予想通り智花の大切な友人から連絡が入ったが、内心メールという形だったことに僅かばかり胸を撫で下ろす。
正直今の心境では、たとえ電話越しだろうとリアルタイムで彼女たちとまともに会話ができる自信がなかったからだ。
……さて、智花を、大切な友人を傷つけてしまった俺に対してどれだけ怒っているかをしっかり理解し、受け止めないとな。
覚悟を決め、メールを開く。
From 永塚紗季
『トモからお話を伺いましたが、今回のことで長谷川さんに大変不快な思いをさせてしまったみたいで申し訳ありませんでした。
ですが、おそらく長谷川さんもお察しして頂いてる通り、トモは自分からそのようなことをする子ではありません。
私が変な思いつきでトモをけしかけてしまい、結果長谷川さんのご気分を損なわせてしまったのです。
トモは悪くありません。長谷川さんのお叱りを受けるべきなのは私の方です。
長谷川さんがとてもお忙しいのはわかるのですが、どうか私たちと直接会ってご説明をさせて頂けないでしょうか?
そのうえで今一度お考えを改めて頂き、トモのことを許して下さい』
……想像していたものとはあまりにもかけ離れていた文面が表示されていた。
俺が怒ってる?
そんなのあり得るわけないだろ。
智花の方が気を許して油断していたところを、いきなり信用してた相手から酷い裏切りを受けた被害者なんだぞ。
……智花は彼女たちになんて話したんだ? いくらなんでもあの状況で俺を庇うようなことできるわけじゃないだろうし。
紗季にどう返信したものかと頭を悩ませていると、再び携帯が音楽と振動でメールの受信を通知してくる……って、三通もか。
From:三沢真帆
『もっかんはわるくないっ!! もっかんはあたしらのインボーにそそのかされて、ユウドウされただけなんだっ
だからもっかんじゃなくて、こんなバカなこと考えたあたしらをおこれっ!!』
From 香椎愛莉
『智花ちゃんから長谷川さんを怒らせてしまい、嫌われてしまったと聞きました。
長谷川さんを怒らせてしまったのは私たちのせいです。
また長谷川さんを怒らせてしまうかもしれませんが、どうか私たちの話を聞いて下さいっ!』
From:袴田ひなたちゃん
『おにーちゃん、ともかはとってもいいこです。
ひなたちが、おにーちゃんをユウワクするようにおはなししました。
だからともかのことをキライにならないでください』
彼女たちにとっても智花は大切な友達だ。
正直、いくら覚悟を決めたところで、彼女たちに拒絶されるという不安や恐怖は拭い切れなかった。
だけど逃げるわけには行かないと、彼女たちの怒りや批難も真摯に受け止め、そのうえで誠心誠意謝罪する。
そのつもりで送られてきたメッセージを読ませてもらっていたのだが……
驚いたことに少女たちから送られたメールには俺を批難するようなことが何一つとして書かれていなかった。
まだみんなとやり直せるかもしれない。という幽かな可能性に思わず胸を撫で下ろし安堵してしまったが、すぐに気持ちを引き締める。
――もしかしたら、彼女たちが智花と仲直りするための協力をしてくれるかもしれない。と思わずあまりにも情けない考えをしてしまった自分を厳しく戒める。
実際、きっと彼女たちは協力を惜しまないでくれるだろう。
だけどこれは俺と智花の問題だ。
それなのに、俺が自分で動かずに協力してくれる人に任せてしまおうなんて、あまりにも図々しいだろっ。
胸に手を当てながら、一度大きく深呼吸をし、気持ちを落ち着けながら熟考する。
まずは彼女たちのおかげで得られた情報をしっかりと整理する。
まぁいつものパターンだよな。
おおかた紗季と真帆の悪ノリが過ぎてしまった結果なんだろうけど……
さすがに今回ばかりは少し話さないとダメだよな。
男としては女の子にあんな甘え方されたら意識しちゃうけど、さすがにそれを認めるわけにはいかないし。
……なにより智花のためにもだ。
例え智花にその気がなかったとしても、下手したら彼女に取り返しのつかないことをさせてしまうかもしれなかったところだったんだ。
そこだけは彼女たちにもしっかり理解してもらわないと。
正直なところ俺もまだ智花とは顔を合わせずらいし、まだ彼女の方も気持ちの整理がついてないだろう。
一番の被害者なのに仲間外れにしてしまうのは心苦しいけど、まずは真帆たちとしっかりと話し合わないとな。
それぞれから送られたメールの内容から察するに、色々と誤解を生まれているようだし、それを解きつつ彼女たちとどうするべきか、だな。
――俺の想いがしっかりと伝わってくれることを願いながら、携帯の操作を開始する。
君たちが智花からどういう風に聞いたのかはわからないけど、俺は智花を怒れる立場なんかじゃない。
おそらく今回もきっと智花のことを思っての行動で君たちにも決して悪気がなかった。というのはなんとなくだけどわかっている。
だから俺からもお願いしたい。
一人一人とメールや電話のやり取りだと、また変な誤解が生まれてしまうかもしれないから、直接会って、君たちと話し合いたい。
そして、みんなが知ってる範囲で構わないから、今の智花のことを俺にどうか教えて欲しい。
*
『ああーっ……もうっ!! 私が代表で連絡して長谷川さんにちゃんと会って頂けるよう約束するって言ったのに……なんでみんなまでバラバラにメール送っちゃってんのよっ!! ただでさえ、怒らせてるって言うのに、余計にご迷惑かけてどーすんのよっ!!』
『だってサキだけずりーじゃんっ。あたしだってすばるんと話したいし………………それにどーせサキのことだから、全部自分のシワザだってゆーつもりだったんだろっ!』
『私たちがみんなで智花ちゃんに絶対に大丈夫だからそうした方がいいって、詰め寄っちゃったんだし…………智花ちゃんは悪くないってしっかり長谷川さんにお伝えしないとっ』
『おー。ひなたちのせいで、ともかがおこられちゃったから、ちゃんとともかはいいこだっておにーちゃんに、お話せざるをえないっ』
『それはそうだけど……だからって一斉にみんなで送るようなことしなくても……うぅ、長谷川さんも律儀に一人一人に丁寧に返事を下さって……これで長谷川さんを納得させられなかったら、どーすんのよ……』
『……でもなんかさーすばるん、そんなにおこってるってフンイキじゃなくね?』
『うん。智花ちゃんは、長谷川さんにすごい粗相をしてしまって怒らせてしまった。って落ち込んでたけど、なんか長谷川さんの方が智花ちゃんや私たちを心配して下さってる感じだったよね』
『おー。ひなへのおへんじも、やさしいおにーちゃんだったよ』
『もしかしたらお互いに変に誤解を与え合っちゃってるのかもしれないわね。元々私が原因なんだから、二人のためにもしっかり解かないとっ』
『だからヒトリで背負いこもーとすんなっ! サキだけじゃなくてあたしたちだろっ!!』
『うんっ。しっかり長谷川さんに説明して智花ちゃんは悪くないことをわかって頂かないとっ!』
『おー! がんばるぞーっ!』
*
できるだけ俺の心境を簡単に一人一人に返信した後、まとめ役を買ってくれた紗季と数回やり取りをし、今に至る……と。
約束した通りの時間よりも幾分か早く来てしまったのだが、彼女たちの方がそれよりも早く集まり、俺の到着を待ってくれていた。
「おー。おにーちゃんおひさしぶりーっ。ひなたちおにーちゃんにあいたかったよー」
俺は公園の入り口から、少女たちは腰を下ろしていたベンチですぐにお互いの姿を確認し合ってすぐに一人の少女が俺に元気に手を振りながら声を掛けてくれた。
ひなたちゃんが変わることなく俺を『おにーちゃん』と呼んで今まで通りに接してくれている姿を見て、俺も他の少女たちも変な緊張感で覆われていた場の空気が一気に和らいでいくのを感じた。
さて、ひなたちゃんの天使パワーでせっかくここまで空気が和らいでくれているんだ。
今のうちにこのまま話し合いがしやすい空気を作ってしまおう。
「久しぶりだね、ひなたちゃん。みんなも。智花からもよくみんなの話は聞かせてもらってたけど、みんなに会えて元気な姿を見れて安心したよ」
「お久しぶりですっ。長谷川さん。お兄ちゃんからのお話だけじゃなくて、こうして会って頂けて嬉しいですっ」
おかげで俺も、純粋にみんなとの再会を喜ぶことができたと思う。
「うん……あたしらだって、すばるんに負けねーようにがんばってんだ」
「できれば、もっといい理由で長谷川さんとお会いしたかったのですが……」
やはり俺と智花を一番引っ掻き回してしまったと思っている真帆と紗季はまだ居心地を悪そうにしてしまっている。
すでに反省している少女たちを責めるようなことを言うのは忍びないが……
「さすがに今回はちょっとやり過ぎだよ。状況が状況なら、もしかしたら智花が取り返しのつかないことになってたかもしれないんだ」
考えたくもないが、万が一変な輩が智花にあんなことをされて変な気を起こしたら……と思うとぞっとする。
それくらい今回彼女たちが智花にした提案は危険なことなのだ。
面白半分で異性に体を委ねるような真似なんて絶対にさせてはいけない。
そんなつもりで言ったのだが、
「え…………も、もしかして、トモ……に、妊娠しちゃうんですか……」
「え? 何を言って――」
あまりにも予想外過ぎる聞き慣れない単語が飛び出てきて思考がフリーズする。
「あたしたちのせいで……もっかんが……」
「やっぱり智花ちゃんが言ってた通り、あの時……」
「おー。ともかおかーさんになるの?」
当然の事態に脳の処理が追いつかない間にも、少女たちの話はどんどんとあらぬ方向へとぶっ飛んでいく。
「なっ!? ちょ……ちょっとまてぇぇぇぇーーーーっ!?」
あまりにも飛躍しすぎた発想に思わず俺の絶叫が木霊する。
「――そういうことか。いくらなんでも、それじゃ妊娠はしないし、そもそもそんなことするつもりもないよ」
なんてことはない。少しばかり耳年増な紗季と小学生時代の曖昧な性教育で得た知識からの誤解から、俺が誤って智花を妊娠させてしまったのではないかと思っていたのだ。
「よ、良かったぁー……そ、そうですよね。いくらなんでもあれくらいじゃ、無理ですよね。トモが本当に妊娠しちゃってたら、どうしようか本当に本当に心配でした」
「私もすごくドキドキしてました」
「おー。ナニゴトもなくてひとあんしんー」
「よーするに、すばるんはボッキはしてたけど、シャセーはしてないってことだよね?」
「ぶっ!? まっ真帆っ!! お、女の子がそんな言葉を口にしちゃいけませんっ!!」
羞恥心を持たずにとんでもない単語を口走った真帆を窘めつつ、まずは彼女との間での誤解が一つ解けたことに心底安堵した。
内容が内容だけに、もし彼女たちが俺を敵と見なしてしまい、周囲にこの誤解を喧伝してしまっていたら、真実がどうなのか関係なく俺は学校どころか社会的に即死していたことだろう。
そして、智花が俺を怒らせてしまったと勘違いしてまった原因もおおよそ理解できた。
男に胸を押し付けるというはしたない行為を俺に窘められているにも関わらず、男の大切なモノを足蹴にしてしまったと思っていたようだ。
大きく硬くなり子供を作るための準備が完了したモノを体に押し付けられてしまい、恋愛感情のもっと遠くにある性行為という未知の恐怖に体が震え動けなくなってしまった。
そして智花がいつまでも俺から離れようとしないことに、俺が慌てて体を引き離そうとしたことが、かえって彼女に妊娠の危機感を抱かせてしまう原因にもなってしまったようだ。
まだ接触してはいけない。子供を作ってはいけないと教育を受けたにも関わらず、もしかして妊娠してしまったのでは? と思い込んだのかもしれない。
とても礼儀正しく真面目な彼女にとって、俺や友人を巻き込んでしてはいけないことをしてしまったという罪悪感が重く伸し掛かっているのだろう。
「そ、それで……長谷川さんはお怒りではないのでしょうか? あまり良くはわからないんですけど……その、お、男の人の大切な――」
「――おちんちんだろっ! いちいち恥ずかしがんなよっ!」
紗季が羞恥心のあまり途中で口を噤んでしまったが、それに被せるように真帆が続く……が、お願いだからあんまり変な単語で騒がないで……
「あんたはもう少し恥じらいを持ちなさいよねっ!?」
「なんでだよっ。別にそんなはずか、し…………はずかしく……なん、て……あぁーっ! もうっ!! サキのせいで変に恥ずかしくなっちゃったじゃんかーっ!!」
「紗季ちゃんも、真帆ちゃんももうやめてーっ。すっごく恥ずかしいよぉ……」
「ケンカしちゃ、めっ。だよー」
お互いに羞恥心で頬を真っ赤に染め上げながら口ゲンカを初めてしまった紗季と真帆。
二人の口から妙な単語が飛び交いそうになるたびに、思わず耳を塞いでしまう愛莉。
純粋に二人のケンカを仲裁しようとがんばってくれてるひなたちゃん。
もっと穏やかな内容だったら、とても懐かしい気分で『いつも通り』のやり取りを楽しそうに眺められたんだろうな。
残念ながらその『いつも通り』をするためには、大事な一人が足りないし、彼女をこの中に加え戻すためにも、
「はいはい。みんな女の子なんだから、あまり変な言葉は使わないようにっ。聞いてる俺だってすごく恥ずかしいんだから」
手を叩きながら仲裁に入ると、ようやく俺がこの場にいることを思い出してくれたようだ。
「はっ!? 長谷川さん、申し訳ありませんでしたっ! うぅ……私としたことが……」
「すばるん、ごめん……そうだよな。今はもっかんと仲直りしなくちゃいけねーんだっ。ケンカしてるヒマなんかねぇっ!!」
「うん。私たちのせいで智花ちゃんと長谷川さんの仲を悪くさせちゃったんだもん。ちゃんと責任を取らせて欲しいですっ」
「おー。みんななかよしがいいー」
さっきから妙にそわそわと落ち着きがないように感じられるけど、きっと猥談だけが原因ってわけじゃなさそうだな。
……あぁ、そりゃそうだよな。
ちょっとした違和感に気づくと、すぐにその原因が思い当たる。
きっと彼女たちも落ち着いていられないんだろうな。
まず出会って最初に彼女たちが感じてる誤解を解かないといけなかったな。
「今回のことだけど、これは誰が悪い。とかじゃない。みんなの行動が偶然引き起こしてしまった事故みたいなものだ。だからみんなでしっかり解決していこう。そうすればきっと元通りになるって俺は信じてる」
正直こんなことを言う俺が一番図々しい立場だというのは理解してる。
だけど、俺にはもうこう言わせてもらう以外の方法が見つからなかった。
みんなとても良い子だから、内心では自分が悪いと責任を感じているだろう。
このまま俺と智花が本当に仲違いしてしまえば、今度はそれに対して責任を感じてみんなが自分を責めてしまう。
いつの間にかすごい大事になってるじゃないか。
俺が智花を口説き落とせなかったら、その瞬間智花は大切な友人たちに腫れ物を扱うように距離を置かれてしまうかもしれないなんて、そんなの耐えられないな。
ほんと、みんな自分を軽く見すぎなんだよ。
五人いるからバスケができるし、学校だって楽しいし、休日に色んな所に遊びにだって行けるんだ。
みんなのことを蔑にする気はないけど、初めに『みんなの大切な場所』を護るために、一番がんばってた智花と、その手伝いに心血を注ぐことを誓った俺。
よりによって俺たち二人が、せっかく護った大切な――五人が揃える場所を失くそうとしちゃうなんて、ほんとバカげてる。
智花が大好きなみんなと、大好きなバスケを続けてくれているから、俺も気兼ねなく自分のバスケができる。
それに、もうここは……この場所は彼女が唯一バスケができる。それだけの場所じゃないんだ!