「本当に素敵でした!」
「ねえ、レム。レムはどのあたりが良かった?」
「レムは、ジェリスさんがロゲリオさんに歌いながら、想いを伝えるところが!」
「ああ、あれね。お庭の場面ね? えーと⋯⋯『ロゲリオ、どうして貴方はロゲリオなの?』」
「そうです! そこです、エミリア様! あの場面はとっても素敵でした! やっぱりエミリア様も?」
「そこも、ものすごーく良かったけど、私はやっぱり最後! 二人がお互いを想いながら死んじゃうところ!」
「そうですね! 最後の最後でお互いに死を選ぶのは、ちょっと悲しすぎですけど、とても感動しました!」
スバル語でいうところのテイクアウトで買ってきた夕食をつつきながら、二人が、さっき観てきたばかりの歌劇の話題で盛り上がっていた。
本来ならレムが調理した夕食を食べているはずだった。だが公演を観終わった二人——特にレム——は、心ここに在らず状態になってしまい、何を話しかけてもなんとなく上の空。
そんな二人の様子を見たスバルの提案で、今日の夕食は何か買って帰ろう、ということになって、今は円卓を三人で囲んでいる真っ最中。
「ねえスバル、スバルはどこが好きだった?」
「あー、えー、そ、そうだな。リュリーレだけじゃない楽器の演奏が聞けて、良かったかな、うん」
いつもなら我先に会話に入ってくるはずのスバルが、なぜか一人、静かにしている。エミリアがそんなスバルに話を振ってはみたものの、やはり反応はいまひとつ。宿に戻ってから、少しだけ興奮がおさまっていたレムも、そんなスバルの様子が気になっていた。
「スバルくんは、この演目はあんまり好きじゃなかったんですか?」
「い、いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど⋯⋯」
王立歌劇団公演〝ロゲリオとジェリス〟。
演目からしてアレみたいだな、と思っていたが、内容がもろにソレだった。生演奏のいわゆるミュージカル仕立てで、もちろん内容に若干の違いがあるのだろうが、有名といえばあまりにも有名すぎる戯曲。まさかここでそれを観ることになるとは思ってもみなかった。それにしても、同じような話がどこの世界にもあるものだ。そこの一点だけには感心した。
だが、初見の女性陣二人は、主人公二人が死んでしまう最後のシーンで大号泣。こうして話をしているうちにそのシーンを思い出したのだろう、レムの大きな瞳がふたたびうるうるし始めていたのを、スバルは一人静かに眺めていたのだった。
「いや、この話って超有名だし⋯⋯」
「え? だってこれ、王立歌劇団の新作でしょ?」
「あ、いや、有名ってか、似たような話をどこかで聞いたことあるなって……」
スバルに言わせれば、
だったらいっそのこと、ヤクザとマフィアの子供同士が親の思惑に巻き込まれて恋人のフリをする、っていうどこかの漫画の話の方が、圧倒的に面白い。
——そういえば、あれの最後はどうなったんだろう? 連載途中でこちらに来てしまったが、彼は金髪ロングの美少女と、鍵を持っていた可愛らしい女の子、そして途中から出てきた博多弁の娘と、一体誰を選んだんだろう?
まあ、おそらくは、主人公が片想いをしていたあの鍵の彼女と、最終回あたりでひっついたのだろう。そうに違いない。両思い同士がひっつかいないなどあり得ない。いや、そうなっていて欲しいのだが——。
「す、スバルくん……?」
「スバル? どうしたの?」
「え? あ、いや……」
——やばい。つい他のことを考えちった。
「えーと、なんの話だったっけ?」
「スバルって、たまにそうなるわよね……」
スバルが話のレールに戻る前に、ボソッとそう言ったのはエミリアだ。レムもそこに合いの手を打つ。
「そ、そうですね、エミリア様。スバルくんはたまにこうなりますね」
「うっ……」
「それで、スバルはこのお話を知っていたの?」
「スバルくんはこのお話を知っていたんですか?」
いつもは双子のはずだが、今はエミリアとレムのユニゾンがスバルの両耳に入り込んだ。
「あー、ま、まあ、そうなるかな……」
女性陣二人は顔を見合わせて〝へええ〟という表情を浮かべた。
「だったら、私とレムは今日はとてもいい日だったわ」
「ん? なんで?」
「だってそうでしょう? 初めて観る歌劇が『ロゲリオとジェリス』っていう素敵なお話で、もともとお話を知っていたスバルよりもずっと感動できたもの!」
実にエミリアらしい前向きな発想。
「それはそうですね、エミリア様。レムはもう一度観たいと思いました!」
「もう一度……そうね……」
エミリアはフォークをそっと皿に置くと、期待に満ちた眼差しでスバルを見つめた。
「ねえスバル、王都にいる間にもう一度観られないかしら?」
「えっ?」
ちょっとだけおねだりするような表情のエミリア。その紫紺の瞳でじっと見つめられると、ドギマギしてしまうのは、世の男性としては仕方のないところ、のはず。
「あ……い、いや……、ろ、ロズっちが席を押さえるのに苦労したようなこと言ってたし、ちょっと厳しいんじゃないか?」
「そうよね……。ちょっと残念」
「ま、まあ、でも、ちょ、ちょっと調べてみるよ。もしかしたら空いている席があるかもしれないし……」
「わぁ! 素敵! レムもまた観たいでしょう?」
「そうですね、エミリア様。もし鑑賞券が手に入るようでしたら是非行きましょう!」
つい安請け合いをしてしまったスバルにレムのフォローが入る。おそらくレムが一番観たいと思っているのに違いないのに……。これ以上この話題を引っ張るのはよろしくない気がする。ここでスバルの得意技、強引に話題を変える作戦発動。
「そ、そういえば、エミリアたんは明日、王立図書館で勉強、なんだよな?」
「——うん。この間は思いのほか長くいられたからじっくりお勉強ができたけど、今回の滞在は短いから、集中しないと」
エミリアの何気ない言葉に、スバルとレムは思わず顔を見合わせた。
彼女の言う〝この間〟。
その時ロズワール邸で一体何があったのか。エミリアは全く知らないし、その後も二人の関係に変化があったのも気づいていないはずだ。もちろんスバルもレムも、少なくともラム以外の前ではその素振りすら見せていなかったので、当然といえば当然だ。それにプラスして、それはエミリア自身の性格にも大いに関係することだった。
「うーん……。でもさ、一日中図書館で過ごすって言うのも、またなんとも味気ないと言うかなんと言うか……」
「今日の夜の歌劇もそうだけど、ちゃんとお勉強しないと、立派な大人になれないんだから。特に私は王選へ向けてのお勉強に王都に来たんだし、一生懸命頑張ろうと思うの」
「そう考えると、今回はまさに出張って感じだな……」
「二人はどうするの?」
「俺は、ラムに頼まれていた買い物と、あとはそうだな……ちょっと見物がてら、王都で社会勉強、かな?」
「レムはエミリア様を王立図書館にお連れしたあと、スバルくんのお買い物のお手伝いをしようかと」
「そうなのね。じゃあ、朝食と夕食は一緒に摂りましょう。お昼は……」
「エミリア様、レムが
「うん。ありがとう、レム。 ——そう、携行食といえば、このお料理も美味しいわね」
「そうですね……えっと、ていくあうと、ですか? そんなことが出来るとは、レムは知りませんでした。さすがスバルくんです!」
「あ、そ、そう? いや、普段からそんなことをしてるのかどうか知らねーけど、まあ、そんなのもありかな、ってさ」
「こうして色々なお店の食事を比較しながらいただけて、レムも色々勉強になります」
「そうね、ゆっくりお夕飯が食べられるのって、嬉しいわ」
食べてみたい、入ってみたい料理亭を一軒ずつ回って買い集めた、色とりどりの惣菜。スバルお得意の交渉術で、普段は行なわれていない〝おもちかえり〟として、それぞれ包んでもらったものが、テーブルに広げられていた。
スバルはその中の肉料理を、一つ口に運びながら、
「ところでさ、エミリアたん。どう? 歌の方は何か参考になった?」
「そ、そうね……、みんなとっても上手だったし、ちょっとは私も上手くなれた……かも?」
エミリアはフォークをテーブルに置いてから、一旦言葉を切った。そして、スバルとレムの顔を伺いながら、恐る恐るこう言った。
「ちょ、ちょっとだけ歌ってみる?」
その言葉を受けて、二人に緊張が走る。が、本人のやる気に水を刺してはいけない。そもそも今回の出張の目的の一つがこれだったのだ。
「よ、よーし、どんとこい!」
スバルが自分の胸を拳で打った、ちょうどその時だった。
「ひやぁぁぁっ!」
突然、叫び声が上がった。
「な! どうしたんだ⁉」
「大丈夫?」
スバルとエミリアが同時に声の方に顔を向けた。その声の持ち主は、顔を真っ赤にしたまま両手で口を押さえている。
「あ……い、いえ……な、なんでもありません……んんっ……」
今度は両手でお腹を抑えるようにして、前屈みになる。青髪を深く垂れて、うううっと唸りながら丸まっているその姿は、〝アッピ〟の痛みを堪えているあの時の自分を思い出させた。
「れ、レム! 大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。なんでも……あ、ありません……から……」
「なんでもないって、お前……」
レムは赤い顔をしたまま体を起こして、フーッと大きく深呼吸をひとつ。そのあと、ぶるっと震える体を制するように自分の頬を軽く叩いて、息を整えた。
「お、驚かせてしまって、申し訳ありません」
「なんだよ、Gでも出たのか?」
「スバル、その〝じい〟ってなあに?」
「う……その言い方……あ、いや、俺が悪い。うん俺が悪かった」
エミリアは、一体なんのこと? と言った顔ですばるを見つめている。
「あ、あれだ。台所とかに出る黒い嫌な虫が出たのかと思って——」
「黒い虫?」
「え? 見たことない? すばしっこいやつ」
そこまで言ってふと気がついた。そう言えばロズワール邸ではアレを見かけたことがない。寒冷地はともかく、この世の中のどの場所でもいると思っていたのだが。もしかしたらこの世界には存在しないのか、もしくは何かの魔法か、例の結界のおかげなのか——。
「まあ、もし見かけても俺が叩き殺して——」
「もう! たとえ嫌われてる虫だって一生懸命生きてるんだから、そんな叩いて殺しちゃダメじゃない!」
「い、いや、流石にゴキはいいんじゃないかと……」
そんな二人のやり取りをよそに、レムは胸に手を当てたまま、何かに集中するようにゆっくりと呼吸していた。
「んで、レム、大丈夫か?」
「はい。もう大丈夫です。申し訳ありません、エミリア様。ごめんなさい、すばるくん」
「あ、いやいいんだ。大丈夫なら」
「うん。気にしないで、レム」
「ゾッダ虫……」
「ん?」
「い、いえ、その……ゾッダ虫が出たような気がしたので……」
「え? たいへん!」
「あ、いえ、レムの見間違えだったようです。お騒がせして申し訳ありません、エミリア様」
「それってやっぱりやし——」
「お屋敷にはそんなのは出ませんよ、スバルくん!」
スバルの発言はレムによってピシャリと否定された。
「あ、そう?」
「もちろんです! 姉様とレムの目の黒いうちは、そんな虫一匹たりとも!」
「いや、赤と青だけどね……」
幸か不幸か、三人の頭の中からはエミリアの歌唱力チェックのことはすっかりと消え去っていた。
※ 知っている人は知っているような、そんな古いネタがちょいちょい出ております……。