「ふぅ。……一方的に変な話に付き合わせちゃったね。……でもさ、この話を聞いてもらえないと俺は君の告白を聞くわけにはいかないと思っちゃってさ」
「はぅっ!? そ、そそそうでしたっ。わ、私っ昴さんに……ど、どどどうしようっ!?」
羞恥心に悶えていた少女がハッと顔を上げる。
そうだよな。さすがに急にあんな話聞かされちゃったら心変わりしてもおかしくはない。
俺だって最初に智花の告白を聞いたら、バスケ部の方に意識が向いちまったんだ。俺や智花の気持ちなんて一切無視して。ほんとバカだったよ。
彼女の気持ちを受け入れたら、バスケができなくなってしまう。ずっとそんな風に思いこんでしまっていた。
自分よりも相手のことに気が回り優先してしまう彼女のことだ、きっと俺と同じ心配をしてくれているはずだ。
様々な想いが駆け巡っていたのだろうが、一度だけ小さく頷くと力強い意志が宿った瞳で俺を見つめ返してくれた。
「私は昴さんのことが好きです。昴さんが……わ、私のためにコーチをやろうと思って下さったと聞いて……もっともっと好きになっちゃいました。お付き合いして欲しいだなんて、おこがましいことは言えません。……でも、それならせめて昴さんのことを好きなままでいさせてくださいっ」
「智花の気持ちは変わらずか」
「はいっ! 昴さんのお話を聞かせて頂いて、私と昴さんがお付き合いできない身なのはわかってます。でも、昴さんにちゃんとフられてしまうまでは、諦めませんっ」
やっぱり俺と同じ勘違いしちゃってるな。
でも、すぐに無理だと諦めちまった俺なんかと違って最後の最後のその時まで絶対に諦めようとしてない。
その意志の強さを間近で見続けていたはずなのに……俺もちゃんと見習わないとな。
――それにしても………………ほんとなんでこんなに良い子が俺なんかを好きになっちゃったんだろうな。世の中ほんと狂ってないか?
「……智花はさ。俺と駆け落ちしてまで付き合いたいって思う?」
「ふぇぇ!? かっ駆け落ちなんてっ、そんなの絶対にダメですよおっ!?」
「だよな。俺も当然自分の生活があるし、智花にだって大切な友達や家族を裏切るような真似なんか絶対にさせられない」
「は、はい……あの、昴さん?」
どうやら彼女は俺が何を言いたいのかまだ気づいてないのかな?
「まぁ、かくいう俺も母さんに言われてようやく気づいたんだけどさ。俺と智花が付き合うこと自体は別に何の問題もないんじゃないかな?」
「――!? ふぇぇっ!? で、でででもっ!?」
「もちろん母さんたちが反対するなら、それに従うしかないと思う。俺だって二度と自分のバスケを失うわけにはいかないし、コーチとしてもみんなのバスケを護らなくちゃいけない」
俺が言わんとしてることを察し始めたようだが、どうやらまだ信じきれないのだろう。
確かに俺もまだ望みがあると期待していたところで、とんでもない大どんでん返しを食らって一気に絶望の縁まで追い込まれた経験があるから、疑心暗鬼になりたい気持ちはわかる。
「やっぱり俺とは付き合えない? それなら俺は男らしく智花にフられた事実を受け止めて、潔く身を引くけど――」
……でも彼女の諦めの悪さを学んだ俺は、フられた後も朝練にだけは今後も付き合ってもらえるよう必死に土下座してでも頼み込む準備はできている!
たとえ恋愛関係を構築するのに失敗したとしても、今の俺の唯一の心のオアシスである彼女との関係が完全に断たれてしまうのだけはなんとしても避けたい。
嘉堂監督だって『心の拠り所』が無くなればたちまち潰れるぞと言っていたし。彼のことだ、俺の心の隙を見つけた途端きっと本気で潰しにくることだろう。
「なっ!? ふぇっ!? ……ど、どうして私が昴さんをフってることになってるんですかぁっ!?」
とても不思議なことに気づくと立場が逆転していた。
あれ? 俺、智花に告白したっけ?
もちろん智花に『彼氏になってくれなきゃ一緒に朝練してあげませんっ』とか言われたら喜んでお受けさせて頂きたい次第だが。
「……………………お付き合いしたいですけど、ずるいです。昴さん」
「あ、やっぱり?」
「ちゃんと昴さんのお返事を聞かせて頂いてませんし、それに……昴さんの方からも聞かせて頂いてないですっ」
やはり彼女の方も俺がしっかりとした告白をせずに、事実上告白したことになってるのが、少々ご不満なようだ。
可愛らしく頬ぷっくり膨らませている。
「そうだよな…………ごめん、ちょっと心の準備させて」
男らしさの欠片もなかったのわかってる。この期に及んで我ながら情けない……。
先に答えを見た上で答え合わせをしているような状況だが、めちゃくちゃ緊張する。
智花はこれをカンニングなしでやったというのか……。
なんというか、ダメ元で受けた学校に見事合格してしまったような心境なのかもしれないが……。
「はぅぅぅ……す、すごくドキドキします……」
あ、俺がちゃんと告白するってわかった途端、なんかめちゃくちゃ嬉しそうに表情が緩みそうになってる。
彼女の幸せそうな表情をもっと見続けたいと思い、無意識に焦らしプレイを続けてしまっていると、次第に表情が曇り始める。
心なしか瞳も不安げに揺れ始めている。いつまでも言葉を発しない俺にやはり自分ではダメだったのかと思わせ始めてしまったのかもしれない。
そう思った瞬間無意識に叫んでしまっていた。
「――智花。好きだっ!!」
「はぅっ!? え、ええと……」
あまりにも短すぎる告白に思わず彼女も困惑。
「……悪い、智花。ちょっとやり直させて……」
「ふぇぇ!? は、はいっ!?」
自分でもさっきからテンパりすぎているのは自覚しているが、これはないだろ。
過去最大級に自分の口下手さ加減に嫌気がさした瞬間だった。
一呼吸置き、強引に気持ち落ち着かせつつ、話したいことを簡潔にまとめる。
「……その、もう知ってると思うけどさ。この通りバスケくらいしか、いやそのバスケもまだまだ未熟なんだが……智花が俺の側にいたいと思ってくれてる間はずっと俺の側にいて欲しい。これからもいっぱいバスケをしよう。もちろん恋人らしいこともしたいと思うけど、恋愛経験が全然ないからどうしたらいいかもわからないから、智花にいっぱい窮屈な想いをさせてしまうかもしれないし、智花がしたいと思うことを教えてくれないと全然彼氏らしいこともしてやれないと思う。……だけど、それでもよければ、その……俺と付き合って欲しい」
……簡潔ってなんだっけ?
ダメだ。正直自分でも何が言いたいのかさっぱりわからん。
最低限、最後の最後で『付き合って欲しい』は言えた気がするが、告白かこれ?
告白ってこんなにむずかしいものだったのか。
多分言いたいことは言いきった気がするし、あとは彼女の優秀な理解力に期待するしか……。
「…………です」
「え?」
智花の口が小さく開いたかと思うと呟くようにポツリと言葉が発せられたが上手く聞き取れなかった。
不意に体に小さな衝撃とぎゅっと締め付けられる懐かしい感触が走る。
視線を下ろすと少女が力いっぱい俺に抱き着いてくれていた。
両手をしっかりと背中に回され、俺の胸に顔をうずめているため残念ながら表情を見ることができない。
これは事実上OKと捉えていいのだろうか?
「すごく……すごくすっごく嬉しいですっ! 昴さんのお気持ち、いっぱい伝わってきましたっ!!」
どうやら俺の意志をしっかりとくみ取ってくれたらしく何より。
やらかし事件以来ご無沙汰だった感触がとても愛おしいのだが……。
そのまま抱き返してあげたいところだけど、あの時の記憶がトラウマとなって脳裏を掠める。
「智花気持ちは嬉しいんだけど……その、あんまりくっつかれると、また……その嫌な思いをさせちゃうかも……」
俺の言葉に一瞬だけびくりと体を震わせる。
どうやら俺が言わんとしてることに気づいたようだ。
うん、後悔する前に早く離れないとダメだよ。
そう何度も智花にあんな危険物を押し付ける真似なんてできないのだ。
泣く泣く抱き返すのを我慢し、速やかに彼女が俺から離れてくれるのを待つのだが……一向に離れる気配がなかった。
むしろ抱きつく力が強くなってきているような。
必然的に体の密着度も高まり、お互いの衣服越しとはいえ、成長期の少女の柔らかな感触が……。
より身近に感じられる彼女の甘い香りに鼻腔がくすぐられ、次第にこちらの体の極一点に血流が集まり始めるのを感じる。
……大丈夫だ。今回はしっかり両足で挟み込んでるから絶対に智花に触れさせないぞ。
「えへへ。昴さんもすごくドキドキして下さってるんですね」
高鳴りまくってる鼓動は智花にモロバレだったが、それは仕方ない。
俺も彼女の早く脈打つ鼓動を感じているのだから。
「智花……?」
「本当にいいんですよね?」
幽かに声が震えているように感じられた。
そういえば気持ちを伝え合っただけでお互いにまだ返事を返してなかったよな。
「あぁ。今この瞬間から俺と智花は恋人同士だ。これからもよろしくな」
「ふぁう………………はぅっ!? す、すすすみませんっ。ふ、ふふ不束者ですがっよろしくお願いしまふっ!?」
はは。最後の最後で噛んじゃったな。
腕の中で可愛らしい失敗に恥ずかしげに身を震わせている少女に優しく微笑みかけながら、小さな頭に手を乗せそっと撫でる。
そして、俺たちは幸せなキスをし――いや、さすがにまだそんな大それたことはできないが。
付き合って即キスとかどんだけ剛の者だよ。
なによりこの子は絶対にまだ未経験に違いない。
現時点では俺が彼女の初体験の相手になるかもしれないが、まだ『かも』なだけであって確定ではないのだ。
極めて確率は高いと思うけど……。うん、むしろそうあって欲しいとは思う。
彼女の初体験はいずれ然るべきときに。と結論付けたところで、ふと視線に気づく。
「どうかした?」
「わ、私と昴さんは……こ、恋人同士ですよね?」
確認されるまでもない。めちゃくちゃ恥ずかしいけど。
これからはパートナー兼恋人だ。
「俺もちゃんと智花にふさわしい彼氏らしくなれるようがんば――」
何度も聞かれるたびに応えるのさすがに恥ずかしいのだが、ちゃんと答えてあげないと彼女を不安にさせてしまう。
そんな想いで男らしくはっきりと応えていた最中――
「…………んっ」
ほんのりと温かく柔らかな感触が唇に伝わってきた。
気づくと会話をしていた距離よりも彼女の顔がものすごく近い。
今までにも鼻先がくっつきそうなくらい接近してしまったことはあるのだが、お互いの顔の一部が接触してしまったのはおそらくこれが初だろう。
「――って!? と、智花っ!?」
俺が事実を確認し認識できたころには、すでに急接近していた少女の顔はまた元の位置に離れていたが、そんな問題ではない。
「えへへ……キス、しちゃいました」
そう。今まさに彼女が口にした行為が最大の問題なのだ。
なんてことだ剛の者は目の前にいたのだ。
かつて万里や忍さんに誤解で殴られた以上の衝撃に呆然としてしまっていた。
その間も彼女は俺にいじらしく健気な想いを告げ続けてくれているのだが、正直それどころではない。
「昴さんは、私の大切なものをたくさん護って下さいました。だから、その……もう一個だけ大切な…………私の初めても、押し付けちゃいました」
確かに物理的に押し付けられちゃったね。まさか本当に君のファーストキスを俺がもらうだなんて思わなかったよ。
こんなものをもらってしまった俺はどうすればいいんだろうか?
いったい何をお返しにあげればいいんだ? いや、そもそも取り返しつかないし、シャレにならないんじゃ……。
「あの……昴さんはすごく優しい方だから、きっと私なんかの初めてでも、私の大切なものを取ってしまったとショックを受けてしまわれてるんですよね」
「う、うん。正直めちゃくちゃ驚いてる……」
いつまでも彼女一人に喋らせ続けるわけにもいかないと言葉を絞り出すが、どうやら今の俺にまだ会話は難しいようだ。
気持ちに全然余裕がなくなってしまっている。
そのせいだろうか?
俺の言葉足らずの発言がまた新たな誤解を生んでしまったようだ。
「正直俺なんかの初めての相手が、よりにもよって智花だなんて……本当にいいのだろうか……」
「えへへ、私の初めては昴さんで、昴さんの初めても…………………………ふぇ?」
いや、どう考えたって釣り合い取れてなさすぎるだろ。
「ふぇぇぇええぇぇぇぇっ!? どっどどどうしようーっ!?」
目の前の少女もようやく事の重大さに気づいたのか驚きのあまり大きな声を上げている。
ごめんな。智花もう手遅れなんだよ。
くそっ。俺が君の不意打ちを察知できてればこんな悲劇は――
「わっ私! す、昴さんの初めてを奪っちゃったよおぉぉっ!!」
「ちょっと待って!? なんか色々おかしいからーっ!?」
「ごめんなさいっ! ごめんなさいーっ!! 昴さーんっ。ほんっとーにごめんなさーいっ!!」
「智花、お願いだから少し落ち着いてっ!! マジで落ち着いて!?」
なんでこの子は俺のファーストキスの喪失で泣きそうになってんだよ。どう考えたって君の方のが万倍も大切だろ。
「……うぅ。ぐすっ……ごめんなさい、昴さん……今まで昴さんにたくさんのご恩あるのに……ひっく……私、先走って……なんてことを…………ぐすっ」
ついに俺の腕の中で泣き始めてしまった……いやいやいやいやちょっと待ってっ!?
はっきりいってこの状況、まるで俺が智花を抱きしめながら無理やりキスをして初めてを奪ってしまったように見えなくもない。いや普通はそう見えてしまうことだろう。
だが実際は信じ難いことに、どうやら彼女は俺の初キスの方を重要視しているようだ。
この誤解を解くことさえできれば、彼女を安心させることができるかもしれない。
ようするに彼女に俺のキスなんてすごく安いもので大したものじゃないとわかってもらえればいいのだが…………あれ?
「智花――」
初めてのキス経験が衝撃的すぎて思わず涙を流してしまった俺の恋人の名前を呼びながら、両肩を抱いて俺の方を向かせる。
「――ふぇ? …………ふぁうっ」
彼女の誘いによってどうやら俺も剛の者への領域へと踏み込むことができたようだ。
智花……本当に申し訳ない。
俺は自らの意志で、通算二度目となる彼女とのガチキスをしてしまった。
これはもう偶然や事故ではない。俺が自分の意志で智花にキスをしたのだ。
もはや取り返しのつかない行為をしてしまったのだが、これで少しでも彼女が俺の言葉に耳を傾けてくれさえすればいいのだが……。
「ほらっ。これでおあいこだ」
我ながら何言ってんだと思ったが、この際仕方ない。
「……おあいこなんかじゃないですよ……私は昴さんの初めて………………んぅっ」
まだずるずると自分が悪いみたいなことを言おうとしていたから、言い終わる前にまた塞いでやる。
うん、やっぱり智花の唇すごく柔らかくて気持ちいいな。
二度目はもっと長くしっかりと彼女の唇の感触を味わってから、ゆっくりと重ね合わせていた唇を離す。
離れるときに無意識に吹きかけられた智花の甘い吐息に名残惜しさを感じたが、さすがに調子に乗って何度もしちゃうわけにもいかないと追撃は自制する。
「……これで俺の方が多いし、触れてた時間だって長いぞ」
なんか張り合うような言い方になってしまったが、別にわざと張り合って智花をその気にさせて何度もキスがしたいわけではない。
なんというか、張り合わないキスがしたい。うん。自分でも何を言ってるのかよくわからん。
「はぅぅ……二回、ううん。さ、三回目…………もう昴さんと、さ……三回もしちゃった」
自分の唇に指先を当てながら、恥ずかしそうに呟いている。
正直まさかこのタイミングで三回も経験させてくれるなんて夢にも思わなかったくらいだし。
「俺も智花もさ、お互いが初めての相手で良かったって思えたんだろ? ……だったら、別に自分を卑下するような言い方しなくてもいいんじゃないかな? 俺は智花とキスができてすごく嬉しかったよ」
「あ……。は、はいっ。私もすごく嬉しいですっ! ……す、昴さんから二回もしてもらっちゃったっ」
……ごめんね。ファーストキスの余韻を感じさせる間もなく、しかも二回とも不意打ちで……。と心の中でこっそり謝罪。
もしこの次があるなら、不意打ちじゃなくて、もっと自然にできるようにがんばるから。
そのためにも――
「よしっ。それじゃ、今更な感じもするけどさ。恥ずかしいけど……母さんたちにちゃんと報告しないとな、一応ね」
「そ、そうですねっ。……えへへ、みんなやお母さんのおかげで上手くいっちゃいましたっ」
少女は俺に輝かんばかりの笑顔を向けてくれた。
互いに微笑みあってから、抱きしめ合っていた腕を解放する。
今までのように離れたらこれで終わりというどこか寂しさを感じることはなかった。
これからはいつでもお互いが望めばいくらでもお互いの気持ちや温もりを伝えあえるのだから。