冷静になって考えると、昨夜はかなり恥ずかしいことをしてしまった。
——スバルくんにどんな顔を見せたらいいのでしょうか? はしたない子って思われてたらどうしましょう……もしかして、嫌われちゃってたら……ううん、それはないはずですよね、きっと。そうだといいんですけど……。それに、もしかして、もしかして、もう大きくなっていたら、最初に出してあげたほうがいいのでしょうか……でも、朝から?
翌朝、スバルの部屋の前まで朝食のワゴンを押しながら、そんなことをぐるぐると考えていると、
「何をそんなに思い詰めているのかしら?」
声がした。
ぎくりとして振り返ると、ベアトリスが澄ました顔をして、レムを見上げていた。
「お、おはようございます。ベアトリス様」
「おはようなのよ。妹の方は調子はどうかしら? 昨日の薬はかなり役に立ったはずなのよ。進展はあったのかしら?」
「し、進展……ですか? あ、あの、その、い、いったい何を」
「やれやれ、なのよ。ベティの薬がイマイチってことかしら?」
そう言って、小さな手に持っていた薬瓶をレムに手渡した。
「今日はこれを飲ませるといいのよ。朝食の前に飲ませるのが一番いいかしら。ただし、効き目がちょっと強いから、口移しはしない方がいいのよ。わかったかしら? さて、ベティはちょっとあれと話があるかしら」
先にスバルの部屋に消えるベアトリス。たった今手渡された薬の瓶に目をやりながら、ベアトリスの言っていた言葉を思い返す。
——薬が役に立つ? 進展……進展って一体……。
短い会話を終え、あっという間にベアトリスが出てきた。澄ました顔のベアトリスと目が合うと、さっきのやりとりを思い出して、顔が赤くなる。
「本当にめんどくさい連中なのよ。ロズワールも、一体何を考えているのかしら。本当は自分たちでなんとかするのが普通かしら」
どこか、優しさを感じる口調でそう独り言を言って、隣の部屋に入って行く。おそらくもうベアトリスは禁書庫の中だろう。レムはワゴンを押しながら部屋に入った。
スバルの顔を見ると、昨日のことを思い出して、顔が赤くなる。
「お、おはようございます。スバルくん。気分はどうですか?」
「お、おはよう。いいよ、うん。気分はいい、すごくいいよ」
目と目が合う。
「あ、あの昨日は……」
「あの……昨日の……」
言葉が重なった。
——こ、こんな時、どう話したら、何を話したらいいんでしょう……。
ふと、窓が開いて、爽やかな風が部屋に入り込んでいるのに気づいた。
「ま、窓は誰が開けたんですか? ベアトリス様が?」
「そう……そう。ベア子が開けてったよ。く、薬の話もしてったっけ。新しい薬がどうのって」
「そ、そうですか……」
やっぱりスバルの顔をまともにみられない。レムはスバルに背を向けて、新しく調合された薬をグラスに注いだ。
「スバルくん、朝ごはんにしましょう。その前にこのお薬を飲ませなさい、って……」
「あぁ、薬、薬、ね。わかった、うん」
「あ、あの今日は、グラスで……」
——効き目が強い……強いって……。
「ベアトリス様が……」
そう言って、スバルの口元に、薬の入ったグラスを寄せた。スバルの顔を見ると、どうしても昨日のことを思い出してしまう。つい、あの部分を頭に浮かべてしまう。グラスを持った手が震えて、顔が赤くなっていく。
「お、ああ、うん。うんそのままで」
自分の動揺を隠したくて、
「スバルくん、朝食にしましょう。何から食べますか?」
ワゴンに向かう、レム。
と、
「あ、あれ? お、おい、レム……」
その声に振り返ったレムの目に入り込んできたのは、タオルケットを剥ぎ取り、半身を起こして、手をまじまじと見つめているスバルの姿だった。
「す、スバルくん! スバルくん!」
そう叫びながら、レムはベッドに飛び込んで、スバルに抱きついた。
「どわっ! お、おい、ちょ、落ち着けって!」
そのスバルの言葉も耳に入らず、無意識に、自分の胸にスバルを抱え込んで、
「スバルくん! スバルくん! スバルくん!」
繰り返しスバルの名前を呼んだ。
「く、苦しいっ!」
「い、いぎが、でぎない……」
その言葉で我に返るレム。パッとスバルの頭を抱えていた手を離す。
「うううう。死ぬかと思った……」
「ご、ごめんなさいっ」
スバルの驚いた顔が、自分の胸の前にあった。思わず涙がこみ上げた。
昨日まで、いや、さっきまで体を動かせなかった、手も自由に動かせなかったスバルが、ようやく——。
「もう一度、確かめてください。もう一度腕を、手を動かしてみてください」
スバルはレムの顔の前に両手をかざすと、見せつけるかのように、その手で握って開いてを繰り返した。
「ほれ」
レムは自然にスバルの手をとって、その指に自分の指を絡めた。暖かく包み込むようなスバルの手。
「ああ、スバルくん!」
その手を自分の後ろに回して、
「スバルくん、レムのことをぎゅっとしてください!」
「ぎゅっと、って……」
「ぎゅっとです!」
——ぎゅっと抱きしめて! レムを抱きしめてください! スバルくん!
「わ、わかった。わかったよ、レム」
おずおずと、そして力を入れて、スバルがレムの背中を抱きしめた。レムはそのまま、スバルの口に自分の口をあてがう。
「むむむぅっ」
——やっと、やっと!
涙が溢れる。唇を離してスバルの顔を覗く。驚いている顔のスバル。そんなスバルが愛おしくて、嬉しくて。今度はその頭を抱きかかえて、自分の胸元に引き寄せた。スバルの髪が、自分の頬をくすぐる。その髪も、自分が綺麗に世話をしているのに、やっぱりスバルの匂いがする。
——スバルくん! スバルくん! レムは、レムは……。
そう思った瞬間、突然、下半身に痺れるような甘い感覚が走り、
「ひやっ!」
驚いたレムは、背中をのけぞらせ、腰を浮かせた。体の力が抜けてゆく。そのままスバルに頭を預ける。スバルもまた、レムを抱きかかえるように、そのままベッドに倒れこんだ。レムを抱いているスバルの腕に力が入る。レムにスバルの荒い息遣いが聞こえてくる。
そして——。
再び、新たな甘い刺激を感じて、体をビクつかせると、一体何が自分に起こっているのか、状況をようやく理解した。
スバルの固くなったものが、自分を直撃していた。最初に抱きついた瞬間からその体勢だったのだ。全く意識していなかった。そして今は、男の人の、いや、大好きな男の子のそれが、自分のその部分に触れて、甘美な刺激を与えている。まるで……まるで自分の中に入りたいと言葉にしているように……。そしてレム自身もそれを……。
そのことにようやく気づいて、レムの顔がカーッと熱くなった。スバルの目が気になる。
——お願いだから、気づかないで!
恐る恐る見上げると、スバルもまた、顔を赤くして、困ったような嬉しいような表情をしている。
もうどうしていいのかわからず、お互いに見つめ合う。
——もう、レムは……レムは、自分に正直になってもいいですか? スバルくん……。
レムはゆっくりと顔を近づけて、自分の唇をスバルの唇に重ねた。今度は本物の、恋人同士がするような、キスになった。