微かな頭痛に意識が覚醒していく。
同時に倦怠感と喉の渇きが襲ってくる。乾いた汗やその他の液体が体中に張り付き、不快感を訴えた。
室内を見渡すとまだ、薄暗い。カーテンの隙間からは朝の気配が覗いているが、まだ夜明け前だ。時計を見ると――何時に寝たのか分からないが、それほど長い間寝ていたわけではないだろう。
寝転がっていたベッドを見ると、凄まじい有様だった。シーツは蹴とばされ、枕と掛け布団は床に落ちている。
散らかったベッドの上には、提督と夕立が仲良く抱き合って寝ていた。互いに裸のままで。かくいう僕も生まれたままの姿だ。
二人のことをそのままに。執務室を出る。ふと、自分が全裸だったことに気付く。だが別に構わない。この時間なら、まだ誰も起きていないはずだ。足早にシャワー室へと向かう。
執務室からはそう遠くは無い。提督のために作られた場所だ。本来ならば艦娘は使用禁止なのはずだが、最近はよく使わせてもらっている。
電球の光がまぶしい。ちかちかとした光を瞼に残し、僕は目をつぶる。蛇口をひねって、水を浴びた。春の夜は肌寒い。肌に突き刺さる水の冷たさが、意識をさらに覚醒させていく。水がお湯に変わると心地よい温かさに包まれた。
「はぁ……」
体全体の倦怠感はお湯と共に流れ落ちていくようだ――提督との情事の痕跡も。
あの日、提督との関係を結んで以来、僕は毎晩、彼に抱かれていた。
彼は性豪だった。僕と夕立の二人を満足させるまで、彼は止まらなかった。いや、満足した後も、だ。
朦朧とした意識の中で、提督の獣染みた吐息を感じていた記憶がある。後背位で交合し、犬のように一心不乱に逸物を突きこむ提督の姿を。
まるで野獣だった。
普段の彼は無口で聡明な人だった。決して多くを語らないが、誠実な人柄だったはずだ。酒も煙草も控え、任務に邁進する軍人の鑑のように人。それが僕たちの提督だったはずだ。
それは今でも変わらない。昼間は普通の提督だ。
でも――夜には別の顔を覗かせる。僕と夕立を気絶するまで抱く野獣のような男に。
(どうして、こうなったのかな……)
あの日以来、何もかもがおかしい。艦娘は戦闘兵器だ。こうした行為が出来るのは、本来の用途ではない。むしろ、そうした機能が備わっていることさえ、最近知ったぐらいだ。
人に近しいモノであるが故の副産物――これはそういうことなのだと思う。
でも、今の僕らはそれが“主目的”であるかのように作り替えられているようにも感じる。提督に誰か、欲望をぶつけられることこそが僕たちの用途――考えた途端、体の奥底が震えたような気がした。
(僕は壊れたのかな……?)
シャワーを止め、頭を揺さぶる。鈍い頭痛は拭えないが、気持ちは少しだけさっぱりとした。
「あっ……服が無い」
頭の中からすっぽりと抜け落ちていたことを口にして、そのまま執務室へと戻った。
それから、自室に戻るのが煩わしくなって、そのまま執務室のベッドへと倒れ込む。
三人分の欲望が混ざり合い、ぶちまけられたそのベッドの上に――
「すっかり忘れていた……」
目が覚め、午前の執務を終えると提督から、外出許可の存在を告げられた。
艦隊勤務は月月火水木金金が基本で、休みという物は基本的に存在しない。そもそも、休みの間、敵が待ってくれるわけではないのだから。そんなことなどはしていられないというのが本当のところ。
過去に、この鎮守府も前線からそう遠くない場所に存在して時期ある。その時は同じように死ぬ物狂いで戦ったものだ。
だが、今は深海側の侵攻を押しとどめ、前線を後退させることに成功している。ある程度の余裕はある。艦娘自身も、その存在が公表されるようになってから久しい。待遇改善の機運もあった。ということだ。
そのため、この鎮守府では週に一度だけ休暇が認められていた。その日一日、鎮守府は完全休業。所属の艦娘たちも司令官である提督も休みとなっていた。
別段、外に用事は無いが、久しぶりに外の空気も吸いたいが、あまり気乗りはしなかった。
その理由は同行者にある。
艦娘は、見た目には人間と変わりはない。だが、歩く軍事機密だ。そんな存在が自由に街中を闊歩することは許されない。だが、非常事態を解かれた鎮守府には、おいそれと出せる人員は存在しない。
「提督と一緒か……」
そこで提督の出番というわけだ。彼ならば艦娘の艤装発動権限も持っているし、権限を奪うことも可能となっている。唯一無二の存在だ。監視役として、これほどまでの適任はいない。
最後に出掛けたのはいつだっただろうか。そう遠くない昔の話なのに、うまく思い出すことが出来ない。でも、きっとその頃は、提督と上手く話が出来ていたと思う。
だが、今はもうそんな自信は無い。長いようで短い今日までの出来事を思い返せば、そう思えてくる。
提督は僕のことをどう思っているのだろうか?
夕立は提督に想いを告げ、そして提督はそれを了承した。何も無い。幸せな結末だ。そこから零れ落ちた恋があったとしても、それはよくある些末なことでしかない。
でも、ふたりはそれを掬い取った。僕の淡い恋心を。見透かされていたとは思いたくない。
こうして歪な三人の関係が出来上がったわけだ。仮に、僕が夕立の立場だったとしたら、どうだろう。自分の妹が恋に破れ、その姿を見たとしたら――。
憐憫に駆られ、彼女をその関係へと招き入れるだろうか。
あの日、夕立の言った言葉が思い出される。
『夕立は、時雨も一緒が良いなぁ』
その言葉の意味はよく分からない。ひょっとして、彼女の気持ちはもっと別のものなんじゃないだろうか? もっと純粋な――あれこれ考えていると、あっという間に鎮守府の出口だった。
外には、手持ち無沙汰で待っている人影が見える。提督だ。いつもの白い制服姿を脱いで、私服を着込んでいた。
でも、その立ち姿から発せられる空気は、折り目正しいきっちりとした物で。これでは周りに進んで「軍人です」と自己紹介しているようなものだ。
「待ったかな……?」
言葉が少しぎこちなくなる。無理も無い。彼と執務以外で言葉を交わすのは久しいことだった。そのまま、会話もせずに僕らは鎮守府の外へと向かって歩き出した
少し、居心地の悪いものを感じながら。
ヒマっぽい――
提督さんと時雨はどこかへと行ってしまった。理由はちゃんと知ってるし、理解もしてる。でも、だからと言って、納得は出来ないっぽい!
「う~ん……」
唸ってみても、退屈は消し飛ばない。むしろ、ふたりがどこかへ行っちゃったのが、ズルいと思えてくるし、気になってくる。
でも、夕立はちゃんと分かっている。外出できる艦娘は一人までで、それ以外はみんな鎮守府に待機。だから、ちゃんとお留守番をするっぽい!
でも、提督さんがいないと夕立の遊び相手がいないっぽい!
こうなったら、お部屋の片づけでもするしかないっぽい――そう思って、自分の部屋に向かっていると、廊下の角から小さな影が出てきた。全体に白い。髪も白い。響ちゃんだ。
響ちゃんは昔からこの鎮守府にいて、夕立たちと一緒に戦ってきた仲間だ。私よりも小さいけど色々なことを知っていて、ちょっとだけ大人っぽいところもある。
「やあ、夕立。ずいぶんとヒマそうだね」
「ヒマじゃないっぽい! これからお部屋のお片づけをするの!」
不機嫌だったから、ちょっと言い方がきつくなっちゃったっぽい。でも、響ちゃんはそんなこともするりとかわしてくれる。
「そうなんだ。でも、私は暇だから付き合ってくれると嬉しいな」
「う、ん……じゃあ、お片づけは今度にするっぽい!」
「それはありがたい。じゃあ、食堂にでも行こうか。何か奢るよ」
「ホント!? 響ちゃんは太っ腹っぽい!」
響ちゃんはこういうことをしてくれるから、大好き。でも、提督さんの方がもっと好きっぽい。
「その代わり――」
響ちゃんの声音と表情が変わる。
「司令官とのこと。色々と聞かせてほしいな。夕立と時雨は秘書官として、何をしているんだい?」
響ちゃんの目は真剣だった。夕立、ちょっとピンチっぽい?
街に出て、最初に立ち寄ったのは喫茶店だった。
とりあえず、落ち着ける場所にと僕が無理矢理に連れ込んだ。言い方は悪いけど、僕は彼を色々と問いたださなければならない。夕立と提督の関係についてだ。
本来なら、そこに僕の入る隙間は無い。でも、現に僕はこうしてふたりの間に入っている。なぜか奇妙な三角関係が成立してしまっている。もしかしたら、ただ玩具にされているだけかもしれないけど――
ウェイトレスがやってきて、コーヒーとサンドイッチを置いていく。コーヒーは嫌いだった、苦みの後に来る後味の酸味――その味すべてが嫌いだ。
でも、こうして時折飲みたくなる時がある。一口飲む。ああ苦い。やっぱり嫌いだ。
コーヒーを飲みながら、彼の表情を盗み見る。無表情そのまま。まるで、動かない石のように平然としている。
だが、僕は知っている。会話など無くただ獣のように交合を繰り返していたときのことを。目を血走らせ、野獣のような吐息と汗を振りまき、僕を組み敷いている彼の姿を。
まだほんの数日の出来事だというのに、その行為は今までの時間を塗りつぶしてしまうほど強烈な物だった。僕と彼の信頼関係をすべて。帳消しにしてしまえるくらいに。
「提督……」
提督がサンドイッチを食べ終えたのを見計らって、会話を始める。
「僕は、夕立の姉だ。彼女を悲しませたくない。だから、はっきりと言ってほしい。君がどうしたいのかを……」
どうしたいのか? そう問いかけてから思う。
そもそも、そんな問いかけは無意味だということに。この場で僕が一方的に突きつければ良いのだ。こんな関係をさっさと破棄すると。夕立と二人でお幸せに。僕は君たちとは一緒にいられない――ただ、それだけで済むはずのことだった。
でも、僕はそれが言えなかった。敢えて、相手に問うた。どうしたいかのかと。
これは責任の放棄だ。僕がどうしたいのか。それを言わないための。
現に提督は何も答えない。じっと僕のことを見つめている。その眸の中には僕がうつり込んでいた。
(なんて表情をしているんだ……)
映り込んだ僕の表情は、どこか悲し気で困ったような顔をしている。これじゃまるで、関係を切りたくない女が駆け引きをしているだけじゃないか!
「………」
何も言葉が出てこない。頭の中が真っ白になる。
自分の心に気付いてしまったから。だからもう、それに向き合うしかない。向き合って、決着をつけるしかない。
大切な妹、尊敬すべき上司。そして――ひとりの男として好きになってしまったということ。
色々な思考が頭の中を巡り、やがてそれはひとつの回答へと達した。
「提督のことが嫌いなわけじゃない。でも……こういうのは不誠実だと思うんだ。だから止めよう。止めてほしい……」
言った。言ってしまった。
言ってから、心の中で感情が渦巻く。それは寂寞の念か、それとも――分からない。
それから、提督は何も口にしなかった。ただ、用事を済ませたとばかりに僕を連れて店から出ていく。
そうだ。これで良かった。僕と彼は本来結ばれるべきではない関係だった。
彼には夕立がいて、その気まぐれに乗っただけにしか過ぎない。僕とは遊びだった。それだけなんだ。
そう自分に言い聞かせる。
でも、心の中で渦巻く感情は、どうやっても消えることは無かった。
響ちゃんに捕まってから結構な時間が経った。響ちゃんは酷いっぽい。色々と根掘り葉掘り聞いてくる。逃げようとしても回り道をして、夕立の逃げ道を塞いじゃう。
「それはつまり、君と提督は男女の仲。なのかな?」
「良くわからないっぽい。でも、提督さんのことは好きだよ」
「好きあっている男女がそうした行為をするんだ。それを男女の仲というんだよ」
「? よくわからないけど、夕立は提督さんが好きだよ」
響ちゃんはよくわからない言い回しをする。でも、夕立の答えに納得して、うんうんと頷いている。いったい何が分かったんだろう。
食堂の時計はもういい時間を指している。でも、ふたりはまだ帰ってこない。窓の外ではどんよりとした色の雲が太陽を隠し始めていた。
「二人のことが気になるのかい?」
「違うよ。雨が降りそうだなって……」
「とぼけなくていいよ。二人のことが気になるんだろう?」
響ちゃんの目は真剣だった。
時雨のことは好き――
夕立の背中を押してくれたのは時雨で、あの言葉が無ければ、提督さんとこんな風にはなれなかったと思う。
時雨は夕立よりもよっぽど大人っぽくて。落ち着いていて、頭も良い。提督さんがもし夕立じゃなくて、時雨を選んだら?
時雨も一緒に――わがままなことを言ったと思うけど、それは本心だった。大好きな人がふたりいて、両方と一緒にいられるのならこんなに嬉しいことは無い。そう思う。
でも、提督さんのことは分からない。夕立は誰かの心の中のなんて分からないから。想って信じてることしかできないから。
そう考えると胸のあたりが締め付けられるように痛む。提督さんが時雨に盗られる。考えただけで何かが壊れそうになった。ぎゅっと締め付けられる感触と頭の中で何かが沸騰するような感覚が――夕立は前にもこれを経験してるっぽい。いつだろう。
「夕立――雨だ」
ふと、響ちゃんが窓の外をみて呟く。曇天はその色をさらに濃くしていた。ぽつりぽつりと数滴の雫から始まり、それは次第に強く激しくなっていく。
開いた窓からはしぶきと共に雨の匂いが流れ込んできた。夕立はこの匂いが好き。
「それじゃ、私は自分の部屋に戻るよ。夕立はゆっくりとしていると良い」
そういって、響ちゃんが食堂から出ていく。ひとり残された夕立はじっと窓の外を眺めていた。
そうしていたら、雨が止むような気がして。ふたりがそろそろ戻ってくるような気がして。
でも、雨は次第に強さを増していく。夕立の願いは届かなかったっぽい?
最初はぽつりぽつりと。次第に勢いを増し、今では本降りに。
僕と提督はその中を走っていた。提督に連れられるままに街を歩いていると急に辺りが暗くなり始めた。そろそろ降りそうだ。そう思い雨宿りできる場所を探し始めたらこれだ。
走っている間にも雨は勢いを増し、やがて、周囲の視界を遮るぐらいの強さへと変わっていく。
「こっち!」
どれくらい走っただろう。どうにか雨風をしのげそうな場所を見つけて、そこに提督を引っ張り込んだ。辺りに充満する雨の匂いと耳朶を打つ強い雨音。
こういう時、夕立だったら処構わず体を震わせて、雫を払うのだろうな。そう思った。
もうすっかり濡れ鼠だ。下から上までびしょ濡れで、身じろぎをするたびに湿った布が肌に触れる。気持ち悪い。それに――
(透けている……)
視線を下に落として気が付いた。濡れた服が肌に張り付き、下着の柄が透けている。だが、隠したいとは思わない。どうせ、それよりも恥ずかしい部分を、散々見せている。
そうは言うが、やはりこの状態は恥ずかしい。提督に気付かれないように、そっと胸元を腕で覆い隠す。
ふと、自分たちの背後に階段があることに気付く。横に目をやると看板が立っていた。ずいぶんと古びた看板だが、かろうじて活動写真の文字が見て取れた。
どうせ、雨を凌ぐなら、時間が潰せる場所が良いだろう。提督もそう思っていたらしく、僕の先に立って、階段を下りて行った。
映画館の中は薄汚れていた。想像していた小奇麗な雰囲気で無い。周囲に漂うたばこの香りと酒の匂い。黄ばんだ壁は年代を感じさせる。壁に描けられたポスターはどれも古めかしい物ばかりだ。
そして、同時にこの映画館で放映されている映画の内容も見て取れる。昔の古いポルノ映画ばかりだ。僕が生まれる前――という表現はおかしいか――に、放映されていた物ばかり。ロマンポルノという内容に凝った物だ。
雨に濡れた毛先からひとつ雫が落ちる。髪型などは気にせずに、残った雫を乱暴に振り払った。
ドアを開くと薄暗い空間が待ち受けていた。光となるのはスクリーンに映し出された映像のみ。その照り返しを受けて、室内は様子が見て取れる。
先ほどのホールと同じようにくたびれた印象の椅子。カタカタと回る映写機の音が古めかしい。
空席が目立つ中で映画を楽しんでいる映画を楽しんでいる者はいなかった。皆、スクリーンに死線をやっているものの真剣とは程遠い眼差しをしていた。
まるで、何か、遠い昔にどこかで置いてきた物を懐かしむような。そんな雰囲気だ。
この空間を退廃的だと思った。まるで、すべてを終えた人々のなれの果て。それでも、終わりが来ないからこうして過去に縋っている――そんな風にも見える。まあ、そんなことを僕が思ったところで何も変わりはしない。
雨が止むまでの時間、この場所にいて、雨が止めばさっさと鎮守府に帰ってしまえばいい。そうして、また――提督とは部下と上司の関係が始まるのだ。そうあってほしい。
僕らは適当な席に座り、映画を眺める。強かったはずの雨の音はここまでは聞こえてこない。
映画の内容は頭に入ってこない。そもそも途中からのようだ。退廃的な雰囲気が漂う中、スクリーンでは女性の裸体が躍っている。時折、耳朶に響くのは古びた空調の低い音と居眠りをしている誰かのいびき。
そして、スクリーンを舞う女性の喘ぎ声だけだ。
ふいにあの感覚がやってくる。体の奥の方。自分の秘所のさらに奥。そこが疼く。スクリーンに舞う裸体の様子に当たられたのか、体が男を受け入れる準備を始めていた。
でも、それに抗うように眸を閉じる。瞼を閉じた暗闇は聴覚を一掃に研ぎ澄ませる。
頭に響く。下手女優の演技が、喘ぎ声が。それでも、その行為がどういう物かが想像され、かえって逆効果に終わった。
(我慢、すればいい……それだけ)
淫熱が足元から這うように身を焦がす。じわり、じわりと――奥底が疼き男のそれを欲している。
それを振り払おうと、頭を振るった。それでも、振り払ことは出来ない。
自分の好きな男が隣にいる。この状況で高ぶられた炎は容易に沈下することは無い。
耳朶を打つ喘ぎ声はより一層に響き、淫熱はついに、脳髄すらも犯し始めた。際限の無い感覚が体の奥底から波のように襲い来る。
我慢しろ――そう思う。でも、体は正直なもので。理性などは紙くずのように吹き飛ばす。
駄目だ。耐えろ! もし今ここで提督を求めれば、それは自分の妹の男を寝取ったことになりかねない。そんなことをしていいはずがない。
あの純粋な夕立の笑顔が曇ることは――
(耐えて……)
自分自身に念じる。でも、もう無理だった。身を焦がす淫熱は、熱気となって僕の体から発散される。彼は、もうそれに気付いていた。
指先が太ももに触れる。優しい手触りでほぐすように。どんどんと上へ上へと指先が昇ってくる。抵抗はしない。もう無意味だ。
彼から誘いが強くなる。太ももを這っていた手はそのまま腹部に移動し、押すようにして撫でてくる。一番敏感の部分のその近く。そして、その奥にある場所を的確に刺激する。
「っ……」
耐えなければ――意識がせめぎ合う。その間も、彼の愛撫は続く。
そんな抵抗は無駄とばかりに手の動きが激しくなる。片腕だけで器用に服のボタンを外して、胸元に手を突っ込んでくる。
ぐっしょりと濡れた下着の上から、双丘を揉み、布越しに頂点に触れる。雨に濡れた寒さからか、既に敏感な部分が少しだけ顔を覗かせていた。
それを執拗なほどに弄る。既に体は熱に侵されている。荒くなる息を懸命に抑え、意識を保とうとする。
提督の攻めは続いた。こねくり回し、こすり上げる。気が付くと、体が自然と提督の方へと寄っていた。
男の武骨な指が僕の肌を這い、欲望のままに蹂躙する。既にもう一方の手も愛撫に参加している。一方の手で胸を愛撫し、もう一方の手は茂みをかき分けて、秘所を愛撫する。
高ぶっていた体はいとも容易く陥落した。彼の誘いに負けて、身を落とす。膝枕をされるように提督の太ももに頭を預ける。男らしく筋肉に覆われた太ももは固い。寝心地は悪そうだが、それでも力強さを感じさせてくれる。僕は好きだ。
彼は焦らすように、ズボンのファスナーを下した。
勢いよく逸物が飛び出てくる。ムッとする汗と生臭い匂いが鼻孔をくすぐった。最初の頃は鼻を覆いたくなるような匂いだったが、今では何とも思わない。
むしろ、好ましいとさえも思える。もう僕の体は、彼に合うように作り替えられていた。
焦らすように、見せつけるように逸物を僕の目の前で揺らす。心臓が高鳴り、体の奥底がそれを求める。でも、彼は許してはくれない。
見せつけるように。そして、僕の顔に匂いを移すように、その逸物を擦りつける。
さっきまで乾きかけていたはずの服は、もうびしょ濡れになっている。期待と興奮が入り混じり、焦らされていることで滝のように汗が流れていく。
下着も――もう役に立たないぐらいに濡れていた。
ようやく許しが出た。逸物を口元に運ぶと、亀頭の部分をちろちろと舐める。敏感な部分をねぶり、彼の快楽を引き出す。ゆっくりゆっくりと、先ほど焦らされたお返しとばかりに。
それでも、彼は無言だった。ぴくりとも反応しない。こんなにも、いきり立っているのに。
スクリーンでは女優の濡れ場が映し出されていた。一目で演技と分かる声音。本当の声はそんなのなんかじゃない。僕はずっと、それをこの男に引き出されてきたんだ。
感情が徐々に高ぶっていく。
激しく抱かれた夜のことが思い出される。体を合わせ、体温が混ざり合い。ふたりが発する汗と臭気が混じり合い、すべてが溶け出す。そんな夜の記憶が。
「てぃとく……?」
僕の体はすっかり出来上がっていた。度重なる愛撫に、この雰囲気。そして、提督の逸物を咥えさせられて、僕はもうどうすることも出来なくなっていた。
夕立のことは――もうどこかへ消え去っていた。妹なのに、一緒に死線を潜り抜けた仲間だったのに。最後に僕は彼を選んでしまった。
提督という存在ではなく。提督をひとりの男として、選んでしまった。
体勢を変える。
椅子に座ったままの提督に僕が跨るような体勢だ。体位には名前があると聞くけど、これはどういう名前だろう。挿入の瞬間に、ふと、そんなことを考えた。
「ああっ……」
たっぷりと蜜を含んだ陰唇に陰茎を擦り付け、潤す。一拍置いてから、一気に挿入した。
ぽっかり空いた部分に、求めていた物が嵌った瞬間。それは口では言い表せないほどの充足感がある。
微かに、震えるような動きで、僕の膣内を味わう。今の自分の顔は、見なくても分かる。頭の中でさんざん見てきた夕立の顔が過った。僕もあんな顔をしているだろう。
だらしなく口を開き、淫靡な色に満ちた眸。朱色に染まった頬に淫熱に蕩かされた表情。今の僕は彼女と同じだった。ただ、ひとりの女として、ひとりの男を求めている。
この男を――提督を。
動きがだんだんと激しくなってくる。元々、この体勢では動きづらい。ましてや、少ないが人がいる場所。気付かれないようにしなくてはならない。
それでも、提督の動きは徐々に早くなってくる。僕を抱え、まるで小槌を打ち付けるように。肉と肉とがぶつかり合う。生々しい音が僕の耳にも聞こえてくる。
(気付かれる……?)
途端に意識が逸れた。でも、それは束の間のことで。一突きごとに僕の奥から欲望があふれてくる。まるで突かれるたびに零れ落ちるかのように。粘度ました愛液はお互いの性器に絡みつき、うるさいくらいの水音を立てる。
気付かれるかもしれないという危惧は、やがて、姿を変えていく。恐怖心も羞恥心も消え去り、後に残った快楽だけだ。
見せつけてやろうというわけではない。ただ、背徳感が僕の中の欲望を燃やしている。気付かれないようにしなければならない。そういう状況に酔っていた。
強く口を噛みしめ、甘い声が漏れないように努力する。でも、駄目だった。仕方が無しに指を噛む。思いのほかに強く噛んでしまった。
終わりが近い。提督の動きがより早く、強くなる。食いしばった歯の間から息が漏れ、苦しそうだ。
僕も限界が近い。体の奥底から湧き上がる快感は胸元まで迫ってきている。思い切り叫びたい気持ちだったが、それは出来ない。
だから――ぷちっ。
噛みしめていた指の肉を食いちぎった。痛みは快楽に勝らない。もう止まれない。
口の中いっぱいに血の味が広がり、僕の頭の芯まで沸騰する。
最後の瞬間、僕は提督に思いっきり抱き着いた。背中に爪を立て、鎖骨の辺りを力いっぱい噛みしめる。
僕と提督は同時に達した。
もう何度も味わった。欲望を内側に吐出される感覚。体の奥底から熱が伝わり、それが全体へと伝播していく。痺れにも似た感覚が体を駆け巡り、手足の感覚が薄れていく。
ぼぅーとした頭の中で響くのは、スクリーンの女優の声と提督の荒い息遣いだけだった。
鉛色の空から日が落ち、辺りが真っ暗になる頃。提督さんたちは帰ってきた。雨が上がってから、ずっと、鎮守府の入り口のところで待っていたけど。提督さんと時雨が帰ってきたのは、それからずっと後になってだった。
提督さんと時雨は仲が良さそうで、夕立も嬉しい気持ちになった。でも、提督さんと時雨からいつものあの匂いがした。出かける前はそんな匂いをしてなかったのに。
それから、返ってきたとき、時雨は夕立にこう言っていた。
『ごめんね……』
その言葉と一緒に、お土産もくれた。たぶん、一緒に連れていけなかったことを言ってるんだと思うけど――何かが違う。提督さんの様子も少しおかしい。疲れているみたいで、いつもなら、夜になると夕立のことを呼んでくれるのに。
「分からないっぽい!」
色々考えたけど、良く分からない。きっと、お外に出かけていて、少し疲れただけ。そうなんだと思う。
でも――この胸の中のもやもやは晴れない。まるで、鉛色の空模様みたいに。ざわざわしてそわそわしちゃう。何かがおかしくなっているような予感がして。
「三人とも仲良く一緒にいられるよね……?」
そういわずにはいられなかった。