「スバルくんが! スバルくんが!」
「レム、レム。落ち着いて」
青い顔をして叫ぶレムに、ラムが手を伸ばした。パックの指示で、エミリアがスバルの体を半冷凍状態にする。レムはラムの手を振り解くと、一心不乱に、凍ったスバルに駆け寄った。
「エミリア様! これは……」
「大丈夫。一時的にスバルの生命活動を止めただけだから。それよりも——」
ロズワールが薬の瓶を拾い上げるのが、ラムの目の端に映った。
「もしかしたーら、ちょおーっとだけ、薬が古かったのかぁーなーぁ?」
誰に語るでもなくそう呟いた。
「エミリア様、彼の症状はこの私が治しましょう。なぁに、食べ合わせが悪くて、体がすこぉーし崩壊しかかっただけですよ。しばらくの間は動けないでしょうが、体力が回復すれば、何も問題ありません」
続けて、
「あとは、ベアトリス、あとで調合表を渡すから、彼に薬を調合してあげてくれたまえ」
ベアトリスとパックのやりとりを確認する、ロズワール。最後に、
「そういうことだ、レム。彼を部屋に運んでくれ給え。その後速やかに治療をしようじゃないか」
レムに指示を出す。
「わ、わかりました!」
取るものもとりあえず、レムはスバルを抱えて食堂から出て行った。
「申し訳ありません、ロズワール様。バルスがお手を煩わせてしまって……」
同僚のミスは同僚のミス。ロズワールに深く頭を下げて、レムの後を追おうとしたラムに、
「いやぁ、なかなかどうして。これはこれで、面白いんじゃないのかな」
と、ロズワールはウインクして、さっきレムが飲ませた薬の瓶をラムに手渡した。そのラベルを見て、ハッとするラム。さっき厨房で、レムがペッパのようなものを使っていた。それもスバルの分にだけ。
——ああ、なんてこと!
ラムは再びロズワールに頭を下げると、急いでレムの後を追った。
大きな客間に連れ込まれたスバルは、半冷凍のままベッドに寝かされていた。その体の下に、たくさんのタオルやら何やらが敷かれている。
「では、エミリア様。私の合図で、彼の状態を解錠していただきたい」
「わ、わかったわ!」
「では、三、二、一」
合図とともに、エミリアが手をかざす。途端に、やや緑がかった霜が、スバルの体からさっと溶け去ってゆく。と、かはっ! と再び血反吐を吐くスバル。
「スバルくん!」
レムが叫び、駆け寄ろうとした。ロズワールはそれを片手で制すと、その両方の手のひらを上にかざして、力を集中させる。次の瞬間、光がスバルを包み込んだ。
「す、スバル……」
光が収束し、血だらけのスバルがその姿を現した。
「さーあて、多少イレギュラーなことがあったにせよ、とりあえず彼の体の状態はもう問題ないでしょう。あとはこの血だらけの状態を綺麗にして、お終いってことでいいんじゃーあ、ないのかな」
「は、はい。 ロズワール様。レムがすぐに!」
「待ちたまえ、レム。症状が止まったとはいえ、一週間ほどは意識が戻らないだろうから、その間の世話も頼んでもいいかね。そうそう。それまでは色々垂れ流しになるだろうから——」
「もちろんです! ロズワール様! レムが命に代えましても!」
まるで誰にも触らせないとでも言うように、レムは献身的にスバルの世話をした。スバルがこうなったのは自分の責任だということも、きちんと自覚しているのだろう。ただ、何か引っかかるものがあった。それを最初に感じたのは、ロズワールがエミリアへ言った一言だった。
「レム! 私も何か手伝うわ!」
そういうエミリアに、ロズワールがすかさず、
「いえいえ、それには及びません。彼の面倒はレムとラムに任せて……エミリア様は他にやらなければいけないことが山ほどおありでしょう。そうそう、明日からの王都への御準備もお忘れなく」
そう言った。これはラムも初耳だった。いままで、重要な要件は漏らさずラムに伝えられるのが通例だった。そもそも、王都に行くなど、そういう場合には自分か、場合によってはレム、必ずどちらか一方が同行するはずだ。にも関わらず、ここでのこの発言は、ラムにいささかの疑問を与えた。
ラムとレムを残して、それぞれがそれぞれの持ち場へ去ると、ラムはレムに声をかけた。
「レム? ラムも手伝うから。その汚れものをまとめて頂戴。洗い物はラムが全部やっておくわ。だから——」
レムが泣きべそをかいていた。これにもちょっと驚いた。もう何年も、素の自分を見せることのなかったレムが、自分と二人きりになった途端、感情を表に出している。これも、スバルがレムにもたらしたものの一つだった。
あの事件以来、少しずつ、レムは変わって、いや、変わっていこうとしている、と言った方がいいのかもしれない。今回の件をきっかけに、もっと——。
——バルスには悪いけど、いえ、バルスはいつも悪いけど、怪我の功名というやつね。それに。
まあ、いいか悪いかは別として、この二人がくっついてしまえば、もし自分に何かあっても、レムは大丈夫かもしれない。そんな思いもあった。
もし、何かあったら。
ロズワールは、ラムのことを——おそらくはレムのことも——自身の目的を果たすためなら、何の躊躇もなく切り捨てるだろう。メイドという言葉とは裏腹に、自分たちは単なる先鋒の駒に過ぎない、そう感じることは多々あった。そしてそれが事実だということも知っていた。それを知っていてなお、ここに留まる理由。ラムの理由とレムの理由は、似ているようで全く違うものだ。それにレムを巻き込みたくはない。
仮にもしそうなったら——それには、ロズワールとの関係が、自分の切望する形になった場合も含まれている。だだ、それは限りなく低い確率なのだという自覚はあった——レムは本当に一人ぼっちになってしまう。
——ま、何にせよ。レムにはいいチャンスね。その選択には疑問はあるけれど。
もう一つ。エミリアとスバルが何らかの理由でくっついてしまった場合、そうなった時にレムがどうなるのかは、考えたくもない——。
ラムは、それ以上、不確かなことに頭を巡らせるのをやめた。