――慧心学園中等部1-C教室――
教壇に立つ担任の話に頷きながら真剣に耳を傾ける者。退屈そうに聞き流している者。
人それぞれではあるが、この一年間勉学を共にするクラスメイトが一つの教室に集まり初めてのホームルームを過ごしていた。
担任を皮切りに、出席番号順に一人一人が典型的な、あるいは個性的な自己紹介が開始される。
最後の生徒の自己紹介が終わったら、続いてクラスの役員決めが始まる。
今回に限り代理で出血番号一番と二番の生徒が議長と書記を務めることとなり、ほとんど経験がなかったのか不慣れながらも懸命に進行を促そうとしている。
委員長には永塚紗季が自ら名乗り出て、教室内で彼女を知る他の生徒たちからの賛成の声も多数あり、そのまま決定となった。
続いて書記も候補者が名乗り出たことで円滑に決定し、代理で務めていた二人と交代する。
代理だった二人も急に任されたこと責務から解放されたことに安堵したように溜め息をつきながら自分の席へと戻って行った。
他の役員においても、立候補や他者の様々な思惑による推薦を中心に滞りなく決まっていく。
こうして初日に決めるべきことが全て終わり、翌日以降の日程についてをしおりと担任からの口頭で確認したところで、今日は解散となるのだった。
「はぅぅ……どうして私が副委員長に……」
「別にそんなに重く考える必要ないって。大したことするわけじゃないし、私もトモにサポートしてもらった方が色々助かるし、頼りにしてるわよっ」
偶然にも隣同士の席になっていた、今年の1-Cの学級委員長と副委員長がさっそく親しげな会話を始める。
紗季が委員長に就任すると同時に、自身の口から湊智花を副委員長に。と推薦していたのだ。
推薦された本人は戸惑いの声を上げていたのだが、二人の交友関係の深さについてはすでに周知の事実の物となっていたこともあり、そのまま流れるように採決が取られると、満場一致で決定されてしまうのだった。
「う、うん。紗季には、いっぱいお世話になっちゃってたから、がんばってお手伝いするけど……初めてだから、あまり頼りにならないよ?」
「だから気負い過ぎだって。バスケの時みたいに、強気でみんなを引っ張ってけばいいのよ」
部活の時の彼女の頼もしさを知っている紗季からすれば、普段の引っ込み思案な様子が面白くも可愛らしく感じられてしまっていた。
「うぅ……緊張しちゃうよ……」
「ま、もう決まっちゃったんだし、今更やっぱり止めますなんて言えないわよね。ちょっと無理に引っ張っちゃったけどさ、私だってトモがいてくれた方が安心できるのよ」
「うん。改めてよろしくね、紗季」
「こちらこそ。それじゃ、真帆たちの様子を見に行きましょうか」
真帆とひなたのお守りをしないといけない愛莉が心配だわ。という紗季の容赦のない一言に苦笑を返すしかない智花だった。
二人が廊下に出ると同時に隣の1-Dの教室から目的の三人の少女が出て来て、お互いに「あ」という声を上げる。
「サキともっかんの方も今終わったのか」
「ちょうど同じタイミングで終わったみたいね」
「おー。さきにともかーおひさしぶりー」
「お久しぶりって。ホームルーム始まる前までずっと一緒だったよ」
「クラス別々になっちゃったの、残念だね」
去年のように中等部からも五人一緒の教室で。とまでは上手くいかず、1-Cに紗季と智花の二人が揃い、1-Dには真帆と愛莉とひなたの三人。と二クラスに分かれてしまっていた。
それでも誰一人として孤立することなく、また合同授業がある際は五人一緒に授業が受けられる環境になれる程度には、五人の絆や運命は深く結び合えているのかもしれない。
「でもさでもさ、もしあたしらが教科書忘れた時とか、紗季やもっかんに借りられるって考えたらスゲー便利じゃね?」
しんみりとした空気になりかけたところで、天真爛漫な少女が、場の空気を変えようとしたのか、それともまったく無自覚か、良いことを思いついた。と笑いながら口にする。
「おー。その手があったかー」
「私たちを利用するんじゃないわよっ! ヒナも乗るなっ!」
「あはは。忘れちゃったら貸してあげるけど、忘れないようにしないとダメだよ」
「う、うん。気をつけるね」
愛莉だけが律儀に返事をする一方で、智花と紗季が一番気をつけて欲しいと思ってる二人が全く気にした素振りを見せずにへらへらと楽しげに笑い合っていた。
「んで、サキはまた委員チョーやんの?」
さっきの話は終わったとばかりに、真帆が再び思いついたことをそのまま口に出して、がらりと話題を変える。
「まあね。ちなみに副委員長はトモよ」
「うん。副委員長さんなんて、初めてだからすごく緊張するよ」
自分や他人の口から『副委員長』という単語が出る度に、委縮しまっているように、心なしか体を縮こまらせている。
「もっかんもサキもマジメだなー」
「紗季ちゃんは予想ついてたけど、智花ちゃんもすごいね」
「おー。ともかもおめでとー」
三人の心からの賞賛に「ありがとう」と答えるも、やはりどこか笑顔がぎこちない様子の智花。
「そっちの方は誰が委員長になったの?」
初等部の頃からずっと委員長を続けてきていた紗季にとっては、心当たりや顔見知りの人物も多い分、やはり他のクラスのことも気になるのだろう。
「にしし」
「あ、あはは……」
したり顔の真帆と対して困り顔になっている愛莉は答えず――
「おー。たけなかが委員チョーになったよー」
代わりにひなたがにこにこと楽しそうな笑顔で答える。
「え? 夏陽が?」
「ふぇ? 竹中くんが?」
紗季と智花が同じ反応を示したところで、
「にししー。あたしがナツヒに押し付けてやったぜっ!」
勝ち誇った顔でVサインを突きつけながら、自分の成果を付け加える真帆。
「うわぁ……あんた、また何か汚いことしたんでしょ?」
「あ、あんまりイジワルしちゃダメだよ?」
二人の頭の中では、真帆の策略にハメられて、憤慨しつつも打つ手がなく悶え続けている竹中の姿が浮かんでいた。
「別になにもしてねーし。ただヒナにナツヒに委員チョーやって欲しいってお願いしてみろって言っただけだし」
「おー。ひなもたけなかに委員チョーして欲しかったー」
竹中にとって『ひなたのお願い』が、どれだけの強制力を持っているのかを判り切った上で提案した真帆と、まったく無自覚なひなた。
二つの対極的な表情を前に、心底竹中へ同情するのだった。
「……で、副委員長は?」
「んー? ワクワクさん?」
「鬼かっ!!」
「だって誰も手上げなかったし、ナツヒのやつがヒナを巻き込もうとしてやがったから、いち早く察知したあたしがヒナを守るために……とにかくフカコーリョクなんだっ!」
竹中をスケープゴートにしたのなら、せめて対価くらいあげてもいいだろうに。と思ったところで、紗季はひなたには天職があることを思い出し、考えを改める。
「おー。ひな、中学生になっても、ヌシたちのお世話したかったから、副委員チョーになっちゃったら、飼育係ができなくなっちゃうー」
紗季が思い至った通りの答えを返すひなた。
その答えには他の少女たちも納得した様子だ。
アレ――ヌシの相手をまともにするのはひなた以外には無理だ。と。
ひなたの妹であるかげつにも本人の与り知らぬところで幾ばくかの期待を掛けられているようだが、おそらくひなた程の適性は望めないだろう。
加えて中等部の担当区域からはあのヌシをも凌ぐ傑物も数多く存在していると噂されている。
そんな場所へ好き好んで行き、無事生還できるようなものなど、ひなた以外いないだろう。
「ま、いつまでもタチバナシなんかしてねーで、バスケ部見に行こーぜっ!」
「そうね。入部は数日後になるけど、入ることは決まってるんだし、見学させてもらいましょ」
「……中学からも、みんなと一緒にバスケできるんだよね」
「えへへ、すごく楽しみだねっ」
「おー。中学からもバスケがんばるぞー」
それぞれの期待と一つの共通の想いを胸に五人は中等部の体育館へ向かい歩き出すのだった。