澄み渡った、青い空。
ゆったりと流れる、白い雲。
参考書を読む教師の声。
実に長閑な時間だ。
昨日の出来事が、今朝の口淫が、全てが嘘だったみたいにいつも通りの日常の風景だ。
けど、あれら
欲望の乗った粘ついた獣の視線を、性器を這う芽依のざらついた舌の感触を、初めてを奪った華奢な指の感覚を、脳を揺らす芽依の淫靡な声を、身体の芯を炙るような性器の味をーー身体が覚えてしまっている。
(芽依、一体どうしちゃったの……)
鈴梨の知る限り、芽依はあんなことをするような子ではなかった。
確かに他の人と多少ズレてるところはあったけど、それでも犯罪に手を染めるような子ではなかった。
犯された事に対しては怒りと悲しみしか感じない。でも強姦魔とはいえたった一人の妹である。
鈴梨は純粋に理由が知りたかった。芽依があそこまで狂ってしまった原因を。
「皆! おっはよー!」
と、そんな風に物思いに耽っていると、突然前の扉が開け放たれ元気な声が教室に響いた。
授業真っ只中だというのに、彼女は何の躊躇もなく教室に入ってくる。
それに対し教壇で参考書を読んでいた青髪の教師ーー
「おっはよー! じゃないですよ紅音さん! 既に授業始まってますよ!」
「あ、一時限目は風香ちゃんなんだ。てことは一時限目は国語か」
「あぁもう! 風香ちゃんじゃなくて風香先生でって、なんでブラジャーしてないんですか!」
「ん? あれ? あぁ急いでたからし忘れちゃったんだね。まぁでもあたしは気にしないし」
「紅音さんが気にせずとも皆が気にするんです! 思春期真っ只中の高校生なんて野獣も同然なんですよ!」
興奮しているからだろうか、さらっと酷いことを言う。
だがそんな侮蔑とも取れる発言に不平不満が出ることはない。
理由は簡単。皆が皆、シャツを押し上げくっきり浮かび上がった双丘に目を奪われているからだ。
勿論鈴梨も例外ではない。鈴梨は芽依のことなどすっかり忘却し、ただただ胸部を凝視していた。
ごくりと、誰かが生唾を呑んだ。
無理もない話である。紅音は学内一の人気者だ。そんな彼女がブラジャーをしていなければそれだけで絶大な破壊力を持つというのに、それに加え走ってきたのか今の彼女のシャツはじんわり汗ばんでいて、そのせいで服が吸い付きうっすら中身が透けているのだ。これで興奮しない者などこの学内には居ない。
「ていうかその格好で通学したんですか!? 紅音さんは痴女なんですか?!」
「痴女って、ブラジャー忘れたぐらいで大袈裟な」
「大袈裟ではないですよ! もう! そもそもいつも言ってますが、下もなんですかそれは!」
「下? いやいや風香ちゃん、これは学校指定の制服だよね? 何を怒ってるの?」
「いやいやいやどこがですか! そんなホットパンツみたいな制服常識的に有るわけないじゃないですか!」
「むっ。失敬な。確かにちょ~と切ってはいるけど学校指定の制服に間違いないよ」
「そんなに短くしといてどこがちょっとですか! あぁもういいです! 授業が進まないので席についてください!」
「は~い」
全くもう! 全くもう! とぷりぷり怒る風香先生。
身長の低さもあって、その怒る姿はまるで中学生ぐらいの子供にしか見えない。
「皆さんも! いつまでも紅音さんを見てないでこっちを向いてください! 変態さんしかいなんですか!」
生徒達はその言葉で我に返ったように、慌てて正面に向き直る。
「風香ちゃん、あたしは別に見られてても平気だよ? なんなら見せてあ・げ・よ・う・か?」
「だまらっしゃい! 紅音さんはなんでそうやってすぐ悪乗りするんですか! そんなんじゃいつか痛い目見ますよ!」
「え~? 痛い目ってどんな? あ、もしかして風香ちゃんに犯されちゃうとか? やだこわ~いぃっ!?」
ずばっ! と風を切る音が響いたかと思うと、続いてどすっと鈍い音が響き渡った。
皆がそちらを振り向くと、そこには机に突っ伏し目を回す紅音と床に転がる参考書が。
風香先生はとことこ近寄って参考書を拾い上げると教壇へと戻り、
「それじゃアホの紅音さんが大人しくなったので授業を続けますからしっかり聞いてくださいね!」
何事もなかったように授業を再開した。
授業中だというのに、まるで嵐が来たような騒がしさ。
だがそれを不快に思う者はこの場には一人として居ない。むしろ皆が好意的に捉えている。
ぷりぷり怒っていた風香先生ですら口元を緩め、どこか機嫌が良さそうだ。
きっとこれが人望というやつなのだろう。
「……」
鈴梨もまた、芽依のことで沈んでいた気持ちが払拭され、逆にぽかぽかしたものが心を満たしていくのを感じた。
鈴梨は自然と晴れやかな笑みを浮かべ、再認識する。
ーーあぁやっぱり私は紅音ちゃんのことが大好きだ、と。