「――そういうわけだから、悪いんだけど……智花に伝えてもらえるかな?」
「はいっ。もしかしたらトモからのお返事は少し時間を頂くかもしれませんが、それでもトモには必ずお伝えしますので、ご安心してお待ちくださいね」
俺からの頼みごとに彼女たちを代表してしっかりと強く頷いてくれる紗季。
そして、他の少女たちも俺のことをどこか温かく優しい眼差しで見つめ返してくれている。
智花のことだけでなく、俺のことまで気に掛けてくれてる本当に優しい少女たちだ。
「ああ。みんなのことをちゃんと信用してるから任せられるんだ。俺はいくらでもずっと待ち続けてるから、くれぐれも智花を急かしちゃだめだよ」
「うんっ。わかってるって。ナカナオリするときもちゃんとレーセーになってからじゃないと、話がややこしくなっちゃうもんねっ」
「智花ちゃんもいきなり長谷川さんからご連絡が来たらビックリしちゃうもんね」
「おー。おにーちゃん、ひなたちにまかせてくださいー」
みんなが本気で俺たちのことを心配してくれて、積極的に介入してくれなかったら、俺はまだ一人でうじうじと悩み、再び母さんに泣きつくような真似をしていただろう。
そう思うと、ほんとみんなには頭が上がらないな。
どんどんと俺と智花が仲直りをするためのお膳立てをしてもらっているんだから。
俺と智花が早い段階でお互いの誤解に気づくことができたのなら、あとは智花の気持ちが整理がついたらちゃんと二人で顔を合わせて『ごめんなさい』をすればいいだけだ。
……おっと、いかんいかん。勝手に一人で解決した気になってるけど、まだ智花は俺が怒ってると誤解してるままなんだ。
俺が智花のことで聞きたいことは、みんなから確認ができたんだし、あとは智花が彼女たちを通じて確認したいことを正直に答えるだけだ。
「そんじゃすばるんは、もっかんにおちんちん蹴られたことは怒ってないんだよね?」
再び真帆から、女の子の口からはあまり言わせたくない単語が飛び出てきてしまった。
……そういえばさっきちゃんと答えてなかったっけ?
「その……お、男の人にとってすごく大切な部分なんですよね?」
続いて真帆よりかは幾分、恥ずかしそうな表情で紗季も続いてきてしまった。
……俺、中学生たちに卑猥な単語連呼させて何してんだろうな……
それもただのではなく、去年まで様々な辛苦を共にした大切な彼女たち相手に。
現状、俺と智花がお互いの気持ちをしっかりと理解し合うためには、真帆たちに頼るしかない。
あの出来事以来、一切確認することができなくなってしまった彼女の気持ちを俺にしっかりと伝えようとしてくれているのだ。
彼女たちも俺と智花が仲直りできることを望んでくれている。
その本気の想いが痛いくらいに伝わってくるだけに、ただただ辛い。
たとえ必要なこととはいえ、彼女たちに猥談めいた会話をさせてしまうことになった、今回の自分の致命的なミスを呪う。
「ま……まぁ、確かに子供を作るための大切な場所ではあるけど……」
人体の中でもかなり重要な器官の一つであることには間違いない。
どんな屈強な男だろうとそこに一発入れられるだけであっさり昇天しちまうくらいだし。
硬くなってる時に変な力を加えられて、万一折れでもしたらと思うと…………………いや、そんなことは滅多にないだろうけど……
これが使用不能になってしまったら、生物としてはまさに生きる意味を失ってしまうのだから。
俺自身もいずれはこの機能で自分の子孫を残したいとは思っているが……まぁさすがにそれは今この場で彼女たちに言うべきことではない。
彼女たちに質問されているのは俺が自分のモノを足蹴にされたことに怒っているかどうか。ということだけなのだ。
それに対しての俺の答えは怒る怒らないとはまるで別次元の話だ。
「……そうだな。誤解のないようにはっきり言うよ。智花に触れさせてしまったことを後悔してる。もっと注意しておくべきだった」
「え? それってやっぱりトモに、その……さ、触られたことが嫌だったんですか?」
嫌といえば嫌だけど、ちょっとニュアンスが違うかな。
決して俺が智花を嫌ってるっていう意味ではなくて、まだ年端もいかないお淑やかな少女に男の変なモノを触らせてしまうことが嫌だ。という意味だ。
大切な少女を自らの手で穢してしまったという罪悪感に今も苛まれ続けているのだ。
これは自分の罪の証として、今後二度と彼女に不快な思いをさせないことを誓うための自戒とするくらいでしか、今後も自分からは向き合えそうにないだろう。
「そうじゃなくて、智花に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだ」
「ほぇ? すばるんのほうがもっかんに? さわっちゃったのはもっかんのほうじゃん」
真帆だけでなく他の少女たちも何故俺が申し訳なさを感じているのだろうと不思議がってしまっている。
「確かにトモもおそらく初めて触って驚いてしまったと思いますけど、その……こう言ってはなんですが、長谷川さんで良かったと思います」
俺だから良かった?
紗季の一言に、周りはうんうんと頷いているが、肝心の俺にはその意図が全く伝わらない。
俺なら智花相手に絶対に変な事をしないと信用していたから?
いや、実際に問題が発生してしまっているんだし、何より……
「何言ってんだ。好きでもない男に胸を押し付けさせた挙句、変なモノまで触らせちゃったんだ。それなのに自分が悪いと思い込ませてしまっていたなんて――」
智花にどう詫びればいいかわからない。と続けられなかった。
「――すばるんのバカっ!!」
怒声に反応し思わず反応し声の方向を見ると、目に涙を浮かべ、今に泣きそうな表情で真帆が本気で俺を睨んでいた。
え!? どうして今のこのタイミングで怒られたんだ?
他の少女たちも突然の真帆の怒り振りに動揺しつつ、どこか気まずそうに俺の様子を見ている。
真帆が突然俺に怒りをぶつけた理由がわからずどう声を掛けるべきか戸惑っている間にも、興奮状態の彼女が捲し立てるように言葉を続ける。
「なんだよっ……なんでゼンゼン気づいてないんだよっ!! もっかんが……もっかんが、どんだけすばるんのことを――」
「――真帆っ!!」
「真帆ちゃんっ。ダメっ!!」
「まほ。いっちゃだめーっ」
真帆が感情のあまり決定的なひと言を発してしまう直前に、すんでのところで他の少女たちが彼女の声を遮る。
しかし真帆の言葉を止めた少女たちもきっと俺に何か言いたいことがあるのだろう。
もしかしたら彼女たちも本当は勢いのままに捲し立てようとした真帆の言葉を止めたくなかったような、そんな気がした。
「私だって真帆の気持ちは痛いくらいわかる。……でも、トモがまだ長谷川さんにお伝えしてないなら、それを私たちが勝手に言っちゃダメでしょ」
「うう……でも、でも悔しいじゃんかっ!!」
真帆はそれっきり口を噤んでしまった。
どうして真帆がこんなに怒っているんだ。
それにみんなのこの反応。
……いや、いくら鈍い俺でもここまで言われたら察しが付くけど……
なんだよこれ……
まるで智花が俺のことを好きだと思っているみたいじゃないか。
確かに俺も智花のことを好きか嫌いかで分類するなら間違いなく好きになるけど、
今みんなが話している智花の『好き』は、俺が智花から向けられてはいけない『好き』じゃないのか?
「はぁ……長谷川さんにしなくてもいい話までしちゃったから、トモに怒られちゃうわね」
紗季が俺を安心させるためか冗談めかして言ってくれているが、気が気ではないことくらい表情を見ればわかる。
彼女たちは今までも何かと俺と智花を一緒に行動させようと、あれこれと色々画策してきているから今更と言われればそれまでな気もするが。
そのたびに俺も意識しなかったといえば、嘘になるものもあるが、そのどれもが、からかいや冗談と言われればそれまでのものばかりで、今回のような直接的な表現は一度もなかった。
彼女たちからしても真帆の一言は一線を越えてしまうものだったのだろう。
「……長谷川さん。どうか智花ちゃんの気持ち、しっかり受け止めて上げてくださいっ」
「おにーちゃん、ともかのこときらい?」
「………………ごめん。正直どう答えたらいいのかわからない」
二人からの質問に対して、長考の末に絞り出した答えは答えですらなかった。
嫌いなわけはない。
だからといって智花の気持ちを受け入れるわけにもいかない。
彼女とそんな関係になってしまえば、俺やみんなが積み上げてきた今までの全てが無駄になってしまう。
いっそ俺の部活が休部になった理由を説明してしまうか。という考えがよぎるもすぐに否定する。
この状況でそんな話をしてもなんの意味もない。
「二人とも。長谷川さんの気持ちだって私たちが勝手に確認するようなことしちゃダメでしょ……長谷川さんも申し訳ありませんでした。長谷川さんはとてもお優しいから、きっと……すごく答えづらかったんですよね。…………でも、トモから直接聞かれたらどうか答えてあげてくださいね」」
まるで自分のことのように切実な表情で俺に問いかけてきた愛莉とひなたちゃんを窘めてくれた紗季に心の中で頭を下げる。
彼女だって俺の煮え切らない態度や答えに文句の一つや二つあるだろうに……
「……すばるん」
真帆が俺を呼ぶ声に振り向くと表情はまだ不機嫌なままだが、みんなに宥められいくらか落ち着きを取り戻しているようだ。
彼女たちの中でも人一番友達想いの真帆にとって俺の失言はとても見逃せるものではなかったのだと今更ながらに悟る。
「もっかんとナカナオリしないとゼッテーゆるさないかんね」
この期に及んでも彼女は俺のことを仲間と認識し俺の身を案じてくれているのだ。
ごめんな。はっきりと言ってやることができなくてさ。
俺もみんなとの今までの関係が壊れてしまうかもしれないって思うと、決断するのがすごく怖いんだ。
……でも、そうも言ってられないよな。
「俺だって智花やみんなと仲直りしたいのは本当なんだ。もちろん仲直りした後のこともしっかりと決めておく。頼りないコーチでみんなを呆れさせてしまったのに、申し訳ないんだけど……頼むっ。一度だけ俺に協力して欲しいっ!」
せめてもの詫びに今の俺の飾らない本心を語らせてもらった。
彼女たちがそれで納得してくれたかはわからない。
きっとこの程度の言葉じゃ全然足りないと思われているかもしれないが、それでも彼女たちは俺を信じ協力することを約束してくれた。
母さんの言うとおりだった。
俺は智花やみんなとのあり方についてもっと考えるべきだったんだ。
お互いの誤解を解消してそれで終わりなわけないよな。
智花が俺に対して少なからず好意を抱いてくれていると知ってしまったのなら、俺も彼女のコーチとして……何よりパートナーを自称させてもらっている以上、どんな形であれ彼女の想いにはっきりと答えられないといけないよな。