~~ガールズ・トーク @ 中等部一年教室前の廊下~~
「おっしゃーっ。それじゃ、今日のホーカゴはウチで思いっきりバスケすっぞーっ!!」
「おー! 部活がお休みの日だから、いっぱいジシュレンするぞー」
「基礎練習は大切だって、長谷川さんもおっしゃってたけど、やっぱちょっとくらいはボールにも触りたいしね」
「智花ちゃんが預かってきてくれた長谷川さんの練習メニュー。さっそく試せるね」
「真帆、みんなもありがとうっ。久しぶりに……みんなでいっぱい楽しもうねっ」
「とーぜんっ!! きひひ……もっかんもゲンキ出てきたなっ」
「長谷川さんと朝練できなくなってションボリしてるくせに、無理して元気なフリしなくていいのにね」
「はぅっ!? べ、別にそんなにしょんぼりしてるわけじゃ……ちょっとだけ寂しいけど……みんなに気を遣わせちゃってごめんね……」
「おー? ひなべつにきをつかってないよ? みんなとするバスケ、ひなすっごくたのしーよー」
「だよなー。もっかんはイチイチ気にしすぎなんだよ。あたしらトモダチじゃんかっ」
「友達……うん。うんっ。ありがとう真帆っ!!」
「明日からの最新の長谷川さん情報はほとんど愛莉からしか聞けなくなっちゃうから、トモが満足できるようにしっかり万里さんから情報収集頼んだわよ」
「えへへ。がんばっていっぱい教えてもらってくるね」
「ふぇっ!? そ、そこまでがんばらなくてもいいよぉ……」
「ま、愛莉があんまり長谷川さんのことを聞きすぎると、万里さんが焼きもち焼いちゃうかもしれないしね」
「明日もう一日だけガマンすれば、すばるんに会えるしなっ」
「おー。またいっぱいお休みになるねー」
「ところでトモ。最近もちゃんと長谷川さんに抱いてもらってる?」
「ふぇぇっ!? ちょ……きゅ、急に何をっ!?」
「だって、長谷川さんのことが好きで好きでたまらないくせに我慢しちゃってるんでしょ? ちゃんと適度に甘えないと余計甘えたくなっちゃうわよ」
「な、なんで知って――」
「ほほぅ」
「やっぱりか」
「はぁうっ!?」
「おー。ともか、あまえんぼさんー」
「いいなぁ」
「せっかくだからさ、抱きついてる時に、こう。こっそり胸を押し付けてみたら? きっと長谷川さんもドキドキしちゃうわよ」
「さ、紗季ちゃんっ!?」
「おー。おにーちゃんをのうさつだー」
「そ、そそそんなはしたないマネ絶対できないよーっ!!」
「そもそももっかんの胸だと押し付けてもすばるんに気づいてもらえないんじゃないか?」
「あるもんっ!! 前にミミちゃんとお風呂に入ったときに、おっぱいあるって言ってくれたもんっ!!」
「告白するつもりがないなら、そろそろこれくらいは積極的に行かないと葵さんや他の誰かに長谷川さん取られちゃうかもしれないわよ?」
「はぅぅ……へんなことして怒られないかなぁ……」
*
「はぁ……はぁ…………頼む万里……ほんの少しでいいから……」
湧き上がる衝動のままに万里を壁際まで追い込む。
ダメだ。頭ではわかっているのに、自制できない。
目の前にいるこの男が俺の心を狂わせる。
この男の口から紡ぎ出せる言葉が俺を悦ばせるのが悪いんだ。
「お、おいっ。少し落ち着け。ここじゃマズイだろっ。せめて部室まで我慢しろって」
俺が今どれだけ心を乱しながら、お前を欲しているのかを分かっているくせに自制を求めてくるなんて。
お前しか俺のこの乾き切った心を満たせることができないのを知っているくせに……
あろうことか部室まで我慢しろだって――
「部室だって、誰か来るかもしれな――」
「だあーーっ!! もういいから落ち着けっての!! どんだけ愛莉たちの話を聞くのに必死なんだよテメーはよおっ」
万里がいかにも面倒くさいといった表情でこちらを見ながら、俺の必死の訴えを大声で遮る。
その様子に仕方なくこちらも口を噤むも、当然不満はそのままだ。
万里も俺の不満顔には気づいる様子だが、どうやら無視を決め込んでしまったようだ。
このまましつこく食い下がって、彼の不評を買ってしまえばそれこそ部室に辿り着いても話が聞けなくなってしまうかもしれない。
平日の智花とのホットラインが途絶えてしまった今、彼女たちの『初めて尽くしのドキドキ中学校生活』をほぼリアルタイムで知るには万里に頼るしかない。
休日はこれまで通り智花に生で教えてもらえるが、やはり間接的とはいえ少しでも早く彼女たちの状況は知りたい。
――くそっ。こいつは自分の状況がどれだけ恵まれてるか全くわかってないな。
万里は愛莉を通じて交友関係のある紗季からの雅美さんや、ひなたちゃんとかげつちゃんの仲良し姉妹経由でミニバスケ部を引き継いだ小学生たちの情報すらほぼ完全に網羅している。
つまり奴は妹の愛莉だけでなく、俺の大切な智花達中学生どころか関わっている小学生たちもその手中に収めていると言っても過言ではない
まったく忌々しい、全てこいつの指先一つで思いのままにされてしまうのか。
「何とんでもない言いがかりと誤解を招くようなことほざいてんだ!!」
どうやら気づかぬ内に声に出してしまっていたらしく、思いっきり殴られた。理不尽だ。
本来なら俺の方が嫉妬で怒り狂い万里を殴っても許されるくらいではないだろうか? いや怖いからやらないけど。
何気に葵は葵で現六年生たちとも、それなりに連絡を取り合っているらしい。
やはり女の子同士で付き合いやすいのだろうか。
彼女たちのことで葵や万里に後れを取ることになろうとは……正直少し悔しい。
俺が一番最初に智花たちのコーチになったのに……
*
「お。長谷川、香椎。ちぃーっす」
「うーっす。お前らもずいぶん早いな」
「今日もがんばって生き残ろうぜっ」
「ははは。違いない」
「ゼッテーあの監督見返してやるぜっ」
二人で部室に着いた時には、すでに先客がいたため結局俺と万里が二人きりになれたのは部活が終わった後になるのだった。
まぁこれは仕方ない。というよりも、むしろ喜ばしいことだ。
さすがに劣悪とまでは言わないが、それでもこんな過酷な環境にいながらも、彼らもまた強い意志でバスケに臨んでくれている。
バスケは試合に出るだけでも最低で五人のバスケ選手が必要なスポーツだ。
ましてベンチメンバーまで考えるとさらに人数が必要になる。
いくら俺と万里がお互いに鼓舞し合ったところで、二人である事実は変わらない。
二人がやる気に満ち溢れていたとして、他に数合わせに入れた三人を加えて五人にしたところで、それはバスケ足りえない。
たった二人で五人分の仕事をするなんて無理な話だ。
ヤバいな。とっくに灯いていたと思ってた火がますます燃え盛って来てるのがわかる。
「へっ。どうした昴。さっきまでの腑抜けた表情から一気に変わりやがって」
「そういうお前だって、すげえ嬉しそうだぞ」
失礼なことに俺はまだ彼らを見くびってしまっていたということに気づいた。
彼らだって『全国』という共通の目標はあるものの、それ以外の個々の思惑や野心を胸に秘めているんだ。
PGの俺とCの万里。
あとは見込みのありそうなFやGを加えてひとまずバスケの形になるなんて、さすがにみんなを甘く見すぎだろ。
うかうかしてたら、俺らのポジションだってあっさりと奪い取られかねないんだぜ。
嘉堂監督からの俺を育てるという宣言に慢心してたら、俺は絶対にバスケ選手として成長も完成することもできない。
彼が考えている俺の完成系を超えた存在に進化することなんてもってのほかだ。
監督が他の誰かに心変わりして浮気されないよう、しっかり彼の熱烈な想いや視線の期待に応え続けないとな。
「ふぉっふぉっふぉっ。どうした? まだ倒れるのは早いじゃろ? 儂をもっと楽しませてくれんかの?」
「はぁ……はぁ……ど、どこまで……俺たちを追い込めば、気が済むんですか!?」
「無論。儂が良しと言うまでじゃ」
……気持ちひとつでどうにかなることって、案外少ないのかもしれない。最近割と本気でそう思えてきた。
確かに本気で心が折れそうになったことは、すでに何度もある。
……だけどきっとこれは気持ちひとつでどうにかできることだ。
薄れゆく意識の中、かつて智花たちに厳しい練習メニューを課して意図的な根性の育成をしていた時の一シーンを思い出す。
みんなごめんね。卒業までいっぱい大変な思いをさせちゃってたことも多かったはずのに、結局最後までずっとずっと付いてきてくれて。
俺を信じ抜いてくれた彼女たちがいるんだ。
俺みたいなできの悪いコーチなんかよりも全然スケールがでかい実績を――かつての親父や七芝高校の伝説を創り上げた人なんだ。
だから俺だってみんなの気持ちに報いるためにも最後の最後まで嘉堂監督を信じ抜くんだ。
なんとか今日も無事に脱落者0で乗り切ることができたことに、部員全員が安堵したに違いない。
そして部活後、俺は約束通り万里から大切な少女たちの近況を思う存分聞き出すのだった。