※この作品はR-18です。

紫紺の夢   作:Kuro Maru

20 / 104
青の章・序章 〜 青の章・1

   青の章・序章

 

 それは突然やってきた。姉と屋敷の客人が、見知らぬ旅人をこの屋敷に連れ込んだのだ。大きなケガを負ったその男は、客人——主人が後ろ楯となり、王選候補となった銀髪の少女——と行動を共にする小さな精霊と、屋敷の司書との力で、一命をとりとめた。

 

 怪我の回復まで、全ての世話を任された姉と自分だったが、その素性のわからない男から、ただならぬ、ある臭いが漂っていることに気づいていた。

 魔女の残り香——そして、それを纏う者たち。それは自分たちの故郷を焼き、たった一人の姉の未来を奪った元凶。それが再び目の前に現れた。

 

 誰一人気づかなくても、自分だけはその臭いに気づく。この素性の知れない男の狙いは一体なんなのか。他の誰かを騙せても、自分は決して騙されない。他の誰かが許しても、自分だけは決して許さない——

 

 

 ——はずだった。

 

 

「笑いながら肩組んで、明日って未来の話をしよう。俺、鬼と笑いながら未来の話すんの、夢だったんだ!」

 

 

 

----------

 

 

 

   青の章・1

 

「おはようございます! スバルくん! 今日も素敵ですね!」

 

「おはよう、レム。朝からご機嫌だな。何かいいことでもあったのか?」

 

「レムはスバルくんのその顔を見るだけで、毎日幸せです!」

 

「い、いや、あの、あんまりストレートに言われると、めちゃ照れるんで、やめてくんない?」

 

「そういうスバルくんも、可愛い……」

 

 自分より頭一つほど背の高いスバルを見上げながら、レムは愛おしそうにそう言った。

 

 あの事件から何日かが過ぎた。今では姉の次に、いや、もしかしたら世界で一番信頼し、信用し、そして素直になれる、唯一の存在。

 深い深い霧の中で、出口もわからず泣くこともままならず、たった一人でさまよっていたちっぽけな自分の手を取り、命をかけて自分を明るい世界に連れ出してくれた、大好きな大好きな男の子——ナツキスバル。

 

「スバルくん、昨日の夜は……」

 

「昨日の夜? ああ、もちろんお勉強タイムだ! イ文字はほぼ読めるようになったから、ロ文字の勉強を……でも、途中で寝ちまってた」

 

「レムは、スバルくんにお夜食を持って行ったんですよ! それなのに……」

 

「え? そうなの? わりいわりい! そっか、夜食かぁ……それは残念なことをしたな」

 

「す、スバルくん……あの、今晩のお勉強の時に、レムの特製お夜食はいかがですか?」

 

「今晩かぁ。そうだなぁ。ここんとこ我ながら感張りすぎだから、今日は早く寝て明日に備えるかな! って、まだ今日始まったばっかだけど!」

 

「そ、そうですか……」

 

「なに! なに? 何泣きそうな顔になってんの? レムさん?」

 

「い、いえ……なんでもありません! そ、それよりそろそろレムは朝食の支度が……」

 

「あ、ああ、そっか。そうだな。じゃ、俺はエミリアたんのあの美しいお顔を見てこようかしらん! じゃ、また後でな!」

 

 鼻歌を歌いながらスバルが歩いてゆく。レムはその後ろ姿を見つめながら、

 

「んー、困りました。消費期限があるというのに……」

 

 そう呟いて、メイド服のポケットに入っているものに手を触れた。

 

 

 

 厨房へ行くと、すでにラムが朝食の準備をしていた。ラムを起こして、着替えとヘアメイクをするのも、レムの日課だった。今日も姉様は綺麗だ——自分と瓜二つのその顔を見て、レムは満足そうに頷いた。

 

「レム、今日の朝食なんだけど……」

 

「はい、姉様。今日は——」

 

 テキパキと準備を進める二人。四人分と自分たち二人分の支度が整うと

 

「姉様、スバルくんの分はこれですか?」

 

「一番適当なのがバルスの分よ。その端のトレーのが、そう」

 

「ね、姉様、ちょっとスープの味が薄いかもしれません。味付けを確認してもらえますか?」

 

「スープの味? わかったわ、レム」

 

 ラムが鍋のスープの味を確かめている隙きに、レムは、ポケットからこっそり、ペッパの粒のようなものを数粒取り出した。それを手早く砕くと、ぱらぱらとスバルのスープに振りかける。

 

「レム、いつも通りの味よ。このままでいいんじゃない?」

 

「そ、そうですか。では運びましょう」

 

 そう言ってワゴンに食事を乗せ始めるレムを、ラムはじっと見つめていた。その視線にレムは全く気づいていなかった。

 

 そして事件は起こった。

 

 朝食を食べ終わって、みんなでお茶を飲んでいるタイミングで、スバルが、

 

「あ? あれ、なんかおかしい。ゾクゾクする……。う……い、いて……腹、腹が! いてててて!」

 

 そう言って腹を抱えると、テーブルに突っ伏したのだ。騒然となる食堂。

 

「す、スバル? 大丈夫? どうしたの? お腹が痛いの?」 

 

 そう言って席を立ったのは、エミリア。

 

「んー? どぉーしちゃったのかぁーな?」

 

 お茶を飲みながら、軽く笑みを浮かべている当主ローズワール。

 

「何か、悪いものでも食べたのかしら?」

 

 澄まし顔のベアトリス。

 

「……」

 

 何か思うところがあるのか、じっとスバルを見ているラム。

 

「す、スバルくん?」

 

 真っ青な顔の、レム。

 

「スバルくん! スバルくん!」

 

 レムは泣きそうな顔でスバルに駆け寄ると、スバルを床に寝かせて、

 

「だ、大丈夫ですか? なにが、ど、どうして……」

 

 そこまで言ってから、ふと何かに気づいたのか、さらに青くなった。

 

「ど、どうしましょう! どうしましょう!」

 

「大丈夫。ただのアッピ病じゃないかな?」

 

 いつの間にか、レムの横に灰色の小さな猫が浮いていた。エミリアと契約を交わしている精霊パックだ。こんななりでも一応は大精霊。この屋敷で一番の力を持っている。

 

「前にも見たことあるよ。内臓が炎症を起こしているんだよ。なぁに、どこの家にでもある薬ですぐ治るから心配、ない」

 

 パックの落ち着いてのんびりした口調に、

 

「薬! ど、どのお薬を?」

 

 さっと立ち上がり、パックの指示を仰ぐ、レム。脱兎のごとく、いや、鬼のダッシュで薬を取りに行って、あっという間に食堂に戻ってくる。

 

「こ、これですね! お、お水は……」

 

 スバルを抱き起こし、半ば無理やり口の中に薬を放り込んで、水と一緒に飲み込ませるレム。気を失ったようにぐったりしたままのスバルを抱きかかえて、

 

「と、とりあえずスバルくんのお部屋に……」

 

「がはっ!」

 

 その直後、スバル口から鮮血が迸った。

 

「す、スバルくん!」

 

「スバル? どうしたの? スバル!」

 

 慌てふためく二人に、そっとその眼を細めるロズワール。その口が何かを言いかけて……。

 

「リア、スバルを凍らせるんだ!」

 

「えっ? わ、わかった!」

 

 エミリアが眼を閉じなにかを唱える。部屋中の空気が一変する。さっと手をスバルに向けて振りかざすと、瞬時にスバルの体が凍りついた。

 

「す、スバルくん! エミリア様! これは……」

 

「大丈夫。一時的にスバルの生命活動を止めただけだから。そ、それよりもパック、これはどういうことなの? アッピとかっていう病気じゃないの?」

 

「うーん、どうしちゃったのかな?」

 

「もしかしたーら、ちょおーっとだけ、薬が古かったのかぁーなーぁ?」

 

 レムの横に転がっている薬の瓶を手にとって、ラベルを見ながらロズワールが言葉を発する。

 

「エミリア様、彼の症状はこの私が治しましょう。なぁに、食べ合わせが悪くて、体がすこぉーし崩壊しかかっただけですよ。しばらくの間は動けないでしょうが、体力が回復すれば、何も問題ありません」

 

「あとは、ベアトリス、あとで調合表を渡すから、彼に薬を調合してあげてくれたまえ」

 

「なんでベティーが、これのために何かをしなきゃならないのかしら!」

 

「ベティ、僕からもお願いするよ」

 

「う……にーちゃの頼みなら、聞かないわけにはいかないのよ。し、仕方がないかしら。ロズワール、さっさとそのレシピとやらを渡すかしら」

 

「そういうことだ、レム。彼を部屋に運んでくれ給え。その後速やかに治療をしようじゃないか」

 

「わ、わかりました!」

 

 半冷凍状態(パーシャル)のスバルを抱きかかえ、慌てて食堂を後にする、レム。その後をエミリアが追う。

 

「申し訳ありません、ロズワール様。バルスがお手を煩わせてしまって……」

 

 深々と頭を下げるラムに、ロズワールは、

 

「いやぁ、なかなかどうして。これはこれで、面白いんじゃないのかな」

 

 そう言うと、ラムの手に薬の瓶を渡して、ウインクをした。手渡されたその瓶のラベルを見た彼女は、ハッと息を飲むと、再度深くロズワールに頭を下げた。

 




 黒丸です。第二部「青の章」スタートします。このタイミングで、タイトルを当初考えていたものに戻しました。

 「ダーク〜」にしていた理由はいくつかあるのですが、銀髪の少女の瞳の色が「紫紺」という表現だったこと、「胡蝶の夢」というEXがあったことを書き始めた後から知って、あまり深く考えずに「ダーク〜」に。ですが、どうもしっくり来ず、書き始めた時につけていた「紫紺の夢」に改題させていただきました。すみません。

 引き続き「紫紺の夢」どうぞよろしくお願いします。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。