「#$、&%=>’*+@」
「あ、ちょ、ちょっと待って」
手首を紐で縛られた状態で椅子に腰かけている少女に謎の言語で話しかけられ、僕は焦って片耳に付けている自動翻訳機の電源を入れた。そしてポケットから予備の翻訳機を取り出し、少女の左耳にそれをかけて電源を入れ、僕はゆっくりと喋り始める。
「えー、僕の、言葉、分かりますか」
「ありがたいことに翻訳機を付けて頂いたのでそれはもうハッキリしっかり日本語に聞こえています」
「……あ、はい、すいません」
目の前の少女が此方の予想していた行動と違い、あまりにも流暢にコミュニケーションを取ってきたので少したじろいで思わず謝ってしまった。
気を取り直して此方から再び話しかけようとすると、少女は僕より先に口を開いた。
「あの自分、結構平気そうに振る舞ってますけど実は暫く食事をしていないので今にも餓死しそうな程度にはお腹が減っているので宜しければ是非ともご飯を頂きたいのですが駄目でしょうか駄目ですよね捕虜の分際で調子乗りました申し訳ございません許してください」
「………え、えっと、食事……ですよね? 少し、待っててくださいね……」
少女の有無を言わせないようなマシンガントークに気圧され、僕は何とか聞き取れた【食事】というワードに基づいた物を持ってくるという言い訳を抱えて、一旦その部屋から脱出するのであった。
僕はとある研究所に所属している、しがない研究員の一人だ。一応この研究所の所長の助手という肩書はあるけれど、それは単にこの研究所に人がほとんど居ないから自然とそうなっただけであって、名誉ある役職と言う訳では無い。
この研究所の所長――博士がそんじゃそこらの常人には理解され難い曲者の変人なせいで、此処で研究をしたいと思う人がまずいない。
僕はわけあって此処に勤めているが、特別な理由が無い限りこの研究所に留まる人はいないので、今より一つ前の所長の時代に肩を組んで笑いあった同僚の研究室も今はただの物置だ。
そんなほぼ無人に近い研究所で今日も今日とて博士にコキ使われていたところ、博士が宇宙に飛ばしていたドローンがとある電波を拾った。
それの正体は救難信号で、言語から察しその信号を送っていたのは絶賛戦争中の地球軍から発せられたものだと理解した。
我々はただの研究者で、直ぐに救助隊を出せるわけでもなし。
いつもなら当然無視をする筈なのだが、ドローンから送られてきた映像を見た博士はすぐさま僕を小型宇宙船に放り込み、問答無用で空へ飛ばした。
博士に怒涛の文句を投げつけながら現場へ向かうと、そこにはコックピット周辺のみが稼働している地球産の廃材回収用ロボット【ジェクター】があった。
廃材回収の機体に限らず、ジェクターと名の付く機体は地球が宇宙空間での作業用に開発した高性能ロボットで、僕も実際に目の当たりにしたのは初めてだった。
ドローンを使って機体の中の様子を覗き見た所、そこにはポツンと死体の様に倒れ伏している地球人が一人。
博士の指示通りに地球人が乗っているそのジェクターごと持って帰り、中に乗っていた作業員を秘密裡に研究所の一室に匿った。
ここまでが事の顛末。そして現在、僕は素早く作った簡単な料理を持って先程の少女がいる部屋へと向かっている。
さて、ここで大事な事を一つ。
先程僕は『秘密裡に匿った』と言った。秘密裡、そう、秘密裡に、である。
いや、駄目なんだよな。絶賛戦争中の相手の人間をいち研究所が秘密裡に匿うって、めちゃくちゃヤバいって。
なんとなく博士の言う通りにやったけど、よく考えなくてもこれはマズイ。軍にバレたらどうなることやら。
――なんて辟易しながら物事を考えていたら、いつの間にか目的の部屋に着いてしまった。とりあえずはこの食事を与えて、相手の事情を聴いて、それから博士に問いただそう。
自動ドアが開いて最初に見えた光景は、少女が天井を見ながら無表情で尚且つ乾いた声で「う゛ぇ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛……」と言いながらヨダレを垂らしている光景だった。
☆
「さて、助手クン。そこの捕虜クンも食事を終えて満腹ハッピーパラダイスなったところで、次の段階へ移行しようか」
捕虜の女の子が食事を終えてウトウトしている所で、突然ロッカーの中からサンタクロース並みに白ひげを生やした白衣のおっさんが静かに出てきた。
「いつからそこに居たんですか。てか何で今出てきたんですか」
「三時間前からだよ? 助手クンが帰ってきたらびっくりさせようと思ってね」
俺の質問に淡々と答えながら白ひげのおっさん――博士は白衣を無駄に翻すと近くの椅子に座った。
――なに言ってるの?(困惑)
何で驚かせようとしてるのにスッて静かに出てくるの? それで驚くと思ってんの? 小学生? てかなんだよ満腹ハッピーパラダイスって……。
僕が心の中で毒づきながら食器を片づけている途中、常時頭がハッピーセットな老齢のおっさんが満面の笑みで凡そ齢18前後の少女に話しかけていた。完全に事案である。
「ふむ、質問云々をする前に、捕虜クンには少し休息が必要なようだ」
博士はそう言うと椅子から立ち上がり、無駄に白衣を翻してから僕から食器を奪い去って部屋の外に出た。
「彼女が寝ている間は助手クン、君が様子を見ていてくれたまえ。まぁ食事の時も暴れなかったし、恐らく大丈夫だろうが。ベッドメイキングは任せたよ」
「え、ちょ、博士っ」
「くれぐれも寝ている間の彼女に手を出すとか、そういうことをしてはいけないぞ! 君には成人指定作品の竿役にはなって欲しくないからネ!」
「何の話だよ!? ていうか、まだ詳しいこと聞かされていないんですけど――」
「睡姦シチュは夢があるけど罪悪感ヤバすぎて私は嫌いだから! それじゃあね!」
言うだけ言うと博士の目の前の自動ドアが閉まり、何故か内側から外せないロックがかかった。
「ちょっ、なに!?」
狼狽しながらドアを動かすもビクリともせず、ドアの向こうの博士は「でも密室シチュは大好きだよワハハ」とか言いながら風の様に去って行った。
「ちょっと博士ー! ほんと―――あぁ、もう……」
どれだけ声を張っても無駄、観念した僕はドアから手を離し、肩を落とした。ほんとあのクソじじい殺す……(憤怒)
そういえばと後ろを振り返ると、捕虜の女の子は自ら既にベッドの中に入って眠っていた。しかも律儀に靴も脱いでる。喋りも行動もとにかく早いなぁ、彼女。
僕は近くにあった椅子を部屋の端に移動させ、そこに座って壁に凭れ掛かった。
まったく、散々だ。秒速で宇宙に飛ばされて敵の人間を拾って戻ってきてヘトヘトなところで部屋に閉じ込められて。
まぁ良かったところと言えば、捕虜の女の子が冷静なところだろうか。単に疲弊してるだけかもしれないが、コックピットに僕が入って行った時も手を縛られる時も、彼女は別段慌てることは無かった。
なんかずっと仏頂面っていうか、マネキンみたいに顔の表情が固まっているけど、それ以外は常々普通だ。僕と話す速度が速かったのも空腹だったからだろう。
ジッと見ていたら分かったが、彼女はなかなか顔が整っている。それに初対面の、しかも敵の人間相手にいきなり食事を要求するたくましさもあるのだから、きっと母星では恋人なんかもいたのかもしれない。これから彼女の処遇をどうするかはまだ分からないが、とりあえずその人には捕虜の子は無事だよと伝えてやりたいものだ。
彼女には近寄らずに観察していると、捕虜の子がパチッと目を開けた。一体どうしたのだろうか。
ま、まさか、拘束が解かれたこの機を狙って襲いかかってきたり――
「あのとても申し訳ないんですけど、眩しいので電気を消してもらっても宜しいですか」
「……あ、はい、すいません」
――彼女に向かって少し前に同じことを言った気がする。
流石に数時間前まで餓死寸前だった女の子とえっちは気が引けました