一応ヤンデレ注意?
0 序章
その出会い、ただの偶然に彩られたものである事に間違いはない。だが、それが後に尾を引き、続くことでそれを人は運命だと勘違いするのであれば、確かにその出会いは運命であった。特にキッドとアインハルトという二人の場合は。
彼、彼女の出会いの第一印象は最悪だった。
そもそも、出会いの切掛けとなったことが、アインハルトがたまたま治安の悪いミッドチルダ北部の廃棄都市区画付近にて集団に襲われた事であり、そしてその集団を彼女自身で撃退してしまった事にあるのだから第一印象が良いわけがなかった。
端的に言うと、彼女はレイプされかけた。そしてその火の粉を払った事。それが、彼と彼女の縁を繋ぐ懸け橋になったのである。
とは言っても、キッドはその時のレイプ未遂事件には関わっていない。確かにキッド自身はストリートチルドレンの出身であり、その時アインハルトを襲った集団ともそれ相応の関係にはあった。とは言っても直接キッド自身がレイプ未遂を引き起こしたわけでもなければ、そのメンバーの一人であったわけでもなく、彼と彼女の繋がりはその後、レイプ未遂を起こした集団がキッドの寝床に駆けこんだことがその発端である。
キッドという少年は、ストリートチルドレンの中でももはや手のつけようのない悪ガキという分類を管理局から受けているし、その事を本人も否定はしない。が、そのやることには一本筋を通す人柄であり、同時に仲間思いの良く言えば良い奴であったし、ストリートチルドレンの毒舌共に言わせてみれば、アマちゃんの気があった。故に、彼はその時のそれこそ集団レイプ未遂なんて馬鹿なことをやらかした奴らの尻拭いにも、非常にやる気をそがれながらも、渋々出張ることになったのである。
最も出張るなんていったところでやったことは、その事件の調停だ。調停と言っても合法的な手段に出たわけではなく、レイプ未遂を犯した馬鹿共の救出であり、言い換えるならアインハルト相手に時間を稼ぐと言う事、即ち戦闘だった。
当時の二人の年齢は十六と十四。既にアインハルトはDASSにおいて次元世界レベルで名を売っていた時期であり、一方キッドは無名もいいところ。名が売れていたのはごく一部の管理局関係者のみであった。DASSの関係者、出場選手がその場面にいたならばキッドの無謀に苦笑をこぼすか、それともストリートチルドレンといえども、仲間意識はあるんだなぁなんて、妙な感慨を抱いたかもしれない。それほどまでに二人の知名度には差があった。
されど、その程度ではキッドは止まらない。
自分で組み上げたデバイスを用いて、自らが組み上げた我流の戦闘術をもってアインハルトに猛然と襲いかかったのだ。
それがキッドとアインハルトの長きにわたる因縁の始まりであり、同時にキッドという少年が歴史の表舞台に初めて立ったその瞬間だった。
1 覇王と悪餓鬼
アインハルト・ストラトスとの戦績は七戦やって三勝三敗一引き分け。
今のところは完全に五分。
男と女という性差はキッドに有利を、二つという年の差はアインハルトに有利をそれぞれもたらしている。また、戦闘技能においては近距離戦闘能力においてアインハルトに勝てる相手を探す方が難しい……とまでは言わずとも覇王の後継者として全盛期並みの実力を発揮するようになった彼女に接近戦における敵は少ない。下手な格闘家ではともすれば一撃で終わる程に彼女の拳撃は研ぎ澄まされている。
一方でキッドにはそこまで圧倒的な戦果を誇れる距離が無い。近距離も中距離も遠距離も超遠距離においても特筆するべき程の実力は無く、その全ての距離で一流半程度の実力を持つ、よく言えば万能型、悪く言えば器用貧乏な魔導師である。
だが、そんなキッドを相手にアインハルトは既に三度の敗北を、一度の引き分けを喫している。それはただ管に、キッドの戦い方の巧さにあるといえる。戦巧者というべきか、状況を利用するのが上手いと言うべきか、特に戦闘を続行する能力においては、アインハルトはキッド以上の魔導師を知らない。ただ、生き延びると言う事に特化しているということは、それだけで強敵であるという事を彼女は彼と戦うことで初めて知った。
故に……彼女はキッドの戦闘を心行くまで楽しめる。
バインドの罠をかいくぐり、降り注ぐ直射魔法弾の雨をくぐり抜け、その果てに一合で決める意志を持った拳撃を相手に叩きつける。その打撃をキッドは腰に刺した魔力刃発生用デバイス・ヴァジュラをもって受け止める。無論受け止められるような勢いではなく、踏ん張ることを諦め自分から飛ぶことによってダメージを軽減距離をとる。そして同時にいくつかの小細工用の魔法を起動させて更に距離をとるために足掻く。
絡みつくバインド。
それを笑みを隠すことなく引きちぎりアインハルトは猛追する。
透明化されて仕掛けられていた魔力機雷を、全身から魔力を放出することで無理矢理無視して、そのままの勢いで踏みつぶすようなかかと落とし。地面を転がるようにしてギリギリでキッドは回避した。
かかと落としが大地に着弾する。
コンクリートで固められていた大地を粉砕し、クレーターを作る一撃。鍛え上げられた技のキレ。そのキレに渇いた笑いを零しながらキッドは更に距離をとった。彼我の距離は数メートル。格闘型相手にはあってないような距離だが、それでも先ほどまでの超接近戦よりは幾分息を付けるかと判断して、ゆっくりと息を吸った。
「相変わらずいい反応ですねキッド」
「あんたは相変わらずの馬鹿力だ……DASS前に潰す気か俺を……」
詰まらない冗談を口にしながら魔力を練り上げる。お互いに拳で、刃で言葉を紡ぐタイプの人間だ。一戦やれば万言を交わすよりも雄弁に自身の事を相手に伝えることができる。それを既に七度繰り返した。並みの親友よりも遥かにお互いの事を知っている相手に、口だけの冗談は通じない。つまり……
「行きます」
「時間稼ぎに位付き合えこのアマ……」
キッドのやりたい事、魔力の少ない彼がせめて体力だけでも回復しようとしていることなど、アインハルトにはお見通しで、当然のように再び懐へもぐりこむため、一直線に駆け抜ける。放つは必殺。相手を打倒するための渾身の一撃だ。
それに対する技はキッドにはない。
そもそもこの距離に踏み込まれた時点で、キッドの勝ち筋はほとんどない。
相手を翻弄し、相手を陥れ、相手を自滅に追い込むような戦い方こそ、キッドの本領である。
「っ!?」
故に彼女は絶句した。踏み込んだ自身に対し逃げを打つこと無く、彼女に向かって踏み込んだキッドのその動きに。だが、修練の果てに肉体は精神の動揺を反映すること無くその絶技を繰り出すに足る。覇王流奥義。空を断ち相手を破壊する、彼女が自身で組み上げた技の更なる修練の果て。
「覇王……」
言葉にするのは真なる一撃。彼女が現世で感じ取った全ての技能を濃縮した奥なる絶技。
防ぐこと叶わず、かわすこと叶わず。ただ直撃するその一撃。数多の戦闘経験によって昇華されたその一撃はまともにぶち当てれば山をぶち抜く威力を持つ。
まさしくもって必滅の一撃。必殺のそれにふさわしい。
だからこそ、これだ。とキッドは加速する思考の中で思う。
彼女はこの技に全幅の信頼を置いている。
この技をもって打ち抜けぬ相手などいないと信じている。
それでいい。それでこそ格闘家。自らの技に全幅の信頼を置けぬ格闘家などこの世にはおらず……そうだからこそ、キッドはその技に全焦点を当てているのだ。切り札をアインハルトは切ろうとしている。
それに対応してキッドもまた切り札を抜き放つ。
自身の肉体すらも囮にして放つラストカード。
彼が彼女に見せたことがない彼の誇る究極の一。
魔力では届かず、技でも届かず、されど抜けて来た修羅場の数では彼女に勝る。
そう信じて練り上げた窮極の一。
「奔れ神風」
言葉は少なく自身のデバイスがその後の言葉を継いだ。
「Sonic glint of light」
音速を越える斬撃がアインハルトをなぎ払った。
威力自体はほとんどない。
ただ、音越えの斬撃はただ音速を越えていると言うだけで驚異的だ。
右手に不快な音が奔る、叩きつけた際の衝撃波が全身をしびれさせる。
非殺傷設定を行ってなお、キッドの肉体はその負荷に耐えきれず悲鳴を上げた。
少なくとも明日明後日に右手を動かせることはないだろう。
それどころか、負荷を受け止めた右足にもしびれが残っている。
軽くて骨折。下手をすれば粉砕まで行った事を確認しつつ、地面に降り立った。
そして、アインハルトの方に視線を向ける。
壁に、廃棄地区の廃棄されたビルに直撃して、半ばまで埋まっている彼女の姿を見る。バリアジャケットが展開されているあたり、そこまで大きなけがをしていないだろうとあたりを付けて全身を地面に投げ出した。
冷えたコンクリートの感触がバリアジャケットを解除したことによって伝わって来て気持ちいい。そして動く左手だけを夜空に突き出して勝った事を無邪気に表現した。
「どうだ……これで俺の勝ち越しだ……」
「ええ、そうですね」
「……あ?」
声の聞こえた方を見ると既に立ち上がっているアインハルトの姿があった。
彼女のデバイスが全身を癒しているの見える。
ああ、そう言えばあいつのデバイスはそういうのに特化しているんだったな、なんて、今更ながら思い出して頬を汗が伝った。
「まあ、数秒間気を失っていましたし、今回は私の敗北です」
「皮肉かよ……」
「いえ、まさか」
そう言いながらアインハルトはキッドの隣に腰をおろして空を見あげながら再び口を開く。
「事実でしょう。貴方が殺す気であれば私は死んでいた。そんな状態になりながら負けを認めない程、私は狭量では在りません。クラッシュエミュレートを使っても敗北判定は免れないでしょうし、試合でも単純な勝負でも私はあなたに敗北しました。これは事実です」
「ま、お前がそれでいいならそれでいいんだけどね」
淡く碧色に染まった銀髪を視界の隅に収めながら、ゆっくりと立ち上がる。
運よく、右足は砕けていないらしい。何とか明後日の自分の試合には間に合うか……なんて当たりをつけながら右手を握る。鈍い痛み、骨は間違いなく行ってるとして、どこまで誤魔化せるかが問題だ。
「その右手……」
「ん? ああ、逝ってるよ」
そう言いながら彼の表情に後悔はない。覇王一人を打倒するために右手一本なら安いと、割りきる程度の覚悟ならいつだって持っている。そもそもDASSだって既に出場する意味の半分はない。適当な暇つぶしと、自身の成長の把握、新しい戦士の把握、戦い方の模索。その集大成。それらは全部アインハルトとの一戦で十二分に把握できた。名声はいらない。そもそも、既にストリートチルドレンというアウトローの総元締めなんて立場にある自分が、表側の名声なんていらない。馬鹿どもを出来る限り静かに、タガを外させないように管理する事……そしてその管理を管理局側に認めさせるためだけの名声だ。これ以上は重しになるだけ。故に……
「別にかまわないけどな。お前と戦えた。それで目的は果たせたわけだし」
その言葉に嘘偽りはない。心配すんなって、なんて気持ちを込めつつ心配そうに見つめているアインハルトに向かって肩をすくめた。すると、少し顔を赤く染めた彼女が小さく何かをつぶやいた。
「卑怯です」
聞こえなかったふりをして、キッドはその場を去って行った。
2 聖王と悪餓鬼
「それで、結局アインハルトさんとはどういう関係なんですか?」
「あのね、喫茶店に呼び出したと思ったら何言ってるの君は? お仕事は?」
「司書のお仕事はお昼までなのです。ふふふ、お昼からはお休みー」
そう言いながら無邪気にパフェをほおばる光彩異色の少女を、コーヒを啜りながらキッドはジト眼で見ている。昼間っから唐突にたたき起こされたが故に、その恨みは深い。と言いつつも、中々美味いコーヒーだと半分以上既に機嫌を直しているあたり、安い人間だと云う自覚はあった。
「それで? わざわざそんな事を聞くためにこんなミッド中央まで呼び出しかけたのか、お前は?」
「なんだかんだ言いながらここまで来てくれるキッドの事私好きだよー」
実感のこもっていない適当な言葉に、コーヒーにつけられていた角砂糖を指ではじいて苛立ちを示す。パクリと容易く口で受け止めてムグムグと口を動かすあたりの反射神経は流石格闘型だと関心はするが、中身を確かめないあたりのアホさ加減は相変わらずかと、舌を出してむせている姿にもう一つため息をついた。
「うー。何をしたんですかぁ?」
「表面中身をくりぬいて、塩詰めてやった。転移魔法のちょっとした応用だよ」
「街中の魔法使用は原則禁止されてるんですよ!?」
「ストリートチルドレンに何を今更」
バレなきゃいいんだよなんて言いながら再び、コーヒーに口を付けた。奢りとわかっているコーヒーは実に美味い。
「これでも私、管理局員何だけどー」
「知ってる。ただし、実感はこもってない。お前みたいな能天気が局員なんていまだに信じられん」
「にゃにおう」
ぶーぶーと頬を膨らませているヴィヴィオをしり目にコーヒーを完全に飲み干すと、再び軽いジト眼を彼女にぶつける。さっさと本題に入れと言う催促に余裕が足りないようなんてこぼしながらも、ようやく本題に入るらしかった。
「それでね、アインハルトさんの事なんだけど」
「アインハルト? 何でアインハルトが出てくるんだよ?」
「うーん、そう言われても、むしろ私とキッドの共通の話題なんて、アインハルトさんの事か格闘技の事、後はお仕事の事位しかないじゃない」
「それはそうなんだが。それにしたところで、なんだいきなり」
首をかしげながら問うキッドに口元を緩め、何処か小悪魔めいた表情で少女は常らしからぬ表情で言葉を紡ぎ出す。
「アインハルトさんとどこまで犯ったの?」
「……は?」
質問というにはあんまりにもあんまりな言葉にキッドの目は点になった。能天気だとは思っていたが、遂に逝かれたのかなんて、あまりにもひどい感想を心の内で漏らす。
「いや……意味がわからん」
「んー、まだ?」
「いや、だから。意味がわからんと」
「じゃあ、言葉を変えよう。キッドはいつまで気がつかない振りをしてるつもりなの?」
その言葉にキッドは押し黙る。
アインハルトからの好意に気が付いていないわけではない。確信を抱いていた訳ではないが、だがそれでも自分と他の男に向ける感情のあり方が、いつのころからか変質している事位彼も気が付いている。それが思慕と呼ばれるたぐいの感情である事もだ。だが……
「いや、それは無いな」
キッドはそうやって彼女の感情を否定する。彼女の感情の否定というよりも、自分自身が抱く感情の否定の方が近いか。少なくとも、彼はアインハルトが自身に抱いている感情を否定した。
「なんで? はた目からはバレバレだよ?」
「あいつは少なくとも俺達ストリートチルドレンの被害者だったんだ。犯されかけて、その犯人の知り合いに慕情を抱く? 詰まらない官能小説でもあるまいしありえん」
「うわー、そうやって聞くとアインハルトさんダメダメだね。エロ本に出てくる安いヒロイン並みのチョロさだ」
「女の子がエロ本言うな」
「いまどき女の子でもエロ本の千や二千読むよー」
夢の崩れる話だった。頭をガリガリと書きながらそんな真実知りたく無かったよ。と告げてキッドは立ち上がる。
「あれ? どこ行くの?」
「帰る。もう用事は終わりだろう?」
「うーん、最後に二つ」
「二つ? ……まあいい。言ってみろよ」
その言葉に柔らかい頬笑みを浮かべながら、ヴィヴィオは言う。
「一つ目。好きだよ。私と結婚を前提に付き合ってください」
「断る。二つ目は?」
即断で断った彼の言葉にヴィヴィオは苦笑する。やっぱりーねーなんて舌を出しながら再びパフェにスプーンを突っ込んだ。
「おい……」
「あはは。わかってるってば。それじゃあ、二つ目。お財布忘れたから奢ってー」
「テメェ!!」
キッドは激怒した。
幕間 覇王と聖王
熱を感じている。
何者にも奪えない熱を。
何者にも砕けぬ熱を。
互いに抱く光彩異色。金と碧銀が風に揺れて色彩に華を添える。
拳が振るわれる。
柔らかく、されど、酷薄なまでの威力をもって。
相手を打倒するために。
その意志が必殺となり、その覇気が敵を穿つ。
「アインハルトさん。本気ですねぇ」
「ヴィヴィオさん。茶化さないでください」
「ま、アインハルトさんの気持ちもわかりますけどね。自分の恋心を完全に無視された上で、挙句の果てにはエロ本のチョロいヒロイン扱い。あはは。私でもキレるよ」
「ヴィヴィオさん?」
「良いじゃないですかー。私だって告白したのにあっさり断られたんだよー?」
「ヴィヴィオさん」
語気が強くなった。藪蛇を出したかなーなんて軽く反省していると、ヴィヴィオの目の前でアインハルトはあっさりと構えを解いてみせる。そして一つつぶやく。
「どうして私の感情は届かないのでしょうか……」
「うーん。どうしてって言われても、私だって届かなかったんだし、答えようがないよ」
「それは……そうですが……」
「ま、私はいつも通り全力全開。ママの教えを忠実にってことで頑張りますけどねー」
「ふふ。ヴィヴィオさんらしいです」
「うーん。褒められてるのかなぁ?」
「ええ。勿論」
くすくすと笑みを見せながら軽く踏み込んだ。
音もなく滑りこむようにヴィヴィオの懐に入り込んで目と目を合わせる。お互いを写す異色の瞳。
そして……
「わお、アインハルトさん大胆」
「人のやり方で思いを伝えても無意味なら……次は獣のやり方。違いませんか?」
「あはは。嫌いじゃないよ私」
「では、よしなに」
言って再び距離をとる。
そして構え会うその姿は肉食獣が牙をとぎ合う姿にも似て……
次の激突で、訓練場が揺れた。
3 悪餓鬼と二人の王
「好きです」
そう告白された。
そう愛を告げられた。
その瞳に嘘は無く。その言葉に偽りはない。
そもそも、恋愛感情に嘘をつける程彼女は恋愛に対して経験が豊富ではない。
ただ自身の思いをぶつける位しか、その表し方を知らない。そういう不器用な女だ。
戦う以外の事を必要としてこなかったその姿は戦機にも似ている。
「戯言だ」
だけどその言葉を切って捨てる。
自分には受け入れる自信が無いから。いや、そもそも受け入れる気なんて最初からないのだから。断りのセリフ。拒絶のセリフ。別段彼女をそういう対象に見れないと言う訳じゃない。ただ、純粋に受け入れるのが怖い。受け入れてそして失うのが怖い。
ストリートチルドレンなんてやってて知った事はあらゆる物を容易く失うという事実だ。金も、友も、母も、父も、最初は何も無くそして再び似た物を手にして、それを何度も失った。故に何も手に入れないことで二度と失う事をしないようにと決めた。
親しい者なんていらない。親しい人なんていらない。味方と敵という区分けすらなく、ただ利用できるものとできない物にのみ区分けして生きていく。そう決めたから。そんな風に彼の心的外傷は物事を定めてしまっている。
「ええ。あなたはそう言うと思っていましたよ」
だけどそんな彼の態度を見ても少女は揺るぎもしない。
そんな事は既に分かっていると、彼女は笑みすら浮かべている。彼の心的外傷を理解しながら、そんな事は自分には関係ないと言わんばかりにその青と紺の瞳に、まぎれもない覚悟と織り交ぜて。
「ですので、勝負をしましょう」
「勝負? 何のだよ?」
「貴方が人の理で私の告白を拒絶したので……次は獣の理で告白すると言うことです」
「意味が全く分からん」
「つまり……私は貴方を犯します」
「……は?」
にこやかに告げられた言葉に絶句した。
碧銀の髪を無造作に風に遊ばせながら、彼女はそう言った。
そして当然のように構えをとった。覇気が魔力が清廉たる気迫が彼女に集う。否応なく、言葉の本気さを感じ取らせてくる。
「抵抗はご自由に。ですが今回は逃がすつもりも負けるつもりもありません」
「本当に意味がわからん!?」
そして九度目の激突の幕が上がる。
その初撃は不意打ちと言った方が正しい。
言葉と同時の踏み込み。閃光のあり方に似る瞬光閃撃。その速さだけで悪魔的だ。
その打撃を、直撃を受けることで無理矢理吹きとび距離をとる。術式を展開、銃形態に変形させた自身のメインデバイス、ディクストをアインハルトに向けて引き金を引く。直射タイプの魔弾を発射。旋衝破で受け止められることを前提とした射撃弾。
だがその銃撃を、アインハルトは一顧だにすること無くそのまま突破した。全身を魔力で覆い、単純にその防御力のみで突破する。自身の身を顧みない突撃に、キッドは頬をひきつらせながらも下がる。が、即座に背中が後ろの壁に到達した。
ミッドチルダの廃棄地区。
彼の庭に等しいその場所ではあるが、呼び出された場所が廃棄された訓練場であることが、彼にとっての不運だ。不運というより、アインハルトが彼にしかけた策謀だった。逃げ道なく、逃げ場無く、隠れ場所もないその場所は圧倒的な有利をアインハルトにもたらしている。
はめられたことを自覚した時には遅い。弾幕を無理矢理突破したアインハルトは既に目前に迫っている。拳打を受けた。一撃でひざから崩れ落ちそうな一撃。防御ごとこちらを食い破りそうな一撃を、何とか耐えきってアインハルトと彼我の場所を入れ替える。そのまま、防御した回し蹴りの勢いを利用して呼び出された訓練所の中央にまで再び弾き飛ばされることで距離をとった。
「アインハルト!!」
彼女は何も答えない。
ただ、悠然と緩やかともいえる速度で歩み寄ってくる。その姿は威風堂々。まさしく古の覇王の姿。敵を食い破る魔拳の担い手。
「チィッ!!」
舌うちを一つ。
そしてさらなる距離をとる。
逃走は不可能だろう。
背を向けた瞬間に、意識を刈り取られるであることは自明の理。故にこの不利な状況下でとにかく打倒する以外に道は無い。逃げ切る道はあの覇王がふさいでいる。覚悟を決めてディクストを構え直す。物言わぬ相棒の金属的な冷たさにいつもの冷静さを取り戻す。そして銃口をアインハルトに向けて……全身を虹色に輝くバインドが覆い尽くした。
目を見開く。言葉を失う。あまりの出来事に一瞬認識が追いつかない。それでも、バインドを解除するために一秒未満の間足掻き、背後からの一撃に弾き飛ばされた。
防御なんてできるはずがない。まともに受けた一撃。ビシリと嫌な音が脳裏を駆け抜ける。背骨に近い骨にひびが入った音。痛みで意識が赤熱化する。が、打ちだされた勢いのままアインハルトの姿が近づいてくるのが眼に入り、その痛みを無視、腰に刺したヴァジュラを抜き放つ。が、遅い。
「覇王……」
前回放つこと叶わなかった一撃が放たれる。
一撃で意識を刈り取るであろう一撃。その一撃を防ぐために、耐えるために少ない魔力を極限までかき集め全霊をもって防御する。
「断滅閃」
そしてその一撃が炸裂し、肉体が砕け散った。
そう錯覚する程の暴虐がキッドの肉体を蝕む。
アインハルトの拳は防御に用いたヴァジュラの魔力刃を砕き、その勢いを緩めることなくキッドの腹部に突き刺さり、純粋に体術能力だけで彼のアバラを三つ砕いた。彼女が練り上げた魔力は、アバラを砕かれた彼の肉体を貪るように破壊する。筋肉は引きちぎられ、内蔵には一時的にとはいえ機能不全を起こす程のダメージを与え、リンカーコアすら悲鳴を上げる程の純然たる破壊の暴虐。崩れ落ちた。立っていられるはずがない。全身をアインハルトの魔力が凌辱し食い散らして行った。非殺傷設定であるからこそ、死んではいないがいっそ殺してくれと懇願しそうになる程の痛みがキッドの内を駆け廻っている。
「あ、アイン……ハル……ト……」
痛みをこらえ、とぎれとぎれになりながらも、キッドは言葉を紡いだ。だが、その言葉はアインハルトには届かない。ただ、冷たい微笑を浮かべゆっくりと歩み寄ってくるその姿はその麗しい容貌と相まって、恐怖を抱かせる。
「残念でした。獣の理論で動くって宣言されてるんだから、諦めた方がいいよ?」
後ろから身体を引き上げるようにして、キッドを無理やり立たせた女が、彼の耳元でそう囁いた。金髪に赤と碧の光彩異色。小悪魔めいた頬笑みを浮かべた虹を纏う少女の顔は、いかなる故にか、頬を赤く染めている。
「ヴィヴィオ……」
睨みつける。不意を打った少女を。奇襲をかけた少女を。彼の命運を断った少女の姿を。だが、そんなキッドの様子を意に介した風もなく、少女はただにやにやと笑みを浮かべている。突然、顎に手が当てられ無理矢理引き戻された。あまりに唐突だったがために、彼は反応できずにただ成されるがままになる。
顎に手を当て引き戻したのはアインハルトだ。こちらも頬を上気させ、僅かに乱れた呼吸は熱い。お互いの息がかかる距離。キッドの口元より立ち上る鉄錆の香とアインハルトの体臭が混ざり合う。キッドはアインハルトを睨みつけて……
「ふぐっ!?」
アインハルトにキスをされた。
キスと呼ぶにはあまりにも乱暴な。
間違っても恋人同士が行うようなキスではけしてない。
相手の全てを奪うキス。
相手の全てを自分の物だと刻みつける身勝手なキス。
アインハルトの舌は熱く、口内の歯一つ一つを嬲るようにねぶりあげ、零れおちた鉄錆の香の元をいとおしむように全て啜って行く。容赦のない蹂躙劇。ようやく離された後には、紅い橋がかかった。
「あはは。アインハルトさんどうだった?」
「はい。全てが……あまりにも甘美でした」
頬を染め、感慨にふけるようにアインハルトはそう言った。その様子をキッドは力の入らない身体に力を込め、それでもまるで動きの突かない身体に腹立ちを隠そうともせず、殺気を込めた視線で彼女を睨みつけた。そんなキッドの視線でさえまるで自信を高ぶらせるスパイスであると、そう言うかのように彼女は愛おしげにキッドの頬を撫でる。
「さあ、いただきますよ。キッド」
艶やかな異色の瞳に、同色の感情を乗せて彼女はそう言った。
なでる頬は彼の傷口を優しくなぞり、口元から零れた血を掬いあげる。そして血の付いた指をまるで見せつけるかのように舐め取って見せた。
「貴方の全てを」
それは誰に向けて呟かれたものなのか。少なくとも、キッドに向けられたものではない事を彼は自覚していた。
4 獣の理
訓練場の一室にはこの場所が訓練場の名残で合った事を指し示す物が積み上げられていた。身体を守るためのマット。学園であるなら体育倉庫のような場所にキッドは無造作に投げ出された。痛めた体に痛みが奔る。その感覚だけで全身のおおよそのダメージを悟る。胃の奥からせり上がる熱い塊を、根性で飲み下した。
睨みつける。
全力で歯を食いしばり、ただひたすらに拒絶の意志を叩きつける。その行為を意に介した風もなく、ごくごく自然な動作でアインハルトは彼のデバイスを奪い取った。ディクスト、ヴァジュラ。彼が長年を共にした相棒と呼ぶべき物。
「何の……つもりだ」
「この子たち邪魔なので」
その言葉の意味を悟る前に彼の目の前でひび割れる音が響いた。鉄の軋む音、何かが砕けるそんな音にキッドは目を見開いた。相棒の壊れる音。ゆっくりと握る力を強めていく。
「やめろ……」
無理矢理に声を絞り出す。限度を越えたダメージ故にほとんど動かない肉体を無理にでも操って、アインハルトの暴挙を止めようと手を伸ばす。
「やめろ……! やめろ……!!」
手を伸ばす。その姿にアインハルトはその形のいい眉をひそめた。一拍の後再び穏やかな笑みを浮かべる。金属がところどころひび割れた床の上に落ちた。
「アイン……ハルト……」
何処か安心したようなキッドの声音がアインハルトの笑みを更に深くさせる。そんな二人の姿に後ろで静かにされどニヤニヤとした笑みを消さないままのヴィヴィオは、漏れ出てくる笑いを必死に噛み殺していた。
轟音が響いた。
部屋全体を揺さぶる程の衝撃と共に。
それは、アインハルトがキッドの目の前でディクストに向けて足を踏み下ろした音だ。
狙いは誤またれること無くキッドのデバイスたちに直撃している。破壊力の大半がデバイスに集中したことで武装形態を保てず、待機状態の青い宝石の姿を晒している。
再び轟音。更に轟音。何度も何度も何度も。
「……アインハルト!!!」
溜まらず、キッドはそう叫んだ。自らの身の事も顧みず叫んだ彼の声は、身体の内よりせり上がってくる鮮血を代償としてアインハルトにも届いたらしい。だが、醒めた視線でキッドの方を見る彼女の姿にキッドは言葉を紡ぐことはできなかった。
「うるさいですキッド。貴方のデバイスを壊しているだけじゃないですか。なのに、どうしてそんなに大声を張り上げているんですか?」
「ふざけるなよ……アインハルト。人の相方……足蹴にしておいて……その言い草はなんだ……」
それでも彼女の言葉に怒りで心を燃やしてキッドはそう問いかけた。すると彼女はああ、と得心したような表情になって説明を始めた。
「牙を折っているんです」
「……あ?」
「だから牙を折っているんですよキッド。貴方の牙は中々に鋭い。ですので、牙を折っているんです。こうやって丹念に砕いてしまえば、あなたの魔法はその運用効率が大幅に減少します。言い換えれば脅威度が大幅に下がります。下ごしらえですよ。楽しむ時に無駄に足掻かれて興醒めしてしまうのは、つまりませんから」
そう言って再びデバイスに向けて一撃を見舞う。待機状態のデバイスにはそれを耐え切れるはずもなく、あっさりと粉微塵に破壊されてしまった。
「ふふ。それだけじゃない癖に、アインハルトさん」
「……ええ、そうですね。確かに、それだけでは在りませんでした。謝罪しましょうキッドさん。私は嘘をついていました」
言いながら、アインハルトはもう一つの彼のデバイス、ヴァジュラを再び地面に落した。彼女の右足が持ちあがる。
「キッドが扱うデバイスのボイス設定は女性音でした。私にはそれが気に入らない。私のキッドに違う女の声が掛けられていた。そんな事は許せません。見知らぬ女の声が、私のキッドのそばにあった。そんな事は許せません。見知らぬ女の声を持つ物が、キッドのそばにあった。そんな事を許せるはずがありません。だから……」
叩いて砕く。そう彼女は言いきった。
そしてその言葉の通りに何度も何度もデバイスに向けて足を踏み下ろす。そのたびに部屋が揺れた。そのたびに、彼の相方が砕けていった。何度も何度も砕けて、果てには最早粉に近い状態にまで踏みにじって、ようやくアインハルトは満足して見せた。
「お待たせしましたヴィヴィオさん。キッド。では、本番です」
「ホント、待ちくたびれちゃいましたよ。ねぇ? キッド」
さわやかに言葉をかわし合う二人の少女の姿がキッドには今までの彼女たちの像とまるでかみ合わない。心やさしく相手を気遣う事をいつも忘れない二人の様子とはかけ離れた、その姿にキッドの冷や汗が加速的に増大していく。
冗談だと思っていた訳ではない。だが、ここまで壊れた様子を見せつけられるとは思っていなかった。子供のようなそんな感情の発露だろうと心の高をくくっていたのだろう。だが、眼の前の二人からはそんな様子はまるで見えない。目の前にある二人の姿をなんと表現するのが正しいのか、キッドにはわからない。わからないが確信はあった。故にキッドは理解することが出来た。災害に対して神に祈る人々の姿に初めて共感した。
たすけてくださいかみさま。
勿論。多くの人々と同じく、神からの救いなんてない。
アインハルトがキッドの上に覆いかぶさっている。
押さえつけるような感覚は感じない。それでも、いくつもの骨折をしている身には激痛が奔る。常人なら気を失ってしまいかねない痛みに、耐え切れるというのがキッドの不幸だった。
そのまま涼やかな美貌がキッドの視界を覆い尽くす。視線が絡み合う。片方は殺意を込めて片方は隠しきれぬ愛欲を秘めて、お互いを射抜くように混じり合う。
目を閉じろ。なんて無粋なことをアインハルトは言わなかった。ただ、視線を絡み合わせながら乱暴にキッドの唇を奪う。唾液を啜り舌を嬲り唾液を送り舌を引きこむ。辺りに響く水音が彼女の興奮を加速させる。キッドの視線に込められた殺意がさらに膨れ上がることですら、彼女の興奮を煽る追い風だった。
触れ合っている肉体を更に押し付ける。ぐにゃりと自らの乳房が潰れる感触。キッドの肉体に触れているという快感。肉体に重みがかかったせいで奔った痛みによる悲鳴を喉の奥で飲み込んだ彼の意地。それら全てを感じ取りながら右手を彼の襟元に差し込んで、ワイシャツの一番上からボタンを弾いて行く。
「綺麗ですよキッド」
「舐めてんのかテメェ」
キッドの言葉にアインハルトは笑みを深くして、立ち上がった。そしてそのままキッドのズボンをバラバラにする。キッドの局部が露わになった。だらりと垂れ下がったそれを見て、アインハルトは小さく笑みをこぼしながら顔を寄せていく。
「勃ってませんね」
「この状態で勃つかよ……」
「まあ、いいでしょう。ですが次からは、私に望まれた時はきちんと勃たせておいてくださいね。今回は許しますが以後はだめですよキッド」
そう言ってアインハルトは顔をキッドの物に近付ける。そして真上から口を開いて唾液をゆっくりと滴らせた。少し紅く染まった唾液が、キッドの局部に絡みつく。生ぬるい感覚にキッドの背筋にゾクリとした物が奔った。快感か、それとも恐怖か判断のつかない感覚にキッドは更に眉根をひそめた。
ぴちゃりと水音が響く。
唾液をたっぷりと舌に絡ませそのままキッドの物をねぶりあげる。マットの上に倒れ込んでいるが故に、アインハルト顔も、その場所がどうなっているのかも見えないが、それでも状況だけは理解する。彼女のやっている行為を、理解してしまった。
「なっ……」
声が漏れた。悲鳴に近いその声は、あまりにらしくない彼女の行動に対する驚愕だ。ありえないと言う言葉が脳裏を駆け廻るが、下半身より伝わってくる快感がその言葉を否定した。
「んっ……はぁ……んちゅ……」
あえぎ声を洩らしながらアインハルトは奉仕を続けている。拙く、お世辞にも慣れているとは言い難い舌使い口使いだが、慣れていないのはキッドも同じことだ。見た目麗しい流麗の美女へと数年で成長した彼女が、そんな下世話な事をしていると言うだけでも十分に猛ってしまう。いきり立ったキッドの逸物を見て彼女は悠然と微笑んだ。蕩けそうな笑みはこれからの事に対する期待故にだ。その笑みを見てキッドは目を閉じた。これ以上彼女が壊れている姿を見たくない。それは好敵手に対する彼の本心だった。
彼女の手がキッドの腹部に触れる。キッドから悲鳴が漏れた。
漏れた悲鳴は痛み故にだ。折れたアバラを丹念になぞるように手を動かすアインハルト。その暴挙にキッドは目を見開く。そして彼女の瞳と眼が合った。異色の瞳がキッドを射抜く。
「目を、逸らすな」
ただ、それだけを伝えて、命じるようにそう言って、彼女は再びキッドの下半身に顔を寄せる。呪縛のような言葉にキッドは身じろぎする事も、声を上げる事も出来ずにただアインハルトが与える快感を甘受するしかできない。
「ねえ、アインハルトさん。私も……」
「ええ、ヴィヴィオさん。お好きになさってください」
くすくすと二人の少女が笑い合う。無垢たる笑みでされどどこまでも淫靡に。そしてちらりと流し目でキッドの方に視線を向ける。
「キッド」
浮かべた笑みを消さないままでヴィヴィオがキッドの顔の目の前まで寄せられて、そのままついばむようなキスをした。それをキッドは抵抗する事も出来ずに、ただ睨むだけしかできない。
「キッド……」
冷たい言葉がアインハルトからかけられた。それは嫉妬か、それ以外の何かか。それでも、彼女はその行動を止めること無く、キッドの物をあてがい、躊躇い無く腰を落とした。バリアジャケットは既に大半を解除している。じっとりと濡れたその部分は、アインハルト自身で自覚していた。
一際大きな水音が響いた。身体を引き裂くような痛みと共に、内蔵が引き裂かれる痛みが彼女を襲う。今まで感じたことのない痛みなのに、アインハルトの声から漏れ出るのは
間違いなく嬌声だった。
「あ……ああ……あは……あはは……」
眦から涙がこぼれおちた。処女膜が引き裂かれた事の痛みによる涙か、それとも快楽故の涙か、それさえも彼女自身判別できない。反り返る背中。バリアジャケットの一部を解除し、残った部分も乱れているその姿は、不本意な状況におかれているキッドの視線をくぎ付けにする程に美しい。
ぐちゅりと、再び水音が響いた。ゆっくりとしかし徐々に早く。肉と肉とがぶつかり合う音はさらに速く、高みへと導いて行く。
「ああ……あは……んぁ……」
声音は既に色に染まっている。腰砕けになりそうな程の快楽に視界が明滅する。今まで抑え込めていたはずの感情が膨れ上がる。快楽にタガが外れていくことを感じ取って……もう戻れないと自覚した。
目を閉じている。口元を固く閉じている。声をもらすまいと、感情を表に出すまいとするキッドの抵抗は、彼女にとっては興奮を増幅させるためのスパイスだ。その貌が快楽によってゆがめられ、その口から嬌声を吐く事を彼女は望んでいる。
嗜虐的な支配欲。性感的な征服欲。何もかもが彼女を高みへと登らせていく。
そして遂にキッドの口から声が漏れた。小さく呻くような嬌声。悲鳴にも似たその声をアインハルトは正しく理解する。繋がっているからこその理解か、それとも自身の望んだ声であったが故の理解か、そんな疑問も何もかもが無意味であるかのようにただ、腰の動きを速めた。天頂は近い。
その様子をキッドを膝枕しながら眺めていたヴィヴィオは薄く笑いながら再びキッドに深い口付けを交わす。乱れるアインハルトに対する嫉妬か、それともそんな風に彼女の心を捉えているキッドへの嫉妬か、それは本人にも分からない。わからないがその血色の口付けは深く甘く、何より苦み走っている。
これが嫉妬の味か。なんて陶酔して、乱れながらも視線を鋭くした淫らな覇王に流し目を向ける。挑発の瞳。同じ男を愛してその男の視界を奪っているという優越の笑み。それをアインハルトは正しく受け取って、また彼女も嫉妬した。
水音がひときわ高くなる。
腰使いの激しさはさらに勢いを増し、そうでありながらもアインハルトの瞳はヴィヴィオと視線を絡ませて離れない。自らの物を奪われた事に対する嫉妬。それをお互いに感じ取っているが故に始末が悪い。あんなにも仲の良い親友同士であるのに、男の趣味かで同じであったが故の悲劇。
だけれど、とアインハルトは思った。
しょうがない、とヴィヴィオは更にその笑みを深めた。
だから、こんな風にしか二人は彼を愛せなかった。
仲が良すぎたが故の悲劇か、それとも喜劇か。まさしくもって前世の因縁浅からぬ二人、かつての恋人関係にあった二人、かつての王同士で合った二人の精神は並みの人間からは乖離している。少なくとも、キッドには二人が異常者にしか見えない。
「狂ってるぞ、貴様ら……」
呻くようにそう言った。そしてその言葉を彼女たちは悠然と受け止めた。
迸る生命の源。それを仲の一番深い部分で受け止めながら。アインハルトは微笑んで見せた。粘着性の強い液体を滴らせたその場所から、緩やかに、名残惜しむように引き抜いてアインハルトは立ち上がる。
全身は汗でしとどに濡れて、長い碧がかった銀髪がその長い肢体に絡みついている。張り付いたバリアジャケットはあまりにも肉感的に彼女の体のラインを表し示す。その艶は魔性のそれだ。息をのむ程に彼女は女としてキッドを誘っている。ヴィヴィオはその痴態に頬を染めた。キッドはその姿から目をそらした。
影は揺れる。
月明かりが窓の外より差し込んで。
その光は影を大きく、艶やかに映し出す。
まるで、その影は彼女たちが内に秘める何かのように、大きく、そして不気味に揺らめいていた。
文句はてんぞーさんに言うべきそうするべき。