翌日、屋敷の用事を手早く済ませたレムは、取るものもとりあえずスバルの部屋に足を運んだ。涙で濡れた寝具は、昨夜のうちに綺麗なものと取り替えてあった。部屋に入ると、スバルが目を開け、頭を回してレムの方を向いた。
「お、おはよう、レム……」
その声を確認して、部屋のカーテンを開け、窓を開く。
「スバルくん、今日はいい天気ですよ!」
目が覚めたばかりのスバルに、レムは嬉しそうに声をかけた。
開け放った窓から、まばゆい日差しと気持ちのいい風が部屋の中に入っていた。空が青い。風に流れてゆく雲が白い。鳥のさえずりが聞こえる。
「ずいぶん顔色も良くなりましたね。あ、でも、体が動かせるようになるまで、まだもう少しかかるそうなので、無理をしないでくださいね!」
朝、ベアトリスに新しい薬を受け取った。その時に聞いた話だと、少しずつ薬の成分を変えて、スバルの回復を促しているらしい。
「思ったより大丈夫そうね、バルス」
ラムが、洗い立てのシーツやら何やらを持って、スバルの部屋に入ってくる。
「これもラムとレムの献身的な看病のおかげだわ。感謝しなさい、バルス」
「や、やあ。元気というか、なんというか。ねえさまはどうよ?」
レムの双子の姉、ラム。スバルとラムは一見すると酷い言葉の応酬をしているが、その実、仲は悪くない、と、レムは感じていた。
「ラムは何も変わらないわ。それよりも今、何か邪なことを考えていなかったかしら? いやらしい」
「そ、そ、そんなことあるかー!」
「言い澱むところが怪しいわね」
いつもの言い合いが始まった。
——この様子なら、ベアトリス様が言ってた通り、スバルくんの回復もそう遠くないですね。それにしても邪なことって……なんでしょう?
「ま、なにを考えていたのかは、わからないけれど、一刻も早く働けるようになりなさい、バルス。仕事は溜まっているのよ、バルス」
「バルス、バルスって、そんなに滅んで欲しいのかよ!」
「……あなたが倒れた時、それに近い状態だったのよ」
「へ? 滅びに近い?」
「そうよ。いきなり倒れたかと思ったら、そのまま意識は不明。ロズワール様とベアトリス様がいなければ、そのまま地獄行きだったわ。ま、バルスが地獄へ行きたいのは勝手だし、それはそれで構わないけど。とにかく、今こうやって話をしているのが不思議なくらいだわ」
「げ、マジかよ……なんでそんなことに……いや、まてまて、地獄って……」
「そうね、ほんと残念だわ」
全くの事実に、赤面するレム。
「おいおい、そんな悲しいこと言うなよ! 俺とラムの仲じゃないか!」
「そんな仲、今までもこれからも、どこにもないわ、バルス」
「くぅぅー。辛辣すぎてぐうの音もでねぇ!」
「ね、姉様……そ、そのくらいで……」
——そのくらいで、レムを許してください……。
「忘れていたわ、レム。今日はいい天気だし、やることをやってしまわなくてはダメね。さあ、取り掛かるわよ」
ラムはそう言うと、スバルにかかっていた布を全て一気に取り去った。
傷だらけの体が丸見えになった。腰の周りにはオムツがわりの布が、巻かれているだけだ。
「うぁぁぁぁぁぁ! ちょ、ちょっと待った! まったぁぁぁぁぁ!」
いきなり大きな声が上がった。
「なんだこれ! なんだこれ! こ、こ、この……!」
「何を今更叫んでいるの? この数日でバルスの裸は見飽きたわ」
「ええええええええええええっ! そんなばかなぁぁぁぁぁ!」
「恥ずかしがることはないわ、バルス。これもラムとレムの仕事ですもの。そもそも、最初にこの屋敷に運ばれてきたときにも、全員に見られているわ」
ラムが、あくまでも冷静に、冷たく言い放つ。
「それに、さっさとオムツを替えてしまわないと、いい加減、臭くなるわよ」
そう言って、布に手を伸ばすラム。もうすでに、それほど汚れはひどくないのだが、ラムの言葉に、
「くぁwせdrftgyふじこlpぃぃぃぃぃっ!」
スバルが意味不明の言葉を口にする。
——スバルくんがたまに口にする、意味のわからないスバルくん語録の一つなのでしょうか?
そう思いながら、優しくフォローするレム。
「仕方がないですよ、スバルくん。レムは気にしてませんよ。姉様もあんな風に言ってるけど、スバルくんのお世話をするのは嫌じゃないんです」
スバルは真っ赤な顔をして、
「ち、ちょっと、お、お伺いしても、よ、よ、よろしいでしょうか? も、もしかして意識のない間、ずっと、そ、その……」
「はい! 姉様とレムとで、いつも清潔にしてましたよ!」
「くぅぅぅぅぅぅぅ」
泣きそうになっているスバルを完全に無視して、腰の布にラムが手をかける。
「いや、まってまってまってまって!」
「バルス、うるさい。少しは静かにできないの?」
「あの……少しの間、目を瞑っていてくださいね。スバルくん。目があうと、レムもちょっと、あの、は、恥ずかしいです」
スバルの体の下に手を差し込みながらレムが声をかけた。
「大丈夫よ、バルス。もう大きいのは出ていないわ」
「……! くぅぅぅぅぅ……」
スバルの動かない体を、細い腕で起こし、その間にラムがシーツをまとめる。
——もうそれほど汚れもない。よかった!
「体を拭きますね」
目が覚めているスバルに、一応断りを入れて、タオルで綺麗に拭いてゆく。髪、顔、首。胸からお腹へおり、さらに下腹に降りてゆく、二人の手。
「待った! 待った! 待った! マッタァァァァ! もう十分だ! 十分だからこれで終わりにしてくれぇぇぇ!」
「何を言っているの、バルス。黙って綺麗にされなさい」
「そうですよ、スバルくん。もう少しですっかり綺麗になりますよ」
「そうじゃない! わざとだろ! 絶対わざとやってるだろう! これ以上の辱めはかんべんしてくれぇぇぇっ!」
決してわざとではないのだが、その反応がちょっと可愛い。
「レム、バルスの足を開いてそちら側に曲げてちょうだい」
「姉様も、そっちの足を」
「レム、ラムは下を綺麗にするわ。レムはバルスの……」
「わかりました、姉様。レムはスバルくんの……」
スバルの恥ずかしがる表情が新鮮で、でも、恥ずかしいのはレムも一緒で。スバルのものに手を触れてタオルをあてがうと、カーッと顔が熱くなる。となりでは、やはりレムが少しだけ顔を赤らめて、でも丁寧にスバルの体を拭いていた。
「うううううううう」
半泣きのスバルの声が聞こえる。と、
「ん?」
何かに気づいたのか、ホッとした顔になるスバル。そして体の力がすっと抜けた。
「やっと力が抜けましたね。そのまま楽にしていてください。もう少しで終わりますから」
「そんなに体に力が入るのだから、もういい加減ベッドから出て仕事が出来るんじゃないの?」
ラムもスバルに声をかける。
「起きて仕事ができんなら、二人にこんな恥ずかしいことはしてもらわねェよ!」
——姉様とこれだけやりとりできれば、もう大丈夫だいじょうぶですね!
「いわゆる恥辱の限りを受けた感じだけど、でも、あ、あの、ありが……」
「そうね、これは貸しにしておくわ。今度もしラムが倒れた時は、同じようにしてもらおうかしら」
「へ? あ、いや、そ、そ、それは、あの、そんなことは……」
——真面目に焦るスバルくん、やっぱり可愛い……。
「何を真剣に考えているの、いやらしい。そんなことがあるわけないじゃない。ほんと下劣ね、バルスは」
「で、ですよねぇ」
「じゃ、ラムは洗い物をしてくるわ。あとのことはレムに任せるわ」
汚れ物を手早くまとめると、ベッドの脇からドアに向かう、ラム。
「はい、姉様。あとはレムが全部」
「何かあったら呼んでちょうだい」
ドアに手をかけて、スバルの方に振り向くと、
「そもそも普段の行いがよくないから、こういう目にあうというものよ」
そして、ちょっと考えるような表情で、
「ま、今回の責任はレムと、レムの姉であるラムにもすこしだけあるわ。ほとんど無いも同然といってもいいくらいだけど。動けるようになるまで、きっちりと面倒は見させてもらうわ。だからといって、ラムの可愛い妹に何かしたら許さないわよ」
パタンとドアが閉まる。
「この状態じゃ、したくても何もできねぇよ!」
「ス、スバルくん? あ、あの、何かしたいですか?」
特に深い意味はなく口に出すレム。
「え? あ、いや、そ、そういう意味じゃない! そういう意味じゃないって!」
「レムはスバルくんになら、何をされても構いませんよ!」
これは、割と本気だ。
「体が動かないからって、健全な男子に、そんなこと言うなよ! それよりも責任がどうのって、なんの話だ?」
——健全な男の子! そ、そうですよね……。
「……ごめんなさい。あ、あの、その……」
「んん? ま、いっか。わけ分かんねぇけど。とりあえずは動けるようになるのが先だな。それまで……」
「も、もちろんです! レムの命に代えてもお世話します!」
「そんな大げさなことじゃねぇよ。あんまり張り切られると、ちょっと怖いし……。今はお前たち姉妹の顔見ながらおとなしく寝ておくとするよ」
「はい!」
レムは可愛らしく微笑むと、サイドテーブルから薬のボトルを持ち上げ、中の液体をグラスに注いだ。
「じゃ、お薬を……」
「お、おう」
「あ、あの、スバルくん。そんな目で見つめられると、れ、レムもちょっと……」
「ご、ごめん……」
スバルは顔を赤くしたまま、目を閉じた。レムはスバルの両頬をその手で包むと、そっと口を近づけた。スバルの口が少し開き、その隙間から薬を流し込む。喉が動き、スバルの口から液体が少しずつなくなっていく。
——もう、離れないと……。
そう頭ではわかっていても、体が言うことを聞いてくれない。もう少しだけ、このままで。そう思った時、スバルの口が少しだけ開いた。その瞬間、レムは反射的にその柔らかなスバルの口に舌を入れてしまった。
——あ! どうしましょう! で、でも……、こんな機会はもしかしたらもう……。
スバルが驚いて目を見開いたのがわかる。レムの舌先がスバルの舌に触れると、スバルの口がさらに大きく開いた。
——スバルくん! スバルくん!
スバルの暖かな舌を、自分の舌で絡め取るように動かす。スバルの感触が舌先から伝わり、なんとも言えない気持ち良さが、体全体を包み込んだ。
長くて短い時間が過ぎて、
「あぁ……」
二人の唇が離れると、レムはため息をついた。
スバルがレムを見つめる。その目がゆっくりと閉じられていく。そしてそのままスバルは眠りついた。
「レムがスバルくんにしてあげられることなら、なんでもします。……大好きです」
それはレムの心からの言葉だった。