~~ガールズ・トーク @ 中等部一年教室前の廊下~~
「うぇ……マジかよ。みーたんもケチだよなぁ。今まで送ってくれたんなら、これからも送ってくれてもいいのにさー」
「ぶー。みほし、もうともかのこと送ってくれないの?」
「二人ともそんなこと言っちゃダメだよ。今まで美星先生のおかげで昴さんと朝練をさせて頂けてたんだから……」
「ま、心境的には私も真帆とひなたに賛成だけどね。さすがに五年の時からずっとお世話になりっぱなしだったのに、中学になってもみーたんに迷惑かけるわけにはいかないわよ」
「うん。美星先生、いつもクラスのみんなのこと気に掛けてくれていて、私もいっぱいお世話になっちゃった」
「でも、ちょーっとマズいことになったわね」
「ん? マズいってなんかあんのか?」
「だって、実質あとこの一年くらいしかないのよ」
「今年中に? なにかあったかなぁ?」
「おー? ひなたちまだいちねんせーだよ?」
「きょねんは一年しかなかったけど、ことしは三年あんだ。だからゼッテーチビリボン軍団にもバスケで勝つぞっ!!」
「おー。かつぞー!」
「うん。私も未有に負けないようにがんばらないとっ」
「久美さんも……来年には綾ちゃんだってきっと……私ももっと上手くならないとっ」
「いや、そうじゃなくてね。ま、バスケも当然だけどさ……長谷川さん、もしかしたら来年には結婚しちゃうかもしんないのよ?」
「ふぇぇっ!? す、昴さんがっ!? け、けけ結婚っ!?」
「ついにもっかんとかっ!!」
「おーっ。おにーちゃんとともかけっこんするのー? おめでとー」
「ふぇぇぇぇっ!? そ、そそそんなわけ……す、昴さんと、け、けけ……結こっ!? な、何を言って――」
「いやトモはまだ無理でしょ。あくまで長谷川さんが結婚できる条件が整ってしまうだけであって……で、そこで葵さんが厄介なことになってくるのよ」
「あおいっちが?」
「あっ! そっか。女の人は……」
「愛莉は気づいたわね。そう。長谷川さんが結婚できるのは早くても来年以降だけど、葵さんはその気になればいつだってできちゃうのよ」
「ヤベーぞ、もっかんっ! すばるんがあおいっちにとられちまうぞっ!!」
「そ、そんな昴さんが結婚なんて…………はぅぅぅぅ……」
「私たちはどんなに急いだってあと三年はかかるんだから、長谷川さんに少なくとも二年も待って頂かなくいけなくなっちゃうのよ」
「なんとか今年中にお付き合いして頂いて、待ってもらうよう約束して頂かないと……」
「おーたいへんだー。はやくおにーちゃんに待っててください。っておやくそくしないとー」
「……ま、実際はそんなすぐに結婚するわけないと思うけどね」
「おいサキ。もっかんが頭からけむりふいてんぞ」
「すばるさんが……けっこん……けっこん……」
「あ……」
「と、智花ちゃんっ。しっかりしてーっ」
*
ミホ姉から通達があった翌日。
いつも通り智花が自宅から俺の家まで朝練に来てくれたものの、顔を合わすなりお互いにどこかそわそわとぎこちなく、気まずい雰囲気になってしまっていた。
いかんな。せっかくの智花との楽しいはずの朝練なのに。
万里に心配され、葵には「なんで今まで智花ちゃんとのこと隠してたのっ!!」とメチャクチャ怒られた。別に隠してたわけじゃないのに……。
嘉堂監督からも身が入っていない部活態度で不評を買ってしまったようで、「下らない雑念など消してやろう」と言わんばかりの、とても濃厚な個別メニューを課せらてしまうという散々な一日だった。
そんな状況でただでさえ出来の悪い頭で考えたところで、結局一日中悩みまくったが答えらしい答えは出なかった。
おそらく智花も似たような一日を過ごしてしまっていたのかもしれない。
ならばまずは年上……いや、彼女の最高のパートナーとして何の役にも立てないかもしれないけど声くらいは掛けなければ。
「ごめんな。昨日俺があんなこと言ったばっかりに、智花にまで変に悩ませちゃって」
「いえ。すみません、私も一日しっかり考えたつもりだったんですが……まだ答えが出そうになくて……昴さんは?」
「俺もだ。ちょっと無責任なことに聞こえちゃうかもしれないけどさ……せっかくだしいつも通りバスケしないか? 智花だってもともとはそのつもりで来てくれてたんだしさ」
「……はい。昨日までの気分で。というのは少し難しいかもしれませんが……それでも、昴さんとバスケしたいですっ」
ミホ姉からの宿題の答え合わせまではまだ時間がある。
それまでの間に何かいい方法が思いつくかもしれない。
そんな楽観的な思考で俺も智花もただミホ姉から提示された――俺と智花の朝練を終える。という見本の回答から目を背けようとしていることくらいわかっている。
そうやってただ無為に残り僅かな時間を浪費してしまうことに、徐々に恐怖を感じるようになってしまうのだろうか?
ダメだ!! 俺と智花が唯一通じ合える大切な時間が俺たちに絶望を与えるものであっていいはずがない。そんなものにしてたまるかっ!!
――それでも限られた時間は刻々と残酷にどこまでも無慈悲なまでに正確に過ぎ去って行く。
「やっぱり私……嫌です。私の勝手なわがままだけど……みんなに迷惑をかけてしまうことがわかってても……この時間を無くしたくないですっ!!」
何度目かの朝練を終えた時に、遂に智花が心の中を曝け出してしまった。
彼女もまた俺との時間をここまで大切に想ってくれていたことが嬉しく、そしてそんな彼女の想いが遂に胸の中で抑え切れず弾け飛ぶまで気づいてあげられなかったことを不甲斐なく思う。
「俺だって同じだっ!!」
「え……」
彼女の本心を聞いてしまった以上、俺ももう止まることはできなかった。
俺だって彼女と同じ想いだったんだ。それを下らない体裁を取り繕うためだけに必死に押し殺して我慢していただけなんだ。
そんな我慢なんてもうやめだ。
俺だって智花とずっと一緒にいたいんだっ!!
「……正直、今の時点では方法なんて全然浮かばないし、もしかしたら結局何もできずにただ自分の無力を感じるだけで終わるかもしれない。だけど俺は最後まで絶対に諦めないぞっ。必ずこれからもずっと智花と朝練ができる方法を探し出して見せる!! だから、頼む! どんな方法でもいい。最後まで俺と一緒に諦めずに探し続けて欲しい!! ……あぁ、当然この朝練のバスケは思いっきり楽しむからね。これは絶対だっ」
「昴さんっ!! はいっ!! もう私も我慢なんかしませんっ! 私も昴さんと最後まで、どこまでもずっと一緒に行きたいですっ」
俺の正直な気持ちを智花も強く受け止め、共に歩んでくれると言ってくれたことに、思わず胸が熱くなる。
お互いに真剣な眼差しで相手と見つめ合い――
「はぅっ!? ご、ごごごめんなさいっ! す、昴さんの手を強く握って……はぅぅっ!?」
「ご、ごめんっ俺の方こそ――ぐはっ!?」
気づくとお互いに感極まってしまったせいか思わず智花と両手を強く握り合ってしまっていた。
慌てて両手を離しながら、謝罪を伝えるが本人はともかく監視者からは許されなかったようだ。
たとえ手であろうと、うら若き乙女の細く可憐な柔肌に触れてしまったのだから当然と言えば当然だろう。
「だからいちいち智花を口説くなっ!! 智花も真に受けて真面目に答えちゃダメでしょうがっ」
「はぅ!? す、すみませんでしたっ。……で、でも別に昴さんに口説いて頂けたわけでは……い、いえっ。なんでもありませんっ」
さすがに智花には口頭注意だけで手を上げることはしないが別に男女差別を言う気はさらさらない。
むしろ智花に手を上げでもされたら、俺は本気でミホ姉に挑む自信がある。たとえ勝算が0であろうと男には引けない戦いがあるのだ。
「……ったく、こういう状況の二人に言うのはものすごーーーーっく気が引けるんだけど、別に私は平日に智花を学校まで一緒に送ってやるのをやめるだけで、智花にここに来るな。とは一言も言ってないのよ?」
…………………………え?
ミホ姉がため息交じりにものすごく呆れた感じの口調で言ってるが別に気にならなかった。
だって、今ミホ姉から全てをひっくり返すくらいトンデモナイことを言われて気がしたから。
「えっと……その、お休みの日は昴さんのお家に伺わせて頂いても? ……も、もちろんご都合が悪い時は仰って頂ければ……」
「俺はいつでも歓迎……だけ……ど……?」
『あれ?』
いまいち実感が湧かず呆然とした表情で智花とお互いに顔を見合わせてしまう。
……もしかして解決しちゃった……のか? こんなあっさり?
確かに今まで見たいに毎日智花と会うことができないのは辛いけど、でも今後一切会えないわけじゃないのなら。
「昴も智花も二人して深く考えすぎなのよ。どーしてたった一日二日でこの世の終わりみたいな顔してんのよ。これじゃまるっきり私が悪者でしょーがっ」
「え? だってそうじゃ――いやっ。なんでもないです」
思ったことがそのまま口から零れそうになったが、とてもにこやかな笑顔で拳を握りしめたミホ姉に気づき、咄嗟に飲み込んだ。
「その……美星先生は、よろしいのでしょうか?」
「それは私に聞くことじゃないでしょ。昴は歓迎するって言ってんだから、行きたいときに好きなだけ行けばいいんじゃない?」
「なんだよミホ姉。前はまるで俺に智花と――」
「――はいはい。それじゃ話がまとまったんだから、智花は早く汗を流してきなさい」
俺の言葉を遮るように手を叩き、智花を急かすように風呂へと送り出していく。
「は、はい。昴さん、来月からは少しお会いできる日が少なくなってしまいますが……これからもよろしくお願いしますっ」
「俺の方からも頼むよ、智花」
数日振りに見ることができた彼女の心からの笑顔を見ることができ、肩の荷が下りたように気持ちが楽になる。
これからも彼女とバスケができる。その事実だけで自分の心が一気に晴れやかな気分になっていくのがわかる。
「あのさ、昴。昴にとっても智花が心の拠り所になってる……まぁ、しちゃったのは私なんだけどさ、智花の今もちゃんと大切にしてあげてよ」
「わかってるって。コーチとしても、智花の不調には気を遣うし、疲れてそうなら絶対に無理はさせない」
「いや、それもだけど、そういうことだけじゃなくて……くれぐれもお互いが後悔するようなことはしちゃダメだからね」
「あぁ、そっか。確かにな。ちゃんと友達との時間も大切にしてもらわないと」
無意識にせめて休日くらいは智花を一日中独占したい。などと考えてしまっていたことに気づき、すぐに考えを改める。
大切な友人たちのためなら自分が大好きなものすら捨てようとしちゃう子なんだ。
俺の所にはせいぜい羽休め程度に寄ってくれるくらいがちょうどいい。彼女にはもっともっと大切な場所があるんだから。
智花がほんの少しだけ疲れたり、誰かに甘えたくなったときだけ、二人きりのときにこっそり甘えさせてあげればいい。
なんとなくだけど、俺と智花の理想的な関係が見えてきた気がする。
休日にバスケを通じてお互いの成長を確認し合いながら、真帆たちの成長具合も聞いて、可能ならほんの少しだけアドバイスをさせてもらう程度はコーチらしい事をしてもいいよな。
家族や友達には恥ずかしくて見せられない甘えん坊な気分が出てしまったら、思いっきり抱きしめてあげて、今まで通り変わらず俺の前ではいっぱい甘えていいと教えてあげよう。
新しい友達や興味が増えてきて、少しずつ俺と会う時間が減ってきて、本当の意味で俺と智花がお別れするときが来たら、その時が俺と智花がお互いから卒業する時なのだろう。
別れるのは悲しいけど、俺も智花もお互いの枷になるわけにも、するわけにもいかない。
「ミホ姉、ようやくわかったよ。ミホ姉のおかげで俺と智花のあり方が……そう。俺と智花は清く正しい交際関け――ぐはっ!?」
「その言い方じゃ不純な関係にしか見えんわっ!!」
不純とはなんだ。どう考えても清純な智花と清く正しい交際関係なのに。
去り際に「ま、ちゃんと智花との正しい距離感に気づいたんなら、それ以上不必要に近づかないようにね」と言いながら、蹴り飛ばした俺をそのままに家の中へと入って行くミホ姉。
ちゃんと伝わってるなら蹴らなくていいじゃねぇか。と理不尽な憤りを感じつつも今は気分が良いので、反撃はしない。決してやったら三倍返しどころではない、更なるしっぺ返しが待っているからではない。
朝食後、お互いに笑顔を向け合いながら一足早くミホ姉の車で自分の学校へ出発する智花を見送った後、俺も学校へ向かう。
俺の突然の変わりように葵と万里が気味悪がっていたが、気分が良いから気にしない。
葵には絶対に智花に変なことをするなと釘を刺されたが、そんなに心配なら葵も家に朝練に来ればいいのに。
さすがに甘え癖が発動してしまった智花を抱きしめているところを見せるわけにはいかないが。智花も秘密を知られるのは恥ずかしいだろうし。
なお部活で数日前と打って変わって非常に晴れ晴れとした表情になった俺を見た、嘉堂監督が嗜虐的な笑みを浮かべていたが後悔はしていない……多分。
智花が「昴さんっ。頑張ってくださいねっ」と微笑みかけてくれている様子を想像しながら、今日も生き残れますように。と心の中で祈り部活に臨むのだった。