投げ付けた。グラスは粉々に割れて、ウイスキーの匂いが部屋に充満した。それだけで酔いそうな空気の中、キャスターにエミヤとの関係をうっかり話してしまったことに気がついた。キャスターがよくやる手だ。怒らせて真実を引き出す。恐らく確信はなかったはずだ。だから探りに来た。ランサーは自らそれにお墨付きを与えてしまった。
「くそ、最低だ」
ランサーは頭を冷やすためにバスルームへ向かった。
朝になって、キッチンで自分の朝食を作っているエミヤを見つけると、ランサーはまだ作っている途中だが!と言うエミヤを引き摺って自室に連れ込んだ。
「すまん、キャスターにバレた」
エミヤがため息をつく。
「言わされたんだろう。まあ、分かっていたことだ、早まっただけで、問題無いだろう」
「エミヤ、何でキャスターに隠したかったんだ?」
「ああ、疑わしきは疑え、軍人やら警察官がよくやる悪癖だ」
「キャスターを疑ってたのか?」
「コトミネと繋がっていない確証がない。まだ詳しい話を聞いてないからな。関係がバレたのであれば丁度いい、話を聞いてもいいだろう」
「コトミネにあれだけ酷いことをされていたのに、キャスターがコトミネの手先だったとでも言うのか?」
「そうだ、ランサー、その通り。どんなに非道な行いをされていても、信奉者は従う。キャスターがそうでないと何故言いきれる?」
「コトミネはキャスターの部下で、俺は双子の兄弟だぞ!」
「だから、何だ。部下はどこまでも部下であると?血縁関係があれば、殺し合わないとでも言うのかね?下らん感傷は止したまえ。疑いが晴れていない以上、キャスターはまだ被害者とは決まっていない。コトミネがいなくなって、ダストのルートを潰す事は捗るが、ダストゾンビやユーザーを操っていた方法や移送方法が分かっていない。どうやってダストゾンビをあれだけ大量に作れたのか、誰も解明していない」
「エミヤはそれをキャスターが知っていると思ってんのか」
「それは聞いてみなければわからない。キャスターが何も知らないうちにコトミネがそこまでキャスターを出し抜けた、と言うのなら、コトミネは大したものだ。工作員にでもなった方が良かったな」
「エミヤ!」
「ランサー、この世はとても醜いものだ。君には思いもよらない理屈で残酷な事実を突き付けてくる。見たくなければ見なくていい、君は美しい世界に生きていられる」
「俺を侮るな」
「では、口を出すな。ダストに手を出す以上私は誰の事も容赦せん」
「キャスターはユーザーじゃねぇぞ」
「ランサー、私が疑っているのはユーザーであるかどうかではない。ユーザーを作ったかどうかだ」
「…コトミネが一人でやるには規模が大きすぎて、キャスターの協力がなければ出来ないと思っているのか」
「あるいは誰かの協力だ。キャスターとは限らない。その場合は、キャスターは単なる被害者の可能性がある。では、誰が協力者だ?ランサー言えるか?」
「知るかよ」
「私もだ。だから、知っているかも知れないキャスターに聞く」
朝食後、キャスターを捕まえ、リビングで話をしようと誘った。
「構わねぇけどよ、それも一緒かよ」
キャスターは、徹底している。昨夜の事を本人にぶつけるつもりだ。
「申し訳ないが、聞きたい事があって、同席させてもらう。質問は主に私から行い、言いにくいことも聞くだろうが、ご容赦いただきたい」
「おいおい、尋問見てぇだな。俺に弁護士を呼ぶ権利はあるのかよ」
「キャスター、これは身内の質問で、法的な拘束力もなければ黙秘の権利もない。単なるお話だ。私達がお話をしたところで弁護士は何も出来ない。立場がわかったら始めたいのだが」
「俺、暇無いんだがね」
「そうか、では手早く応えてくれ」
リビングに着くと、キャスターを向こうにエミヤとランサーが並んで座った。
「ランサー、お前そっちじゃないだろ?」
ランサーの表情が消えている。何も答える気はない、と言う意思表示だ。キャスターは漸く立場を理解した。ランサーはここで兄弟の繋がりより相手をとったのだと。面白い。
「キャスター、君がアメリカに来る際、ランサーに残したメッセージは一体どういう意味だったんだ?」
「何だそれ?」
「ランサーが立て、とオルタに伝えただろう」
「そらそうだ。アメリカはランサーの持ち分で、オルタが襲われたのはラスベガスだ。ランサーに伝えとくべきだろ?」
「オルタにメッセージを送った意味は?」
「南米にいたからランサーの携帯繋がらなかったんだ」
「わかった。では次だ。君にとっては思い出したく無いかもしれないが、出来るだけ協力してくれ。コトミネとは、合流する予定はあったのか?」
「ない。俺は、女王蜂を探そうと思っていたんだ。ヨーロッパでゾンビが出ると噂が出て、オルタが昔女王蜂在るところゾンビありみたいなことを言っていたから。ヘクトールが南米に女王蜂としてエミヤがいたと言っていた。けど、俺が知ってるエミヤはあんただけだ。アメリカで雀蜂の噂を聞いたことはない。女王蜂しかいないなんて事があるのか知りたかったんだ。そして、何故ヨーロッパで雀蜂がいないのかも」
「エミヤなら知っていると、誰に聞いたんだ?」
「コトミネ」
「コトミネはいつから女王蜂と雀蜂とエミヤを結び付けたのだろう?」
「オルタかヘクトールがそう言ったからだろ?」
「女王蜂を、と言うか、私を探しに来て、何故コトミネと会ったんだ?」
「…ああ、会いたくなかったさ。シカゴでコトミネが追いかけて来たんだ。家に寄る前に、呼び出された」
「どこへ?」
「わかんだろ?」
「何故そこに行こうと思ったんだ?」
「?コトミネは俺の部下で、腹心だぞ?呼び出されれば、行くだろう。成果を見ろとかなんとか言ってたし」
「そこで何を見た?」
「知らねぇ。目隠しされて、縛られた」
「いつの事だ?」
「先々月の、終わりくらい?」
「助けは求めなかったのか?」
皮肉に笑いながらキャスターは言った。
「どうやって?」
「それからずっとその関係が続いたのか?」
「関係?一方的に拉致られ、縛られ、酷い目に合ってきたのに、関係だ?お前、俺がそれを望んでたとでも言うのか?」
エミヤは話を始めてからずっと無表情だ。何を聞いても。だから、この時も無表情だった。
「そうでないと、君が証言するまでは。一ヶ月もただ縛られていることは難しい。食事、排泄、体を清潔に保つこと。一ヶ月間、人はそれを最低三十回は行う。では誰がそれの面倒を見る?コトミネか?拉致した人間は、面倒を嫌う。恐怖で縛る方法はあるが、コトミネが君にそうできたとは思えない。今も君はコトミネに恐怖を感じていない。君を縛ることが目的と言うのでなければ、コトミネが単独で拘束し続けるには手間がかかりすぎるし、君を一ヶ月生かしておく理由がない。」
「酷い事を言うんだな」
「事実を知りたいのだ、キャスター。話してくれ」
「嫌だ。思い出したくない」
「キャスター、私はコトミネに何をされてきたかを聞いているのではない。事実を聞いている」
「お前は、知らないから…!」
ランサーが初めて口を開いた。
「キャスター、俺になら言えるか?」
「ランサー。手を握ってくれよ。こいつを追い出してくれ。他人に言いたくない」
エミヤは尚も違う質問をしようとしていたが、ランサーが制した。
「身内の事だ、俺に任しちゃくれねぇか?」
「ランサー、身内だからこそ、君は口を出すべきではない」
「エミヤ、誓うから」
「何をだね?」
「ちゃんと聞くと」
エミヤとランサーはしばらく見つめ合い、エミヤが折れた。
「では席を外す。自室にいるので、後で寄ってくれ、ランサー」
「わかった」
エミヤは席を立ち、ランサーはキャスターの隣に座って手を握った。
ランサーはこんなに落ち込んだキャスターを見たのは初めてだと思い、手を握って感情が流れてきた時、キャスターがホッとしたことが分かった。
エミヤを外させた事が間違ってなくて良かった。これから、兄弟で辛い事も分け合いながら話せる。
エミヤは自室でキャスターの情報を整理した。頭の中でコトミネを想起する。
リセイを殺したのは雀蜂、女王蜂率いる一団だ。コトミネはそれを知っていたが、何も出来なかった。父親から離れていたから、噂しか耳に入らなかったんだろう。復讐の機会を待つ間もダストの事を調べていたかもしれない。父親の遺産として。ダストの効用は知らなかったかもしれない。単なる麻薬と思っていた。南米でクーデターが終わって女王蜂が死んだ時、ダストとの関係を結び着けた可能性がある。何故なら、クーデターが起きたのに軍が解体されるのは非常に珍しいからだ。軍がダストのレシピデータを持っていた事は文書で残っているが、それが何かは削除されていた。軍が解体された時に囁かれたのは、女王蜂と雀蜂。人なのか物なのかすら分からず、ただ楽園は蜂に喰われた、と言われた。恐らくオルタが情報操作していたと思われる。
いくつかの新聞記事、雀蜂の目撃情報、女王蜂の存在、ヘクトールの証言を照らし合わせると、一つの像が浮かび上がる。
エミヤという名前の女王蜂がクーデターを起こし、ダストと言うデータを消した。
コトミネは頭のいい男だ、リセイの事で既に雀蜂の存在を知っていれば、ダストが単なる麻薬でないことは理解出来るだろう。エミヤの名前を知った後、レシピデータを手に入れ、ダストを投与する。誰に?被験体にだ。ヨーロッパでの出来事をまだ聞いていない。だが、目で見た方が早そうだ。
口で何を言おうと、キャスターはまだ何か隠している。それはコトミネとの思い出か?それとも、憎悪か?
「キャスター、大丈夫か?」
「ランサー、お前がいて良かった。あいつ、何であんな冷たい目をしてんだ」
キャスターが震えている。キャスターの感情は安心と慕わしさを感じさせている。それはランサーからも返され、二人して気持ちを落ち着かせた。
双子がよくやる事だった。子供の頃から共感能力を使って、狂気や怒りを落ち着かせて来た。そうでないと、簡単に人を傷つけ、反省しなかったから。オルタはそれが顕著に出てしまった例で、双子と違って落ち着く先がなかった。暴力沙汰は日常茶飯事、強奪恐喝強姦何でもしてきた。それゆえに、南米にやられたのだ。けれど、キャスターもランサーも知っていた。最も感情の振りが大きいのはランサーだ。もしキャスターがいなければ、オルタがかわいくなる位問題行動をしていただろう。普段明るくてさっぱりしている分、こうと決めた時の執着は狂気を秘めていた。それを長年、キャスターが宥めていたのだ。
ランサーは分かっている。キャスターがいなければ、とっくに刑務所の中で百年位の刑を受けているだろうと。キャスターはランサーの大事な兄弟で、だから、キャスターがランサーの恋人を寝取ろうと友達を遠ざけようと容認してきた。反発したのは、昨夜が初めてかもしれない。エミヤへの執着はランサーの狂気を受け入れた事で更に高まった。キャスターが居なくてもエミヤがいれば、生きて行ける。例え相手がすぐにいなくなっても、その思い出がランサーを救う。ランサーをどこまでも受け入れた兄弟以外の存在として。
「大丈夫だ、キャスター。とって食いやしねぇよ。俺がいる。安心しろよ」
キャスターが頭をランサーの肩に擦り付けた。
「ランサー。何が聞きたいんだ?お前になら言うから。何でも聞いてくれ。お前がいれば、耐えられるから」
ランサーがキャスターの背中をポンポン叩いて落ち着かせた。
「酷いことは聞かねぇよ。ただ、コトミネに協力していた野郎を教えて欲しいんだ」
「お前のドライバー、よく電話で話してた」
キャスターはランサーの肩に頭を着けたまま喋るので、声がくぐもって聞こえる。時々、ふるりと身体が震える。震える度にランサーが背中を擦った。
「コトミネはニューヨークに行った事はあったか?」
「知らねぇ。暫くいなくなって帰って来たことはある」
「いつだ?」
「…日にちの感覚なんてねぇよ」
「悪い。写真撮られた記憶はあるか?」
「写真?」
「コトミネが…」
「光…、あれ、写真撮られてたのか、俺」
「キャスター、それはいつ?」
「わかんねえ。フラッシュの光は何となく覚えているけど、何枚とかいつとか全然わかんねえ」
「何回もあったのか?」
「いや、…一回だけだ」
「コトミネがいなくなった後か?前か?」
「ランサー、嫌だ」
キャスターがランサーに抱きついて来た。
これ以上は無理と判断し、ランサーはキャスターを抱きしめた。安心が伝わるように、人の体温が暖めるように。キャスターが冷たさを感じるのであれば、温もりを。
懐かしい匂いがした。キャスターの匂い。森の木の香りに似ている。ランサーは昔からその匂いが大好きだった。二人してため息をつく。暖かい。
何年かぶりの邂逅は、ランサーに助けられた所から始まる。キャスターはランサーを取り戻すつもりだ。ランサーはキャスターの大事な弟なのだから。
エミヤはいくら待っても来ないランサーを心配したが、兄弟の話し合いが長引いているのだろうと判断し、本来であれば侍らなければならない立場ではあるが、別の行動に出た。
昼食作りである。賄いはボディーガードには適用されない。家人ではないので。そして、食事を振る舞われる立場でもない。けれど、ランサーの家の使用人達はエミヤがキッチンで勝手に食事を作っても、何も言わなかった。エミヤにとって食事を作ったり、掃除をしたりする事は苦ではない。当たり前にやることと認識している。だから、この立場はエミヤにとってありがたかった。正直、ランサーに付き合って豪華な食事をするのは苦手だ。コロンビアでも思ったが、ランサーとはとことん趣味が合わない。ランサーとエミヤを繋いでいるのは、単に愛だ。ふと、ランサーの手を思い出す。少し微笑んで、食事を作り終えた。
キッチンにそのまま展開する。今日の昼食はチキンソテーにサラダ、スープと言う簡単なものだ。パンを添えて食べようとした時、キャスターがキッチンに入って来た。話し合いは終わったらしい。ショックも受けていない様子だったので、エミヤは一安心した。後で結果を聞こう。
「あんたか、何やってんだ?」
「昼を摂っている。何か用か?キャスター」
「なに、酒を取りに来ただけさ。直ぐに出ていくさね」
長い青く光る髪はランサーと同じだ。少し色が淡いか?と考えていると、右手を捕まれた。何を、とキャスターを見ると、じっとこちらを見つめている。
「何だね、欲しいのか?」
エミヤが言って、チキンソテーをキャスターの口に放り込んだ。
びっくり顔のキャスターは、ランサーそっくりだった。キャスターは入れられたチキンをモグモグ食べた後、
「毒じゃねぇだろうな」
と憎まれ口を叩いた。
「君が生きてしゃべっているのなら、毒は入っていない。おめでとう」
エミヤは構わず食事を続けた。と、キャスターが大笑いし始めた。何故笑っているのかわからない。思わず眉をしかめる。
「何だ」
キャスターの手が肩を抱いた。
「あんた、変な奴だな!」
「それはどうも」
無表情で食事を続けるエミヤが気にくわなかったのだろう、抱いた肩を軸にキャスターの方を無理やり向かされて、キスされた。
「お礼だ」
エミヤは眉間にシワを寄せつつ、
「いらん」
と応えた。キャスターはエミヤから離れると、目を細めて口に指を当てて、
「へえ」
と流し目をくれてきた。キャスターは手近なスツールに座ってエミヤを観察し始めた。
「お前、ランサーと結婚するのか?」
「その件については、君の弟に考え直して貰いたいと思っている。結婚など必要ないし、ランサーの伴侶とはいうが、公にしたいとも考えていない。正直困っている」
「ランサーはがっかりするだろうな」
「どうせ気紛れだ。正気になれば忘れるさ」
「お前はそう思っているのか」
キャスターはエミヤの手に指で触れた。そしてするすると腕の方へ這わせる。キャスターが何をしたいのか分からず、エミヤは戸惑った。二の腕まで這わせると、腕を掴んで顔を寄せてきた。
「どっちが上なんだ?」
青く光る睫毛が赤い瞳を彩る。ランサーと同じ顔、同じ声。上目遣いで唇に舌をちらりと見せてきた。
「君に何の関係がある?セックスの事を聞きたいなら、ランサーに聞けばいい。うんざりするほど語ってくれるだろう」
キャスターの反対の手がエミヤの胸に置かれた。
「ランサーはお前に夢中らしい」
「私の知った事ではない。ランサーがどう思おうと、どう夢中だろうと。それより放してくれんか。食べられない」
キャスターは妖艶と言える微笑みをした後、エミヤの耳元で囁いた。
「俺にもくれよ」
エミヤは手にしていたカトラリーを派手な音を立てて皿の上に叩きつけるように置き、立ち上がった。
「勝手に食べるといい。わざとらしくてうんざりする。何がしたい、キャスター。ランサーから離れろと言うなら、そう言えばいいだろう。嫌がらせにも程がある」
「分かってねぇな。あんたに嫌がらせなんてしねぇよ。意味がない、だろう?」
「何?」
「エミヤ~」
ランサーの声が聞こえて来た。愛しい人の声。その一瞬の油断を付かれた。キャスターが頭と肩に腕を絡めて、キスを仕掛けて来た。油断したエミヤの口にキャスターの舌が入り込んで、エミヤの舌を絡めとり、引き摺り出された。唇で吸って簡単に離れないようにされた。そこへランサーがやって来た。
「エミヤ、…キャスター?」
エミヤはキャスターを引き離そうと肩と腕に手を置き、キャスターは大胆に抱きついている。ランサーから見れば、二人して抱き合ってキスしているように見える。
「キャスター、てめえ!」
漸く離れたキャスターがランサーに振り向いた。
「味見だ、味見。怒んなよ、摘まみ食いくらいで」
ランサーはキャスターとエミヤの間に素早く入り込み、
「触んな!俺のもんだ!」
と叫んだ。キャスターは肩をすくめて呆れた様に言った。
「獲らねえよ。男なんざ趣味じゃねぇ」
言い捨てると、キャスターはキッチンから出ていった。唸って威嚇しそうなランサーの肩に手を置いて、エミヤが話しかけた。
「ランサー。彼の話は、」
最後まで言えなかった。ランサーが急に抱きついて肩に噛みついて来たから。上着を着ずにシャツ一枚だった為、鋭い犬歯を持つランサーの歯がダイレクトに食い込む。噛み千切られるのではないかと思った時、ランサーが離れた。
「エミヤ……」
言いたい抗議も、糾弾したい痛みも、ランサーが感じている辛さより優先度は低かった。エミヤは何も言わずにランサーを抱きしめ、安心して貰いたくて、ただ身体を預けた。
「落ち着いたか?」エミヤが尋ねた。
「…ああ、すまん。痛かったか?」下を向いたままランサーが応えた。
「どちらを聞いている?」
ん?と顔を上げるランサー。
「心か、身体か」
「…すまん」
「良いさ、私にとって身体の痛みなど大した事ではない。心配なのは君だ。どうした?」
ランサーは何も言わずに頭を横に振った。子供のような仕草だった。エミヤは背中を擦りながらそれ以上何も言わなかった。やがてキッチンに人がやって来る時間になる。エミヤは食事を諦め、洗い場に食べかけを置いて、ランサーの部屋に共に上がった。ランサーは一人で自室に行くことさえ嫌がった。
ランサーは不安で仕方ないようだった。エミヤには何が不安なのか理解出来ない。ランサーは選択し、エミヤが受け入れ、ランサーが愛を与え、エミヤは受け取った。キャスターは双子とは言え、違う個体だ。遺伝子情報が同じだからと言って、キャスターからの愛を受けとることはない。ランサーの心配は意味がなかった。例えキャスターがエミヤと寝たとしても、それは単なる事象であって、愛ではない。エミヤにとってはランサーが陸地だからだ。
何れにせよ、人魚の愛は成就しなければ泡と消える。他の誰かに捧げられる事など無い。何故なら、それは人魚の命そのものだから。
一度しかない機会、一度しかない命、人魚は愛に命をかける。片割れは愛を持ったままこの世を去った。では、自分は?コトミネが言ったように、ランサーに手渡すのだろうか。最後のプラグ起動で原データと言う、自分の記憶を。
王に手渡すに相応しい報酬であると共に、重い十字架。国でさえ扱う事が難しい人体実験のデータ。
エミヤは是とも非とも言えない。そこまでの重荷を渡して良いかわからなかった。
夕陽が部屋に射し込む頃、漸く気を取り戻したランサーは、キャスターに再び話をしに行くと言って部屋を出た。エミヤは後ろ姿を見ながら、何も声をかけなかった。
あれから、ランサーはエミヤに部屋から出ることを禁じたが、エミヤに触れることはなかった。エミヤはランサーが出ていった後も、ランサーの匂いがする部屋でソファーに座って待ち続けた。
その夜、再びランサーに会うことはなかった。
ランサーがキャスターの自室に行った時、キャスターは寝室でベッドに寝転がって本を読んでいた。
「なんだ、夜這いか?」
「キャスター、てめえ何であいつに触った?」
「まだ怒ってんのかよ。お前の持ち物なら俺にも権利はあるだろうが。少し撫でただけだ。それに」
キャスターはベッドから立ち上がり、ランサーの肩に手を置いて耳元で囁いた。
「あいつ、一つも抵抗しなかったぞ」
身体を放して尚も言う。
「本当にランサーを好きなのか?結婚したくないって言ってたぞ」
「キャスター!」
「この耳で聞いたんだ。考え直して貰いたいと思っているってな。俺もそれには賛成だ。考え直せ、ランサー。あいつ、誰にも抵抗しねぇだろ。誰とでも寝て、誰にでも好きとか言うんじゃねえか?」
ランサーはキャスターに言い返せない。オルタの事もある、ランサーとて初めから愛があっての行為ではなかった。エミヤは必要があれば、誰とでも寝るだろう。身体などどうでもいいから。奉仕精神からの受容は、普通の人には理解されない。ランサーは半ば強引に関係を続けたが、それはランサーがエミヤを愛していたからだ。もしエミヤを愛していなかったなら、とっくに手放していた。エミヤは溢れる愛があっても追い付かない、ただの人には触れる事が出来ない心を持っていた。それは、エミヤの正体の話ではない、精神の問題だ。凛が言っていた通り、"守られるものには守るものを守れない"と言うことだった。一方的に与えられる愛は重荷になる。返せない思いは蟠る。そして、破局するのだ。
「お前を苦労させたくないんだよ。あんな誰にでも足を開くような売女みたいな男より、お前に相応しいいい女はいるさ。だから、な、ランサー。あいつは止めとけ」
「…それで、キャスター、お前がエミヤを盗るのか?」
「ランサー、何言ってんだ、お前」
「俺はエミヤしか要らねえ。他にいい女がいようが、男がいようが、どうでもいい。エミヤが必要で、エミヤが俺を必要としている、それが大事なんだ」
「ランサー、あいつはお前がいなくなったら、他の誰かを探してそいつにしなだれかかる尻軽だ。盲信するなよ」
「お前は違うのかよ、キャスター!」
ランサーがキャスターの肩を殴った。
「俺のものに触りやがって、目の前から掠めとるような真似しやがって、お前は違うのか、尻軽じゃねぇのかよ!」
キャスターが傷ついた顔をした。哀しいと言っている。誰よりも近しいランサーに裏切られたと、感情が流れ込む。身体に触っていないのに、キャスターの気持ちがわかる。まるで毒が回って行くようだ。蝕まれる。
「お前、俺よりあいつが大事なのか?ずっと一緒に生きてきた俺より」
「何か誤解してるみたいだからな、きちんと言っとく。エミヤはお前の代わりにならねぇ。何故なら、お前よりもはるかに大事だから。今この時がとても大事だ。一瞬たりともあいつから離れたくない。俺は許された短い間に、エミヤを全て受け取らなきゃいけねえ。あいつは俺の獲物だ、全てを喰い尽くす。キャスターのお遊びに関わっていらんねぇんだよ」
ランサーはキャスターの感情を振り払うように叫んだ。
哀しい、哀しい、哀しい。
波が寄せるようにキャスターの感情がやって来る。湖の波は穏やかで満ち引きがなく、途切れない。ランサーは一刻も早くキャスターの下を離れたかった。隣にはエミヤが待ってる。俺の星が。
キャスターがランサーの腕を掴んだ。
「嘘言うな」
キャスターが言ったのは、とても静かな一言だった。けれど、とても強かった。ランサーはあっという間にキャスターに捕らわれた。無防備な心にキャスターの感情が突き刺さる。
「お前も俺もお互い以外に大切なものなんて、無いだろう?俺達双子じゃないか。隠し事なんて出来ない、ましてや嘘なんてつけない。だろう?」
キャスターの声が毒として入り込んで来て蝕み、犯す。ランサー自身の感情とキャスターの感情が混じりあって自分が無くなる気がする。誰かに助けを求めたいが、誰に助けを求めればいいのかわからない。
叫びたいのに、声を無くした。
間違っているのに、何が違うのかを無くした。
広がる世界を、無くした。
誰かが取り囲んで離してくれない。
拒否、とは何のために?
必要ない。
だって、世界はここにある。
いつも一緒にいた、慕わしい。
だれ?
ランサーの感情がキャスターに流れ込む。
慕わしい、誰か。
俺だよ、お前と同じ血を持つ、お前と同じ時間を持ち、お前と同じ顔をした、もう一人の俺だよ。
俺が俺である限り、お前と俺は同じだ。だから、一つなんだよ。いつでも。