side:慧心学園中等部
授業を終えた放課後。二つのクラスに分かれてしまった五人はすぐに合流し行動を共にしていた。
今日は女バスはお休み。できることなら五人揃って楽しい放課後を過ごしたいと全員が思っていたのだが、残念ながら湊智花だけは家での習い事である日舞の稽古日だった。
他愛のない談笑をしながら五人で昇降口まで行き、一足早く家路へと向かう少女の背中を温かく四人は見送ると、四人は学園近くの公園まで足を運んでいた。
ここなら他の学園の生徒も滅多に来ないだろうからし、今自分たちの中で今一番ホットな話題について遠慮なく話し合えると思ったからだ。
幸い目論見通り公園には自分たち以外の人影は特に見当たらない。
「うし。ここはあたしらがセンキョしたぞっ」
「おー。なんだかとってもなつかしーですなー」
「えへへ。久しぶりに来てみたけど、あの頃のままだね」
「ふふ。せっかくだからボールでも持って来れば良かったかもね……ん?」
四人が懐かしそうに木の方を見ると、紗季がふとあることに気づく。
過去に自分たちがバケツを木に括り付けて作ったお手製のゴール。場所はそのままだけど心なしかバケツの凹み具合が増えている――というよりも、そもそもバケツそのものが別物になってしまっていることに気づく。
もしかしたら『誰か』が自分たちの知らない間もずっと練習していたのかも知れない。
……でも、多分今日は来ないだろう。本物のゴールを使える日だし。
「どったの紗季?」
「んーん。なんでもないわ」
いち早く公園のベンチのど真ん中を陣取った真帆が不思議そうに尋ねて来るのにそっけなく返しすと隣に腰を下ろす。
「くふふ。よーやく、もっかんもすばるんも自分のキモチにショージキになったし、これで一安心だなっ」
真帆が笑いながら、さっそく例の話題を口にする。よほど話したいのをずっと我慢していたのだろう。
「ほんとにね。一時はどうなるかと思ったけど、元通り……ううん、トモにはそれ以上の成果に繋がってくれて……本当に良かった」
続くように会話に加わった紗季も胸に手を当て、心の底から安堵していた。
「おー。ともかとおにーちゃん、仲直りできてよかったー」
無垢な笑顔を浮かべながら、両手を上げ喜ぶひなた。
「……うん。良かったね。本当に良かった。智花ちゃん、長谷川さんも……」
胸中で二人のことを心から祝福しつつ、幽かに瞳を潤ませ今にも泣きだしてしまいそうな表情をしている愛莉。
四人の少女は自分たちが引き起こしてしまった騒動が無事に終息し、二人が条件付きのごく短期間ではあるものの、正式に交際する関係になったことを智花自身の口から告げられていた。
頬を染めながら恥ずかしそうに、それでいてどこか申し訳なさそうな表情で、ぽつりぽつりと事の顛末を語る少女に四人は割れんばかりの歓声を上げ、思い思いの言葉で彼女に祝福の言葉を送った。
湊智花と長谷川昴。この二人を付き合わせるために、これまで四人は彼女たちなりに様々な策を練り、二人の仲が進展することを願い続けていた。
そして、遂にその念願が叶ったのだ。
――それなのに、どうしてだろう?
大切な友人と自分たちの恩人とも言うべき心から尊敬している大好きなコーチが付き合うことになって、すごく嬉しいのだけど……。
ほんの幽かにだけど……なぜか胸に切なさを感じてしまう。
「………………愛莉は良かったの? 愛莉だって、長谷川さんのこと――」
紗季は我ながらズルいと思いつつも、愛莉に尋ねてしまった。
おそらく自分と同じく嬉しい気持ち以外に、寂しさを感じている愛莉に、その理由を確認するように。
「ふぇ……え、えへへ。わ、私じゃ無理だよぉ。私も長谷川さんのことが、す、好きだったけど、智花ちゃんの気持ちには全然敵わないし……おジャマしちゃ悪いって思っちゃったから……」
思わず困り顔になりながらも、自分の気持ちを認めた上でしっかりと答え切った愛莉。
紗季はその姿に彼女の気持ちの強さを感じていた。
「紗季だってオンナジだろっ。すばるんのことコッソリ大好きなくせにーっ」
「おー。そうだそうだー」
愛莉にズルい質問をしてしまったペナルティ代わりに二人の矛先が自分へと向くと、紗季は一度だけ呼吸に溜めを作り、心を整える。
自分の本心としっかりと向き合い、それをみんなの前で声に出す。
「私も愛莉と同じよ。私だって長谷川さんのこと好きだった。……いつの間にか、好き、に、なって…………く、…………でも、トモには……トモには……ひく、ぐすっ……全然かなわないって、気づいて…………それでっ」
自分の気持ちをただ告げるだけでいい。そう思っていたのに、徐々に言葉が途切れ途切れになってしまう。
瞳から涙を零し、嗚咽を漏らしながらも、必死に言葉を続けようとしたが、
ひっそりと胸の中にしまいこんで諦めようとした。という、最後の部分を言い切ることができなかった。
いつか、ほんの少しでも自分の気持ちに長谷川さんが気づいてくれればそれでいい。そんな限りなくゼロに近い可能性に委ねてしまった。
トモや、葵さんという自分とは比べものにならないくらい強力なライバルがいる状況でそんなこと絶対にあり得ないことはわかっているのに、そんな消極的な幻想に逃げてしまったのだ。
「な、なんだよ。アイリーンも紗季も、な、泣くなってば……二人が泣いてると……あ、あたしだって……」
「おー。あいりもさきも泣かないで……」
胸の切なさが限界を迎えてしまい最初に涙を流してしまった紗季につられるように愛莉が。
そんな二人を慰めようとしていた真帆、ひなたにも伝播し、ついに全員が嗚咽を漏らし始める。
少女たちは初めて感じている『失恋』の悲しみをお互いに慰め合うように四人で抱き合い、しばらくの間涙を流しあうのだった――
「――あー泣いた泣いたっ。うしっ。あたしはもうダイジョウービだっ!!」
最初に顔を上げた真帆が乱暴にごしごしと腕で目元を擦って自分の涙を拭い取りながら、自分たちに言い聞かせるよう力強く話す。
目元は少し赤く腫れてしまったが、輝かんばかりの明るい笑顔で他の三人が顔を上げるのを待つ。
「そうね。みんなの前でここまで情けない姿見せちゃったのは久々だし……恥ずかしかったけど、うん。もう大丈夫っ」
「……えへへ。みんながいてくれて良かった。私一人だったもっともっと立ち直るのが大変だったと思うよ」
「おー。ひなもかんぜんふっかつーっ」
紗季、愛莉、ひなたの三人も真帆の声に続くようにゆっくり顔を上げる。
三人もまた目元が赤く腫らしながらも、失恋を乗り越えた笑顔を向け合い、少しだけ気恥ずかしそうに笑い合った。
四人が経験した初めての失恋は悲しく辛いものだった。
それでも寄り添え会える仲間たちのおかげで無事乗り越えることができたのだ。
それなら、自分たちが次にやることはもう決まっている。
「でもさ、ぶっちゃけさー。もっかんもすばるんもさー。付き合ったはいいけど、なーんかそのままって感じがすんだよなーっ」
「そうなのよねぇ。トモも長谷川さんも付き合ったんなら、それを口実にどんどん深い関係になっちゃってもいいのに。付き合ったことでもう満足しちゃってる感じよね。絶対」
四人でうんうん頷き合い、ただ一人恋愛成就させた親友のサポートをするという新たな使命に燃え始めていた。
「で、でも、智花ちゃん、長谷川さんと……キ、キスしちゃったって言ってたし」
愛莉が頬を上気させ恥ずかしそうに発したキーワード。
「おー。ともかもおにーちゃんもいいなー。ひなもちゅーしたいー」
「お。ひな、あたしとするか?」
無邪気に反応を示したひなたに、真帆が悪ノリを始める。
それを紗季がため息交じりに呆れながら二人の愚行を止めようと口を挟む。
「虚しいだけだから止めておきなさい。それにあんたのはともかく、ひなのなんて欲しがって男子が山ほどいるんだから勝手に奪わないの」
「おいこら。さりげなくあたしをディスるなっ。別にオンナどーしなんだし、ノーカンノーカン」
「おー? みんなでちゅーするの?」
「えぇっ!? み、みんなとっ!?」
思わずその光景を想像してしまい、真っ赤な顔で「そんなのダメーっ」と叫ぶ愛莉と、「しなくていいからっ」とぴしゃりとツッコミを入れる紗季の働きのおかげで、幸い四人の少女たちのファーストキス交換会は見送られることになったようだ。
「ってかさ。紗季やアイリーンにつられて、あたしもヒナも泣かされちゃったけどさ…………別にあたしら泣く必要なくね?」
「おー。二人がすごく悲しそうなお顔してたから、ひなも悲しくなっちゃった」
「ご、ごめんね。真帆ちゃん、ひなちゃん」
「いや別に謝る必要はないでしょ」
自分と愛莉とは程度の違いはあるだろうが、この二人も間違いなく失恋したのだから。
「まったく。私や愛莉だけじゃなくて、結局あんたらだって長谷川さんのこと本当に好きだったんじゃないの」
「ほぇ? あったりまえじゃん。なー、ひな」
「おー。ひなもおにーちゃんのこと大好きだよ?」
「ひなちゃんの好きはどうなんだろうね」
三人から向けられた視線に不思議そうに小首を傾げているひなた。
真帆同様に長谷川昴という異性に対して少なからず恋心を抱いてはいるのは間違いなさそうなのだが……。
「ともかはずっと友達だし、おにーちゃんもおにーちゃんのままだもん。みんな仲良しのままだから、ひなヘーキだよ」
「ふふ。ひなが一番達観してたってオチか。ほんとひなは強いな」
「おー? ううん。ひなひとりぼっちなの苦手だからゼンゼンつよくないよー。みんながいてくれるおかげー」
ひなたのどこまでも彼女らしい明るくおおらかな言葉。
、それが自分たちの友情がこれからもずっとずっと末永く続いていくものになると確信させてくれた。
もちろんこの場にいない彼女のことだって、絶対に離れさせてなるものか。
「ほんじゃ、このあとどうするー?」
「あっ。つい最近駅前に新しくジェラート屋さんができたんだって」
「おー。いいですなー」
「それじゃ、今日はこの四人で行ってみよっか。美味しかったら今度はトモも連れて、ね」
「くふふ。んで、その次はもっかんにすばるんを誘わせんだろ」
「ま。そーゆーことよねっ」
『賛成ーーっ!!』
口元を両手で抑えながら自分たちから提案された智花がどんな反応をするかが今から楽しみな真帆。
片手を眼鏡に添え、さっそく思いついたこの作戦は絶対に大成功するだろうと自信に満ちた表情をしている紗季。
二人のデート風景を想像してしまい、頬を染めながらも、興奮が抑えられない様子の愛理。
、ただただ純粋に楽しく、これからももっともっとたくさん楽しいことがあると信じ、両手を高く上げバンザイをしながら全身で喜んでいるひなた。
四人それぞれの思惑や反応を浮かべながら、四人は公園を後にするのだった。